Margery Allingham  作品別 内容・感想

ホワイトコテージの殺人   6点

1928年 出版
2018年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 白亜荘にて、隣に住むエリック・クラウザーが銃により撃たれ死亡しているのが発見される。そのクラウザーは生前、白亜荘の主人で車いすに乗って生活するロジャーをあざけり、そのロジャーの妻や娘に言い寄ったりと、誰からも嫌われる厄介者であった。数々の動機はあれど、関係者のアリバイはあいまいで、犯人を指摘する決め手は見つからず。そうしたなか、スコットランドヤードの主任警部チャロナーが必至の捜査を行い、その結果、彼が到達した結論とは・・・・・・

<感想>
 アリンガムによるノン・シリーズ作品。この作品、アリンガムの作品にしては読みやすいなと思っていたら、どうやら初期に書かれた作品のよう。このころは、妙なアクもなく普通のミステリを書いていた頃であったのかなと。

 近所に住む厄介者が殺害された事件。厄介者ゆえに、動機を持つ者は多数。誰が殺害したとしてもおかしくない状況。とはいえ、犯人を特定する決め手もないというなか犯人探しは始まる。

 本書では、事件現場や状況に関する緻密な検討などは行われず、単に被害者や容疑者(現場にいた者達)の背景などをひたすら聞き出していくというもの。そういった展開により、本格ミステリというよりは、サスペンス・ミステリといった趣が強い。そして徐々に真犯人と思しき人物が消去法にて削られてゆく中、最後に残ったものは!?

 うまくできている作品ではあるものの、あまり物珍しくない話であったかなと。展開としても、いかにも普通のミステリという感じであるし、真相に関しても、似たようなものは多々あるような。それでも基本的なミステリの流れに乗って、普通のミステリを楽しめるというような作品である。アリンガムの作品が苦手という人でも、これは読みやすいのではないかと思える。


ファラデー家の殺人   5.5点

1931年 出版
2023年09月 論創社 論創海外ミステリ301

<内容>
 ファラデー家にて、当主キャロライン・ファラデーの甥であるアンドルーが行方不明になるという事件が起きる。不穏なものを感じた弁護士のマーカスは友人のアルバート・キャンピオンに助けを求める。キャンピオンがファラデー家にやってきたものの、アンドルーは死体となって発見され、さらにはファラデー家の一人が毒により死亡するという事件までが起きてしまう。いったい誰が何のために事件を起こしているのか?

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<感想>
 今作ではアルバート・キャンピオンの肩書が冒険者となっている。普段は素人探偵であったような気もするのだが。こんなところも合わせて、アルバート・キャンピオンという探偵自体がどのような人物なのか、いまいち頭に思い浮かべることができない要因になっていると思われる。

 本作であるが、出だしはヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」を思わせるような内容であった。それゆえ期待したものの、そこからは何やらわけがわからない退屈な展開ばかりが続く。なにしろ後半になってようやく最初の事件の検死審問が行われるのだが、これは序盤にすましておくべきことであろうと思わずにはいられなかった。結局のところ、最初と最後だけで十分で、中盤がほぼいらないのではないかと感じてしまう始末。また、読み終えてから思ったのが、その空いた中盤に、もっと登場人物たちの人となりを示しておけば、最後の結末もそれなりに栄えたものになったのではなかろうかということ。

 そんなわけで、全体的にグダグダなミステリという気はするのだが、アリンガムの作品であれば、まぁ、こんなところであろうという感じである。とりあえず、未訳作品を紹介してくれただけでもありがたかった。


甘美なる危険   

1933年 出版
2007年12月 新樹社 単行本

<内容>
 アルバート・キャンピオンは親しい友人を連れて、ポンティスブライト村へと向かう。そこには失われた王冠と証書が隠されているというのである。キャンピオンらは、数々の妨害に会いながらも、なんとか宝を手に入れようとするのだが・・・・・・

<感想>
 マージェリー・アリンガムの作品を何冊か読んだのだが、いまだにどのような作風なのかという見極めがつかないでいる。そして、本書を読むとますますその悩みは深くなってしまうことに! 何しろ、この作品はミステリというよりも、ほとんど冒険小説のような内容であるのだから。

 本書は村に隠された王冠と証書のありかを探すという内容になっている。主人公のキャンピオンとその一行は、何者としれない相手による妨害を潜り抜け、水車場に住む魅力的な人たちの手をかりつつ、なんとか目的を達しようとする。そのてん末が描かれた作品となっている。

 ということで、一言でいえば本当に冒険物ということだけで終わってしまうような内容。一応、ミステリらしきパートも加えられてはいるものの、なんとなく付け足しだけという気がしてならない。

 あとがきによる訳者の意見としては、本書はアマンダという人物が初めて登場する作品であり、このアマンダは「屍衣の流行」にも登場しているので、そちらを理解するうえではこの作品から読んでおいたほうがよいということである。

 ひょっとしたら、本書の作品としての意義はそれだけに尽きるのかもしれない。


判事への花束   6点

1936年 出版
1956年07月 早川書房 ハヤカワミステリ269

<内容>
 20年前、出版社で働く男が通勤途中の路上から突如消え失せるという、妙な失踪事件が起きていた。それから20年後、その出版社で殺人事件が起きることに。2、3日前から姿が見えなかったポール・ブランドが金庫室のなかで死体となって発見されたのである。容疑はポールの妻と不貞の関係にあったと噂されるマイク・ウッドにかけられる。マイクの友人である素人探偵アルバート・キャンピオンが友人の嫌疑を晴らそうと事件解決に奔走し・・・・・・

<感想>
 アリンガムの作品のなかでは話がわかりやすいほうであると思われる。妙なくどい設定もなく、わかりやすいミステリ設定の作品となっている。

 殺人容疑がかけられたマイク・ウッドの容疑を晴らすことができるのか、ということが主題となっている。状況はマイクによって極めて不利。金庫のなかから死体が見つかる前日、マイクが金庫に入ったにもかかわらず、その時死体を見なかったという発言。事件が起きたと思われる時間のアリバイが曖昧かつ極めて怪しい。しかも被害者に対する容疑をしっかりと持ち合わせている。

 そうした状況からアリンガムは事件を調べてゆくのだが、そもそも被害者のポールは何をしようとしていたのか? というところから突破口を見出し、事件解決の糸口を掴む。そして、犯人に罠をしかけようとするものの・・・・・・といった展開。

 物語の冒頭に20年前に起きた失踪事件が提示されるのだが、そこまでの物語の流れとは一切関わりがないまま。しかし、最終的に残された謎と絡められるように全ての真相が明らかにされ、物語は幕を閉じる。この最後の最後の展開がちょっとわかりづらく、何度かページをめくり直し、読み直してようやく全てを理解することができた。

 わかりづらいのは、事件が解決したと思いきや、とある自殺事件に殺人の疑いが持ち上がり、それを成したのは誰かという謎について。そこから残りのページの一文一文を読み落とさぬように読んでいけば、全ての真相へとたどり着くことができる。とりあえず、色々な意味でアクロバティックな作品だったとお茶を濁しておきたい。


クロエへの挽歌   6点

1937年 出版
2007年08月 新樹社 単行本

<内容>
 花形ミュージカル俳優ジミー・ステインの敷地内で事件が起きた。ジミーが同じくミュージカル女優であるクロエ・パイを車で轢いてしまったというのである。ジミーがいうには、突然クロエが彼の車の前に飛び出してきたのだと・・・・・・
 この出来事は事件なのか、事故なのか。また、それまで必要以上に続けられていたジミーに対するいやがらせはこの件に何か関係があるのか。アルバート・キャンピオンが事件の調査をしている最中、さらなる悲劇が起こる事に・・・・・・

<感想>
 今まで読んだアリンガムの作品の中では読みやすいと感じられた。単に、訳が新しいからかもしれないが。

 ただ、ミステリ作品としてはきわめて地味な内容。起こる事件も自殺とも事故ともとれるようなものであり、作品の大半がほとんどその事件のみでひっぱられてゆく。いや、事件によって作品が引っ張られていくというよりも、事件後の人々の動揺っぷりや心理的描写で話がつながれてゆくといってもよいかもしれない。ただ、それでもコミカルに描かれている部分もあったりして、意外と飽きずに物語についていくことができる内容にはなっている。

 その後にも別の事件は起こるものの、後半の事件や展開については、前半の事件と比べるとあまりにもかけ離れたものとなってしまったように思える。せっかくならば、地道なまま、屋敷の中だけで事件を済ませればいいというようにも思われたのだが・・・・・・

 本書は単一の作品としてだけではなく、アルバート・キャンピオンものの作品として見るべきところがいろいろとある作品であった。キャンピオンの従僕のラグも良い味を出していた。このシリーズも時系列順に読んでいけばもっと味がでるようにも思えるのだが。


屍衣の流行   6点

1938年 出版
2006年09月 国書刊行会 世界探偵小説全集40

<内容>
 人気女優ジョージア。彼女の婚約者が3年前に謎の失踪を遂げ、アルバート・キャンピオンはその婚約者の死体を発見することに。死因は自殺とみられる。そして、今度はジョージアの現在の夫が不慮の死を遂げることに。しかも、その死にはアルバートの妹でファンション・デザイナーのヴァルが関係していると噂がたてられてしまう。ジョージアと現在の愛人とみなされる航空機会社社長アラン・デル。そのアランに好意を抱いているヴァル。さらには、ジョージアとそっくりのファンション・モデルなどを巡り、人間関係は錯綜する。そしてさらなる事件が起こることとなり・・・・・・

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<感想>(再読:2020/04)
 再読。この作品、私が初めてアリンガムに触れた作品でもある。それゆえか初読のときは、探偵のアルバート・キャンピオンの立ち位置も理解できず、内容もしっかりと把握しないまま読み終えてしまったという感じであった。本書はアリンガムの代表作ともいえるべき作品らしく、それであればいつかもう一度読み直したいと思い、今ではアリンガムの作品も数冊読んでいるので、10年以上の時を経て再読に挑戦した次第である。

 読み始めてみると、これはなかなか難解な読書になると思わずにはいられなかった。特に最初のほうは、さほど話の流れが面白いとは言えないのだが、そこで今作の重要人物や互いの関係性について事細かく描かれているので、そこを読み飛ばしてしまうと以後の話がわかりづらくなってしまう。ゆえに、序盤は慎重な読み込みが必要な作品である。

 それ以後の展開についても、決して面白くない話とは言えなく、ミステリが描かれた作品と言うよりも、上流階級のゴシップを描いた作品と言うような趣向が強いので、このへんが特に読む人によって合う合わないが顕著に出てきそうである。探偵のアルバート・キャンピオンについても立ち位置があくまでも素人探偵なので、捜査を行うというよりは、各登場人物らと会話をしながらゴシップを聞きつけて、そのへんから事件の真相へのアプローチを行っていくというスタンス。このへんも、通常のミステリとは異なるものなので、緊張感を保ちながら読み進めていくのがどうにも難しいところ。

 内容をしっかりと把握したうえで最後までたどり着くことができれば、心理的なミステリ作品として評価できるものとなっている。ただ、真犯人の特定について、心情的には理解できるが、論理的に理解できるかといえば微妙な気も。全体的に、登場人物の感情的な要素を書き込みすぎた作品であったというような感触であった。それでも、こうした内容の作品こそがアリンガム的な作品と言うことなのだろうなと納得はできた。

<感想>
 うーん、本書はアリンガムの代表作とのことで期待していたのだが、正直どのようにその内容を楽しめばよいのかがわからなかった。

 大雑把に言えば、上流階級(今風にいえばセレブというところか)のなかでのさまざまなゴシップを中心として、そこに殺人事件が挿入されたというようなもの。古典となる探偵小説の中には、よくこのような作風のものが見られるのだが、どうもこのような内容のものは私には合わない。というよりも、こういった作風のものはある種風俗的というか、タイトルの通り“流行”という意味合いが大事と感じられるので、現代においてこういう作品を読んでも取っ付きにくいというのは仕方のないことなのかもしれない。

 ただ、訳者曰く、何度も読んで味の出る本と言っているので機会があったら再チャレンジしてみようかと思う・・・・・・たぶん。


検屍官の領分   

1945年 出版
2005年01月 論創社 論創海外ミステリ7

<内容>
 第二次大戦中のロンドン。軍務についていたアルバート・キャンピオンは休暇をとり、久々に自宅の風呂でくつろいでいた。しかし、そのくつろぎの時間は彼の家に死体を運び込んできた二人の男女によって破られることに! しかもその片割れの男のほうはキャンピオンの家で使用人を務めるラッグであった。さらにあれよあれよと言う間にキャンピオンの自宅に人々が押し寄せ、彼の休暇は台無しに・・・・・・

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<感想>
 序盤のコミカルな展開がそのまま発展していってくれれば良かったと思うのだが、後半は全く別の方向へと突入していってしまう。そのために、一番最初に現れた死体の存在が薄くなってしまい、それでは最初の展開はなんだったのだろうかと思われた。

 結局、物語全般を見渡せば、ミステリーというよりは謀略小説(実際はそこまで重いものではないのだが)というような感じの小説という雰囲気。誰が殺人を犯したのか? ということよりも、いったい何が行われているのか? というこの方に物語が傾いていってしまったように感じられた。その陰謀自体も最後になって全て解決されなければ、はっきりとはわからないものなので、読んでいる最中はとっつきにくく思われた点もマイナス面であろう。

 全体的に少々難しい内容だったのではないかなと思われる小説であった。また、登場人物も入り乱れすぎているように感じられた(登場人物紹介付のしおりがとても役にたった)。

 また、本書の最初と最後での主人公キャンピオンの行動が理解できなかったのだが、それは解説を読むことにより明らかになった。ようするに、前作から引きずっている内容があるということ。このへんはできれば順を追って読みたかった。


葬儀屋の次の仕事   5.5点

1949年 出版
2018年03月 論創社 論創海外ミステリ206

<内容>
 元警察官で現在は探偵を営むアルバート・キャンピオンは昔なじみの警察官から、とある事件について知らされる。それはパリノード一家に起きた奇妙な事件。結局、自殺か他殺かわからないものなのだが、どこか不審なものが残るという。やがてキャンピオンは事件に関わることとなり、パリノード家の人々と会うこととなるのだが、その誰もが変人ばかりであり・・・・・・

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<感想>
 アリンガムの長編が訳されたのは久々だとのこと。この作品を読むと、確かにあまり訳されないだろうなぁとしみじみと感じてしまう。

 アリンガムの作品のなかには、それなりにミステリっぽいものもあり(あったような気がする)、楽しめる作品もあるのだが(あったようか気がする)、中にはとことん肌に合わないというのか、何を書かんとしているのかわからないようなものもある。本書はまさにそれ。

 事件の導入についてもあやふやで、結局何を追っているのかわからない。また、探偵であるキャンピオン自身が本当に事件を追っているかどうかもわからなく、そんなわけで事件捜査らしきものに集中しているわけでもない。何やら変わった登場人物が続々と出てきているも、それらの人々も何がしたいのかわからない。本当はこういったところにユーモアを感じるべき作品なのかもしれないが、時代性なのかはわからないが、あまり面白いとも思えない。

 最終的に明かされる真相についても突然出てきた話のように思えてしまい、それまでの話の流れに密接に関連しているかどうかも微妙(一応は伏線と言うか、それらしき話はちらほらと出て来てはいるのだが)。そんなこんなで煮え切れないまま読み終わってしまったという感じ。ただ、これこそがアリンガムの作品だといわれてしまえば、それまで。


霧の中の虎   5.5点

1952年 出版
2001年11月 早川書房 ハヤカワミステリ1709

<内容>
 戦争未亡人のメグ・エルジンプロッドが、ジェフリー・レベットとの再婚を決めた矢先、何者かから彼女の死んだはずの夫が生きている証拠となる写真が送られてきたのであった。メグは知り合いである、素人探偵のアルバート・キャンピオンとチャーリー・ルーク警部に相談し、事態の解決を図ることに。すると、そこから思いもかけないトラブルが舞い込む羽目となり・・・・・・

<感想>
 最初は、死んだはずの夫が生きているかもしれないというミステリを巡る内容の作品として捉えられた。ただ、話が進むにつれて段々と焦点がぼやけていってしまった。

 死んだはずの夫の写真が送られてきた戦争未亡人。それを調査するアルバート・キャンピオンと警官の二人。突如巻き起こる殺人事件。凶暴な犯罪者の脱獄事件。隠された宝の存在。そして過去の記憶。と、こういったものがどんどんと物語に浮上し始め、話の行方は混沌としてくる。

 本書は、なんとなく面白そうな雰囲気はあったものの、登場人物の誰に焦点を当てた内容なのかということがあまりにもわかりづらかった。最初はシリーズ探偵であるキャンピオンが主軸として語られるのかと思いきや、結局のところ作品全体としてはキャンピオンの印象は非常に薄いものとなった。むしろそれ以外の一見、主要ではなさそうなキャラクターのほうが個性的であり、スポットが当てられていたような気がする。特に脱獄犯とか、司祭とか。

 といっても、そのうちの誰が主人公もしくは主軸ともいえないので、全体的にどこかぼやけた作品であったかなという感触。内容についても、ミステリ的な話から冒険的な方向へと変わり、最後には贖罪のような内容へと変わって行ったかのような。

 このキャンピオンのシリーズ、時系列順に訳されていなく、私自身もバラバラに読んでいるせいか、シリーズキャラクターについての印象があまりない。ただ、この作品では主要シリーズキャラクターというような者たちが多く登場しているので、改めてそこを抑えてシリーズを読んでいけば面白くなるかもしれない。とはいえ、まだまだ未訳作品は多いのだが。


殺人者の街角   7点

1958年 出版
2005年06月 論創社 論創海外ミステリ20

<内容>
 ある雨の夜、一台のバスがやってきた。そのバスには誰も乗ろうとするものがいなく、バスの後部座席には老夫婦が乗っているだけであった。そのバスから降りた運転手はポケットに銃を握り締め、とある計画を行おうとしていたのであった・・・・・・。
 アルバート・キャンピオンは知人の警視から警察に呼び出された。なんでもここ3、4年の間に未決の殺人事件が続発しているのだという。その事件を解決するためにキャンピオンの力を借りたいというのであるが・・・・・・。

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<感想>
 アリンガムの作品は同じ論創海外ミステリから出た作品を一冊読んでいたのだが、特に面白いとは思えず、本書に対してもそれほど期待はしていなかった。しかし、本書は前回読んだ作品とは構成、展開ともに変わった作品となっており、なかなか楽しむことができた。

 この作品では、雨の中で起きたバスに乗った男による謎の犯罪、謎の殺人鬼を追う警察の捜査、ほのぼのとした恋愛小説、犯罪小説、といった色々なものがちりばめられた小説となっている。

 このそれぞれの話が少しずつ交じり合いながら話が進んでゆき、やがてひとつの話に結びついてゆくという構成で語られている。今でこそ、このような構成の作品は珍しくはないが、過去の古典的な推理小説のなかでは珍しいものではないだろうか。

 という展開によって、読んでいるものを飽きさせずに話が進んでゆき、最後に大団円へと向かってゆく物語。そして、そこに登場してくる人物らも生き生きと描かれており、とても興味深く読むことができた。

 ただ、ひとつ思ったのは、この作品はアルバート・キャンピオンという素人探偵が出てくるシリーズのひとつという位置付けになっているにも関わらず、そのキャンピオン自身が一番目立っていなく、しかも特にこれといった活躍さえもしていなかったように感じられた。これならばシリーズものにしなくてもよかったのではと・・・・・・

 とにかく、読んで損のないこの作品。マージェリー・アリンガムの作品を読んでみたいという人はこの作品から入ってみてはいかがだろうか。


陶人形の幻影   5点

1963年 出版
2005年09月 論創社 論創海外ミステリ25

<内容>
 名門家の跡継ぎティモシー・キニットはジュリア・ローレルと婚約を決意する。しかし、ティモシーは自分がキニット家の本当の息子ではないという事を知り、自分が何者なのかということに悩み、自分の正体をさぐるために奔走する。その血筋を探っていくと、不可解な過去の謎が現われ、さらに現代に起きる事件へと巻き込まれていく事に。今起きている事件と、過去に起きた事件とは何か関係があるのか!? 若い二人を助けようと、素人探偵アルバート・キャンピオンが乗り出すのだが・・・・・・

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<感想>
 これ、といった強烈な個性的なものを感じる作品ではないのだが、ひとりの男の血筋をめぐっての複雑にからみあった謎の構成はうまく出来ていると感じられた。いまいち全部が全部はっきりしたようには思えないものの、複数の不可解な謎を一連の事件としてよくまとめていると思われる。

 また、戦後の未だ荒廃が続いていると思われるような独特の雰囲気も味わい深く出ていると思われる。なかなか渋めのミステリ作品として完成されているのではないだろうか。

 そういった中で、ひとつ不可解に思われるのがアルバート・キャンピオンという存在について。まださほどアリンガムの作品を読んでいないためか、いまいちキャンピオンという人物の性格がつかめない。そのためかもしれないが、本書の内容においてはキャンピオンの存在は不必要だったのではないかと考えてしまう。この作品の内容は、ひとりの青年が自分の血筋を追って行くうちに、その行動に対しての邪魔が入ったりというような内容であり、本格推理小説としての謎はほとんど含まれていない。故に、主人公の男女と警察がいれば話として成り立つわけで、キャンピオンを何故登場させなければならなかというのが一番疑問に思えた。内容からすれば、別のノン・シリーズとしてもよかったとも思われるのだが。


窓辺の老人  キャンピオン氏の事件簿T   6点

2014年10月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「ボーダーライン事件」
 「窓辺の老人」
 「懐かしの我が家」
 「怪盗<疑問符>」
 「未亡人」
 「行動の意味」
 「犬の日」

 「我が友、キャンピオン氏」

<感想>
 アリンガムの作品は何作か読んでいるのだが、いまだに探偵役のアルバート・キャンピオンに対するイメージがわかない。本書を読んでしばらくしてから、あれ? キャンピオンって、警察官ではなくて素人探偵だったんだっけと、気が付く始末。この作品集のなかでも、キャンピオン氏に対するイメージは一貫していないような。いや、影が薄いというところは一貫しているのかもしれない。

「ボーダーライン事件」は、本書のなかで一番読みごたえがあった作品。銃撃事件が描かれているものの、状況からして不可能犯罪というような様相。真実はやや脱力気味であるものの、雰囲気が出ているミステリ作品。なんとなくではあるが、シムノンによるフランスの警察小説を思わせるような印象。

「窓辺の老人」は、死んだはずの老人が生きていたという変わった事件。動機というよりも、その事件の背景が面白い。

 他の作品は、事件というよりも“キャンピオン対こそどろ”というようなものばかり。怪盗とか、詐欺師などの犯行をキャンピオンが看破するのであるが、やけにスケールが小さいと感じられてしまう。

 イギリス本国では四大女流ミステリ作家と称される巨匠であるようだが、日本ではあまりはやらなそうな感じが・・・・・・。お国柄とか、当時の時代の流行とかにうまく乗ることができた小説ということなのであろうか。


幻の屋敷  キャンピオン氏の事件簿U   6点

2016年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「綴られた名前」
 「魔法の帽子」
 「幻の屋敷」
 「見えないドア」
 「極秘書類」
 「キャンピオン氏の幸運な一日」
 「面子の問題」
 「ママは何でも知っている」
 「ある朝、絞首台に」
 「奇人横丁の怪事件」
 「聖夜の言葉」
    *
 「年老いてきた探偵をどうすべきか」

<感想>
 地域密着型貴族探偵の活躍! という感じ。どういうことかと言えば、推理のみならず、地元住人ならではの知識や貴族としての知識などでも事件を解決しているから。といっても全く推理をしていないわけではないのだが、推理小説らしからなぬ、怪しげで楽しげな作品のほうが目についた。

印象に残った作品をいくつか挙げてみると、
「魔法の帽子」は、キャンピオンがたまたま手に入れた帽子を持っていることにより、レストランで歓待されたというファンタジーな出来事が起こる。当然のごとくファンタジーで終わるはずもなく、そこにちょっとした陰謀が隠されているというもの。これ以上語るとネタがばれてしまうので、このくらいでとどめておきたい。

「幻の屋敷」は、見学したばかりの屋敷が、とうの昔にすでに朽ち果てて無くなっていたという事実を知らされることとなるもの。不思議な話であるが、事実が語られるとミステリ的というよりも、ちょっとした軽めの事件というところに収まる。それよりも、事件を企てた者が意外と言えるかもしれない。

「見えないドア」は、不可能犯罪を描いたもの。誰も入った様子のない部屋から死体が見つかる。一見、密室殺人事件とも捉えられるのだが・・・・・・意外な方向から事件の解決がなされることとなる。本書のなかでは、この作品が一番ミステリとして濃い内容の作品と思えた。

 全体的に、短めのページ数の作品ばかりなので、ちょっとしたミステリ作品集という感じ。その分、アリンガムの長編小説に比べると取っ付きやすく、万人向けのミステリ小説に仕上げられていると感じられた。アリンガムの長編を読んで、この作家の作品は合わないと思った人にも、是非ともご一読を薦めておきたい。


クリスマスの朝に  キャンピオン氏の事件簿V   6点

2016年11月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「今は亡き豚野郎の事件」
 新聞の死亡欄によってキャンピオンはかつて同窓だったR・I・ピーターズ、通称“豚野郎ピーターズ”が死亡したことを知る。彼とは20年以上も会ったことはなかったのだが、キャンピンは彼の葬式に出席する。それから半年後、カントリークラブ“騎士団”にて、巨大な植木鉢が落ちてきたことにより男が死亡したという。キャンピオンがその事件に呼ばれて、死体を検分すると、それはなんと、豚野郎ピーターズの死体であったのだ! しかもその後、死体が消え失せることとなり・・・・・・

 「クリスマスの朝に」
 ひき逃げ事件が起こったものの、犯人と思しきものの車が通った様子がない。いったい、犯人の車はどこに消え失せたというのか・・・・・・
    *
 「マージェリー・アリンガムを偲んで」 アガサ・クリスティー

<感想>
 アルバート・キャンピオンが活躍する事件簿の第三弾。この“キャンピオン氏の事件簿”シリーズ、短いスパンでどんどん出ていて、読んでいるこちらが焦るくらい。このような創元推理文庫から出る“〜の事件簿”っていうと、たいてい十年以上出ないとかが普通と思っていたので、こんなに短い間隔で出ることにこそ作品の内容以上に驚かされてしまう(悪口ではないです)。

 今作は短編集というよりも、長編ひとつと短編ひとつという構成。「今は亡き豚野郎の事件」(なんちゅうタイトルだ)は200ページ強ということで、1冊の単行本として出てもおかしくないくらいである。

 この「今は亡き豚野郎の事件」は、ストーリーがなかなか面白い。嫌われ者の男(豚野郎)が死亡するものの、それからしばらくたって別の事件で死亡した男が、これまたなんと死んだはずの豚野郎。しかもその豚野郎の死体が消え失せてしまうという離れ業までもが披露される。しかしまぁ、“豚野郎”の連呼がひどいなと。本来ならば、こちらが作品タイトルになるべきところであるが、さすがの東京創元社も“豚野郎”をタイトルとするには躊躇したということか(あぁ、それで長編として単行本では出されなかったのか)。

 事件の解決については論理的というものではないので、あまり栄えなかったのであるが、それでもミステリとしての出来栄えはまずまずであると思える。想像以上にうまく出来ていた作品。また、登場人物それぞれのキャラクタがそれなりに栄えていて良かったと思われた。

「クリスマスの朝に」は、ちょっとしたミステリという感じの短編。このタイトルを使いたかったゆえの掲載かと思うのは、邪推が過ぎるか? 第二短編集掲載の「見えないドア」に通じるものがあるような気がする。




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