Nicholas Blake 作品別 内容・感想

死の殻   

1936年 出版
2001年10月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 素人探偵のナイジェル・ストレンジウェイズは叔父に頼まれて、有名人の脅迫事件に関わることとなった。それは、有名な引退した飛行士ファーガス・オブライエンのもとに何通かの脅迫状が届けられたというもの。しかし、彼は警察に護衛されることを望まず、ナイジェルが彼の身辺を警護することとなった。そしてオブライエンによって呼ばれた人々がクリスマスに集められたとき、殺人事件が起こってしまう。しかも、犯人の足跡がない状態で!

<感想>
 今まで何気に積読にしていた作品であったのだが、読んでみてびっくり、積読にしておくのがもったいなかったくらいの面白い作品だった。これ一冊で私にとってはニコラス・ブレイクの株が一気に急上昇した。

 本書で起こる犯行現場の状態は、ひとりの人間が現場へと出向いた足跡のみが残されているという状況。よって不可能な状況での事件にスポットが当てられるのかといえば、そういうものでは決してなかった。

 この作品で主となるのは、心理的な部分である。心理的にこの一連の事件を起こした者に誰がふさわしいのか、という観点で話が進められていく。もちろん、事件捜査は普通に行われ、物証やアリバイなどで次々と怪しいと思われる者にスポットが当てていかれる。

 しかし、読んでいて事件の容疑者と目される人たちがことごとく、心理的な面から考えていくと犯人としてそぐわないのである。では、この作品の中で本当に犯人にふさわしいとされる人物があげられるのか? と、不安になりながら読み進めていくこととなる。

 という感じで物語が進められていくのだが、最後の最後になり読者には、意外な真犯人と深い犯行動機が提示されることとなる。真相が提示されると、読んでいるほうにとっては、あぁ、もうそれしかないという犯人像がぴったりと当てはまってしまうのである。

 これは本当にうまくできた心理的な本格ミステリと言えるのではないだろうか。論理的な本格ミステリとはちょっと趣がちがうかもしれないが、それとは異なりながらも濃厚な本格ミステリを楽しむことができるこの作品、これは読み逃してしまうのはもったいないと言えよう。


野獣死すべし   

1938年 出版
1976年04月 早川書房 ハヤカワミステリ文庫

<内容>
 推理小説家のフィリクス・レインは、最愛の息子マーティンを自動車のひき逃げ事故で失った。警察の必死の捜査にもかかわらず、その車の行方は知れず、半年がむなしく過ぎた。このうえは、なんとしても独力で犯人を探し出さなくてはならない。フィリクスは見えざる犯人に復讐を誓った!

<感想>
 復讐者の手記による前半と犯人探しによる後半。なかなか絶妙に書き分けられていると思う。後半は流れからすると論理的な犯人捜しになるのかと思ったが、どちらかといえば心理的な要素によるサスペンス小説風というところにバランスが傾いていると感じられた。

 ミステリという視点で考えると、全体的に地味な印象の作品であり、サプライズ感というようなものは感じられない。ただ、著者はそういったところを狙ったのではなくあくまでも細かい心理描写を基調とした作品を書き上げたかったのだろう。そういう観点で見れば小説全体に意味が出てくることになり一級品のサスペンス小説であると、とらえることができる。


短刀を忍ばせ微笑む者   

1939年 出版
2013年07月 論創社 論創海外ミステリ107

<内容>
 田舎町で過ごすこととなった探偵のナイジェル・ストレンジウェイズとその妻で冒険家のジョージア。静かに過ごそうと思っていた矢先、庭先で“E・B”という文字が刻印されたペンダントを拾ったことから事件に巻き込まれる。そのペンダントはイギリスに反乱を企てている秘密組織の一員を表すもの。ナイジェルの叔父でロンドン警視庁の幹部であるサー・ジョン・ストレンジウェイズは、ジョージアに組織に潜入して陰謀を暴いてもらいたいと要求する。さっそく潜入捜査に乗り出したストレンジウェイズ夫人であったが・・・・・・

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<感想>
 ニコラス・ブレイクが描く作品のシリーズ探偵ナイジェル・ストレンジウェイズ。彼がいつものように活躍する作品かと思いきや、今作ではその妻のジョージアが主人公となって活躍する。本書はミステリというよりは、スパイもの、冒険ものといった趣きとなっている。

 ただ、冒険ものといいつつも、内容や展開が非常に地道。まるで地道な警察もののように、じわじわと証拠を集め、犯人の元に迫っていくというような感じ。ゆえに、決して心躍る冒険ものという感じの作品ではなかった。後半になって展開が早くなったものの、基本的には主人公が敵から逃げているだけだったのも、やや残念な感じ。敵方の造形や、敵対勢力の目的など凝った部分もあったので、もう少し面白く描いてもらいたいところであったが、スパイ・スリラーという観点として考えればこんなところか。

 本書のなかで一番存在感を出したと思えるのが、若きクリケット選手、ピーター・ブレスウェイト。最初の登場シーンでは、ただのボンボンのような感じであったが、この人物が後からとんでもない活躍をみせることとなる。これが本書で一番印象に残ったことかなと。


ワンダーランドの悪意   

1940年 出版
2011年11月 論創社 論創海外ミステリ96

<内容>
 休暇用キャンプ“ワンダーランド”。大勢の人々が集まり休暇を楽しんでいたのだが、そこで“マッド・ハッター”を名乗るものから様々ないたずらが仕掛けられた。海水浴中に海に引き込まれたり、テニスボールに糖蜜がかけられたり、等々。そのいたずらも次第にエスカレートし、キャンプの主催者は、キャンプ場に汚名が付き、客が来なくなることを心配し始める。そこで探偵ナイジェル・ストレンジウェイズが呼ばれることとなったのだが・・・・・・

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<感想>
 読んでいる途中はあやふやな結末になってしまうのかなと心配していたのだが、思っていたよりもしっかりと締められていた。最後まで読みとおすと、きちんとした本格ミステリであると納得させられる。

 ただ、読んでいる最中はなんとなく全体に対する印象が薄れてしまうところが残念なところ。本書はある種、閉鎖された中で巻き起こるミステリといえるのだが、その閉鎖された中にいるのが少人数ではなく、数百人の人々。もちろん主要登場人物は限られるのだが、実はその周りに大勢の人がいるということで厳密なミステリ感がどうしても薄れてしまうのである。

 もちろんそういった集団の中でのミステリというものを描きたかったのだろうというのはわかるのであるが、もう少し閉鎖感を出してもらえれば、本格ミステリとしてさらに楽しめたのではなかろうか。


殺しにいたるメモ   

1947年 出版
1998年03月 原書房 ヴィンテージ・ミステリ

<内容>
 戦意昂揚省広報宣伝局で働くナイジェル・ストレンジウェイズらのもとに戦死したと思われていた同僚ケニントンの生存が伝えられた。彼は無事にスパイ活動を成功させ、帰国することとなったのである。彼らの前に現れたケニントンは戦利品として自殺用の青酸カリを持ち帰り、皆にみせびらかす。しかし、その毒を置き、しばらく目を離していた間に、ケニントンの婚約者であった女性が飲み物に混ぜられた毒によって死亡する。青酸カリのビンは消えてなくなり、室内にいた者の持ち物を検査しても、いっさい出てこなかった。いったい彼女はどのように殺害されたというのか?

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<感想>
 内容だけをとれば単純に毒殺事件を扱ったものなのであるが、全体的に雰囲気がガチャガチャしていて読み進めづらかった。スパイもの、陰謀ものというわけではないのだが、政府の情報局のようなところが舞台であり、雰囲気的にはスパイもののようにも思える。そこに本格ミステリ的なものを合わせてみたものの、ごちゃごちゃになってしまい、うまく融合しきれなかったという感じ。

 本作品でのメインとなる部分は毒殺事件の謎。衆人環視の中、犯人はどのようにして毒を盛ったのか? さらには毒を盛った後、残ったビンをどのように処分したのか? これらの謎を巡って、話が展開されてゆくこととなる。

 最終的な解答は、やや決め手が薄かったようにも思える。後半で絞られた二人の人物の内、どちらが犯人でもおかしくなかった。また、事件の捜査の途中で謎の前提条件自体が変わってしまい、厳密なミステリ性が崩れてしまったようにさえ感じられた。結局のところ、成功している作品とは決して言えないと思われる。


旅人の首   6.5点

1949年 出版
1960年12月 早川書房 ハヤカワミステリ610

<内容>
 テムズ河付近で首無し死体が発見される。ただ、付近に聞き込みをするものの、行方不明になっている者はなく、死体は正体不明のまま。素人探偵のナイジェル・ストレンジウェイズは警察の捜査に協力することとなり、以前に知り合いとなった詩人ロバート・シートンの元にやっかいになることに。そのシートン家では、以前ロバートの兄が失踪したまま死亡したとされる事件が起きていたことを知らされる。また、様々な証言から、どうやらシートン家がこの事件に関わっていると思われ、さらには決定的な物証が発見され・・・・・・

<感想>
 素人探偵ナイジェル・ストレンジウェイズの活躍を描いた作品。この探偵の作品をいくつか読んでいるはずなのだが、全然印象に残っていない。それどころか、この作品を読んだ後でさえも印象に残らないような探偵である。とはいえ、作品自体は結構面白かった。身元不明の首の無い旅人の死体という設定もなかなかのものであるが、そこからシートン家における複雑な人間関係の様相というものが興味深く描かれている。

 詩人である当主のロバートに、土地と建物に執着するシートン家の後妻。シートン家の前の妻との間の子供である帰還兵のライオネルと無邪気なヴァネッサ。何故かシートン家でこき使われているこびとのフィニー。彼らと共に暮らす画家のレンネルとその娘で彫刻家のマラ。そして、本来ならばシートン家の全財産を握るはずでありながら、行方不明となり事故死扱いとなっているロバートの兄オスワルド。これらの人々の思惑と人間関係により、一見単純な事件が、複雑な様相を見せることとなるのである。

 事件当時に曖昧だった事柄が徐々に明らかになって行くと、そのときにどのような形で事が起き、どのような形で犯行が成されたのかが、実に明快なものとなる。一見、誰がやってもおかしくなさそうな曖昧な事件が最終的にはきっちと整理され、パズルのひとつひとつがきっちりと決められたところにあてはめられる様相は見事なものと思われた。また、心理的にもきちんと形作られた事件であり、しっかりと作り上げられた作品だと感嘆させられるものとなっている。

 途中の展開においては非常に地味で地道な作品と思えるものの、終わってみればよくできた作品であったなと。探偵にもっと華があれば、もう少し有名な作品になっていてもおかしくなさそうであるのだが。


死の翌朝   

1966年 出版
2014年10月 論創社 論創海外ミステリ133

<内容>
 ナイジェル・ストレンジウェイズは研究調査のため、旧友が寮長を務めるアメリカの大学を訪れる。そこで遭遇する殺人事件。被害者は大学教授。容疑者として挙げられたのは、遺産がらみによる彼の二人の弟、さらには盗作問題で被害者により学校を追われた元学生。図らずも、ナイジェルは周囲の者に請われて、事件調査に乗り出すこととなり・・・・・・

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<感想>
 本書は1960年代に書かれた本で、近代に近い背景(アリバイに飛行機などが用いられる)。さらに付け加えれば、探偵ストレンジウェイズが活躍する最後の作品でもあるとのこと。ただし、あくまでも登場するのが最後というだけで、引退などが示唆されるものではない。

 内容は極めて平凡。アメリカの名門大学で殺人事件が起き、その謎にストレンジウェイズが挑むというもの。大学で事件が起きるものの、学生たちはほぼ関係なく、被害者を取り巻く大人たちの物語となっている。被害者に対して動機を持っている3人の人物に対して、ストレンジウェイズの執拗な捜査が続けられてゆく。

 この作品の特徴は、最後の幕の締め方。最後に犯人を特定して終わりというものではなく、どこかサイコ・サスペンスを感じさせるような展開を最後の最後にもってきている。このへんは、作品が書かれたのが近代に近くなってきたという事を感じさせるもの。勝手なイメージかもしれないが、なんとなく戦後のミステリという印象が残された。

 近年、ニコラス・ブレイクの作品が立て続けに翻訳されているが、この作品が刊行されたことにより全ての長編が翻訳されたとのこと。ただ、過去の作品はハヤカワミステリで出版されたものが多く、今現在では絶版となっているものが多い。個人的にはそれらも全て読んでおきたいところなのだが・・・・・・




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