Agatha Christie  作品別 内容・感想1

スタイルズ荘の怪事件   6点

1920年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 旧友の招きによってヘイスティングはスタイルズ荘に招かれる。休養もつかのま、屋敷の女主人が毒殺されるという事件が起こる。嫌疑は老齢の女主人と結婚したばかりの夫に向けられるのだが・・・・・・。ヘイスティングは旧知の元刑事のエルキュール・ポアロに事件の以来をする。

<感想>
 クリスティーの処女作となるこの作品は読もう読もうと思っていたまま、なかなか手にとる機会が得られなかった。ちょうど今回、クリスティー文庫が創刊されたのを機会として、ようやく読むことができた。

 正直、読む前の印象としては処女作であるがゆえにオーソドックスな普通のミステリーが展開されるのだと考えていた。しかし読んでみるとこれが二転三転と犯人と目される人物がころころと変わっていき、最後の最後には見事に騙されるという結末をくらってしまう。いやこれは本当になかなか凝った一作である。できれば同じ舞台で繰り広げられる、ポアロの最後の作品「カーテン」もあわせて読みたいところ。


ゴルフ場殺人事件   6点

1923年 出版
2004年01月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 富豪のルノー氏から事件の依頼を受けポアロが出向いてみたところ、当の依頼主のルノー氏はすでの殺されていた! 夫人の証言では覆面をした男達が家に侵入してきて、ルノー氏を拉致して行ったというのであるが・・・・・・。そしてさらにルノー氏を殺害したものと同じ凶器にて殺された浮浪者の死体が発見される。この二つの事件が意味するものは!!? パリ警察の刑事ジローとポアルとの互いの独自の捜査による対決の行く末は!

<感想>
 クリスティーの作品というと、事件が起きた後に関係者が一人一人呼ばれて尋問され、また事件が起きて関係者が一人一人と・・・・・・ということが繰り返されるという印象を持っていた。しかし初期の作品においては、まだそういったスタイルは固定されていないようでありクリスティー作品は以外に多彩であることに気づかされる。

 本書は“ゴルフ場殺人事件”というタイトルなのだが、その俗なタイトルがもったいないほどの完成度であると思う。なにかもう少し良いタイトルはなかったのだろうかと感じられた。

 本題となる殺人事件がうまく過去の事件とからめられ、それを解くことによって、もう一つの殺人事件と結び付けられるという構成には驚かされる。さらには、二つのそれぞれの事件も単純な結び付けられ方ではなく工夫がこらされたものとなっている。いや、これはなかなか良くできていると本当に感心させられた。 ただ、欠点を一つ挙げるとするならば、後半がやや冗長だったかなというところ。

 また、本書の特徴をもう一つ挙げるとするならば、ワトソン役のヘイスティングのなさけなさがなんとも言えず味が出ている。捜査の妨害からポワロに対する批判までと、ここまでやるかというくらい、そのなさけなさを爆発させてくれる。いやはや、本書では実はポワロは我慢強い人格者なのではないかとと感じられてしまうのだから、そういう点でも味わい深い一冊である。


アクロイド殺し   7点

1926年 出版
2003年12月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 シェパード医師は富豪のアクロイドから相談を持ちかけられる。それは最近亡くなったアクロイドの婚約者とのことであった。彼女は死ぬ前に何者かに脅迫されていたのだというのだ。話が終わり、シェパード医師が帰宅した後、アクロイド邸から電話がかかってくる。アクロイドが殺されていると! 富豪の財産を巡る多くの容疑者たち。その中でアクロイドを殺したのは何者なのか? 警察を引退して田舎にひきこもっていたポアロが事件に乗り出すことに。

<感想>
 だいぶ昔に読んだのだが、今回のクリスティー文庫にて出版されたのを機会に再読してみた。もちろん犯人が誰かは憶えている。

 という背景の上で読んだのだが、これが思っていたよりも楽しんで読むことができた。あらかじめ犯人がわかっていることにより、犯行計画の細部などを隅々まで見渡すことができ、本書が完成度の高い作品であったことを思い知らされた。なによりも数多い登場人物のそれぞれが自身の役割を担っているという点がすばらしい。その一貫性のない行動によって、犯罪が複雑になってしまっているのだが、それを折り目正しく、ひとつの犯行の周囲にまとめてしまう力量はすごいと感じられた。

 ただ、読んでいていくつか不満に思えた点があったのも事実である。それは本書がアリバイという点に重要性が置かれているにもかかわらず、事件を巡る重要なアリバイが後半になってようやく知らされるというのはどうかと感じられた。それにより、前半で考えられていた推理・予測が全て崩れてしまうのだから、これは重大な問題ではないだろうか。

 また、本書の解説(笠井潔氏による)を読んで、なるほどと感心させられた部分があった。

 <ネタバレになるので反転>↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
 本書でよく取りざたされるのは、アンフェアという点である。しかし、本書はあくまでも“手記”という体裁を取っているので、そこに真実が書かれていなくても問題にはならない。逆に見れば、手記であるというのは、本書における著者の最大のトリックであるという考え方。
というような事が書かれているのを見て、思わず感心。いろいろな見方、考え方があるものだ。

 もしも、だいぶ昔に読んで細かいところまでは憶えていないという人がいたら、ぜひとも再読お薦めの本である。「アクロイド殺し」が名作であるということを十分堪能していただけることであろう。


ビッグ4   6点

1927年 出版
2004年03月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ポアロの元に英国諜報部員が半死半生の状態でたどり着いた。彼は“ビッグ4”という犯罪組織の事を明らかにした後、息を引き取ってしまうことに。その諜報部員が言うには、ナンバー1は中国人で知力をつかさどり、ナンバー2はアメリカン人で富を象徴し、ナンバー3はフランス人で女性、そしてナンバー4は殺し屋であると。ポアロとヘイスティングは“ビッグ4”という犯罪組織の陰謀に巻き込まれ、やがて死闘を繰り広げることに・・・・・・。

<感想>
 再読になるのだが、これはとにかく読みやすい謀略小説である。謀略小説とかスパイものというのは本によっては政治的な側面が強調されていたりして、読みづらいものもあるのだが、本書は誰もが楽しんで読めるとっつきやすい小説に仕上がっている。

 従来のポアロのシリーズであると、犯罪が起き、容疑者に尋問し、最後に謎が解かれるという構成になっているものが多いのだが、この作品はちょと違ったモノとなっている。謎の全てが最後に解かれるという形式ではなく、その場その場で謎が一つ一つ解かれていく。よって、長編作品というよりは連作短編集というような感触を受ける作品である。また、本書ではポアロがさまざまな仕掛けを施して、敵だけではなく相棒のヘイスティングまでもを煙に巻くような行動をとってゆくところが見所となっている。

 この作品は実のところ謀略小説というよりは、ポアロ対怪人二十面相といったような印象を受けてしまう。そういう意味では、“ビッグ4”という存在を残しておいて、シリーズ化したら面白かったかもしれない。

 本書は濃い内容の冒険小説を読みたいという人には食い足りないかもしれないが、軽い冒険小説をさらっと読みたいという人にはお薦めの本。これを読めば、クリスティーという作家の印象も変るかもしれない。


青列車の秘密   7点

1928年 出版
2004年07月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 走行中のブルートレインの中で殺人事件が起きた。殺されたのは富豪の娘、ルース・ケタリング。彼女は父親の勧めにより、現在結婚している夫と離婚しようとしているところであった。その夫というのは自身の財産を持っていなく、離婚されるような事があれば窮地に追い込まれることになるのだが・・・・・・。また、ルースが殺された際、富豪の父親からプレゼントされた“火の心臓”と呼ばれる宝石までもが紛失していたのだった。偶然、列車に乗り合わせたエルキュール・ポアロはこの事件の謎を解こうとするのであったが・・・・・・

<感想>
“青列車”って昔、何のことなのかよくわからなかったけれど、いわゆる“ブルートレイン”のことのようだ。“ブルートレイン”って、青いから“ブルー”なのだろうけれど、元々日本のものではなくて、海外で寝台車の事を指すとか、何か意味があるのかな? この辺は列車の事に詳しくないのでよくわからない。

 この作品は推理小説というよりは、サスペンス・ミステリー、いや、それよりも“怪盗モノ”と言ってもよいような作品である。確かに殺人事件が起こるのだが、重要なのはそこではないと思われ、宝石を巡るミステリー(であるならば、殺人事件が起こる必要はあったのかと思わないでもないのだが)として強調されているように感じられた。

 ミステリーを主軸としながらも、宝石を巡る駆け引きで物語の周囲を固めるという重厚な構造。この宝石を巡る部分があたかもスパイが暗躍するような効果を出しており、普通のミステリーとは違った雰囲気を出している。

 ただし怪盗が出てくるといっても、あくまでも主人公はエルキュール・ポワロ。この作品では怪盗の所業に対してポワロが知恵を絞って立ち向かうという構図で描かれている。そしてラストにて登場人物のひとりがポワロに対して評する言葉がこの作品を締めている。

 従来のポワロものとは少々異なる雰囲気が味わえる良策であった。


邪悪の家   6点

1932年 出版
2004年02月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ポアロとヘイスティングがニック・バックリーという美女と出会ったとき、なんと彼女は何者かから狙撃され、命を落とす寸前であった。以前にも3度、彼女は命を失いかけたことがあったという。しかし、ニックはとりたてて財産を持っているわけでもないし、誰かから恨まれているわけでもなく、命を狙われるような理由はなかった。にも関わらず、ポアロやヘイスティングの前で殺人事件が起きてしまう事に・・・・・・

<感想>
 本書は話の展開上は誰がどのように事件を起こしたのかというよりも、動機はいったい何か? という点について着目した内容のミステリとなっている。ニックという女性が命を狙われるものの、何故命を狙われなければならないかがわからない。彼女の周囲には怪しい人物がいるものの、ニックを殺害したからといって何か徳をするようには思えない。そのような背景の中で、ポアロが必至に推理を働かせようとするものの、さまざまな事件が次々に起きてしまう。

 クリスティーの小説といえば、事件が起これば関係者それぞれに尋問して、次の事件が起こればまた尋問・・・・・・というような印象を持っていた。それが本書はそんなことはなく、事件が起こればポアロとヘイスティングの二人で、あぁでもない、こうでもないと推理を働かせていくというような展開になっている。初期のころの作風としては、このような展開が普通なのかもしれないが、なんとなく新鮮に読むことができた。

 また、一冊のミステリ作品としても犯人が普通につかまって終わりという展開が待っているのかと思えば、なかなか驚かされる結末が待ち構えていた。これには結構驚かされてしまった。さほど有名な作品ではないはずなので、油断して読んでしまったが本書もなかなかの良作であると感じられた。最後に来てようやく“邪悪の家”というタイトルの意味を思い知らされるという内容。


エッジウェア卿の死   6点

1933年 出版
2004年07月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ポアロはエッジウェア卿夫人から、夫との離婚のための調停役をしてくれないかと頼まれる。奇妙なものを感じたものの、とりあえずエッジウェア卿と会うことにしたポアロとヘイスティング。しかし、エッジウェア卿に会ってみると彼は妻との離婚に合意しているというのである。そして、その会見の後、エッジウェア卿は何者かに殺害されることに・・・・・。殺害現場ではエッジウェア卿夫人とみられるものが目撃されるものの、婦人には強固なアリバイがあった。エッジウェア卿を殺害して利益を得るものは誰なのか? 果たして犯人はいったい・・・・・

<感想>
 起こる事件に対して、ページ数が若干長いのではないかと思われた。もう少しスマートに作品にしてくれればと思わないでもない。ただし、内容に関しては申し分なく面白かったと言える作品であった。

 読んでいる最中は若干退屈目に感じられたところもある。何しろ犯人の検討がぜんぜん付かない。それどころか、誰が犯人でもおかしくないような、そんな気にさえなってしまう。しかし、最終的に真犯人が明かされ、物語中の伏線を知らされると、なるほどとうなずかざるを得ないのである。ちょっとした伏線ながらも、この試みには感心させられてしまった。

 ということで、最後まで読み通すと作品の完成度の高さに驚かされる作品となっている。だまされまいと思って読んでいるのに、相変わらず簡単にだまされてしまう自分が・・・・・・

 また、この作品を読んでいて感じたのはポアロの性格の悪さ。最終的には事件を解決するものの、その途上では、きちんとした道標を与えないままジャップ警部を馬鹿にしつつ、あごでこき使っている。こんな扱いを受ければジャップ警部がポアロに対して反感を持つのもうなずけてしまう。たいてい探偵と警官が出てくる作品では、警官の非協力ぶりに腹を立てることが多いものの、この作品では警察よりの感情になってしまうのも決しておかしなことではないだろう。


オリエント急行の殺人   6点

1934年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 エルキュール・ポアロは急いでイギリスへと帰らなければならなくなり、あわただしく国際列車オリエント急行へと乗り込んだ。いつになく混んでいる車両のなか、不穏なものを感じたポアロであったが、実際に殺人事件が起きてしまうことに! 殺害されたのはアメリカで誘拐殺人事件を起こしながら無罪を勝ち取った卑劣な犯罪者。その被害者の殺され方に異様なものを感じたポアロであったが・・・・・・

<感想>
 この作品を読むのは2度目。というのも、一度読めばあまりにインパクトが強すぎて、事件の真相を忘れることなどできない作品だからである。とはいえ、真相を知りながら読んでみても、楽しんで読むことができたのも事実である。

 結末を知ったうえで読んでみると、この作品はあからさまに真相が提示してあるといえなくもない。そこここにそれらしい描写があり、いたる所で真相をほのめかしているように思われる。しかし、結末を知りながらも、まさかそんなはずがあるわけないと思ってしまうのもまた事実なのである。ゆえに、初読であれば決してそんな馬鹿なことが起こりうるわけないと、頭の中に浮かんだ推理を否定するのが普通であるのかもしれない。

 本書はミステリ作品が繁栄し始めた初期の段階に書かれた作品といってもよいであろう。そんな初期にこのような思い切った作品を描くのだからクリスティーという作家の手腕はすごいと思わざるを得ない。ただ、ミステリ初期の段階であるからこそ許される少々強引な作品だということもまた確かであろう。


三幕の殺人   6点

1934年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 元俳優、チャールズ・カートライトが主催するパーティにて、突然、牧師が死亡するという事故が起きた。カートライトは殺人ではないかと疑うのだが、温厚な牧師が人に恨まれる様子もなく、突然死ということで処理されてしまう。しかし数ヵ月後、今度は別のパーティーの席上でカートライトの親友である医師が亡くなり、これは毒によるものと判明する。カートライトはこれらの事件の真相をつかもうと、ポアロの手を借りて捜査に乗り出すのだが・・・・・・

<感想>
 毒殺事件を取り扱ったものというと、クリスティーの小説ではつい最近読んだ「スタイルズ荘」が思い起こされる。最初は本書もそれに準ずるような内容なのかと思いきや、きちんと本書ならではの作品として確立されている。クリスティーの作風の多彩さに今更ながら驚かされてしまう。

 本書では殺人事件が起きるのだが、死者達をつなぐミッシング・リンクも判明せず、動機もわからず、殺人の手段さえも霧の中という不可能性に満ち溢れたものとなっている。正直、ラストにて本当に納得のいく解決が得られるのかな? と心配であったのだが、そこには見事に解決が付けられていた。本書のタイトルは「三幕の殺人」という舞台を意識したかのようなタイトルであるが、まさにそのタイトルを象徴するかのような物語であり、ラストでは見事な幕引きを見ることができる。

 ポアロの“名助演”ぶりをしかと見ていただきたい。


雲をつかむ死   6点

1935年 出版
2004年04月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 パリからロンドンへと向かう飛行機の中で殺人事件が起きた。しかも搭乗者にエルキュール・ポアロがいる中で! 被害者は毒にやられたようであり、そばには毒の塗られた針が落ちていた。そして、たたきつぶされた蜂が一匹と吹き矢の筒が・・・・・・。せまい飛行機のなかで誰がどのようにして、誰にも見られることなく犯罪を行う事ができたというのか? ポアロが導き出した推理とは!?

<感想>
 クリスティーの作品というと、ひとりひとりをいちいち尋問して、それをまた繰り返しというルーチンワークを思い出すのだが、それが顕著に目立ち始めた作品というのがこのあたりからなのかもしれない。

 というのは、本書ではメインとなる事件はひとつであり、ほとんどその事件のみを扱って捜査が進められる。よって、どうしても事件捜査が冗長に感じられてしまうである。一応、打開策として本書ではロマンスっぽいものをも取り入れたりなどしているものの、やはりページ数が長すぎたかなと思えてしまう。

 本書のメインとなるのは、いかにして犯罪が行われたのかということ。ただし、このトリックについては日本では馴染みの無い習慣によるもなので、あまりピンの来ないものとなっている。

 本書は再読となり、ずいぶん昔に読んだのだが、そのとき“スチューワード”という言葉に驚かされたものだ。まさか、男の客室乗務員というものがあるとは想像だにしなかった。そのときの驚きを今でも覚えているくらいである。


ABC殺人事件   7点

1936年 出版
2003年11月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 エルキュール・ポアロの元に“ABC”と名乗る者から届けられた挑戦状。“ABC”は予告どおりに、アルファベットのAが付く地名の町で、Aの頭文字が付く者を殺害した。現場に“ABC鉄道案内”を残して。その後も次々と“ABC”による殺人は続いてゆく。エルキュール・ポアロとヘイスティングは、この見えない敵の正体を暴く事ができるのか・・・・・・

<感想>
 1936年までに、「アクロイド殺し」「青列車の秘密」そしてこの「ABC殺人事件」のような作品まで書かれてしまったら、もはや他のミステリ作家がオリジナルの作品を書けなくなってしまうのではないかと思えるほど、クリスティーの残した功績はものすごいと言えよう。本書の「ABC」はミッシングリンクものの代名詞であり、現在でも有名な作品として位置づけられている。

 また、本書はそれだけにとどまらず、ヘイスティング大尉による記述の中に、犯人とおぼしき人物の行動をカットバックにより挿入するという当時では斬新な手法を用いていたということも大きな特徴である。ゆえにこの作品は本格ミステリ作品のみならず、サイコサスペンスとしての側面も持ち合わせているといえよう。

 本書はクリスティー作品のなかのポアロ・シリーズとしては異端ともいえるであろう。私にとって、ポアロ作品とは、限られた登場人物と、限定されば場所の中で犯人が指摘されるという印象が強い。しかし、ここで起こる事件は広範囲における無差別殺人事件が扱われており、現在に照らし合わせるのであれば劇場型犯罪といわれるようなものとなっている。

 そういったなかで最終的にはポアロの手によって真犯人が明らかにされるのだが、それでも本格ミステリ作品として全く損なわれることのない結末が付けられているのだから驚くべき作品といえよう。

 この「ABC」はミステリ史において貴重なプロットが使われたということだけでなく、一冊の本格ミステリとしての十分に完成度の高い作品に仕上げられている。しかし、本当にクリスティーの作品はどれもこれも読み逃せないようなものばかりそろっていると、改めて感じさせられた。


メソポタミアの殺人   6点

1936年 出版
2003年12月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 看護婦のエイミー・レザランは、遺跡調査隊の隊長であるエリック・ライドナーの妻ルイーズの面倒を見てもらいたいと雇われることに。そのルイーズの様子がどこか変であるのだと。美しきルイーズに会ったエイミーは、エイミーの調子のみならず、調査遺体全体からもどこかおかしな様子を感じ取ることに。また、エイミーはルイーズ自身から、彼女は昔の死んだはずの夫から脅迫状が届き、その存在におびえているのだと告白される。そうした折、調査隊が生活する宿舎のなかで殺人事件が起きることに。しかも、現場には人目があって、そう簡単に入り込むことはできない場所であったはずなのだが!? たまたま近隣に来ていた名探偵エルキュール・ポワロに依頼し、事件の調査をしてもらうこととなり・・・・・・

<感想>(再読:2022/09)
 既読の作品で、以前に感想も書いているのだが、そのとき読んだのがちょうどクリスティー文庫が出る直前くらいのこと。それゆえにハヤカワ文庫版で読んでいたのだが、せっかくなので改めてクリスティー文庫版でも読んでみた次第。

 本書は、従来のクリスティー作品とは異なるところがあるように感じられた。今作では看護婦レザランが事件の様相をまとめたという体裁であり、冷静でまじめな看護婦視点で描かれていると言うこと。それゆえか、あまり砕けた雰囲気は感じられず、まじめな雰囲気ゆえかややオカルティックな感じにも捉えられる印象となっている。また、その雰囲気はバグダットという中東を舞台にしていることにも関連があるのかもしれない。

 そういうわけで、今作は立派な屋敷ではなく、遺跡調査隊の駐屯宿舎で起きた事件。“密室”といったら言い過ぎの、どちらかといえば不可能犯罪に近いような感じであろう。一応、事件を起こすのが全く不可能という状況ではなく、出入りが限定された室内にどのようにして、だれが出入りをしたのか、ということがクローズアップされている。現場にはある程度の監視の目があり、いつでも現場に入ることができるわけではないというのも注目点。

 と、そんな形で起こる事件を描いたもので、その謎をエルキュール・ポワロが解くこととなる。クリスティー作品にしては珍しく、犯行方法に重きを置く作品と言えよう。また、加害者と被害者との過去から現在にまつわる物語もうまく描かれている。クリスティーの初期作品のなかでは異色作にして佳作というような位置づけのものと感じられた。


<感想>
 クリスティ作品の名作のうち、この本書は見逃していた。本書は不可能犯罪であり、ある意味密室といってもいいような様相をていしている。

 限定された敷地内、部外者は誰も入っていないという門番の証言、そのうちの一部屋のなかでの殺人。怪しいものがその部屋に入ったのを見たものはいないのだが、周りの人の間隙をぬって何者かが殺人を犯したのであろうか。そして過去からの脅迫者の影とさらなる殺人。

 クリスティ調ではあるが、まさにカーを思わすような犯罪劇。結末にもあいまいさはなく、これしかないとも思われる内容。これは確かに代表作といえる一冊である。


ひらいたトランプ   6点

1936年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 探偵のポアロは薄気味悪い雰囲気をまとったシャイタナと名乗る人物から自宅で開かれるというパーティーに招待された。そのパーティーにポアロとバトル警視を含めて8人の人物が招待された。彼らは4人グループに分かれてトランプのブリッジを行うこととなった。すると、そのブリッジを行っていた最中、シャイタナ氏が殺害されていた。ブリッジに熱中するなか、一瞬のすきをねらって誰かが彼を刺殺したのである。容疑は4人に絞られたのだが・・・・・・

<感想>
 トランプでブリッジというゲームをしている最中に殺人事件が起き、そのゲームの内容から心理的にポアロが犯人の真相にせまるという内容。試みとしては面白い作品と言えるものの、物語のほとんどが前半に起きた事件のみで語られているので、中盤やや退屈なところが難点か。

 序盤は、アッという間に事件が起き、スピーディーな展開で始まっている。しかし、そこからはひたすら個別に尋問が繰り返され、単調な場面が続いてしまう。不確定要素となりそうな登場人物が多々出てきてはいるものの、主人公であるポアロ以外の者の行動がどこまで当てになるのかわからないと最初から見当はつくので、それほど楽しむことはできない。

 とはいえ、後半はどんでん返しと急な展開が繰り広げられ、物語は一気に加速し、ポアロにより真犯人が挙げられることとなる。真犯人を指摘する根拠はやや薄いと感じられるものの、容疑者たちの性格を分析し、その心理面から語られる内容にはそれなりに説得力がある。

 クリスティー作品としては佳作といったところであろうが、トランプゲームを題材にしたミステリとして、それなりに名をはせた作品と言えるのかもしれない。


もの言えぬ証人   6点

1937年 出版
2003年12月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ポアロは一通の手紙を受け取った。それはエミリイ・アランデルという夫人からの要領を得ない内容の手紙。しかもそれが書かれたのは2ヶ月も前のこと。何故か手紙の内容が気になったポアロがアランデル夫人を訪ねてみると、夫人は手紙を書いた数日後に亡くなったというのである。しかも莫大な財産を自分の甥や姪には残さず、全て使用人に残すという遺言書を書いた後に死亡したとのこと。アランデル夫人は元々病弱なので、いつ亡くなってもおかしくはなかったようであるが、ポアロは関係者すべてから事情を聞いてみることにした。果たしてポアロが出した答えとは!?

<感想>
 タイトルの「もの言えぬ証人」というのは登場する犬のことであったのか。あとがきを読んでから気が付いた。別に犬が大きな役割を担っていたようには思えなかったのだが。

 実にクリスティーらしい作品となっている。事件が起き、関係者ひとりひとりに事情を聴き、それを何度も繰り返し、もったいぶった末にポアロが謎を解き明かすというもの。基本的な事件は一つしか起きていないので、内容からするとやや長めの作品という気がする。それでも、誰が? とか、どのようにして? とか、何故? とか、漠然とした謎が数多くあり、そうした謎に惹きつけられるようにハイペースで読みとおすことができた。

 読んでいる最中は全く真相に思い当たらないものの、事件が解決してみればなるほどと。意外と事細かに伏線を張っているなと感心させられる。ただ、物的証拠重視というよりも、心理的に犯人を特定するという内容なので、真相を自力で見極めるのは難しいかもしれない。そうしたなかでポアロが犯人に対して、とある罠を仕掛けるのだが、それがポアロらしからぬ(というよりもポアロらしい?)残酷なものであったような気が。


ナイルに死す   7点

1937年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 若くして資産を持ち、美貌までも兼ね持つリネット・リッジウェイ。彼女は突如、無名とも言えるサイモン・ドイルという青年と結婚をした。実はそのサイモンはリネットの友人であるジャクリーンの元の恋人であり、リネットはジャクリーンから恋人を奪ったのである。リネットとサイモンがエジプトにハネムーン旅行へと出向いた際、行く先々でジャクリーンが彼女らの前に姿を現す。リネットは不気味なものを感じ、同じく旅を楽しんでいた名探偵のエルキュール・ポアロに相談する。そしてポアロの不安が的中し、殺人事件が起きてしまい・・・・・・

<感想>
 アガサ・クリスティーの代表作というと「そして誰もいなくなった」「アクロイド殺し」「オリエント急行の殺人」等、いろいろとあるが、一番クリスティーらしい代表作といえばこの「ナイルに死す」ではないだろうか。

 また、この長大さがなんともいえない。クリスティーの長編のなかで一番長い作品らしい。それだけに肝心の事件も半分近くまでなかなか起こらない。読む人によっては、そこでじれてしまう人もいるかもしれない。

 この作品、上記の内容では簡潔に書いたのだが、実に大勢の人物が登場する。しかも、そのひとりひとりがそれぞれ個人的な厄介事を抱えており、それが殺人事件に対してミスリーディングを誘うものとなっている。ポアロが、それぞれの人物のやっかいごとを明らかにし、ひとりひとりの問題を解決していくうちに、やがて犯人と目される者のみが残ることとなる。そして、犯罪の全容が明らかにされてゆくのである。

 かなり昔に一度読んだことがあるのだが、再読するにあたって読み進めていくうちに、だいたいこんな内容だったんじゃないかなと特定することができた。要するにそれだけ印象深い内容の作品であったということなのである。また、映像化した作品のうちでも確か成功した部類に入るものであったと記憶している。そんなこんなもあり、やはりこの作品こそが一番クリスティーらしい代表作と言えるのではなかろうか。


死との約束   6点

1938年 出版
2004年05月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 金持ちの未亡人、ポイントン夫人が家族の全てを牛耳るポイントン家。彼女は長男とその妻、次男、長女、次女の全員を連れてエルサレムへと旅行に訪れていた。そうしたなか、ポイントン夫人が殺害されるという事件が起こる。エルキュール・ポワロは偶然にも、事件が起こる前にポイントン家のふたりが殺人事件を計画する発言を聞きつける。家長の夫人をうとましく思う家族たちの誰かが殺害したのか? それとも・・・・・・。事件の状況を見たポワロは各自のアリバイを確かめ、とある結論に達する!

<感想>
 事件自体のみならず、事件の裏に潜む人間のゆがみをテーマにした社会派的な小説とも感じられる。何しろ、事件が起こるまでが長い! ポイントン夫人が殺害されるのだろうな、ということは分かるのだが、そこに至るまで時間がかかりすぎ。その間、医学博士らによりポイントン夫人の異常な行動について、精神的な分析が延々となされてゆく。

 また、もうひとつ別の社会派的な主題があり、それは女性の社会進出について。女医であり、前半の主人公的な役割のサラ・キングや、夫人代議士のウエストホルム卿夫人らは社会的な進出を果たした人々。それに対比するように自立できないポイントン家の人々が描かれているようにも感じられる。

 話も後半になり、事件が起きてからはエルキュール・ポワロが主導権を握り、そこからはいつものクリスティーの小説らしいミステリが開始される。容疑者たちに訊問し、そこからタイムスケジュールを作成して、そこであらわになる矛盾を徐々に解明し、真犯人へと迫ってゆく。また、生前のポイントン夫人のちょっとした行動に犯人のヒントが示唆されているというところは、この物語の目玉のひとつと言ってもよいかもしれない。

 前半冗長に感じられたものの、後半はしっかりとしたミステリ作品になっていたかなと。その前半のちょっとした伏線をしっかりと回収しているあたりはさすがと言えよう。読み終えてみれば、心理的な部分をうまくとらえた内容の濃いミステリ小説であったという印象。


ポアロのクリスマス   6点

1939年 出版
2003年11月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 資産家であるシメオン・リー老人は、クリスマスということで、家族たちを館に集めた。館に集うこととなった、息子夫婦三組と、長い間姿をくらましていた放蕩息子、シメオンの孫で亡くなった娘の子供にあたるピラール、さらには、シメオンのかつての友人の息子。シメオンは皆の前で、遺言書を書き換えることを宣言し、孫のピラールに多くの財産を残すと言い始める。それがもとで起きたのか、シメオン・リーが殺害されることに! 部屋で殺害されたシメオンを家族のうちのいったい誰が殺したのか、殺すことができたのか? たまたま、その地に訪れていたエルキュール・ポアロは、警察と共に捜査に乗り出すこととなり・・・・・・

<感想>
 クリスティーらしい作品であり、古典本格ミステリらしい内容でもある。館に集められた人々、資産家で意地の悪い老人、起こるべくして起きた殺人事件、その謎にエルキュール・ポアロが迫る。

 いつものクリスティー作品らしく、事件が起きてからは登場人物それぞれに訊問が始められる。その後、ポアロは家族たちから話を聞きたいと言い、さらなる情報収集が始まる。この辺は、やや退屈ともとれるのだが、それぞれのキャラクターの性格がきっちりと確立され、把握もしやすくなっているので、戸惑うようなことはなく、非常に読みやすかった。

 今回の作品は、結構真相が分かりやすいと思って読み進めていたのだが・・・・・・その読者の裏をかくような真相が待ち受けることとなる! 以外過ぎるという気がしなくもないのだが、これは結構驚かされる結末。さらには、やけにうまい具合に終幕のエピソードを紡いでいったなと。読み終えてみると、なかなかの作品であったと感じられた。実はこの作品再読であり、さほど印象に残っていなかったのだが、これは再読する価値があったと言えよう。


杉の柩   6点

1940年 出版
2004年05月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 エリノア・カーライルとその婚約者であるロディー・ウエルマンの二人は、資産家の叔母の身に危険を匂わす匿名の手紙を受け取ったことにより、叔母のもとへと行くことに。その叔母ローラ・ウエルマンは、病床のもと最近お気に入りとなっているメアリイ・ジェラードを看護婦とは別にそばにおいている。あるとき、突然病状が悪化し、ローラは亡くなってしまう。さらには、別の殺人までが起こることに。そして、それらの事件の嫌疑がエリノア・カーライルにかけられ、容疑者として拘留される。医師のピーター・ロードはエリノアの無実を信じ、エルキュール・ポアロに相談する。

<感想>
 二つの毒殺事件に対して、エリノア・カーライルは有罪か、無罪か? ということが問われるサスペンス・ミステリ。

 状況はエリノア・カーライル以外の者が事件を起こせるとは到底思えないもの。さらに動機までもがエリノアの単独犯を示唆するものとなっている。そうしたなかから、ポアロが不審に感じた点を追及していき、事件の真相をあぶりだす。

 面白くはあるものの、事件に関連する人物が少なすぎることと、そこからあぶりだされる真相が意外というよりも突飛すぎて納得しづらいような。とはいえ、1940年代に書かれた作品であることから、身元の特定についてはそういったこともあるのだろうなと。やや見どころが少ないような気がするが、実は大人向けの恋愛小説として成立している作品であるようにも思える。


愛国殺人   6点

1941年 出版
2004年06月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 午前中、ポワロは歯医者に行って歯の治療をしてきたのだが、午後になってそのポワロを診察した歯医者が自殺したとの報がもたらされる。ポワロは他殺を疑ったものの、後に彼が午前中に診察した患者が死亡していたことにより、自らの診察ミスを悔いて自殺したとの見解で落ち着いてしまう。しかし、同様に歯医者に診察に来ていた別の婦人が行方不明となったため、ポワロは事件の真相を追うことに。すると事件の陰に諜報機関の存在が見え隠れし・・・・・・

<感想>
 ポアロが治療の為に歯医者を訪ねていくこととなるのだが、その歯医者が午後になって自殺したというショッキングな報がもたらされる。この作品では、矢継ぎ早に新たな死体や失踪事件があらわになり、速いスピードで物語が展開していく。何故、このような事件が起きているのかと思いきや、陰にスパイの存在が見え隠れし、諜報戦による暗闘を意識させられる。

 ただし、起きた事件についてはあくまでも自殺や事故によるもので事件性はないとみなされてしまう。そうしたなかでただ一人、ポアロは裏に潜む何者かの手による犯罪の存在をかぎつけ、ジャップ警部をたきつけながら捜査を行ってゆく。

 タイトルからして、いかにもクリスティーのスパイものの作品という感じであり、実際にそのように展開していく。ただし、その事件の行き着く果てはどのようになるのかは、これは読んで確かめてみてもらいたいところ。クリスティーがあえて、いつもの作品とは作風を変えようと試したのではないかと思われる野心的な作品。ポアロが細かい証拠から矛盾をついて犯人の存在を浮き彫りにさせてゆく推理が圧巻。


白昼の悪魔   6点

1941年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 地中海の避暑地スマグラーズ島に休暇に訪れていたエルキュール・ポワロ。平和な日々を過ごすはずであったが、女優アリーナ・マーシャルの存在に不穏なものを感じることに。男を惹きつけずにはいられないアリーナの存在に、彼女の夫や周囲の男たちが翻弄されてゆく。そして平和な日々は唐突に終わりを告げ、ビーチでアリーナが死体として発見されることとなり・・・・・・

<感想>
 出だしは、多数の登場人物がいるわりには、どれも個性に欠け、判別しづらいなと思ったのが正直なところ。事件もごく平凡な殺人事件(という言い方は微妙だが)であり、さほど記憶に残るような作品ではなさそうな・・・・・・と思いきや、真相が明かされると意外とうまくできていたなと感心させられる内容。

 実は殺人事件についても、しっかりとポイントが絞り込まれている。被害者は扼殺されているのだが、それを行うことができたのは男だと考えられる。そして、死亡時刻が狭い範囲で限定されており、その時刻のアリバイが吟味されることとなる。被害者は、女には嫉妬されているが、男からはさほど恨みをかうような人物ではなさそう。こういったことを総合して、さらにはこまごまとした周囲の状況と照らし合わせ、誰が犯人なのかをポワロが推理してゆく。

 この作品は、一度読んだだけでは本当の面白さがわかりにくそうな内容である。最後まで全てを知ったうえで、再読してみると、事件の周辺にいる人々の心理状況がわかり、納得して読むことができるであろう。深読みすれば、なかなかの秀作なのでは。


五匹の子豚   6点

1943年 出版
2003年12月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 21歳になったカーラ・ルマルションは、ポアロに過去に起きた事件の真相を解き明かしてもらいたいと依頼する。16年前、カーラが5歳のころ、父親を毒殺され、その犯人として母親が裁判で有罪となり獄中死したのであった。しかし、カーラは母親が無実だと主張する。依頼者に興味を持ったポアロは調査に乗り出し、関係者たちに当時の話を聞くのであったが・・・・・・

<感想>
 毒殺物というとミステリの中では珍しくないので、あの作品、この作品とあてはめて色々と想像してしまう。本書に対しても、真相はこんな感じかと予想しながら読んでいたのだが・・・・・・ものの見事に著者に足元をすくわれることとなってしまった。

 内容は、過去の毒殺事件の真相を見つけ出してもらいたいという依頼をポアロが受ける。少女が5歳のときに、母親が夫を毒により殺害したと疑われ、有罪となり獄中で死亡した。そして16年後、少女は自身の結婚前に真相を確かめたいというのである。ポアロは関係者一同から話を聞き、当時の様子をまとめる。それだけではなく、特に縁の深い5人の人物に手記を書いてもらい、その内容から事件の真相を見出す。

 捜査にしても手記にしても、ひとつの事件のみの掘り起こしなので、やや退屈な展開。しかも手記にしても結局のところは同じ状況の繰り返しということになるので、作品全般的にリーダビリティは薄い。しかし、真相が明かされる場面は圧巻であった。思いもよらない論理的な説明や、動機にかかわるするどい心理的な考察。最終的には見事なところまで持っていったなと感心させられてしまう。派手さは少ないものの、妙に印象に残る1冊といえよう。


ホロー荘の殺人   5.5点

1946年 出版
2003年12月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 アンカテル卿とその妻から午餐に招かれたポアロであったが、そこで目にした光景を不快に思う。いくらポアロが探偵だからといって、芝居めいた場面を見せられるとは・・・・・・プールの端で一人の男が血を流し、傍らに銃を手にした女がうつろな表情で立っていた。しかし、ポアロが目にしたものは、芝居なのではなく、本物の殺人事件の現場であったのだ。被害者は医者で既婚ながらも、さまざまな女との噂がのぼっていた人物。そして拳銃を手にしていたのは、被害者の妻。その妻曰く、落ちていた拳銃を拾ったというのであったが・・・・・・

<感想>
 初読かと思っていたら、途中で既読作品であることに気づく。ポアロが殺人現場に遭遇する場面が印象的で、その場面のみを覚えていた。ポアロが招待された屋敷に着くと、プール際でひとりの男が倒れていて、女が拳銃を持ったまま立ち尽くしているという場面。ポアロは最初、それを悪い冗談と解釈するものの、実は本当に殺人事件が起きたのだと気づくこととなる。この場面、てっきり別の作品のものかと記憶していたのだが、この「ホロー荘の殺人」の一場面であったということに、ようやく思い至った。

 この作品であるが、全体的な内容としてはミステリというよりも、男女の想いにスポットを当てるような昼メロ的な趣が強い。本書もクリスティーの作品らしく、最初は登場人物の紹介から入るものの、若干その紹介の場面が長い。ただ、他の作品と異なるのは、色々な登場人物を紹介するのではなく、ごく限られた者たちにスポットが当てられる。特に後に被害者となる医師と、彼に関連する女性たちとの場面に多くのページが割かれていた。

 そのスポットが当てられた部分について感じられたことは、今回無駄な登場人物が多かったなという事。いつもながらクリスティーの作品は登場人物が多いと感じられるのだが、そのなかで今回は、明らかに事件とは関係しない人物が多く見受けられた。この内容であれば、登場人物数人で足りるのではないかと、また、そのほうがもっと読みやすくなったのではないかと思われた。

 そんなわけで、全体的に意外性が少なく感じられ、やや退屈な感じの作品という印象。ただ、恋愛ドラマのようなものを好む人であれば、それなりに楽しめるのかなと。


満潮に乗って   6点

1948年 出版
2004年06月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 戦時中、資産家のゴードン・クロードは屋敷が爆撃されたことにより死亡する。莫大な財産は、結婚したばかりの若き未亡人ロザリーンが相続することとなった。ゴードンの親族たちは、生活をゴードンに頼りきりの状態であったため、困惑することに。彼らはロザリーンに助けを求めるものの、彼女の兄のデイヴィッド・ハンターにより妨げられる。そうしたなか、ロザリーンとデイヴィッドの兄妹にとある疑惑が持ち上がり・・・・・・そして騒動はやがて殺人事件へと発展する。この事件が起きる前に、とある噂を聞きつけていたポアロは興味を抱きつつ、捜査に乗り出すことに。

<感想>
 オープニングで、どうでもよさそうな男による、どうでもよさそうな話が語られているのだが、実はこれが何気に重要。危うく読み飛ばすところであった。

 ポアロが登場する作品であるのだが、当のポアロは最初に少し登場したッきりで、以後は事件後の中盤から本格的な活動となる。その事件に至るまでが退屈と言いつつも、これこそクリスティー流のいつもの作調といったところ。くどいくらいにしっかりと人間関係の相関図を描き上げたうえで事件が発生する。

 今作では、予期せぬ出来事で富豪となってしまったお人好しの娘ロザリーンと、しっかり者と嫌われ者の狭間をゆく怪しげなその兄デイヴィッドの二人が物語の中心となる。そして、富豪の財産になんとかありつけないかと、亡くなった富豪の世話になって生活してきた親類たち。その親類たちのなかに婚約中でありながらもデイヴィッドに心が傾いてゆく娘リンの存在も交えつつ、徐々に不穏な空気がただよってゆくことに。その後、ロザリーンの過去を知るという恐喝者が現れ、事態は急展開を迎える。

 殺人事件が発生してから我らがポアロの出番となるのだが、そのポアロはこの不可解極まりない事件を“自殺が一つ、事故死が一つ、他殺が一つ”と位置付ける。そして語られる真相は・・・・・・意外なミスリーディングを誘ったものが明らかとなり驚かされることに。これはなかなかうまく出来た作品だと思いつつも、最後の結末の付け方と、恋の行方に関してはこんなのでよいのかと首をかしげてしまう。


マギンティ夫人は死んだ   5.5点

1952年 出版
2003年12月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 エルキュール・ポアロはスペンス警視から事件捜査の依頼を請われる。それは、マギンティという夫人が撲殺され、金を奪われたという事件。容疑者は逮捕されているものの、スペンス警視は刑事としての感により、その男は犯行を行ってはいないのではないかと疑問を抱いたというのだ。暇を持て余していたポアロは依頼を受けることに。一見、途方もない依頼であるものの、ポアロはマギンティ夫人が生前に、過去に事件に関わったことのある4人の女に関する記事に着目していたことを発見し・・・・・・

<感想>
 エルキュール・ポアロが活躍する作品。ヘイスティングがいない状態のポアロの孤軍奮闘の様子を見ることができる。今作で思ったのは、ポアロにしてはずいぶんと足を使って捜査しているなということ。ポアロって、どちらかというと安楽椅子探偵に近いようなイメージがあったのだが。

 今回は、マギンティ夫人撲殺事件について調べるというもの。容疑者はつかまっているのだが、ひょっとすると無実ではないかという疑いがある。そこでポアロの捜査が始まるものの、全くと言っていいほど手掛かりがない。

 と、途方もない事件を扱うこととなっているのだが、そこに過去に起きたとされる犯罪に関連した4人の女について言及した新聞記事の存在により話は急展開する。その4人の女のうちの誰かが、今この地にいて、それをマギンティ夫人が見つけたことにより事件が起きたのではないかと・・・・・・

 と、そんな感じで話が進められている。過去の新聞記事という存在を使って、うまく読者を疑心暗鬼に陥らせて話を紡いでいくというところは見事であると思われる。といいつつも、若干サスペンス性が薄く感じられたり、結局誰が犯人であってもよさそうな感じがしたりと微妙に思えるところも多々ある。それでもクリスティーらしく、それなりのミステリ作品と仕上げているのだから見事と言えよう。


葬儀を終えて   7点

1953年 出版
2003年11月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 資産家であるリチャード・アバネシーが亡くなった。直系の相続人がいないなか、遺産は彼の弟、妹、姪、甥らに均等に配分されることとなった。そんな遺産の配分が示される中、リチャードの末の妹であるコーラが無邪気に「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」と言い放ち、周囲の空気を凍り付かせた。その発言が発端となったのか、後日コーラが自宅へ帰ったのち、何者かに殺害されることとなる。アバネシー家の弁護士であり遺言執行人であったエントウィッスルはエルキュール・ポアロに事件の真相を調べるよう依頼をする。

<感想>
 これは意外と面白かった。実は読んでいる最中はこれは大した作品ではないなと思えていたのだが、最後まで読み終えてみると、これはなかなかあなどれない作品であったと感嘆させられた。

 事件が起きて、多くの容疑者がいて、それらについてひとりひとり調べていくというのはクリスティー作品のいつもの展開。途中読んでいた感触では、別に誰が犯人でもおかしくないなと思えるもの。よって、真犯人が指摘されてもさほど納得のいくようなものにはならないだろうなと思っていたのだが、まさかそうくるかというような結末を迎えることとなる。

 いや、これはうまく書かれた作品であったなと感嘆。真相についてもこれしかないと納得させられるもの。すっかり騙されてしまったという感じである。本書はクリスティー後期の作品であるが、ここに来てもまだまだあなどれない作品が残されているのかと感心しきり。


ヒッコリー・ロードの殺人   6点

1955年 出版
2004年07月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ポワロは秘書のミス・レモンから、彼女の姉が悩みを抱えていることを打ち明けられる。ミス・レモンの姉、ハバード夫人は外国人留学生が多く住むロンドンの学生寮で働いているのだが、近ごろ奇妙な事件が起きているという。寮内で盗難騒動が相次いでいるというのである。しかも、その盗難物の大半は他愛のないものばかり。事件に興味を持ったポワロは、ハバード夫人が働く寮へと出向き、詳しい話を聞くことに。すると、さらなる事件が次々と起きることとなり・・・・・・

<感想>
 学生寮での事件、と聞くと日本風のミステリを想像してしまうが、そこはやはり海外ミステリ、だいぶ趣が違う。人種も多国籍ながら、学生寮といいつつ、普通に働いている者達もいるという入り乱れよう。そんな寮のなかで、奇妙なものばかり狙われる盗難事件が立て続けに起こっているという。

 そんな状況に興味を持ったポワロが事件に乗り出す。その様相から、ポアロは不穏なものを感じ取る。そして盗人を暴き出すも・・・・・・というような感じで話が展開していく。その後は、殺人あり、陰謀ありと予期せぬ展開が待ち受けている。

 通常のミステリというよりは、陰謀モノとでも言ったほうがピッタリくるような内容。スパイものとまではいかないまでも、ちょっと変わった様相のミステリであった。思いもよらぬ隠れた犯罪をポワロが暴き出すところが見もの。特に後半の展開はいつものポワロものと一味違っていて面白かった。


死者のあやまち   6点

1956年 出版
2003年12月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 エルキュール・ポワロは、旧知である作家のオリヴァ夫人から、突如呼び出される。オリヴァ夫人主催となり、ジョージ・スタッブス卿が持つ田舎屋敷で殺人ゲームに行うことになったのだが、何故か嫌な予感がするのだと。その予感が的中し、被害者役の少女が本当に絞殺死体となって発見されることとなる。年端もいかない少女が、何故殺されなければならないのか? また、スタッブス卿の妻のハティが事件が起きたのと同じころから行方を消していて姿が見えなくなっていた。なんでも、ハティは突然従兄が来ることとなり、その従兄を怖れて雲隠れしたらしいのだが・・・・・・。この二つの事件は関連しているのだろうか? 混迷する事件にエルキュール・ポワロもなすすべもなく・・・・・・

<感想>
 出だしは、殺人事件が起こるもやや漠然とした感じ。何故殺人事件が起きたのか? 全くつかめない様相。さらには、失踪事件が起きるも、そちらについても何が何だかわからないまま唐突な失踪。犯罪を防止するためにやってきたはずのポワロの目論見も失敗し、さらには事件に対してどこから手を付けたらよいかわからない状況となっている。

 どうやら事件の鍵を握るのは、ジョージ・スタッブス卿の屋敷の元の持ち主であるフォリアット老婦人。相続税が払えなかったために、屋敷をスタッブス卿に売り渡し、お情けで敷地内の小屋に住まわせてもらっている。この老嬢が何かを知っているようであるのだが、ポワロはうまく聞き出すことができない。

 そんな感じで話が進むゆえに、全体的に漠然としたような内容であり、やや面白みに欠ける。こんな感じで、きちんとした結末が付けられるのかと不安に思いつつも、最後の最後では思いもよらないしっかりとした幕引きが待ち受けていた。ただ、伏線となるような根拠については弱かったかなという印象。ゆえに、ミステリとしてというよりも物語の一編として衝撃を受けたラストという感じであった。なんだかんだと終わりにはしっかりとした結末を持ってくるのだから、さすがとしか言いようがない。


鳩のなかの猫   6点

1959年 出版
2004年07月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 名門女子校のメドウバンク高校にて殺人事件が起きる。新任の体育教師が室内競技場で殺害されているのが発見された。名門校を揺るがす事件となったのだが、それはさらに連続殺人事件へと発展してゆくこととなる。どうやら事件は、さる革命が起こった国の高価な宝石が、校内に紛れ込んだらしく、それを何者かが奪い取ろうとしたことによって起きたものであるらしい。生徒の一人が証拠をつかみ、事件を解決してもらうために、エルキュール・ポワロのもとへと駆け付け・・・・・・

<感想>
 以前読んだことのある作品。久々の読書で部分部分を思い起こしながら読んでいった。女子校で起こる連続殺人事件と言うことで、いかにもミステリ的な・・・・・・という感じがするのだが、実はスパイもの陰謀ものという感触の方が強い作品。

 なんだかんだいいつつも、事件の原因が隠された宝石にあるということは、読者には既に明かされており、しかもその隠し場所も読者にはすぐにわかるように描かれている。そんな感じで、謎を追うというようなものではなく、物語テイストで作品を追っていくというような感じの話。そうした事件を追いながら、名門女子校の経営的な行方は今後どうなるのかというほうが気になるような書かれ方。

 この作品、後半になってようやくポワロが出てくるものの、はっきり言ってそのポワロが活躍するような事件の内容ではない。何しろ最終的に推理で謎を解くというものではなく、証人の証言が重要視されてしまっている。一応は、連続殺人事件の中身をちょっと捻ることによって、ミステリ的な色もちょっと付けくわえてはいるものの、全体としてはやや弱いような感じがする。謀略ものにするか、学校内だけを舞台にしたサスペンスミステリとするか、どちらかに偏ったほうが良かったように思われる。ただ、軽めのミステリとしては、十分面白く読める内容ではある。


複数の時計   6点

1963年 出版
2003年11月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 タイピストのシェイラ・ウエップは、会社から派遣されてミス・ペブマーシュの家へと向かう。その家の中でシェイラが見たものは、ひとりの男の死体であった。驚いて外に出たシェイラは、そこでコリン・ラムと出会う。とある仕事でこの地に来ていた秘密情報部員のラムは、事件に興味を覚え、警察の知人を介して捜査を手伝うことに。事件を調べてゆくと、ミス・ペブマーシュは盲目の老婦人であり、タイピストの派遣を依頼した覚えはないという。被害者についても検討がつかず、さらには何故か彼女の家には、彼女のものではない時計が4つ置かれていた。コリン・ラムは、この見当もつかない事件の様相をエルキュール・ポワロに相談し・・・・・・

<感想>
 導入部分が面白い。とにかく起きる事件が魅力的。盲目の夫人の家に置き去りにされた身元不明の死体。それを発見する派遣されたタイピスト。部屋に置かれた、この家のものではないという時刻のずれた4つの時計。さらには、その付近に不穏分子が住んでいるの疑いがあり、捜査しに来た秘密情報員。

 こんなミステリ要素満載の謎がのっけから提示されれば、否が応でも期待は高まりざるを得ない。そして、捜査に入ってゆくのだが・・・・・・中盤以降は、やや物足りなかったかなと。

 面白い作品であるのだが、ミステリとして成立させたいのか、スパイ小説風に仕上げたいのか、どっち取らずになってしまった作品という感じであった。個人的には、もっとミステリとして引っ張っていってもらいたかったところ。それゆえに、真相を聞いても、あまり興味を惹かれなかった。決して悪い結末の付け方ではないのだが、終わり方はミステリ風ではなかったかなと。また、全体的にやや冗長(文庫で500ページ)とも感じられたので、そこはもっと凝縮してもらいたかった。序盤の流れのまま、ギュッと絞ったミステリ作品としてくれれば、凄い作品となったように思われるのだが。


第三の女   5点

1966年 出版
2004年08月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ポアロのもとに若い女がやってきて、自分が犯したかもしれない殺人について相談したいと。しかし女はポアロの顔を見た途端、こんなに年寄りだとは思っていなかったと言って、ポアロの前から立ち去った。ポアロは腹を立てつつ、また若い女の発言も気になり、事の真相を確かめようとする。どうやら相談に来た女は資産家の娘らしいのだが、父親と継母とうまくいっていないようで、現在は二人の同居人と共にアパートで暮らしているようである。ポアロがこの出来事の裏に何があるのかと調べようとした矢先、当の女が行方不明となり・・・・・・

<感想>
 ポアロが登場する作品であるのだが、ミステリというよりも謀略小説であるような。そもそも事件らしきものが起きているかどうかもわからず、漠然としたまま、話が進み続けるというもの。しかも、最後まで読まなければ事の真相が見えてこないという、ちょっと厄介な作品。

 初っ端のポアロが依頼人の若い女から、年より扱いされて立ち去られ、腹を立てるというシーンには思わず笑ってしまった。ポアロの作品のなかでも、結構な印象的な場面であったと思われる。あと、他の作品でも登場している探偵作家のオリヴァ夫人がそこそこの頻度で登場し、場をかき乱していくところも特徴的。

 最後まで読めば、こういう趣向の作品かと言うことがわかるものの、その途上ではあまりにも漠然とした内容であるため、やや面白みに欠ける作品。通常の作品とは異なる基軸にしようとしたものなのかもしれないが、あまり楽しめなかった。


象は忘れない   5点

1972年 出版

<内容>
 推理作家のミセズ・オリヴァは、一番会いたくない人物ミセズ・バートンから無理難題を持ちかけられた。オリヴァが名づけ親になったシリヤという娘が今度バートンの息子と結婚することになり、ついては十数年前のシリヤの両親の死亡事件を再調査して欲しいというのだ。警察も匙を投げ、未解決に終わった事件を今さら・・・・・・困り果てたオリヴァはその夜、友人のポアロのもとを訪れたのだった。

<感想>
 エルキュール・ポアロが過去の事件を掘り起こす。という珍しい形式の内容かと思われたのだが、本文中でも示しているように結構こういう事件は扱っていたようだ(代表作は「五匹の豚」らしい)。さらに解説によれば、これこそがクリスティの最後の作品というべきものだそうだ。この後に出版された本はあるようだが、それらは以前に書かれていたものらしい。ある意味、本書こそが遺作といってもいいものなのかもしれない。

 事件は過去に起こった夫婦の自殺の真相を解くというもの。基本的には関係者に昔の話を聞いて回るというものである。ただし、いくつかの“キー”となる事象があり、ポアロは“四つのかつら”というものから推理を展開していく。

 その背景において主要な登場人物は少ないので目の肥えた人であれば、真相に肉薄できることであろう。井戸端会議のような聞き込みに多少うんざりする場面もあるのだが、隠遁して性格が丸くなったポアロの人柄を見てみるだけでも読むに値するであろう。

 ただ、この“象は忘れない”という言葉はなにか印象的である。そしてラストにて語られる一言もまた印象に残る。


カーテン   6点

1975年 出版
2004年11月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ヘイスティングズは久々にポワロと会うこととなり、しかもその場所はポワロと最初に会ったスタイルズ荘。久々に見るポワロは昔とは見る影もなく弱っている状態であったが、本人曰く頭のほうは弱っていないと。そんなポワロはヘイスティングズにこのスタイルズ荘には、過去からずっと事件を背後で操る殺人鬼がいることをほのめかす。その殺人鬼をあぶりだすためにヘイスティングズはポワロに協力することとなるのだが・・・・・・

<感想>
 エルキュール・ポワロ、最後の事件を描いた作品。その舞台として選ばれたのはスタイルズ荘であり、盟友ヘイスティングズも登場する。

 序盤で、ポワロの口からイスティングズは、正体を隠している犯罪者の存在を浮き彫りにするという話をもちかけられる。そこまではよいものの、そこからは長い人間観察のパートとなってしまう。つまり、事件らしい事件も起こらず(起こるのは、ちょっとしたいさかいのみ)、延々と悶々とした状況が続くのみ。

 人間関係の面で主だったところは、スタイルズ荘の女主人と虐げられたその夫との関係、研究に没頭する夫と常に病気をほのめかす妻の微妙なバランス、そして研究者の助手を務めるヘイスティングズの娘は何やら怪しげな男にかかわっているような。そうした微妙な人間関係が語られつつ、物語は後半へ突入していく。

 終幕近くで事件がいくつか起こるものの、それが起きているときも、どこかパッとしない印象。しかし、最後のポワロの手によりすべての真相が明らかにされると、なるほどと感嘆させられることとなる。読んでいる最中は、退屈極まりないと思っていたものの、最後まで読めば作品全体に対する印象もガラリと変わる。思いのほかしっかりと作りこまれた内容となっており、実はきっちりとポワロが活躍(というか暗躍)していたことを最後の最後で知ることに。

 ポワロの最後の事件ということもあるが、うまく描かれた作品とも感じられたので、色々な意味で印象に残る作品といえよう。




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