Agatha Christie  作品別 内容・感想

秘密機関   6点

1922年 出版
2003年11月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 久しぶりに再開した幼なじみのトミーとタペンス。二人は共に職を失っており、お金に困っていた。そこで二人は“青年冒険家商会”というものを即興で作り、新聞に広告をのせることに。するとさっそく仕事が舞い込んできた。しかし、その仕事というのが英国の極秘文書を巡る国際陰謀事件であり、その危険な事件に二人は巻き込まれてゆくことに・・・・・・沈没しかけた船上で機密文書を受け取ったと思われる謎の女性の行方を捜し出すことができるのか!?

<感想>
 スパイ・スリラーといえる内容ではあるが、やけにライトな感覚の作品であった。機密文書を巡って、さまざまな組織が奪い合うというものではあるのだが、さほど緊迫感を感じることもなく、気楽な感じで話が進んでゆく。

 気楽な感じというと言い過ぎかもしれないが、主人公とトミーとタペンスから感じ取れる雰囲気が“お気楽”としかいいようがないので、全編そのような雰囲気として感じられてしまうのである。この作品と比べると後に書かれた「ビッグ4」のほうが緊迫感があったように思われる。

 書きようによってはもっと緊迫したスパイ小説となったかもしれないが、そこはあえて狙って、誰もが読みやすいスパイ小説に仕立て上げたのであろう。普通の男女が体験する国家の陰謀劇、ラブロマンスも含みます、という感じで紹介したのであろうか? とにもかくにも、クリスティーらしい作風の一編といってよいのであろう。確かにこのようなスパイ小説であれば、誰もが気軽に読めるということは間違いない。


茶色の服の男   6点

1924年 出版
2004年01月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 考古学者の父親を亡くしたアンは、わずかな遺産のみを手にして途方に暮れることに。ロンドンの知人のもとで今後の生き方について考えているとき、アンは地下鉄のホームで奇妙な事件に出くわす。何かに驚いたように線路に転落する外国人。そして、死亡した外国人を看取った医者と名乗る男。その医者と名乗る男は一枚の紙切れを落としていったまま姿を消した。アンはその暗号が書かれているような紙切れを手に取り、事件の渦中へと自ら乗り出すことに! アン・ベディングフェルドの冒険が今始まる!!

<感想>
 クリスティーが初期の頃に書いた、ノンシリーズ作品。タイトルのイメージなどから堅めのスパイ・スリラーかと思っていたら、そのようなものではなく、うら若き女性が活躍する冒険小説という内容であった。全編ユーモアにあふれていて、これは楽しく読める作品であった。このような内容であれば、当時もかなり一般受けしたのではないだろうか。これは女性が読むのにはぴったりのミステリーと言えよう。本書を読めば、クリスティーが何故長い間多くの読者に指示されているかがよくわかる。

 本書は読んでいる途中ではわからないのだが、最後まで読んでみると、怪盗と女性冒険家の対決を描いたものであったというようにもとることができる。対決といっても、どこか抜けていてほのぼのとした雰囲気をまとっているので、堅くとらえるようなものではない。これは意外とシリーズ化しても面白かったのではなかろうか。

 この作品の女主人公・アンの行き当たりばったりで、伸び伸びとして、自由な冒険旅行譚を存分に楽しんでもらいたい一冊。これは万人にお薦めできる小説である。


チムニーズ館の秘密   7点

1925年 出版
2004年02月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 冒険好きの青年アンソニー・ケイドは友人に頼まれて、さる王室の回顧録と女性のスキャンダルに関わる手紙を持ってロンドンへと旅立つことになった。すると着いた早々、さまざまな者達が回顧録を奪おうと、ケイドのもとへとやってくる。しかも、そのうちのひとりの手により、回顧録は無事であったものの、手紙を盗まれてしまうことに。ケイドはチムニーズ館へと向かうことにするのだが、そこで待ち受けていたのは、凄腕の警視、怪しげな探偵、謎の怪盗の存在。さらには運命の女性ヴァージニア・レベルと出会うこととなり・・・・・・

<感想>
 これはなかなか面白い作品であった。クリスティーが描いたスパイ・サスペンスもののなかでも秀逸の作品といってよいであろう。本書の内容やあらすじだけ読むと堅苦しい作品のようにも思えるのだが、主要登場人物が陽気な人たちがそろっているせいか、コメディ・タッチのような作品として読むことができ、リーダビリティのある小説となっている。

 内容は盛りだくさん。さる王室にかかわる回顧録の行方から、謎の怪盗が宝石を奪おうとしていたり、しかもその謎の怪盗の正体がだれなのかわからなく、さらには周囲には怪しい人物ばかりで、誰がいったい何者なのか最後の最後までわからないという状況。そういったなかで、主人公らしき人物アンソニー・ケイドですら、その正体がつかめないのである。

 こういった状況の中でドタバタ劇が繰り広げられ、事態は二転三転してゆき、最後まで予断をゆるさない内容になっている。ラストの物語の締め方も見事であり、実にうまくできた作品と感じられた。ただし、個人的にはもう少し登場人物を整理してもらいたかったところである。

 ということで、クリスティー作品のなかでは初期の隠れざる名作といってもよいのかもしれない。ノン・シリーズであり、冒険ものの内容ではあるが、サスペンスが好きな人にはもってこいの作品であろう。未読のかたは是非ともご一読する事を薦めておきたい。


七つの時計   6点

1929年 出版
2004年02月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 チムニーズ館でまたもや陰謀と殺人事件が起こる! 一時的に館を貸していた際に起きた、ひとつの事件。若い外交官が薬を飲んだことにより変死していた。事件は自殺ということで片付けられてしまったが、もうひとり別の外交官も拳銃で打たれ、死の間際に“セブン・ダイヤルズ”という言葉を残す。そのメッセージを聞くこととなった、チムニーズ館当主の娘アイリーン・バンドルは事件の謎を解こうと、謎の組織“セブン・ダイヤルズ”に立ち向かおうとするのだが・・・・・・

<感想>
「チムニーズ館の秘密」に続く、スパイ・サスペンス・・・・・・といっても、無鉄砲な娘アイリーンが主役であるためか、ちょっとした冒険譚といったなごやかな雰囲気の作品。クリスティーの他の作品と比べると「ビッグ4」に近いようにも思える。

 まぁ、特段どこがという強い印象のないサスペンス・ミステリであったが、真相までたどり着くと、アイリーンの無鉄砲さがことさら微笑ましく思えるという内容。もう少し内容が砕けていれば、子供向けの作品としてもいいように思える。

 たぶん「チムニーズ館」がそれなりによかったので、その2番煎じということなのだろうが、「チムニーズ館」ほどは盛り上がりに欠けたような気がする。それもあってか、さらなる続編は出てはいないようだ。「チムニーズ館」を読んだ人は、続けて読むと面白いかもしれない。とりあえず、セットで読んでみてはいかがか。


牧師館の殺人   6点

1930年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 セント・メアリ・ミードというイギリスの何処にでもあるような小さな村。そこで殺人事件が発生した。プロズロウ大佐と牧師館で会う予定であったクレメント牧師は、突然何者かに呼び出されたことにより時間をくってしまい、あわてて牧師館へと戻ってくる。牧師が書斎のドアを開けると、銃で撃たれたプロズロウ大佐の死体を発見することに。しかも事件が起きた直後、画家のレディングが警察に自首してきたのだった。レディングはプロズロウ大佐の妻と恋仲になっており、その事が原因だと思われるのだが・・・・・・
 大勢の人たちから憎まれていたプロズロウ大佐、彼を殺害した真犯人とはいったい誰であるのか? その謎を村に住むゴシップ好きの老嬢ミス・マープルが謎を解く。ミス・マープルの長編初登場作品。

<感想>
 本書をミス・マープルが探偵であるという知識がないまま読んでいれば、まさかミス・マープルがラストで事件を解決するとは考えられなかったと思われる。それほど、物語の中に出てきていたミス・マープルは単なるどこにでもいる詮索好きの老婆にしか見えなかった。

 物語の最後で事件が解決されたときには、やけにあっさりとした解決になったなと感じられた。よくよく考えればそれもそのはず、事件中にはありとあらゆる、本事件とは関係のないその他の事象や事件などの事が織り交ぜられている。そういった事柄が、村のゴシップ好きな人々たちから余計な知識としてどんどん与えられることになるのである。しかし、そのゴシップが無駄なものであるとはその時点ではわからないのである。その多大な情報をミス・マープルは整理整頓し、鋭い洞察力で一筋の真実を見抜いてしまうのである。

 村で起こる色々な事柄を情報収集し、村で起きた全ての出来事に興味を持ち、日々目を凝らしている老嬢ミス・マープル。こんな恐ろしい人がいる村の中で、しかもミス・マープルが住む隣の家で事件を起こした犯人が浅はかであるとしか言いようがない。


シタフォードの秘密   6.5点

1931年 出版
2004年03月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 シタフォード荘の持ち主であるトリヴェリアン大佐のもとに、ウィリット夫人という南国から来た女性から、この冬山荘を貸してもらいたいという申し出があった。しぶしぶながらもトリヴェリアン大佐は申し出を承諾し、山荘にはウィリット夫人とその娘が住むこととなった。ウィリット夫人は社交的でその日も雪深いなか、数人の人たちを山荘に招いていた。そこでちょっとした降霊会を行うこととなったのだが、現れた霊魂がふもとの村に住んでいるトリヴェリアン大佐の死を予告したのだ。その場にいたバーナービー少佐は不穏なものを感じ、大雪のなか大佐の家へと行くことを決意した。すると大佐の家で予告通り死体を発見することとなり・・・・・・

<感想>
 クリスティーのノン・シリーズ作品。読んだ事のない人も多いかもしれないが、実は隠れざる名作とも言える内容。私は再読となるのだが、読んだのがだいぶ前になるにも関わらず、今だにトリックと犯人を覚えていたくらいである。

 本書でポイントとなるのは“動機”と“実行可能なもの”という2点。殺害されたトリヴェリアン大佐は資産家であり、彼の死によって、甥や姪たちに資産が残されることとなる。当然のことながら彼らが容疑者となるものの、その誰もが怪しい人物ばかりであり、真犯人を決定づけるポイントがなかなか見つからない。そうして最後の最後になり、エミリーが事件の鍵となる物証を見つけ出す。

 この作品はミステリとしての内容のみならず、婚約者の容疑をはらそうと孤軍奮闘するエミリー・トレファシスの存在が大きいと言えよう。このエミリーが登場し、活躍することによって、コアなミステリファンだけではなく、一般の読者にも作品を取っ付きやすいものとしているのである。

 うまくできている作品という反面、やや動機の面で弱い気もするのだが犯人が明かされてみれば、これしかないというところに見事に着地していると感じられる。これまたクリスティーがうまく描いた作品のひとつであり、絶妙なミステリに仕上げられていると言ってよいであろう。


なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?   6.5点

1934年 出版
2004年03月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 牧師の息子であるボビイ・ジョーンズは、ゴルフの最中崖下に転落した男を発見する。その瀕死の男は、「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」という謎の言葉を最後に残した。死亡した男の身内がやってきて、死因は事故ということに落ち着いた。しかし、ボビイはその結論に納得がいかなかった。彼は暇を持て余していた幼馴染の令嬢フランキー・ダーウェントと共に捜査を始めていくのだが・・・・・・

<感想>
 クリスティーによるノン・シリーズ作品。良質なサスペンス・ミステリとなっている。クリスティーの作品というと、謀略小説に近いようなものもあるが、本書はそこまでいかず、ちょうどよいくらいの“サスペンス”の範疇に抑えられていている。全体的にうまくまとめられた作品と言えよう。また、タイトルとなっている「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」というダイイングメッセージにも惹きつけられる。

 主人公は牧師の四男坊の息子と、その幼馴染の伯爵令嬢。この二人が、町の崖下で発見された死体を巡る事件を捜査していくというもの。事件は最初、雲をつかむような漠然としたものであるが、コミカルに繰り広げられる二人の捜査により徐々に事件の核心へと迫っていくこととなる。

 本書の特徴はなんといっても楽しいということ。若い男女二人による素人捜査が面白く、大人向けの冒険ものという感じが表されている。また、事件自体が決して幼稚なものではなく、なかなか複雑な様相で真犯人の正体も凝っており、ミステリとしても十分に読み応えがある。クリスティーの作家活動初期の脂が乗った時期に書かれたということがよくわかる作品。


殺人は容易だ   6点

1939年 出版
2004年03月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 植民地から帰ってきた、元警官であるルーク・フィッツウィリアムは電車の中で、ひとりの老婦人と相席となる。その老婦人が言うには、彼女が住む村で連続して不審死が起きており、それがある者による連続殺人ではないかと疑っていると。老婦人はこれからロンドン警視庁に相談しに行くというのだ。後日、ルークは新聞で、その老婦人がひき逃げにあって、死亡したことを知る。村で起きているという事件を調べるべく、ルークは単身で村へ向かい、捜査を進めるのであったが・・・・・・

<感想>
 クリスティーによるノン・シリーズ作品。村で密かに進行していると思われる連続殺人の謎を探るという内容。

 村で連続殺人が起きている疑いがあるというものの、村人たちは偶然死亡事故が続いただけとしか考えていない。実際に起きた事故は、酔っ払いが川に転落したとか、高い建物の窓から子供が落ちたとか、誤って毒物を飲んでしまったとか、事件性が薄そうなものばかり。さらには、それら事件に対する動機というもの自体があがってこず、捜査は混迷を極めることに。

 事件性自体を証明できないものの、怪しい人物を捜すとなると、そこはいくらでも該当者が出てくる。真面目な若い医師、資産家の変人、妻を亡くした退役軍人、胡散臭い骨董屋の主人。これらのうちの誰が事件を起こしたというのか?

 なんとなく、村というレベルで見ると事件性を別とすれば、ありがちな話が列挙されているような感じを受ける。どこの村でも、害のない変人などいくらでもいることであろう。ただ、物語が終盤になると事件に対する動機が浮き彫りとなってくることにより、事件は民俗学的ホラー的な不気味な様相を見せることとなる。最後の最後になると、自然と真犯人が浮き彫りになってくるように書かれており、ミステリとしての構造はわかりやすいものとなっている。とはいえ、雰囲気的に田舎の村を表したミステリ小説としてうまく描けているなと感心させられる内容である。主人公を中心とした男女のロマンスも描かれており、クリスティーらしい作品と言えよう。


そして誰もいなくなった   7.5点

1939年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 謎の人物U・N・オーエンによりインディアン島に招待された10人。インディアンの少年の童謡になぞらえて招待客たちは、ひとり、またひとりと殺害されてゆく。そして最後に残ったのは・・・・・・

<感想>
 大昔に読んだ後も部分的には、ちょこちょこと読んでいたのだが、最初から最後まで通して読んだのは久々という気がする。久々に読んでいると、実はミステリというよりもホラー色が強い作品と感じられた。

 内容については、もはや語る必要もあるまい。この作品以後、日本でも類似作品が多々出ている。孤島の山荘もの、見立て殺人ものの、はしりとは言わないまでも、最も有名な作品と言っても過言でなかろう。

 前述でホラー色が強いと書いたのだが、それをホラー的なものだけで終わらせずに、きっちりとミステリとして完結させているところが評価されるべきところ。用意周到な犯罪計画と、舞台立てが実に心憎い。さらに付け加えれば、簡潔に読みやすく描かれており、ミステリ初心者でも手に取りやすいというところが不屈の名作たるゆえんであろう。


NかMか   6点

1941年 出版
2004年04月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 四十歳を超えたトミーとタペンスは暇を持て余していた。以前は情報部の仕事に関わり、冒険の日々を過ごしていたものの、現在戦時中にも関わらず、そのような任務が一向にくだされないのである。そんなとき、ドイツの男女の大物スパイの正体を暴くという仕事を請け負うことに。トミーひとりが仕事を任され、秘密裏に現地へと赴くのであったが、そこで目にしたのは妻のタペンスの姿であり・・・・・・

<感想>
 クリスティーによる、トミー&タペンスが活躍するシリーズ作品。長編としては「秘密機関」以来の第2作目。以前は若い二人の冒険であったのだが、今作では40歳を過ぎた二人の冒険となっている。ゆえに、前回は第一次世界大戦中とのことであったが、今作では第二次世界大戦中と思わず歴史と時間の経過を感じ入ってしまう。

 内容は想像通りの軽い調子のスパイ小説。まぁ、軽い調子であるからスパイ小説というような感じではなく、サスペンス小説的な印象が強い。ただ、情報部のほうがトミーとタペンスに軽めの仕事を与えているのではと思いきや、意外と普通に重要な仕事を任せていることには驚かされる。雰囲気を除いて、中身だけとればきちんとしたそれなりのスパイ小説ということが言えるのかもしれない。

 それでも、クリスティーの小説らしい田舎を舞台にし、軽めの調子で繰り広げられる陰謀劇。トミーとタペンスが赴いた現場では怪しい人物ばかりが周囲をうろついている。事件を握る少女の存在とは!? といった具合に楽しめるサスペンス・ミステリ。最後の最後ではきっちりと締めているところはさすがであった。


書斎の死体   6点

1942年 出版
2004年02月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 早朝のバントリー家にて、召使が書斎で死体を発見した。その死体は金髪の若い娘であったが、家の者達が確認してみても、死体の主が誰であるのか検討もつかなかった。警察が呼ばれ、捜査が進められるなか、バントリー夫人はミス・マープルの助力を請おうと連絡をとる。
 検討もつかない事件展開であったが、やがて遠くはなれたマジェスティック・ホテルの宿泊客に事件が関連することが明らかになる。事件はひとりの富豪を巡る遺産相続にあると見られたのだが・・・・・・

<感想>
 ミス・マープル2作目の作品であるのだが、前作から12年もの間があいている。ひょっとすると最初はシリーズキャラクターにするつもりがなかったのかもしれない。そのへんについての話を何かで読んだような気もしたのだが、ど忘れしてしまった。

 本書はごく普通の裕福な家庭の書斎で見知らぬ若い女の死体が発見されるというショッキングな場面から事件が始まってゆく。事件の発端は奇抜であるものの、その後の展開は結構普通であったような気がする。とはいえ、最初から度肝を抜くような展開にすることで読者の興味を惹くという効果は充分にあげられたといってよいであろう。

 今回のミス・マープルは死体が発見された家の夫人によって無理やり連れてこられるという形で捜査に加わることとなる。前作とは異なりホームグランドといえるところから離れた場所での捜査ということでミス・マープルの神通力も弱まってしまうのではないかと思いきや、鋭い観察眼は衰えることなく、隠された真相を序盤からすでに見抜いているのである。

 本書は意外な展開で話をつなぎ読者の興味を惹いては行くものの、全体的には普通のサスペンス・ミステリという印象であった。ただし、ミス・マープルの真相へいたる着想については(微妙に納得しがたいものの)鋭いと感じられるものであった。

 この作品もクリスティーならではの、安定したサスペンス・ミステリを楽しめる作品である。


動く指   5点

1943年 出版
2004年04月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 戦争中、傷を負ったジェリー・バートンは静養するため、リムストックのリトル・ファーズ邸に妹と二人で過ごすこととなった。何もない静かな田舎町のはずであったのだが、彼らを待ち受けていたのはジェリー兄妹を中傷する内容が書かれた一通の手紙。しかも、その悪意ある手紙は彼らだけではなく、他の村の人々にも各個人を中傷する内容の手紙が届けられていたのである。この手紙を発端として事件は殺人へと発展していくことに! ミス・マープルが突き止めた事件の真相とは!?

<感想>
 ミス・マープルの3作品目となるのだが、読み始めたときミス・マープルが住む村とは違うようなのだが、どうやって事件に関わることになるのだろうとやや不思議に思えた。結局、ミス・マープルが登場するのは最後のほうにちょこっとだけ。しかも、やや強引な登場の仕方のようにも思われた。別にノン・シリーズ作品でも良かったのではないだろうか。

 この作品は村が中傷の手紙で混乱におちいるというもの。とはいえ、パニックというようなものではなく、田舎の村らしい喧噪のなかで事件が起きてゆく。そうした田舎の様子が描かれつつ、事件が進行しつつ、恋愛模様も進行していくという誠にクリスティーの作風らしいものが出来上がっている。ややミステリとしての要素が乏しいと感じたのは事実であるが、まぁそこは雰囲気を楽しむ作品ということで。


ゼロ時間へ   5.5点

1944年 出版
2004年05月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 引退した弁護士ミスター・トレーヴは語る。「・・・しかし、殺人は結果なのだ。物語はそのはるか以前から始まっている・・・・・・すべてがある点に向かって集約していく・・・・・・“ゼロ時間だ”。そう、すべてがゼロ時間に集約されるのだ。
 トレーヴの言葉をなぞらえるように、物語は始まってゆく。資産家の老婦人のもとに人々が集まる。そのなかでも特にテニスプレイヤーのネヴィル・ストレンジとその妻ケイ、そしてネヴィルの前妻であるオードリーの三人は、なんらかの事件の火種となりそうな予感を醸し出していた。そして事件は起こり、やがてゼロ時間へと・・・・・・

<感想>
 中身はいつもながらのクリスティー流のサスペンスドラマなのだが、冒頭で語られる“ゼロ時間”という考え方が面白い。事件が起こる前、それがどこから始まり、そうしてどこへと集約されるのか、その“ゼロ時間”が重要なのだという考え。ただ、読んでいる最中、そのゼロ時間が何を意味するのかまではわからなかったのだが、結末に真相が明らかにされることにより、どのような意図がこめられた作品なのかがよくわかるように描かれている。

 本書はノン・シリーズ作品であるのだが、今回探偵役を務めるのはバトル警視。なんとなくこの名前、他の作品の中で聞いたことがあるという気がしたのだが、なんと登場はこの作品で5作目とのこと。既にノン・シリーズ2作とポアロもの2作に登場していたようだ。本書なかで、バトルがポアロだったらどういう捜査をしただろうかと考える場面が挿入されている。バトル警視登場のなかではこの作品が一番活躍しているとのことであるが、残念ながら以後の作品には出ていないとのこと。

 基本的に普通のミステリ作品ではあったが、“ゼロ時間”という考え方によって、うまく色を添えたものになっている。ただ、真犯人の性格の豹変に関しては、ちょっと唐突過ぎたような・・・・・・


死が最後にやってくる   6点

1944年 出版
2004年04月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ナイル河畔で起きた家長であるインホテプの一族を見舞った惨劇。事件はインホテプが愛人として美貌のノフレトを連れてきたことが起点となる。ノフレトの登場により、一族の間で亀裂が入り、どこかぎくしゃくとした日々が続くことに。そして、待ち受けていたかのようにノフレトが死に見舞われることとなる。そこから次々と惨劇が起こり続けることとなり・・・・・・

<感想>
 冒頭にて作者より、本書は紀元前二千年頃のエジプトを舞台にしたものであるが、どこの場所でいつ起こったとしても構わない内容と書かれている。その言葉通り、特に背景を意識することなく、さらには数十年前のエジプトを舞台にしたミステリだといわれても違和感がないようなものとなっている。

 内容はひとつの家族を襲った惨劇が描かれている。日本を舞台に同様のものを描けば、もっとおどろおどろしい内容になりそうだが、エジプト舞台にクリスティーが描くとメロドラマ風のミステリとして読むことができる。推理小説としての見せ場は、あまりないような気がするが、それでも端正にかかれたサスペンス作品に仕立て上げられていると感じられた。

 本書については、どのような舞台仕立てであれ、クリスティーにかかれば、クリスティー作品らしい読みやすいミステリとして完成されるということが見所であろう。個人的に好みの内容ではなかったのだが、それでも物語には十分に惹きつけられた。


忘られぬ死   6点

1945年 出版
2004年05月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 資産家のローズマリー・バートンが毒により自殺を図ったとみられる事件。しかし、何者かの告発により殺人の疑いが浮上する。ローズマリーの夫のジョージは、妻の不倫を疑う。その相手は、政治家のスティーヴン・ファラデーと得体のしれない男アンソニー・ブラウンのどちらかか? また、ジョージの秘書のルース、ローズマリーの妹で資産を相続するアイリス、夫の不貞を疑うファラデーの妻等、他の容疑を持つ者が疑われるなか、第二の事件が・・・・・・

<感想>
 ひとりの資産家の女性の死を巡って、さまざまな人間ドラマが繰り広げられる作品。自殺と思われた事件の真相は如何に? もし殺人であるならば誰が行ったのか? そして彼女に動機を持つ者は多数・・・・・・というような展開。

 ミステリというよりは、もはやドラマ仕立てのような作品。丁寧にひとりひとりの人物が描写され、事件に関わるあらましがしっかりと語られている。ただ、起こる事件が毒殺という若干微妙な種類のものであるためか、全体的な印象は地味なもの。

 クリスティー作品のドラマ仕立ての内容が好きだという人は楽しめる作品。ただ結局、最終的には誰が犯人であってもおかしくなかったような気が。とはいえ、結末はうまくドラマチックにまとめているので、著者らしいミステリ―作品に仕立て上げられている。


ねじれた家   6点

1949年 出版
2004年06月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 チャールズ・ヘイワードは、ソフィア・レオニデスと結婚するはずであったが、ソフィアの家庭の問題により棚上げされることに。ソフィアの家庭の問題とは、彼女の祖父である資産家のアリスタイドが死亡し、しかもそれが毒殺によるものだと明らかになったことである。ソフィアは家庭の問題が片付くまで結婚はしないとチャールズに伝える。チャールズは、父親がロンドン警視庁の副総監であることを利用して、事件現場に入り込み、なんとか事件を解決しようと奔走する。れじれた家と呼ばれる館で起きた事件、事の真相は!?

<感想>
 クリスティーによるノン・シリーズ作品。いつもながらの作品と思われつつも、ちょっと様相が異なると感じられる。それはどこかというと、登場人物らによる不和が見られず、意外と皆が友好的であること。

 クリスティーの作品といえば、殺害されたものに対して数々の動機があり、それら動機を持つ者たちの中で誰が犯人か、というスタンスのものが多いと思われる。しかし、今作では被害者に対して、大きな動機を持つものが見当たらず、さらに言えば、被害者自身もさほど恨まれている人物ではないということ。そんなわけで、自然と年若き後妻が最重要容疑者にあげられてしまうことに。

 と、そうした様相が前半から後半まで続き、なかなか事件は動くことなく、家族の様相が伝えられるのみ。終幕近くになって、ようやく事態は動き、そして事件は一気に収束へと向かうことに。後半までは牧歌的とも思われた作品であったが、最後の最後に真相が明らかになると、まるでホラーのような暗さをまとう作品に様変わりする。そんなちょっと変わった、後味の悪めの作品。


予告殺人   7点

1950年 出版
2003年11月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 チッピング・クレホーンという小さな町の新聞の個人広告に奇妙な広告が掲載されていた。「殺人をお知らせ申し上げます。リトル・パドックスにて、お知り合いの方のお越しをお待ちします」と。人々はそこに住むブラックロック夫人が何らかのゲームでも催すのだと思い、指定された時間にリトル・パドックスへと向かうことに。すると皆が集まっている中、突然電気が消え、男が乱入し「手をあげろ」と言いだす。銃声が聞こえ、人々が混乱するなか、明かりが付けられると、そこには見知らぬ男が死体となって倒れていた。警察の調べにより、その男が事件を起こし、誤って銃が暴発し死んだのだろうとみなされる。その結論になっとくのいかないクラドック警部はミス・マープルの力を借り、事件を捜査し直すこととなり・・・・・・

<感想>
 ミス・マープルが登場する長編小説の4冊目となる本書であるが、これが一番内容が良いのではないだろうか。また、ミス・マープルの探偵っぷりも板についてきたように感じられる。

 新聞に予告された殺人事件が本当に起きてしまう。見知らぬものが殺害(自殺?)される事件であるが、実は莫大な遺産相続が背景にあることを警察は突き止める。では、誰がどのような状況になれば、一番特をするのか。さらに、戦後により、それぞれの過去や身元がはっきりと判明しないなか、誰が遺産を受け取る人物なのか? そういった状況のなかで事件が進められていくこととなる。

 誰が被害者で誰が加害者どころか、誰がどの人物なのかさえはっきりとしないような五里霧中のなか、ミス・マープルが鋭い観察力により真相を暴いていく。また、知らず知らずのうちにちりばめられていた伏線もきっちりと回収されており、真相が見事なほど的を得たものと感じさせられるのである。

 本書はクリスティーの中期の作品とも言えるものであるが、しっかりとここで代表作とも捉えられる作品を書いていることに驚かされる。また、勝手な印象であるがミス・マープルという人物がアガサ・クリスティー自身であるかのようにさえ思え、クリスティーの描く世界をより見事に表現していると感じられてしまうのである。こうした小さな町や村で活躍する探偵としては、ミス・マープルこそがふさわしいと言えよう。


バグダッドの秘密   6点

1951年 出版
2004年07月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 タイピストのヴィクトリア・ジョーンズは、会社で失敗をし、首になる羽目に。意気消沈しているときにエドワード・ゴアリングという青年と出会う。彼はさる博士の助手を務めていて、これからイラクのバグダッドへ向かうという。青年に一目ぼれしたヴィクトリアは無謀にも、単身バクダッドへと渡航することに。現地で仕事を得て、なんとかエドワードを探そうと行動を起こすのであったが・・・・・・

<感想>
 読み始めは“バグダッド”で何かが起こる、ということを匂わせつつ、さまざまな人がそこを目指してゆくというようなハード・スパイ小説として始まってゆく。ただし、そのバグダッドを目指し、何が行われるのかと言うことは全くわからないまま。そんな感じで始められる固めの小説なのかと思いきや、途中から全く異なる展開へと変わってゆく。

 物語の序盤が終わると、そこからはほぼヴィクトリア・ジョーンズ嬢の視点で語られる物語となってゆく。このヴィクトリア嬢が一目ぼれした青年を追っかけ、あてもないのに無謀にもバクダッドへ単身乗り込んでゆくという冒険の様子が描かれているのである。よって、この作品は、いつもながらもクリスティー作品らしい、女性視点のライトな冒険ものという感じの作品となっている。

 裏で繰り広げられる陰謀を少しずつ感じながらも、ヴィクトリア嬢は周囲の人々によって都合のよいくらいにあちらこちらに顔を出し、陰謀の渦中へと飛び込んでゆく。本人は全く自覚していないながらも、やっていることはまるで二重スパイのような役割を果たしながら、ヴィクトリア嬢が物語をかき回してゆくのである。

 といった感じで、周囲にいる人たちは命がけにも関わらず、ヴィクトリア嬢のみ、男を追っかけてゆき、日々の生活(金銭面)を気にしながら、知らずのうちに陰謀をかき回していく姿が面白い。ライト向けのサスペンス風スパイ小説として楽しめる作品。


魔術の殺人   6点

1952年 出版
2004年03月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ミス・マープルは友人から、不穏な様子が見られるので旧友であるキャリイ・ルイズの元を訪ねて惜しいと請われ、彼女の屋敷にしばらく滞在することとなる。善人で疑う事を知らないキャリイの元に集まる数々の親族。そして、急に起こる騒動と、突然の殺人事件。さらには、キャリイ・ルイズの命が狙われているとも!? 警察の捜査を助けようとするミス・マープルは、あることに気が付き・・・・・・

<感想>
 最初の取っ掛かりがつらかった。というのも、キャリイ・ルイズという人を取り巻く家系がわかりづらい。三度も結婚した挙句、その前夫の子供がいたり、養女の娘がいたりと、様々な登場人物が。ただ、読み進めていくと主要人物がある程度限定できるので、次第に頭に入ってくるようになる。まず、登場人物の整理ができれば、あとはすんなりと話に入り込むことができる。

 ポイントとなるのは一つの殺人事件。一人の青年が騒動を起こしているさなか、別の部屋で殺人事件が起きてしまうというもの。さらには、当主となるキャリイ・ルイズの命が狙われているようなのだが、その動機がはっきりしない。ただし、資産家なので金にまつわる話はつきることがない。

 タイトルにある“魔術の殺人”という言葉に、それなりの意味が含まれていて、ミステリのネタとしてはわかりやすいかもしれない。途中で披露される数々のヒントや伏線も、ある程度真相をわかりやすく示唆しているかなと。ただ、動機という問題も抱えているので、十分読み応えのある内容であることは間違いない。個人的には、なんとなくディクスン・カーの作風に似ているという印象を感じられた。もちろんミス・マープルが活躍するシリーズであるから、陰惨な作調とは程遠くあるのだが。付け加えると、劇的なラストも見ごたえあり。


ポケットにライ麦を   6.5点

1953年 出版
2003年11月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 信託投資会社の社長レックス・フォテスキューが毒によって死亡するという事件が起きた。事件を担当するニール警部が捜査を行い、容疑者に目を付け始めた矢先、さらなる毒殺事件が起きる。さらには小間使いまでもが絞殺死体となって発見されることに。捜査陣が困惑する中、亡くなった小間使いの知り合いだというマープルと名乗る老婦人が屋敷にやってきて、捜査の手伝いをしたいといい始める。事件の動機はいったい何なのか? 財産目当ての犯行か、それとも過去にレックスが起こした鉱山の利権に関する問題が関係しているのか?? ミス・マープルが示す真相とはいったい!?

<感想>
 ミス・マープルの活躍を描く、シリーズ長編作品の6冊目。最初、マープルが住む村とは何の関係もないところで起きた事件ゆえに、どのようにマープルが絡んでくるのかと思いきや、意外な形で捜査に参加することに。なんと殺された小間使いが以前、マープルの元で働いていて、義憤にかられて事件に乗り出してきたというのである。この辺の設定は、やや強引のような感じはするものの、このような形でも作らなければ、そうそう老嬢が事件に関わるということはできないであろう。

 話自体はクリスティー作品としてはありきたりだと思われるものの、物語自体が面白く、飽きずに最後まで読み通すことができた。事件は投資会社の社長が殺され、さらには第一容疑者とみなされるものが連続して殺される。残された家族のなかで、あまり評判のよくない長男、奔放で親に勘当されて海外で暮らしていた次男、結婚を反対された長女と誰もが怪しい。さらに今作では使用人たちにもスポットが当てられ、そのなかに過去に因縁を持った者がいるのではないかと疑いがかかる。

 と、そんな感じで、誰が犯人なんだろうかと読者は予想しつつ、物語に引き込まれながら読んでいくこととなる。そして最終的に明かされる真相は・・・・・・結構意外。というか、意外過ぎて、やり過ぎのような気がしなくもない。それでも犯行の手順に関しては、確かに真犯人の手により、うまくなされたことが明らかにされている。さらに付け加えれば、事件後にマープルが読むこととなるとある手紙があるのだが、それが何とも言えない味を出している。


死への旅   6点

1955年 出版
2004年08月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 東西が冷戦により引き裂かれている時代、西側で多くの科学者が失踪するという事件が起きていた。科学者のトーマス・ベタートンもそのひとり。イギリス当局は、夫人が何かを知っているのではと疑い、彼女の同行を探っていた。そうしなか、イギリス諜報部員のジェソップは睡眠薬を飲んで自殺しようとしていた女ヒラリー・クレイヴンを助ける。ジェソップはどうせ死ぬのであれば、当局のために働いてみないかとスパイ活動することを持ち掛け・・・・・・

<感想>
 クリスティーのノン・シリーズ小説。スパイものである。科学者たちの多くが失踪するという謎に挑む作品。

 この作品は導入がうまくできていると思われた。普通の一般女性を主人公にスパイに仕立て上げ、そして犯罪一味のアジトへと潜入させるという筋立てが見事。それにより、東西冷戦のスパイ小説が一気に取っつきやすいミステリへと変貌することとなる。まぁ、このへんの筋立てはいかにもクリスティーらしいとも言えるものではあるが。

 その後は、山あり谷ありというほどではないにしろ、さまざまな展開で読者を楽しませてくれるものとなっている。主人公のスパイとなった女性の役割が基本的に潜入するのみであって、何かをするというものではないので、そこがやや読みごたえに乏しいところではある。それでも、全体的にうまくコンパクトにまとめたものとなっていて、読み手側を飽きさせないところは見事だと思われた。


パディントン発4時50分   6.5点

1957年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ロンドン発の列車に乗っていたミセス・マギリカディは、窓から風景を見ていた際、横に別の列車が並走し、その車内で驚くべきものを目撃する。それは、男が女の首を締めている様子であった! マギリカディは、そのことを駅員に報告するも、きちんとした対応はとってもらえなかった。ミセス・マギリカディは、ミス・マープルに相談し、自分が目撃したものが何だったのかを突き止めようとする。事態に興味を覚えたミス・マープルは、色々なつてを使い、女性が列車内で死亡するという事件がないかを探すものの、手掛かりは得られなかった。そこで、マープルは死体は何らかの方法で隠されたのではないかと考え・・・・・・

<感想>
 話の導入がいつもとはちょっと異なる作品。最初に対面の電車内で殺人事件を目撃するも、その死体が表に出てこないことから、事件自体が表面に浮かび上がらない。それをミス・マープルが、死体のありかを推測し、犯罪をあぶりだしていこうとするという展開になっている。死体が発見されてからは、とある一家にスポットが当てられることとなり、そこからはいつもながらの犯人探しが行われていくこととなる。

 今作ではミス・マープルの代わりに手足となって動く、有能家政婦ルーシー・アイルズバロウの存在が際立つ。この人物、今回はたまたま探偵活動を行うことになるのだが、通常では“流れの家政婦”みたいな感じで、色々な家を転々としながら仕事をしている有能な人物。

 それともう一つの着目点は、死体の存在について。最初あらわにならない殺人事件であったが、それがミス・マープルの推理によって見事発見されることに。しかし、その死体が何者なのかが、なかなか明らかにならないというところは、クリスティー作品では珍しい事のように思えた。そんなわけで、通常のひとつの屋敷での遺産相続を巡る犯罪を描いた作品のような感じであるが、色々な工夫が凝らされていることにより、全体的に飽きの来ない一風変わったミステリ作品のように感じられるものとなっている。ミス・マープルのシリーズだからといって、決して地味ではない見栄えのある作品に仕立て上げられている。


無実はさいなむ   5.5点

1958年 出版
2004年07月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 アーサー・キャルガリはアージル家の人々に告白しなければならないことがあり、連絡なしに彼らの家を訪ねることに。アージル家では2年前に、当主の老婦人が養子である息子のジャッコに殺害され、そのジャッコは裁判で有罪判決を受けたのちに獄中で死亡するという事件が起きていた。当時、ジャッコはアリバイを主張したものの認められなかった。アージル家を訪ねてきたキャルガリは、そのジャッコのアリバイを主張する者であったのだが、ジャッコと会った後に交通事故を起こし、そして海外へと旅立っていた。今になって事件の事を知ったキャルガリは、ジャッコが無実であったことを知らせるために、アージル家を訪れたのだ。ただ、ジャッコの無罪が証明されたがゆえに、アージル家の他の者が真犯人として疑われることとなり・・・・・・

<感想>
 ずいぶん昔に読んだことのある作品。たしか、この作品が映画化されるということで本屋に並び、それで読んだという覚えがある。かつて読んだときは、良い作品という記憶があったのだが、再読してみたら・・・・・・そうでもなかったかな。

 本書についてはミステリというよりは、人間模様を描いたドラマというにふさわしい作品である。アージル家は、夫よりも資産を握っている妻のレイチェルのほうが権力を握っていたのだが、子供を産むことができないと分かったレイチェルは養子をとることを決める。その結果、5人の子供を引き取り、育て挙げることとなったのだが、その後、養子のひとりであるジャッコによってレイチェルは殺害されてしまうのである。ただ、裁判によってジャッコの有罪が確定したのちに、キャルガリという訪問者によってジャッコの無実が証明されることとなるのである。

 そこからがこの物語の真の始まりであり、血のつながっていない一家のなかで、誰が殺人者であるのかという疑心暗鬼にかられながら話が展開されてゆくこととなる。そして、ひとりひとりがクローズアップされることとなり、それぞれの場面によってひとりひとりの考え方や性格、そしてその思いが表されてゆくのである。

 結末については、それはそれで良くできているという感じではあった。ただ、心情的には誰が犯行を犯してもおかしくないというような状況であるので、真犯人など別に誰でも良いという感じでもある。やはり、それよりもひとりひとりの感情と養母に対する思いを表したという人間ドラマのほうこそがスポットを当てるべき作品なのであろう。


蒼ざめた馬   6点

1961年 出版
2004年08月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 神父が夜道で撲殺されるという事件。その事件のみならず、調べてみると、周囲では相次ぐ不審死が起きていた。そして、そこにはオカルト行為が行われていると噂される“蒼ざめた馬”という名前が次第に取りざたされるようになる。不審死は本当にオカルトによるものなのか? 事件に興味を持った若き学者のマーク・イースターブルックは友人らの手を借りて、事の次第を調べ始め・・・・・・

<感想>
 クリスティーのノン・シリーズ作品。ただ、その登場人物の中にレギュラー脇役キャラクターとも言える推理作家のオリヴィア夫人が登場している。重要人物なのか、単なるかき回し役なのか、その微妙なスタンスもいつもながら。

 本書はオカルトを題材としたミステリである。果たして呪いで人を殺すことができるのか? その真相を探る内容となっている。作中で興味深いのが、人の顔を覚えることが得意だという薬剤師の存在。犯人らしき人物を目撃したものの、後の調べにより、その目撃した人物はどうやら別人であるらしいと。それに納得のいかない薬剤師が自身の主張の証明をしようと捜査にしゃしゃり出てくる。

 基本的に探偵役として登場するのは、青年学者のマーク・イースターブルック。彼が友人らの協力を得て、興味をもった一連の事件を調べていくこととなる。最初は単なる漠然とした個々の事件のように思えたものが、全てが一つに繋がって行き、さらにはそれなりにきちんとした結末へと持ち込まれてゆくところは大したものと感嘆させられる。読み始めこそ、ごちゃごちゃした印象であったものの、最後まで読み通せば、意外と良い作品であったと感じられた。


鏡は横にひび割れて   6点

1962年 出版
2004年07月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ミス・マープルが住むセント・メアリ・リードの村に、有名女優と敏腕プロデューサーであるその夫との夫婦が越してくることとなった。歓迎会として、有名人夫妻の屋敷で開かれたパーティー。そのパーティーのさなか、一人の招待客の女が変死を遂げる。飲み物に入っていた毒物によって死亡したことが後の検死で判明する。死亡したのは無害な普通の女で、殺されるような理由などはないはず。何者かが女優を狙って毒を盛ったものの、あやまって別の人物を殺害してしまったということなのか? ミス・マープルが解き明かした真相とは!?

<感想>
 ミス・マープル・シリーズ作品。マープルが日々田舎で平凡に暮らす中、唯一の不満は共に暮らすミス・ナイトという付添人。決して悪い人物ではないものの、相性が悪く、今後の暮らしをどうしたものかと悩む始末。そうしたなか、マープルの住む村に、有名女優とその夫との夫婦が引っ越してくることとなる。

 当然のように、彼らが開くパーティーのなかで、事件が起きることとなる。招待客のひとりが死亡するものの、全く誰かに狙われるような人物ではない。それゆえに、何者かが女優の命を狙い、誤って殺されたのではないかという憶測がなされる。それならば、誰が女優の命を狙ったのかと警察が捜査していくことに。そして、ミス・マープルも噂を仕入れつつ、独自の推理を構築していき、最後にはその推理をクラドック主任警部のもとで披露することに。

 本書については、事件自体は平凡というか、クリスティー作品ではありがちなもの。そして、その後の捜査模様も同様。基本的に事件は一つで、その後にも事件は起こるのだが、それらは取って付けたようなものでメインとなるようなものではない。そんなわけで、全体的には少々退屈な内容であるのだが、最後に明かされる事件の動機については感心させられた。これは、さすがに話を作り込むのがうまいなと唸らされるようなもの。

 全体的に退屈という感想を述べたものの、そうした片田舎での事件をゆっくりと語ってゆく構成こそがマープル・シリーズの特徴と言えよう。ゆえに、退屈というよりは、ゆったりとした作調という風に捉えるべきか。


カリブ海の秘密   6点

1964年 出版
2003年12月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 療養のためカリブ海を訪れていたミス・マープル。その療養先のホテルでマープルは、退屈でおしゃべりな話し相手のパルグレイヴ少佐の話を聞いていた。少佐は過去に妻を殺害した男の話をし、その男の写真を持っているので見せようとしたとき、何かに気づき突如話をそらしてしまう。そんな出来事があった後に、パルグレイヴ少佐が死亡するという事件が起きる。これは果たして殺人事件なのか? ミス・マープルは、その後も事件が続くのではないかと恐れ、犯人の正体を明らかにしようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 過去に犯罪を犯したと思われるものをあぶりだすという話。ただし、事件が起きるものの警察は事件なのか事故なのか判別を付けづらく、どっちつかず。そこでミス・マープルが暗躍し、状況を打破しようと画策する。

 今作でおもしろかったのは、ミス・マープルと口の悪い資産家ラフィール氏との邂逅。このラフィール氏、金持ちらしく口が悪く、態度も悪い。通常小説のなかであれば、いの一番に殺されそうな人物。しかし、ミス・マープルは、この人物が実はそれほど悪い人ではなく、聡明な人物であることを見抜き、事件解決のために協力を仰ぐこととなるのである。このラフィール氏とミス・マープルのコンビが何と言えない味を出していた。

 本書の内容に関しては、いつもながらのクリスティーらしいミステリ作品と言う感じ。ページ数も手ごろで読みやすかった。ただ、唯一欠点をあげるとすれば、真犯人があまりにもあからさますぎやしないかということ。


バートラム・ホテルにて   6.5点

1965年 出版
2004年07月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 ロンドン警視庁内で、とある事案が問題になっていた。それは度重なる大規模な強盗事件が起きていること。フレッド・デイビー主任警部が事件の検討を行うなか、そこにバートラム・ホテルの存在が浮かび上がる。そのホテルは、近代化の波に逆らうかのように、エドワード王朝時代のたたずまいを保ったホテルとして名をはせていた。その落ち着いたホテルに、ミス・マープルが旅行客として訪れていた。そのミス・マープルはホテルで起こる小さな騒動を見聞きしていて、エルヴィラという若い娘に注目をしていた。そんなある日、バートラム・ホテルに宿泊していた牧師が行方不明になるという事件が起きる。この事件を機にデイビー主任警部はホテルに乗り込み、捜査を開始してゆくのであるが・・・・・・

<感想>
 タイトルからすると、ホテルで殺人事件が起きて、それをミス・マープルが解決してゆくという展開が成されて行きそうなものであるが・・・・・・本書はそういった内容ではない。事件自体はもっと大きなものが進行していて、大規模な強盗事件とホテルに何らかのかかわりがあるのではないかという謀略的な事件の秘密を暴くというもの。どちらかと言えば、警察捜査がメインであったような。

 本作におけるミス・マープルの役目と言えば、ホテルの宿泊客の一人のなっているので、そのホテル内で起こる出来事を眺めつつ、妙に感じたことを述べるという証言者としての役割。それを今回のメインの探偵役といってもよい、デイビー主任警部に話をし、事件の解決に役立たせるという感じになっている。

 ただ、本書が謀略事件のみを扱ったものになっているかと言えば、実はそうではない。最後の最後にとある殺人事件がどんでん返し的に語られてゆくことになり、それをミス・マープルが真相を見抜くという試みがなされている。というわけで、最後まで読めばミス・マープルが扱うにふさわしい事件の様相が描かれていて、読み手としては満足して読み終えることとなるのである。


終わりなき夜に生まれつく   6点

1967年 出版
2004年08月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 定職に就かず、色々な職業をとっかえひっかえしていたマイケル・ロジャース。ある日、“ジプシー丘”と呼ばれる土地を訪れ、そこに屋敷を建てることを夢み始める。そんな折、ジプシー丘でエリー・グッドマンという女性と出会い、二人は恋に落ち、結婚することとなる。そのエリーは、マイケルに自分が莫大な遺産を受け継いだ富豪であることを打ち明ける。そして、彼女の財産によりジプシー丘に家を建て、幸せな生活を送るはずであった二人であったが・・・・・・

<感想>
 アガサ・クリスティーのノン・シリーズ作品。読み始めたときは、途中まで普通小説かと思わせるような内容。ごく普通の男が資産家の女性と出会い、結婚し、自らも資産家として生きることの葛藤を描いた作品・・・・・・という感じで話が進んでゆく。

 そんな感じであるので、途中読んでいる間は、やや退屈であった。ジプシー丘にジプシーの老女がいて、不吉なことが起こるから出ていけと脅されたりと、どこか不穏な雰囲気は秘めている。また、二人の若い男女の結婚生活も、幸せそうでありながら、どこか危ういものが感じられ、今後何かしら起きることを予感させる。

 そうして後半になり、思わぬ展開、さらには思わぬ結末が待ち受けていることとなる。まさかこのような幕引きを遂げる小説になっているとは。読み終えてみれば、実は見所満載の内容の小説となっている。一応サスペンス小説と呼んでもよさそうな感じではありつつも、最後に意外な展開が待っているとはいえ、普通小説といってよいような感触も残る。それでもミステリ風に、最後まで読み終えた後に、また序盤の方や場面場面を見返したくなるという効果も持ち合わせた作品となっている。




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