Agatha Christie  短編・戯曲・その他 作品別 内容・感想

ポアロ登場   5点

1924年 出版
2004年07月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 「<西洋の星>盗難事件」
 「マースドン荘の悲劇」
 「安アパート事件」
 「狩人荘の怪事件」
 「百万ドル債権盗難事件」
 「エジプト墳墓の謎」
 「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」
 「首相誘拐事件」
 「ミスタ・ダヴンハイムの失踪」
 「イタリア貴族殺害事件」
 「謎の遺言書」
 「ヴェールをかけた女」
 「消えた廃坑」
 「チョコレートの箱」

<感想>
 最近、シャーロック・ホームズの新訳を読み続けたせいか、どうしても本書とそれを比較して読んでしまいがちである。このポアロ・シリーズというのも短編で読むとかなりホームズものを意識、もしくは踏襲しているのではないかと思える構成であることがわかる。ポアロとヘイスティングが窓際で並び立ちながら、依頼者が彼らのもとへと駆け込んでくる様を眺めているところなどは特にそう感じさせられる。

 ただし、ポアロの口から言わせると、そんな細かい捜査を行いながら、あれこれと証拠を見つけようとする探偵たちと一緒にしてほしくはないとのこと。というわけで、あくまでもアンチ・ホームズのスタンスに立たせたいようなのであるが、結構ポアロ自身もまめで、実際にはヘイスティングの見ていないところであれやこれやと立ち回りながら事件を解決しているように見受けられる。

 たまにポアロらしい、直感のみで事件を解決させるときもあるのだが、そういう作品に関しては推理が飛躍しすぎていて解決にあまり納得がいかなかったりしてしまう。

 今作の短編集を読んでみた限りではあまり印象に残るという作品が見受けられなかった。どうもポアロが短編のなかで捜査を行う犯罪というのは、サスペンス風かスパイ風の内容のものばかりという印象が強かった。よって、ポアロの灰色の脳細胞により事件が解決されるも、“ふに落ちた”というものは感じられなかった。この作品集だけ読んだ感想としてはクリスティーはどちらかといえば長編向きの作家なのかなということ。


おしどり探偵   6点

1929年 出版
2004年04月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 「アパートの妖精」
 「お茶をどうぞ」
 「桃色真珠紛失事件」
 「怪しい来訪者」
 「キングを出し抜く」
 「婦人失踪事件」
 「目隠しごっこ」
 「霧の中の男」
 「パリパリ屋」
 「サニングデールの謎」
 「死のひそむ家」
 「鉄壁のアリバイ」
 「牧師の娘」
 「大使の靴」
 「16号だった男」

<感想>
「秘密機関」で活躍した若夫婦トミー&タペンスが活躍するシリーズ第2弾にして、シリーズ唯一の短編集。

 これを読むと、なんとなく“日常の謎”風のミステリというものを思い浮かべる。実際には日常の謎を扱ったものもあるものの、全体的にはスパイ関連の騒動から殺人事件までと殺伐なものを扱っている。ただし、たとえ殺伐な事件を扱ったとしても主人公夫婦が基本的に能天気な様相を見せているので、悲壮感が漂うようなことは一切ない。そうした雰囲気が“日常の謎”系のミステリを印象付けるのである。

 個人的には他愛もない事件を扱った「お茶をどうぞ」や「婦人失踪事件」などが面白かった。どれも真相が明かされてみれば脱力系の事件なのだが、こういったものこそが本書の内容にあっていると言えよう。

 また、本書は単に能天気な内容というわけではなく、数々のミステリ作品を意識した作品集とも捉えられる。主人公らが、有名探偵の真似をして事件に臨んだり、有名作品のキーワードまでが出てきていたりする。中には、クリスティー自身の作品のキーワードをいくつか交えた作品もあり、そうしたものを見つけていくのも楽しみの一つとなる。また、「霧の中の男」はブラウン神父を意識した作品であるのだが、トミーがブラウン神父の格好の真似をするだけでなく、内容までがとある作品を意識したものであることに驚かされる。これを見ると、他にもさまざまなミステリ作品の要素が隠されているのかもしれないと・・・・・・


謎のクィン氏   7点

1930年 出版
2004年11月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 「クィン氏登場」
 「窓ガラスに映る影」
 「<鈴と道化服>亭奇聞」
 「空のしるし」
 「クルピエの真情」
 「海から来た男」
 「闇の声」
 「ヘレンの顔」
 「死んだ道化役者」
 「翼の折れた鳥」
 「世界の果て」
 「道化師の小径」

<感想>
 読んでいる冊数は少ないものの、クリスティーの短編作品に関してはあまりよいイメージを持っていなかった。しかし、この「謎のクィン氏」を読むと、決してそんなことはないと認識を改めさせられた。これがまた、濃いミステリ短編小説集に仕上げられている。

 神出鬼没の謎のクィン氏が登場する作品なのだが、実は彼は探偵役ではない。一連の作品に登場する一見ワトソン的な役割を担ったような男、好奇心旺盛で人間観察大好きの老人(60歳over)、サタースウェイト氏が探偵役となるのである。サタースウェイト氏が持ち前の好奇心により、さまざまな事件に遭遇すると、そこにクィン氏が現れ、「時間が経てば経つほど物事を客観的にとらえることができる」とほのめかす。そしてクィン氏によるヒントを元にサタースウェイト氏が謎を解き明かす(最初の方はクィン氏自ら解き明かしていたようなきもするのだが)という趣向。

 このようにして、サタースウェイト氏とクィン氏のコンビが過去に起こった事件を掘り下げたり、現在に起きた事件を解き明かす。「クィン氏登場」では、謎の自殺事件とその動機について、「窓ガラスに映る影」ではガラスに映る幽霊と銃殺事件の謎について、「<鈴と道化服>亭奇聞」では謎の失踪事件に迫り、「空のしるし」では男の無実をはらすためにサタースウェイト氏がカナダへ飛びと、さまざまな事件に関わっていく。

 ただ、惜しく思えるのは後半へ行くにしたがって、ネタが尽きてきたのか、だんだんと幻想物語風な内容になってしまっていること。できることなら前半のミステリ色が濃い作風のままで全編通してもらいたかった。とはいえ、非常に印象に残る作品集であったことは確か。クリスティーの作品は決してポワロとマープルだけではないと認識させられた一冊。


火曜クラブ   5.5点

1932年 出版
2003年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 第 一話 火曜クラブ
 第 二話 アスタルテの祠
 第 三話 金塊事件
 第 四話 舗道の血痕
 第 五話 動機対機会
 第 六話 聖ペテロの指のあと
 第 七話 青いゼラニウム
 第 八話 二人の老嬢
 第 九話 四人の容疑者
 第 十話 クリスマスの悲劇
 第十一話 毒草
 第十二話 バンガロー事件
 第十三話 溺死

<感想>
 この作品はミス・マープルが活躍する様子を描いた作品集。数人でクラブを作り、そのクラブのなかでメンバーが謎を持ち寄り、その謎に対してあれやこれやと検討する。そうしたなか最後に謎を解くのはミス・マープルという流れになっている。

 以前から、クリスティーの短編作品に対して、苦手と感じていたのだが、本書についても同様の感想。何故、苦手に感じるかと考えてみたところ、クリスティーが書く長編作品の丁寧さに対して、短編作品のほうはかなり書き方が荒いからではないかと考える。

 例えば、登場人物が多い作品などは、特にそう感じることが多い。長編の場合だと、登場人物を章ごとに紹介し、これでもかといわんばかりに丁寧に説明している。しかし、短編だとページ数の制限があるからか、何気に一文くらいでさらっと流し、それを読み逃してしまい、これって誰だっけ? となることもしばしば。

 また、クリスティー作品というと、感情的なもつれが事件の動機になるというものがしばしば用いられるが、短編だとその感情的なものが書き切れていない状態で扱われてしまうので、結末を読んでもしっくりしないということが多い。

 このミス・マープルの作品集、事件のほとんどが殺人事件を扱っているのだが、村でそんな陰惨な事件ばかりが起きるのかということも微妙。また、殺人事件にこだわる故にパターンが少ないというのも悩ましいところではないのか。この時代にはなかったろうが、本来であればミス・マープルが解決するのは日常の謎系のようなものが一番適していたのではないかと感じてしまう。

 ただ、そんなことをいいつつも最後の作品の「溺死」については、少ない登場人物を用いて、それらの感情面もきっちりと書き表し、しっかりとした秀作となっているので驚かされる。この「溺死」のような作品が多くかかれていたら、もっとクリスティーの短編集のことを好きになれるのだが。


死の猟犬   7点

1933年 出版
2004年02月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 「死の猟犬」
 「赤信号」
 「第四の男」
 「ジプシー」
 「ランプ」
 「ラジオ」
 「検察側の証人」
 「青い壺の謎」
 「アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件簿」
 「翼の呼ぶ声」
 「最後の降霊会」
 「S・O・S」

<感想>
 クリスティーの短編作品というと、微妙なものが多いという感じがしていたのだが、この作品集を読むことにより、そういった印象は払しょくされた。これは、なかなか楽しませてくれる作品集であった。

 本書については“クリスティーらしからぬ”という表現がふさわしいと思われる。この「死の猟犬」は、ミステリ短編集というよりも、超自然的なものを扱った作品集という感じになっているのである。ゆえに、最後まで読んでもよくわからなまま終わってしまっているものもある。そういったなかで、超自然的と思われる現象に隠れて詐欺師が暗躍していたり、その他ミステリ的な結末が用意されているものなのもあるので、なかなか油断ならない作品集となっている。

 最初の「死の猟犬」からして、あっけにとられる展開。爆発によりドイツ兵を吹き飛ばしたとされる謎の尼僧の話。なんとなく戦時中に起きた出来事と、普通の天災の話とを合わせて、あえて神秘的に描いたとも言えるような感じになっているのである。読み終えたのちに、妙な印象が残される作品である。

 物語として面白かったのが「第四の男」。これは、多重人格症について触れた話となっているのだが、ここでは、如何にしてその多重人格が表れることになったのかという顛末が描かれている。それを単に語るというだけではなく、電車の中で急に表れ、あっという間に去ってゆく語り手によって話がなされるというところも物語に色を添えている。

 あと、いくつかミステリ的というか、詐欺的な話として語られているものも紹介したいところであるが、それを語ってしまうとネタバレとなってしまうので、あまり詳しく話をしないほうが良いかと思われる。とにかく、読んでみなければわからないという趣向がそれぞれ面白いのである。

 また、そういった超自然的なものとは別に、クリスティーの代表作のひとつである「検察側の証人」も掲載されているところもポイントのひとつ。これは、他の作品とは少々趣が異なるような気がするが、それでも作品単体としては面白いので、これを読むだけでも満足できることであろう。

 というわけで、意外にも面白いクリスティーの作品集を読むことができたので大満足。というか、これを読むと他にも面白い短編作品集がありそうなので、まだ未読のものも期待して読みたいと思っている。


「死の猟犬」 爆発によりドイツ兵を吹き飛ばしたという尼僧の力とは!?
「赤信号」  降霊会から始まるとある罠、そしてその行く末。
「第四の男」 女性が多重人格症となった事の発端を語るのは、列車に乗ってきた四番目の男。
「ジプシー」 ジプシーの予言と白昼夢。
「ランプ」 その屋敷には子供の霊が出るという言い伝えがあり、そこで暮らすことになった三人家族は・・・・・・
「ラジオ」 甥が持ってきてくれたラジオに夢中になった夫人。しかし、ある日から聞こえるはずのない声が聞こえるように・・・・・・
「検察側の証人」 弁護士が担当する依頼人はかなり不利な状況であったが、とある告発により逆転を・・・・・・
「青い壺の謎」 ある時、その男にだけ女の叫び声が聞こえるという奇妙な状況が発生し、それを周りに相談すると・・・・・・
「アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件簿」 突然薄ばかになった青年と、見えない猫の霊の秘密とは!?
「翼の呼ぶ声」 足の不自由な男が奏でる音楽を聴いて、宙に浮くような気持ちになった男は・・・・・・
「最後の降霊会」 いやいや降霊会を行う霊媒が最後に行った降霊会の果ては・・・・・・
「S・O・S」 車が故障したことにより人里離れた一軒家に泊まることとなった男は、SOSの記述を見つけ・・・・・・


リスタデール卿の謎   6.5点

1934年 出版
2003年12月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 「リスタデール卿の謎」
 「ナイチンゲール荘」
 「車中の娘」
 「六ペンスのうた」
 「エドワード・ロビンソンは男なのだ」
 「事 故」
 「ジェインの求職」
 「日曜日にはくだものを」
 「イーストウッド君の冒険」
 「黄金の玉」
 「ラジャのエメラルド」
 「白鳥の歌」

<感想>
 クリスティーのノン・シリーズ短編集。色々な話が盛り込まれていて読み応えあり。

 最初の「リスタデール卿の謎」は、主人公らによって良い話が舞い込むのだが、それがあまりにも胡散臭い話でありつつ、最後に何が待ち受けるのだろうと、思わず引き込まれるような話。

 とある家庭内で起きた殺人事件の真犯人を探す「六ペンスのうた」や、毒殺犯について言及しようとする「事故」あたりは、普通にクリスティーのミステリ作品らしくて良い。

 その他、冒険ものといったものが数多くみられた。ラストでどんでん返しがあるものが多いので、先入観なしに読んだほうが良いと思われる。それらのなかで、同一に扱われているかどうかがわからないが、“女盗賊”の存在について言及している作品がいくつか見られ、それぞれの作品でうまく効果を上げているところも見ものの一つとなっている。


「リスタデール卿の謎」 格安で召使付きの家を借りることができた家族は、その家を不審に思い・・・・・・
「ナイチンゲール荘」 女は一目ぼれした男と結婚したものの、夫が秘密を抱えていることを知り・・・・・・
「車中の娘」 伯父から見捨てられた男が電車内で、何者かに追われている女をかくまうこととなり・・・・・・
「六ペンスのうた」 元弁護士のサー・エドワードは家族内で起きた殺人事件の捜査に乗り出すこととなり・・・・・・
「エドワード・ロビンソンは男なのだ」 恋人のいいなりになっていたエドワードは、突如新車を購入し、旅に出て・・・・・・
「事 故」 元犯罪捜査部警部のエヴァンズは、とある女がかつて夫を毒殺したという疑いを抱き・・・・・・
「ジェインの求職」 ジェインが変わった求職に応募したところ、その仕事の内容は驚くべきものであり・・・・・・
「日曜日にはくだものを」 購入したくだもの籠の中に宝石を見つけたカップルはパニックになり・・・・・・
「イーストウッド君の冒険」 作家のイーストウッドは、間違い電話により、奇妙な陰謀に巻き込まれ・・・・・・
「黄金の玉」 男はたまたま出会った女と共にデートに出かけ、偶然寄った家に入ったことにより、奇怪な体験を・・・・・・
「ラジャのエメラルド」 履き替えたズボンを他の人のものと間違ったようで、ポケットの中にはエメラルドが・・・・・・
「白鳥の歌」 オペラ“トスカ”の舞台において、上演中に事件が起き・・・・・・


パーカー・パイン登場   6.5点

1934年 出版
2004年01月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 「中年夫人の事件」
 「退屈している軍人の事件」
 「困りはてた婦人の事件」
 「不満な夫の事件」
 「サラリーマンの事件」
 「大金持ちの婦人の事件」
 「あなたは欲しいものをすべて手に入れましたか?」
 「バグダッドの門」
 「シーラーズにある家」
 「高価な真珠」
 「ナイル河の殺人」
 「デルファイの神託」

<感想>
 クリスティーが書くシリーズ探偵のうちのひとり“パーカー・パイン”。名前だけは知っていたものの、実はまだ読んだことがなかった。そういうわけで初読であったのだが、これはなかなか面白かった。今までのクリスティー作品とは異なる趣向が楽しめる。

「あなたは幸せ? でないならパーカー・パイン氏に相談を」の新聞広告を元に悩める人の相談にのるパーカー・パイン。そこに来るのは、夫の浮気に悩む女、身を持て余す退役軍人、魔が差して指輪を盗んでしまった女、妻が好きなのに相手にされない夫、暇を持て余したサラリーマン、金持ちの生活にうんざりした夫人、といった人びと。

 それら悩みをパーカー・パインが見事に解決するのだが、その解決方法と結末に色々なパターンがあって楽しめる。退役軍人の話や、資産家の夫人の結末がそれぞれ面白かった。また、通常の流れとは異なるものもあり、意表を突かれたりすることもある。

 と前半6作は面白かったのだが、後半6作はいまいちであった。というのも、後半は従来の悩み相談ではなく、パーカー・パインが旅に出て、そこで起きた事件を解決していくという内容になってしまっているのである。そういう流れでは、もうほとんどポアロ作品と変わりなくなってしまっており、普通のミステリという感じにすぎなくなっている。そんなわけで、前半の流れのまま全部を通してもらいたかったところ。


死人の鏡   7点

1937年 出版
2004年05月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 「厩舎街の殺人」
 「謎の盗難事件」
 「死人の鏡」
 「砂にかかれた三角形」

<感想>
 クリスティーの短編集、というか中編集といってもいいくらいのボリューム。しかも全てがポアロものとなっているので、推理小説としての読み応えはばっちり。

「厩舎街の殺人」は、ジャップ警部と共にポアロが事件現場の実況見分をする。部屋で女性が死亡していて、自殺を遂げたように見えるのだが、現場検証により不可解な点があがってくる。事件とみなしたポアロが死亡したの女性の周辺を調べていくうちに、事件背景が見えてゆくこととなる。考えつくされた計画的犯行であると感心させられる真相が最後に待ち受けている。まさか、そんな感じでひっくり返してくるとは、と。

「謎の盗難事件」は、自宅から最新兵器の設計図が盗まれるという事件を描いたもの。設計図を盗まれた男は、大事にはできない事件ゆえに、ポアロに事件解決を依頼してくる。スパイ小説のような陰謀もの。そして実際に陰謀色の強い結末が待ち受けている。個人的には、メイドが悲鳴をあげて幽霊を視たという証言に関する真相が面白かった。

「死人の鏡」は、ポアロが書簡によって呼び出され、その屋敷へ出向くと、その当事者が銃による射殺体となって発見されるという事件。一見、自殺のようにも見える事件をポアロはどう読み解くのか。鏡や銅鑼の位置など、現場におかれたものの位置と弾道から導き出される真相がなかなかのもの。ただ、この作品は、そうしたトリックよりも、動機の面をドラマチックに描いた終幕が印象的。

「砂にかかれた三角形」は、リゾート地で起きた二組の夫婦の関係から起きた殺人事件を描いている。いわゆる不倫による三角関係が生じたことによって起きた事件かと思いきや、ポアロによって事の真相が指摘されることとなる。この作品集のなかでは一番短く、短編という体ではあるが、すっきりとまとめられていて、これはこれで読み応えがあった。


黄色いアイリス   6点

1939年 出版
2004年06月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 「レガッタ・デーの事件」
 「バグダッドの大櫃の謎」
 「あなたの庭はどんな庭?」
 「ポリェンサ海岸の事件」
 「黄色いアイリス」
 「ミス・マープルの思い出話」
 「仄暗い鏡の中に」
 「船上の怪事件」
 「二度目のゴング」

<感想>
 クリスティーのシリーズ探偵が活躍する作品集となっている。オリジナルは1931年に出版された「The Regatta Mystery」であるが、一編を割愛し、他の一編を加えたことにより、「黄色いアイリス」は日本で編纂された短編集となっている。9作中、5作にポアロ、2作にパーカー・パイン、ミス・マープルが1作、そしてノン・シリーズ作品が1作。よって、ほぼシリーズ作品集という感じがして、クリスティーファンであれば取っつきやすい内容と言えよう。

 面白かったのは、パーカー・パインの2作品。「レガッタ・デーの事件」では、宝石盗難事件が描かれている。なんとなく、こういった設定の作品は他でも見たことがあるような気がするので、クリスティーお得意の分野と言ったところか。また、内容は打って変わって、意に沿わない婚約者を息子から遠ざけてほしいという依頼を受ける「ポリェンサ海岸の事件」。こちらは、物語として面白い。結構、意表を突く展開という感じでありつつも、パーカー・パインの作品集を読んだことのある人ならば、なんとなく話の先行きに気が付きそう。

 全体的に読んだ感想としては、パーカー・パインが扱う事件のほうが、短編作品向けになっているかなと。ポアロに関しては、長編の流れをそのまま短編に凝縮しているような感じがして、それでは本来の面白さが出きっていないと感じられてしまう。ただ単に、数多くの登場人物が出てくるだけで、あっという間に話が終わってしまうという印象。


「レガッタ・デーの事件」 ちょっとした冗談から、ダイヤモンドが消え失せた事件。(パーカー・パイン)
「バグダッドの大櫃の謎」 浮気のもつれにより起きた殺人事件と思われたが・・・・・・(ポアロ)
「あなたの庭はどんな庭?」 何らかの事件の調査を依頼する手紙が来たものの、依頼人が亡くなってしまい・・・・・・事件の鍵は庭に!?(ポアロ)
「ポリェンサ海岸の事件」 息子の婚約者を気に入らないという母親からの依頼を受け・・・・・・(パーカー・パイン)
「黄色いアイリス」 電話により機器が迫っていると! 黄色いアイリスのテーブルと伝えただけで電話は切れ・・・・・・(ポアロ)
「ミス・マープルの思い出話」 妻を殺害したと容疑をかけられた夫の弁護士から相談を受け・・・・・・(ミス・マープル)
「仄暗い鏡の中に」 鏡越しに見た事件と、その後の人生の顛末。(ノン・シリーズ)
「船上の怪事件」 船上で起きた殺人事件。容疑者の夫にはアリバイがあったのだが・・・・・・(ポアロ)
「二度目のゴング」 館の主が閉ざされた部屋で死亡していた事件。自殺なのか? 他殺なのか??(ポアロ)


ヘラクレスの冒険   7点

1947年 出版
2004年09月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 「ことの起こり」
 「第一の事件  ネメアのライオン」
 「第二の事件  レルネーのヒドラ」
 「第三の事件  アルカディアの鹿」
 「第四の事件  エルマントスのイノシシ」
 「第五の事件  アウゲイアス王の大牛舎」
 「第六の事件  スチュムパロスの島」
 「第七の事件  クレタ島の雄牛」
 「第八の事件  ディオメーデスの馬」
 「第九の事件  ヒッポリュテの帯」
 「第十の事件  ゲリュオンの牛たち」
 「第十一の事件 ヘスペリスたちのリンゴ」
 「第十二の事件 ケルベロスの捕獲」

<感想>
 エルキュール・ポアロの活躍を描く短編集。晩年のポアロがテーマを持った事件を扱いたいと感じるようになり、そこで“ヘラクレスの難業”に通じる事件に挑もうと試みる。はっきりいって、その“ヘラクレス”に結びつけるというところは強引のようにも感じられるのだが、それとは別として全体的に面白い短編集となっている。

 最初に読んだポアロの短編集があまり面白くなかったせいか、ポアロの短編集というと、あまり良い印象がなかった。そして、この「ヘラクレスの冒険」についても、結構分厚い作品ゆえに難色を示し、読むのを敬遠していた。しかし、読んでみるとこれが面白かった。バラエティ豊かな色々な事件にポアロが取り組む様子が描かれており、飽きずに最後まで読み通すことができた。

 面白かったのは「エルマントスのイノシシ」。警察から秘密裏に連絡があり、山荘でポアロが殺人犯を捕えなければならなくなる。現地で給仕に化けた刑事と打ち合わせ、山の中で犯人の正体を見極めようとする。これがサスペンスチックで、うまく描かれていた。ミステリとしてもなかなかの出来で、読者を惑わすような展開がなされている。

「スチュムパロスの島」も面白く、ひとりの青年が旅先で騒動に巻き込まれるというもの。騎士道精神を発揮したがゆえに、のっぴきならない状況に追い込まれるものの、そこにポアロが登場してくる。ある種、単純な事件とも言えるのだが、短編という短いページ数のなかで起承転結うまくまとめられた作品である。

 その他の作品でも、犬の誘拐事件、盗難事件、スキャンダルに関わる事件等々、様々な事件をポアロと共に堪能できるものとなっている。これはクリスティーの短編集のなかでも代表作の一つと言って良いものであろう。


「ネメアのライオン」 ペキニーズという種の犬が誘拐され、身代金が強奪されるという事件。しかも同様の事件が他にも・・・・・・
「レルネーのヒドラ」 医師の妻が死亡し、その医師自身が三角関係の末に妻を殺害したのではないかと噂が立ち始めたことに悩み・・・・・・
「アルカディアの鹿」 自動車修理工の男が姿を消した女中にもう一度会いたいとポアロに相談し・・・・・・
「エルマントスのイノシシ」 山荘に逃れてきた殺人犯を捕えることになったポアロ。誰が殺人犯なのか??
「アウゲイアス王の大牛舎」 政界に広がるスキャンダルをもみ消すことになったポアロがとる方策とは!?
「スチュムパロスの島」 旅の青年はひとりの女生徒で会い、夫に悩んでいるというその女性の境遇に同情し・・・・・・
「クレタ島の雄牛」 ポアロの元にひとりの女性が、婚約者が気が狂ったことを原因に婚約を破棄してきたことを相談してきて・・・・・・
「ディオメーデスの馬」 麻薬が持ち込まれるパーティーが行われていることをポアロが聞きつけ、その元を絶とうと行動し・・・・・・
「ヒッポリュテの帯」 盗難された絵の行方を追うポアロであったが、女学生誘拐事件が起きていたことを知り・・・・・・
「ゲリュオンの牛たち」 怪しげな宗教団体の正体を暴こうと、ミス・カーナビイを潜入捜査させたのであったが・・・・・・
「ヘスペリスたちのリンゴ」 数年前に盗難にあった酒杯を取り戻すこととなったポアロであったが・・・・・・
「ケルベロスの捕獲」 “地獄”というナイトクラブにて騒動に巻き込まれることとなったポアロは・・・・・・


ブラック・コーヒー   6点

1930年 出版
2004年01月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
「ブラック・コーヒー」
 科学者のクロードは、自身の研究成果が金庫から盗まれたと皆の前で話始める。そして何人かの怪しい人物を上げ、その中にはクロードの息子の妻であるルシアの名も・・・・・・。すると突如明かりが消え、明かりが点いた時にはクロードは毒により死亡していた。そして、遅れたころにエルキュール・ポアロが到着する。誰が被害者のコーヒーに毒を入れ、殺害したのか!?

「評 決」
 カール・ヘンドリック教授は、資産家の娘のレスターに付きまとわれ、しぶしぶながら彼女の家庭教師を引き受けざるを得ないこととなる。そんなおり、かねてから病気を患っていたカールの妻が死亡してしまう。覚悟の自殺かのように思われたのだが・・・・・・

<感想>
 こちらはアガサ・クリスティーの戯曲作品。初読。クリスティーが描く戯曲の有名なものは、先に小説となり、その後戯曲になったものが多かったようであるが、この作品は戯曲が先とのこと。小説版「ブラック・コーヒー」は、クリスティーの死後に小説化されたものらしい。

「ブラック・コーヒー」は、劇としては好評を博したとのことだが、戯曲作品として書籍で読むと微妙な感じ。ミステリとしてメインになるのは毒殺トリックであると思われるのだが、それについてもそこまで凝ったものではない。そして真犯人もどこか微妙。

 ただこの作品、人間関係を描く物語としてはそれなりに見るべきところがある。特に波乱万丈の人生を送って来たルシアという人物についてこそが大きな見所と言えよう。そしてポアロとヘイスティングズ二人の登場も物語に大きな色を添えている。まぁ、ポアロの登場が大きな味となっているがゆえに、劇としても成功したのではなかろうか。


 同時収録となっている「評決」のほうであるが、個人的には作品としてはこちらのほうがよくできていたような気がする。ただし、劇としてはあまり売れなかったようだ。その一端としてはポアロが出ていなかったからかな?

 ミステリというか、サスペンス系の物語として楽しめる作品。登場人物が次の場面でどのようになるのか、はらはらしながら見守るような内容となっている。ただ、よくよく考えるとこちらのほうは、登場人物の魅力に乏しかったのかなと思えなくもない。


ねずみとり   6点

1954年 出版
2004年03月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 モリーとジャイルズの若夫婦は民宿を開くことになり、今日がその初日となる。本日おとずれる予定の人物はレン氏、ボイル夫人、メトカーフ少佐、ミス・ケースウェルの四人。さらには大雪により逃れてきたバラビチーニ氏と、この山荘に緊急に用事があるということでスキーでやってきたトロッター刑事。刑事が言うには、殺人犯がこの山荘の中にいて、誰かを狙っている恐れがあると・・・・・・

<感想>
 クリスティーの戯曲集のひとつ。私は知らなかったが、劇としてはそれなりに有名な作品であるらしい。

 読んでいるうちに、内容が“雪山の山荘”ものであることに驚かされる。本来ならばそこで本格ミステリ的な話が展開されてもいいはずなのだが、劇ということでそれほど長い話を展開できるはずもなく、サプライズ・ミステリとして話が進んでゆく。

 特に伏線とか、そういったものもなく、ただ単に登場人物らの誰かが驚くべき過去を持っているというだけで終わってしまうものの、“ミステリ劇”としてであれば、それなりに楽しめそうな内容である。また、このクリスティーの戯曲集であるがページ数が短く、手軽に読むにはもってこいなので、さらっと小説を読みたいという人にはもってこいの作品といえそうだ。


検察側の証人   7点

1954年 出版
2004年05月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 老女殺人の罪でレナード・ボウルが起訴された。レナードに関しては心証は悪くないものの、状況証拠のほとんどは彼に対して不利なものばかりであった。そして、レナードの妻である外国人のローマイン、彼女の言動が奇妙な点も弁護側にとっては頭の痛いところであった。しかも裁判中、ローマインから驚くべき証言がなされることに・・・・・・

<感想>
 クリスティー作品の映画版のいくつかをテレビで見たことがあるのだが、そのなかでも強烈な印象を残したのがこの作品。本書は戯曲集ということになっているが、映像で見た緊迫感をそのまま伝えるような出来栄えとなっている。

 心象的には犯罪を行ってなさそうなレナードと、何故かそのレナードによそよそしい外国人妻ローマイン。このふたりのギクシャクした関係に疑問や疑惑を抱きつつ、裁判は不可解な状況のまま淡々と進められてゆく。

 行われる裁判の展開も逆転また逆転というように、被告人に対する立場がころころと変わってゆくこととなる。そして最後の最後にはこれらの不可解な裁判の状況がとあるひとりの人物の思惑によって全て進められていたということがわかる。

 とにかく短いページのなかで被告に対する状況が次々と変わっていく展開は圧巻といえよう。これは本当によく出来た作品(クリスティーの三大戯曲のひとつとも言われているらしい)。この作品をまだ読んだ事のない人は、先に映像で見てみるというのもよいかもしれない。とにかく、何らかの手段で一度は関わってもらいたい作品である。


蜘蛛の巣   6点

1956年 出版
2004年06月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 外務省の役人であるブラウンの後妻クラリサ。彼女は前妻の子とも馴染み、ブラウン家で幸福に暮らしていた。そんなある日、ブラウンの前妻と結婚した男が急に現れる。しかも、いったん家を出たかと思いきや、今度は死体となって発見されることに! クラリサは皆の手を借りて、あわてて死体を隠そうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 クリスティーの戯曲作品のひとつ。私はよく知らなかったのだが、戯曲としてはそれなりに有名な作品らしい。

 家に死体が現れたり、消えたりという内容なのだが、コメディ調で描かれた作品となっていて、そのドタバタ劇を楽しむことができる。しかも真相が明らかになれば、実は単純な事件ではなく、さまざまな伏線が張り巡らされた用意周到な事件であったと感嘆させられる。

 短いページ数でスピーディーに語られた事件となっているので、戯曲ゆえに読みやすいという作品。クリスティーの作品は、実際にはこのくらいの分量とスピード感がちょうどいいのではと思わされてしまう内容。


招かれざる客   6点

1958年 出版
2004年09月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 車で道に迷ったスタークウェッダーはウェリック家にたどり着く。そこで見たものは、当主であるリチャードの死体と、そのそばに立ちすくむ妻のローラの姿。ローラが言うには、彼女がリチャードを撃ち殺したのだと。警察を呼ぼうとするローラに対し、何故かスタークウェッダーは彼女をかばおうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 戯曲として、うまくできていると思われる。まさに劇的、見事な結末と言えよう。

 被害者と加害者がいる現場に招かれざる客がやってくる。しかし、その客までもがどこかうさんくさい。招かれざる客の手によって、被害者を殺害した者が誰か分からなくなり、あいまいな状況にされてしまう。すると、屋敷に住む誰もが怪しい人物ばかりであり、実際に誰が罪を犯したのか? 全くわからなくなってしまうこととなる。

 最後の最後まで犯人がわからぬ、どんでん返しぶりが見事な作品。細かい整合性云々よりも、素直にサスペンス性を楽しむことができる作品。


海浜の午後   6点

1963年 出版
2004年09月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
「海浜の午後」
 夏の午後、海岸で休暇を過ごす人々たち。そんな彼らの元に近隣に住む富豪の夫人のエメラルドのネックレスが盗まれたという話が話題にのぼる。そして・・・・・・その犯人がここにいるとのうわさが!?

「患 者」
 ベランダから落ちて意識不明のウィングフィールド夫人。クレイ警部は、彼女が何者かによって突き落とされたのではないかと疑いを抱く。そこで彼は容疑者たちに、とある罠をしかけ・・・・・・

「ねずみたち」
 何者かに呼び出されたジェニファーとデイヴィッド。彼らは不倫の関係にあり、何者かがそれを暴こうとしているのではと想像を膨らませる。そしていつしか彼らは・・・・・・

<感想>
 クリスティーの戯曲集。戯曲ということで短めの作品なのだが、しかもその短めの本のなかに三編の戯曲が収められている。

 最初の「海浜の午後」が一番面白かった。コメディタッチの作品で、室内ではなくビーチにて、盗まれた宝石を巡るドタバタ劇が繰り広げられる。オチもよく出来ており、読んでいるだけで劇的な雰囲気が伝わる楽しげな作品。

「患者」はシリアス路線のミステリ。ベランダから落ちて意識不明の夫人。犯人を捕らえるために警察が罠を仕掛けるというもの。結末にて犯人が指摘されたときには、えっ? と思わず疑問符が浮かび上がったが、読み返すことによって全容が理解できた。なかなか面白い趣向の作品。

「ねずみたち」は、サスペンス風であり、ややホラーテイストともとれる内容。結末がはっきりと、どうこうというものではなく、登場人物の疑心暗鬼を誘う物語が繰り広げられる。個人的には、曖昧さ加減が肌に合わなかった。


アクナーテン   

1973年 出版
2004年10月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 アクナーテンは王である父親の突然の死により、古代エジプト王朝第十八代王のアメンヘテプ四世として即位する。アクナーテンの栄枯盛衰をアガサ・クリスティーが描く戯曲。

<感想>
 エジプトの王のひとりでアクナーテンという人物がいたそうであるが、強行に宗教改革を実況しようとしたため反抗にあって王位をはく奪され、歴史からも葬り去られてしまったという謎の人物。その人物についてアガサ・クリスティーがロマンティックに描き出したものが、この作品。

 ようは愚帝の一生を描いた話であるのだが、それでは戯曲になりえないので、史実と想像を交えて色鮮やかに描き出したという事。よって、あくまでも歴史絵巻でありミステリとは程遠い内容。詩的な部分と、アクナーテンの世間ずれした考え方が目立つばかりで、あまり面白い読み物という感じではなかった。まぁ、これは本当に“劇”として見たほうが間違いなく栄えるであろう作品。


十人の小さなインディアン   6点

2018年06月 論創社 論創海外ミステリ210

<内容>
 【戯 曲】
  「十人の小さなインディアン」
  「死との約束」
  「ゼロ時間へ」

 【短 編】
  「ポワロとレガッタの謎」

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<感想>
 クリスティー作品の戯曲集。クリスティーのミステリ作品は多数あり、そのなかから戯曲となっているものも結構あるようだ。そうしたなかから、ここでは3編が取り上げられている。

 これらを読んでみると、戯曲ゆえに、内容についてはミステリ性よりも人間関係による物語性のほうを強く表しているという印象を受けた。特に「十人の小さなインディアン」は、舞台劇ゆえに個人個人のモノローグのようなものを表すことができないためか、それぞれの人間関係を細かく描くことで物語を表している。その人間関係についてだが、それぞれの登場人物がどの人物についても否定的な見方をしていて、全体的に険悪な雰囲気になっているところが興味深い。まぁ、このほうがミステリ劇らしいということなのであろう。

 ここに挙げられている3作品であるが、どれも小説は既読。ただ、ここでの作品はその元となる小説とは異なるエンディングを迎えるものもあり、どれも興味深く読むことができる。「死との約束」では、本来ポアロが登場する作品なのだが、ここでは登場していなかったりとそれぞれちょっとした変化を見せている。これらの作品は、むしろ原作を未読の人よりも、既読の人のほうがより楽しめるのではないかと感じられた。

 ボーナストラックとして「ポワロとレガッタの謎」が付け加えられている。これは単行本未収録作ということであるが、それが何故かというと、雑誌掲載時には主人公がポワロであったものが、単行本に掲載するときには主人公を変えてパーカー・パインの作品として出版したとのこと。それゆえに、このポアロ版のほうが幻の作品のようになってしまったとか。内容は、宝石泥棒の手口について言及するというもの。


春にして君を離れ   

1944年 出版
2004年04月 早川書房 クリスティー文庫

<内容>
 バグダッドに嫁いだ娘の具合が悪くなり、看病に駆け付ける主婦のジョーン・スカダモア。見舞いを終え、イギリスへと帰る途中、トルコの手前で足止めされ、宿泊所でしばらく過ごすこととなるジョーン。珍しく、一人で過ごすこととなったジョーンは、これまでの人生を回想する。順風満帆だったはずの人生であったはずが、実は夫や娘、息子らから良く思われていなかったのではないかと疑いを持ち始め・・・・・・

<感想>
 クリスティー作品のなかでミステリではなく、普通小説としてメアリ・ウェストマコット名義で書かれた作品。クリスティーの普通小説までは読まなくてもいいかと思っていたのだが、この作品のみ評判が良かったので読んでみることにした。何気に色々と考えさせられる内容となっている。

 この作中では事件が起きるような事はなく、ただただ一人の主婦が自分の人生を回想するという内容。夫をサポートし、娘・息子も自立し、妻として母親として立派に役目を果たしていると感じていたジョーン。しかし、色々と考えてみると、実はそうではなかったのではないかと疑いを抱くというもの。

 作中では基本的にはジョーンのみの視点なので、はっきりとわからない部分が多々ある。ただ、夫や子供たちが抑圧された人生を送っていたと言うことはわかる。それでもお金に困ることなく、立派に子供たちが育てたという部分は評価すべきであろう。とはいえ、当の子供たちが鬱屈した生活を送り、大人になったらすぐに親元を離れていくという心情はわからないでもない。育てられた子供たちにとっては、自分たちの子供を授かり、その子供が育った後に、自分たちの真の親の評価ができるのではないかと考えさせられる。

 ただ、夫に対しては、あまり同情できないというか、むしろ自分で選んだ選択であろうと思わずにはいられない。自分だけいい子になって、嫌な部分を全て妻に押し付けているようにさえ感じられてしまう。子供たちが鬱屈した生活を送ったという部分に関しては、夫の責任もあるのではないかと思ってしまうのだが、全てが妻の責任であったのだろうか。読む人によって、このへんの感じ方はさまざまなのであろう。読者それぞれが送ってきた人生によっても感じ方が変わる作品であろう。




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