シャーロック・ホームズ  短編 内容・感想2

シャーロック・ホームズ最後の挨拶   

1917年 出版
2007年04月 光文社 光文社文庫

“生還”に続いての、第4の短編集となる作品であるが、探偵小説の純度は前作よりさらに落ちている。もはや探偵小説というよりは、冒険小説に近いと感じられるほどである。“謎”としてはいい味を出している作品もあるのだが、その真相についてまでは満足のいく出来にはなっていない。ここまで数多くの短編を書いてきている故に、ネタが無くなってしまったということはわかるのだが、作品の出来の悪さがホームズ自身の衰退化といように読み取れてしまい、何ともさみしい思いを抱いてしまう。


ウィステリア荘   The Adventure of Wisteria Lodge

1980年9月号、10月号 「ストランド」誌

<感想>
 ウィステリア荘というところで、グロテスクな体験をしたという男から相談を受けるホームズ。

 事件としては「赤毛連盟」風なのであるが、謎自体も少々ひねりが足りなかったように思える。そして、その後の展開も唐突な勢いで事件が解決されていってしまう。

 この作品では機転の効く警官が出てきており、ややもするとホームズを一歩出し抜いてしまうのではないかと思えるほどであった。こういう作品を読ませられると、ホームズ自身の推理力が衰えてしまったように思えて、なんとも哀しく感じられてしまう。

「ぼくの精神はから回りするエンジンみたいに、肝心な仕事をあてがわれないものだから、ばらばらに壊れてしまいそうなんだよ」


ブルース・パーティントン型設計書   The Adventure of Bruse-Partington Plans

1980年12月号 「ストランド」誌

<感想>
 ホームズの兄・マイクロフトより、国家をゆるがしかねぬ潜水艦の設計図を取り戻すことを依頼されたホームズ。

 事件自体は今までにあったホームズの冒険ものの作品として変わりがないのだが、ページ数が短いためか、中途半端なところでいきなり終ってしまっている。もう少し、話の結末をきっちりと付けてもらいたかったところである。

 また、唐突といえばこの作品のなかでマイクロフトの背景がいきなりすごいものへと変貌してしまっている。今までは、一般人にすぎなかったマイクロフトが、実は密かに英国政府のために働いていたということが明らかにされる。これに関しては、なんで今更と思うほかにない。

「ぼくが犯罪者じゃないというのは、この町の人たちには幸いだな」


悪魔の足   The Adventure of the Devil's Foot

1910年10月号 「ストランド」誌

<感想>
 一晩の間に、突然不可解で無残に殺害された女。悪魔の仕業としか思えない事件を、ホームズはどう解くのか。

 これは、謎自体が魅力的だったので、もう少しひねりの効いた真相が欲しかったところ。謎の提示という面に関しては、今回の作品集の中で随一であったと思われる。

 また、ワトソンがホームズの命を助けんと、ひとふんばりする場面は見物であった。

「そこにこそぼくらがまだつかんでいない糸口があって、そこからもつれをほぐしていけるかもしれない」


赤い輪団   The Adventure of the Red Circle

1911年3月号、4月号 「ストランド」誌

<感想>
 奇妙な部屋の借主を調べてもらいたいとホームズは依頼される。ホームズが事件を調べてゆくと、“赤い輪団”という組織の存在が浮き彫りになり・・・・・・

 という事件が描かれているのだが、タイトルを見たときは「赤毛連盟」系の作品だと思っていたので、単なる組織との抗争が描かれた作品である事がわかりがっかりさせられた。一応、暗号なども出てきていたりするものの、あまりオリジナリティが感じられないホームズものの凡作という感じでしかなかった。

「どんなにささいなことに思えても、案外いちばん重要なことなのかもしれませんから」


レディ・フランシス・カーファクスの失踪   The Disappearance of Lady Frances Carfax

1911年12月号 「ストランド」誌

<感想>
 行方知れずとなった、フランシス・カーファクスの足取りを調べる事となったホームズ。

 この作品がまた驚くほど、ひねりがない。普通に行方不明になった女性の足取りを追い、実際にさらわれていた女性をホームズが助けるというもの。

 ただ、あからさまといえる証拠をホームズが目の当たりにしているにも関わらず、それをホームズが見過ごしているというのは非常に気にかかるところである。

「理のある喧嘩なら力も三倍さ」


瀕死の探偵   The Adventure of the Dying Detective

1913年12月号 「ストランド」誌

<感想>
 ワトソンはハドソン夫人からホームズが病気になり、様態が思わしくないという知らせを受ける。ワトソンがホームズを訪ねてみると、そこにはベッドに横たわり、瀕死の状態に見えるホームズの姿を目の当たりにする事に・・・・・・

 これは今回の作品の中で一番シャーロック・ホームズらしい作品であったと思われる。ここまでホームズものを読み続けてきた読者であれば、だいたいどのような展開になるかは予想できると思うのだが、それでもこの作品集の中ではうまくできているほうだと思われた。

「きみにはいろんな才能があるんだが、すっとぼけてみせることだけはからきしできないんだから」


最後の挨拶   His Last Bow: An Epilogue of Sherlock Holmes

1917年9月号 「ストランド」誌

<感想>
 第一次世界大戦勃発前、国を揺るがす陰謀が行われようとしているところに、我らがシャーロック・ホームズが姿を現し・・・・・・

 もはや、これはおまけのような作品ともいえるであろう。ただし、その当時に生きており、戦争に直面していたひとたちにとってはまた違った見方ができる作品といえるのかもしれない。ただ、ホームズ風の活躍というよりは、ルパン風の活躍というように思えなくもない。

「さぁ、車をだしてくれ、ワトソン。そろそろ行かなくてはね」


シャーロック・ホームズの事件簿   

1927年 出版
2007年09月 光文社 光文社文庫

 前作の短編「シャーロック・ホームズの最後の挨拶」を読んだときには、作者ドイルの手腕というよりも、ホームズ自身が衰退してしまったように感じられ、何か悲しい想いが残された。しかし、この「事件簿」では以前の力を取り戻したような力作が描かれており、読んでびっくりさせられてしまった。この作品集では事件の解決に関してはどうかと思われるものも多々あったのだが、そこへ至るまでの謎に関しては、怪奇色豊かなさまざまなものを提示してくれている。

 最終巻ではあるのだが、まだまだホームズ健在なりという勢いを感じられた作品集。


マザリンの宝石   The Adventure of the Mazarin Stone

1921年10月号 「ストランド」誌

<感想>
 内容に関しては、いたってたいしたことなく、ホームズが悪人から盗まれた宝石を取り戻すというもの。もはや、ミステリでもなんでもないようにさえ思えてしまう。

 しかし、この作品には特筆すべき点がひとつある。それは、ホームズの部屋の中のみというワンカットで物語が進行していること。普通、ホームズものといえばワトソンの視点で語られるか、もしくはワトソンがホームズから聞いた話を語るかという構成。それがこの作品ではワトソンが登場するものの、すぐに退場してしまうという語り手不在の物語が進行されてゆくのである。

 という視点の構成についてが一番気になった・・・・・・あっ、そういえばホームズの蝋人形再登場についても忘れてはいけないところだった。

「ぼくは頭脳なんだよ、ワトスン。ほかの部分はただの付け足しだ」


ソア橋の難問   The Problem of Thor Bridge

1922年2月号、3月号 「ストランド」誌

<感想>
 そういえば、この名作がまだ残っていたか。名作というよりは、有名作か?

 橋の上に残された死体と消えた凶器、そして凶器は容疑の濃い者の部屋にて発見される。この事件は現代における科学捜査の前には簡単に暴かれてしまうもの。しかし、書かれた年代を考えれば、オールド・ミステリとしてそれなりの体裁がたもたれた作品になっているといえるのではないだろうか。

 ホームズ後期の作品としては珍しく、終始まっとうなミステリ作品である。

「どうしてもっと早くその謎を解けなかったのかと、自分でも情けないくらいだよ」


這う男   The Adventure of the Creeping Man

1923年3月号 「ストランド」誌

<感想>
 高名な教授が夜な夜なおかしな言動をとるようになったと、その教授の助手がホームズに助けを求めた。彼らが調査を試みると、地を這う教授の姿を発見し・・・・・・

 これこそまさに島田荘司氏が提唱する“二十世紀本格”のはしりのような作品。ただし、作者のドイルが医者であるにもかかわらず、どこまで信憑性のある話なのかが疑問。とはいえ、怪奇じみた内容になっていて面白く読める作品であることは間違いない。

「やるね、ワトスン! きみのおかげで、ぼくはいつもしっかり地に足をつけていられる」


サセックスの吸血鬼   The Adventure of the Sussex Vampire

1924年1月号 「ストランド」誌

<感想>
 このネタは何かの推理クイズで見たような気が・・・・・・。とある男が妻の挙動がおかしいとホームズに依頼をもちかける。男は先妻に先立たれ、体の不自由な息子と二人で暮らしていたが、再婚して新たな子供も生まれ4人で幸せな暮らしを送っていた。しかし、その後妻が長男を虐待したり、生まれて間もない赤ん坊に噛み付いているのを目撃されたというのだが・・・・・・

 これも登場人物の描写があからさまで、推理小説としてはわかりやすすぎるのだが、物語としてはうまくできていると思われた。できればもうすこし、先妻の息子にスポットを当ててもらえたら、もっと面白くなったかもしれない。ちょっと描き足りなかったのでは、という印象の残る作品。

「人はたいてい、とりあえずの仮説を立てておいて、時間がたって情報がふえるにつれそれを改めていこうとする。よくないくせですよ」


三人のガリデブ   The Adventure of the Three Garridebs

1925年1月号 「ストランド」誌

<感想>
 これも「赤毛連盟」系の作品。ただし、読んでいる途中で犯人の意図がわかってしまうのが弱点。

“ガリデブ”って、てっきり痩せた人と太った人のことだと思っていた。実はこれは人の名前。ただし、作中でも珍しい名前ということで、この“ガリデブ”という珍しい苗字の者を三人集めると遺言が執行されるという話。

「もしワトスンを殺してでもいたら、生きてここを出ていけたと思うなよ。え?」


高名な依頼人   The Adventure of the Illustrious Client

1925年2月号、3月号 「ストランド」誌

<感想>
 名を明かすことのできない高名な依頼者の代理人という男がホームズに依頼をもちかける。その内容は凶悪な犯罪者である男が名家の令嬢と結婚しようというのを阻止してもらいたいのだと。

 これは推理小説というほどの内容ではなく、恋に目がくらんだお嬢さんをどうやって目を覚まさせるかというもの。ただし、解決も気の利いたものというほどではなくドタバタ劇のなかどうにかこうにか解決に導くというようなもの。

 この作品で一番気になったのは、フランス人の探偵ルブランという人物が袋叩きにされて、一生足をひきずることになったと書かれている部分。これってもしや??

「複雑な精神の持ち主ですな。偉大な犯罪者というものはみなそうですが」


三破風館   The Adventure of the Three Gables

1926年10月号 「ストランド」誌

<感想>
 破風(ゲイブル)というのは屋根についている飾りの一種。

 三破風館の主が売りに出そうとしたところ、破格の値段で買い手がついたものの、その条件は家の中のあらゆるものをそのままひきとると・・・・・・

 最初は館に隠された謎を解くという趣旨であったように思えたが、後半では単なるスキャンダルものへと収束していった。物語の展開上、意外といえないこともないのだが、もう少しミステリとして終始してもらいたかったところ。

「ぼくは法律をだいじにするほうじゃないが、正義の力は及ぶかぎり示します」


白面の兵士   The Adventure of the Blanched Soldier

1926年11月号 「ストランド」誌

<感想>
 戦友を訪ねてみたのだが、彼を待ち受けていたのは本人の不在と、どこかよそよそしい戦友の家族。彼らは何かを隠しているようなのだが・・・・・・。ワトスンによる記述ではなく、ホームズ自身が語る事件。

 この作品は「這う男」に通じるところがあると感じられた。また、「這う男」よりは信憑性を感じやすいという作品でもある。これは歴史的風刺を兼ね備えた社会派ミステリと言えるような作品。

「見えているものはあなたがご覧のものと変わりませんが、ぼくは目に入ったものによく注意するよう訓練を積んでいるんですよ」


ライオンのたてがみ   The Adventure of the Lion's Mane

1926年12月号 「ストランド」誌

<感想>
 海岸沿いで瀕死の状態に陥っている男が最後に残した言葉は“ライオンのたてがみ”。前作に続いて、ホームズ自身が語る事件。

 この作品に関しては、ちょっとという気が・・・・・・普通はまず海の中での事故ということから調査し始めると思うのだが。ホームズいわく、タオルの存在にまどわされたというようなことを言ってはいるものの、これはちょっと苦しい言い訳。

「ああ! ワトスンさえここにいてくれたら、驚異に満ちたできごとや艱難辛苦の末の勝利を、さぞかしみごとにまとめてくれただろうに!」


隠退した画材屋   The Adventure of the Retired Colourman

1927年1月号 「ストランド」誌

<感想>
 隠退した画材屋の若い妻が近所の医師と駆け落ちしたという。しかも彼の全財産を持って。画材屋は彼らの行方を捜してくれとホームズに依頼する。

 これはわかりやすいネタではあるものの、題材としては良いものだと思われる。作家として油の乗っているころのドイルであれば、もっといい作品に仕上げられたのではないかと思えるので少々おしい気がする。また、事件がきちんと解決されないままホームズが退場してしまうというのも評価を下げる一因となっている。

「気を悪くしないでくれよ。ぼくがまるで感情ってものをさしはさまない人間なのは知っているはずじゃないか」


ヴェールの下宿人   The Adventure of the Veiled Lodger

1927年2月号 「ストランド」誌

<感想>
 これはミステリというよりは奇譚と感じられた。ヴェールをかぶった女の身の上話を聞かされただけで終わってしまう。ホームズの推理が入る余地のない作品。そういう趣旨であると、あらかじめ冒頭にてワトスンが注釈をいれている。

「人生はひとりだけで生きるものではありません。人生を押さえつけている手を離してみてはいかがです」


 
ショスコム荘   The Adventure of Shoscombe Old Place

1927年4月号 「ストランド」誌

<感想>
 ショスコム荘の主である未亡人の弟で素行に問題のある人物が、最近妙な行動をとりはじめているという。その真意をさぐることになったホームズだが。

 これもホームズの作品のなかではお馴染みの、とある人物の奇妙な言動の真意をさぐるというもの。なかなかひねりも利いていて、うまい作品のように思えるのだが、中盤でホームズが真相を導き出してしまっているのには、興が冷めてしまうところ。これも、もっと良い内容になりそうだったので惜しいと思われた作品。

「もう真夜中だな、ワトスン、つましいわれらが宿へ引き揚げることにしようか」




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