Patricia Highsmith 長編作品別 内容・感想

見知らぬ乗客   5.5点

1950年 出版
2017年10月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 新鋭の建築家ガイ・ヘインズは妻との離婚協議に臨むため列車による旅をしている最中であったが、妻がなかなか離婚に応じないことを思い憂鬱になっていた。そんなとき列車内でチャールズ・ブルーノという青年と出会う。ブルーノは何故かガイのことを気に入り、ガイに自分の打ち明け話をする。自分の父親を憎んでいるブルーノは、ガイが離婚調停を行っていることを聞き、交換殺人の計画を持ち掛ける。当然断るガイであったが、ブルーノはその計画を実行すべく行動をとりはじめ・・・・・・

<感想>
 この度、河出文庫から出版されたパトリシア・ハイスミスの処女長編。奔放初、というわけではなく、過去に角川書店から単行本や文庫本で発売されたことがあるらしい。私は読むのは初。

 読んだ感想は、長々と書かれた嫌な話という印象。ある種の質の悪いストーカーに絡まれるというような話と言えるかもしれない。建築家のガイは、たまたま出会ったブルーノという青年に気に入られ、そのブルーノが勝手に交換殺人を計画し出し、さらにはガイの了承を得ないまま、その計画を進めてゆく。それにより、徐々にガイは追い詰められてゆくという内容。

 ガイの立場であれば、どうすればよかったのであろうと考えずにはいられなくなる。しかも、どこでどのように対応しようにも、ガイの人生が詰んでしまっているようにしか考えられない。なんともやりきれない、精神的サイコホラーという感じの作品。


キャロル   

1952年 出版
2015年12月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 舞台美術家を目指すテレーズであったが、舞台に関わる仕事がなかなか見つからず、デパートのおもちゃ売り場でアルバイトをする日々を過ごしていた。そんなある日、おもちゃ売り場に買い物に来た、美しい人妻キャロルと出会う。テレーズは彼女の事が気になり、クリスマスカードを出し、それがきっかけで二人は知り合うこととなる。キャロルは現在、夫と離婚訴訟中で悩みを抱えていたが、テレーズと二人で自動車で旅行することとなり・・・・・・

<感想>
 パトリシア・ハイスミスが別名義で出版した初期の作品。本書はミステリではないので、それも別名義となった要因であろう。ただこの作品、本国では非常に売れた作品であったとのこと。

 これがどんな作品かと言えば、一言で言えばレズビアン小説。若い女性が、美貌の主婦に惹かれ、付き合いだすというもの。主人公のテレーズは、舞台製作の仕事をしたいと思いつつも、仕事自体がなかなか見つからない。また、恋人との関係も徐々にギクシャクし始める。一方、相手のキャロルは離婚訴訟中で、娘の親権を巡って夫と裁判を繰り広げながら、その先行きに悩んでいるといった状況。そんな二人がたまたま出会い、互いに惹かれていくという話。

 この作品が、何故本国で売れたのかというと、どうやらこれが当時では珍しい“まじめなレズビアン小説”であったとのこと。決して、茶化したり、コメディ調にしたり、最後に過剰な悲劇が待ち受けていたりというようなことはなく、しっかりと二人の女性の関係を描き上げたことにより、評価されたとのことである。

 と、そんな作品であったのだが、私自身は普通小説よりも、サスペンスとかのほうが好みなので、個人的にはあまり面白くなかった。ミステリが読みたいという人にはお薦めできないので、興味のある方だけどうぞとしか。


太陽がいっぱい   6点

1955年 出版
1993年08月 河出書房新社 河出文庫
2016年05月 河出書房新社 河出文庫(改訳・新装新版)

<内容>
 トム・リプリーは知人のディッキー・グリーンリーフの両親から、イタリアに行った息子を連れ戻してもらいたいと頼まれることに。旅費を出すということで、金に困っていたリプリーは渡りに船と、依頼を受けてイタリアに旅立つ。リプリーはディッキーと再会するものの、ディッキー自身は両親の元に帰る気は一切ないようであり、友人のマージと連れ添いイタリアで満喫していた。そんなディッキーとリプリーは仲良くなり、マージを差し置いて、次第に二人きりで過ごすことが多くなっていった。リプリーはディッキーと共に過ごすことにより、自身の存在に物足りないものを感じ始め、とある行動に打って出て・・・・・・

<感想>
 原題は“The Talented Mr. Ripley”であるのだが、映画化された際のタイトル「太陽がいっぱい」が邦訳された際の本のタイトルにもなっている(その後、「リプリー」というタイトルで出版されたこともある)。なんといってもこの作品はアランドロン主演の映画がヒットしたことで有名であろう。わたしは、映画自体は見たことがないのだが、そのタイトルだけは知っていた。そして、本書については今まで未読であったのだが、ようやく今ごろになって手に取ってみた次第である。

 作品自体は面白いといえるのかどうか疑問。やはり本書に限っては映画ありきという気がしてしまう。この小説に登場するリプリーという主人公は果たして魅力的と言えるのかどうか? なんとなくその異常性のみが際立っていたと思えてならない。

 最初は自信満々で自己中心的な性格と思いきや、自身に魅力がないことを知っていて、それ故に他の人に成りすまそうという考え方は理解できるようなものではない。ただ、性格に異常性のようなものがあるというよりは、普通にこういった性格こそが犯罪者気質だと言えるのかもしれない。ここでこうした事件を起こさなくても、結局はいつかはなんらかの事件を起こしたであろう人物と感じ取れる。

 内容云々について書くとネタバレになってしまうので、書かないほうがいいかもしれない。どうやら映画は小説とは異なる終わり方をしているらしく、それ故に映画のみを見たという人は、本書を改めて読んでみるのもいいかもしれない。この作品の前に今年(2022年)復刊された「水の墓碑銘」という作品を読んでいるのだが、本書はこの作品に通じるところがある。まるで、この二つの作品で成功例と失敗例を試みたかのような感触を得られた。両方とも、今現在入手しやすい作品であるので、対比して読んでみることをお薦めしておきたい。


水の墓碑銘   6点

1957年 出版
1991年10月 河出書房新社 河出文庫
2022年03月 河出書房新社 河出文庫(改訳版)

<内容>
 資産家であり、趣味で出版業を営むヴィクは、年の若い妻・メリンダの行動に悩まされていた。メリンダは、とっかえひっかえ若い愛人を家に連れ込み、夫を挑発するようにその様子をひけらかしていたのだ。ある時、ヴィクは妻の愛人の一人に対し、冗談を言って脅し、追い払うことに成功する。その後、また別の愛人が連れ込まれた時、ついにヴィクは我慢の限界を通り越し、ある行動に・・・・・・

<感想>
 映像化されるらしく、それにより改訳版として再版された作品。未読なので読んでみようと思い立った次第。

 ハイスミスの作品と言えば、サスペンス小説という印象で、あながち間違っていないであろう。この作品に関しても、ひとりの殺人者を中心に、彼の様子と感情を描き上げたサスペンス小説となっている。

 主人公のヴィクは、金銭的にはなんの問題のない暮らしをしているが、年若い妻が度々愛人を家に連れてきて、これ見よがしにヴィクに見せつけてくるのが悩みの種。ただ、当のヴィクは周囲には余裕を見せつけ、何も気にしていないというスタンスを取り続ける。とはいうものの、実は内心、嫉妬やいらいらで感情があふれ出しそうになったりという状況。

 そのヴィクがただ単に我慢し続けたり、時には嘘によって愛人を追いだしたり、という行動のみであったのが、ついに相手をその手にかけることとなってしまうのである。そこからの感情の様子や、ひたすら夫を疑い続ける妻の様子を相まって、その後どのように話が発展していくのかというサスペンスが描かれてゆくこととなる。

 結局のところ、ヴィクのとるべき行動としてはどのようにすればよかったのか。途中では離婚という話が持ち上がるものの、その実、離婚という選択は愛情よりも彼のプライドが許さない選択であったのかもしれない。そういった、矛盾した相反する感情が事態をややこしくしていったように思われる。何気にサスペンスというよりも、物静かなノワール小説というように捉えられなくもない小説のような。


贋 作   6点

1970年 出版
1973年08月 角川書店 角川文庫
1993年09月 河出書房新社 河出文庫
2016年05月 河出書房新社 河出文庫(改訳・新装新版)

<内容>
 資産家の娘と結婚し、パリの郊外で何不自由なく暮らしていたリプリー。しかし、未だに犯罪者めいた生活を忘れられないのか、ちょっとした密売や贋作販売などに関わって小金を稼いでいた。そんなある日、贋作に関わる仲間から、とある知らせが。リプリーらは画家のダーワットの死を隠して、彼の作品を新たに捏造し、販売を行っていたのである。その作品について、ダーワットの作品ではないと疑う者が出てきたのである。リプリーは事態を回避しようと、彼自身がダーワットに扮して、作品を疑うものと対面し・・・・・・

<感想>
「太陽がいっぱい」に登場したトム・リプリーの再登場作品。今作ではリプリーもすっかり裕福で安定的な暮らしができるようになっているものの、犯罪者気質が抜け切れていないゆえか、危ない橋を渡って小金を稼ぐということは続けているよう。そうしたなか、リプリーも一役関わっている贋作ビジネスが窮地に追い込まれそうだという報を受けることとなる。

 このリプリーが登場する作品、シリーズ化されており、ということは本作でもうまく切り抜けて生き延び続けるのであろうなということは最初からわかっている。ただ、それをどのようにして切り抜けるのだろうかということが見所になってくる。通常のハイスミス作品であれば、最後に犯人の犯罪が明らかになって終わりそうなものを、あえてアンチ・ハイスミス作品とでも言うかのように、危険から身をかわし続けるリプリーの様子をみることができる。

 もはやシリーズ作品ゆえに、普通のミステリとは違う感覚で読むこととなる作品。しかし、それにしても詐欺事件自体は命を懸けるようなものではないはずなのに、そこにあえて殺人を絡めてしまうところが何とも言えないところ。あえて複雑な生き方を選んでいるかのようにすら思えてしまう。なんともネタ的にしか捉えられないような作品ではあるものの、贋作ビジネスやリプリーが死んだ画家になりかわったりとか、面白く読める部分も多々ある。また、全体的にしっかりとサスペンス仕立てになっているので、退屈せずに読み進めることができた。


アメリカの友人   6点

1974年 出版
1992年07月 河出書房新社 河出文庫
2016年10月 河出書房新社 河出文庫(改訳・新装新版)

<内容>
 トム・リプリーは、違法な仕事を共にしてきたリーヴズから相談を受ける。マフィアを殺害したいのだが、誰か適当な人間はいないかと。トムはふと、とあるパーティーであった額縁商のジョナサン・トレヴァニーという男を思い起こす。第一印象が最悪であったのと、彼が白血病をわずらっていたことを思い出し、これは利用できるのではないかと。トムはリーヴズに、彼が病気であることをうまく利用し、高額の報酬により、仕事を引き受けさせたらどうかと伝え・・・・・・

<感想>
 序盤にリプリーが、殺しを請け負う人間として一人の男を推薦する。その理由がなんと、初対面時に気に入らなかったという、とんでもない理由。さらにはその男が病気をわずらっていたことにより、家族に大金を残すことができると持ち掛けて、仕事を引き受けさせようという計画を披露する。

 そこからは殺しを依頼される男、ジョナサン・トレヴァニーのパートとなる。ごく普通の生活を送っていたジョナサンであるが、自分の病状が医者に聞いてもいまいちはっきりしないことから、死期が近いのではと妄想することに。そんなときにマフィアを殺害するという依頼をされ、しかも高額の報酬を受け取ることができるということを聞き、心が揺れることとなる。今回はジョナサン中心で、リプリーはそれ以降登場しないのかと思いきや、その後しっかりとまた再登場を果たすこととなる。

 今作はなんとも、もの凄いずさんな計画というか、起きている事件(というか、起こす事件)があまりにも微妙。さらにいえば、リプリーが事件に顔を出すところも、悪ふざけのように思えるようなものであり、これまた微妙。しかし、このトム・リプリー・シリーズは、何をしてもリプリーが容疑を逃れるというところがキモでもあるので、ずさんと思える計画こそがシリーズの特徴ともいえる。ただ、この作品、次に何が起きるのか、不透明ななかでどんどんと事が展開してゆくので、最後まで飽きずに読み通すことができる。単体の作品としては微妙ではあるが、シリーズもののひとつという含みであれば、それなりに楽しめる作品であると思われる。


死者と踊るリプリー   5点

1991年 出版
2003年12月 河出書房新社 河出文庫
2018年06月 河出書房新社 河出文庫(改訳・新装新版)

<内容>
 トム・リプリー夫妻が住む家の近くに奇妙なアメリカ人夫婦が引っ越してきた。その夫であるデイヴィッド・プリチャードという男は、何故かトムを付け狙うような行動をとる。男の目的は何なのか? デイヴィッドの身辺を探ってみると、かつて贋作事件を起こしたときに関わったシンシア・グラッドナーの存在が浮き彫りとなり・・・・・・

<感想>
 リプリー・シリーズを続けて読んでいたのだが、間違えて、この前に出ていた「リプリーをまねた少年」の前にこちらを読んでしまった。ただ、前作にはほとんど言及していなかったので、シリーズとしての流れなどは気にせずに読むことができた。本書はシリーズ2作目の「贋作」に関連した作品となっているので、そちらは読んでおかないとネタバレとなってしまうので注意が必要。

 本書の出だしは面白かった。デイヴィッドという謎の男がリプリーの前に現れ、執拗にリプリーにまとわりつく。鬱陶しく思い始めたリプリーはデイヴィッドの目的について調べ始める・・・・・・という内容。このデイヴィッドの背景が「贋作」における事件と関わりがあるようなのだが。

 という形で始まり、細々としたことが色々と起こるのだが、最後にはなし崩し的というか、やや肩すかし気味の終結を迎えることとなる。結局のところデイヴィッドという男の背景が、あまりにもあやふや過ぎたところが面白みに欠けてしまったように思えてならなかった。物語上、一番重要なキャラクターであるはずなのに、単に間抜けな男というだけでしかなかったというのはどうも。シリーズの最後を飾る作品としてはもう一波乱欲しかったところ。




作品一覧に戻る

著者一覧に戻る

Top へ戻る