<内容>
「かたつむり観察者」
「恋盗人」
「すっぽん」
「モビールに艦隊が入港したとき」
「クレイヴァリング教授の新発見」
「愛の叫び」
「アフトン夫人の優雅な生活」
「ヒロイン」
「もうひとつの橋」
「野蛮人たち」
「からっぽの巣箱」
<感想>
パトリシア・ハイスミスの短編作品集。何年も前に出た作品なのだが、今でも入手することができる作品であり、その評価の高さをうかがうことができる。実際に内容も、それなりに面白い。
ハイスミスは、かたつむりに関して、なんらかのシンパシーを持っているのだろうか? 印象に残りやすい作品が「かたつむり観察者」と「クレイヴァリング教授の新発見」。かたや大量のかたつむり、かたや巨大なかたつむりが描かれている。
「モビールに艦隊が入港したとき」も印象的な作品。戦時中に田舎に住んでいる女の人がエリート兵士の気を引いて結婚を願うという設定の映画を見たことがある。本書もそんな内容の作品でありつつも、現実の残酷さを描いたものとなっている。
また、「ヒロイン」もまた印象に残る作品。さまざまな面で優れた人物というものがいるのだが、それだけでは満足できずに、さらに自分の価値を挙げようとする人物について描いた作品。サイコパスとはまた違った、はた迷惑な人間が描かれている。“ヒロイン”というタイトルにもまた、色々と考えさせられてしまう。
「恋盗人」は、ひょっとするとこの主人公自身は楽しく生きているのかなと。
「すっぽん」は、虐げられた子供の暴発の様子を描いている。
「愛の叫び」は、老人ホームでの出来事。腐れ縁というものの悲哀が描かれている。
「アフトン夫人の優雅な生活」は、とある精神医のもとに、夫の相談をしにきた女の様相を描いている。思いもよらぬ展開というか、極めてミステリ的な展開?
「もうひとつの橋」は、喪失した男が旅先で残念な出来事に見舞われるという内容。ただし、それもあくまでも旅先のひとつの出来事に過ぎない。
「野蛮人たち」は、虐げられる者たちの苦悩と我慢が描かれているように思えて余韻が残る。
「からっぽの巣箱」は、ちょっとした嫌なことに差異はなく、全体を見て通せば、生活ぶりなど基本的には変わらないという教訓のよう。
<内容>
「コーラス・ガールのさよなら公演」
「駱駝の復讐」
「バブシーと老犬バロン」
「最大の獲物」
「松露狩りシーズンの終わりに」
「ヴェニスでいちばん勇敢な鼠」
「機関車馬」
「総決算の日」
「ゴキブリ紳士の手記」
「空巣狙いの猿」
「ハムスター対ウェブスター」
「鼬のハリー」
「山羊の遊覧車」
<感想>
“動物好きに捧げる”と書かれてはいるものの、むしろ虐げられる動物ばかりが描かれているような・・・・・・。ただし、“殺人読本”とも書かれているように、虐げられている動物が黙っているのではなく、きっちりと虐げた人間に復讐する様子が描かれている・・・・・・しかも、ほぼ全編にわたって。
13の短編作品が掲載されているのだが、それぞれに登場する主となる動物は全て異なる種類のもの。象、駱駝、犬、猫、豚、鼠、馬、鶏、ゴキブリ、猿、ハムスター、鼬、山羊と、干支や星座ができてしまうのではないかというほど多彩である。
これら作品の多くが動物自身の感情が描かれており、動物自身のルール、ことわり、そして好みによって行動をとることとなる。それが時として人を殺害してしまうということになっても(そのほとんどが人間の自業自得)。
そんなわけで、動物主観のサスペンスという感じで、ある意味異色。ただ、これだけテーマをそろえた作品を並べているのだからたいしたものである。しかし、これを読んだなかで登場する動物らで一番理知的なのが、ゴキブリだと思えてしまったのはどんなものだろうか。
<内容>
「素晴らしい朝」
「不確かな宝物」
「魔法の窓」
「ミス・ジャストと緑の体操服を着た少女たち」
「ドアの鍵が開いていて、いつもあなたを歓迎してくれる場所」
「広場にて」
「虚ろな神殿」
「カードの館」
「自動車」
「回転する世界の静止点」
「スタイナク家のピアノ」
「とってもいい人」
「静かな夜」
「ルイーザを呼ぶベル」
<感想>
ちょうどこの作品と、別のモダンホラー短編集を並行して読んでいたためか、思わず本書に対しても“モダン・ホラーのはしりとなる小説”などと評してしまいたくなった。実際には、本書はホラーというものではなく、心理サスペンス短編集と言った方がしっくりとくるのであろう。
では、何故モダン・ホラーなどと言ってしまいたくなったかといえば、ここに出てくる作品のどれもがサスペンスというほど劇的な内容が含まれていないからである。にもかかわらず、そのどれもがホラー色やサスペンス色を感じさせるものとなっている。
ここでの作品の大半は日常の出来事を表している。その日常がほんのちょっとの出来事、視点の変化などによって、大きく感情が揺れることとなり、登場する人物達は大きな変換を強いられることとなる。ただ、この変化が絶妙に“ちょっとしたもの”であり、決して超自然現象などを用いずに、感情のみを用いているのである。このちょっとした心理的変化こそが本書の特徴と言えるのであろう。
そういった意味合いもあり、ここでの作品のどれが特徴的ともいえないのだが、全ての作品が薄ら寒さを感じさせてくれるものとなっている。見事なほどに心理描写による悪意が込められた短編集といえよう。
<内容>
「手持ちの鳥」
「死ぬときに聞こえてくる音楽」
「人間の最良の友」
「生まれながらの失敗者」
「危ない趣味」
「帰国者たち」
「目には見えない何か」
「怒りっぽい二羽の鳩」
「ゲームの行方」
「フィルに似た娘」
「取引成立」
「狂った歯車」
「ミセス・ブリンの困ったところ、世界の困ったところ」
「二本目の煙草」
<感想>
長らくの積読となっていたパトリシア・ハイスミスの中後期短篇集。初期短篇集に引き続き、サスペンス色豊かな内容となっている。
いくつかの短編に見受けられたのが、唐突な死というもの。普通に語られてゆく内容のなかで、唐突にラストになって“死”という展開が待ち受けているのが一つの特徴ともいえるかもしれない。あとがきを読むと、この一連の短編群に対して“失敗”というテーマをかかげていた。これには、なるほどと感心させられた。
その“失敗”というテーマについて象徴的なものが「生まれながらの失敗者」。タイトルそのままであるが、なかなか成功に恵まれないながらも地道に生きる男の人生が描かれている。そうして、地道に生きてきた彼に対し、大きな褒美が与えられることとなるのだが、“やはり”というような結末が待ち構えている。ただ、その彼の生き様に対し、どのように捉えるべきかという命題が投げかけられているところが印象的。
本書で一番印象的に思えた作品が「目には見えない何か」。リゾート地を訪れた、やけに周囲の男たちからモテる女性。彼女が秘めた秘密を紐解くという内容。その何故モテるのかということがまるで皮肉のように描かれている。
インコを利用した詐欺師の顛末を描く「手持ちの鳥」、職場にて異常な殺人を思い描いた男の行動を描く「死ぬときに聞こえてくる音楽」、思いもよらぬ事件の加害者としてからめとられた男のありさまを描く「ゲームの行方」なども面白かった。