<内容>
英国有数の貴族ホートン公爵の大邸宅で、名士を集めて行われた「ハムレット」の上演中、突如響きわたった一発の銃声。垂幕の陰で倒れていたのは、ポローニアス役の英国大法官だった。事件直前、繰り返されていた謎めいた予告状と、国家機密を狙うスパイの黒い影、そして、いずれもひとくせありげなゲストたち。首相直々の要請により現場に急行したスコットランドヤードのアプルビイ警部だが、その目の前で第二の犠牲者が・・・・・・
<感想>
これは読者を選ぶ作品である。ハムレットなどの劇に精通しているか、興味でも持っていないととてもではないがついていけない。多すぎる登場人物に加えて、それらの役どころまでを考えることはとうてい私には不可能であった。ラストのほうではそれなりに探偵小説していたようだが、途中を理解していなかったせいか、とてもとても・・・・・・
最後に本文からこの作品を象徴する一言
「たかが27名だ。やっつけてしまおう」
もう少し、しぼってくれよ・・・・・・
<内容>
キンケイグ村エルカニー城主ラナルド・ガスリーが死亡した。城の胸壁から墜落したのである。生前、さまざまな奇行が噂されたガスリーであり、村人たちからは同情どころか、単なる噂のネタとされる始末。しかし、その後、これは単なる事故ではなく殺人であったのではという疑いがもたらされる。ガスリーの被後見人であるクリスティンとの結婚を認められなかったニール・リンゼイが容疑者として挙げられることに。キンケイグ村に派遣されたアプルビイ警部は、当時の状況を詳しく聴き、事件の全容をまとめようとするのであったが・・・・・・
<感想>
マイクル・イネスの作品で伝説となっている幻の作品。というのも、現代教養文庫から出版されて話題になったものの、その後出版社が倒産。それから作品が入手できなくなり、個人的にはどこかの出版社が復刊してくれるかと思っていたのだが、そうはならなかった。というわけで、なんとか古本で入手することができ、ようやくこの作品に触れることができた次第。
内容は、村に住む嫌われ者の城主が死亡した事件を巡る話。この作品は語り口が変わっており、七つの章にわかれ、それぞれが別々の者の視点によって語られてゆくこととなる。最初は村の靴やで知識人のイーワン・ベル、次にたまたま村を通りかかり事件に巻き込まれた若者ノエル・ギルビー、次に弁護士ウェダーバーン、そして事件を調査するアプルビイ警部へとバトンが渡される。その後、“医師の遺言”というものが間に入り、またアプルビイによる捜査が行われ、エンディングは再び靴屋イーワン・ベルが締める。
本書の特徴は事件の解決が多重解決となっていること。これは、どんでん返しとはまた違った手法。どんでん返しであれば、前の推理とは全く異なる犯人や状況が示されることとなる。しかし、この作品では前に語られた推理に対して、一部を手直しして、新たな推理が語られる。次にまた、新たな事実が浮かび上がり、前の推理につけたして新たな仮説が披露されるというもの。ゆえに、小出しに小出しに、というような印象もあるのだが、これはこれで味わいが深いミステリだと感じられた。
典型的というわけではないのだが、いかにも古き良き古典本格推理小説というものが味わえる作品である。独特な田舎の雰囲気、事件に沸く村の人々の様子、暴かれる城主にまつわる過去と、見どころ満載と言えるであろう。じっくりと落ち着いたなかで、その雰囲気をじっくりと味わいたくなる内容の作品。
<内容>
人気作家リチャード・エリオット描く犯罪者ヒーロー・スパイダー・シリーズが生誕20周年を迎えようとしていた。そうしたなか、リチャードの身辺で奇妙な出来事が起きる。人気キャラクター・スパイダーが本の中から飛び出し、実社会において犯罪を行ったかのような出来事をかわきりに、リチャード自身が書いている最新作品の内容が改ざんされている様子まで見受けられたのだ。そうした異変を察して、リチャードの息子ティモシーは大学で教員を務めるジェラルド・ウィンターに相談し、20周年記念パーティーに共に出席してもらうことを依頼する。その20周年記念パーティーには、スコットランドヤードのジョン・アプルビイ警部も出席していた。そうしたなか、パーティーが行われ、人々はそこで怪異を目の当たりにすることとなり・・・・・・
<感想>(再読:2020/05)
初読時には、内容がよく理解できなかったものの、時間をおいて読み直せばわかるようになるのではないかと思い再読してみた。イネスの作品は、その後色々と紹介され、そろそろ慣れてきたのではないかと思って、この「ストップ・プレス」を読んでみたのだが・・・・・・感想はほとんど初読時と変わらなかった(下記に初読時の感想あり)。
著者の背景から語ってみると、イネスという作家は英文学者でありつつ、作家活動にも携わったという人物。ただ、文学系の書き手とはならずに探偵小説を書き始めた動機というのは、自分は過去の偉大な作家のようにはなれないと考えたからのようである。そして、やや文学よりのような探偵小説が書かれることとなったようである。
本書は、そうした著者の背景をよく表しているように思われる。作品中において学者や作家たちの意見交換やそれぞれの考え方を述べるといった様子が頻繁に見受けられる、というか、ほぼそれだけで話が進行しているようにさえ思われる。そうした物語の書き方がひょっとしたらイネスにとっては普通であったのかもしれないが、それは決してエンターテイメント小説としての書き方には程遠いもので読んでいても退屈さしか感じられないのである。さらに言えば、初読時にも思えたのだが、こうした会話のやり取りがどういった層に受け入れられるものなのかさえも理解できないままなのである。
そんな感じの表現で、長大な小説を書いているのでなんとも退屈な作品としか言いようがなかった。何気によくよく考えると、行われた犯罪もたわいもないものが多く、屋敷の中で行われたいたずら程度のものばかりという感じであった。最後の真相を紐解くという場面については、それなりに面白く読めたのだが、やはりなんといってもそこまでの展開が“キツイ”としか言いようのないものであった。個人の見解では、今後何年経とうとも、この作品の面白さを見出すのはちょっと難しいのかなと考える次第。
<感想>
この本を読んでみて思ったのは、昔の人はこのような本から楽しみを見出す事ができたのだろうか? と、疑問に思ってしまった。なんとも読んでいる途中は探偵小説らしいとはどうしても思えなかった。最初の事件のとっかかりと、最後に事件を解決するシーンは確かに探偵小説らしいのだが、それ以外については何とも言えないものでる。文学小説と呼ぶのもおかしいような気がするし、これは本当にどういう小説と言ったらよいのであろうか。
とにかく、中盤は事件に直接関係のない描写が多すぎる。いや、中盤と言うよりは本書の大半がそういう内容であった気がする。結局、事件らしい事件が起こったとも言えないし、とにかく微妙な小説であった。
同じく世界探偵小説全集にて刊行された「ハムレット復讐せよ」を読んだときも同じように感じた気がするので、私にはこのイネスという作家が書く作風は合わないのかもしれない。
<内容>
資産家であるフォクスロット家で銃撃事件が起こる。一家のひとりが書斎で何者かに拳銃で撃たれ重体となる。しかし、被害者が本当に狙われるべき人物であったのか定かではない。また、加害者は何を目的に事件を起こそうとしたのか・・・・・・
<感想>
アプルビイ警部が銃撃事件の謎を解く、という内容の作品。
この作品もいかにもイネスらしい作品といえよう。貴族的といえばよいのか、上流階級社会といえばよいのか、そういった一家が繰り広げるウィットに飛んだ(という表現がふさわしいのかもわからない)会話らしきものが繰り広げられてゆく。事件が起こるまではそういった場面が延々と続き、この作風になじめないという人にはきついところであろう。
ただし、事件が起きてからの残り2/3はスイスイと読み進めることができるようになる。
銃撃事件が起き、屋敷に招待されていたアプルビイが捜査にのりだすことに。ただ、事件自体は不明瞭で一向に決め手となるような物証も証言も出てこない。
そういったなかで、イネスの作品のなかでは珍しく(たぶん)、登場人物らが個人個人による推理を繰り広げることとなるのである。このへんはまるで「毒入りチョコレート事件」をほうふつさせるかのようである。
とはいえ、ひとつひとつの推理にはあまり説得力といったものはない。その反面、それらの推理を否定するだけの材料もない。
こういった状況の中でどのように事件に決着を付けるのかと思いきや・・・・・・なるほど、そう来たのかといった幕の引き方。確かにこれならば、数多くの推理が展開されたのも納得がいき、このような展開自体も許されることかと・・・・・・ただ、その結末自体も本当に信憑性があるかというと疑問が起きなくもない。
<内容>
ジョン・アプルビイが客船に乗って航海中、Uボートの攻撃を受けて漂流する羽目に。生き残った6人はなんとか無事に島へとたどり着く。そこにたどり着いたのもつかの間、生き残った6人のうちの一人が殺害され、もう一人が行方不明に・・・・・・。さらには、無人島と思われたその島にはどうやら他にも人々が住み着いているようで・・・・・・
<感想>
これでイネスの本を読むのも3冊目となる。今まで読んだ「ハムレット復讐せよ」と「ストップ・プレス」は登場人物が多く、ごちゃごちゃとしたイメージくらいしか記憶になく、あまり良い印象を持っていない。今作「アララテのアプルビイ」は登場人物が6人と限定され、これは今までと違って、登場人物も記憶しやすく読みやすいのでは!? と思いながら読み進めていったのだが、結局中盤以降に登場人物がわらわらと出てきてごちゃごちゃしたものとなってしまっていた。
前半を読んでいたときには、最初に殺害された者が黒人という人種であったが故に、人種や宗教観をからめた精神的なミステリとして展開されるのかと思って期待したのだが、そういった内容のものではなかった。
では、中盤はどのように展開されていったかといえば、それがもうとりとめのないとしか言いようのない展開であった。もちろん著者はそんなつもりで書いているわけではないのだろうが、進むべき道と主題がはっきりしていないまま話が進められていくので、読む側にしてみれば手探り状態で読み進めて行く他にない。そういういごごちの悪さが今作では一番印象に残ったところである。
最終的に真実が明らかとなれば、本書での主題は明らかにはなるものの、それがミステリ作品として期待すべきものであるかどうかは疑問である。これはミステリというよりは、スパイ小説を読むようなスタンスで取り組むべき本であったのかもしれない。
<内容>
アプルビイ警部は、上司からなんと、行方不明になった馬を探すように命じられる羽目となる。一方、知的障碍者の誘拐事件を手掛けるハドスピス刑事は行方がわからなくなったルーシー・ライドアウトの行方を追う。やがてアプルビイとハドスピスは出会い、共にとある島へと渡ることとなるのだが・・・・・・
<感想>
第1章で行方不明になった馬の謎、行方不明となった知的障碍者少女の捜索、消え失せた家の謎、そして謎の島へと集まろうとする人々、といった謎が提示される。ここまで読んだときは、非常に面白そうな作品と思えたのだが、そこからの展開はミステリとしては微妙。
なんとも不思議な問題作というべきか、なんともいえない作品であった。タイトルの通り、何やら陰謀めいたものがポイントとなっているのかと思いきや、別にそこまで大きな謎が隠されているというわけでもなく、とにかく盛り上がりにかけるようなラスト。物語の途中も船に乗って旅をしている最中の場面が長く、謎が提示された時のドキドキ感はどこへやらという感じで、中盤以降は物語がだらだらと流れていく。まぁ、純然たるミステリと考えずに読めば、一風変わった冒険ものとして楽しめる小説であるのかもしれない。
なんとなく著者のマイケル・イネスが最後のオチを描きたかっただけのために描いた物語だったのではないかと想像してしまう。
<内容>
建物の上階に置かれていた隕石が落ちてきて、その下敷きとなったプラックローズ教授が死亡した。犯人は何故、隕石という特殊な兇器を使い、プラックローズを殺害しようとしたのか!? ネスフィールド大学で起きた奇妙な事件。アプルビイ警部が真相に迫る!
<感想>
作品自体のせいなのか、訳のせいなのかはわからないが、今まで読んだイネスの作品で一番読みやすかった気がする。本格推理小説としてもうまくできており、初めてイネスの作品を心から楽しめたように思えた。
事件は大学構内で起こり、兇器は隕石、被害者は大学教授という一風変わったものとなっている。事件後は推理小説の定石どおり関係者への尋問が行われる。しかし、アプルビイ警部が他の大学教授に話を聞いていくものの、その誰もが自分のことを話さずに“誰が何故プラックローズを殺害したか”という自説を繰り広げてゆく。そんなわけで、関係者達の交友状況は少しずつ明らかになっていくものの、事件そのものの決め手は見出されないまま話がどんどん進んでゆく。そして後半になってようやく、大事な証言が明らかにされ(何を今更という感もある)事件の真相へと肉迫していくこととなる。
というような展開で進んで行くので、普通の推理小説とは少々異なるものになってはいるものの、そこは大学構内という特殊な閉ざされた場所を描いているせいということも感じられ、それなりに楽しむことができる。ただ、真相がそれほどインパクトのあるものではなく、“隕石”自体もどれだけ必要なものだったのかということを考えると不満もいくつか残される。とはいえ、今まで読んだ他のイネスの作品と比べると充分に楽しむことができたので、個人的には満足である。
<内容>
アプルビイ警部は旅の途中、汽車の中で事典の編纂をしているレイヴンという男と出会う。レイヴンから是非とも我が家、ドリーム荘に滞在して欲しいと請われたアプルビイは申し出を受ける事にする。そして奇しくもアプルビイが辿り着いた駅は“アプルビイズ・エンド”という駅名であった。アプルビイが立ち寄った館で次々と起こる奇妙な事件。その背後に見え隠れする謎とはいったい!?
<感想>
読みづらいと思いながら読み続けているイネスの作品。それも前に読んだ「証拠は語る」で緩和されたと思っていたのだが、またこの「アプルビイズ・エンド」を読んだことによって、イネスの作品に対する印象は元に戻ってしまった。
一応、本作品はユーモア・ミステリということなのであろうが肝心のミステリはどこにいってしまったのだろうかという印象が強かった。さまざまな細々とした話や、どうでもよさそうな細々とした行動が行われている中で、突如死体が発見される。その後も事件は続くものの、いまいち事件性というものは感じられず、なにをバタバタしているのだろうというようにしか感じられなかった。
と、そんなわけで最近読んだイネスの本のなかでは「ストップ・プレス」に近いような内容・・・・・・というか、作品全体が「ストップ・プレス」の二番煎じであったようにも思われる。そんなわけで「ストップ・プレス」を読んで楽しめたという人は、こちらを読んでみるのもよいかもしれない。
ちなみに「アプルビイズ・エンド」というタイトルは男にとっての結婚の先行きというものを示した皮肉を表したものなのだろうか?
<内容>
ロンドン警視庁警視監ジョン・アプルビイは妻の誘いにより、変死したばかりという画家のギャラリーへと行くことに。するとアプルビイがいるその場で、1枚の絵画が盗まれてしまう。後に、その絵画は亡くなった画家の作品ではなく、盗難されたフェルメールの作品だという事がわかる。単独で絵画の行方を追うアプルビイ。さらには、アプルビイの妻のジュディスまでもが事件に巻き込まれることとなり・・・・・・
<感想>
久々に紹介されることとなったアプルビイ警視監の活躍を描いた作品。といいつつも、今回はアプルビイの妻の冒険と言っても過言ではないくらい。
本書は本格ミステリというよりは、冒険色が強いような作品となっている。絵画の盗難を巡っての争奪戦が行われることになるのだが、事態は複雑な様相を見せる。実は単なる絵画泥棒というわけではなく、そこに複数の思惑が入り乱れ、さらには盗む側も一枚岩ではないため、何が起きているのか想像もつかないという状況。最後の最後にアプルビイが事の真相を皆に披露する。
“絵画”に関する盗難事件を扱った作品として、その題材が面白く、楽しく読める作品となっている。絵画の強奪方法もなかなかのもので、さまざまなところに読みどころが見られる。他にもホートン公爵の思わぬ活躍や、胡散臭い美術品のトレーダーなどと魅力的な登場人物も満載。あとがきによると、シリーズキャラクターとして見栄えの在る人々が色々と登場している作品であるらしい。
イネスの作品というと、何となくその当時の風俗的な部分がつかみにくいとか、退屈だとかという印象があったのだが、そういったものを覆す作品に仕上がっている。
<内容>
ペディケート大佐は妻である作家のソニアとヨットで旅をしていた。すると海上でソニアが突然死してしまう。ペディケートは何故か、ソニアの死体を水中へ沈めてしまう。そしてペディケートはソニアは生きていることにして、一人で旅に出かけたと隠ぺい工作を図るのだが・・・・・・
<感想>
海上で突然死した妻を夫が何故かそのまま海に葬ってしまうという謎の行為から始まってゆく。どうやらこの夫、情けない人物ながらも自尊心は強いようで、妻の稼ぎで暮らしていた中、色々と鬱憤がたまっていたようである。
そこからは、ミステリというよりはコメディ的な展開がなされてゆく。さまざまな人から妻について聞かれるものの、なんとかその場その場で言い逃れをして、妻は普通に生きて生活していますよ的なことをアピールしていく。しかし、思いもよらぬ家政婦夫婦からの反撃を受け、やがてにっちもさっちも行かなくなってゆく。
マイケル・イネスのノンシリーズ作品であるが、サスペンス風な話でありながらも、皮肉の効いたコメディ作品という赴きが強いと感じられた。イネスらしい雰囲気を崩さずも、軽妙な感じで話で進んでゆくため取っ付きやすい作品であった。ミステリ性は弱いとはいえ、さまざまな話の展開に惹き込まれた。意外と面白かった作品。
<内容>
警視総監の職を退き、妻と二人で静かに暮らすジョン・アプルビイ。近隣にあるアリントン邸に招かれたときから、事件は始まっていたということに後になって気が付くこととなるアプルビイ。次々と発見される事故死と思われる死体。しかし、それらは一連の事件としてつながっており・・・・・・
<感想>(再読:2019/02)
<Gem Collection>版を読んでいたので、もっと間をあけてから読もうかと思っていたのだが、ページ数が少ない作品ゆえに、勢いで読み終えてしまった。まぁ、個人的には、これを復刊するならば、まだ訳されていない作品を紹介してくれたほうがより良いと思えるのだが。
この作品ではシリーズ探偵であるアプルビイが警視総監となったのちに、すでに引退しているという状況での登場。それゆえに、起こる事件に関わるものの、彼の手による捜査は行われず、その描写もない。よって伝聞での捜査の状況を聞くのみとなり、そういった意味でも読み応えが乏しい。
なんとなく片田舎において、ゴシップを色々と集めつつ、最終的に事件の真相に至るというような感じの内容。しかも、捜査という感覚よりも、ゴッシップ的な感覚というか、単なる井戸場が会議めいた流れで展開する作品のような印象が強すぎるような。
ただ、最後の場面については何気に印象深いものとなっており、ここだけ劇的でもなぁと微妙な感覚で終わってしまう。読み終えた後は、さほど悪い作品でもなかったと思えてしまうので、もう少しなんとか警察小説、もしくはミステリ小説的な展開にしてもらいたかったところ。
<感想>
この作品の中で一番驚かされたのは、アプルビイがなんと警察を引退しており、しかも引退する前は警視総監にまでなっていたということ。よくよく考えれば、いままで翻訳されたイネスの作品というのは初期のものが多く、後期の作品はほとんど訳されていなかった。それが本書は、いままで訳された作品からだいぶ時が経過した作品となっており、アプルビイの遍歴に驚かされることと相成った。
ただ、注目すべきはそのくらいで後は別に書くようなことがない。今作では事件が起こるというよりは、事故らしきものが起こり、その後に事件性が徐々に見え始めるというもの。故に、なかなか事件の構造というものが見えないので、本格推理小説というようには感じられない作品であった。また、結局のところ構造全体も事件が解決して初めて見渡せるようなものとなっているので、最後の最後までとっつきにくい作品という印象しか残らない。さらには、アリントン邸の怪事件といっても、屋敷のなかで事件が起こるわけではないということも付け加えておきたい。
そんなわけで、アプルビイの遍歴には驚かされたがそれだけというのも少々悲しいかぎりである。それならば、今まで訳された作品を順次追って行ってもらったほうがまだとっつきやすかったのではないかと思われる。いきなりこの作品が翻訳の対象となった理由がわかりづらい。
<内容>
「死者の靴」
「ハンカチーフの悲劇」
「家霊の所業」
「本物のモートン」
「テープの謎」
「ヘリテージ卿の肖像画」
「ロンバード卿の蔵書」
「罠」
「終わりの終わり」
<感想>
2004年の復刊フェアで購入した作品。思わず、長らくの積読となってしまった。イネスの作品と言うと堅苦しい雰囲気があって、購入したもののなんとなく敬遠してしまって、後回し後回しとなってしまった気がする。ただ、実際に読んでみると、思っていたよりも面白かったので、食わず嫌いをせずに早めに読んでおけばと思ってしまった。長編のイネス作品が向かないという人でも、こちらの短編集は是非ともお勧めしておきたい。
本書に掲載されている短編作品は、本国で出版されたイネスの3作の短編集のなかから精選されたものとのこと。どの作品も本格推理小説風味となっていて面白い。ただ、事件発生については本格風であるものの、解決に至ってはちょっと肩を透かされてしまうというものが多かったような。
「死者の靴」は、死体がはく靴の左右が違っていたというところがポイントとなる作品。この作品に関しては、途中で示される解釈のほうがミステリとしては面白かったような気がする。最後の真相では、本格ミステリというよりは、スパイ小説風の内容に変わっていってしまっていた。
「ハンカチーフの悲劇」は、ハムレットの芝居の最中に起きた事件を描いている。その芝居を見ていたアプルビイが直接事件に乗り出す。何気にしっかりとハンカチーフの存在が事件の鍵を握っているところが秀逸と言える作品。
「家霊の所業」は、霊が住む家、不思議な現象が起きる家における謎を解くというもの。物語の途中で話が急展開し、突如殺人事件が浮き彫りとなり犯人探しが始まる。ただ、これに関してもちょっと変化球気味の解決がなされている。
「本物のモートン」と「ロンバート卿の蔵書」の2編は、どちらも10ページくらいの短い作品。写真と書籍に関するミステリが描かれており、内容がいかにもイネスらしいと感じられる。
「テープの謎」は、著名な化学者の殺人事件を描いたもの。タイトルが事件の本質を突きすぎているような気がするのはご愛敬か。
「ヘリテージ卿の肖像画」では、ひとつの肖像画を巡って、それを描いた画家が自殺するという事件。その事件の背景を調べ、見事にアプルビイが真相を導き出す。絵画などの芸術的なものが用いられるところは、いかにもイネス的。
「罠」は、電話によって呼ばれたアプルビイが発見したのは、当の電話の主の死体であったというもの。これは伏線がうまくちりばめられた作品であったと感じられた。また、被害者の遺書に関するトリックについては、この著者ならではのものとなっており、他ではまねのできないようなものとなっているところも見もの。
「終わりの終わり」は、雪山で身動きがとれなくなったアプルビイ夫妻がとある屋敷にたどり着き、そこで起きる事件を描く。読んでいる途中には感じなかったのだが、実は何気に“雪上の足跡”トリックを用いた作品となっていた。