Ross Macdonald  作品別 内容・感想

動く標的   6点

1949年 出版
1966年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 私立探偵のリュー・アーチャーは石油王であり大富豪のラルフ・サンプソンの妻から仕事を依頼される。なんでも主人のラルフ・サンプソンが行方をくらましたというのである。お抱え飛行士のアラン・タガードとともに出かけているとき、タガードひとりを残して空港から立ち去ってしまったというのだ。一見、単純な富豪のきまぐれとも思える事件であったが、自体は複雑な様相をていしてゆくことに。足の悪い美貌の後妻、サンプソンの娘ミランダ、ミランダと婚約している弁護士アルバート・グレイヴス、ミランダと恋仲(?)のお抱え飛行士アラン・ダガード、バーの経営者にして犯罪者のトロイ、さまざまな人物の関係が互いに錯綜する中、アーチャーの捜査はますます混迷を極めてゆく。

<感想>
 リュー・アーチャー。元警察官の私立探偵。年は35歳、離婚歴あり。この作品はアーチャー初の登場作であり、これがその際のプロフィールである。

 マクドナルドの作品は何冊か読んできたのだが、感想をほとんど書いてなかったので、また最初の作品から読み直そうと思い、この「動く標的」から手を付けなおすこととした。

 それで読んでみた感想はというと、とにかく普通のハードボイルドらしいコードがあふれていると感じた。失踪調査、美人の後妻、破天荒な娘、暗黒街の顔役たる犯罪者、ハリウッド女優、などなど、とにかくありとあらゆるハードボイルド作品に出てくるコードに満ち溢れている。

 そんななかで唯一の特色はというと、複雑に練りこまれたプロットにあるといえよう。事件は単なる失踪事件に治まらず、誘拐事件から殺人事件、身代金の行方を追ったりとさまざまな展開がなされてゆく。そうして、事件はひとつだけの思惑で行われたものではなく、複数の考えからなされた複雑なものであるということが徐々に明らかになってゆく・・・・・・という具合に、この複雑な構成が他に量産されたハードボイルド作品から一線をひいているところではないかと思われる。

 あと、アーチャー初登場作品として感じられた事は、35歳という設定のアーチャーが老成しているように感じるにもかかわらず、その行動を見るとまだまだ若いなと思われるところ。これはいかにも処女作らしいところではないだろうか。これから、アーチャーが登場する作品を順に追って行こうと思っているが、そのアーチャーのキャラクターがどのように形成されていくのかを見ることができるのは、シリーズを通しての楽しみといえよう。


魔のプール   6点

1950年 出版
1967年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 アーチャーはモード・スロカム夫人から、不倫をネタに脅迫しようとしている人物を探してほしいとの依頼を受ける。スロカム家は資産家でありながらも、モードの夫の母・オリヴィアが財産を握っており、共に暮らしているモード夫妻とその娘らには、ほとんど金を与えることはないのだという。漠然とした依頼でありながらも、スロカム家に近づき調査を始めるアーチャーであったが、その最中にモード・オリヴィアが何者かにプールに突き落とされて死亡するという事件が起き・・・・・・

<感想>
 リュー・アーチャー作品の2作目。今回作中で語られたアーチャーの過去については、ロング・ビーチ警察で5年勤めた経験あり、元ボクサーの叔父がいたということ。また、両親の存在も語られはしたがあくまでも“いた”というレベルでしかなく、人物像については全く語られていなかった。

 本書の内容であるが、今作にてアーチャーが依頼を受けることとなったのは、脅迫者を探してくれというもの。しかし、脅迫とは言うものの、あまりにも漠然とした内容であり、調査するとっかかりもない状況である。そんな中でアーチャーは身分を装って、依頼人の家族に近づき調査を進めていく。そしていつしか、遺産がらみの殺人事件へと巻き込まれていく。

 今回は依頼された調査については平凡なものであったと思われる。しかし、その平凡な事件に余計な人物達を絡めることによって、複雑な全体像を作り上げている。ただし、その事態を複雑化させた要因となる者達が本題の事件とあまりかかわりのない者たちなので、この構成については微妙に思える節もある。

 その複雑化された事態を除けば、結構単純な家庭問題が残される。マクドナルドが描く作品のなかでは、事件としては“失踪”がよくあつかわれるのだが、背景として“家族”というものがよく扱われているという印象がある。今作では失踪こそ出ていないものの、その家族の描きように関しては、まさしくこの作品そのものが代表例ともいうべきものとなっている。本書は家族間の抑圧、鬱屈、懐疑、そういったものがうまく表された作品といえよう。

 また、本書ではアーチャーの事件に対する姿勢がよく表れた作品ともいえる。事件に関わった以上、依頼者からの要望にかたが付いたとしても、事件全体を把握するまでは事件に関わり続けずにはいられないということがアーチャー自身の口から語られている。

 この作品がアーチャーの代表作かといえば、疑問ではあるが、少なくとも一連のアーチャー作品の礎になった作品ということは言えるのではないだろうか。


人の死に行く道   6点

1951年 出版
1977年10月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 アーチャーはローレンス婦人から看護婦である娘の行方を捜してほしいと依頼される。気乗りはしなかったものの、行方をくらました娘の類まれなる美貌に何か惹かれるものがあり、依頼を引き受けることに。さっそく、彼女の足取りを調べてみると、彼女はギャングの一味とつながりがあるようで、ジョオ・タランタインという男と共に姿をくらましていた。アーチャーがさらに調査を進めてゆくと、思いもよらず死体を発見することとなり・・・・・・

<感想>
「私立探偵とは手に負えん。手掛かりばっかりさがしまわって、はっきり結論の出ている事件までもゆがめようとするんだからな」

 登場人物の言葉をそのまま引用してみたのだが、本書はまさにこの言葉が示すような作品であった。

 事件はアーチャーお得意の失踪人捜し。しかし、本書において微妙に思われたのは、この事件のなかでどこまでいけば調査が終わりになるのかということ。実は、見つけるべき人物は話の途中で確認されることとなる。当然ながら、その人物が今までの、そして先の内容にまで関わってくるとはいえ、調査自体はそこで終了してもおかしくないように考えられるのだ。

 ただ、ひとつのポイントとしては、アーチャーが死体を見つけてしまったということにある。誰によって、どうして、その男が殺害されたのか、その背景まで完全に調べなければアーチャーの事件は決して終わらないのである。

 本書は、ひとりの女性の失踪事件から、ギャング同士、または個人の利権を巡る争いとなり、そういったさまざまなものが交錯して、いくつかの殺人事件が起こるという内容になっている。その先の見えない事件をどうアーチャーが読み解いていくのかが、物語のポイントともいえよう。そして、最終的に真相が明らかになったときに、アーチャーが最後まで事件に関わり続けた真の理由も見えてくるようになっている。

 人間関係は少々ややこしく、複雑なプロットの作品であるものの、最後にはきっちりとまとめられている。これぞハードボイルドといった事件が描かれており、また、マクドナルドの初期作品らしく、主人公アーチャーの若さもうかがえる作品。


象牙色の嘲笑   7点

1952年 出版
1976年05月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 アーチャーは謎の夫人から、行方がわからなくなったという下働きの黒人女性を探してもらいたいという依頼を受ける。うさんくさいものを感じたものの、結局は仕事を引き受ける事に。当の探すべき相手はすぐに見つかり、仕事は簡単に終了したものと思われたのだが、アーチャーは思わぬトラブルに巻き込まれる。さらには、この事件がとある資産家の青年の行方不明事件へと結びつくことに・・・・・・

<感想>
 この作品はリュウ・アーチャーが登場する4作品目であるが、これまでのなかで一番できのよい作品ではないかと思われる。これこそマクドナルド初期の代表作といってよいであろう。

 事件は例によって失踪調査から始まってゆく。失踪調査といっても、当の探すべき相手はすぐに見つかり、何もやることがなくなるはずのアーチャーであったが、これも例によって、その後、そこから派生する別の事件へと巻き込まれてゆくこととなる。

 中盤以降からは、資産家の青年の行方不明事件がからんできて、やや、話の構成は複雑となっていく。途中から、どうやらギャングのボスが絡むような事件と思えたものの、ギャングの存在はさほど強く前面に出さない事によって、物語全体が一介の私立探偵が活躍する小説として落ち着くものとなったという気がする。

 そして、何年も前に読んだにもかかわらず、その一点だけ憶えていたタイトルの“象牙色の嘲笑”の意味があきらかになるラストの展開はよく出来ていると感じられた。この作品によってマクドナルドは、私立探偵が調査することとなる、人々の関わり合いによって起きた事件とそのてん末という、スタイルを確立することができたのではないだろうか。


死体置場で会おう   6点

1953年 出版
1956年06月 早川書房 ハヤカワポケミス257

<内容>
 地方監察官ハワード・クロスは、フレッド・マイナーがジョンスン家のひとり息子である幼いジャミイを誘拐したとの報告を聞く。ジョンスンは身元不明の人物をひき殺すという交通事故を起こし、現在執行猶予中であった。しかし、クロスはフレッドが幼い子供を誘拐したということを信じられずにいた。フレッドの妻エミイに請われ、クロスは単独でジャミイの行方を捜し始めるのだが・・・・・・

<感想>
 ふと考えると、ロス・マクドナルドの小説でノン・シリーズ作品を読むのはこれが初めてのような気がする。この作品はノン・シリーズとはいえ、十分マクドナルドが脂の乗り切ったときに書かれた良作であるということを感じずにはいられない内容であった。

 本書は誘拐事件を中心に描かれた作品となっている。ただ、誘拐事件とはいえ、さほど現金取引とかにはスポットは当てられず、ただひたすら主人公であるハワード・クロスが誘拐された少年の行方を追っていく様子が描かれたものとなっている。

 その行方の追い方は、ひとつの手掛かりを追って行き、それにより新たな事実が判明し、またさらなる手掛かりを追うという事象が繰り返されてゆく。そうしたなかで、ひとつの誘拐事件の発端が実は根深いところにあることが明らかになって行き、人間関係が複雑にからみあった事件全体が徐々に浮かび上がってくる。こうした複雑なプロットの内容をうまく描ききっているところこそ、まさにマクドナルド作品であると思わされた。

 なんとなくプロットだけを見渡すと、リュー・アーチャー・シリーズで描いてもよかったという気がするのだが、ある種の地域密着的な作品として描かれているところがノン・シリーズにしたという理由なのであろうか。確かに事件の発端としては、ノン・シリーズものとしたほうが自然というようにも感じられる。

 この作品は古本で購入した作品であるが、文庫で手軽に入手できないというのももったいない気がする。


犠牲者は誰だ   6点

1954年 出版
1956年11月 早川書房 ハヤカワミステリ277

<内容>
 車を走らせていたアーチャーは道端で瀕死の男を拾う。ほとんど死んでいるような状況で、言葉をかけても返事すらしてこない。町外れにあるモーテルへと運び、そこで電話をかけてもらう。何故かそのモーテルの主人・ケリガンはやたらと冷淡な態度をとっていた。それでも、そのケリガンからアーチャーは瀕死の男がトラックの運転手でトニイ・アクィスタという名前である事を知る。その後、病院に送られたトニイであったが死亡してしまう。どうやらトニイは数万ドルもする酒をトラックで運んでいる最中で、そのトラックは消えうせ、トニイは何者かによって拳銃で撃たれて道端に放置されたということらしい。アーチャーは事件を調べ始めるのだが・・・・・・

<感想>
「人の死にゆく道」や「象牙色の嘲笑」あたりからマクドナルドの作品もハードボイルド小説として落ち着いたものになってきたなと感じたのだが、今作では初期のほうの作品に雰囲気が戻り、主人公のアーチャーが犯罪組織と銃撃戦を繰り広げたるするという内容。

 最初は別の仕事で車を走らせていたアーチャーが瀕死の男を道端でひろうところから物語りは始まる。結局その男は死んでしまったものの、事件に関わったアーチャーは真相が気になり、元々請け負っていた仕事をうっちゃって、誰が男を殺害したのか、何故殺害されたのかということを調べてゆく事に。

 相変わらず、金にもならない仕事をと思いきや、今回はきちんと依頼者となるものをアーチャー自身が見つけ、金銭の交渉までもが行われている。これは今までとはいささか異なる動きのように見え、あくまでも私立探偵らしい仕事を行っていると見えたのだが、話が進むにつれて、結局は金ではなく個人的な興味により事件を調べてゆくというスタンスへと戻ってしまう。

 今作もまた複雑なプロットを繰り広げながら事件の解決へと向かってゆくこととなるのだが、組織的な犯罪者を登場させたりと、全体的にやや派手目な印象。それでも相変わらず、家族の絆や、その絆がほころぶ様子などにこだわっているところは、いつもながらのマクドナルドらしい内容だと言えよう。


兇悪の浜   6点

1956年 出版
1959年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 アーチャーはスポーツクラブのマネージャーから、かつてここで働いていた女性インストラクターの夫から脅迫されているので助けてもらいたいと依頼を受ける。気の乗らなかったアーチャーであったが、その場に当の脅迫者が入り込んできたことから事態は混乱することに。アーチャーはその元女性インストラクターが失踪してしまったということを聞き、その行方を捜すというはめになってしまった。実は、このスポーツクラブでは以前に別の女性インストラクターが銃殺されるという事件が起きており、アーチャーは過去の事件を掘り下げることとなり・・・・・・

<感想>
 この「兇悪の浜」もまだまだマクドナルドの初期の作風を残した作品と言えよう。あれやこれやの混乱のうちにいつしか一人の女性の行方を捜すこととなったアーチャー。しかも単純にその行方を捜すだけではなく、何故失踪したのか、過去に起きた事件と関連があるのかなどといったことを調べながらの捜査となっていく。

 また、この作品では映画界のスキャンダルやギャングとの癒着が描かれたりと、通俗のハードボイルド小説的なコードがたくさん存在している。例によって捜査中のアーチャーが頭を殴られて気絶するのも御愛嬌といったところであろう。

 今作はプロットは複雑ながらも、無作為と感じるような死体の多さや、スキャンダルやら、余計な登場人物やらとゴミゴミとした印象が強かった。マクドナルドの作品と言うともう少し落ち着いた雰囲気のものを想像していたのだが、この作品ではまだまだ若かりしリュウ・アーチャーの事件が描かれているといったところか。水泳クラブの警備員の老人が強い印象を残したくらいで、全体的には印象薄く感じられた作品。


運 命   5点

1958年 出版
1958年08月 早川書房 ハヤカワミステリ427

<内容>
 早朝、アーチャーのもとに一人の青年がやってきた。青年カール・ホールマンは精神病院を脱走してきたのだという。彼の話による父親の死後、多くの財産を相続することとなり、それを独り占めしようとする兄ジェリイの手によって不当に監禁されたのだという。また、父親の死は心臓発作ということになっているのだが、その死因に疑わしいものがあるので、それをアーチャーに調べてもらいたいというのだ。アーチャーはカール青年を説得し、とりあえず脱走してきた病院に戻そうとするのだが、病院に着く寸前にカールはアーチャーを襲い、車を奪って逃走してしまう。この逃走を機に、ホールマン家を巡る新たな事件の幕開けとなる。アーチャーはこの事件にいつの間にか巻き込まれてゆくこととなり・・・・・・

<感想>
 今まで文庫にならなかった理由は、精神病とか、その患者を扱うという微妙な内容が含まれているからであろうか。父と息子、兄と弟、夫と妻といった家族の問題を扱っているところはいつもながらのマクドナルドの作風らしいのだが、全体的にひどく陰惨な内容であったという気がしてならない。

 どろどろとした人間関係というものを超えて、ホールマン家が周囲の人々を巻き込みながら破滅へと向かっていく様子が描かれた物語となっている。また、今作では行動描写よりも長々とした会話が多かったように感じられたのも本書の特徴の一つといってよいかもしれない。

 また、アーチャー自身も今回起こる事件に間接的にかかわりがあるように書かれている。それは、アーチャーがかつてトム・リカという少年の後見人となり、世話をしていたということがこの作品で描かれているのだ。かつての少年は麻薬中毒患者となってアーチャーの前に現れることとなる。昔、トムとアーチャーとの間で起きたいさかいからトムは身を崩すこととなり、それを今まで引きずり続けたことによって(微細ではあるが)今回の事件に関与することとなるのである。

 とまぁ、今までのマクドナルドの作品と比べると、色々な面で異なる部分を発見することができた。マクドナルドの作品のなかでは中期の始まりと言ってもよいような位置づけの作品なのだが、少々異色の作品ができあがってしまったという気がする。著者自身に何か心境の変化でもあったのだろうか。


ギャルトン事件   6点

1959年 出版
1960年12月 早川書房 ハヤカワミステリ603

<内容>
 アーチャーは弁護士のゴードン・セイブルに呼び出され、とある失踪人を探してもらいたいとの依頼を受ける。その失踪人は資産家であるギャルトン家の後継ぎでありながら、20年前に家出をし行方不明になっているという。そのアンサニイ・ギャルトンは失踪当時22歳であり、駆け落ちをしたとのこと。途方もない依頼ながらも、仕事を引き受けたアーチャー。調査を開始した早々、弁護士ゴードン・セイブルの家の下男が何者かに刺殺されるという事件が起きる。アーチャーが現場へ向かおうとすると、その事件の犯人らしき者に遭遇し、車を奪われる羽目となる。失踪人を捜そうとしたとたんに起きたこの事件。これらは何らかの関係があるというのか・・・・・・

<感想>
 前作「運命」ではノン・シリーズとなっていたのだが、今作は普通にリュウ・アーチャーが主人公となっている。だからというわけではないのだが、今回はやや作風からして落ち着いたようにも感じられた気がする。とはいえ、主人公のアーチャーは、いつになくあちらこちらへと飛びまわり(時には国境を越え)、破天荒な事件に挑む羽目となっている。

 失踪人を捜すというのはいつものこと。しかし、その失踪が20年前に起こったというとてつもない事件。調査を進めていくうちに、失踪人の息子と目される人物があらわれるものの、アーチャーは彼が本物であるかの真偽を見極めなければならなくなる。

 基本的な路線は落ち着いているのだが、それ以外のアーチャーが遭遇する事象については実に破天荒。車を強奪されるは、警察に容疑者扱いされるは、ギャングに拉致され痛めつけられるは、入院するはめになるはと、派手な感じに物語は進行していく。

 しかし、後半に至り、失踪人の本当の正体がアーチャーの調査により明らかにされるにしたがい、物語は家族をテーマとした内容へと収束されていく。最終的には事件が簡潔にまとめられつつありながらも、どんでん返しあり、家族感情の深みがありと、妙に余韻を残す作品となっている。ラストは思いもよらぬ場所にて幕が引かれたなと深くため息をつくばかりである。


ウィチャリー家の女   6.5点

1961年 出版
1976年04月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 私立探偵のアーチャーは、富豪のホーマー・ウィチャーリーから娘を探してもらいたいとの依頼を受ける。その娘フィービは、ホーマーが2ヶ月間の船旅をしている間に、理由も告げずにいなくなったというのだ。アーチャーは、ホーマーの別れた妻からも事情を聞こうとするのだが、それを頑なに拒むホーマー。あくまでも娘の行方だけ捜してくれと。アーチャーは、ホーマーの娘が住んでいた下宿先や、ホーマーの義理の弟に聞き込みをするのだが、彼女の行方は一向につかめない。やがて、アーチャーは、ひとつの死体と出くわすこととなり・・・・・・

<感想>
 富豪の娘の行方を探るという一点にしぼられる事件。そこから、不動産を巡る事件や恐喝事件など、小さな事件も挿入されてくることとなるのだが、最終的に全ては一点に収束することとなる。

 アーチャーのシリーズの中でも、そこそこのページ数を誇る作品であるかと思う(文庫本で400ページ)。その長さ故にか、読んでいるときには、会話が長かったり、説明が長かったりと冗長と感じられた。しかし、読み終えてみると事件の収束具合の見事さからか、実は無駄のない作品だったのではないかとも思えてしまう。それほどにひとつの物語としては、うまくまとめられていると感じられてしまった。

 ミステリ的なネタとしては、さほど以外ではないかもしれないが、そこに気がつかなければ本書に対する評価もいっそう高くなるかもしれない。また、最後まで真犯人があやふやな状態で、いくつかのどんでん返しのようなものもあるのだが、最後の最後できっちりとした犯人を違和感なく指摘するところは単なるハードボイルドとは言えなくなる出来栄えである。

 読んでいるときに退屈さや冗長さを感じても、それがいつしか緻密さであるようにとらえられてしまう内容。これは読み終えるまで、決してあなどれない作品である。


縞模様の霊柩車   6.5点

1962年 出版
1976年05月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 リュウ・アーチャーは、退役大佐であるマーク・ブラックウェルから彼の娘のことで相談を受けることとなる。ブラックウェルの娘ハリエットは、先妻との間にできた娘であるという。彼は、先妻とは離婚し、今は後妻イゾベルと暮らしている。ハリエットとイゾベルは決して仲は悪くないのだが、娘は段々とブラックウェルの言う事を聞かなくなり、突然画家と結婚すると言い出したのだ。その画家の身元が怪しく、金銭目当てで結婚しようとしているのではないかと疑い、アーチャーに調べてもらいたいというのである。調査を開始したアーチャーであったが、確かに画家であるバーク・デイミスは身元が怪しく、その過去が謎につつまれていた。調べていくうちに、バークがとある事件の容疑者として警察から追われていることがわかり・・・・・・

<感想>
 タイトルが面白い。若者たちが乗る、何故か縞模様に塗られた霊柩車が実際に出てくるのであるが、決して物語の中核を担う存在ではない。それをよくタイトルにしたなと。もしくは、このタイトルを付けるがゆえに登場させたのだろうか?

 本書の内容は、資産家の娘の結婚を思いとどまらせるよう父親から依頼されるというもの。最初は単に過保護な父親が描かれているだけと思いきや、婚約者の画家の胡散臭さが次第に浮き彫りになってくる。この画家の正体を突き止めるためにアーチャーが奔走するというもの。

 ハードボイルドというよりも、まるで警察小説であるかの内容と展開。実際、アーチャーも画家の調査と、徐々に浮き彫りになる数々の事件に対し、警察の力をかりつつ捜査を続けていく。最初は簡潔な話に思えたのだが、次第に状況が複雑になってゆく。まるで全ての事件が依頼主のブラックウェル大佐の周辺で起きているかのごとく・・・・・・

 ラストにて、事件の全てが解明されるのだが、それがやや冗長であったかなと。謎の存在であった画家の心象も明らかにされるのだが、そこがやや冗長。とはいえ、それはそれで明らかにしておかなければならないところなので、省くわけにもいかないか。話の結末だけを見てみると、なんとなく前作の「ウィチャーリー家の女」に似ていなくもない。それでも本書は本書なりの色がきちんと出ていると言えよう。前作に続き、マクドナルドの円熟味というか油が乗りにのった作品である。


さむけ   7点

1963年 出版
1976年09月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 私立探偵リュウ・アーチャーはアレックス青年から結婚したばかりの妻が失踪したので探してもらいたいとの依頼を受ける。捜査を始めたアーチャーはほどなく、彼女を見つけることに。しかし、彼女はとある殺人事件に巻き込まれる羽目となっていた。彼女は何故、アレックスのもとから逃げ出したのか? そして、今回起きた殺人事件の謎とは? さらには、過去に起きた二つの事件は今回の事件に関係しているといういうのか? 捜査の末にアーチャーが見出した驚くべき真実とはいったい!?

<感想>
 マクドナルドの作品のなかでもとりわけ評価の高い作品である本書。久しぶりに再読したが、確かに濃い内容でありつつも、結末に至るまでのプロットの複雑さにも改めて驚かされる。

 最初は、失踪した妻ドロシーを捜してくれという、ありがちな依頼から始まる。その夫婦は若く、結婚生活もわずか。ちょっとした気まぐれから別れることになったのかと思いきや、思いもよらぬ深い過去が徐々にあらわとなってくる。失踪したドロシー自体はすぐに見つけられるものの、そのドロシーが殺人事件に巻き込まれることにより、複雑な様相をていしてゆく。容疑者ともなりえるドロシーであるが、保護されたときには支離滅裂な状況で、彼女の母親が父親に殺されたという過去が明らかとなり、それが未だにドロシーに精神的な影響を与え続けているよう。さらには、被害者となった女ヘレンのほうにも、複雑な過去があり、過去に起きた死亡事故に対してとある疑問を抱き続けていたのである。

 本書では、ドロシーの過去のみならず、被害者ヘレンの過去にも迫ることとなり、どこか本筋と離れたような捜査が進められることとなる。現在と過去の事件が似たような部分もあり、それら事件の捜査が進められるにつれ、登場人物も多くなり、全体の把握が徐々に難しくなってくる。ただ、これらそれぞれの関係なさそうな事件が実は一つに結び付けられることとなるというところが本書の大きな驚愕のポイントとなっている。

 さらにこの作品の大きなポイントとはそのタイトルに秘められた思い。ラストの一文、“あげるものはもうなんにもないんだよ、レティシャ”に込められた思いがあまりにも大きくて、その一言にやられてしまうこと間違いなし。真相により積み重ねられた年月、若さと老い、執念、そして“さむけ”の全てを感じさせられることとなる。


ドルの向こう側   6点

1964年 出版
1981年04月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 少年更生施設の院長から失踪した青年を捜してもらいたいとアーチャーは依頼される。失踪した青年トム・ヒルマンの父親は資産家でトムがいなくなったことに対して激怒しているという。アーチャーはトムの父親ラルフ・ヒルマンと会って話すも、失踪のそもそもの原因は家庭環境、さらには失踪する直接の原因となったものが家族間のなかであったのではないかと推測する。その後、トムを誘拐したという脅迫者からの電話がもたらされる。アーチャーはトムの行方を捜そうとするが、行く先々で死体を発見し、厄介ごとの深みにはまってゆくこととなり・・・・・・

<感想>
 少年更生施設から逃げ出した青年を捜してもらいたいという依頼を受けるアーチャー。最初は少年なのかと思いきや、この更生施設に入っている年齢層が幅広そうで、必ずしも少年のみではなく20歳くらいの者もいるよう。今回依頼されたターゲットとなる人物は少年というよりは、青年といってもよいような感じ。アーチャーがその青年を捜そうと思いきや、突如失踪事件は誘拐事件へと発展してゆく。

 この作品でも、物語のポイントとなるのは“家族関係”。アーチャーが失踪の件を調べるべく訪ねても、どこかよそよそしさが感じられ、さらには愛すべき息子をなにゆえ更生施設へ入れたのかということも問題となる。

 事件は誘拐からさらなる発展を遂げるのであるが、アーチャーが調べてゆくこととなるのは、とある男女の過去について。関係なさそうな話が語られると思いきや、それが徐々に現在の事件に結びついてくる。そして、なんとなく先行きが見えかけたと思いきや、最後の最後で予想がひっくり返されることとなる。

 なかなか味わい深い話であり、最後の幕の引き方も印象的。マクドナルドの作品らしい、暗い影が似合う内容となっている。ただ、タイトルの「ドルの向こう側」という意味がよくわからなかったのだが、それは誘拐の身代金を指しての意味であったのだろうか?


ブラック・マネー   6点

1965年 出版
1979年05月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 素性の知れぬ男のもとへ走った婚約者を連れ戻し、男の身辺を洗ってほしい。銀行理事の息子から以来を受け、リュウ・アーチャーは調査に乗り出すが、その男の周囲には腑に落ちない点がいくつも現れる。悪い仲間ともつき合っているらしい。育ちもいい美貌の女がなぜそんな男と・・・・・・アーチャーは次第に不気味な犯罪のからくりへと足を踏み入れていくことに。

<感想>
 依頼はフランス人と名乗る身元不明の男に対する調査。男を調べるうちに、その男を探るセールスマン、男と婚約した女、大学教授とさまざまな男女の影が見え隠れする。そして起こるべくして起きたのか、殺人事件が起き、アーチャーはそれを調べることに。さらには謎の男が持っていた所在不明のブラック・マネーの正体と共に。

 現在では見ることのできない、暗い影がまとわりつくかのようなハードボイルド。地味ながらも事件の解決にさえを見せるアーチャー。また、アーチャーの人と対する尋問時に、相手が誰であろうとも相手を激怒させる寸前すれすれまでの質問を飛ばしながら情報を得ようとする姿勢にプロフェッショナルを感じる。ただ、依頼人の目的が達成された後も、真実を求めるために行動しつづけるのはハードボイルドの王道たる愛嬌か。


一瞬の敵   6点

1968年 出版
1988年01月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 アーチャーは家出した娘を連れ戻してくれという依頼を受ける。娘の両親が好まないボーイフレンドと連れ立って、しかも親のショットガンを持って家出したというのだ。アーチャーは二人の行方をいったんはつきとめるものの、取り逃がしてしまう。その後、逃げた二人は大きなトラブルを起こし始め・・・・・・

<感想>
 事件の発端は、男と家出した娘の行方を捜すというもの。しかし、話は途中から娘と一緒に逃げた男デイヴィのほうにスポットが当てられ、“父親探し”というテーマのもとに物語が進行してゆく。

 デイヴィが行く先々でトラブルを起こしながら逃走し、アーチャーはその行方を追いつつ、デイヴィが何を求めて行動をとってゆくのかを探ってゆくこととなる。その過程における、人々の相関関係が非常に複雑であり、その複雑な関係のなかから真実を導き出すために、家系図を完成させてゆかなければならなくなる。

 途中で、事件は解決したかのように思われたが、アーチャーがあちこちを突き出してゆくと、思いもよらぬ真相が明らかとなる。なかなかうまく物語をまとめていると思いつつも、多くの登場人物とその相関関係の複雑さが取っ付きにくさを増していたという印象が強い。中盤をもう少しわかりやすくまとめてくれたら、マクドナルドの代表作のひとつと成りえたかもしれない。


別れの顔   6.5点

1969年 出版
1977年07月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 私立探偵リュウ・アーチャーは、弁護士を通じて、チャーマーズ家から盗まれた金の小箱を取り戻してもらいたいという依頼を受ける。事件を調べてゆくと、どうやらチャーマーズ家の息子のニックが犯行に関わっていたようであった。一見、精神的に不安定に見えるニックの様子に危惧を抱いたアーチャーはすぐにニックを保護しようと行方を捜し始める。すると、ひとりの男の死体と、そのそばで拳銃を手にして錯乱するニックを発見することに! アーチャーが事件の背景を調べ始めると、過去に起きた事件が現在につながっていることに気づき始め・・・・・・

<感想>
 ロス・マクドナルドの後期の作品であるが、これもなかなかの傑作。ただし、マクドナルドの作品を続けて読んでいると、ミステリ的なネタとしては、今までの使いまわしという気がしなくもない。

 アーチャーが受けた依頼は盗まれた小箱を取り戻してもらいたいというもの。これが単に小箱を取り戻すだけということにはならず、依頼人の家族を含めた、多くの人の過去と事件について調べてゆくこととなる。そしてアーチャーの目的はいつしか、情緒不安定なニック青年の救済へと変わってゆくこととなる。

 小箱を取り戻そうとすると、その件に依頼主の息子のニックが関わっていることがわかり、そのニックの行方を捜索すると、彼は男の死体と共に発見される。どうやらニックは幼いころに誘拐されたことがあり、それが彼の精神的な部分に未だ影響を与えているらしい。その過去の誘拐事件が今回の事件とつながっており、やがては昔起きた横領事件と消えた大金の行方についても調べていくこととなる。やがて、アーチャーは、その一連の事件に関与していた人物の正体に迫ることとなる。

 過去と現在の事件が交錯する複雑なプロットとなっており、人物名と相関関係を把握するのがなかなか大変な作業である。それらがきっちり整理できると、現在に起きた事件がどのような過程から生まれてきたのかが、おのずと理解できることとなる。そして、消えたと思われた大金が実はここにあったのかと理解させられる最初から最後までにいたる道筋の作り方は見事と言えよう。


地中の男   6点

1971年 出版
1987年01月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 アーチャーが自宅の前で偶然に出会った少年ロニイ・ブロードハースト。彼の両親は何事かでもめているらしく、父親が強引に少年を母親から引き離し、連れてゆく。ロニイの母親から頼まれ、アーチャーはロニイを探しに行くことに。ちょうどそのころ山で大規模な火災が起き、町にも火の手が迫っていた。そんな中、アーチャーは山の中へと少年を探しに行くが、ロニイを連れ去った父親・スタンリイの死体を発見することとなり・・・・・・

<感想>
 後期のマクドナルドの作品はハードボイルドというよりも、やや不気味な印象が強いスリラーというようなジャンルに属しているように感じられる。陰鬱な内容、陰鬱な背景、さらに今作では迫りくる山火事といったものも取り入れられ、益々不気味さが増している。

 内容はかなりややこしい。幼い子供を無理やり連れだした父親を追うというもの。メインはさらわれた子供を救い出すという感じではあるものの、そこに様々な要素が付け加えられ話はややこしくなる。最初は父親、謎の金髪娘、子供の三人の逃避行であったはずが、その父親が死体で発見される。その後は、別の男、金髪娘、子供という組み合わせによる逃避行。

 段々と元々メインであった話の内容から外れ、父親は誰に殺害されたのか? 謎の金髪娘は誰? さらに新しく逃亡仲間となった男は誰? と目まぐるしい展開。さらには、それら関係者の両親や知人などから話を聞くこととなり、登場人物のオンパレードと謎の相関関係による結びつきにより、益々話はややこしいほうに。

 最終的には、メインとなる真相が明らかになり、その辺はミステリとしてはうまく仕上げていると感心させられる。それでも、そこに至るまでの途上がちょっとややこし過ぎるのが難点か。とはいえ、個人的にはマクドナルドの後期の作品であっても、特に作家として衰えているという気はせず、それなりにきちんと書き上げているなという印象。


眠れる美女   6点

1973年 出版
1990年01月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 アーチャーは原油が流れ出した海岸でひとりの女ローレル・ラッソと出会う。彼女は石油王の娘であり、自分の父親の石油会社が起こした事故を嘆いていた。アーチャーは、危うい状態のローレルを保護し、自分の家に連れ帰ったのだが、その後ローレルはアーチャー家に置かれていた致死量ともなる睡眠薬を持ち出し、姿を消してしまった。彼女の行方を捜すアーチャー。すると、ローレルは何者かにさらわれ、彼女の両親のもとに身代金を要求する電話が・・・・・・

<感想>
 アーチャーが依頼を受けた事件ではなく、たまたま関わった女性が気になり自身から事件に関与していくというもの。そうした風に始まった事件ゆえか、私立探偵というスタンスとしては微妙なようにも感じられた。

 アーチャーの手から離れた女はやがて誘拐され、身代金事件へと発展してゆく。そしてアーチャーは、その女の行方を捜してゆくのだが、捜査の途上だいぶ本来のルートから外れたところを走っているように思えてならなかった。ただ、ギリギリのラインで、最初の目的の“女の行方”というものにも関わっていたのだが、何気に事件全体では、そこはどうでもよくなってしまったような。

 複雑なプロットをしっかりとまとめ上げているのは、いつもながらにさすがである。ただ、そもそもアーチャーは何がしたかったのかとか、どこが事件の焦点なのか、といった点がぼやけてしまっていた感じ。ただ、複雑な内容でそこそこ分厚いページ数であるわりには、会話文が多いせいか、意外と読みやすい作品であった。


ブルー・ハンマー   6.5点

1976年 出版
1987年08月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 アーチャーは財産家のビーマイヤー夫妻から盗まれた絵画をとりもどしてもらいたいという依頼を受ける。その絵画はいわくつきのものであり、25年前にこの町から失踪した画家が書いたものであるというのだ。アーチャーが事件を調べていくと、ビーマイヤー夫妻の娘のドリスとその恋人のフレッドが事件に関係していることを突き止める。そしてさらに調査を進めていくうちに、次々殺人事件が起き、さらには過去の事件までもが掘り起こされることに。この事件の発端はいったいどこに!?

<感想>
 積読になっていたマクドナルド作品のうちの1冊をようやく読むことができた。読み終えて、あとがきを読んで気が付いたのは、この作品がマクドナルドの遺作であったということ。しかし、これがまた遺作とは思えないほどの濃い内容のものとなっていることに驚かされた。たいがいの作家というのは晩年は力が衰えてくるものであるのだが、マクドナルドに関してはその言葉とは無縁という事であったように感じられる力作。

 依頼された事件は単純な絵画盗難事件。それが調べていくうちに次々と不可解な点が見えてくる。絵画を見つけて、依頼主に渡しておしまいということであれば、事件はすぐにけりが付いたはず。しかし、アーチャーはあえてその疑問の全てを掘り起こし、事件の全体像を見極めようとする。理由などは特にないはずなのだが、そこに“探偵”という職業を志したものの魂というものが感じられる。そして事件自体も過去に遡り、現代に戻りという具合に複雑な様相をていしていきながら徐々に真相へと近づいてい行く。この最終的には複雑となってしまった事件の細部の隅々までを地道に探る姿勢にすさまじいものが感じられる。そしてそこから掘り起こされる事実というのもまた、次々と驚かされるものとなっている。

 練られた内容、地道な聞き込み捜査と行動、探偵としての姿勢、その全てがマクドナルドらしいハードボイルド作品となっている。しかし、よくぞこんなタイトルを付けたものだと感心してしまった。本文中の一文を汲み取ったタイトルの付け方は絶品。


わが名はアーチャー   6.5点

1955年 出版
1961年11月 早川書房 ハヤカワミステリ664

<内容>
 「逃げた女」
 「自殺した女」
 「罪になやむ女」
 「不吉な女」
 「雲をつかむような女」
 「ひげのある女」
 「女を探せ」

<感想>
 積読にしていた作品を手に取ってみた。ロス・マクドナルドによるリュウ・アーチャー・シリーズの短編集。初期の短編集である。

 後期のマクドナルドの作品を読んだのちにこれを読むと違和感を感じてしまうかもしれない。やけに血なまぐさい作品ばかりだと。本書はリュウ・アーチャー・シリーズというよりも、普通のハードボイルド作品というような荒々しさを感じ取れるものとなっている。アーチャーも従来の私立探偵と同じくらいに、暴力をふるい、殴られて気絶し、相手を撃ち殺すといった荒々しさが全編にあふれている。

 ただ、それでもそこにミステリ性を持たせて、単なる人探しなどで終わらせずに、一ひねりした幕の引き方で色を付けているところが、この著者の作品集たるところ。その部分部分には、後期のマクドナルド作品を匂わせるような、家族間の問題や男女のつながりをうまく扱っているとも感じられた。

 また、細かくは見ていないのだが、ここに掲載されている作品の半分くらいのは、後の長編のネタになっているようである(作品にあとがき・解説がついていないのが惜しいところ)。自分でこのサイトに書いたマクドナルド作品の感想などと照らし合わせると、いくつかこの短編集の作品をモチーフとしたような内容のものが見受けられた。こうした手法は、チャンドラーの作品などにも見られ、当時のハードボイルド系の作家の間では、よく行われた書き方であると思われる。

 といった具合で、この作品集を読めば、昔懐かしハードボイルドの荒々しさを感じ取れ、さらには根底に後のリュウ・アーチャー・シリーズで描かれる深みの一端のようなものをも感じ取ることができる。何気に贅沢な作品集なのではないかと。


「逃げた女」 モーテルでのいざこざに関わることとなったアーチャーは死体に出くわし、消えた女の行方を探ろうと・・・・・・
「自殺した女」 列車で出会った女は失踪した姉の行方を調べるために義兄に逢いに行くと言うことでアーチャーも行動を共にし・・・・・・
「罪になやむ女」 警護を頼まれたアーチャーが依頼主の元へ行くと、依頼主は殺害されており・・・・・・
「不吉な女」 依頼人の男は、妹がならず者と結婚して現金を持ち出したので、説得するために一緒に来てほしいと・・・・・・
「雲をつかむような女」 謎の女から、妻を殺した夫が裁かれる裁判の様子を見てきてほしいと言われ・・・・・・
「ひげのある女」 旧友である画家を訪ねたアーチャーであったが、その画家の行方がわからなくなっており・・・・・・
「女を探せ」 依頼人の姉から泳ぎにいった妹が見つからないと告げられる。もうすぐ妹の夫が戦地から帰ってくるというのに・・・・・・


ミッドナイト・ブルー   ロス・マクドナルド傑作集   6点

1977年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「女を探せ」
 「追いつめられたブロンド」
 「ミッドナイト・ブルー」
 「眠る犬」
 「運命の裁き」

 「評論 主人公としての探偵と作家」

<感想>
 ロス・マクドナルドの短編集。2013年の復刊フェアにて購入。どの作品にも私立探偵リュウ・アーチャーが登場している。

 どの作品もマクドなるの作品らしく、家族をめぐる事件となっている。しかもどれもが血なまぐさいというものばかり。最初の「女を探せ」からして母親が自分の娘の行方を捜すのみと思いきや、家族間にかかわる複雑な感情があらわになる真相が結末で待ち受けている。初っ端から、ずいぶんと濃い話になっているなと感じられた。

「追いつめられたブロンド」は、導入部は少々変わっていて、アーチャーがボディーガードとして雇われるというもの。しかし、当の雇い主にアーチャーが会いに行くと、既に雇い主は殺されており、事件の真相をアーチャーが調べていくこととなる。雇い主の弟、その妻、さらにはもう一人の女、そうした登場人物が現れるなか、いつしか親子間にまつわる歪んだ感情が表面に浮き出てくることとなる。最初は、単に金銭的な事件かと思っていたら、これも親子という関係に囚われた作品であった。

「ミッドナイト・ブルー」は、アーチャーが殺人事件の発見者となり事件に関わってゆくこととなる。若い女の死体を見つけ、その愛人と思われる教師に嫌疑が向けられる。こちらは家族の問題というよりは痴情のもつれにおる犯行という色合いが強い。しかし、事件の根底には家族における血なまぐさい過去が見え隠れしている。

「眠る犬」は、アーチャーが犬を捜すことになるというもの。とはいえ、当然のごとく犬を捜しているうちに殺人事件に遭遇することとなる。徐々に過去に起きた事件を発端とした動機があらわになってゆく作品。

「運命の裁き」は、長編「運命」の元となった作品。ここから話を広げて、不完全だった部分を捕捉し長編としたようである。


「女を探せ」 母親は娘の夫が軍から帰ってくるものの、当の娘の行方がわからなくなっているので探してほしいと。
「追いつめられたブロンド」 ボディーガードに雇われたアーチャーであったが、現地に行くと雇い主は既に死んでおり・・・・・・
「ミッドナイト・ブルー」 山で死体を発見したアーチャー。被害者はパーティーの最中、行方がわからなくなっていたようであり・・・・・・
「眠る犬」 行方がわからなくなった犬を探すことになったアーチャーであったが、殺人事件に巻き込まれることとなり・・・・・・
「運命の裁き」 精神病院から脱走してきた男に依頼を持ちかけられるアーチャーであったが・・・・・・




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