Margaret Ellis Millar  作品別 内容・感想

鉄の門   6点

1945年 出版
2020年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 モロー家の主人アンドルーの妻ルシール。彼女は前妻ミルドレッドが亡くなったのち、二人の子マーティンとポリーを抱えたアンドルーと結婚した。モロー家の人々はアンドルーの妹のイーディスを含めた5人で暮らしていた。それから16年後、娘のポリーが結婚して、家を出ようかというある日、ルシールの元に小箱が届く。それを見たルシールは何故か突然失踪してしまう。いったい何があったというのか? そして家族の間に秘められた16年にわたる謎とは!?

<感想>
 もともとはハヤカワミステリやハヤカワ文庫などで紹介されていた作品らしい。今回は創元推理文庫から新訳として登場。

 序盤は単に家族の微妙な関係を表すのみの小説のような。アンドルーの後妻であるルシールと、特に前妻との子供であるポリーとの仲が冷え切っているよう。ただ、表立った対立などは特にない。また、家族それぞれとアンドルーの妹のイーディスとの仲も特に良好というわけではない。主人のアンドルーは、産婦人科医として忙しかったのだが、ルシールとイーディスの勧めにより、現在は仕事をセーブしているようであるが、本人はやや不満な様子。そんなありきたりのような家庭であるのだが、過去にアンドルーの前妻が惨殺されたという事実のみが暗い影を落としている。

 そして、物語の中盤でルシールが突如失踪するところから物語が大きく動き始める。とある出来事をきっかけに事件が動き、そして連鎖して起こる悲劇を目の当たりにすることとなる。

 暗い思いがうまく描かれた作品という感触。読み終えてみると、それぞれが抱えていた不安の理由が判明することにより、精神的に不安定な様子がうまく描き出されていたなと思い起こす。悲劇と感じつつも、登場人物の一部の人にとっては、ようやく待ち受けていた結末が訪れてくれたという感情であったのかもしれない。


悪意の糸   5.5点

1950年 出版
2014年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 女医として働くシャーロット、彼女は自分の患者である女の夫と不倫関係を続けていた。そんな彼女の元に飛び込みの患者が現れる。その若い女は夫がありながら、たまたま出会った男と関係を持ち、妊娠してしまったという。女は中絶を要求するものの、シャーロットはそれを断り、彼女が目を離したすきに、女は診療所から出ていってしまった。その後、女のことが妙に気になったシャーロットは女の住所を訪ねてみるのだが・・・・・・

<感想>
 ひとりの女医を襲うサスペンス・ミステリ。ひとりの女性患者が女医のもとに訪れたのをきっかけに、その女性に関係する者たちが女医の周囲に集まりはじめ、脅迫や殺人に巻き込まれることとなる。

 という作品でありつつも、なんとなく事件の原因がほぼ女医自身にあるような気がして、あまり同情できないかなと。なにしろこの女医自身も危うそうなところへ平気で顔を出していったり、状況判断を見誤ったりと微妙に思える行動ばかりとり続ける。また、その微妙な行動の根底に自身が不倫をしているということもあり、なんともままならないというか、なんというか・・・・・・

 まぁ、別に女医がそこまで悪いことをしたわけではないといえば、確かにそうなのであろう。このあたりは読者が、主人公である女医の心情に同調できるかどうかで作品に対する評価がかわりそう。


雪の墓標   5点

1952年 出版
2015年09月 論創社 論創海外ミステリ155

<内容>
 弁護士のエリック・ミーチャムは空港へヴァージニア・バークレーの母親であるミセス・ハミルトンを出迎えるために向かっていた。ヴァージニアは建設業者のクロード・マーゴリスを殺害したという容疑により逮捕されたのである。ヴァージニアは、事件が起きた時、ひどく酔っぱらっており、事件のことは憶えていない様子であった。弁護士のミーチャムは、彼女が信頼している母親に来てもらって、事件当時何が起きたのかを調べようとするのであったが・・・・・・

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<感想>
 マーガレット・ミラーという作家、どうやら有名であるようなのだが、私はこの作品が初読。本屋で何度か見たことのある作家であるという気はするのだが、今まで読む機会がなかった。ちょうど、論創海外ミステリから作品が出たので読んでみたのだが・・・・・・この作品から読み始めるというのは、決して正解ではなかったかなと。

 なんか色々と微妙な作品であった。とにかく、物語全体の雰囲気が悪い。序盤は出てくる人出てくる人、相手に悪意をぶつけるという行為ばかりであり、読んでいて楽しくなかった。しかも、明らかに重要人物ではなさそうな人までも、悪意をぶつけてゆくという念のいれよう。

 また、一番微妙だと思ったのは、最初に登場した時には絶対重要人物だと思われた容疑者の母親と事件を担当する刑事が、中盤以降ほとんど物語に意味をなさなかったというところ。あの序盤の展開はなんだったんだろうと、首をひねらざるを得ない始末。ただし、付け加えておくと、後半の展開や意外な真犯人の正体など、見るべきところもそれなりにあったのは事実である。

 タイトルの「雪の墓標」からは想像できないようなドロドロとした内容であった。この作品から読んでしまうと、マーガレット・ミラーの他の作品を読んでみようとはとうてい思えないのだが・・・・・・


狙った獣   6.5点

1955年 出版
1994年12月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 莫大な遺産を受け継ぎ、ひとりホテルにて暮らすヘレン・クラーヴォー。彼女の元にエヴリン・メリックなる者から不吉な内容を伝える電話がかかってきた。そのエヴリンという人物を思い出せないヘレンは懇意にしている投資コンサルタントのポール・ブラックシアに頼んで、エヴリン・メリックのことを調べてもらうこととなったのだが・・・・・・

<感想>
 2016年の復刊フェアで再出版されたものを購入。ミラーの作品を読むのはこれで3作目となるのだが、このような内容の作品も書いていたのだなと感嘆。内容はまさにサイコ・サスペンス。ここまでサイコっぽい作品というのも昔の女流作家の作品では珍しいような気もするのだが、どうであろうか?

 内容は、電話をかけてきた身元不明の女の存在をあぶりだすというもの。ただ、この身元不明と思われた女、普通に調査してゆけば、すぐに身元が判明し、さほど謎の女というほどでもない。しかし、その行動っぷりが“サイコパス”という言葉を連想させるような人物で、うすら寒ささえ感じてしまう。さらには、物語の行き着く先に、もうひと波乱待ち受けている。

 後半に入ってくると、徐々に真相が明らかになるように描かれているのだが、その当時の作品としては、なかなか斬新だったのではなかろうか。現在でも、次から次へと何が起こるかわからないサスペンス小説としても読み応え十分。サイコ・サスペンスの古典的作品として注目に値する逸品。


殺す風   5.5点

1957年 出版
1995年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ロン・ギャラウェイは、いつものように仲間たちと別荘で魚釣りをしようと妻に挨拶をし、出かけていった。当初、ロンはハリー・ブリームを車で拾って、一緒に来るはずであったが、計画が狂いハリーひとりが先に着いてしまう。その後、仲間たちがロンの行方を捜そうとすると、ハリーの妻からとんでもない事情を聴かされるはめとなる。そして、そのままロンの行方はわからないままとなり・・・・・・

<感想>
 2017年の復刊フェアで購入した作品。本書はミステリというよりは、二つの家庭にまつわる不貞を描いた作品という感じ。その不貞にまつわる部分が強く、あまり事件性は高くない物語が描かれている。

 ロン・ギャラウェイと妻のエスター。そしてロンの友人であるハリー・ブリームとその妻セルマ。ここでセルマについてはやや尻軽な感じで描かれおり、それゆえにエスターは夫ロイとセルマの関係を疑う。一方、ハリーは妻にベタ惚れで妻の不貞などは疑いもしないという感じ。しかし、ロンとセルマの不貞が明らかとなり、それがばれてロンは失踪してしまう。

 こんな形で物語は流れ、彼らの友人であるラルフ・チュリーが全体的な相談役のようにあっちへいったり、こっちへいったりとしながら話を聞いていくことに。最初チュリーはチョイ役のように思えたのだが、作品を読み通してみるとまるで彼が探偵役であったかのような印象を残す。

 この小説、単なる不貞の物語を描いただけではなく、ミステリとして紹介されているように、きちんと最後にはとある真相が明らかに・・・・・・というような形の構成をとっている。まぁ、ミステリ的なところはありつつも、それも何となく付け足しというような気がしてしまう。あくまでもここに登場するような普通の人々の感情を描くというのが著者であるミラーの得意分野なのであろうと感じさせられる。


見知らぬ者の墓   5点

1960年 出版
1988年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 デイジー・ハーカーは夢で、自分自身の墓を見たという。しかもその自分の名前が刻まれた墓には1955年12月2日という4年前の日付が書かれていたことをしっかりと記憶していたのだ。その夢が気になり、このことを夫や母親に相談するも、全く取り合ってもらえず、デイジーは母親と離婚して離れ離れとなって暮らしている父親との件で偶然知り合うこととなった私立探偵ピニャータにこの夢の件を相談し・・・・・・

<感想>
 2019年の復刊フェアで購入。長かった、というのが一番の印象。色々と無駄な部分が多く感じられ、もっとスマートな作品でも良かったのではないかなと思われた。

 本書は主人公の女性が自身の夢をたどりながら、過去の記憶に行き着く過程が描かれたものとなっている。家族の絆と崩壊の両方を描いたかのような内容。

 最初に“長かった”と書いたのだが、ミステリとして読むと微妙と思われるのだが、むしろ家族の関係というものを描いたドラマのような作品としてとらえれば、長さは気にならなくなるのかもしれない。そんなわけで、ミステリとして期待せずに、家族ドラマを読むというスタンスで読むべき本であろう。

 結末に関しては、長い道程を辿って、たどり着いたところがそこなのか、という感じにしかならないのだが、それは時代性や地域性によっては、重く受け止められる結末なのであろうと思われる。


まるで天使のような   6点

1962年 出版
1983年04月 早川書房 ハヤカワミステリ文庫
2015年08月 東京創元社 創元推理文庫(新訳)

<内容>
 文無しのギャンブラー、クインは知人に車に乗せてもらってサン・フェリスを目指すものの、途中で降ろされてしまう。彼がたどり着いたのは、“塔”と呼ばれる新興宗教施設。そこでクインは一人の修道女に親切にしてもらい、彼女からとある男が今どうしているか確かめてほしいと依頼される。“塔”を出て、町へとたどり着いたクインは修道女の頼まれた通り、男について調べるのだが、その男は既に死亡しているという。しかも、彼は横領事件に関わっていたという噂が・・・・・・

<感想>
 一風変わった小説であった。ギャンブラーで流れ者の主人公が新興宗教施設の修道女から依頼を受けて、町で起きた横領・殺人事件の陰謀に関わってゆくこととなる。

 舞台が変わっていて面白い。外から来るものを廃絶するような孤立した土地にある新興宗教施設。それが小さな町で起きた事件との関わり合いが取りざたされ、いったいどこに相互関係があり、真相はいかに? という形で物語が進められてゆく。

 面白いと思いつつも、微妙と思われたのはそれぞれの相互関係。まず、主人公のギャンブラーがいくら暇で行くところがないとはいえ、そこまで事件に執拗にからむこととなるのかと。また、新興宗教施設と町での事件の関連性も薄い。色々な要素や様々な登場人物を出してはいるものの、それぞれの特色を生かしきれないまま話が進んでいってしまっているところには、もったいないと感じられてしまう。

 最終的には町での事件と、宗教施設にとある関わり合いがあることがわかるようになって、サプライズエンディングを迎えるという流れになっているのだが、そこに至るまでにもう少し興味を惹くものが欲しかった。なんとも惜しいような作品ではあるが、独特の風味がある作品であることは確か。




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