Dorothy L. Sayers  作品別 内容・感想

誰の死体?   6点

1923年 出版
1993年09月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 建築家の住むフラットの浴室で、見ず知らずの男の死体が発見される。この珍事とも言える事件に、貴族である素人探偵、ピーター・ウィムジイ卿乗り出すことに。執事のバンターと共に事件解決に挑む。

<感想>
 感想を書いていなかったので再読。ピーター・ウィムジイ卿のシリーズを読み始めたきっかけは、「ナインテイラーズ」という作品が有名ということを聞き、せっかくならシリーズ1作目から読み通していこうと思った次第。そのシリーズ1作目を久々に読んでみた。

 起こる事件の内容は、普通に生活し、悪事などとは程遠いとされる男の浴室で見ず知らずの死体が発見されるというもの。その死体の様子から、行方不明になっている金融界の大物と噂されるものの、どうやら違うよう。それでは、この死体の正体は? そして行方不明になった男はどこに? という謎を追うこととなる。

 これら事件を捜査するのが素人探偵にして貴族探偵とも言える、ピーター・ウィムジイ卿。そして、その忠実な助手であるバンター。バンターは写真に関する知識が豊富であり、証拠品を集めたり、または、聞き込みなども行うという優れもの。そんな二人が挑むこととなる最初の事件。

 事件の解決に関しては、まぁ、普通の出来という感じ。ただ、素人探偵、貴族探偵という設定はうまく活かされており、それらしい探偵活動が見られるということこそ、このシリーズ一番の特徴であろう。他では見られないキャラクターと、陽気さに満ち溢れている探偵活動といったところが目を惹くものとなっている。さらには、陽気に見えるピーターが未だ戦争の影をひきずっており、それがバンターとの絆でもあるといったところもシリーズとしては重視される部分であろう。

 ということで雰囲気を楽しむことができる探偵小説。ピーターとバンター以外にも個性的な人々が色々と登場しているので、これこそシリーズ通して読むべき作品であるということは間違いない。


雲なす証言   5点

1926年 出版
1994年04月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 旅先でピーター・ウィムジイ卿が新聞に目を通すと、そこにはデンヴァー公爵である兄のジェラルドが殺人容疑で逮捕されたという記事が掲載されていた。慌てて、従僕のバンターと共に家へと戻るウィムジイ卿。事件の詳細を詳しく聞いていくと、妹であるメアリイの婚約者のデニス・キャスカート大尉が銃殺されていたというのだ。その第一発見者がジェラルドであるのだが、何故深夜に外へ出かけていたのか、証言ははっきりしないものであった。また、ジェラルドは生前のデニスと口論をしており、さらには凶器の拳銃はジェラルドのものであると、不利な証拠ばかりが出てくる始末。兄の無実を証明しようとピーター・ウィムジイ卿は捜査を始めるのであったが・・・・・・

<感想>
 感想を書いていなかったので再読。ピーター・ウィムジイ卿シリーズの2作目。なんと今回はピーターの兄が殺人事件の容疑者として逮捕されるというショッキングな展開から物語が始まってゆく。

 事件はピーターの兄のジェラルドが深夜に温室のドアから家に入ろうとすると、そこで妹の婚約者であるキャスカート大尉の死体を発見したというもの。死体は銃で殺されており、どこからか温室まで引きずった跡があるというもの。その後、凶器の銃が発見されるもその銃はジェラルドのものであることが判明。しかもジェラルドはキャスカート大尉と口論しているのを皆にみられ、さらには深夜にどこへ出かけて行ったのかもはっきりないという様相。そうした状況により、ジェラルドは最重要容疑者として勾留されることとなった。

 兄の無罪を証明しようと、そこからピーター・ウィムジイ卿の捜査が始まる。友人でありスコットランドヤードの警部であるパーカーの手を借りて捜査をしていくのだが、基本的には警察がすべき捜査をピーターらが変わって捜査をしていくというような感じ。このへんは警察が捜査したほうが早そうな気がするが、警察としてはもはやジェラルドが犯人という形に完全に傾いているので、警察による捜査はもはや打ち切りという形。

 事件捜査の様子に関しては普通に警察小説というような感じで、普通に読めたのだが、あまり被害者についての捜査が少なく思えたのが物足りなかったような。まぁ、捜査自体をピーターがやっているゆえに、家族中心の捜査になってしまうのはそれは致し方ない事なのかもしれない。

 そして、いよいよ真相へと言うことになるのだが・・・・・・これはちょっとというようなもの。一番、真相らしくないものが真相になってしまったなという感じであった。正直なところ、最後にもう一波乱あると思って読んでいたので、そのまま終わってしまって、やや唖然としてしまった。これはあまりにもミステリらしくない終わり方のような・・・・・・


不自然な死   5.5点

1927年 出版
1994年11月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ピーター・ウィムジイ卿とパーカー警部が料理屋で出会った医者から聞いたとある事件。老齢とはいえ健康であったものが突如死亡したという。検視を行ってみたものの、殺人の証拠は見つからず、殺人を疑った医者が周囲から冷たい目で見られることになる始末。そのしっくりこないという事件をピーターは調べることに。すると、その件に関係する別の人物が死亡するという事件が起き、増々殺人の疑惑は強まることとなり・・・・・・

<感想>
 感想を書いていなかったピーター・ウィムジイ卿シリーズ作品の第3作品目。今回は事件とみなされなかった謎の死亡事故をピーター卿が掘り起こすというもの。

 読んでいる最中は、なんとなくクリスティーっぽい事件と展開であるなと思われた。ちょっと硬めのクリスティーという感じ。死亡事件にまつわる調査を進めていくうちに、次々と起こる死亡事故(殺人事件?)。そこに作為的なものを感じたピーターであるが、犯人は目星がついているものの、決定的な証拠が見つからない。さらには、死亡した人たちはどのようにして亡くなることになったのかという方法についても言及されるものとなっている。

 全体的にはやや退屈な感じの話であったなと。面白かったのは、ピーターが調査員として選んだのが、機転の利く老嬢クリプスンというところ。この老嬢がまさにミス・マープルばりに聞き込みを繰り広げてゆくところは、なんとも痛快であった。また、真犯人による殺害方法に関しては、今となっては有名な方法であるのだが、この作品で初めて使われていたとしたら興味深いなと思われた。さらに付け加えれば、真犯人が意外なところからあぶりだされるところも注目点。

 と、見所もなんやかやとあることはあるのだが、なんとも全体的に捜査の流れがあまり面白くなかったかなと。ただ、普通の警察小説と異なる、こういったピーター卿が主軸となってのちょっと変わった捜査方法こそがこのシリーズのキモだともいえるわけではあるのだが。


ベローナ・クラブの不愉快な事件   6.5点

1928年 出版
1995年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 退役軍人らが集うベローナ・クラブに寄ったピーター卿であったが、そこで老齢のフェンティマン大尉が亡くなっているのを発見する。この突然の死が騒動を起こすことに。フェンティマン大尉には縁の切れた妹がいるのだが、この度、和解し、その資産家の妹が遺産をフェンティマン大尉に遺すことを約束していたのだ。おりしも、フェンティマン大尉が死亡したのと同じ日にその妹も死亡していた。二人のうち、どちらが先に死亡したかによって遺産の行き先は大きく変わることに。フェンティマン大尉の遺産は二人の息子に、そして妹のほうは後見人にそれぞれ遺産を残すこととなっていた。それぞれの思惑、そして二人の死に関するある作為的な出来事が・・・・・・

<感想>
 今作では相続にまつわるゴタゴタにピーター卿が巻き込まれるという事件を描いている。老齢のフェンティマン大尉と、病気がちで先が長くないといわれる大尉の妹。この二人が同じ日に死亡したことにより、紛らわしい事態となる。どちらが先に死亡したかで、莫大な遺産の行き先が大きく変わることとなるのだ。それゆえに、遺産相続人による作為的な行為が行われた可能性があり、その真相をピーター卿が調べていくこととなる。

 事件としては微妙な気がするものの、こういう事件こそ素人探偵であるピーター卿が扱う事件と言えよう。ゆえに、今回の事件こそシリーズらしい作品と言えるのではなかろうか。ピーター卿が事件を調べていくうちに、さまざまな作為的な事象や事実が浮かび上がって行き、調べれば調べるほど真相は混沌としてゆく。そして最終的な真相は・・・・・・

 と、最後には賛否両論というような結末を迎えることとなる。賛否両論と言いつつも、過去のミステリ作品ではこのような終わり方をするものは結構多いように思えるので、別におかしなことでもないか。まぁ、そんな感じで、一風変わった事件であったものの、個人的には色々な意味で、これこそがピーター卿が活躍するべきシリーズ作品の白眉ともいうべき作品なのではないかと思われた。


箱の中の書類   6点

1930年 出版
2002年03月 早川書房 ハヤカワミステリ1713

<内容>
 ハリソン家の夫ジョージと妻マーガレット、家政婦、そして下宿する画家と作家。共に生活する彼らの間で何が起きたのか? 離れて暮らしていた、ジョージと前妻との間の息子ポールは証拠ともいうべき書簡から、事の真相を読み解こうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 セイヤーズの長編のなかで唯一、ピーター・ウィムジイ卿が出てこない作品。さらには医学博士であるロバート・ユースタスとの共著という異色作。

 この作品は、前半は書簡によって語られる物語となっている。それら書簡は、ハリソン家の家政婦が妹宛てにハリソン家の様子を書きあらわしたもの。そしてハリソン家に下宿する作家ジョン・マンティングが恋人宛てに、ハリソン家で起こる出来事を書きあらわしたものとなっている。この2つの書簡が中心となるのだが、他にもハリソン家の主人が息子にあてた手紙や、ハリソン家の妻が書いた手紙なども紹介されてゆくこととなる。

 読者はこれら書簡からハリソン家の様子をうかがいつつ、そこで何が起きているのか、さらにはこれから何が起こるのかを予測していくこととなる。そして後半に入り、ようやく肝心ともいえる事件が起きるのである。

 そこから犯人探しとなるものの、犯人たるものの目星はほぼついているため、どのようにして犯行が行われたのかということが焦点となる。そこでその方法に着目されるかと思いきや、なんと最終的にはまるでソーンダイク博士のシリーズのような化学的な方面へと移行してゆくのである。共同著者として医学博士が選ばれたのはまさしくこのためであったのかと。

 読んでいる途中こそは退屈であったものの、最終的に意外な方向へと流れていった展開については驚かされた。こういう形で結末をつけるというのもなかなか斬新ではないかと感じられた。一見、微妙な作品のように思えるも、実は意外と深いミステリ小説であったのではないかと考えさせられる作品。


毒を食らわば   5.5点

1930年 出版
1995年11月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 作家であるハリエット・ヴェインは恋人を砒素により殺害したとされ、裁判を受けていた。そのハリエットに一目ぼれしたピーター・ウィムジイ卿は、彼女の無実を信じて疑わず、罪を晴らすべく捜査に乗り出す。彼女以外に動機のあるものは誰か? そして被害者が死んで得するものはいるのか?? 被害者の周辺を詳しく捜査をしてゆくと・・・・・・

<感想>
 後にピーター卿の妻となるハリエット・ヴェイン初登場の作品。しかも、そのハリエットは殺人事件の容疑者として係争中で勾留された状態での登場。

 そしてピーター卿が、ハリエットに一目ぼれしたから無罪を信じて事件の真相を自らの手で探り出すということで登場してくる。そんな理由で、裁判に関わってよいのかと思いつつも、このシリーズらしいというか、ピーター卿らしいとも言えないことはない。

 そんな感じで始まる作品であるのだが、焦点は2つ。真犯人はどのような形で被害者を毒殺したのか? そして真犯人の動機は? の2点。このうちの真犯人の動機探しが、作品のほとんどを占めていたような。しかもピーター卿自身による捜査ではなく、協力者の手を借りることによる捜査の場面が多かったゆえに、ピーター卿の活躍自体が少なかったという感触。

 本書の見るべきところは、被害者の殺害方法。砒素に関する知識としては、有名なものであるのだが、その知識を利用しての殺人方法というものはあまりなかったような気がする。それゆえに、それなりにインパクトのある真相となっている。

 全体的に見るべきところはあるものの、動機探しの場面が長いゆえに、やや低調な感じの作品であったかなと。当時の様々な階層の人々の生活様式を垣間見ることができるという点では貴重な小説と言えるかもしれない。ただ、そういった描写が多い分、ミステリとしては薄めのように感じられてならない。


五匹の赤い鰊   5点

1931年 出版
1996年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 スコットランドの長閑な田舎町で嫌われ者の画家の死体が発見された。画業に夢中になって崖から転落したとおぼしき状況だったが、ピーター卿はこれが巧妙な偽装殺人であることを看破する。怪しげな六人の容疑者から貴族探偵が目指すのは誰?

<感想>
 現場にないあるものの所在や容疑者達の振る舞い、性格から犯人のめどをつけるとことはなかなかのもの。しかしアリバイ崩しの部分についてはあまり好きになれない。もともと電車などを使用したアリバイ崩しは好きではない。今回も容疑者六人のアリバイを検証するのは複雑で混乱してしまった。それに結局アリバイ崩しというのはどうもつじつま合わせに見えてしまう。なんとなく無理やりひねり出せば他の五人についてもつじつまをあわせることができるのではないだろうかと思ってしまう。であるからアリバイ崩しをメインとして容疑者の行動を追っていくという内容で500ページ近くある長さというのは読了するのが自分にとってたいへんであった。

 しかし外国の田舎町の六人の画家という設定であるが最後まで六人の人物像が判別しきれず、六人全員が同じような容姿(実際にはまったく異なるよう記述されているのだが)という印象のままであった。


死体をどうぞ   6点

1932年 出版
1997年04月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 探偵作家ハリエット・ヴェインは徒歩旅行の道中、波打ち際にそびえる岩の上で、喉を掻ききられた男の死体を発見した。そばにはひと振りの剃刀、しかも見渡す限り、砂浜には当人のものらしき足跡しか印されていない。やがて死体は満潮に乗って海に消え、罪体を欠いた捜査陣は難儀を強いられることになる。
 被害者と思われる自称、ロシア皇族の血を継ぐという青年アレクシス。その婚約者でアレクシスとはかなり年の離れた老女、フローラ。その息子で財産を取られまいとするヘンリー。近隣を放浪する、渡り床屋ブライト。ハリエットが事件を知らせに警察に行く途中に出会った旅行者。ハリエットが死体を発見したときに海に出ていた漁師。近隣から脱走した馬の存在。さまざまな思惑がアレクシス青年を取り巻いていた中で、不可能犯罪はどのように行われたのか?
 ピーター・ウィムジイ卿を悩ます、怪事件の真相とはいったい!?

<感想>
 やけに地道な捜査をしている。まるで警察小説かのように。明るみに出たひとつひとつをしらみつぶしに捜査し、そしてじわじわと犯行の方法を明らかにしていくという内容。探偵が出ているのならば、もう少し推理して絞り込んだらどうだろうか?といいたくなってしまう。それもこれもバンターの活躍が少なかったから、捜査が立ち行かなかったのでは?やはりバンターはウィムジイ卿の側にいるべきなのだろう。

 この物語はさる登場人物の一言に集約されていると思う。「初めから関わり合ってなかったなかったら、何というか、到底信じる気になれんような話しで」と。

 確かに、細かす捜査をしている分、それなりに納得のいく結末となっている。巧妙に計算されてプロットが練りこまれているのは見事なものである。


殺人は広告する   5点

1933年 出版
1997年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 火曜日のピム広報社は賑わしい。広告主が週会議に訪れ、数々の爆弾を落としていくからだ。ことに厄介なのが金曜掲載の二段抜き半ページ広告。このときばかりは強者揃いの文案部も鼻面を引き回される。変わり者の新人文案家が入社してきたのは、その火曜日のことだった。前任者の不審な死について捜査を始めた彼は社内を混乱の巷に陥れるが・・・・・・

<感想>
 この作品は通常のピーター・ウィムジイ卿ものというよりは、外伝的な作品として読んだほうが良いだろう。内容は確かにミステリーなのだが、決して探偵小説とはいえないと思う。どちらかというとまだスパイ的な要素があり、“ピーター・ウィムジイ卿の冒険”とでも銘うったほうが良いような仕上がりである。ピーター卿のファンであれば、まぁそれなりに面白く読めるのであるが、そうでなければ単なるサスペンス小説と変わりないように感じられるに違いない。


ナイン・テイラーズ   6点

1934年 出版
1998年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 冬将軍の去った東アングリアの小村に、弔いの鐘が響き渡った。九告鐘(ナイン・テイラーズ)、病気がちな赤屋敷の当主が逝ったのだ。故人の希望は亡き妻と同じ墓に葬られること。だがいざ掘り返してみると、奇怪なことに土中からもう一体、見知らぬ死骸が発見される。死因は不明。遺憾な事態のさなかにあって、教会を守る老牧師の脳裏に甦ったのは、去る年の瀬、偶然から交歓を持った貴族探偵ピーター卿の姿だった!

<感想>
 まず先この本の訳者にごくろうさまと思わず言いたくなってしまう。もともとセイヤーズの著書というのは他の本などからの引用を用いた文章が多く、それらの注釈をみているだけでも訳が困難であろうということがうかがえる。そしてさらに本書では教会の鐘という日本では全くといっていいほど知られていない事柄がメインとして描かれているために(しかも鐘の名前が人のようであったり、娘とか呼ばれたり)それを調べるだけでも大変であっただろう。まさしくお疲れ様としかいいようがない。

 そして物語はというと、事件自体はそれほど複雑ではないものを逆にピーター卿や村の人々によってややこしくさせられているような気がしないでもない。

 概要を簡単に述べてしまえば、村の墓の中から現れた身元不明の死体はいったい誰なのか? ということと、その身元不明の主を殺したのは誰か? ということになる。ただし、それが昔に村で起きた首飾りの盗難事件とからんできて話は少々複雑になる。当時の盗難事件の犯人は一人は死亡、一人は逮捕されている。しかし首飾りの行方はいまだわかっていない。よって、身元不明の死体の事件はその首飾りの行方を追って、ということにより生じたのではないかという考え方により捜査が進められていく。

 正直いって、話の進められ方は非常に地味である。結局のところ事件自体も地味といえよう。多くの人々が出てくるゆえに少々事件の概要を捉えにくい部分もあるのだが、よくよく考えてみるとさほど複雑なものではない。

 ではこれ単なるは凡作なのかというとそんなことはない。ラストで明かされるトリックに遭遇したときには、「あぁ、なるほど!」としか言いようのない感嘆にうたれること間違いない。なるほど、この作品はこれが書きたかったのかということを誰しもが必ず納得させられることであろう。本書も推理小説において名作の名にふさわしい一冊であるということに間違いない。


学寮祭の夜   5点

1935年 出版
2001年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 作家のハリエット・ヴェインは母校であるオクスフォード大学の学寮祭に出席した。その夜に彼女は学内で奇妙な絵柄の紙切れを見つけるのだが、そのときはそれが事件の始まりであるとは気がつかなかった。
 その後ハリエットは母校の旧友から学内で奇妙な事件が立て続けに起きているのでその事件を捜査してもらいたいと依頼されることに。ハリエットは事件に乗り出すことになるのだが・・・・・・

<感想>
 セイヤーズ女史のピーター・ウィムジイ卿のシリーズは巻を追うごとに分厚くなってゆくのだがこれはその最たるものといえよう。しかしながら、その分厚さに反してミステリーとしての内容は薄く、ある意味長大なラブロマンスが描かれていると言っても過言ではあるまい。

 本書のミステリーとしてのテーマは女子大校内において誰が悪質ないたずらを行い続けているのか、その犯人を当てるというもの。しかし、長いページの作品の中で最後の最後まで犯人の特定どころか検討をつけることもできないことからもミステリーの出来としてはどうかと思う。それほど引き伸ばして書かれるようなネタでもないと感じるのだが。

 そして本書のメインテーマというべきものは、ハリエットとピーター卿の二人の関係についての行方であろう。本書ではハリエットが主人公となって事件が語られているので、ハリエットの心情が全編にわたって描かれている。よって二人の恋愛模様が描かれている作品というしかもはや言いようがない。

 結局のところ、この作品はハリエットとピーター卿をくっつけるための作品であると言い切ってよいであろう。まぁ、シリーズの話の流れの中での重要な位置をしめる一作ということで。


忙しい密月旅行   6点

1937年 出版
1958年07月 早川書房 ハヤカワミステリ
2005年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 5年越しの恋が実り、ピーター・ウィムジー卿は、ついにハリエット・ヴェインと結婚することとなった。二人は、かつてハリエット住んでいた村の屋敷を買い取り、そこでハネムーンを過ごすこととしていた。執事のバンターと共に屋敷へ行くと、ウィムジーに屋敷を売った、前の主人ウィリアム・ノークスの姿は見られず、屋敷は手つかずで荒れたまま。地元の人を雇い、屋敷を掃除しているさなか、地下室から行方不明となっていたウィリアム・ノークスの死体が発見されることに! ハネムーンにも関わらず、事件に関わることとなったウィムジー卿とハリエットであったが・・・・・・

<感想>
 ピーター・ウィムジー卿のシリーズの最終巻であり、セイヤーズが書いた最後の長編でもある作品。ようやくウィムジー卿とハリエットが結婚することとなるのだが、せっかくのハネムーンなのに死体に遭遇することとなり、新婚早々事件捜査に関わることとなる。

 セイヤーズの後半の作品はどれも長大な作品となり、冗長で読むのも一苦労。本書もそれに負けず劣らずといったところであり、事件に遭遇するまでが長い。長さを問題外とするのであれば、意外と普通に本格ミステリ風の展開となっているなと思われる内容。ゆったりとかまえて読んでゆけば、それなりに楽しめるミステリ作品と言えよう。

 また本書での注目点は、ウィムジー卿の探偵としての矜持が描かれているところ。探偵活動をするうえで、それをハリエットと話し合いながら行ってゆくところは読み応えがある。ただ単に事件を解決するだけではなく、その後の加害者に対する思いやりと、ウィムジー卿の苦悩までもが描かれている。

 事件解決後、“祝婚歌”という章題で長めのエピローグが描かれている。そこにはウィムジー卿とバンターとの出会いと馴れ初めが描かれており、シリーズを通して読んできたものは読み逃せないものとなっている。最後の最後のエピローグによってウィムジー卿に関する色々なことが明らかにされたという感じであった。

 この作品に関しては、実は読む前はハネムーンの様子が描かれているばかりで大した内容ではないのだろうと高をくくっていた。しかし、読んでみたらミステリとしてもシリーズ作品としても、様々な読みどころがあり、これはもっと早く読んでおいてもよかったなと反省している。シリーズを通して読んできたものとしては、ただただ、ウィムジー夫妻とバンターの3人に幸あれと願うばかり。


ピーター卿の事件簿

1979年03月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ピーター・ウィムジー卿が登場する短編全二十一編の中から、秀作七編を選んで収録したもの。
 「鏡の映像」
 「ピーター・ウィムジー卿の奇怪な失踪」
 「盗まれた胃袋」
 「完全アリバイ」
 「銅の指を持つ男の悲惨な話」
 「幽霊に憑かれた巡査」
 「不和の種、小さな村のメロドラマ」

<感想>
 ピーター卿が登場する短編であるが、事件簿というよりは珍事件とでもいうべき変わった様相の事件ばかりが集められているような気がする。

「鏡の映像」
 では自分の記憶が定かではない男の心臓の位置が逆になるという事件なのだが・・・・・・このネタはどうだろう。こういうトリックは他にも用いられたことはあると思うのだが、今現在では使えないトリックだろうな。

「ピーター・ウィムジー卿の奇怪な失踪」
 これは田舎に移り住んできた病気の妻とそれを献身的に看病する夫の話であるはずが・・・・・・というものであり、ピーター卿の活躍にて物語りはある結末を迎える。これはもう、トリックとかいうよりは科学的ホラー綺譚とでもいったところか。最終的にはラブロマンス路線に落ち着いている。

「盗まれた胃袋」
 これは謎というよりは、奇妙な、いや変な話といったところか。読んでいるほうが何でと訪ねたくなる死者の行動がおもしろいといえばおもしろいのかも。

「完全アリバイ」
 これはアリバイトリックである。一言でも語ってしまうと犯人がわかってしまいそうなのでいえない。

「銅の指を持つ男の悲惨な話」
 これは怪奇色の強い話といっていいだろう。男たちは魅入られたゆえにといったところか。

「幽霊に憑かれた巡査」
 これも綺譚である。巡査がかわいそうの一言。

「不和の種、小さな村のメロドラマ」
 これが一番ミステリー仕立てになっている作品である。頭のない馬に乗る、頭のない御者。その死の馬車を見たとき村に何かが起こる。兄弟を巡る遺産相続の話であるが、その兄弟たちの争う様子がなかなかいい味をだしている。

 全編を通してみると、副題ともなっている“シャーロック・ホームズのライヴァルたち”というものにふさわしい内容となっている。ただし、本書での作品はシャーロック・ホームズの作品における怪奇的な作品よりのものが集められているという印象である。論理的な解決手法はとっていないものの、それでもなかなか楽しませてくれる短編集であった。

 余談ではあるが、なぜか表紙の挿絵は本編に載っていない短編の1シーンであったりする。


ピーター卿の事件簿U 顔のない男

2001年04月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「顔のない男」
 「因業じじいの遺言」
 「ジョーカーの使い道」
 「趣味の問題」
 「白のクイーン」
 「証拠に歯向かって」
 「歩く塔」

 「ジュリア・ウォレス殺し」
 「探偵小説論」

<感想>
 すでに出版されている「ピーター卿の事件簿」のほうが精選された作品集なので、“その他”という印象が残ってしまう作品集。一応、もう一冊の短編集を出して全集という予定だそうだが、未だ第三集は出ていない。といっても、2冊目の短編集が出るまで20年以上かかっているので、10年以上第三集が出ていないからと言って不思議ではないのかもしれない。

「顔のない男」は、文字通り海岸で顔を切り刻まれた男の死体が発見されるという事件。ピーター卿によるシャーロック・ホームズばりの活躍が見られるのかと思いきや、ストレートに終わらないのが、この短編の特徴。なんとなく探偵に対する皮肉が込められているかのような内容にもとらえることができる。

「因業じじいの遺言」は、大がかりなクロスワードパズルを解いて、財産のありかを見つけ出すというもの。このような性格の親類を持ちたいとは思わないが、こうした大がかりな謎を作ってくれる親類がいたら人生が楽しそうである。

「ジョーカーの使い道」は、詐欺師っぽい作品。しかも当のピーター卿がカードによるいかさまを働くというもの。探偵小説としては異色作。

「趣味の問題」では、二人のピーター卿を名乗る者が現れて、どちらが本物かを当てるという内容。ワインの利き酒によるというところが、ピーター卿にふさわしい。

「白のクイーン」は、ある種のアリバイトリックもの。図面入りで事件の様相があらわされている。真相は単純ではあるけれども、うまく出来ている作品と言えよう。タイトルも大いに意味を持っている。

「証拠に歯向かって」は、焼けた死体の謎をピーター卿が歯医者と共に立ち向かう。普通のストレートなミステリ。推理というよりは、科学的捜査による解決がなされている。

「歩く塔」は、心理的なミステリのようであるが、偶然性のほうが強いと感じられた。塔の夢に関するくだりがいまいち消化しきれなかった。

「ジュリア・ウォレス殺し」は、過去に起きた実際の事件の記録をまとめたもの。

「探偵小説論」は、探偵・怪奇小説の傑作集の序文として書かれたものを掲載。当時の探偵小説について簡潔にまとめられている。


モンタギュー・エッグ氏の事件簿   5.5点

2020年11月 論創社 論創海外ミステリ258

<内容>
 「アリババの呪文」

 「毒入りダウ'08年物ワイン」
 「香水を追跡する」
 「マヘル・シャラル・ハシュバズ」
 「ゴールを狙い撃ち」
 「ただ同然で」
 「偽りの振り玉」

 「噴水の戯れ」
 「牛乳瓶」
 「板ばさみ」
 「屋根を越えた矢」
 「ネブカドネザル」
 「バッド氏の霊感」

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<感想>
 ピーター・ウィムジイ卿シリーズでお馴染みのドロシー・L・セイヤーズの作品集。タイトルにある“モンタギュー・エッグ氏”が活躍する作品集かと思いきや、エッグ氏が活躍する様子が描かれているものは「毒入り〜」から「偽りの振り玉」までの6編のみ。あとは、ピーター・ウィムジイ卿ものが1編と、ノン・シリーズ作品6編という構成になっている。

 そのタイトルとなっている“モンタギュー・エッグ氏”のシリーズであるが、こちらは個人的には微妙と思えた。このエッグ氏は酒造のセールスマンという職業であり、各地で事件に巻き込まれ、その都度事件を解決してゆくこととなる。その職業が特殊なためか、設定を生かす事件というものを作ること自体が難しそう。最初の「毒入り〜」こそ、酒に関する事件であったものの、その他はあまり関係がなかったような。読んでいて、ピンと来ないまま終わってしまった作品が多かった。また、何故か時計に関するアリバイ作品が多かった気がする。

 その他の、ノン・シリーズ作品のほうが個人的には楽しめたかなと。ミステリとしてというよりは、奇譚めいた物語として楽しめるものが多かった。ふとしたことで人を殺害してしまった男の顛末、失踪を疑われた夫婦の行方、かつてとある選択の過ちを犯し後悔をする男、等々。何気のこれらのノン・シリーズ作品のほうが味わい深かったかなと。


ピーター卿の遺体検分記   6.5点

1928年 出版
2022年01月 論創社 論創海外ミステリ278

<内容>
 「銅の指を持つ男の忌まわしき物語」
 「口吻をめぐる興奮の奇譚」
 「メリエイガー伯父の遺書を巡る魅惑の難題」
 「瓢箪から出た駒をめぐる途方もなき怪談」
 「面皮を剥ぐ婆にまつわる理屈無視の逸話」
 「不和の種をめぐる卑しき泣き笑い劇」
 「逃げる足音が絡んだ恨み話」
 「嗜好の問題をめぐる酒飲み相手の一件」
 「竜頭に関する学術探求譚」
 「盗まれた胃袋をめぐる釣り人の一口噺」
 「顔なき男をめぐる解けない謎」

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<感想>
 ピーター・ウィムジ卿が活躍する短編集の第1作品集。それの完訳かと思いきや、以前に出版された「モンタギュー・エッグ氏の事件簿」に「アリババの呪文」が掲載されており、その1編を除いたものとなっているそうである。よくある話であるが、たとえ重複しても、せっかくなのだから完全な作品集として出版すればよいのではないかと思えてならない。何故、すぐに欠けた形で出版してしまうのか?

 あと、以前に東京創元社からピーター・ウィムジ卿の短編集が2作出ていたのだが、これはセイヤーズの4つの短編集からそれぞれ別々に精選したもののようである。ゆえに、東京創元社の2作のなかの作品と、この作品集の短編のなかで、だぶっているものが複数ある。

 そんな作品集であるが、全てがピーター卿が登場している作品集となっているので、ファンにとっては読みごたえのある作品となっている。どちらかというと、ミステリというよりは、冒険的な色合いが濃いような気がするが、それはそれで楽しめた。なかでも、遺産相続に関するものが4編ほどあり、それも一つの特徴と言えよう。

 遺産相続に関する内容の作品は、それぞれ楽しむことができる。宝探し気分で楽しむことができるようなものもあり、なかなか面白い。自分の消化器官を遺品として残すという趣向の短編など、なかなか他では見られるものではないであろう。

「逃げる足音が絡んだ恨み話」は、ミステリとして面白かった。謎の凶器に関するちょっとしたトリック作品と言えよう。「瓢箪から出た駒をめぐる途方もなき怪談」は、突如道に落ちてきたバッグの中から死体が発見されるというショッキングな内容であり、これもまたサスペンス風で面白かった。

 全体的に色々な趣向に彩られた作品集となっていて、面白かった。ピーター卿の長編よりも、取っつきやすいと思われるので、この作品からセイヤーズの作品を読み始めるというのも悪くはないと思われる。というか、最初から何故、この作品集の完訳が出ていなかったのかと不思議に思われる。


「銅の指を持つ男の忌まわしき物語」
 彫刻家の友人のもとで過ごした男は、とある危機に陥ることとなり・・・・・・
「口吻をめぐる興奮の奇譚」
 ウィムジイは船に乗るときに揉めている人たちを見て、ふと思うところがあり、バンターに隠し撮りをさせ・・・・・・
「メリエイガー伯父の遺書を巡る魅惑の難題」
 ウィムジイがクロスワードパズルに隠された遺書の謎を解く!
「瓢箪から出た駒をめぐる途方もなき怪談」
 車から落ちたバッグの中には女の死体が・・・・・・落とし主はいったい?
「面皮を剥ぐ婆にまつわる理屈無視の逸話」
 ウィムジイは夫人から請われて、ダイヤモンドと不倫の証拠となる写真を取り戻すこととなり・・・・・・
「不和の種をめぐる卑しき泣き笑い劇」
 兄弟を巡る遺産相続の問題と、首無馬車の謎にウィムジイが挑む!!
「逃げる足音が絡んだ恨み話」
 ウィムジイが友人と過ごしていた上の階で殺人事件が起き、当事者は犯人が消え失せてしまったと・・・・・・
「嗜好の問題をめぐる酒飲み相手の一件」
 伯爵の元にピーター・ウィムジイと名乗る二人の男が現れ・・・・・・ 「竜頭に関する学術探求譚」
 ピーターの甥が見つけた本が、遺産のありかを示すヒントとなっていたようで・・・・・・
「盗まれた胃袋をめぐる釣り人の一口噺」
 遺言には、故人本人の消化器官を切除したものを送ると・・・・・・
「顔なき男をめぐる解けない謎」
 ウィムジイが首を絞められて殺された後、顔を損壊された死体について推理を繰り広げ・・・・・・




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