ア行−イ  作家作品別 内容・感想

ヨット・クラブ   Time Out (David Ely)

1968年 出版
2003年10月 晶文社 晶文社ミステリ

<内容>
 「理想の学校」
 「貝殻を集める女」
 「ヨットクラブ」
 「慈悲の天使」
 「面接」
 「カウントダウン」
 「タイムアウト」
 「隣人たち」
 「G.O'D.の栄光」
 「大佐の災難」
 「夜の客」
 「ペルーのドリー・マディソン」
 「夜の音色」
 「日曜の礼拝がすんでから」
 「オルガン弾き」

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<感想>
 この晶文社ミステリからはさまざまな短編の名手の作品が出版されている。怪奇性の際立った、ジェラルド・カーシュ。ミステリーの分野からはヘレン・マクロイ。SFからはシオドア・スタージョン。こうした短編の名手達の作品と比べると本書の著者であるデイビィッド・イーリイの作品というのはさほど特徴がないようにも感じられる。とはいうものの、その作品群が確実に何かを残しているということは間違いないのである。

 イーリイのこの本は特徴がないようでありながら、それなりの雰囲気が楽しむことができ、大人の香りが漂うような短編集としてできあがっている。そこに登場する人たちは極めて現実的なひとたちであり、その現実的な人たちがさまざまな“ちょっとした”奇妙な出来事に遭遇する。そしてそれぞれの短編の終わりかたは優しいものであったり、残酷なものであったり、恐ろしいものであったりと様々な様相を見せてくれる。ある種、よくできたショート・ショートという言い方もできるかもしれない。気軽に読むことのできる短編集(値段は若干気軽ではないのだが)として、多くの人に手にとってもらいたい本である。読み出したらイーリイの世界に引き込まれることに間違いない。


大尉のいのしし狩り   The Captain's Boar Hunt and Other Stories (David Ely)   6.5点

2005年06月 晶文社 晶文社ミステリ

<内容>
 「大尉のいのしし狩り」
 「スターリングの仲間たち」
 「裁きの庭」
 「グルメ・ハント」
 「草を憎んだ男」
 「別荘の灯」
 「いつもお家に」
 「ぐずぐずしてはいられない」
 「忌避すべき場所」
 「最後の生き残り」
 「歩を数える」
 「走る男」
 「登る男」
 「緑色の男」
 「昔に帰れ」

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<感想>
 見事な出来の短編集である。イーリイは明らかに長編よりも短編向きの作家と言えるのではないだろうか(と言っても長編2作しか読んでないけど)。本書で書かれている短編はどれもジャンルは違うとはいえ、最後にはそれなりのオチを付け、全てきちんとした形となされている。こうした作品を書く力量を持ち得る作家というのは他の作家からうらやまれるような存在なのではないだろうか。

 最初は表題の「大尉のいのしし狩り」。戦時の軍隊の様子をあってもおかしくなさそうなグロテスクともいえる事件を用いて描かれている。

 美術仲間の間での悲喜劇を描いた「スターリングの仲間たち」、“呪いの絵画”を描いた「裁きの庭」。

 そしてなかでもお気に入りなのは「グルメ・ハント」。これは長編として読んでみたかった作品。もっと内容をくだらなくして、さらにユーモアに描いてくれればさらに味が出てくるのではないだろうか。

「草を憎んだ男」「別荘の灯」「いつもお家に」の3作は“家”と“夫婦”にスポットを当てた類似点が多く見られる作品。とはいえ、内容は全然違ったものなので是非とも読み比べてもらいたい。

 後は“帰還兵”を描いた「最後の生き残り」やアイデンティティの喪失を描いた「歩を数える」、建造物に登る男の生涯を描いた「登る男」などが印象的であった。

 さらには最後の「昔に帰れ」はなかなかの傑作。郊外で昔に帰って生活をしようとする若者達を観光客が台無しにする話。この大いなる皮肉によって短編集の全てが締めくくられている。


観光旅行   The Tour (David Ely)

1967年 出版
1969年10月 早川書房 ハヤカワ・ノヴェルズ
2004年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 バナナ国と揶揄される小国家。その国では変った観光旅行が目玉になっているという。噂では平穏な日常に飽き飽きした金持ちを満足させるためのツアーであるということなのだが、その内容を詳しく知るものはいなく、極秘扱いになっている。アメリカ大使のマクブッシュはその観光旅行で何が行われているかを調査しようとするのだが・・・・・・

<感想>
 熱帯のけだるい雰囲気の中で繰り広げられる人間模様や利益争いなどなど、単純と思われた小説の中にさまざまな要素が詰め込まれている内容となっている。読み始めた当初は、秘密の観光旅行ツアーがあって、その様子がとりとめもなく書かれていて、最終的にはあいまいなままで終わってしまう内容かと思っていた。しかし、そんなことはなく、ちょっとした謀略からバイオレンス、そして最後にはSF的な展開までへと発展する奇抜なものとなっていた。

 最後まで読んで感じたのは本書は単なる冒険サスペンス小説ではなく、その骨子には当時の社会的風刺が描かれているのではないかと考えられる。その詳細までもを読み取ることはできなかったが、案外当時からしてみれば“社会派的冒険小説”といってもいい内容であったのかもしれない。

 とはいえ、結局はあいまいに終わってしまった部分もあり、全面的に面白い小説であるとはいえない内容であった。私個人にとっては、イーリイという小説家がいて、こんな奇妙な小説を書いていたんだよ、というくらいの位置付け。


憲兵トロットの汚名   Trot (David Ely)

1963年 出版
1968年11月 早川書房 ハヤカワ・ミステリ
2004年11月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 トロット軍曹は横領の罪に問われた同僚のマレイを採り逃してしまい、その事によりトロット自身に嫌疑がかけられてしまうことに。必要以上に隊内での監視が続く生活にトロットは逆上し、誤って同僚の兵士を殺害してしまう。自分のやったことに恐れをなしたトロットは部隊から脱走してしまう。トロットはなんとかフランス領に逃げ込むのだが、そこで彼が出会ったのは・・・・・・

<感想>
 この前に読んだイーリイの作品「観光旅行」に比べれば読みやすかったと思う。ただ、この作品も前半は読みやすかったのだが、後半は内容が少々わかりづらく感じられた。

 前半はトロットが汚名を着せられ、部隊から脱出するという内容なのでこの部分はわかりやすい。しかし、中盤から後半にかけてはトロットが半軟禁生活を強いられることになる、というところの内容がどうも読み取りにくかった。そこがなぜ読み取りにくいかといえば、本書は三人称で語られて入るが、基本的にはトロットの視点で物語が進められている。ゆえに、トロットが見て、理解している範囲の中だけで話が進められるので、物語の全容というものが見えないままなのである。

 もう少し、この辺わかりやすく書いてもらえればなぁと思えたのだが、昔のスパイ小説とかはだいたいがこんな書き方であるようだし、この作品が書かれた年代を考えればいたしかたないことかとも思われる。

 一応は、独りの将校が落ちるところまで落ち、自力で這い上がる姿が描かれている作品であるのだが、もう少し劇的に書いてくれればなぁと思わずにはいられない内容であった。結局のところ、古典という位置付けに過ぎないのかもしれない。




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