ア行−ウ  作家作品別 内容・感想

迷宮課事件簿〔T〕   The Department of Dead Ends (Roy Vickers)   5点

1949年 出版
1977年05月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 「ゴムのラッパ」
 「笑った夫人」
 「ボートの青髭」
 「失われた二個のダイヤ」
 「オックスフォード街のカウボーイ」
 「赤いカーネーション」
 「黄色いジャンパー」
 「社交界の野心家」
 「恐妻家の殺人」
 「盲人の妄執」

<感想>
 長らくの積読となっていた1冊。この作品、何気にしっかり復刊されていて、本屋で見かけることもしばしば。それなりにファンを抱えているシリーズなのか?

“迷宮課”と思わせぶりなタイトルであるものの、そんなにミステリ的なものや、警察小説という感じはしなかった。言ってみれば犯罪小説という感じのもの。何しろ警察のスタンスも偶然による出来事により、過去の事件との関連性が見つかり、犯人逮捕につがなるという前提で描かれている。ただ、その“偶然”さえも後半になると、偶然ではなく、普通の警察捜査で犯人逮捕に至っているというような感じになっていっている。

 そんなわけで見どころとしては、それぞれの短編に登場する人々が何を持って殺人に手を染めることになったのかという人生の道筋について。その多くは男女関係のもつれを描いたものがほとんど。そういった犯罪に至るディテールを描いた小説としては、つい最近読んだばかりのクロフツの短編集「殺人者はへまをする」を思い起こす。

 全体的に劇的な物語というわけでもなく、ミステリ的に栄えているというようなものでもないので、地味な犯罪事件簿として捉えてもらえたらと。


百万に一つの偶然  迷宮課事件簿〔U〕   Murder Will Out (Roy Vickers)   6点

1950年 出版
2003年07月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 「なかったはずのタイプライター」
 「絹糸編みのスカーフ」
 「百万に一つの偶然」
 「ワニ革の化粧ケース」
 「けちんぼの殺人」
 「相場に賭ける男」
 「つぎはぎ細工の殺人」
 「九ポンドの殺人」
 「手のうちにある殺人」

<感想>
 迷宮課事件簿シリーズの2作目。迷宮入りした事件を迷宮課が洗いなおすというもの。中身に関してはシリーズの1作目を読んだ感じとほぼ変わらない。

 何気に警察捜査のほうは実は淡泊で、犯人がどのような過程を経て犯罪に至ったか。そしてその方法は! という部分に重きを置いている小説といったところ。そんなわけで、倒叙小説として楽しめる作品。犯行を行う人々の様々な人間模様を観察することができる。

 ミステリとして面白かったのは「なかったはずのタイプライター」。警察捜査では死体と共にタイプライターがあったはずと勝手に予想し捜査を進めるという内容。実際にはそんなものはなく、真犯人はむしろとまどうばかり。そして最後にその真実の行方は? という展開になるのだが、まさにその、なかったはずのタイプライターが決め手となる作品。

 単純明快に犯人が指摘されれば面白いのだが、意外とこのシリーズ、ラストがわかりにくいものも多い。「百万に一つの偶然」も一見、何? というような結末であるが、よくよく考えてみれば、犯罪を犯したゆえにバチがあたったというような終わり方に納得。

「ワニ革の化粧ケース」も印象的。その化粧ケースにこだわる女と、その女のために犯罪を犯した男との人間模様がなんとも言えない。男が最後に警察につかまるときに発した言葉と感情の移り変わりがなんとも・・・・・・


「なかったはずのタイプライター」 殺人現場の状況から現場からタイプライターが盗まれたのだと思われたのだが・・・・・・
「絹糸編みのスカーフ」 加害者に何故かまとわりつくスカーフ。やがてそれは異様な形で・・・・・・
「百万に一つの偶然」 憎むべき相手を殺害し、犬も共に殺し、一緒に埋めたのであったが・・・・・・
「ワニ革の化粧ケース」 事件が起こる前に修理に出されて戻ってきた“ワニ革の化粧ケース”。現場からは無くなっており・・・・・・
「けちんぼの殺人」 締まり屋の夫が散財家の妻を殺し・・・・・・
「相場に賭ける男」 家の財産の全てを相場に賭ける夫を妻は自殺に見せかけて殺害し・・・・・・
「つぎはぎ細工の殺人」 妻と離婚した男は、やがて愛人を疎ましく思い殺害し・・・・・・
「九ポンドの殺人」 妻は、彼女が働く会社で夫に強盗を行わせ、その夫を金庫に閉じ込めて殺害し・・・・・・
「手のうちにある殺人」 家の小型模型を有効活用して家を売っていた男が殺人を犯した末には・・・・・・


老女の深情け  迷宮課事件簿〔V〕   Eight Murders in the Suburbs (Roy Vickers)   6点

1954年 出版
1962年11月 早川書房 ハヤカワミステリ
2004年02月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 「なかったはずのタイプライター」
 「猫と老嬢」
 「ある男とその姑」
 「そんなつまらぬこと」
 「感傷的な周旋屋」
 「老女の深情け」
 「いつも嘲笑う男の事件」
 「夜の完全殺人」
 「ヘアシャツ」

<感想>
 ロイ・ヴィカーズの迷宮課シリーズの第3弾。家にあった積読本を読了。

“迷宮課事件簿”という副題から、警察モノを連想するかと思われるが、実際には警察捜査はほんのちょっと。基本的には、犯罪に至ることとなった人々の人生模様が事細かく描かれるという内容。何故、犯罪を犯すに至ったのか、その感情がしっかりと表現された小説と言えよう。

 しかも犯罪理由が、今作は特にバラエティに富んでおり、金の関係とか、痴情のもつれのみならず、その他色々な理由が描かれている。人間関係のもつれを描いた作品や、個人個人の細かい性癖ゆえに、犯罪に至ることとなったという作品もある。どの作品も、そうした動機についてしっかりと描いているがゆえに、小説としては読みどころがある。

 また、犯行の様相が明らかとなる最後の見せ場こそが、本書の注目のポイント。これらが警察捜査によるものというよりは、偶然起きた出来事によって、というものが多いところは気になるのだが、思いもよらぬところから犯行が明らかとなるところが面白い。ただ、そうした通常の作品の流れとは異なる「猫と老嬢」というような作品なども魅力的である。


「猫と老嬢」 猫と暮らし始めた老嬢であったが、その猫を疎ましく思う近隣住民がおり・・・・・・
「ある男とその姑」 結婚した男はその妻の姑を疎ましく思い・・・・・・
「そんなつまらぬこと」 細かいことを気にする男が、建物で起きた火事を自分のせいだと思い悩み・・・・・・
「感傷的な周旋屋」 斡旋業者の男は困っていた老婦人の自分の家に一旦住ませていたのだが、老婦人が資産家であることを知り・・・・・・
「老女の深情け」 妻を亡くした男が、遠い昔婚約者であった女から資産援助を受けることとなったのだが・・・・・・
「いつも嘲笑う男の事件」 かつて友人を怪我をさせたと思い悩む男は、大人になってからも・・・・・・
「夜の完全殺人」 遊びのつもりが結婚を迫られ男は、その女を殺害して完全犯罪を図るつもりだったが・・・・・・
「ヘアシャツ」 厳格な夫と暮らす女は“ヘアシャツ”と揶揄され・・・・・・


同窓会にて死す   A Bullet for Rhino (Clifford Witting)

1950年 出版
2006年01月 論創社 論創海外ミステリ37

<内容>
 メレワース学院にて、毎年恒例の同窓会が開催された。さまざまな職業のものが集まる中、今回の目玉は数々の戦いで功績を治めたガースタング大佐が出席することである。しかし、当の大佐はとてつもなく鼻持ちならない人物で、いたるところで騒動を巻き起こすこととなる。そんな大佐の性格が災いしてか、同窓会にて銃による殺人事件が勃発する事に! 同じく同窓会に呼ばれ出席していたロンドン警視庁のチャールトン警部が見出した真相とは・・・・・・

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<感想>
 意外ときちんとした論理的な推理が展開されているミステリとなっていたので驚かされた。ラストにおける展開もなかなか考えつくされたもので、綺麗に出来上がった本格ミステリ小説といえるであろう。

 ただ、残念なのは事件が起こるまでの展開が長すぎ、そしてその分、事件が起こってから解決するまでの展開があっさりしすぎているということ。このへんはもうすこし分量の調節ができていれば、さらにより良い内容になったのではないかと思える。

 ただ、これだけの内容の作品を書いていて、もし、これ以上の代表作というものがあるのなら、この著者の作品をもっと読んでみたいと感じられた。古き英国の同窓会の雰囲気がうまく描かれている小説となっており、それなりに見るべきところのあるミステリ作品といえるであろう。


知られたくなかった男   Catt Out of the Bag (Clifford Witting)   6点

1939年 出版
2020年12月 論創社 論創海外ミステリ261

<内容>
 ジョン・ラザフォードは年末、妻と共にイギリス南部にある町ポールズフィードで暮らすデフレイン夫妻宅で過ごすこととなる。その家のデフレイン夫人は慈善活動好きで知られ、ジョンはいつの間にか合唱隊に加わり、募金を募る活動を手伝わされることとなる。街中を歩いて募金活動をしていたところ、参加者のひとりであるトーマス・ヴァヴァソーが見当たらなくなる。募金をくすねて逃げたにしても、それほど多い額ではなく、そんなことはやらないだろうと考えられた。しかし、ヴァヴァソーは翌日になっても姿を現さず、ジョンは同じくデフレイン家に招かれた客クラウドに誘われ、ヴァヴァソーの行方を探し始める。やがて事件は彼らの手に負えなくなりつつあり、ジョンは友人であるチャールトン警部の手を借りることとなり・・・・・・

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<感想>
 町で起きた失踪事件を描いた作品。内容はほぼ、失踪した人物はどのような人だったのかというところに終始するものであった。その隠された生活を掘り下げるというもの。

 ただ、それはそれで面白くもあったのだが、ミステリとしてはいまいち。あまりにも被害者についてのみの調査ばかりで、肝心の犯人についての言及がほとんどなされていないのはどうかと思えた。。最後の最後になってようやく、突然のように意外な犯人が登場するという展開は微妙であった。ある種、意外性のあるミステリにはなっているものの、ちょっと唐突過ぎたかなと。

 他にも探偵役の扱いがおざなりであったりと、全体的にちょいちょい微妙と思われる点が多かったような。ベースとなる失踪事件とその犯人像については面白かったと思えただけに、なんか惜しいミステリ作品という感じであった。


ルーン・レイクの惨劇   The Murders at Loon Lake (Kenneth Duane Whipple)

1933年 出版
2015年12月 論創社 論創海外ミステリ162

<内容>
 ウォーレン・クランフォードは、20年前の大学時代、仲の良い友人3人と共に過ごし、“四人のキツネたち”などと呼び表して青春を謳歌していた。その後4人は別々の道を進むものの、毎年の夏にはルーン・レイクで顔を合わせていた。その4人があつまる直前、4人組のうちの一人が事故により死亡した。彼の死を悼み、ウォーレンは今年もルーン・レイクにやってきたのだが、そこでさらなる殺人事件に遭遇する。何故、“四人のキツネたち”のメンバーが狙われることとなったのか? ウォーレンは甥のケントと共に犯人を正体と目的を暴こうとするのであったが・・・・・・

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<感想>
 このケネス・デュアン・ウィップルという作家について名前を聞くのは初めてだと思いきや、以前扶桑社文庫から出た“昭和ミステリ秘法”にて横溝正史が訳した「鍾乳洞殺人事件」を書いた作家であるということをあとがきによって知らされる。どうやらこの作家、長編は3作品しか書いていないようなので、日本でもあまり知られていないらしい。

 そして本書であるが、ホラー系のサスペンスミステリといった内容。湖の避暑地に集まったものたちが、次々と何者かに殺害されていくというもの。ただし、閉鎖された場所というわけではないので、本格ミステリっぽさは欠けている。

 登場人物それぞれが精神的に情緒不安定であり、どの証言を信じて良いのかわかりにくく、厳密な犯人当てという感じではなかった。精神的に混乱したままの状況でどんどんと話が進んでいくという展開。それでも、真相が明かされる一歩手前くらいのところでは、解決が本格ミステリ風であり、これは見どころがあるのでは!? と感じられた。しかし、最終的な結末が明かされ幕が閉じると、平凡なミステリとして終わってしまったなという感じ。そういったところがなんとなくもったいなかった。最後の真犯人あたりをもう一捻りしてくれれば、もっと読みどころがある小説になったのになと感じられた。


月光殺人事件   The Clue of the Rising Moon (Valentine Williams)   6点

1935年 出版
2018年08月 論創社 論創海外ミステリ216

<内容>
 キャンプ場にて、いくつかの恋愛騒動が持ち上がり、諍いが起こる。それはやがて殺人事件へと発展する。殺害された男は、その妻を巡る恋のさや当てにより殺害されたのか? それとも被害者がちょっかいをかけていた女性に対し、怒りを覚えた者による犯行か? さらには、被害者を付け狙うギャングの存在までが・・・・・・。休暇でキャンプ地に来ていたスコットランドヤードの刑事、トレヴァー・ディーンが事件調査に乗り出す。

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<感想>
 何とも惜しいと感じられる作品。内容は普通のミステリという感じ。ただ、そうしたなかで探偵役のトレヴァー・ディーンという刑事が魅力的で、これはなかなか楽しめるのではないかと期待させるような登場を果たしている。まるでシャーロック・ホームズばりの推理を見せて、ワトソン役である作家を驚かせるところはなかなかのもの。

 ただ、中盤に入ると、その探偵役であるディーンの魅力を見せつけるところがほとんどなくなってしまったのが残念なところ。また、殺人事件がひとつだけ、ということもあり、中盤の捜査の場面がちょっと退屈な感じになってしまったかなと。

 被害者は、何かの存在に脅えているという様相のみならず、キャンプ地内ではさまざまな痴情のもつれによる諍いが起こっていた。そうしたなかで、何故に被害者は殺害されたのか? そして誰が? 事件当時アリバイがない者は? といったことが焦点となっているミステリ。

 探偵役のものが、もっと非凡な活躍を見せれば、さらに注目されそうな作品になったのではないかと思われて、ちょっともったいなかったかなと。


灰色の女   A Woman in Grey (A. M. Williamson)

1898年 出版
2008年02月 論創社 論創海外ミステリ73

<内容>
 アモリー家に伝わる由緒ある屋敷、ローン・アベイ館。昔その館で殺人事件が起こり、今は誰も住む者がなく荒れ果てるままとなっていた。その屋敷を前内務大臣であり、アモリーの血を継ぐウィルフレッド・アモリー卿が買い取ることに。アモリー卿の甥であるテレンス・ダークモアは屋敷の下見に来ていた。するとそこで、謎の美女“灰色の女”と劇的な出会いを遂げる。女は何故か必要にアモリー家と接触をはかろうとし、気に入られようとする。そして、テレンスのほうも“灰色の女”に恋をし、夢中になっていく。やがてローン・アベイ館に新たに住むこととなったアモリー卿やテレンスを巻き込むさまざまな事件が起こることとなる。その中心にいる“灰色の女”の目的とはいったい何なのか?

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<感想>
 これは思いもよらぬ収穫と言えよう。分厚い本なので、つい敬遠してしまっていたがもっと早く読んでおけばよかった。本書が描かれたのは1898年ということで「月長石」や「ルルージュ事件」などと比べれば、そこまで古くはないのだが、そういった系譜を継ぐ代表的な古典ミステリ作品と言ってよいであろう。

 また、この作品はさらなる曰くをもっている。それはかつて黒岩涙香が「幽霊塔」という題で翻案し、それをさらに江戸川乱歩が新たなる「幽霊塔」としてリライトしたことである。しかも、その原書となる作品が長い間はっきりしなく、1980年代半ばになりようやくこの「灰色の女」という名が知られることとなったのである。ただし、それがわかった後でもなかなか入手することができず、2000年になりようやく原書をおめにかかることができたのだそうである。

 そうした曰くがある本なのだが、内容はミステリとしても冒険小説としても盛りだくさん。謎の屋敷に怪しげな時計塔、幽霊の伝説と過去の殺人事件、先祖により隠された秘宝、さらには現代に起こる怪事件の数々。登場人物も怪しげな者たちが多く、かなり雰囲気の出た作品となっている。さらには、恋愛小説として読むこともでき、これでもかと言わんばかりの天こ盛りの逸品。

 欠点と言えば、やや主人公がおバカなところくらいか。恋は盲目というか、あまりにも猪突猛進過ぎるように思われた。また、一番残念だったのは、謎を解き明かす“名探偵”が存在しないこと。最後の最後で探偵が全ての真相を解き明かすという大団円があれば、まさに完璧としか言いようがなかったのだが。

 この本が出た当時は、それほど話題にはならなかったような気がする。しかし、実際に読んでみると久々に大作を読んだと充実することができる稀有なものであった。過去に日本風にリライトされた「幽霊塔」という作品があるので、それを読んだ人にとっては冗長に思えたとか、新鮮味がなかったとかいったことがあったのかもしれない。個人的には、埋もれてしまうのはもったいないと思える作品。古典ミステリ好きな人は是非とも一家に一冊!


必須の疑念   Necessary Doubt (Colin Wilson)   6点

1966年 出版
2019年03月 論創社 論創海外ミステリ229

<内容>
 哲学者のカール・ツヴァイクは、老人と共にいた一人の男に目を止める。それはかつて彼の教え子であった男、グスタフ・ノイマンであった。ツヴァイクは、グスタフとの別れの際に、彼が“自分は犯罪者になる”と告げたことをふと思い出す。気になったツヴァイクは、友人である警視庁副総裁のグレイの手を借りて、グスタムの現在と過去を洗い出そうとする。すると、グスタフの周囲に不可解な死がいくつも見つかることとなり・・・・・・

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<感想>
 コリン・ウィルソンっていう名前、どこかで聞いたことがありそうな気がしたが、論創海外ミステリで紹介されるのは初。ここで紹介されているのは、これはまたちょっと変わった作品。哲学者の教授が元教え子に対し犯罪を犯しているのではという疑惑を抱き、それについて調査を進めていくという内容。

 本書の特徴は、主人公が探偵や警官ではなく、哲学者であるというところがポイント。故に、単に犯罪に対する証拠を集めて、容疑をかためていくというようなものではなく、あくまでも容疑者に対し、思想的に考察するというような作品なのである。

 ただ、そうした思想的な考察のみでは読み進めづらいと思ったかどうかはわからないが、話の途中からガードナー夫妻というちょっと変わったカップルを交え、物語に色を添えている。とはいえ、やや物語の流れに関係なく、特にガードナー夫人が変な形でしゃしゃり出てくることとなり、少々邪魔に感じられなくもない。まぁ、このへんは読み手によって色々な捉え方があるだろう。

 思想的な見地から見た、“犯罪とは”というものを考察するかのような作品のよう。とはいっても、個人的には師匠が愛弟子を単にかばい続けているというような感情的な内容とも捉えることができる。まぁ、あくまでも推理小説を正面から捉えたという作品ではなく、独自の見地から見た犯罪小説という赴きなのであろう。


拾った女   Pick-Up (Charles Willeford)   5.5点

1954年 出版
2016年07月 扶桑社 扶桑社文庫

<内容>
 サンフランシスコの夜。ハリー・ジョーダンが働くカフェにひとりの女が訪れる。文無しでハンドバックを失くしたという女ヘレンをハリーは放っておくことができなくなり、彼女の世話を焼くことに。その後二人は付き合いはじめ、ヘレンが持っていたなけなしの金を頼りに、ハリーは仕事を辞め、一緒に暮らし始めるのであったが・・・・・・

<感想>
 各種ランキングで2016年の注目作品としてとりあげられていた作品。ノーマークの作品であったので、慌てて購入して読んでみた。ただ、これはあまりにもマニアック過ぎるような・・・・・・

 内容は波乱万丈なミステリというようなものでは決してなく、男女の生活のありさまが欝々と続いてゆくもの。印象としては、ジョルジュ・シムノンの普通小説を読んでいるような感じ。特に事件というようなことが起きるわけでもなく、楽をして暮らしてゆきたいという女(決して贅沢をしたいとか、悪女といった感じではない)と、そんな女を抱えたことに悩む男との物語。

 本書の大きな特徴としては、最後の最後で明かされるとある事実。これについては、似たようなものを別のミステリ作家の作品で読んでいたので、驚きはさほどではなかった。ただこの作品は、二度目に読み返すと、一度目に読んだ時とは異なる視点で見ることができるものとなっている。

 ただ、サスペンス的な展開を期待できる作品ではないので、万人向けというものではないだろう。なんとなく大人の小説というような味わいの作品。


推定相続人   Heir Presumptive (Henry Wade)   6点

1935年 出版
1999年03月 国書刊行会 世界探偵小説全集13

<内容>
 気ままな生活を送る遊び人ユースタスは、借金をかさねて零落の機器にあった。折りもおり、親戚の水死事故の報を耳にした彼は、莫大な富を有する一族の長老、パラディス卿の財産相続権を狙って、立ちふさがる上位相続人の殺害を決意する。思いがけず標的の従兄から鹿狩りに招待され、計画は順調に進むかにみえたのだが・・・・・・

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<感想>
 なかなかおもしろい本である。ミステリーというよりは、遺産相続をめぐるどたばた劇というないようの物語といったほうが良いのかもしれない。とはいいつつも、ラストにはそれなりの展開をちゃんと用意してもいる。

 感心するのは非常に分かりやすいということだろう。遺産相続というややこしくもなりかねない話をかなりわかり易く描き、展開自体にも無理なく読者にもわかりやすく進められていく。

 ラストも十分納得のいくものとなってはいるのだが、もう一章ぐらいサービスで付け足してくれてもよかったのではないかと思う。


警察官よ汝を守れ   Constable Guard Thyself! (Henry Wade)   6点

1939年 出版
2001年05月 国書刊行会 世界探偵小説全集34

<内容>
 ブロードシャー州警察本部長スコール大尉は復讐を誓う元服役囚に脅かされていた。20年前、森番殺しの罪で裁判にかけられた男は、大尉の証言によって重罪にされたのを恨み、殺人予告まがいの手紙を送りつけてきたのだ。そしてついに、警察本部内に二発の銃声が響きわたった。白昼、執務室で本部長が射殺されるという大事件、しかも厳戒態勢にあった現場から犯人の姿は煙のように消え失せていた。元服役囚の追跡に全力をそそいだ地元警察の捜査が完全に行き詰まったあと、スコットランド・ヤードから派遣されたプール警部は、第二の、恐るべき可能性を模索し始める。

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<感想>
 事件前の発端から事件発生、そしてその捜査へとスピーディーな展開で読者を惹きつける。そして主人公ともいうべきプール警部の新たな捜査が始まり、異なる視点から事件の捜査が掘り起こされる。前半の展開に比べて、後半にはプール警部が捜査に行き詰まりつつあるのと同様に話の展開も少々行き詰まりを感じてしまう。それでも全体的にうまくまとまっていて、かつ読者を惹きつける不可能犯罪にも面白みがある。

 事件そのもの本部長が誰も簡単には出入りすることができない執務室にて殺されているというものである。それに対して、プール警部はまず“どうやって”犯人はその犯罪をなしえたかを調べていく。しかしそこで行き詰まりが生じてしまい、プール警部は“なぜ”犯人はこのような犯罪を犯したのかという点に捜査を切り替える。そうすると想像力というよりも地道な捜査となってしまうので、このへんで人によって好き嫌いがでてしまうかもしれない。ただ、警察小説としてとればあたりまえのことであるし、その捜査展開にも十分な味がある。

 ただ、一つだけ大きな欠点としては犯人があまりにもわかりやすすぎはしないかと・・・・・・


塩沢地の霧   Mist on the Saltings (Henry Wade)   6点

1947年 出版
2003年02月 国書刊行会 世界探偵小説全集37

<内容>
 海辺の村ブライド・バイ・ザ・シーで貧しいながら静かな生活を送っていた画家パンセル夫妻は、ロンドンの喧騒を離れて執筆に専念するためにやってきた小説家ファインズと知り合いになる。人気作家のファインズは名うての女たらしとしてもならしていた。単調で平和な村の暮らしに次第に広がる様々な波紋。そしてある深い霧の夜、塩沢地へ姿を消した小説家は、数日後、泥の穴の中で死体となって発見された!

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<感想>
 思ったよりも、なかなか読みやすい小説に仕上がっている。メインとなる登場人物はさほど多くはないものの、それらを取り巻く人たちとなると数多くはなる。しかし、それらの個性がそれぞれわけられていて混同することなく読み進めることができた。また、内容もわかりやすく描かれていて、物語に惹きつけられたまま読み通すことができた。

 ただ、これは推理小説なのだろうか? というのが一番の疑問点である。ある意味“物語”で終わってしまっているともいえるのではないだろうか。本書は論理的に事件を解決するとかというものではなく、変形した“倒叙”ものといういいかたがあっているのであろう。ただ、巻頭に地図が載せられていて、さまざまな登場人物がでてきているにもかかわらず、あまりそういったものが推理小説として生かされないで終わってしまうというのは残念なのではないだろうか。ひょっとすると、それこそが著者が大きく仕掛けたものなのかもしれないが。

 結局のところ、田舎町で繰り広げられる愛憎劇の顛末を描いた物語という風に読むのが一番良いのではないだろうか。


議会に死体   The Dying Alderman (Henry Wade)   6点

1930年 出版
2007年02月 原書房 ヴィンテージ・ミステリ

<内容>
 その日、議会では汚職をめぐって、はげしいやりとりが行われた。特に厳しく不正を追求したトラント氏であったが、議会が休廷となった後のわずかな時間の間にナイフによって殺害されたのであった! 議会から人がいなくなり、トラント氏のみが残されたわずかな時間の間に、彼を殺害する事ができたのは誰なのか?

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<感想>
 議会で起きた殺人事件を描いた作品。動機はともかく、特定の場所、そのとき近くにいた少数の人々、ということなどから犯人の数は限定される。そのなかから誰が真犯人なのかを紐解いていくという内容である。ただし、限定された条件とはいえ、舞台となる議会は密室というわけではなく、何箇所からか出入りができる。さらには、その何箇所かの出入り口も、ずっと誰かが見張っていたというわけでもなく、犯行の条件というものがかなりあいまいなものと感じられた。

 そう思って読んでいたのだが、犯人が明かされ、その真相が明らかにされると、これほど条件に見合うものはないとピッタリとその犯人の位置に納まるものとなっている。確かに怪しげな行動が示唆されてはいたが、あまり深くは考えてはいなかった・・・・・・。さらには、犯行をほのめかす重要な伏線も張られていて、物語は序盤から実はその人ずばりを指し示すように語られている。その証拠の指し示し方は見事といえよう。

 読み通してみれば、単純な事件を描いた作品とも言えなくもないのだが、最初から最後まで一冊の推理小説としてうまくまとめられた作品とも感じられる。これは本格推理小説という名に恥じない作品と言ってよいであろう。


ヨーク公階段の謎   The Duke of York's Steps (Henry Wade)   6.5点

1929年 出版
2022年09月 論創社 論創海外ミステリ287

<内容>
 ガース卿は体調が悪く、銀行業務から手を引くことを決めたものの、知人に頼まれ金融会社の顧問を務めることに。友人のヘッセルはとめたものの、頑固なガース卿は働き続けることを選択する。そんなおり、ガース卿とヘッセルがヨーク公階段を歩いていた時に、何者かがガース卿にぶつかり、その後ガース卿は病状が悪化し、死亡してしまう。事件を調べることとなったジョン・プール警部であったが、生前ガース卿と仲たがいしていた息子のライランドを重要容疑者とみなすこととなり・・・・・・

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<感想>
 著者のヘンリー・ウェイド、今まで国書刊行会や原書房からは刊行されていたが、論創海外ミステリで取り上げられるのは初めてなのかと、ふと驚く。結構渋目のミステリを書く作家だなと言った、漠然的なイメージ。今作についても、なかなか渋いところを付いてくる警察小説として仕立て上げられている。

 本書はひとりの銀行家が病状を悪化させたことにより死亡するという事件が起きる。ただ、彼がヨーク公階段を歩いていた時に、作為的に思われる出来事が起き、ひょっとしたらこれは仕組まれた殺人事件ではないかという考えが持ち上がる。そこで警察は被害者が死んだことで得をすると考えられる者を調べ、真犯人を見出すべく捜査を進めてゆくこととなる。

 この作品のポイントは、事件が殺人事件であるならば、被害者はどのようにして殺されたのか? そして被害者を殺害することによって得をする者は誰なのか? あからさまな容疑者として取り上げられる被害者の息子は果たして!? といったところ。

 作品の印象としては、やや地味ではあるものの、警察小説もしくはミステリとしてのポイントを押さえながら、丁寧に描かれた作品となっている。警察の捜査についても、地道で淡々としたしたものでありつつも、徐々に真相へと迫ってく気配を感じさせるところは良いと思われる。何気に派手なトリックも用いられているところも見所であるかもしれない。ただ、それがあまり効果的に描かれていないように思えたのはやや残念であるような。

 本書に登場するジョン・プール警部という人物がウェイド氏のシリーズキャラクターとして数冊に登場しているようである。それらは未訳のものが多いので、これは今後是非とも翻訳してもらいたいものである。


絶版殺人事件   Le Testament de Basil Crookers (Pierre Véry)   6点

1930年 出版
2019年02月 論創社 論創海外ミステリ227

<内容>
 停泊中のクルーザーのなかで起きた毒殺事件。犯人と見なされるのは、その場にいた容疑者の妻と船の船長ロデリック。しかし、警察官らは犯行の決め手になるものを見出せず犯人を特定することができない。そうしたなか、ビッグス警部は、怪しい行動をとっていたロデリック船長を容疑者と見なし、逮捕に乗り出そうとする。すると、謎解きが趣味という怪しげなフランス人・トランキルが事件捜査に割り込んでくることに。トランキルが唱える真相は? そして列車に投げ込まれた一通の手紙と一冊の本にまつわる謎は?

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<感想>
 著者のピエール・ヴェリーは、デビュー時は純文学を書いたりミステリを書いたりと二つのジャンルの間で迷っていたようだが、後にミステリを主軸とし、プロスペール・ルビックという探偵が活躍するシリーズものなどを多数書いたようである。日本では、そのシリーズ探偵の作品「サンタクロース殺人事件」が晶文社から出ていたらしい(私は未読)。本書はノン・シリーズ作品であり、ピエール・ヴェリーが書いたミステリ作品の第1作である。

 出だしや展開はなかなか魅力的。プロローグでは、謎の男が列車に1冊の本と1通の手紙を投げ込むという行為を行い、いきなり読者に奇怪な謎を投げかける。その後、プロローグとは打って変わって、奇妙な行動をとる船長が所有する船にて毒殺事件が起こる。その毒殺方法がいかなるものかと注目を浴びつつ、さらなる殺人事件が! さらに事態は混迷の方向へと向かい、警察と素人探偵が入り乱れて謎解きにかかる。と、そんな感じで変わった展開がなされつつ、徐々に真相へと迫ってゆく。さらにはプロローグの謎と殺人事件の真相が交錯しつつ、大団円へと。

 伏線が回収されつつも、ややグダグダになりつつという感じの結末になった模様。細部まで事細かに納得する真相とはいかなかったが、全体的に探偵小説というよりは冒険小説のような感じであるのでいたしかたない。まぁ、著者自体が厳密な探偵小説とは、というようなことまでを考えての作品というものではないのだろう。ちょっと変わった冒険小説風探偵譚として楽しめる作品。


サインはヒバリ  パリの少年探偵団   Signé:Alouette (Pierre Véry)   6点

1960年 出版
2023年10月 論創社 論創海外ミステリ303

<内容>
 パリの小学5年生のノエルは、学校生活を満喫していた。クラスの中心人物であるドミニックと、仲良くしたいものの、当のドミニックからはやや粗暴に扱われつつも、彼を含めその他のクラスメイトともうまく付き合っていた。そんなノエルは大新聞社の社長の息子であるのだが、養子であり、両親とは血がつながっていないという葛藤を抱えていた。そんなノエルとクラスメイトたちは、ある日、学校近くで盲目の大男と出会う。その出会いがきっかけとなり、彼らは事件に巻き込まれることとなり・・・・・・

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<感想>
 フランスのミステリ作家によるジュブナイル小説。小学生たちを中心に、それぞれの生活模様を描きつつ、次第に謎の盲目の人物との出会い、謎の暗号の発見、そして誘拐事件へと発展していくこととなり、大人たちの行動をよそに少年たちが事件解決に邁進していくという内容。

 なかなか面白かった。短いページ数であり、さらにはジュブナイル小説という形態でありながらも、それぞれの心情を描き出しつつ、登場人物らが誘拐事件に挑む様子がまざまざと描かれている。少年たちの心情のみならず、大人たちの心情もきっちりと描かれているところは単なるジュブナイル小説の域を超えていると感じられた。事件に関しても、勧善懲悪的な内容でありつつも、人情的を含め、うまく描かれている。短いページ数ながらも、描きたいことをきっちりと描き切った作品と言う感じであった。


訣別の弔鐘   Run for Cover (John Welcome)

1958年 出版
2004年12月 論創社 論創海外ミステリ8

<内容>
 元諜報部員でアマチュア騎手のリチャード・グレアム。彼は友人である出版社の社長ソーンダースから、出版社に送られてきた原稿に目を通して意見を聞かせてもらいたいと頼まれる。その原稿の著者の名はルパート・ロール。その名はグレアムの元上官であり、もう死んだはずの男であった。ロールはグレアムの親友であったにもかかわらず、彼の恋人を奪い、そしてグレアムを裏切り、殺そうとした男でもあった。昔の事件の真相を調べるべく、グレアムは死んだはずの男を捜そうとするのであったが・・・・・・

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<感想>
 どうしても年代を感じずにはいられないスパイ・アクション小説という印象。

 冒険小説であるという事はいいのだが、主人公が冒険に挑む動機と言うか、背景と言うか、そういったものがやけに薄っぺらく感じられてしまった。もっとも昔の小説であれば長大な作品というものは少なかったであろうし、だいたいこのくらいの厚さでこのくらいの内容のものが標準であったのではないかと思う。でも、行き当たりばったりの行動(なんとなくそう思える)を繰り返し、それがそのまま話の流れとなってしまう内容には、いささか退屈さを感じたというのが正直なところ。

 あんまり今更訳されなければならない作品だとは思えないのであるが・・・・・・


エアポート危機一髪   ヴィッキー・バーの事件簿   Peril Over the Airport (Helen Wells)   5.5点

1953年 出版
2016年08月 論創海外ミステリ178

<内容>
 スチュワーデスのヴィッキー・バーは、その好奇心の強さから、とうとうパイロットを目指すことに。休暇の間、地元の小さな飛行場を経営するビル・エイヴリーのもとで飛行機の操作の特訓するヴィッキー。すると、その小さな飛行場を巡るトラブルに巻き込まれることとなり・・・・・・

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<感想>
 スチュワーデス探偵ヴィッキー・バーが活躍するシリーズがあるそうで、本書はその八作目とのこと。スチュワーデス探偵ということなのであるが、この作品ではその主人公がパイロットを目指して特訓することとなり、スチュワーデス成分はほぼゼロ。新米飛行士探偵ヴィッキー・バーといったほうがふさわしい。

 内容は、飛行士を目指すヴィッキーが地元の小さな飛行場にて、ビルというパイロットから操作方法を学ぶこととなるのだが、その飛行場がさまざまなトラブルに見舞われることとなる。あまり経営に向いてなさそうなビルを助けて、ヴィッキーが奔走せざるを得なくなる。

 一応、ミステリ仕立てになっているものの、ジュブナイル・シリーズ作品ゆえか、その内容が非常にわかりやすい。つまり、悪そうな奴がその印象通り悪く、やりそうだなと思ったことを実際にやってしまうというもの。要するに捻りが一切なく、勧善懲悪ものといったような感じ。

 このシリーズ、48年ぶりの翻訳という事であるが、待ち望んでいた人っているのかな? これを含んだジュブナイル・シリーズに関しては、別に論創海外ミステリでやらなくてもよいのではないかと思われるのだが・・・・・・


ブレイディング・コレクション   The Brading Collection (Patricia Wentworth)

1950年 出版
2005年06月 論創社 論創海外ミステリ21

<内容>
 ルイス・ブレイディングが収集した数々の宝石に対して、人々はそれをブレイディング・コレクションと呼んでいた。そのルイス・ブレイディングがある日、私立探偵のミス・モード・シルヴァーを訪ねてきた。ブレイディングは理由はわからないが何となく不吉な予感がするということで、ミス・シルヴァーに相談に来たのである。しかし、ブレイディングの尊大な態度が気に入らなかったミス・シルヴァーは依頼を引き受けずに、ブレイディングを帰してしまう。
 そして、その後ブレイディングは自宅で何者かに殺されることに! 彼が殺される直前に遺言を書き換えたという事なのだが、それが原因で殺害されたのか!? 容疑はブレイディングの従兄弟に向けられることになるのだが・・・・・・

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<感想>
 イギリスでは有名であるらしい、老女探偵のはしりとなるミス・シルヴァーが活躍するシリーズの一冊。日本ではこの著者のパトリシア・ウェントワースの作品というものはほとんど訳されていないらしく、ようやく代表作のひとつがここに訳された・・・・・・ということなのだが、この一冊を読むかぎりでは今後、人気が高まるということはなさそうなのだが・・・・・・もう少し代表作と呼ぶにふさわしい作品はなかったものだろうか。

 ブレイディング・コレクションという宝石のコレクションがタイトルとなっているのだが、事件自体があまりこのコレクションにかかわっていなかったように思える。確かに“遺産”という意味ではクローズアップされるかもしれないが、それだけにしてしまうにはタイトルとして寂しすぎるのではないだろうか。

 また、事件自体もいたって平凡で、ブレイディング氏が殺害されたきり。それ以外については、サブの主人公のような女性が離婚した相手と出会って、心揺れ動く様が長々と書かれているばかり。しかも、事件が起きてからはこの女性の存在は影をひそめてしまい、そういう点でもバランスが悪いと感じられた。

 そして主人公たるミス・シルヴァーもやや厳しい女性というくらいの印象しかなく、この作品の中ではキャラクター性が乏しいと感じられた。

 と、そんなこんなで、色々な意味でもう一味足りなかったと思える作品。


生まれながらの犠牲者   Born Victim (Hillary Waugh)   6.5点

1962年 出版
2019年09月 東京創元社 創元推理文庫(新訳)

<内容>
 ストックフォード警察署署長、フレッド・C・フェローズのもとに13歳の少女が行方不明になったという連絡がもたらされる。フェローズはすぐに厳戒態勢をしき、少女の行方を捜し始める。しかし、なかなか手掛かりは見つからず、頼みの母親も何故か娘のことをあきらめたかのように非協力的であった。そうしたなか、フェローズは、周囲の現場検証を行い、目撃者を探し始める。また、それと同時に失踪した少女のバーバラとその母親エヴリンらの詳細な身辺調査を始め・・・・・・

<感想>
 2019年に新訳として復刊されていたので購入。このヒラリー・ウォーという人の作品、読んだことがあるかどうか微妙。ひょっとすると遠い昔に「失踪当時の服装は」というこの人の代表作を読んだことがあるかもしれないが、それも定かではない。

 本書は、片田舎で起きた少女の失踪事件を描いた作品。その失踪事件に対し、警察の捜査を中心的な視点として展開がなされてゆく。ゆえに、1960年代に書かれた警察小説というジャンルの作品。

 これを読むと、失踪事件捜査の難しさというものがわかる。確たる証拠や、決定的な目撃者がいなければ、これほどまでに途方にくれるような捜査になるのかと。実際のところ、本当の失踪事件というものなどは、こういった捜査状況になるのかもしれない。

 そんな途方もない事件となりつつあるものの、警察署長のフレッドは、執拗に捜査を進めていく。行方不明者の関係者の背景やこれまでの人生を必要以上に掘り下げ、それとは別に近隣の目撃情報なども事細かに捜査してゆく。そして、ひとつひとつの証拠や目撃情報をしらみつぶしに調べていった結果、フレッドはとある結論へと行きつくこととなる。

 本書で執拗に掘り下げられる行方不明者の経歴、そしてタイトルの意味、こういったものが結末に重くのしかかってくることとなる。最後の最後で明らかになる真相は、とにかく何とも言えない後味を残すものとなっている。


事件当夜は雨   That Night it Rained (Hillary Waugh)   6.5点

1961年 出版
2000年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 雨の降り注ぐ深夜、ソレンスキー家に不審な男が訪ねてきた。メガネをかけ、カイゼル髭を生やした男は「ロペンズのうちはどこかね?」と聞いてくる。家の場所を教えたのだが、男は再び戻ってきて、再度話をして出ていく。すると、今度はロペンズの妻がやってきて、夫が撃たれたと訴えてくる。不審人物により銃撃された事件。その男に誰も心当たりがなく、亡くなったロペンズも人に恨みをかうような男ではなかった。ストックフォード警察署の署長、フェローズが捜査を進めてゆくも、犯人の手がかりが全くなく・・・・・・

<感想>
 2022年復刊フェアで購入した作品。ヒラリー・ウォーの作品を読むのは「生まれながらの犠牲者」に続いて2作目。今作も警察小説となっている。

 事件の取っ掛かりは面白い。いかにも変装しているような不審な男が訪ねてきて、銃で被害者を殺害するという事件。しかし、誰もその男に心当たりがなく、被害者が誰に恨みをかっていたのかさえ分からない。被害者の弟と間違って、殺害されたのか? それとも美しい妻の存在が事件を引き起こしたのか? もしくは事件そのものが狂言なのか? というような事件。

 序盤はそんな感じで事件が起きて面白かったのだが、中盤は捜査が停滞しすぎていて、やや退屈であった。犯人が色々と手がかりを残しているような感じもするものの、決定的な証拠はない。何よりも、事件の動機があいまいというか、検討をつけることさえできないので、どこから捜査をしたらいいのかわからないという状況。警察は、ありとあらゆる事象を取り上げ、こつこつと捜査を積み上げてゆくこととなる。

 そうして、終盤になり捜査は急展開し、犯人の存在が浮かび上がることとなる。そこで犯人が捕まってお終いかと思いきや、そこからもう一波乱用意されている。この終盤の真犯人を巡る攻防が本書の一番の見所と言えるかもしれない。それまで普通の警察小説という感じであったが、最後にきて、通常の警察小説とは異なる色合いに染めることとなる。一見、地味な作品でありつつも、最後まで読み通すと印象深い作品であった。


失踪当時の服装は   Last Seen Wearing (Hillary Waugh)   6.5点

1952年 出版
2014年11月 東京創元社 創元推理文庫(新版)

<内容>
 1950年、マサチューセッツ州のカレッジにて、寮から大学に通っているローウェル・ミッチェルが失踪した。彼女が出かけたところを誰も見た者がいなく、どこかへ旅立った痕跡すらない。彼女はまじめな学生で、突然姿をくらますような人物ではないと、同級生や教師たちは語る。駆けつけてきた両親が心配する中、ブリストル警察署長フォードらによる必至の捜査が始められる。しかし、彼女の痕跡をつかむことができず・・・・・・

<感想>
 この作品、伝説的な警察小説なのであるが、以前に読んだのか読んでいないのかはっきりしないので、思い切って購入して読んでみた。今になっても手に入りやすいところはありがたい、というかそれだけの名作ゆえにということなのであろう。ちなみに再読しても、前に読んだか、読んでいないかのかは、結局よくわからなかった。

 そんなわけで、初読として読むことができた作品。たぶん、今の人がこの作品を読んでも特に感銘は受けないと思われる。ただ、この作品の特徴としては、当時このような警察を主体として書かれた作品はあまりなく、それゆえに注目されたというもの。確かに、警察小説でなければ、通常は被害者の家族や友人にスポットを当て、そこから被害者の背景を描いていくという書かれ方をされるであろう。それを、あえて被害者の方にスポットを当てずに警察組織のほうを主体に描いたことで注目をあびたということである。

 別に警察組織にスポットを当ててもそんな違いはないだろうと思えるかもしれないが、本書を読むと、警察組織側から全くなんの痕跡もつかめない事件を描くのは大変な事だということが理解できる。その途方もない事件を捜査し、うまく読者を飽きさせないように描いているところこそが、本書の凄いところと言えよう。

 最近、読んだせいかもしれないが、これを読んでいてコリン・デクスターのモース警部シリーズを思い起こした。実は、この「失踪当時の服装は」こそが、そういった作品群の始まりとなったものと言えるのであろう。国内外問わず、様々な警察小説が出ている今だからこそ、一読しておく価値のある警察小説である。


愚か者の祈り   A Rag and a Bone (Hillary Waugh)   7点

1954年 出版
2005年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 1953年、コネチカット州ピッツフィールドの公園にて、若い女の死体が発見される。死体の顔はひどく損傷されており、身元が判明できない状況。ダナハー警部が捜査を開始するも、被害者の身元がつかめないために捜査は瞬く間に暗礁に乗り上げる。そんなときに、若いマロイ刑事が死体の頭蓋骨から顔を復元させようと提案する。ダナハー警部は渋るものの、なんとかマロイ刑事が被害者の顔を復元したことにより、遺体の身元が判明し、捜査が動き出すこととなり・・・・・・

<感想>
 2023年の復刊フェアで購入した作品。ヒラリー・ウォーによる定番とも言える警察もの。

 この作品を読み始めたときに想起したのが“ブラックダリア事件”。細かいところは異なるものの、芸能関連の仕事を目指そうとしていた女性が無残な死を遂げるという状況が似ていると感じられた。あとがきでも、そのことに一応は触れていたが、著者自身が特に言及したという事実はなさそうである。

 女性の死体が見つかるものの、顔が破損しているために、被害者の身元がつかめないという状況。そこで若手刑事が上司の反対を押し切って頭蓋骨から顔の復元を行うことを試みる。現代でこそあたりまえの技術であるのだが、当時はまだ定番と言われるものではなかったようである。

 この顔の復元についてもそうなのだが、ベテランのダナハー警部と、若手のマロイ刑事が度々意見を衝突させながら捜査を進めていく様子が本書の特徴とも言えよう。時にはベテランのほうが正しく、時には若手の斬新な考え方の方がうまくいったりと、そのへんの駆け引き的なものが目を惹くものとなっている。

 地道ともいえる警察捜査のみで決着が着く内容かと思いきや、最後に一幕どんでん返し的なものが待ち受けている。読み終えてみれば、何気にミステリ的な要素も強い作品であったということがわかる作品となっている。


正義の四人/ロンドン大包囲網   The Four Just Men (Edgar Wallace)

1905年 出版
2007年06月 長崎出版 <Gem Collection>

<内容>
 法では裁けぬ悪人達に死の鉄槌を下す四人組。彼らは自分達のことを“正義の四人”と呼ぶ。今回彼らが狙いを定めたのは、悪法を制定しようとする英国外務大臣。正義の四人は外務大臣が法を制定するのを止めなければ死の鉄槌をくだすと脅迫状を出す。警察らはその予告を阻止しようとするのだが・・・・・・

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<感想>
 エドガー・ウォーレスという名前は聞いていたものの、作品を読むのは初めて。どうやらこの作家、当時海外では知らぬものがいないというほどのベストセラー作家であったらしい。そして本書こそがそのベストセラー作家の記念すべき第一作とのこと。ちなみに、日本でも過去に何度か翻訳されたことがあるようである。

 本書を読んで感じたのは、その時代におけるベストセラー作品だなということ。確かに今の時代に読んでも十分に面白い作品であるがオールタイムベストという作品にまでは到達しないのではないだろうか。

 内容は正義の四人と名乗る者達が、外務大臣の暗殺を謀るというもの。今の時代にこういった作品を書くと、“テロ”の一言で終わってしまいそうな気がする。しかし、この作品が書かれた時代には、政府に対して立ち向かうという姿勢が一般市民の目には“正義”というように写ったのかもしれない。

 このようなスパイものの作品は怪盗もののようにも感じられ、個人的には好みの内容。ただ一点不満をあげるとすれば、4人のうちの1人がとりあえずこの仕事に加えたというような人物であったこと。できれば、もう少しきっちりと“四人組み”という設定をしておいてもらいたかったところである。

 あと、この<Gem Collection>ではまえがきとして「読者へのささやかな道案内」というものが挿入されている。“ささやか”とあるわりには、そこそこのページ数がとられており、正直言って作品を読む邪魔にしか思えないのだが、今回はそこで“スリラー”というジャンルについての説明がなされていて、それだけでも少し役に立ったかなと思われた。とはいえ、個人的にはこの“ささやか”なものは退けておいてもらえれば、もっとすんなりと作品が読めるのにと感じている。


淑女怪盗ジェーンの冒険   Four-Square Jane and The Great Reward (Edgar Wallace)

1929年、1922年 出版
2015年02月 論創社 論創海外ミステリ142

<内容>
「淑女怪盗ジェーンの冒険」
 不当に資産を持つ者たちに対し予告状を送り付け、華麗に盗みを働く淑女怪盗フォー・スクエア・ジェーンの冒険を描く。

「三姉妹の大いなる報酬」
 田舎に住む三姉妹。長女は脚本家を目指し、男勝りの次女と敬虔なクリスチャンである三女、そして父親と四人でリンゴ農園にて暮らす中、ひとりの男が農場に下宿に来たことから始まる騒動を描く。

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<感想>
「淑女怪盗ジェーンの冒険」については、ライトな作品かと思い、さほど期待せずに読んでみたのだが、思っていたよりも濃い内容で楽しめた。盗みの方法については、漫画レベルというような気もするのだが、怪盗ジェーンが単なる愉快犯ではなく、きちんとした目的に沿って行動していることが明かされることにより、それなりのミステリとして読める作品に仕立て上げられている。

 ただ、惜しいと思えるのは短い作品ゆえに、あまり怪盗ジェーンに肩入れする気になる前に話が終わってしまうところ。読む人によって、怪盗ジェーン派か、主任警視ピーター派に分かれてしまいそう。この内容であれば、きっちりとジェーンに肩入れできるように描き上げてもらいたかったところ。

「三姉妹の大いなる報酬」は、若草物語の簡易版といった感じ。ミステリというよりホームコメディであり、とりあえず余ったページに挿入したというような作品。とはいえ、小説として気軽に面白く読めることは確かである。


真紅の輪   The Crimson Circle (Edgar Wallace)

1922年 出版
2015年05月 論創社 論創海外ミステリ147

<内容>
 謎の組織、クリムゾン・サークル。その犯罪組織により、殺害される人々。その猛威を止めようと、ロンドン警視庁のジョン・バー警部とサイコメトラーを駆使する私立探偵デリック・イェールが必死の捜査をするのだが、犯人は彼らの手をすり抜けるようにことごとく犯行を続けていくのである。そして、その犯行現場にいつも現れる謎の女泥棒タリア・ドラモンド。彼女もクリムゾン・サークルの一員なのか? クリムゾン・サークルの猛攻を止めることのできないバー警部は退任せねばならない状況へと追い込まれ・・・・・・

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<感想>
 クリムゾン・サークルという謎の組織と、それに対する警官と私立探偵との戦いを描いた作品。ただ、この“クリムゾン・サークル”という組織がどうにも漠然としすぎるような。

 秘密組織を追うというにしては、その組織が大きいのか、小さいのか、とにかく漠然としている。何をしたいのかもよくわからない、なんとなく殺人を繰り返して小金をかせぐ、ということをやっているにすぎないようにも感じられる。まずは、その“クリムゾン・サークル”の設定をきちんと示してもらいたかったところ。

 色々な人物が物語をかき回すだけかき回しておいて、最後にはどんでん返しというか、意外な真相が語られることとなる。ただこれについても、元々の設定がきちんとしていないゆえに、意外というよりも、なんとなく程度の印象にしか残らないようになっている。

 と言いつつも、全ての真相が明らかになってから、本書を読み返せば異なる印象が得られるかもしれない。全部終わって、ようやく全てがわかるというそんな感じ。ただ、肝心のクリムゾン・サークルの目的については最後までよくわからなかったのだが。それと余談ではあるが、この時代に“サイコメトラー”という言葉が既に使われていたことに驚かされた(ひょっとして意訳?)。


J・G・リーダー氏の心   The Mind of Mr. J. G. Reeder (Edgar Wallace)   6点

1925年 出版
2016年08月 論創社 論創海外ミステリ177

<内容>
 「詩的な警官」
 「宝さがし」
 「一 味」
 「大理石泥棒」
 「究極のメロドラマ」
 「緑の毒ヘビ」
 「珍しいケース」
 「投資家たち」

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<感想>
 公訴局長官事務所に雇われている探偵、J・G・リーダー氏が活躍する作品集。このリーダー氏、てっぺんが平らな山高帽をかぶり、サイズの合わないフロックコートを身に着け、天気にかかわらず雨傘を持ち歩く、一見頼りなさそうな外見の人物。しかし、彼は探偵として非常に優秀で、多くの犯罪者たちから怖れられている人物。

 最初の「詩的な警官」は、銀行で夜警が殺され、現金が奪われるという事件。警察は唯一犯行が可能とみられる支店長を逮捕する。しかし、状況にあやふやな部分があり、リーダー氏が事件を捜査することとなる。単純なのか不可解なのかわかりづらい事件であるが、これを思わぬ形で解決してしまうリーダー氏の手腕が見事。短編集のそれぞれの作品は短めであるのだが、コンパクトながらも、うまく内容をまとめていると感じられた。

 二編目の「宝さがし」は、リーダー氏がとある夫人の失踪事件を捜査しようとしたとき、リーダー氏に復讐しようとする犯罪者との諍いが起こることとなる。この二つの件を同時に解決しようとするリーダー氏の手腕が光る。

 と、良質な短編が二編続いたのだが、以降の作品はどれも単調。基本的にリーダー氏と悪党との対決を描くのみで、上記にあげた二編のような工夫は見られなかった。残りの作品が最初の二編と同様のレベルで書かれていれば、非常に名高い作品集になったことであろう。他の見どころはリーダー氏とマーガレット・ベルマン嬢とのロマンスくらいか。


血染めの鍵   The Clue of the New Pin (Edgar Wallace)   6点

1923年 出版
2018年01月 論創社 論創海外ミステリ202

<内容>
 資産家のジェシー・トラスミアが殺害されるという事件が起きた。しかも鍵のかけられた密室の中で! 容疑者は被害者に恨みを持っていた元の仕事仲間ウェリントンと、事件後行方知れずとなった使用人のウォルターズ。中央警察署の警部カーヴァーは、新聞記者のタブ・ホランドと共に事件を追っていくのであったが・・・・・・

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<感想>
 論創海外ミステリでは、だいぶお馴染みとなったエドガー・ウォーレスの作品。しかもこの作品、ヴァン・ダインの「ケンネル殺人事件」にて、参照されているといういわくまでがついているよう。

 何故、ヴァン・ダインの作品にて引用されたのかというと、それは本書でも密室殺人が行われているからである。それでは、本書が本格推理小説風の作品なのかといえば、実はそういうわけではない。あくまでも、サスペンスミステリ的な作品のなかに、ちょこっと密室殺人が取り上げられているという感じの内容である。

 この作品、物語としてはなかなか面白い。ひとつの殺人事件を巡って、警察の捜査が行われていくうえで、さまざまな背景が明らかになってくるように描かれていく。その過程のなかで、最初はチョイ役だとしか思えなかったレストランの中国人支配人と女優の存在が後半になるにつれ存在感が増すようになっていくところは見どころともいえよう。

 なかなか面白い作品ではあったのだが、真犯人がわかりやす過ぎるところがちょっともったいないかなと。主要登場人物が少ない故に、自然に明らかになってしまう。ただ、本書はそういった犯人当てを大きな目的としておらず、終幕でなされるとある仁義に基づく行為こそが一番語りたかった部分なのであろう。


銀の仮面   The Silver Mask and other stories   6点

2001年10月 国書刊行会 <ミステリーの本棚>

<内容>
 孤独な中年女性の日常への美しくも不気味な侵入者を描いた「銀の仮面」、大嫌いな男に親友気取りでつきまとわれた男・・・・・・奇妙な関係がむかえる奇妙な顛末「敵」、大都会の暗闇にひそみ異国からきた青年を脅かす獣の恐怖を克明に綴ったモダン・ホラー的味わいの「虎」、ゴースト・ストーリーの古典的名作「雪」「ちいさな幽霊」他、名匠ヒュー・ウォルポール本邦初の傑作集。

詳 細
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<感想>
 たぶん、今回「ミステリーの本棚」という企画にのっていなければ、この著者の作品集というのを読むことはなかったかもしれない。本書の作品はもろ手を上げて、面白いというものではないのだが、“奇妙な味わい”というべきものは確かにある。ただ、ミステリーというよりは文学的に感じられる。

 おもしろかったのは、やはり代表作となる「銀の仮面」。また、ブラックユーモア的な「中国の馬」、「トーランド家の長老」がよかった。都会の孤独感を描くかのような「虎」もよい。

 これらの作品群はホラーに位置するところもあると思うのだが、全編にいたって人の微妙な不愉快さをうまくとらえて描いている。それらがあまりにも日常的で、読む側にもある種の共感を唱えさせる。“親切心につけいるもの”“通勤途上でのふかいなおしゃべり”“旅先で出会った嫌いなやつ”“過剰な親切を押し付けるもの”“目の上のたんこぶの幼なじみ”そんなものたちが織り成す不快感が文学調で語られ、うまくミステリーやホラーと融合されたかのような味わいを出している。ただし、見事な書き方とはいえ、ある種退屈ともいえなくはないのだが・・・・・・


暗い広場の上で   Above The Dark Circus (Hugh Walpole)   5点

1931年 出版
2004年08月 早川書房 ハヤカワミステリ1756

<内容>
 第一次大戦後ロンドン。失業中の私(ディック・ガン)は、残った半クラウンの金を散発代に使ってしまえと自暴自棄に思い立ち、理髪店へと向かう。そこで私は過去に因縁のあったペンジェリーの姿を目にすることに。彼を追っていくと、そのペンジェリーと直接因縁を持つ、ジョン・オズマンドとヘレンの夫婦と再会することとなった。ペンジェリーらを含めた邂逅がその後、皆に大きな影響を及ぼす出来事を巻き起こすこととなり・・・・・・

<感想>
「銀の仮面」という短編作品で有名な作家の長編。著者のヒュー・ウォルポールは、これら以外に翻訳されたものは、あまりなさそうで、日本ではそんなに有名な作家ではないのかもしれない。

 本書については、何とも変な作品であったとしか。なかなか話が進まなくて、終始モゴモゴしているとでもいったような感じ。サスペンス作品っぽい体裁のようにも見えるのだが、人間の内面を描いた文学作品のようにも捉えられる。しかし、それぞれの登場人物の内面について、理解しがたいものがあり、感情移入できなかったため、全くと言っていいほど内容に引き付けられなかった。

 ある種の傍観者とでも言っていいようなスタンスの主人公。とある犯罪行為によって過去に投獄されていた3人。そして、その3人の事を密告して、警察に売り渡した男。彼らが一同に会したときに感情のカタストロフィが起き、悲劇が起きることとなる。

 といった内容なのだが、なるべくしてなった話という感じ。むしろ今までよく大事に至らなかったなと不思議に思うくらい。なるべくしてなることを、やや悲劇的に書いたという感じの作品。戦後の混乱した世相のなかで、というのもテーマとなっていそうな気がするが、狂気のみが先行しすぎていて、結局テーマというもの自体がぼやけてしまっていたように思われた。


ジーヴズの事件簿   The Casebook of Jeeves (P. G. Wodehouse)

2005年05月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「ジーヴズの初仕事」
 「ジーヴズの春」
 「ロヴィルの怪事件」
 「ジーヴズとグロソップ一家」
 「ジーヴズと駆け出し俳優」
 「同志ビンゴ」
 「トゥイング騒動記」
 「クロードとユースタスの出帆遅延」
 「ビンゴと今度の娘」
 「バーティ君の変心」
 「ジーヴズの白鳥の湖」
 「ジーヴズと降誕祭気分」
(特別収録作品)
 「ガッシー救出作戦」

<感想>
 ミステリーにおいて“執事”といわれてすぐに思い浮かべることができるのは、セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿の忠実なる執事バンターである。その二人の関係はいかにもわかりやすい、主人と執事という像を作り上げている。しかし、本書を読むと、その“主人と執事”という形にひびが入れられる事になる。本書では主人と執事というのは、実は主導権を握っているのは執事のほうで、その執事のさじ加減によって主人を支配しているのだと思わされる。それが優秀な執事であればあるほど、実はこの作品のような関係になっていくのではないかと疑ってしまいそうになるのである。

 と、どこまでがイギリス社会における真実なのか?、とにもかくにも今までの執事像をぶちこわしてしまうユーモア作品集であるということだけは言っておきたい。また、このHPで紹介してはいるものの、別のこの作品はミステリーではないということも付け加えておきたい。

 本書の特徴は前述した“主人と執事”像を皮肉ったもののみならず、ここに登場する愉快なキャラクターを楽しむためにあるといっても過言ではないだろう。

 一連の作品の語り手であり、主人公は“主人役”のバーティ。この主人公もかなり変わった人物だと思われるのだが、さらに個性的な数々の登場人物により単なる凡人以下という印象でしかない(まぁ、語り役なら当然か)。

 そして、なんといっても本書で異彩を放つのは当然の事、執事のジーヴズ。ジーヴズがどのような考え方を元に行動しているかは、彼自身が語り手となっている作品「バーティ君の変心」を読めばよくわかる。もし、ジーヴズ自身が語る作品がこれしかないのだとしたら、これは貴重な一編であろう。

 他にも、ややバーティのイメージにより誇張されすぎているように思えるアガサ叔母さんや、女性を見ると次から次へと惚れていくジーヴズの友人・ビンゴ。また破天荒な双子のクロードとユースタス。この双子はまさかと思うが、「ハリー・ポッター」に出てくる双子のモチーフとなったのでは? と思わせるような双子である。

 と、このような人物らによって、静かな日常をぶち壊すような物語が突き進められてゆく。

 本書が面白いと思えるのは、洗練されたユーモアとその洗練さをぶち壊すようなユーモアが混在しているところではないかと考える。一見、品のなさそうなどたばた劇が繰り広げられながらも、どこか洗練された雰囲気を残しているというアンバランスさが魅力になっているのではないだろうか。

 そして、私自身も初めてこの作品によってウッドハウスに触れた事によって、その魅力に惹きつけられたひとりである。


ブランディングズ城のスカラベ騒動   Something New (P. G. Wodehouse)   6.5点

1915年 出版
2022年03月 論創社 論創海外ミステリ281

<内容>
 アメリカの富豪ピーターズが自慢のスカラベコレクションを娘の婚約者の父親であるブランディングズ城主エムズワース伯爵に見せていた際、エムズワースは誤って高価なスカラベを持って帰ってしまうことに。エムズワースに自慢のスカラベを盗まれたピーターズは怒り、なんとかそれを奪い返そうとする。そこで、作家であるアッシュ・マーソンを雇い、彼を引き連れブランディングズ城へ。一方、ピーターズの娘のアリーンから、そのスカラベ騒動を聞いたジョーン・ヴァレンタインは、かけられた賞金欲しさにスカラベ騒動の渦中に飛び込むことに。その他、暗躍する者たちも・・・・・・スカラベを最後に手にする者は!?

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<感想>
 ウッドハウスと言えば、執事ジーヴスのシリーズが訳されていて日本でも有名な作家。また、ブランディングズ城のシリーズが数冊国内でも訳されているとのこと(私は未読であった)。そのブランディングズ城シリーズの第1作目がこの作品となる。

 今までシリーズ作品のいくつかが訳されているのであれば、なんでこの作品が訳されていなかったのかが不思議なくらい。これが結構面白い作品だった。ユーモア作品としてのみならず、サスペンス(というほど緊迫していないのだが)っぽい内容の作品としても十分楽しむことができた。スカラベ奪還騒動が面白く描かれている。

 スカラベが盗まれた発端から、それを取り戻そうとするいくつかの勢力みたいなものができ、そこから実際の奪還へと移ってゆく展開が面白い。誰もがスカラベを狙ってというような形で、一方背景をよくわからないままそのスカラベを盗まれないように生真面目に守る執事との闘いといったドタバタ劇は見所十分。そうしたなかで、どのように決着が着くのかと思いきや、最後は最後で意外な展開が待ち受けていることとなる。

 そんなわけで、最初から最後まで楽しんで読むことができる作品であった。厳密なミステリというよりは、ミステリっぽい作品として楽しめるような内容。最後の最後まで、どのように決着がつけられるのかと気になって、ページをめくる手が止まらなくなること間違いなしの作品。


ブランディングズ城の救世主   Service with a Smile (P. G. Wodhouse)   6点

1961年 出版
2023年12月 論創社 論創海外ミステリ310

<内容>
 イギリスの片田舎にあるブランディングズ城にて、都会の喧騒を嫌い、愛豚を愛でながら、ゆったりと暮らしたいエムズワース伯爵。しかし、そのブランディングズ城では、妹のコンスタンスが聖歌隊の子供たちを屋敷に連れてきたり、鼻つまみ者のダンスタブル侯爵がエムズワースの愛豚を譲れと言い出してきたり、富豪令嬢の婚約問題が持ち上がったりと、次々と騒動が起きることに。そうしたなか、それら騒動を丸く収めようとエムズワース伯爵の友人のイッケナム伯爵フレッドが暗躍し・・・・・・

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<感想>
 以前に論創海外ミステリで「ブランディングズ城のスカラベ騒動」が紹介されたが、同じシリーズにて、今作はシリーズ第八作にあたるものである。他の出版社からも、この“ブランディングズ城”シリーズが何冊か出版されているもよう。そんなシリーズ作品であるのだが、本作品を読んで思うのが、特にミステリというわけではないので、このレーベルから出さなくてもよいのでは、と思ってしまう。著者のウッドハウス自体が日本でも有名な作家であるので、ウッドハウス・コレクションとかで、シリーズ作品をまとめたほうが、読者にとっても手に取りやすいのではと思えてならない。

 本書の内容についてであるが、一応ユーモア作品という体裁をとってはいるものの、個人的には不愉快な人物たちが奇天烈な行動を取り続ける、といった印象しか残らない。どちらかといえば、ユーモアよりも不快感の方が上回っていたような。もしかしたらこの作品に対する正確なスタンスは、普通に楽しむというようなものではなく、貴族階級の者達の滑稽さをあざ笑うというような皮肉な感情を持って捉えるべきものなのであろうか。

 と、否定的な見方で読んでいたものの、物語の後半になると、しっかりと見るべきところが用意されている。色々な無理難題を、最初はパッとしない印象であったイッケナム伯爵という人物が快刀乱麻のごとく、あざやかに解決していくのである。最後まで読み通せば、これはなかなか面白い作品であったなと思わせられてしまうものであった。




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