<内容>
「ダイヤモンドのネックレスの謎」
「シャム双生児の爆弾魔」
「銀のスプーンのてがかり」
「チゼルリッグ卿の失われた遺産」
「うっかり屋協同組合」
「幽霊の足音」
「ワイオミング・エドの釈放」
「レディ・アリシアのエメラルド」
<感想>
普通に探偵が活躍する本格推理短編集と思って読んだのだが、思っていたものとは違うものであった。シャーロック・ホームズの作品でスパイなどとの闘いを描いた冒険的な作品があるが、ああいったものを想像してもらえればよいと思われる。
ただし、ここに掲載されている作品は、全てが思いもよらぬ展開を見せている。タイトルからすれば、ウジェーヌ・ヴァルモンという主人公が探偵として活躍する様を思い描いたのだが、実際には“勝利”とは名ばかりで、ほとんど“失敗”ばかりしているような気がした。たいがい、主人公よりも上手の泥棒たちによって上前をはねられ、そのまま決着がついてしまう。ところが、当の主人公は別に自分が敗北したとは思っていないようなのである。なんとも奇妙奇天烈な話である。
ふと思うのは、これは文学的な風刺小説なのだろうかということ。イギリスの世相を皮肉り、フランス人の探偵を通すことによって、これもまたフランスの気質を皮肉りと、ここそこに毒気が感じられるのである。著者がイギリス生まれで、カナダで育ったという、そういった背景も作風に関連しているように思われる。
どの話もどこかで読んだような気がするものが多い。ドイル風、チェスタントン風とか、そういった類のもの。しかし、書かれた年代からすれば推理小説の祖と言ってもおかしくない年代なので、これがオリジナルといってもおかしくないのかもしれない。特に「チゼルリッグ卿の失われた遺産」のネタなど、ミステリとしてはよくあるようなネタを取り扱っている。
ミステリ的には、これといった作品はないものの、物語としては印象に残るものもある。特に「ワイオミング・エドの釈放」などは一見の価値がある物語と言えよう。他にも、本書の目玉的作品である「うっかり屋協同組合」もなかなかのもの。ただし、純粋には薦めにくい作品集という気がする。ミステリとして読むのではなく、海外のちょっと毒気のある奇妙な短編作品を読んでみたいという方のみにお薦めしておくこととする。
<内容>
1960年代初頭、ケンタッキー州。16歳のペリー少年は両親や幼い弟、妹をかかえるなか、貧しい暮らしを強いられる。炭鉱で職を得ようにも、盛んに行われる労働闘争に阻まれ、日々の暮らしもままならない状況。そうしたなか、ペリーは職業訓練プログラムを受け、重機操作の資格を取得しようと決意する。訓練が順調に行われているなか、父親が重傷を負ったという知らせを受けることとなり・・・・・・
<感想>
著者のジェイムズ・リー・バークは、ハードボイルド作家のよう。ただ、この作品はミステリというよりは、社会派小説という感じの内容。
労働闘争が盛んにおこなわれる中、炭鉱で働くことを生業としている人達のままならない生活を描いた作品。そうしたなかで、必死に生きようとする16歳の少年の生き様を描いている。
その年代を描いた普通小説であり、“論創海外ミステリ”として刊行すべき作品かどうかが疑問。部分的にクライム小説とか、アウトローを描いた作品と捉えることもできなくはないのだが、主人公が積極的に道を外れるような行動をとろうとはしないため、あくまでも“普通小説”にとどまっているという感じ。
その当時の人々の生活の困難さをうかがえる小説とはなっているものの、主人公に共感できなかったためか、あまり楽しむことができなかった。どうもこの主人公の性格がやっかいで、何を基調として行動しているのかがわかりにくい。結局のところ、頑固な厄介者という感じがしてならなかった。ただ、16歳という年齢を考えれば、行動に揺らぎが出てしまうのも致し方ないことなのかもしれない。
<内容>
近未来の高度管理社会。15歳の少年アレックスは平凡な毎日にうんざりし、仲間たちと共に犯罪行為を繰り返していた。なんの良心の呵責も感じずに暴力に明け暮れる毎日であったが、とうとうアレックスはへまをして警察の手にかかることとなり・・・・・・
<感想>
タイトルはしょっちゅう目にするが読んだ事のなかった本のうちの一冊。昔からハヤカワ文庫で出ていたが、2008年にハヤカワepi文庫として新装版が出たのをきっかけに購入してみることにした。読んでみた感想はと言えば、映画が有名になったことで見直された作品なのであろうということ。
先鋭的な文体で表現される暴力の描写の数々。今でいえば珍しくはないかもしれないが、出版された時代を考えるとかなり先鋭的であったのではないだろうか。また、内容にしても決して広く受け入れられるようなものであったとは思えない。この作品が注目されるきっかけとなったのはスタンリー・キューブリック監督によって映画化されたこと。そしてこの映画の成功があまりにも本書を有名にしてしまったようだ。結果として著者のバージェスにとっては不本意ながら著書のなかで一番の有名作品となったようである。
内容については、最初から最後まで徹頭徹尾、主人公のアレックスが変容しないままの物語というふうにとらえられた。話が進行するにしたがって、アレックスにとって人生を変えるような大きな出来事がいくつか起こる。しかし、その大きなはずの出来事ですら、アレックスを本質的に変えることはできなかったようである。一見、主人公の成長の物語のようでありながら、そうではない物語といったところか。
もしくは主人公の成長物語というよりも、反体制的な物語ととらえた方がよりしっくりくるのかもしれない。例え世の中が管理体制となったからといって、そうした罰則によって人間や社会というものは本質的には変わることがないというメッセージを込めた作品なのかもしれない。
個人的にはどうにも暴力的な描写やスラングを生かしたルビによる読みにくさが先行してしまい、あまりお薦めできる作品とは言い難い。私は映画のほうは見ていないのだが、そちらを見て興味がわいたら読んでみるのもいいのかもしれない。
<内容>
スティーブン・クレイン、彼はみごもった妻を持つ、隻眼の探偵である。そんな彼がいつものように依頼された仕事をこなしている中、突然パートナーとの連絡が途絶えてしまう。几帳面なはずのパートナーであったのに、まさか突然妻子を残して失踪してしまったのか!? クレインはパートナーの跡を追い、何がおきたのかを調べようとするのだが・・・・・・
<感想>
論創社からの海外ミステリということで「トフ氏」に続いて、今度は片目の探偵の登場となるのだが、これもまた微妙な選書である。このシリーズは名作を掘り出すというよりは、他では読めないような珍品ばかりを集めているのかと考えたくなってしまう。
本書はボリュームも少ないのだが、話全体見渡しても児童書という印象がぬぐえない。話の内容自体が展開が唐突だったり、詳しく説明されてなかったりとギリギリともいえる説明のみで物語が進められていく。他にも話がいろいろと並べ立てられているような気もするのだが、基本的には失踪した相棒の行方を捜すということのみ。
そして結末では結構意外な展開が待ち受けているようにできている。しかし、それもなんとなく唐突すぎるような気もするし、特にその展開のための伏線が張っているようにも感じられなかった。
とはいえ、本書はこの著者の処女作であり、最初の作品なりのインパクトを出すという面ではそれなりに成果を得ていると思えなくもない。「密室殺人傑作選」(ハヤカワ文庫)にもこの著者の作品が入っているということなので、案外これ以降の作品の中では良い作品を書いているということなのだろう。
<内容>
「ポドロ島」
「動く棺桶」
「足から先に」
「持ち主の交代」
「思いつき」
「島」
「夜の怪」
「毒 壜」
「合 図」
「W・S」
「パンパス草の茂み」
「愛し合う部屋」
<感想>
この作品はホラー小説集と言ってよいであろう。どれもが、奇怪で不思議で不気味な話が語られている。ミステリ色は強くないので、それを期待して読むといまいちのように思えるかもしれないが、ホラー系の作品が好きな人にはツボにはまる作品集と言える。
また、本書の特徴としてはどの作品も最後の最後を若干知りきれトンボ気味に終わらせて、読者の想像力を誘うようなものとなっている。リドルストーリーほど、結末を投げっぱなしにすることはないのだが、この話の終わらせ方がうまく物語の不気味さを冗長させ、効果的に仕上げていると言えよう。
個人的には短めの話よりも、長めの話のほうがサスペンス調で楽しむ事ができた。「足から先に」や「毒壜」などが好みの作品である。また、本書のタイトルにもなっている「ポドロ島」こそが、本書におけるハートリーの作品の全てを表しているようであり、冒頭の作品としてふさわしいものとなっている。
<内容>
現役を引退したシャーロック・ホームズが今までの事件のことを自らの手で書きとめておかなければと思い立つ。そうして、今始めてモリアーティ教授と死闘を繰り広げた後の空白の三年の真相が語られる事に・・・・・・
シャーロキアンの第一人者であるマイケル・ハードウィックが送る、シャーロック・ホームズのパスティーシュ。
<感想>
さすが有名なシャーロキアンが書くだけあって、楽しんで読むことができた。たぶん、マイケル・ハードウィック氏が自分でシャーロック・ホームズの正典を読んだときに感じた疑問点などを、自らの手でうまく解明してみたくなったのであろう。そうした部分をホームズ自らが語り手になるという手法により、過去の物語が掘り返されてゆく。
描き方はうまいと思う。ホームズが語る事によって、正典の疑問点は全てワトソンの勘違いや、真相を知らぬゆえの間違いとして、真実を記述してゆくという展開で進められてゆく。そこに挿絵や写真などが掲載され、なんとも豪華な作品として仕上げられている。
個人的には、“空白の三年間”の部分が長すぎたように感じられる。とはいえ、たぶん著者が一番書きたかったところがここなのであろう。この空白の三年間の解釈については、少々やりすぎのようにも思えるのだが、当時の社会的な事実と照らし合わせる事によって、信憑性を持たせているところは実にうまいと言えよう。荒唐無稽のように思えながらも、それなりの説得力があるところがすごい。
特にこの作品単体でミステリ的な展開があるというわけではないので、あくまでもホームズ・ファンが読むための作品である。ホームズ作品に触れて、全部読んだ後にもっとホームズの作品を読みたいと思った人にはお薦め。研究意欲のある人は、これを読めば自分なりの解釈を考えてみる気になるのではないだろうか。
<内容>
閉ざされた風呂場で資産家の男が突然死を遂げた。ロンドン警視庁のアーノルド警部は殺人事件ではないかという疑いを持ち、事件を調査する。動機の面から現場にいた叔父が怪しいのではないかと感じるものの、どのように殺人を行ったのか? その方法がまったくわからない。しかも、死因さえ、ろくにわからないありさま。事件当時、現場付近にあやしい車が止まっていたという情報を得るのだが・・・・・・
<感想>
マイルズ・バートンって誰だ、と思ったら、なんとジョン・ロードの別名義。マイルズ・バートン名義で63冊、ジョン・ロード名義で77冊、その他別名義でも作品を書いているというので、ただただ感嘆。このマイルズ・バートン名義では主としてデズモンド・メリオンという探偵を登場させ活躍させていたらしいのだが、本書ではそのデズモンドがインフルエンザで寝込んでいるという設定。それゆえ、アーノルド警部が孤軍奮闘を強いられるという内容。
そして、この「素性を明かさぬ死」であるが、思いもよらず面白かった。期待以上の作品となっていた。基本的には1つの事件、閉ざされた風呂場における不審死のみを扱ったもの。それゆえに、少々退屈に思えるところがあったのも確かであるが、結末には驚かされてしまった。
なかなかうまく、ミスリーディングを誘うというか、レッドヘリングを効果的に扱うというか、計算された道筋へと読者をおびき寄せるような内容。意外性が高いというほどでもないのだが、うまい具合に構成したミステリ作品だと感心させられる。
<内容>
とある夜、パトロール警官の前で交通違反を犯した男が捕らえられた。その車のなかには女の死体が! 交通違反で逮捕されたアンディ・ローワンは、殺人容疑者としても逮捕されることに。それから1年後、そのローワンが処刑されようという数日前、ニューヨーク市警パイパーのもとに友人で素人探偵のヒルデガード・ウィザーズが乗り込んできた。そして、ローワンは実際には殺人を犯していないのではないかと言い出す始末。周囲がうんざりするなか、ウィザーズはひとり事件の真相を掘り起こそうとする。ローワンが処刑されるまで時間がないなか、ウィザーズは新たな事実を見出すことができるのか!?
<感想>
スチュアート・パーマーという作家の本を読むのは初めて。過去に「ペンギンは知っていた」という作品が訳されたことがあるよう。元教師の素人探偵ヒルデガード・ウィザーズが活躍し、その友人であるパイパー警部がふりまわされるというシリーズが40年にわたって書かれていたよう。
個人的にはあまり好みではないミステリ。単におばさんが根拠もなく事件を引っ掻き回しているという気がしてならなかった。細かいことを考えず、ウィザーズが活躍するユーモア小説として捉えればまた見方は変わるのかもしれない。そんなわけでか、本書についてはミステリ性が薄いという感想。根拠の薄い発端から、いまいち決め手の薄い結末まで、しっくりとはいかない内容。
ただ、読んで損をしなかったと思う点が一点。それは論創海外ミステリからライスとこのパーマーが競作で書いた「被告人、ウィザーズ&マローン」という作品が出版されている。今までウィザーズという探偵について知らなかったのだが、この作品を読んだことにより、この競作を読む楽しみがひとつ増えた。これを考えると、非常に良い時期に出てくれた作品と言えないこともない。
<内容>
英国国会議事堂の改修工事現場から、ミイラ化した他殺死体が発見された。百年前のものと推定された死体の登場に、国会議員らによる特別な委員会が設置される。事件の解明をめぐり繰り広げられる数々の会議。そしてついに突き詰められた事件の真相とは。
<感想>
変わった趣向がなされるものの、面白いと受け止められるかどうかは興味を持てるかどうかによるだろう。ミステリーとはいっても、事件は誰なのかわからない死体が発見されるということのみ。そしてそれを巡って、推理ではなく調査が展開されていく。
本書は歴史ミステリー「時の娘」と比べられているようなのだが、調査される事件自体の魅力がとぼしいように思える。ひょっとしたら史実にからめている部分もあるのかもしれないが、その判別は私にはつかなかった。
また登場人物を絞ってもらいたかったということも付け加えておきたい。たぶん、国会のような会議の場で事件を解明していきたいという考えがあっての趣向なのだということは理解できる。しかし、もう少しとっつきやすく書いてもらいたかったというのが正直な感想である。
<内容>
イギリス北部ヨークシャーの毛織物工場にて、出稼ぎに来ていたイタリア人女性の死体が発見された。彼女の金髪の髪の毛は切り落とされており、その髪と遺体は染色液により緑色に染められていた。いったい誰が彼女を殺害したのか? そして遺体を染めた理由とは?? 警察による必死の捜査により5人の容疑者が見つかるのであったが・・・・・・
<感想>
以前、国書刊行会から出版された「国会議事堂の死体」の著者、スタンリー・ハイランドの作品。
今作についてなのだが、ミステリというよりも警察喜劇とでも言ったらいいか、ドタバタ・コメディのような作調。外国人女性の死体が緑色の染料によって染められるという一風変わった事件。その後、警察による捜査が行われるものの、そこからの描写がいただけない。
数名登場する警察官が、それぞれに別れて捜査するものの、それらを取りまとめる場面がない。また、最初に起きた殺人事件についても、余計な捜査ばかりしているようにみえ、基本的な捜査や状況などが全く整理されないまま話が進んでゆく。
当然のごとく、最終的に犯人の正体が明かされるものの、これって、あちらこちらに飛び回らなくても、基本的な捜査で十分に犯人の指摘が可能だったのではないかと思えてならない。設定があまり生かされていなかったイタリア人女性の死体から始まって、暗号解読を試みるスパイもののような展開と、とにかく全体的にごちゃごちゃした内容。まとまりに欠けていた小説という印象のみが残った。
<内容>
「最近のニュース」
「ミスター・ニュージェントへの遺産」
「プードルの暗号」
「オランウータンの王」
「詩人とロバ」
「魔法の国の盗人」
「時間の鍵穴」
「アルトドルフ症候群」
「死の不寝番」
「愚か者のバス」
「折り紙のヘラジカ」
「道化の町」
<感想>
近年、こういった海外作家の短編集がよく紹介されているが、その中で、ここ最近一番読み応えがあった本といえるのではないだろうか。ミステリ性があり、謎につつまれ、しかもユーモアにあふれているという短編集。特にそのユーモアが作品の雰囲気を壊すことなく、絶妙な加減で色を添えているのである。
最初の作品の「最近のニュース」からジェイムズ・パウエル独特の味わいを垣間見ることができる。事実なのか、ホラなのか、ちょっとした緊迫感のなかにおいて、何故か脱力感を味わえるという作品。
「ミスター・ニュージェントへの遺産」は、あとがきで触れられているのだが、ウォルポールの「銀の仮面」と対を成すような作品。善意なのか、悪意なのか、大金持ちの老女が最後に彼に贈るものに、全ての答えが包み込まれている。
動物が重要な役割を果たしている「プードルの暗号」「オランウータンの王」「詩人とロバ」らも、それぞれが異なる話しながら、奇妙な特色を存分に発揮している。人と意思疎通ができるプードルがとる行動、すべてを支配するオランウータン王の跡継ぎは?、ロバに言葉を話させることができるという詩人が国をペテンにかける話。それぞれが意外性のある結末によって、幕を閉じている。
他にも、“ジャックと豆の木”の後日譚を描いた「魔法の国の盗人」、どうしようもない男がタイムトラベルに挑むこととなる「時間の鍵穴」、吸血鬼との戦いを描いた「死の不寝番」などが掲載されている。
あと、個人的におしいと思われた「折り紙のヘラジカ」という作品がある。これは、そのままの話の流れていけば、ミステリ史上、今までの分類にないトリックとなるのではないかと思われたのだが、意に反して脱力系の方向へと話がそれて、そのまま終わってしまった。
この短編集のなかでベスト3をあげるとすれば、「アルトドルフ症候群」「道化の町」「愚か者のバス」。
「アルトドルフ症候群」はまるで本格ミステリを描いたかような論理的で緻密な、うまい伏線を用いられている、“盗人探し”という内容の作品。
「道化の町」は道化たちが住む町という異色の世界を描いたミステリ。日本で同様なものを描けば、大阪を舞台に「漫才師の町」というものが創れそうである。
「愚か者のバス」は、なんとも言葉に表せないブラックユーモア作品。最後のひとことは、まさに何とも言えない味をかもし出している。
<内容>
光学スコープをつけた銃で550ヤード先の目標にねらいを定めていたわたしは、あわやというところで捕まり、過酷な尋問を受けた。それでも、政治的目的や国家の介入を否定し、不可能なる獲物に近づく誘惑に抗しきれなかった一介のスポーツマンに過ぎない、と抗弁するわたしを持て余した相手は、崖から突き落として事故死をよそおおうとした。だが、奇跡的に一命をとりとめたわたしにたいし、必死の追跡が開始される。
<感想>
追う者と追われる者による壮絶な死闘というのはわかるのだが、始まりと先行きがはっきりしないためにあまり深みを感じ取ることができなかった。主人公の先行きの行動がはっきりせず、その場その場という感じでは最終的に達成感が感じられない。また、背景などを極力はぶいた構成になっているので敵側の存在も希薄である。この作品は好みによって好き嫌いはっきりわかれてしまうのではないだろうか。
<内容>
作家を目指すジリ貧のマット・ダンカンは知人に出くわしたのをきっかけに資産家のハリガン家の人々と知り合いとなり、新興宗教研究家のウォルフ・ハリガンの元で働くこととなる。そのウォルフは“御光の子等”という宗教について調べており、深入りしすぎたのか教祖のアハスヴァに目を付けられ“ナイン・タイムズ・ナイン”の呪いをかけられる。後日、マットがウォルフの兄のジョーゼフと屋敷の外で過ごしていると、ウォルフの部屋の中で黄色い衣を目にし、その後ウォルフは死体となって発見される。しかし、その部屋から出たものは誰もおらず、中から鍵がかけられた状態であった。黄色い衣を来た人物はどのようにして部屋から姿を消したのか? 教祖アハスヴァは、自らの呪いによってウォルフを殺害したのだと・・・・・・
<感想>
国書刊行会から出版された「九人の偽聖者の密室」と同じ作品であり、何故か刊行年月日がほぼ同時という、曰くつきとなってしまった作品。
「九人の偽聖者の密室」の著者はH・H・ホームズで、この「密室の魔術師」はアントニイ・バウチャーとなっているところもややこしい。これは元々アントニイ・バウチャー名義で作品を出していたものの、異なる出版社から出すために、ペンネームを変えなければならなく、そこでH・H・ホームズ名義にしたとのこと。よって、細かく言えばこの作品に関しては”H・H・ホームズ”名義が正しい。ちなみに“H・H・ホームズ”というのは実在の犯罪者からとった名前という、これもまた作品の由来をややこしくしている。
内容は密室殺人事件を描いた作品。ひとりの男が密室で殺害され、犯人がどのように部屋から出ていったのかがわからない。しかも、脱出する際には誰かに見られたはずなのに、誰の目にもとまらなかったという事態。これは新興宗教の教祖による呪いが成就したものなのか? という事件。
基本的には、これひとつだけの事件なので、その割にはページ数がやや多かったなと。一応、物語の内容に凝ったり、もしくはジョン・ディクスン・カーの密室講義を引用したりと展開上の工夫はなされている。それでも、もう少しシンプルになったのではないかとも感じられる。
そして事の真相については、可もなく不可もなくというような感じ。まぁ、納得できる事件の解決ではあるので、良くできている作品だと言えなくもない。ただ、これといった特徴がちょっと薄かったかなと。とはいえ、思い返してみれば、話自体はそれなりに面白かったような。
<内容>
リチャード・ハネーが退屈な日々を送っていたところ、突如冒険のほうから彼の元へとやってきた。同じアパートに住む謎の男がある組織に追われているのだとハネーに告げる。その理由はとてつもないほど大きな陰謀の秘密を知ったからだという。そして、ハネーが目を放した隙に、その男は何者かによって殺さてしまうことに・・・・・・。殺人犯の容疑をかけられたハネーは警察から、さらには謎の組織の手から逃亡する事となったのだが・・・・・・
<感想>
序盤の展開はまじめな堅さが感じられたもの、主人公の逃亡パートに入ってからは、そこそこくだけた感じになり、当初思っていたよりも楽しく読むことができた。読んでいて感じたのは、昔読んだ“ルパン全集”のようなものを感じ取れたということ。次から次へと変わる展開と、追跡者を逃れる主人公の機知。飽きずに読み通せた一冊であった。
ページ数が薄いゆえにお手軽な一冊となるはずなのだが、訳が古いためか若干読みづらさを感じてしまう。新訳にして読みやすくすれば、よりいっそう多くの人から指示される小説になると思えるのだがどうだろう。
<内容>
アメリカ人富豪のバラデール夫人が資金を出し、ハンターのダニー・デ・メアが中心となるサファリ探検隊。その隊商のなかでバラデール夫人の高価な宝石が何者かに盗まれるという事件が起きる。デ・メアは秘密裏の捜査依頼をヴィチェル警視に頼む事に。ハンターのふりをしたヴィチェルがサファリの中を調査しつつあるとき、殺人事件が勃発する事に・・・・・・
<感想>
少ないページ数であっさり目の作品なのだが、結構きちんとした本格ミステリが展開されている作品である。ただ、物語の舞台が特殊のためか、どうもそちらに目が行きがちとなり、結局のところ未開の地でなにやら事件が起きたということくらいしか残らなかったりもする。
実際のところ、異質な舞台にて事件が起きるとはいえ、複雑な人間関係のなかで、宝石盗難事件を発端とした殺人事件の謎を存分に描き出してはいる。
とはいえ、物語を思い返してみても、これといった欠点はなく、うまくできている作品のはずなのだが印象が薄い。やはり、主人公である警視の存在が薄すぎるというのがひとつの原因なのかもしれない。もっと濃い目の人物が謎を解く、というような特色でもあれば、もう少し注目される作品となったのではないかと思われるのだが・・・・・・
<内容>
壁紙張り職人であるファイロ・ガッブは名探偵にあこがれ、“日の出探偵事務所”の探偵養成通信教育講座を受講する。その全講座12回を受講し終えたガッブは、いよいよ探偵の看板をかかげ、“迷探偵”として活躍する。
<感想>
通信教育講座を受けた壁紙張り職人が、自分が名探偵になったものと思い込みながら、さまざまな事件に挑む様子を描いた連作短編集。
もちろんのこと、通信教育を受けたからといって名探偵になれるわけもなく、それどころか誰にでもばれる変装セットを身にまとい、周囲の人々からは笑われるという始末。それどころか尾行した相手を怒らせて、なぐられてしまうという珍妙な探偵ぶり。しかし、探偵に勝るとも劣らず、犯罪者たちも“お間抜け”な面々がそろっており、そんなガッブ君に逮捕される者が続出。なんともガッブ君の強運ぶりが目覚ましい。むしろ、無欲の勝利といったところか。
そんな感じで、探偵ファイロ・ガッブの珍妙ぶりがうかがえる作品集である。ユーモア・ミステリ作品となっているので、年齢問わず幅広く読んでもらいたい作品である。ただ、子供むけというには、やや訳が硬く思えるところと、値段の高さからすると、一定のミステリ・ファン層以外が手に取るということはなさそうだ。
読み応えとしては、一番最後の短編「ファイロ・ガッブ最大の事件」というのがあるのだが、これが実に独創的な事件と感じられた。川で発見された袋につめられた死体の謎にガッブ君が挑戦する。この事件のトリックは斬新と思え、かつ他に例をみないように思える。さらには、その謎の解き方にも独創性を感じた。この短編を読むだけでも、この作品を買う価値がある・・・・・・とまでは言い過ぎか。
<内容>
アメリカの天才物理学者ルーカス・マルティーノは、極秘のK88計画の実験中に大爆発が起き、その混乱に乗じてソビエト軍に身をさらわれてしまう。その後、ソビエトから解放されたマルティーノは、爆発の怪我により体のほとんどが機械化されるという変わり果てた姿を表すことに。アメリカ側は、その彼の状態を見て、果たして彼は本当に元のマルティーノなのか? それとも敵のスパイなのか? と判断に悩むこととなり・・・・・・
<感想>
アルジス・バドリスという作家は、ジャンルとしてはSF作家であるようだ。本書もSFと言っていいような作品であるのだが、<奇想天外の本棚>で紹介されるだけあって、ミステリっぽい要素も含まれている。
面白いというか、何か興味深いというような内容。内容が面白く、そこに引き込まれてしまう作品。ある種、中味は単純で、ソ連側から戻ってきたマルティーノは、元の人物と同じ人なのか? その思想に変わりはないのか? また、K88計画とは何なのか? マルティーノの過去を紐解き、アメリカに戻ってきてからの彼の行動を監視しながら、その真相を追っていくこととなる。
というような謎が用意されているものの、最終的にすべてがはっきりするというような書き方はなされていない。ゆえに、SFミステリというよりは、人の内面を表した文学系SFというようにも捉えることができるかもしれない。エンターテイメント的な作品でないわりには、何故かエンタメ要素があるような感じで読むことができ、それなりに楽しむことができたという変わった作品。
<内容>
倒叙推理小説。遺産をねらって、伯母を殺そうとたくらむ男が試みる可能性の犯罪。一度二度三度、彼の執拗な計画の前に、いまや伯母の命は風前の灯となっていくのだが・・・・・・
<感想>
アイルズの「殺意」、クロフツの「クロイドン発12時30分」にならぶ三大倒叙ミステリといわれているようであるが、その評価はどうであろうというのが感想である。はっきりいえば、この作品は物語であってミステリとしては脱却していないといえるだろう。
たしかに伯母を殺害するためにあれやこれやと計画が練られているのであるがそのお粗末さ加減はどうだろう。ただ、そのお粗末さをあえて狙ったというのかもしれないが、それはそれでただ単にユーモア作品となってしまう。そしてミステリとして成立させるならば、本書の最終章である“後記”の部分にてそれなりのトリックを用いるべきである。しかしこの“後記”の部分では(側面的という見方はあるにしても)すでに読者がわかりきっていることが繰り返し描かれているだけにしか感じないのである。ここでなにか仕掛けがなされればミステリといえるのだろうが、そうした効果が得られないのが弱点であろう。
否定的な意見ばかり書いてしまったが、これも物語り自体が少々胸糞わるく感じられて、けっして好感がもてるものではなかったというせいもあるのかもしれない。とはいえ、それでも倒叙小説の走りとしては注目されるべき作品なのであろう。
<内容>
町の富豪が列車の中で死亡した。死因はかぎ煙草に仕込まれていた毒によるもの。警察はその毒を誰が混入したのかを調べる事に。しかし、被害者の富豪は大勢の人々から嫌われており、秘書、執事、司祭、切手商と容疑者だらけという始末。この中で被害者を殺しえることができたのは誰なのか? その容疑者は法廷にて裁かれる事になるのだが・・・・・・
<感想>
本書は法廷での容疑者に対する告発と、事件の調査が並行して進められるという形式で書かれている。最初のほうは気がつかなく、途中でようやく気づいたのだが、法廷の場面が描かれているにも関わらず、誰が告発されているのか名前が伏せられているのだ。最終的に、その容疑者の名が明かされ、裁判により判決がくだされるという一風変わった小説になっている。
という、変わった構成の本ではあるのだが、その書き方が成功しているとは思えなかった。どうも、この本では、単純な事件をわざわざ回りくどく書いているだけという気がしてならなかった。また、法廷場面は描かれているものの、検察にしろ弁護士にしろ、捜査や弁護の焦点があいまいに思え、きちんとした法廷ミステリーの体裁がとられているとも思えなかった。
また、本書の大きなネタとして、評決後に明かされる真相というものもあるのだが、それを読んでもあまり感じ入ることができなかった。結局のところ、ただ単に真相がぼかされて終わっただけという気がしてならない。
<内容>
<ラッフルズ・ホームズの冒険>
「ラッフルズ・ホームズ氏ご紹介」
「ドリントン・ルビーの印章事件」
「バーリンゲーム夫人のダイヤモンドの胸飾り事件」
「ペンダント盗難事件」
「真鍮の引き替え札事件」
「雇われ強盗事件」
「ビリントン・ランド青年の贖罪」
「ひったくり犯にして厚顔無恥のジムの思い出」
「407号室事件」
「将軍の黄金の胡椒入れ」
<シャイロック・ホームズの冒険>
「ホームズ氏、霊界から通信を発する」
「ホームズ氏、ある重大な告白をする」
「ホームズ氏、悪巧みに失敗しつつも一山当てる」
「ホームズ氏、歴史をひっくり返す」
「ホームズ氏、アリバイを粉みじんにする」
「ホームズ氏、著者問題を解決する」
「ホームズ氏、「難事件」にとりくむ」
「ホームズ氏、ソロモンの弁護士として活動する」
「ホームズ氏、伝説を粉砕する」
「ホームズ氏、最後の事件」
<感想>
ユーモア小説作家であるJ・K・バングズ氏によるシャーロック・ホームズのパロディ本。「ラッフルズ・ホームズの冒険」は、怪盗ラッフルズを祖父に、探偵シャーロック・ホームズを父に持つというラッフルズ・ホームズが活躍する冒険譚。同時収録としてシャーロック・ホームズのパロディ、「シャイロック・ホームズの冒険」も掲載されているが、こちらは本国でも単行本化はされていないらしい。ここに掲載されている作品はどれも1900年初頭に書かれている(だいたい1903年〜1905年ごろ)。
著者のバングズ氏、シャーロック・ホームズの熱心な読者であり、このような短編を何作も書きあげているというのだが、この作品集を読んでもホームズ愛というものがあまり感じられない。むしろ、熱心なシャーロキアンがこれを読んだならば、怒り出す人もいるのではないだろうか。バングズ氏自身がミステリ作家ではなく、ユーモア作家であるということも、そのように感じられる一因であるのだろう。本書は探偵小説というよりは、ユーモア風刺小説という感じであった。
しかし、このバングズ氏、実際にコナン・ドイルとの交流までもがあったりと、結構ホームズに御執心であったよう。「シャイロック・ホームズの冒険」を書いた理由が、ホームズが滝から落ちて死亡したというショッキングな作品を読んだ故に、霊界とホームズを結び付ける作品を書いたとのこと。しかし、最終的にホームズが復活した故に、この作品の継続を辞め、単行本化もしなかったのではないかと考えられているので、シャーロック・ホームズに対する熱意は人並ならぬものがあったのだろう。
とはいえ、「ラッフルズ・ホームズの冒険」を読んでも、シャーロック・ホームズの影を感じ取ることはできず、単にホームズの名をかたる詐欺師の話を読んでいるようであった。面白かったのは、ワトソン役を務める作家が徐々に意外な存在感を見せ始めるということくらいか。
そんなこんなで生粋のホームズ・ファンには薦めにくい作品。社会風刺が好きな方に読んでもらいたいというくらいしか、お薦めできる層がないような・・・・・・
<内容>
怪盗四十面相クリーク。警察の追跡をものともせず、数々の強奪事件を成功させる。しかし、そのクリークが自身の罪をつぐないたいと、その能力を生かし探偵へと趣旨変えをする。そうして新たに名探偵となったクリークが、9本指の骸骨の事件、火色の大蜘蛛事件、ダービー馬襲撃事件、ほほ笑むライオン事件、仏牙舎利事件、消えるベルト事件、棺の中のミイラ事件、死因不明事件ら難事件を解決してゆく。
<感想>
このクリークの作品は、元怪盗のクリークが活躍する短編集と、その短編集をひとつなぎにして一つの長編とした作品とがあるらしい。本書は、長編バージョンのようである。本格ミステリとして見るのであれば、短編バージョンのほうがよいであろう。本書の長編バージョンでは、全体的な物語の流れとしてはわかりやすいものの、その分なんとなく対象年齢が下がってしまったように思える。まるで昔読んだルパン全集を思い起こさせるような感じであった。
この作品で扱われているミステリのトリックに関しては、かなり優れているものも掲載されている。“ほほ笑むライオン事件”(←私が勝手につけた)に関しては、有名トリックのひとつであったと思われる。何かのアンソロジーでも読んだ気がするのだが、ハンシューの作品が祖だったのかな?
また、“棺の中のミイラ事件”や“消えるベルト事件”などでも驚愕のトリックや不可能犯罪性を見ることができ、ミステリとして濃い内容である。
ただ、本書の焦点というのが四十面相クリークの生き様にあるので、ミステリ作品としての強調ぶりが薄いのがやや難といえよう。クリークとヒロインとの関係や、クリークと助手との関係とかが、ややロマンチックに書かれ過ぎているきらいはあるのだが、それはそれで楽しめないことはない。そうして、ラストでは主人公に関わるドラマチックな展開も待ち受けているので、読みどころは十分と言えよう。
<内容>
パン職人の息子のヴィドックは聡明であり、学校へ行けなくても、周囲の人々から文字の書き方や剣技を学び、技能を身に付けていった。しかしある日、知人にだまされ町からひとりで逃亡する羽目に陥ることに。そうしてほうぼうを回って金を稼ぎ身を立てていこうとしたヴィドックであったが、濡れ衣を着せられることとなり、投獄されてしまう。その後、ヴィドックは脱獄、投獄を幾度も繰り返すこととなる。そうした後に、ヴィドックは自らの生き方を変えようと、今まで裏社会で生き抜いてきた知識を生かし、新たなる警察組織を作ることを試み・・・・・・
<感想>
本書の主人公フランソワ・ウジェーヌ・ヴィドック(1775〜1857)は、「世界初の私立探偵」であり、「犯罪捜査学の父」とも言われる人物である。フランス皇帝ナポレオン一世の時代に世界初の刑事警察「犯罪捜査局」を創設し、それは世界中の警察機構の手本になったと言われる。また、推理小説上でもオーギュスト・デュパンやシャーロック・ホームズのモデルとなり、「モンテ・クリスト伯」や「レ・ミゼラブル」らの作品にも影響を与えていると言われている。
元々の書籍としてはヴィドック自身の自伝「ヴィドック回想録」というものがあるのだが、その中身が出版社によって勝手に水増しされ、原形をとどめないほど歪められてしまったとのこと。そこでヴァルター・ハンゼンが過去の文献などを検証し書き上げたのがこの伝記小説であるとのこと。
凄い背景を持った人物が過去にいたのだなと感心しつつも、これを読むと本当にこんなことがあったのかとやや眉唾ものに思えてしまう。ここに記載してあるものが、フィクションの物語であるとすれば納得できるのだが、ノンフィクションでこのような劇的すぎる人生を辿ることができるのかと不思議に思えるほどのもの。ただし、時代性もあるのでひとえに虚偽であると言いきれない部分もあるし、過去に実際に起きた出来事からも検証されたということなのであれば、ひょっとすると本当のことなのかなと。
そんな微妙な感想を抱くほど、とにかく劇的としか言いようのないストーリーが繰り広げられた伝記小説となっている。これまたどこまで本当のことかはわからないが、このヴィドックという人物がさまざまな有名小説や探偵小説の主人公のモデルになっているとされるのであれば、これは多くの人が読んで知っておくべき作品といえるであろう。