ハ行−ホ  作家作品別 内容・感想

八一三号車室にて   In Compartment 813 (Arthur Porges)

2008年09月 論創社 論創海外ミステリ80

<内容>
(第一部 ミステリ編)
 「銀行の夜」
 「跳 弾」
 「完璧な妻」
 「冷たい妻」
 「絶対音感」
 「小さな科学者」
 「絶望の穴」
 「犬と頭は使いよう」
 「ハツカネズミとピアニスト」
 「運命の分岐点」
 「ひとり遊び」
 「水たまり」
 「フォードの呪い」

(第二部 パズラー編)
 「八一三号車室にて」
 「誕生日の殺人」
 「平和を愛する放火魔」
 「ひ弱な巨人」
 「消えたダイヤ」
 「横断不可能な湾」
 「ある聖職者の死」
 「賭 け」
 「消えた60マイル」
 「悪魔はきっと来る」
 「迷宮入り事件」
 「静かなる死」
 「愛と死を見つめて」

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<感想>
 近年さまざまな出版社から、短編の名手の作品が刊行されているが、今年のナンバーワンはこの作品に尽きると言ってよいであろう。このアーサー・ポージスという作家の短編集はそれほどの優れものである。私自身は知らない作家であったのだが、さまざまなアンソロジーに取り上げられているそうなので知っている人も多い作家なのかもしれない(ひょっとすると自身も覚えていないだけで、読んだ作品があるのかもしれない)。

 この作品では選者の手によって“ミステリ編”と“パズラー編”に分かれているのだが、どちらも甲乙つけがたいほどよい作品がそろえられている。その中で特にパズラー編は、ひとつひとつの作品にそれぞれネタやトリックが収められており、これらを短編だけの一回きりでの使用で終えてしまうのはもったいないと思えてしまうほどである。特にどの作品が優れているというほどのものはないのだが、どれも及第点の佳作ばかりが集められている。

 また、この作品集のタイトルを聞くと、なにやら別の作品を思い浮かべてしまう人もいるかもしれないが、実はそれなりにうまい幕引きが用意されていたりと心憎い演出によるサービス精神も旺盛といえよう。

 この著者は数多くの短編を抱えているようなので、今後もまだまだ日本で紹介されることになるであろう。次回の作品集を楽しみに待ち望むとしよう。


アブナー伯父の事件簿   The Casebook of Uncle Abner (Melville Davisson Post)

1978年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「天の使い」
 「悪魔の道具」
 「私 刑」
 「地の掟」
 「不可抗力」
 「ナボテの葡萄園」
 「海賊の宝物」
 「養 女」
 「藁人形」
 「偶然の恩恵」
 「悪魔の足跡」
 「アベルの血」
 「闇夜の光」
 「<ヒルハウス>の謎」

<感想>
 この“アブナー伯父”のシリーズは独自の特徴を持った作品集である。現代的な範疇からすると、推理小説というものから少し外れているように感じられるところもある。しかしこの作品が書かれた時代においては、これはある種の“日常の謎派”といってもよいものなのかもしれない。アメリカ大陸が開拓され、銃を持ち、自分の農地を自分で守るのが当たり前の時代、これはその背景の中で成立する物語なのである。

 この作品の中では開拓地に生きるものたちの“掟”がキーワードになっている。正しく、そして苦労してこそ正当な報酬が得られるという生き方を元に、自分自身を貫いていくアブナー伯父。彼はその論理と針の隙間をも見逃さない観察力にて、さまざまな事件を真実へと導いていく。

 本書を通して提唱されるもののなかに、近代化への道というものが示唆されているように感じられる。これまでの開拓時代における無法の状態から、法の下へという考え方が述べられている「私刑」や「<ヒルハウス>の謎」などは印象的である。これを読むと、去年読んだマキャモンの「魔女は夜ささやく」という作品を照らし合わせて考えることができる。

 またこれら作品集は通常の推理小説とは異なった構成がとられている。この作品群の代表たる手法は、事件が起きた後(または起きる前に)アブナーが読者には提示していない証拠により、すでに事件の真相を突き止めており、それを用いて徐々に犯人を追い詰めていくというもの。よって、通説の推理小説におけるフェアプレイというものは欠けているように思えるものの、それが独自の作風となっている。アブナーが警句や引用を用いつつ徐々に犯人を追い詰めていくさまは圧巻といえる。これがこのシリーズの大きな特徴といえよう。

 映画的なドラマチックさを持つ「ナボテの葡萄園」、一番推理小説としてよくできていると思われる「藁人形」がベスト。


ランドルフ・メイスンと7つの罪   The Strange Schemes of Randolph Mason (Melville Davisson Post)

1896年 出版
2008年03月 長崎出版 <Gem Collection>

<内容>
 「罪 体」
 「マンハッタンの投機家」
 「ウッドフォードの共同出資者」
 「ウィリアム・バン・ブルームの過ち」
 「バールを持った男たち」
 「ガルモアの郡保安官」
 「犯 意」

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<感想>
 7つの短編が集められた作品となっているのだが、どの作品も生活に困った登場人物に弁護士ランドルフ・メイスンが、犯しても捕まらない犯罪計画というものを薦めている。そしてその計画が行われた後に、メイスンが法の穴を付くことによって犯罪者達の無罪を勝ち取るというもの。このメイスンという人物は、はっきり言って、弁護士というよりは犯罪コンサルタントとでも言ったほうがふさわしいであろう。

 本書で行われている犯罪については、100年以上も前の作品であるので、現代ではまかりとおることのないものであろう。しかし、理屈からすると当時であれば、このように法を手を逃れることができたのだろうと想像される。この作品での手口は、法律というものの融通の利かない部分を利用し、うまく犯罪自体の存在を無くしてしまうというようなものになっている。

 ただし、本書では犯罪者達は法の手から逃れる事はできるものの、世間一般的には罪を犯した人物であるという認識は変わりないのである。にもかかわらず、その犯罪を犯した人物達が皆、幸せを勝ち得ているというところが、この「ランドルフ・メイスン」という作品の奇怪さを表している。

 さらに付け加えれば、このポーストという著者は“アブナー伯父”のシリーズを書いている人物というからびっくりしてしまう。よくも、このように対極的な主人公を書き分けることができたなとただただ感心させられる。


ムッシュウ・ジョンケルの事件簿   Monsieur Jonquelle Prefect of Pollice of Paris (Melville Davisson Post)   5.5点

1923年 出版
2018年04月 論創社 論創海外ミステリ209

<内容>
 第1章 「大暗号」
 第2章 「霧のなかにて」
 第3章 「異郷のコーンフラワー」
 第4章 「失 明」
 第5章 「呪われたドア」
 第6章 「ブリュッヒャーの行進」
 第7章 「テラスの女」
 第8章 「三角形の仮説」
 第9章 「五つの印」
 第10章 「鋼鉄の指を持つ男」
 第11章 「まだら模様の蝶」
 第12章 「ルビーの女」

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<感想>
 上記の内容のところに、章立てを描いたのだが、何故かこれが目次に書かれていない。本書は短編集であって、それぞれの章で完結している作品なので、これを目次に書くべきではないかと思われるのだが、書かれていなかったのは何故だろうか?

 本書はタイトルの通り、パリ警視総監であるムッシュウ・ジョンケルが活躍する様子を描いた作品集。一応、分類としてはミステリであるのだが、個人的にはスパイもののような感触のほうが強かった。

 最初の「大暗号」が有名な作品であり、さまざまなアンソロジーにも掲載されているとのこと。ただ、この作品、まわりくどい説明に惑わされて、読んでいる最中、何を言わんとしているかがよくわからなかった。それが結末まで読んだ後に読み返してみて、ようやくこういうことをやりたかったのかと納得させられた。

 全編こんな感じでこの作品集、決して読みやすいものではなく、きちんと内容を把握しながら読んでいくには時間がかかるかもしれない。私も、途中くらいからようやく作風に慣れて来て、徐々に楽しんで読めたという感じであった。

 個人的に面白かったのは「異郷のコーンフラワー」。こちらは“ムッシュウ・ジョンケルの失敗”といってもよいような内容の作品で、思いもよらぬ結末が待ち受けている作品。

 全体的に、物語が始まった時点で、すでにムッシュウ・ジョンケルは結末にたどり着いており、それを最後に披露するというような感じの作品が多かったように思える。それゆえに、ちょっと“もったいぶった感”というか、そんな印象がちょこっと脳裏にこびりついていたような。


ドーヴァー1   Dover One (Joyce Porter)

1964年 出版
1967年01月 早川書房 ハヤカワポケットミステリ967

<内容>
 ジュリエット・ラッグ、まんまると太って、この世の患いごととはなんの関係もないような女が、とつぜん失踪した。ある朝姿を消してから、消息を断ってしまった。はじめ、若気のあやまちで駈け落ちしたとにらんでいたクリードン警察当局も、100キロ余もあるデブの女性が、そんなことするはずはないと考え、ひょっとしたら誘拐されたのではないかと判断した。
 そこではるばるロンドンから、イギリスの片田舎クリードンにやってきたのが、鬼警部と怖れられるロンドン警視庁主任警部ウィルフレッド・ドーヴァーと、その手足として動くマクレガー部長刑事だった。
 ドーヴァーは巨漢だった。6フィート2インチの体格、110キロという脂肪の多い肉を、出来合いの古びた服にくるみ、二重顎と猪首をその上にのっけていた。縮尺のちがったちんまりとした鼻、口、眼が、ばかでかい面積の顔の中で消え入りそうだった。
 かくて、ロンドン警視庁一の気むずかし屋のドーヴァー警部は、部下を徹底的にいじめながら、失敗を重ねつつ手がかりのなにもない捜査に乗り出していった!

<感想>
 元祖“キャラもん”とでもいったところか。事件性よりもどちらかというと、ドーヴァーその人にスポットを当てて書かれているようである。まぁそれでも刑事もの、シリーズものとしては良いのかもしれない。

 それでもラストはそれなりにドーヴァーが見せてくれ、それなりのオチをつけているのも、作品として評価はできる。ただ、序盤から中盤にかけての終始、取り調べに徹するというのも芸がないように思えた。


天国か地獄か  <なまけスパイ・シリーズ>   Neither a Candle Nor a Pitchfork (Joyce Porter)   6点

1969年 出版
1973年11月 早川書房 ハヤカワミステリ1210

<内容>
 イギリスの諜報員エディ・ブラウンは前の仕事によりフランスで刑務所に入れられ、ようやく拘留から解放されて戻った途端に次の仕事に派遣される。無理やり乗せられた飛行機から、パラシュートで放り出され、彼が到着した先は、ロシアの集団農場。エディはそこで、一人の女囚に関する難題を吹っ掛けられる羽目となり・・・・・・

<感想>
 著者のジョイス・ポーターはドーヴァー警部シリーズのほうが有名であるが、ここに紹介する“なまけスパイ・シリーズ”というものも書いていたようである。このシリーズの作品は初めて読むのだが、これまた珍妙としか言いようがない、変わった作品である。

 スパイものの作品は、そんなに数多くは読んでいないのだが、それでもこの作品がそういったジャンルのなかでも特殊な位置にある作品であるだろうと思えてしまう。とにかく主人公がこれでもかと言わんばかりの過酷な目に会う。ただし、ユーモア調になっているため、それほど過酷さを感じないようになっているはずなのだが、とにかくわけのわからない羽目に陥り、過酷としかいえない目に会っているのである。

 そのへんの何が起きるかわからないといった部分がこの作品の目玉のような気もするので、あえてここには詳しく書かないようにしようと思う。この作品、主人公に感情移入しすぎると読むのが辛くなってしまいそうになるほどのもの。むしろこの主人公に罰を与えているところを笑いながら見るというくらいのスタンスであれば、読書もはかどることであろう。タイトルでは“天国と地獄”となっているのだが、どこに天国があるのやら。むしろ“地獄から地獄へ”といったなんとも救いようのない作品。果たして、シリーズの全てがこんな内容になっているのであろうか?


二人で泥棒を ラッフルズとバニー   The Amateur Cracksman (E.W.Hornung)

1899年 出版
2004年11月 論創社 論創海外ミステリ3

<内容>
 賭博で莫大な借金を負ったバニーは、友人のラッフルズに助けを求める。そしてラッフルズが提案したバニーを助ける手段とは“犯罪”を犯すことであった!! それは青年貴族ラッフルズの泥棒紳士としての幕開けであり、バニーとの二人による冒険の始まりでもあった。

 「三月十五日」
 「衣装のおかげ」
 「ジェントルメン対プレイヤーズ」
 「ラッフルズ、最初の事件」
 「意図的な殺人」
 「合法と非合法の境目」
 「リターン・マッチ」
 「皇帝への贈り物」

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<感想>
 読んでみた感想はというと、ちょっと拍子抜けしてしまったというところ。なぜならば、肝心のラッフルズによる泥棒行為の部分があまりにもあっさりとはぶかれて書かれているのだ。こういった“怪盗モノ”では如何に計画を練り、如何にして盗み出すかという部分をサスペンスフルに描いてこその“怪盗モノ”であると思う。それが抜けてしまったら、どうにも薄っぺらい怪盗の虚像が残るのみでしかない。

 そういった事とは別に本書で楽しみを探すとなれば、そのキャラクター性についてであろう。なんといってもラッフルズとバニーとの関係がなかなかの見物となっている。いやいやながらもラッフルズの事が心配で犯罪に手を染めていくバニーと、どんどんと強引に事を進めてゆくラッフルズ。この2人の関係は今の小説であてはめると、御手洗と石岡のコンビを思い起こすことができる(あくまでもなんとなく)。

 それとまた、本書がモーリス・ルブランによるアルセーヌ・ルパン・シリーズの「怪盗紳士」の魁たる作品であることも読み取ることができるようになっている。「怪盗紳士」を読んだことのある人はぜひとも読み比べていただきたい。

 まぁ、歴史的な価値のある泥棒小説の1冊ということで。


またまた二人で泥棒を ラッフルズとバニーU   The Black Mask (E.W.Hornung)

1901年 出版
2005年01月 論創社 論創海外ミステリ6

<内容>
 ラッフルズが消え去ってから数年、突然そのラッフルズがバニーの前に姿を現した! 再び始まるラッフルズとバニーの冒険の数々。またまた二人で泥棒を。

 「手間のかかる病人」
 「女王陛下への贈り物」
 「ファウスティーナの運命」
 「最後の笑い」
 「泥棒が泥棒を捕まえる」
 「焼けぼっくいに−−−」
 「間違えた家」
 「神々の膝に」

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<感想>
 いや、前作でも思ったのだが、怪盗紳士と名が付けば本来はスマートな泥棒ぶりを見せてくれると期待するのが普通であろう。しかし、この二人が今作では前作にも増して泥臭い。なんといっても、前作での悲劇的な別れの後、バニーを待っていたのはなんと刑務所務め。そして刑期を終えた後は細々と暮らす毎日。さらには、復活したラッフルズでさえも姿かたちが変り、白髪交じりで老け込んでしまったというではないか。いやはや、なんとも重苦しい。

 では今作のできは悪いのかといえばそんなことはない。前作「二人で泥棒を」のほうは正直いって、あまり良い作品であると思えなかったのだが、今作は良い作品であると素直に思うことができた。なんといっても、作品全体的に円熟味を増したように感じられた。特に前述したようにラッフルズとバニーが泥臭い人生を送り、苦労したからこその円熟さというものがそのまま作品に出ているのである。

 前作では子供のちょっとした悪戯のような物語だったのが、今作では苦労人の泥棒の話に変化したといったところか。そして、前作では終始ラッフルズの行動をいさめていたバニーの態度にも変化が見られた。今作ではラッフルズの行動を容認し、完全にラッフルズのパートナーとして共に道を歩み始めたといえるであろう。

 これはなんとも、最終巻となる「最後に二人で泥棒を」を読むのが楽しみになってしまった。


最後に二人で泥棒を ラッフルズとバニーV   A Thief in the Night (E.W.Hornung)

1905年 出版
2005年03月 論創社 論創海外ミステリ10

<内容>
 ラッフルズと共に従軍した後、ひとり前線から帰還してきたバニー。そのバニーが今までのラッフルズとの冒険を振り返る。ラッフルズ最後の冒険集。

 「楽園からの追放」
 「銀器の大箱」
 「休暇療法」
 「犯罪学者クラブ」
 「効きすぎた薬」
 「散々な夜」
 「ラッフルズ、罠におちる」
 「バニーの聖域」
 「ラッフルズの遺品」
 「最後のことば」

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<感想>
 ラッフルズの冒険譚もこれで最後。1作目に比べれば2作目はずいぶんと円熟された作品となっていた気がする。そして3作目という事でさらに渋さが増してくるのかと思ったのだが、話は2巻以後のものではなく、以前の冒険をバニーが思い起こすというものであった。よって“より円熟味が増す”という事はなかったのだが、3巻になって“より内容に切れが増した”というように感じられた。それだけに、これで終わってしまうのが惜しいのであるが・・・・・・

 本書で内容に切れが増したと思える理由は、なんといってもラッフルズの仕事が成功している作品が多く見られたということ。1作目、2作目では“怪盗”といわれながらも失敗譚のほうが目立っていたように感じられた。しかし、今回はどちらかといえば成功譚が多く占められていたように思われた。その一つとして「銀器の大箱」などは見事であった。今となれば、さほど目新しいトリックではないものの、100年前に書かれた事を考えれば初めてこういうトリックが使われたといえるかもしれない。

 と、シリーズを通してみれば見事な作品集であったと心から言えるものであった。ただ、残念に思えることをひとつ付け加えるならば、本書はあくまでもラッフルズとバニーの物語であるべきであったと思う。しかし、本書ではバニーが昔を思い起こすという形式が採られていることにより、バニーの物語になってしまっているのである。ゆえに、最後の締めもバニーのみの幕引きであり、ラッフルズとバニーの関係に幕が引かれたとは言えなかったように感じられるのである。それともラッフルズという存在に対して終止符を打ちづらかったということなのだろうか・・・・・・


奇妙な捕虜   The Strange Prisoner (Michael Home)   6点

1947年 出版
2024年01月 論創社 論創海外ミステリ311

<内容>
 1945年、第二次世界大戦が終結しようとする間近、イギリスの捕虜収容所内のドイツ軍人のなかに奇妙な男がいると報告された。情報局のバートラム・フレッチャー大佐は、その男をロンドンまで移送しつつ、男から情報を引き出すという任務を申し付けられる。フレッチャーがその任務の遂行中、捕虜の男に逃げられる羽目となり・・・・・・

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<感想>
 著者のマイケル・ホームという人物であるが、実は論創海外ミステリでも紹介されているクリストファー・ブッシュの別名義である。マイケル・ホーム名義の作品が翻訳されるのは初のこと。

 内容は、スパイものと言ってよいであろう。ただし、スパイが何かを行使するというよりも、そのスパイらしき人物の目的を探るというような内容。タイトルのとおり、奇妙な捕虜がいて、その人物が怪しげではあるが何を考えているかわからないので、なんとか事情を聴取していこうと試みることとなる。

 本書を読んでいる最中は、正直言って退屈であった。というのも、奇妙な捕虜がいるというだけであり、その目的が全くはっきりしないので、ただ漠然とその行動を追っていくのみとなっている。一応、その男が行方をくらませたり、また戻ってきたり、はたまた行方をくらませたりと、物語上での様々な展開は見られるように描かれてはいる。

 ただ、本書の後半になり、“奇妙な捕虜”の背景が明らかになって行くと、俄然興味が湧いてくることとなる。それまでの奇異な行動の数々とその裏に隠された真相が全て明らかにされる。最後まで読むと、なるほどと感心させられるものとなり、これは物語として非常にうまく描かれていると感嘆させられた。ミステリという感じではないかもしれないが、物語として序盤から中盤にかけての伏線をきっちりと回収していく描き方は見事であった。


不思議なミッキー・フィン   The Mysterious Mickey Finn (Elliot Paul)

1939年 出版
2008年01月 河出書房新社 <KAWADE MYSTERY>

<内容>
 ホーマ・エヴァンズらは画家のヤルマーを助けようと、近隣の画家たちから絵を借り、それをヤルマーが描いた事にして、彼のパトロンである富豪のヒューゴ・ワイスを納得させようという計画をくわだてた。その計画は見事に成功し、ヤルマーはワイスから今後の生活費にあてるための大金をかせぐことができた。しかし、その直後ヒューゴ・ワイスの行方がわからなくなってしまう。エヴァンズやヤルマーらは、ワイス失踪事件の容疑者として警察から追われる羽目になり・・・・・・

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<感想>
 序盤は主人公としてミステリアスな万能タイプの探偵っぽい人物や、それをとりまく多くの芸術家達が登場して、場をにぎわせてくれる。これは雰囲的にもよいミステリ作品になりそうだと思ったのだが、富豪が失踪するという事件が起こった後から徐々に内容がトーンダウンしていったと感じられた。

 富豪が失踪し、その行方を主人公や警察が協力し合って多くの者で共同で探していくこととなるのだが、このへんの情景が雑多で何が何だか色々な意味でわかりづらくなってゆく。事件が起こる背景もこれといって説明されないまま、場面だけが動いてゆくので行き当たりばったりの展開のようにしか思えなく、後半にいたっては何故これ以上物語が続いているのかさえ、よくわからなくなってしまう。

 まぁ、雰囲気を楽しむような作品といえるだろうから、このような内容でもいいのかもしれないが、ミステリ作品を楽しみたいと思って読むと、肩透かしを食らってしまうこととなるだろう。できれば、序盤の雰囲気のまま、ミステリ色の濃い内容へと進んでいってもらいたかったところ。

 ちなみにタイトルになっている“ミッキー・フィン”とは作中に出てくる怪しげな飲み薬のこと。


幽霊狩人カーナッキの事件簿   The Casebook of Carnacki the Ghost Finder (W. H. Hodgson)

1910年〜1947年 発表
1977年 国書刊行会 <ドラキュラ叢書>
1994年 角川書店 角川ホラー文庫
2008年03月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「礼拝堂の怪」
 「妖魔の通路」
 「月桂樹の館」
 「口笛の部屋」
 「角屋敷の謎」
 「霊馬の呪い」
 「魔海の恐怖」
 「稀書の真贋」
 「異次元の豚」
 「探偵の回廊」

<感想>
 読んでみて、これまた変わった作品集があるなと感心させられてしまった。初めて紹介される作品かと思いきや、既に何度か日本で訳されている模様。本書はその新訳版とのこと。

 この作品の特徴は幽霊などの怪奇現象に精通したカーナッキという人物がさまざまなオカルト現象に挑むというもの。ただし、その謎の解明の仕方はさまざまで霊的な不可解な現象を取り扱ったものもあれば、人為的なミステリ・トリックを扱ったような作品もあり、さらにはあいまいなまま話が終わってしまうようなものまである。つまり、読んでみなければ、どのような内容の話が語られるのか想像がつかないものばかりなのである。

 よって、ここで作品の詳細について紹介してしまうと、本書を読もうとする人の楽しみの半分以上を奪ってしまう事になりかねないので多くは語らないこととする。

 この作品集はミステリ・ファンでも充分に楽しめる内容であり、またホラー・ファンも納得させるような内容でもある。特に怪しげな五芒星や魔術書を用いて除霊を行おうとするカーナッキの様相にはオカルト・ファンであればたまらないのではないかと思われる。

 そんななかで特に印象的であった作品をひとつ述べると、タイトルがすごい「異次元の豚」。豚の異次元空間というものをこれでもかといわんばかりに表した作品。本書のなかでこの作品のページ数が一番長く、その長いページ数を使って延々と豚の異次元空間が繰り広げられるという世にも奇妙な作品である。これほど奇怪な作品というものにはなかなかお目にかかれないのではないだろうか。

 というわけで幅広く、さまざまな分野のファンを惹きつけるであろう作品。奇書ファンの人であれば必ずや持っていたい本ではなかろうか。


看護婦への墓碑銘   Epitaph for a Nurse (Anne Hocking)

1958年 出版
2005年12月 論創社 論創海外ミステリ35

<内容>
 ベテラン看護婦のビッグズは優秀な看護婦と称されながらも、婚期を逃しつつあることにあせっていた。あるとき、ビッグズは結婚するにふさわしい男性を見つけ、話はとんとん拍子に進んでいったものの、彼と結婚するのにまとまったお金が必要であった。そこでビッグズは入院患者たちの秘密を知りえたときに、その患者達から金をゆすることによって大金を手にしていった。そんな行為を続ける彼女であったが、ある日死体となって発見されることとなり・・・・・・

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<感想>
 本が薄いということもあるが、サクッと読むことができるミステリ作品である。ライトな感覚、と言いたいところだが、若干内容がどろどろしているのでそうとも言い切れないところがある。とはいえ、読みやすい作品であることは確かである。

 この作品では特に主人公らしい人物というのは見受けられない。後半になって警察の捜査が行われるようになってからは警官たちが主人公らしくなるのだが、事件が起きるまでは色々な人たちの視点で物語が進められていく。

 そのなかで印象深い人物は当然のことながら、タイトルの所以にもなり、物語途上で殺害されることとなるビッグズ看護婦。この看護婦は強い結婚願望があり、結婚をあせるあまり、患者を脅して金をせしめるという行動へとはしってしまうこととなる。結局のところ殺害されても時効自得としか言えないのだが、その心理的な移り変わりが切実であり、伝わってくるものがある。

 また、事件自体もありきたりのところで収まってしまうように思えたのだが、意外にも一ひねりありと、最後まで読者を楽しませてくれる内容になっている。

 正直なところ、もうちょっと癖というか作品を特徴付ける何かがあってもよかったと思うのだが、そういったものがない分、さらっと読むことができるサスペンス・ミステリに仕上がっているということでなのであろう。


ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件   Seis Problemas para don Isidro Parodi

1942年 出版(J.L.ボルヘス、A.ビオイ=カサーレス)
2000年09月 岩波書店 単行本

<内容>
 ラパス=ブエノスアイレス間をノンストップで結ぶ<パンアメリカン>急行。その中でロシア皇女ゆかりのダイヤが盗まれ、ふたりの男が殺された。事件に巻き込まれ、窃盗と殺人の容疑をかけられた、ひとりの舞台俳優が273号独房に収監されているイシドロ・パロディのもとに相談にやってくるが、はたして事件の真相は? 「ゴリアドキンの夜」
「あらゆることは偶然に起こりえないはずです」執念深く恨みっぽい父親に、自分の人生を設計し尽くされたひとり息子リカルドの数奇な運命・・・・・・「サンジャコモの計画」
 秘密の湖の至聖所から盗まれた護符の宝石を取り戻すべく、雲南から、はるか遠くアルゼンチンに送り込まれた魔術師タイ・アンの秘策は? 「タイ・アンの長期にわたる探索」
 ポー、M.P.シール、バロネス・オルツィの伝統を継承しつつ新しく蘇らせた、ボルヘスとビオイ=カサーレスによる、チェストン風探偵小説6篇。

<感想>
 昔、どうにも教師の話していることが理解できない授業があった。集中して聞こうと思うほど眠くなり、やがてはほんとに寝てしまう。そんな経験があったが、この作品はそんな出来事を思い起こさせる。独房に収監されているイシドロ・パロディの元にさまざまな人が来て、彼に事件について話し始める。その事件の出来事が全て、口語体で語られるのだが、これがなんともわけがわららない。よって事件の状況がさっぱりわからないのだ。そして最後にイシドロが事件を解決するのだが、その解決を聞いてようやくどういう状況で事件が起こったのかが分かる始末。

 これはどうも私の理解力が欠けているのか? 訳のせいなのか? 最初からこういう文体なのだろうか?

 私だけが理解できないのかと思いきや、上記の<内容>は裏表紙に書かれていたものを書き写したのだが、その中で一部事件の解決に触れている部分がある。これを書いた人は、ひょっとして私と同じような読み方(結末によって全体を理解するという)をしたのではなどと邪推してしまった。

 しかし、この作品はボルヘスが書いていなくても翻訳される作品なんですかねぇ・・・・・・


命取りの追伸   Postscript to Poison (Dorothy Bowers)

1938年 出版
2013年12月 論創社 論創海外ミステリ112

<内容>
 ロンドンの郊外にて医師を営むトム・フェイスフル。彼が診ている患者のひとりで資産家の老婦人コーネリア・クラウン。一時は、危ない状況であったのだが、今は体調を取り戻し、安心できる状態となっていた。そんなおり、トムのもとに何者かからの脅迫状が届く。彼が老婦人に毒を盛っていると・・・・・・。不穏なものを感じたトムは、その脅迫状を警察に提出する。その矢先、老婦人が突然体調を崩し、死亡してしまう。状況に不審なものを感じたトム医師は、警察に委ねることとし、その結果コーネリア・クラウンが毒殺されたという事が明らかとなる。生前、コーネリアは財産の相続を盾に、孫娘や使用人をいびり倒しており、命を狙われてもおかしくない状況であった。事件を調べることとなったロンドン警視庁のダン・バードウが出した結論とは・・・・・・

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<感想>
 探偵小説黄金時代と呼ばれた1920年代から1930年代にデビューした作家のひとり。謎解きと巧妙な人物描写が一体となっていて、セイヤーズの後継者とみなされていたとのこと。ただ、46歳という若さで結核により亡くなり、5冊の長編のみしか書かれていなかったとのことで、日本では注目されないままであったよう。そんなドロシー・ボワーズの処女作がこの「命取りの追伸」である。

 読んだ印象としては非常に地味。資産家の老婦人が亡くなるところまではスピーディーな展開ともいえるのだが、そこから遅々とした地味な展開が続いてゆく。ラスト近くになると展開が速くなるものの、序盤から中盤にかけては展開がかなり遅めという感じである。

 とはいえ、読み終えてみると、きっちりとした本格ミステリであるということがわかる。きちんと考え抜かれ、交錯する感情により事件が複雑化したという構成をうまく表している。ただ、気になったのは、人物描写の書き分け。二人の孫娘とか、数多くいる使用人たちとか、警察の面々とか、それぞれが個性が乏しくて、わかりにくいと感じられた。特にミステリ的な内容として、二人の孫娘の人物描写は非常に大事と思われたので、もう少しわかりやすく描いてもらいたかったところである。

 色々と不満を感じつつも、本書がきちんとした本格ミステリであることは変わりなく、それなりにうまく出来ている作品と感じられた。ゆえに、このドロシー・ボワーズの他の作品もぜひとも読んでみたいと思っている。せっかくだから残り4作品も是非とも、このまま論創社から出してもらえたらと願っている。


アバドンの水晶   Fear for Miss Betony (Dorothy Bowers)   5点

1941年 出版
2022年12月 論創社 論創海外ミステリ292

<内容>
 元教師で隠居していたエマ・ベットニーは、かつての教え子グレイス・アラムから、アラムがつくった学校の運営を手伝ってもらいたいと誘いを受ける。エマはその誘いを受け、アラムのもとへ。そのアラムの学校は、とある問題を抱えていた。その学校は、元は病院であり、病院が閉鎖された後に、二人の患者がそのまま学校に残ることになってしまったのだ。二人とも年老いた老婆であるのだが、そのうちの一人がしょっちゅう騒ぎを引き起こし、アラムらに迷惑をかけていた。また、最近学校の職員らが、“グレイト・アンブロジオ”と名乗る占い師に夢中になっており、その占い師を巡って、小競り合いが行われていた。そうした問題を抱える学校に来たエマは、何故か始終不安にかられることとなり・・・・・・

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<感想>
 論創社からは「命取りの追伸」が出版されたことのあるドロシー・ボワーズの作品が久々に訳された。長編が全部で5冊しか書かれていないということなので、未訳作品が今後も訳されることになるかもしれない。前に訳されたスパンから考えると、忘れたころにまた邦訳されそう。

 本書は、とにかく微妙な内容だなぁーと。事件を描いているというよりは、個人の不安を描いているという感じであった。なんとも進行がじれったく、それっぽい事象がありながらもなかなか事件に発展してゆかない。それゆえ、ミステリというよりは、普通小説を読まされているような感触。

 何気に、ミステリっぽい要素はちりばめられている。毒を盛られていると始終騒いでいる老婆、何故か不審な動きをする学校内部の職員たち、不穏な占い師とその占い師に夢中になる人々、そしてさらなる毒に関する事件。こうしたものが取り上げられるも、なかなか事件に発展していかないところがもどかしい。ただ、その裏で何かが進行しているような雰囲気だけは、なんとなく感じ取ることができる。

 実はこの作品、最後まで読み通してみれば、意外ときちんとしたサスペンス・ミステリになっていることがわかる。ただ、事件が起きてからの警察捜査とかの場面が、最後の最後になるまで行われない。最後になって、矢継ぎ早に伏線回収みたいなことが行われることとなる。その結末は、何気にきっちりとしたミステリになっているなと感心させられるものであるのだが、全体的な後始末についてもどこか中途半端。なかなか良い作品と思えただけに、書き方を工夫すれば、普通に良い作品になったと思われるのだが。


未来が落とす影   Shadows Before (Dorothy Bowers)   5.5点

1939年 出版
2023年11月 論創社 論創海外ミステリ306

<内容>
 アウレリア・ブレットは精神疾患により徘徊癖のあるウィアー家の夫人ケイトの付添婦をすることとなった。そのウィアー家では、以前にケイトの妹が毒により死亡し、ケイトの夫のマシューに疑いがかけられたものの、無罪になるという事件が起きていた。そうしてアウレリアがウィアー家で過ごす中、ケイト夫人が野草入りのハーブティーを飲み、死亡するという事件が起きる。死因は砒素中毒とのこと。いったい、誰が夫人を殺害せねばならなかったのか? ロンドン警視庁のパードウ警部による捜査が行われ・・・・・・

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<感想>
 論創海外ミステリでは、既に2冊の作品が紹介されているドロシー・ボワーズ。早くに亡くなってしまった作家ゆえに5冊の長編しか書いていないのだが、そのうち本書を含め3冊は論創海外ミステリ、1冊は別の出版社から邦訳されており、残されたのはあと一冊となっている。

 本書は、毒殺事件を描いたもの。資産を持つとされる女性が毒により死亡する。その女性が精神的に不安定であるために、付添婦をつけておいたのだが、その付添婦が睡眠薬で眠らされ、その間に被害者が死亡するという事件が起きてしまう。この被害者の周辺では少し前にも似たような毒殺事件が起きており、その事件との関連が取りざたされる。また、被害者女生と懇意にしていた近所に住んでいた女性が謎の失踪を遂げていることも事件にまつわる不可解なものとしてあげられる。

 と、いうような事件を扱った作品である。事件の捜査については、この著者の作品ではお馴染みとなっているパードウ警部の手によって行われることとなる。序盤は、雇われた付添婦視点で始まる物語であったが、途中からは警察の捜査による警察視点の物語として展開されてゆく。

 興味深い作品のように思えつつも、最終的には物足りなさを感じられた作品。なんとも犯人側の行為において、余計だと思われた行動がいくつもあったような感触。また、真相の背景についても、それは先に作中で表しておくべきなのではないかと思えるものもあったので、あまりうまく作り上げられていない作品という感じであった。事件が起きたときまでの仕立て方はうまく作られていたと思えただけに残念。


ソープ・ヘイルズの事件簿   Thrilling Stories of the Railway (V. L. Whitechurch)

1912年 出版
2013年04月 論創社 論創海外ミステリ104

<内容>
 「ピーター・クレーンの葉巻」
 「ロンドン・アンド・ミッドノーザン鉄道の惨劇」
 「側廊列車の事件」
 「サー・ギルバート・マレルの絵」
 「いかにして銀行は救われたか」
 「ドイツ公文書箱事件」
 「主教の約束」
 「先行機関車の危険」
 「盗まれたネックレース」

 「臨港列車の謎」
 「急行列車を救え」
 「鉄道員の恋人」
 「時間との戦い」
 「ストの顛末」
 「策略の成功」

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<感想>
 列車ミステリの先駆け的作品。ただし、ミステリといっても謎解きというよりも冒険ものという印象が強い。

「サー・ギルバート・マレルの絵」は、この短編集のなかで最も有名な作品。列車の途中の車両が走行中に消失するというもの。列車関連のアンソロジーがあれば、必ず掲載されていると言っても過言ではない。

 他の作品では、列車を使用して如何にして届け物を間に合わせるかとか、如何にして列車の運行を遅らせるかとか、そのような内容のものが目立った。違法すれすれ(といくか、ほぼ違法?)の強引な手口による解決方法が面白い。また、探偵ソープ・ヘイルズのところ構わず健康運動を実施するという奇癖も目をひくものとなっている。

 個人的に残念であったのは、全ての作品がソープ・ヘイルズものではなかったこと。できれば全編通してソープ・ヘイルズの奇癖と活躍を見たかった。「臨港列車の謎」以降はノン・シリーズものとなっている。内容に関しては、前半の作品と大きく異なるものではないのだが、それだからこそソープ・ヘイルズを登場させてもらいたかった。


めまい   Sueurs Froides (Bojleau = Narcejac)

1958年 出版
2000年09月 パロル舎 単行本

<内容>
 警官を辞め、弁護士業を営んでいるフラヴィエールは旧友のジェヴィーニュから頼まれて、彼の妻を見張り始める。ここ最近、妻のマドレーヌ様子がおかしいというのである。しぶしぶながら仕事を引き受けたフラヴィエールであったが、見張りを続けているうちにマドレーヌに惹かれはじめ・・・・・・

<感想>
 ボアロー=ナルスジャックという作家のことは聞いたことがあったが、実際にオリジナルの作品を読むのは初めてのような気がする。この作家の名前をどこで聞いたことがあるかといえば、アルセーヌ・ルパンのパスティーシュを書いたことがあるということを聞き、記憶の中にひっかかっていた。そしてようやくその作家の本を読むことができた。

 実際のところ読んでみれば普通のフランス製のサスペンス小説といった感じであった。主人公であるフラヴィエールという男性が必要以上に女性の張り込みを行い、やがてはそれが病的というかストーカーともいえるような行為までに発展していくというもの。

 序盤を読んだ限りでは「罪と罰」とまではいかないにしても、そういった主人公の内面を描いた文学小説風の作品なのかという印象であった。やがては主人公が行過ぎた行動とることによって、彼自身の精神が崩壊していく様子を描いた作品なのだろうと感じ取る。しかし、最後の最後で実は・・・・・・という真相に驚かされるという展開。結局読み通してみると、ジョン・F・バーディンの「悪魔に食われろ青尾蝿」ばりのサスペンス小説であったということに気づかされる。

 読んでいる途中は微妙としか感じられなかったのだが、最後まで読んでみて、実はよくできたサスペンス小説であったということを思い知らされる。独特といえるかどうかはわからないが、タイトルのとおり“めまい”を感じさせるかのような語り口が印象として残る作品であった。

 ヒッチコックによって映画化されているようなので、知られざる作品と言うのには程遠いだろうが、サスペンス小説としては日本では知られざる名作といえるかもしれない。フランス製サスペンス小説が好きな人には・・・・・・今更薦めるまでもない作品なのだろう。


技師は数字を愛しすぎた   L'Ingenieur Aimait Trop les Chiffres (Bojleau = Narcejac)

1958年 出版
1960年03月 東京創元社 創元推理文庫
2012年04月 東京創元社 創元推理文庫(新版)

<内容>
 パリ郊外にある原子力施設で起きた事件。銃声を聞いた二人の技師が現場へと駆けつけると、そこで技師長のジョルジュ・ソルビエが撃ち殺されていた。しかし、犯人の姿はなく、まるで消え失せたかのよう。さらには、金庫から20キロはあると思われる核燃料チューブが消え失せていたのである。いったい誰が? 何のために? どうやって? パリ司法警察警部マルイユが捜査に乗り出すのだが、いたるところで姿なき犯人の手により事件が起こる。マルイユは執拗に捜査を続けるのであったが・・・・・・

<感想>
 復刊作品であるのだが、さすがに復刊されるだけあって秀逸な作品。これでもかというくらいに起こる不可能犯罪。その事件を執拗に追いかけ続けるマルイユ警部と犯人との死闘が繰り広げられる。

 この作品ですごいと思われるのは、容疑者と目されるものの姿が最後の最後まで一向に見えないこと。誰がこれらの不可能犯罪を成し遂げているのかが全く分からず、予想もつかない。その不可能犯罪が繰り返されるにいたっては、まさか超常現象ではないかとさえ想像してしまう始末である。

 しかし、マルイユ警部が最後の最後まであきらめずに事件を追っていった結果、ようやく犯罪者が姿を現すこととなる。これらトリックのうちには、偶然が重なったものもあるのだが、それでもうまくできていると感心せざるを得ない。事件の全貌がわかったときには、確かに不可能犯罪を完成させるにはこれしかないと納得させられてしまうのである。実によくできている作品。“名品”という名に偽りなし!


震える石   La Pierre qui Tremble (Pierre Boileau)   5.5点

1934年 出版
2016年11月 論創社 論創海外ミステリ184

<内容>
 休暇を過ごそうと旅立った私立探偵アンドレ・ブリュネルであったが、乗り込んだ列車でひとりの女性が襲撃され、間一髪助け出す。女性は資産家である伯爵家に嫁ぐことになっているドゥニーズ。ブリュネルは彼女からの誘いをいったんは断るも、犯人の気配を感じ取り、彼女が嫁ぐ資産家の家“震える石”と呼ばれる館へ乗り込むことに。そしてブリュネルは謎の怪人物と死闘を繰り広げることとなり・・・・・・

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<感想>
 ピエール・ボアローと言われてもピンとこない人が多いと思うが、ボアロー&ナルスジャックのボアローと言えば、ミステリファンならばお馴染みではなかろうか。そのボアローが単独で書いた処女長編がこちらの作品。

 本書の印象と言えば、本格ミステリというよりは、冒険サスペンスという感じ。ボアロー&ナルスジャックでアルセーヌ・ルパンのパスティーシュを書いていたのは有名であるが、この作品はまさにそんな感じの小説。主人公は私立探偵で、謎の姿の見えない怪人物と死闘を繰り広げるという話。

 真相が明らかになればミステリっぽい部分も十分に垣間見えるのだが、本格ミステリ色を強くするならば、真相へといたる伏線をもう少し張ってもらいたかったところ。また、真相がひとりの人物から伝聞されたことをそのまま語るという形式もどうかと思われた。

 まぁ、細かいことは気にせずに冒険譚として読めば、懐かしさの感じられる冒険小説として楽しむことができるであろう。




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