カ行−ク  作家作品別 内容・感想

狩人の夜   The Night of the Hunter (Davis Grubb)

1953年 出版
2002年12月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ベン・ハーバーは妻と幼い子供たちに大金を残してやりたいと願い、強盗事件を犯す。その後ベンは捕まるが金の隠し場所は明かさないまま処刑されてしまう。そのベンから執拗に金の場所を探り出そうとしていた自称伝道師ハリー・パウエル。ハリーは大金に魅せられ、やがてベン・ハーバーの妻と子供たちへと魔の手を伸ばしてゆき・・・・・・

<感想>
 まさに元祖サイコ・ホラー、元祖ストーカーという名にふさわしい作品。話自体が傑作かと問われると微妙であるのだが、この作品に出てくる悪党が映画「ケープ・フィアー」にてロバート・デニーロが演じた凶悪犯のモチーフになっていると聞けば、興味がわく方もいるのではないだろうか。

 ストーリーは伝道師と名乗る悪党の手から、少年がひたすら逃げるというもの。しかも少年は全くなすすべもなく、圧倒的に不利の中でただただ逃げ惑うだけという絶望感が全面的に押し出されている。

 本書を読んでいて感じたのは、あまりにも意思の疎通が成り立っていないということ。主人公たる少年は悪党の手から逃れようとするものの、周囲にいる大人たちは全く彼の気持ちを理解しようとせず、むしろ悪党の手に引き渡そうとせんばかり。最後の最後で理解者らしきひとと巡り合えるものの、それでも真の意味で少年の心が理解されたとは言い難い。

 また、他の登場人物らも常に自分自身の意思のみを尊重し、決して他の者の意見に耳を傾けようとはしない。その最たるものは、強盗殺人を犯して子供たちに金を残そうとした父親であろう。しかし、そういったなか人々の意思や考えを周到に理解し、それを利用しようとするのが物語の悪役であるハリー・パウエルなのである。ある意味、彼一人だけが他の登場人物たちの思いを正確に理解し、うまく立ち回っていたと言えるのであろう。

 この善人であるはずの人たちの他人への配慮のなさと、悪役の執拗な理解力という奇妙なバランスの悪さがこの物語の悪辣な魅力を高めているのかもしれない。


真実の問題   Beyond a Reasonable Doubt   6点

1950年 出版
2001年01月 国書刊行会 世界探偵小説全集33

<内容>
 姉夫婦の家で開かれたパーティの夜、ジェス・ロンドンは、腕利きの弁護士で事務所の上司であった義兄が、卑劣な陰謀家だったことを知り、怒りに駆られて彼を殺してしまう。翌朝、姉から嫌疑をそらすためジェスは衝動的に自白するが、警察では初め、感傷的な犠牲的行為として取り合おうとしなかった。しかし、強力な状況証拠と目撃証人の出現に情勢は一変し、当局もついにジェス逮捕へと踏み切った。窮地に立たされたジェスは法廷では一転して罪状を否認、被告自ら弁護に立つという起死回生の奇手に打って出る。四面楚歌の中、ジェスは持てる限りの法廷戦術を駆使して無罪を勝ち取ろうとするが、果たして評決の行方は・・・・・・

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<感想>
 のっけから話は早い展開にて進んでいく。巧妙に仕組まれた罠、そして殺人へと。

 ただ、それだけであれば地味な展開なのだが、ここで物語りは奇妙な方向にねじれていく。相互の意思のすれちがいにより、本来の一直線である筋道を蛇行するかのように真実への追及が揺れ動いていく。真実という面からの到達点においては、蛇行していてもたどりつく道は同じかと思うのだが、そこへどういう形でたどり着くのかが興味深い。いや、もしくはその地点に本当にたどり着くのかすら予想だにできない展開となっている。そして後半はうって変わって法廷にて話が進められていく。

 全体を通しての感想はなかなか読みやすいということ。初っ端に法律事務所において手形の件に関する説明があり、こういった難しい描写が続くのかと思ったのだが、その後は小難しい説明などなく、すんなりと物語が進んでいく。そして法廷での場面も理論整然としていて、進行状況がよくわかるものとなっている。

 ずばりジャンル付けをすれば(ネタバレ→)“倒叙作品”といえるだろう。そのジャンルにおいては他の有名なものとくらべても代表作であるというレベルではないだろうか。これこそ知られざる名作といってよい作品であろう。

 また、分かりやすい訳もさることながら、解説においても犯人が実際にとった行動や法廷における欠点等、こと細かく書かれていてアフターサービスも万全といったところである。まさに、いたれりつくせりの一冊として仕上がっている。


トフ氏と黒衣の女   Here Comes the Toff (John Creasey)

1940年 出版
2004年11月 論創社 論創海外ミステリ1

<内容>
 貴族探偵のトフ氏はパーティの席上で以前法廷にて対決したことのある悪女アーマ・カデューの姿を発見する。アーマは富豪のポール・レンウェイの財産を狙っているらしい。しかし、アーマは殺し屋レオポルド・コーンと組んでそれ以上の利益を狙っているらしいのだが・・・・・・
 トフ氏は召使のジョリーと共に悪党どもの企てを防ごうと奮闘する!

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<感想>
 古き英国にて活躍する貴族探偵の物語を描いた小説であるのだが、その様相はまるでアメリカンコミックに出てくるハードボイルド探偵であるかのような趣である。一歩間違えば盗賊と思われるかのようなトフ氏の八面六臂の活躍が見られるシリーズの中の一冊。

 ただし、本書はアメリカンコミックであるかのような活劇のみに留まらず、緻密な犯罪を描いた探偵小説になっているということも付け加えておきたい。とりあえずは、勧善懲悪ものとして正義のヒーローが活躍するハードボイルド小説が読みたいという人にお薦め。

 ひとつ気になったのは、召使のジョリーという人物が出てくるのだが、この人って年いくつ??


トフ氏に敬礼   Salute the Toff (John Creasey)

1941年 出版
2006年01月 論創社 論創海外ミステリ38

<内容>
 トフ氏ことリチャード・ローリソンのもとに不動産経営者ドレイコットの秘書を務めているというフェイ・グレイトンが訪ねてくる。彼女が言うには雇い主のドレイコットが姿を消したまま行方不明になっているというのである。さっそくトフ氏はフェイとともにドレイコットの部屋へ行き、鍵のかかった部屋へをあけて侵入してみると、そこで男の死体を発見することに! 事件の真相を解こうとするトフ氏にさまざまなトラブルが降りかかってくるのだが・・・・・・

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<感想>
 ミステリでもなく、ハードボイルドでもなく、アルセーヌ・ルパンのような義賊が活躍する冒険小説として楽しむことができた作品。まぁ、トフ氏自体は決して犯罪者というわけではないので、素人探偵が活躍するハードボイルド小説ということでよいはずなのだが、どこか“義賊”という言葉のほうが似合いそうな主人公である。案外、著者自身もそれを意識して描いているのかもしれない。冒頭に収められている“読書の栞”ではルパンというよりは、むしろレスリー・チャータリスが描く聖者がモチーフらしいとのこと。

 と、そんなわけで単純にドタバタ劇を心底から楽しむことができる作品。とはいえ、ただ単に暴れまわるわけではなくて、最終的な真相や黒幕の目的なども気の利いたものとなっており、ミステリ小説としてもそれなりの出来になっていると思われる。今の時代にとりあげられてもさほど話題にはならないだろうが、この本が書かれた当時であれば、熱狂的に迎え入れられたのではないかということも想像がつきやすい作品である。


くたばれ健康法!   What a Body!

1949年 出版
1961年07月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 全米に5千万人の信者をもつ健康法教祖が死んだ。鍵のかかった部屋で、背中を撃たれて、撃たれてからパジャマを着せられたらしい。この風変わりな密室殺人をキリキリ舞しながら捜査するのは、頭はあまりよくないが正直者で、人はいいが強情な警部殿。当然、始めから終わりなでユーモラスなお笑いが続く。

<感想>
 ハゥ・ダニットの名作! 残念なのはあまりにも有名なトリックすぎて読む前からトリックが分かってしまうことだ! しかし、よくよく考えてみれば舞台設定がゆえに不自然さがない死体構成となっており完成度の高さを示していることに気づかされる。


霧の中の館   The House in the Mist and Other Stories (A. K. Green)

2014年01月 論創社 論創海外ミステリ113

<内容>
 「深夜、ビーチャム通りにて」
 「霧の中の館」
 「ハートデライト館の階段」
 「消え失せたページ13」
 「バイオレット自身の事件」

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<感想>
 1878年にデビューし、1900年の初頭まで活躍した女流ミステリ作家。当時、かなりの売れ行きであったそうで、クリスティなどに先駆けて活躍した、流行ミステリ作家のはしりとのこと。本書はそんな有名作家を紹介するために集めた作品・・・・・・とのことなのだが、それにしては5編というのは少なくないかと。ページ数が200強となっているので、あと2作から3作くらいは入れられたのではなかろうか。

「深夜、ビーチャム通りにて」
 夫が留守の間、大金が置かれた家にひとり残される妻の不安と、引き起こされる事件を描いた作品。古い作品である割には、サスペンス小説として色あせていない作品。最後の最後まで何が起こるかわからない、予想外の展開がなされてゆく。

「霧の中の館」
 定時までに館に来た者に対し、遺産が贈られるという話。決して、楽しげな内容ではなく、妙に不安をあおる作品。デスゲームのはしり的なようにさえ感じられる作品。天国と地獄が味わえる内容。

「ハートデライト館の階段」
 あとがきでは、島田荘司氏の「斜め屋敷の殺人」を取り上げていたが、さすがにそこまでは・・・・・・ただ、機械的トリックめいた内容ではある。ただし、ミステリというよりは、冒険もののような作品なので、トリックという気はしなかった。

「消え失せたページ13」
 閉ざされた部屋で消えた書類の1ページ。その行方を女探偵バイオレットが解き明かす。ミステリ的に失せ物探しを行うのかと思いきや、いつの間にか主題が代わり、開かずの間の謎に迫る話になってゆく。これまたミステリというよりは、いつの間にか冒険もの。

「バイオレット自身の事件」
「消え失せたページ13」で登場した女探偵バイオレットは、どうやらシリーズキャラクターであるらしい。この作品では何故、バイオレットが令嬢であるにもかかわらず、探偵という行為を行っているのかが語られている。


小さな壁   The Little Walls (Winston Graham)   5点

1955年 出版
2023年06月 論創社 論創海外ミステリ299

<内容>
 アメリカで働くフィリップ・ターナーは、2番目の兄のグレヴィルが死亡したことを聞き、イギリスの実家へと戻る。父親から会社経営を継いだ長兄のアーノルドによると、考古学者であるグレヴィルは、発掘作業を終えたのち、アムステルダムへと行き、そこで川に飛び込み死亡したというのだ。自殺という結論に納得のいかないフィリップは単独で兄の死の真相について調べ始める。すると、兄と発掘を行っていた後に姿を消した男の存在と、兄とつきあっていたらしい女のことを知ることとなり・・・・・・

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<感想>
 ウィンストン・グレアムという名前はどこかで聞いたような名前であったが、どうやら私はこの人の作品にはじめて触れるようである。論創海外ミステリに取り上げられるのは初めてなようで、その昔にもハヤカワミステリで2冊くらい紹介されたことがある程度であるらしい。ヒッチコックにより映画化された「マーニー」という作品の原作者であるということで知られているようである。

 本書を読んだ感想はと言えば、ただただ、つまらなかったと。どうやらこの作品、探偵小説とは少々ことなる趣で書かれた作品であるらしい。物語の発端こそ、探偵小説らしい出だしであるのだが、その後は登場人物らの感情的な部分や、思想的な部分に重きを置いた内容という感じのものであった。

 なんとなく文学作品のような感触もあるものの、文学作品としてはそぐわないような場面も出てきたりと、どのようなジャンルとして位置付ければよいのかとにかく微妙。主人公のスタンスも、設定としては単なる一会社員のはずであるのだが、何故かハードボイルド小説、はたまたスパイ小説の主人公かといわんばかりの行動を起こし、そこにもどこかちぐはぐなものを感じとれてしまう。

 そんなわけで何から何まで微妙と感じてしまう作品。ただ、こんな作家がいて、こんな作品が書かれていたのかと確認できただけでも読む価値はあったのかもしれない。


チベットから来た男   The Man from Tibet   5点

1938年 出版
1997年08月 国書刊行会 世界探偵小説全集22

<内容>
 収集家として知られるシカゴの大富豪メリウェザーは、ある日訪れた東洋帰りの男から、チベットの秘伝書を買い取った。その聖典には、神秘の力を得る奥義が記されているという。しかし、男はその夜ホテルで何者かに絞め殺され、犯人と目される髭の男は煙のように消え失せていた。おりしもシカゴには、失われた秘伝書を探し求めて世界を半周してきたラマ僧が到着していた。やがてメリウェザーの周辺にも、秘伝書の消失、謎の卍の出現と、不可思議な事件が発生。そして雷雨の夜、密室状態の美術室でついに悲劇が起こった!!

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<感想>
 結末だけを取ると、推理小説のレベルに達しているとはいいがたい。それでもその内容を小説としてのレベルに高めているのは、しっかりした書き方によるものであり、、また舞台の背景となるチベット文化についてが詳しく判りやすくまとめられているせいであろう。しかしながら批准としてチベット文化推奨小説のようであり、ミステリーの部分が薄いのが気になるところだ。一番の謎となるべきの殺害方法までがある程度予想のつくものであることもその一因である。


エドウィン・ドルードのエピローグ   Epilogue (Bruce Graeme)   5.5点

1934年 出版
2014年10月 原書房 ヴィンテージ・ミステリ

<内容>
 ロンドン警視庁のスティーヴンズ警視とアーノルド部長刑事は気が付くと、75年以上も前の世界にタイムスリップしていた。その世界でも何故か二人は普通に刑事として受け入れられており、とある失踪事件を担当することとなる。8か月前に失踪して行方不明になった男、エドウィン・ドルードの捜査に乗り出すこととなったのだ。世間からは既に死亡したと思われているエドウィンの捜査をすべく、慣れない世界での二人の刑事の奮戦が始まる!
 未完となったチャールズ・ディケンズの「エドウィン・ドルードの謎」に挑戦した作品。

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<感想>
 70年前の世界へタイムスリップして、事件の捜査を行うという内容。ただ、このタイムスリップというもの自体に大きな意味はなく、あくまでも著者のシリーズキャラクターを使って、過去の事件を捜査させたいというだけ。また、その過去の事件とは実在のものではなく、有名作家ディケンズが遺した「エドウィン・ドルードの謎」のなかで未完となっている事件。これに対し、著者のブルース・グレイムが自分なりの解答を示すという趣向。

 近代的な捜査に慣れた警察官が、不自由な捜査を強いられながらも、なんとか事件の真相に辿りつこうと奔走するところは見応えがある。さらには、後半になると裁判の場面へと移り、緊迫したやり取りのなかで徐々に犯行の様子を明らかにしていくという展開もなかなかのもの。

 地道な捜査、かつ、まっとうな裁判の様子と楽しんで読むことができたものの、本書に対して不満が2点ある。一つは、タイムスリップしたことに対し、なんら説明も付けず、ほとんど違和感ないまま捜査を続けていたのだが、裁判の場面になって、いきなりそのタイムスリップに関する事項が取り上げられたこと。これは、せっかくの緊迫した裁判の場面が台無しとなったように感じられた。しかも、二人の刑事が変人扱いされたのみで、その後普通に裁判のやり取りが続けられてゆくという展開には、首を傾げさせられる。

 そしてもう一つの大きな問題点は、結末はこれで良かったのかということ。ディケンズの小説の謎に挑戦する趣向のはずであったと思うのだが、これでは何も解決していないように思えるのだがどうであろう。きちんとした解を出すというには、あまりにも有名な事項であるがゆえに気が引けてしまったのだろうか?


料理人   The Cook (Harry Kressing)

1965年 出版
1972年02月 早川書房 ハヤカワ文庫NV

<内容>
 平和な田舎町コブに自転車に乗ってどこからともなく現れた料理人コンラッド。町の半分を所有するヒル家にコックとして雇われた彼は、舌もとろけるような料理を次々と作り出した。しかし、やがて奇妙なことが起きた。コンラッドの素晴らしい料理を食べ続けるうちに、肥満していたものは痩せはじめ、痩せていたものは太りはじめたのだ。
 悪魔的な名コックが巻き起こす奇想天外な大騒動を描くブラック・ユーモア会心作。

<感想>
 悪魔のいたずらか? それとも天使のきまぐれか?

 しばらくの間、積読にしていた本であったのだが、読み始めたら止まらなくなり、一気に読み終えてしまった。そのくらい面白い。

 最初は謎のコックが雇い主に幸福をもたらし、町の人たちにも幸せをもたらすという内容の本のように思えた。しかし、徐々に何かしらの違和感にとらわれ、それは変だぞと思うものが少しずつ蓄積していく。そしてそれらの違和感が積もり積もった先の到達点とは・・・・・・

 もう、これは実際にブラック・ユーモアの快作としかいいようのない本。ちょっと奇妙で面白い本をお探しの方はぜひともご一読あれ。




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