<内容>
ちょっと走れば息切れ、15年も仕事にはごぶさた。そんな老いぼれ探偵ジェイクに仕事が舞い込んだ。元ギャングのサルが、誘拐された孫の身代金受け渡しに同行してくれというのだ。が、ご老体二人は何者かに殴られて金を奪われ、さらにサルが姿を消してしまった。友人達はサルは二年前に死んだはずだというが・・・・・・
ミステリ史上最年長の私立探偵ジェイク・スパナー登場。
<感想>
老人社会のあり方をふと感じさせられる作品。老いた者がたちが、仕事を与えられたとき、つまりは自分が必要だと感じさせられたときの彼らの喜びようを見ると思うものがある。特にジェイクと友人のオブライエンとの会話の中にそれが感じることができる。
しかしそれにしても内容がハチャメチャ面白い。ラストの部分はもっとページを割いてもよかったのではと思ったが、すばらしい出来だ。老人社会を含めた人間関係といい、事件性といい、うまくかけている。これが老人ホームなどにあまり描写をとられると、社会派作品のようになり、重くなってしまうのだが、そこのところの微妙な書き分けがハードボイルド小説を壊していない。日本でも誰かこういうものをうまく書いてくれないものだろうか。
<内容>
「ランポールと跡継ぎたち」
「ランポールとヒッピーたち」
「ランポールと下院議員」
「ランポールと人妻」
「ランポールと学識深き同僚たち」
「ランポールと闇の紳士たち」
<感想>
老弁護士ランポールが法廷にて活躍する様子を描いた作品集。活躍するとは言っても、ガチガチの法廷ミステリ作品というわけではない。むしろユーモア調の法廷物語とでも言ったほうがしっくりくるかもしれない。
本書はランポールという人物がどのような矜持をもって弁護士という職業を務めるかということをユーモアを交えて書き上げた作品である。長年刑事事件を扱ってきたがゆえに、ある種達観したかのようなところもあり、決して勧善懲悪を信じるようなガチガチの弁護をするということはない。むしろ、このランポールのように、自分自身の矜持を持って、それに従い弁護を行うというほうがより自然のようにもとることができる。
本書では、小悪党によるちょっとした事件から、強姦事件、金庫破りの強盗事件といったさまざまな事件が扱われ、そういった難解な事件を軽快にランポールが裁いていく様が見られる(とはいっても、失敗することも結構あったりする)。ただ、ガチガチのミステリや法廷場面が味わえるようなものではないので、そういったものを強く期待すると裏切られるかもしれない。とはいえ、ミステリとしては物足りないながらも、法廷にまつわる人間模様を描いた物語として見れば一級品の作品といえるのではないだろうか。
この他にもランポールが活躍する作品集は数多く出ているようなので、続編が出ればそちらも読んでゆきたいと思っている。
<内容>
第一次世界大戦中、イギリスの小説家アシェンデンは、情報部のR大佐にスカウトされ、ヨーロッパ各地をまわり、諜報活動をすることとなる。アシェンデンは仕事を引き受けたことにより、各地でいろいろな人と出会い・・・・・・
<感想>
著者のサマセット・モーム氏は有名な小説家らしいのだが、名前こそ聞いたことはあるものの、今までその作品を読んだことはなかった。著作のなかには、本書のようなスパイ小説も含まれていたようだが、どうやらこれは実体験に基づいてのことらしい。
本書のタイトル“アシェンデン”というのは、主人公の名前。この主人公が各地でスパイ活動を繰り広げてゆく。ただし、アシェンデン自身が主体となって活動を行っていくというわけではなく、ほぼ仲介役のような存在。よって、冒険小説というような雰囲気の作品ではない。アシェンデンが各地で諜報活動を行った際に、出会った人々を分析したり、人々から話を聞いたりという様子が連作形式で描かれている。
アシェンデンが見知らぬ老婦人から謎の遺言を聞く話。陽気なメキシコ人の殺し屋と仕事をする話。動乱を起こしたインド人を捕えるために罠を仕掛ける話。ドイツ人の妻を持つスパイの話。知り合った大使から聞かされた過去の恋愛の話。よくしゃべるアメリカ人と過ごすロシアでの十日間の列車旅。
といった話が次々と語られてゆく。最初は大した仕事をまかされなかったアシェンデンが徐々に重要な仕事を任されてゆくようになってゆく過程は面白い。ただ、決してエンターテイメント系の小説ではないので、文学系の小説として取り組むべき作品。毛色の変わった珍しいジャンルの小説と言えよう。
<内容>
退屈をもてあましていたキャソン・デューカーは、知人から怪しげな男から脅迫を受けたということを告白される。その用意周到な脅迫振りに興味をおぼえたデューカーは犯人の正体を探り始めることに。やがて犯人らしき人物を特定し、その男の行動をさぐりはじめる。そしてデューカーはその恐喝者をなんとか罠にかけようとするのであるが・・・・・・
<感想>
これはなかなか変わった作品である。心理サスペンスとでも言えばいいのだろうか。
基本的には一人の男が恐喝者の様子を探り続けるという内容なのであるが、恐喝者の様子もさることながら、それを追う男の姿にも異様なものが感じられる。本書のタイトルとなっている“うじ虫”というのはもちろんのこと恐喝者にかけているのであるが、作品を読んでいると追う側のほうも“うじ虫”という感じではないにしろ、なにか尋常ではないと、ついつい考えてしまった。
また本書では追う男、キャソン・デューカーが主人公となり、ほとんどがそのデューカーの感情描写で占められている。ただ、若干ではあるのだが恐喝者のほうの心情描写も書かれている。これについては、ないほうが作品としてよかったのか、それともあえて挿入されていたほうがよかったのかと、考えてしまうところである。
最初は恐喝者の心情描写はないほうがいいのではないかと思っていたのだが、ラストの一幕を読むとあったほうが効果的とも考えられる。
と、色々と考えさせられる事になった問題のラストの場面なのだが、これがなかなか印象的であった。さほど劇的という終わり方ではないものの、実にこの作品らしいうまい締め方であると感心させられた。恐喝者と主人公の二人の心理的な駆け引きのみならず、恐喝者の性格が浮き彫りにされている。そして、最後のひと言はもう見事であるという他はない。
それと蛇足ではあるが、解説に著者ウィリアム・モールの人生が描かれているのだが(なんでもこの人はMI5の諜報部員であったらしい)、この部分だけでもひとつの物語として充分楽しめるくらいである。是非とも解説までも読み逃しなく。