ラ行−ラ  作家作品別 内容・感想

深夜プラス1   Midnight Plus One (Gavin Lyall)   7.5点

1965年 出版
2016年04月 早川書房 ハヤカワ文庫(新訳)

<内容>
 元特殊作戦部隊で活躍していたケインは、今ではそのコネを生かし、危険な仕事を請け負っていた。今回は、ひとりの実業家をフランスからリヒテンシュタインまで送り届けるという仕事。ケインは、アル中のガンマン、ハーヴィー・ラヴェルと組み、実業家マガンハルトと、その秘書ヘレンを送り届けることとなったのだが、行く先々に敵が立ちはだかることとなり・・・・・・

<感想>
 ずいぶん昔に読んだはずなのだが、そのときの印象がパッとしなく、これは改めて再読したいと思っていた作品。なにしろ冒険小説のなかでは金字塔と呼ばれているほどのもの。そして丁度昨年に新訳版が刊行されたのでこれを機に購入し、ようやく手を付けることとなった。

 読んでみると、いやこれは面白なと感心させられた。確かに冒険小説として不動の地位を築いた作品という事を納得させられる。とにかく登場人物が魅力的。主人公のケインは各地の地理や情勢に詳しく、いたるところで協力を取り付け、仕事をこなしていく。元SPのガンマンは、腕がいいものの実はアル中という弱点をかかえている。実業家のみを送り届けるはずが、そこに秘書もついてきて、この人物が敵か味方かわからないという状況。この4人組が追っ手を振り切りながら、車でリヒテンシュタインへと向かうこととなる。

 それぞれの地域で出会う人々も魅力的ながら、道中で待ち構える敵たちにも目を惹かれる。それら敵に関しては、彼らの心情が語られることはなく、登場のみであるのだが、それでもしっかりと味を出している。最後の最後で強敵を迎えることとなる要塞での戦闘の様子は、まさに“冒険小説の白眉”という印象を強く与えている。

 いや、これは読んでおいてよかったなと。まさに歴史に残る一冊を味わえたという気分。たぶん、今後も何度か読み返すことになりそうな作品である。


吸血鬼ヴァーニー 或いは血の饗宴 第一巻   
     Varney the Vampire or the Feast of Blood (James Malcolm Rymer & Thomas Peckett Prest)

1847年 出版
2023年03月 国書刊行会 <奇想天外の本棚>

<内容>
 没落した名家バナーワース家、その家で嵐の夜、フローラが得体の知れない何者かに襲われる。それはまるで吸血鬼のような。物音を聞きつけて駆け付けた家族の手によってフローラは助け出され、得体の知れない怪物は逃げていった。その後、屋敷では吸血鬼の噂がなされ、使用人たちは怯えて次々と辞めていってしまう。そんな折、この屋敷を買い取りたいという話が持ち上がり、財政に苦しむバナーワース家の者達は屋敷を売ることを考え始める。その買い取りたいという主であるフランシス・ヴァーニー卿に会いに行くと、なんとその姿は彼らの家を襲っていた吸血鬼の姿そのものであり・・・・・・

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<感想>
 分厚すぎて(2段組で400ページ)、読むのに時間がかかってしまった。おまけにミステリではなく、古典怪奇小説ということで、内容にあまり興味もない。たぶん“奇想天外の本棚”の中に組み込まれていなければ読まなかったであろう作品。

 ただ、最初に言っておくと、読み終えた結論としては、結構面白い作品であった。序盤こそダラダラと展開していったという感じであったが、後半になると意外な展開が色々と待ち受けていて、普通にエンターテイメント作品として楽しめた。また、訳が丁寧で読みやすい。なんとなく“奇想天外の本棚”って、読みにくい作品が多かった気がするのだが、本書は非常に読みやすく仕上げられている。そういう意味では、何気にお薦めできる作品と言っていいかもしれない。

 この作品を読み始めたときに、一番痛切に感じたのは“吸血鬼”というものの定義。それがきっちりと決められていないように思えるのだが、何故かその存在に対して人々が恐れおののいている。これは時代性によるものなのか、それとも宗教観なのか、それに対する恐怖感というものがよくわからなかった。もともと“吸血鬼”というようなものに対する素地があったのか? それとも単なる未知の怪物におびえているだけなのか? 吸血鬼発祥の作品と言っていいくらいに古典のわりには、その定義がなされていないところは不思議であった。

 この作品、第一巻とされているので、当然続きがでるのであろうが、さすがにそれは読まないだろうと思っている。あと、もう一巻くらいであれば、なんとか読んだかもしれないが、果たしてどれだけ続くのか。解説では、全部で232章ということなのだが、この作品は38章で終わっている。全部で何冊になるのか、解説でも明記していなかったので、訳してみなければわからないということなのであろう。さすがにそれら全部読もうという根気はないな。


ジェニー・ブライス事件   The Case of Jennie Brice (M. R. Rinehart)

1913年 出版
2005年04月 論創社 論創海外ミステリ16

<内容>
 ピッツバーグのアレゲーニー川付近にて宿を営むミセス・ピットマン。毎年起こる川の氾濫による洪水の中、ピットマン夫人の宿屋で事件が起こる。女優のジェニー・ブライスがいつの間にか行方不明になってしまったのだ。残された夫の挙動が怪しく、彼が妻を殺害したのではないかと疑われるのだが・・・・・・

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<感想>
 これはうまく描かれ、きれいにまとめ上げられている作品であると関心。今、この時代に読んでしまえば、ミステリーとしては簡潔にまとめすぎと思われるだろうが、当時としてはこのくらいの分量がちょうど良かったのではないだろうか。

 本書はある女優の失踪を描いたミステリー。町中が洪水による浸水の被害にあっている中、その女優は殺害されたのだろうと皆が疑っているのだが、死体が現れないために容疑者を起訴できないというもの。しかし、そういった状況の中、検察側は裁判へと踏み切ってゆく。

 このミステリーのパートも良くできていると思うのだが、本書はそれだけでなく、主人公となっている初老の女性がうまく描かれている。今は下宿屋のおかみとなっているが、若いころ裕福な家から駆け落ちしており、その家が今の下宿の近くにあるものの訪ねていく事はできない、という設定で事件を通して姪と出遭ったり(相手は叔母だとはわからないのだが)などと実に感情豊かに描かれている。

 この著者ラインハートは米国のクリスティーと呼ばれ、愛されてきた作家だそうだが、日本でもクリスティーと同じようなスタンスで売れば、日本でも結構受け入れられるのではないかなと、本書を読んだ限りではそう思えた。


レティシア・カーベリーの事件簿   The Amazing Adventures of Letitia Carberry (M. R. Rinehart)

1911年 出版
2014年01月 論創社 論創海外ミステリ114

<内容>
 「シャンデリアに吊るされた遺体」
 「ペンザンス湖の三人の海賊」
 「恐怖の一夜」

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<感想>
 論創海外ミステリの16冊目、「ジェニー・ブライス事件」以来、約10年ぶりのお目見え。今回の作品は、ラインハートが生み出したレティシア・カーベリーというキャラクターが活躍するシリーズものの第1作目。このレティシア・カーベリーは、50歳くらいの好奇心旺盛な淑女。彼女が友人の2人と共に、常に3人組で行動し、騒動を巻き起こしていくというもの。

 最初の「シャンデリアに吊るされた遺体」は、ミステリ色が濃い内容で、病院で死んだはずの霊媒術師の死体が消え失せ、シャンデリアに吊るされていたという事件が起こる。それを、同じ病院に入院していたレティシア・カーベリーがその謎に挑むというもの。読み終わってみれば、ミステリとしてなかなかのできとわかるのだが、読んでいる最中は、現段階で何が起きているのかが非常にわかりにくかった。最後の最後で謎を解く段になって、ようやく時系列が整理され、内容が理解できたしだい。かなり変わった毛色のミステリ作品となっているので、解決前までにきちんと内容が整理されていなかったのが惜しいところ。

「ペンザンス湖の三人の盗賊」と「恐怖の一夜」は、主人公3人組が巻き起こす騒動を描いたもので、ミステリというよりも冒険譚。車をうまく操れなくて、騒動を巻き起こしたりとか、きちんとボートを操れないにもかかわらず、平気で湖へ乗り出したりとか、とにかくとんでもないばか騒ぎを起こしてしまう3人。そこに、さらなるとんでもない騒ぎが起こり、事態はますます混迷を極めることとなるという内容。

 全体的にどちらもユーモアにあふれていて面白いと思えるものの、何が起きているかが分かりづらいといったところが難点。もうちょっと話が分かりやすくないと世間一般では受け入れられないような気がしてならない。


大いなる過失   The Great Mistake (M. R. Rinehart)   5.5点

1940年 出版
2018年12月 論創社 論創海外ミステリ223

<内容>
 パトリシア・アボットは、資産家の女主人であるモード・ウェインライトの元で秘書として働くこととなった。万事順調に仕事が運んでいたが、モードの一人息子トニーと離れて暮らす妻ベッシーが邸に舞い戻ってきたことにより、平和な生活が一変する。さらには、パトリシアの友人であるリディアが再婚しようという間際になって、何故か元の夫がやってきたことにより、さらなる暗雲が立ち込め・・・・・・

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<感想>
 普通にいくつもの事件や殺人事件が起こる話なのだが、なんとなく普通小説というか家族ドラマを見ているような感覚の作品。とある資産家の家族のみを背景にした作品かと思いきや、事件背景は広がりを見せ、登場人物全体にまつわる大きな関連性のなかで起きた悲劇を描いている。

 この作品、なんとも読みづらかった。書き方がどうもうまいとは言えない。基本的には、秘書のパトリシアの目線で語られる物語。ただし、過去に起きた事件を回想するという形で語られるためか、過去に起きたことを紹介してゆくなかで、現在の感想みたいなものが途中途中で挟まれ、少々ややこしい。また、事件後に起きたことがらをパトリシアが友人の警察官に聞いて話をまとめたという前提であり、一人称かと思えば、三人称で語られる場面があったりと、そのへんの視点も入り乱れていて読みづらい。そのせいか、単一視点の小説のはずが、まるで群像小説と読んでいるような感触となった。

 そんなこんなで、とにかく読みづらかったかなと。語られる事件についてはそこまで複雑ということはない。ただ、登場人物が多いわりには、誰が重要で、誰が需要でないかというのがわかりにくく、ちょっとした人物が後で重要な役割を担っているというのが明るみに出たりと、その辺の書き分けも微妙と思えた。ここに書かれるような物語であれば、その辺の登場人物の書き分けや明快さが重要ではないかと思われるのだが、そこがしっかりしていないゆえに、微妙な作品になってしまっていたという感じ。もう少し、ひとつの一族のみの話というふうに相関図を囲ったほうがよかったのではなかろうか。


憑りつかれた老婦人   Haunted Lady (M. R. Rinehart)   5.5点

1942年 出版
2020年02月 論創社 論創海外ミステリ248

<内容>
 資産家の老婦人イライザ・フェアバンクスは、家のなかで怪異が起こると警察に訴え出る。閉ざされた彼女の部屋からコウモリやネズミが出没するというのである。ひょっとすると親族が彼女の資産を狙っているのではないかと考え、パットン警視は、懇意にしている看護婦“ミス・ピンカートン”ことヒルダ・アダムスにフェアバンクス老婦人の介護と監視を求めた。その依頼を受けたヒルダであったが、彼女のするどい観察力をもってしても怪異は止まらず・・・・・・

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<感想>
 論創海外ミステリではおなじみとなりつつあるラインハートの作品。分析力のするどい看護婦探偵が活躍するという内容。ただ、読んでみた結果としては、そんなに面白くなかったかなと。

 ミステリ的な要素はいっぱい。さらには、伏線らしきものも色々と張り巡らされる。そんなわけで、話自体は面白みがないものの、ミステリとしては最後にひと盛り上がりするのかなと思いながら読んでいたのだが、結末もいまひとつ。伏線らしきものも、回収しきれていたのかどうなのか。まぁ、全体的にそれぞれがたいしたネタではなかったと思えるようなもの。そして、一番残念だったのは、真犯人が動機の面で一番微妙な人物と感じられてしまったこと。

 個人的には、どこか締まりのないサスペンスミステリであったなと。全体的にただ、登場人物らが騒ぎ立てているだけで、肝心の主人公ミス・ピンカートンの活躍の場面もほとんど見られなかったというところ。


ヒルダ・アダムスの事件簿   Miss Pinkerton Adventures of a Nurse Detective (M. R. Rinehart)   6点

1959年 出版
2020年05月 論創社 論創海外ミステリ249

<内容>
 「バックルの付いたバッグ」
 「鍵のかかったドア」

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<感想>
 今年同じく論創海外ミステリから出版された「憑りつかれた老婦人」に登場していた看護師探偵ヒルダ・アダムスが登場する作品を2作収めた本書。やけに早いスパンでM・R・ラインハートの作品が出版されているが、論創社の推しであるのかな?

 正直なところ「憑りつかれた老婦人」でも今作でも思えたのだが、ヒルダ・アダムスが警官から“ミス・ピンカートン”と呼ばれるほどの洞察力を持っているようには思えない。そのような設定の割には、ヒルダ・アダムスの鋭いところが全く出し切れていないと思われる。ただし、そのヒルダ・アダムスの活躍の面を除けば、今作に関しては話としてはよくできていると感じられた。

「バックルの付いたバッグ」は、娘が失踪したという家にヒルダが看護師として潜り込み、真相を探る。その家で起こる怪異、さらには生きて帰ってきた娘、そして帰ってきたものの不審な様子を示す娘の言動。そういった謎に取り組むヒルダであるが、これ看護師探偵ヒルダ・アダムス初登場作品。
 正直なところ、警察の捜査自体に問題があるような気がしてならないし、ヒルダ自身もただ振り回されるだけとしか思えない。ただし、物語としてはよくできていて、ミステリとしての結末もそれなりのもの。

「鍵のかかったドア」は、子供を家に閉じ込め、何かにおびえる夫婦の家に子供の世話役として入り込むこととなるヒルダ。そして、家でいくつかの怪異に遭遇しながら、夫婦が抱える秘密に迫るという内容。この作品に関してというか、このシリーズ自体で思うのだが、ヒルダがささいな事柄でおびえすぎというように思えてならない。まぁ、サスペンス的なものを過剰に表すというのが作風であるのかもしれないが、そのおびえ方ゆえに、ヒルダが有能な探偵に見えないところが困りもの。
 ただ、この作品も話としてはよくできていて、予想だにせぬ結末が待ち受けている。ミステリとしてはこれまたうまく書かれているなと。

 結局のところ、たとえ事件の真相がわかったとしても、自身の手で解決に持っていくことができない看護師という設定が話の結末をつけるうえで難しくしているのではなかろうか。話自体が良くできていると思われただけに、著者にのヒルダ・アダムスに対する持て余しっぷりになんとも言えないものを感じてしまう。


赤いランプ   The Red Lamp (M. R. Rinehart)   5.5点

1925年 出版
2021年10月 論創社 論創海外ミステリ273

<内容>
 英文学教授のウィリアム・ポーターは、夏期の休暇を妻と共にツイン・ホロウズで過ごすことに。そこにある家は亡くなったホーラス伯父から相続したものであるのだが、伯父の生前には降霊会が開かれたりと、不吉な噂にことかかない建物であった。その母屋に住むことをポーターの妻ジェインは拒み、二人はロッジに住み、母屋は他人に貸し出すこととした。そんな感じでツイン・ホロウズで過ごすこととなったのだが、あたりでは羊が殺害されたり、死亡事件が起きたり、娘の失踪事件などと次々と事件が起こることに。そして警察は、それらの事件について、ポーターを最重要容疑者とみなし始め・・・・・・

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<感想>
 不気味な怪談話という感じではあるのだが、なんとも全体的に腑に落ちない。主人公である教授の日記により話が進められていく形式であるので、警察の捜査の様子などもきちんと書き表されていないためか、なんとも全体像が把握しにくい。

 大学教授とその妻、そして姪とその恋人の4人が主要登場人物で、その他周辺の人々。さらには途中から、母屋の借り手となる老人と、その秘書とが加わることとなる。そういった登場人物が集まる中で、屋敷の周辺では奇怪な事件が度々起きる。ただ、これらのうさん臭い出来事が何を示唆したものなのかがよくわからなく、ただただ不可解なだけというところが物語にのめりこめなかった理由であると思われる。

 さらには、周辺で結構大きな事件が起きている割には、警察の捜査がおざなりのように思えて、それらも腑に落ちない。まぁ、手記であらわした物語ゆえに、ただ単にそうした情報が入ってこないということもあるのだろうが、現実にはもっと深刻な状況であるのではないかと感じられた。そして、教授の妻の存在についても、ただただややこしいだけ。

 なんとなく、さまざまなミスリーディングを張り巡らせた作品であるようにも思われるのだが、結局のところ読者をどの方向へ誘導しようとしているのかがよくわからなかったため、真相を聞いても腑に落ちないまま終わるだけとなってしまった。そして、真犯人の動機についてもこれまた微妙なところ。面白くなりそうな要素が込められた作品ではあったのだが、盛り上がらないまま終わってしまったという感じ。


赤き死の香り   Red Gardenias (Jonathan Latimer)

1939年 出版
2008年06月 論創社 論創海外ミステリ78

<内容>
 富豪であるマーチ家にて、一酸化炭素中毒による謎の変死事件が連続して起こった。事件性はなく自殺ということで片づけられているのだが、何やら不穏なものが感じられる。そこで私立探偵ビル・クラインが雇われ、事件の謎を解くことに。ビルは同僚のアン・フォーチュンと共に捜査に乗り出すのだが、彼らを待ち受けていたのは、さらなる変死事件。そして現場にはクチナシの香りが残され・・・・・・

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<感想>
 ここで出てくるビル・クラインという探偵であるが、過去に翻訳された「処刑6日前」や「モルグの女」という有名な作品(らしい)に登場する人物。この探偵の作品は5作しかないそうなのだが、日本では今まで前述にあげた2作しか訳されていなかったそうである。そうしたなか、ビル・クラインが登場する最後の作品として訳されたのが本書である。

 というわけで、それなりの背景を持つ一作であるのだが、この作品だけ読んでみても何ら感じ入ることはなかった。むしろハードボイルド系の探偵のわりにはほとんど動きがなく、ただ事件の渦中にいるだけのような気がしてならなかった。そしてなんとなくで事件を解決してしまうという内容。

 本文中でとある登場人物が放った一言、「あんたは単なる馬鹿かと思ってたわ」

 いや、実際本当にそんな感じであった。


サンダルウッドは死の香り   The Dead Don't Care (Jonathan Latimer)   6点

1938年 出版
2018年09月 論創社 論創海外ミステリ217

<内容>
 私立探偵ビル・クレインと相棒のトマス・オマリーは、富豪であるベン・エセックスから依頼を受けることとなる。その依頼とは、何者かから脅迫状が送られてきており、身辺警護をしてもらいたいというもの。依頼主の富豪は、色々と恨みをかっているようで、誰が脅迫状を送ってきたかは特定できない状況。そうしたなか、次から次へと事件が起こり、誘拐事件から、やがては殺人事件までへと発展していくこととなり・・・・・・

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<感想>
 知らない作家と思いきや、論創海外ミステリ78巻「赤き死の香り」という作品を書いており、既読であった。その「赤き死の香り」という作品、たいして良い印象は抱いていなかったのだが、この「サンダルウッドは死の香り」については、思いのほか楽しんで読むことができた。

 ただし、最初のこの作品を読み始めたときは、あまり印象がよくなかった。というのも、ここに出てくる探偵コンビのクレイン&オマリーが全く探偵活動をしないのである。それどころか、酒を飲み過ぎて依頼人から注意されたり、暇さえあればプールで遊びと、とんでもない状況。ここまでふざけた探偵というのは、結構異色ではなかろうか。

 しかし、中盤から徐々に物語が動き出し、誘拐事件が起き、さらには殺人事件までが起きることとなる。すると、ビル・クレインが徐々に力を発揮し始め、そして最後の最後には見事事件を解決してしまうのである。何気に身代金受け渡しのトリックとか、密室トリックとかをさらっと解き明かしてしまい、読んでいる側は感嘆させられることとなる。とはいえ、さほど凄いトリックが用いられてるというわけではないので、前半とのギャップにうまくひっかけられたという感じなのであろう。

 このシリーズ、基本的にはビル・クレインが主人公で、今回のオマリーが決められた相棒というわけでないようである。そういえば「赤い死の香り」では、女探偵とコンビを組んでいたような。ただ、今回のコンビの様相が非常にしっくりきていたので、クレイン&オマリーというコンビでの活躍が見られないというのはちょっと残念な気が・・・・・・


精神病院の殺人   Murder in the Madhouse (Jonathan Latimer)   6点

1935年 出版
2018年11月 論創社 論創海外ミステリ221

<内容>
 ビル・クレインは依頼によって、精神病院に潜り込むことに。そのなかで依頼者である老婦人と会い、話を聞くと、彼女の債権入りの手提げ金庫が盗まれたと。さらには、彼女が持つ貸金庫の鍵も狙われているという。クレインがその金庫の所在を確かめようとした矢先、殺人事件が起きることに。そして事件は後に連続殺人事件へと発展してゆくこととなり・・・・・・

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<感想>
 破天荒な探偵、ビル・クレインが活躍するシリーズ第1作。昨年訳された「サンダルウッドは死の香り」で、その破天荒ぶりが存分に知らしめられたビル・クレイン。そのシリーズ作品がこんなに早く再び登場するとは。ただ、今作は舞台が精神病院の中ゆえに、その破天荒さもやや影を潜めていたかなと。何しろ、周囲の患者たちのほうがよっぽど破天荒と言ってよいような状況ゆえに。

 今作では処女作だからというべきか、その特殊な設定ゆえか、ビル・クレインもおとなし目で、普通のミステリ小説と言った感じであったかなと。また、その内容を見てみると、探すべき金庫があっちへ行ったり、こっちへ行ったりと、コメディとまではいわなくとも、冒険小説っぽい展開も多かったような。それでも、最後にはきちんと探偵小説らしく関係者を集めて謎解きをするといった大団円を用意している。

 解決はしっかりしていたが、人々の言動は派手なところがあったものの、全体的に地味であったような感じもしてしまう。やはり、閉ざされた地所のなかではビル・クレインの活躍も中途半端になってしまうということか。


新幹線大爆破   Bullet Train (Joseph Rance & Arei Kato)

1980年 出版
2010年07月 論創社 論創海外ミステリ93

<内容>
 国鉄に脅迫電話がかかってきた。乗客1500人を乗せた東京発博多行きの新幹線に自足が80キロ以下になると爆発する爆弾を仕掛けたという。犯人は爆弾のはずし方を教える代わりに500万ドルを要求してきた。国鉄、警察と犯人との攻防が続くなか、新幹線内では乗客がパニックに陥る。タイムリミット内に爆弾を取り外すことができるのか!?
 邦画「新幹線大爆破」の英国版ノベライズを逆輸入した作品。

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<感想>
 思っていたよりも楽しめた作品。映画のノヴェライズ化、しかも海外の作家が描いたものの逆輸入とのことであるが、日本人作家が書いたと言ってもおかしくないほど違和感なく書かれている。何故か、お金の単位だけ500万ドルとドル単位になっているところが不思議なところ。

 多視点による群像小説となっているためか、事件が動くまでは描写がやや退屈め。しかし、事件が動き始めてからは内容もヒートアップし、一気に読み干すことができる。とはいえ、ミステリ作品としては特に意外性がないため、普通の作品と言えよう。

 本書の面白さは何と言っても人間ドラマ。登場人物が多すぎるきらいがあるものの、主要人物についてはそれなりに背景が濃密に描かれており読みごたえはある。映画版ではあえてこうした人間ドラマの部分を省いてスピーディに描かれているそうであるが、小説としてはこのくらいのボリュームがあってもよいであろう。

 海外ミステリというよりも、本格ミステリ以前の国内ミステリ小説として楽しめる作品。ミステリ映画ファンであればなおさら必見と言えるかもしれない。


日時計   The Shadow of Time (Christopher Landon)

1957年 出版
1971年11月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ロンドンにて私立探偵を営むハリー・ケントの元にひとりの美容師がやってきた。彼は三歳の娘が誘拐されたといい、誘拐犯から写真が届けられたという。わけがあって、警察に話すことができず、詳細を話すこともできないが、娘を助け出してほしいと。依頼を受けたケントは、並外れた才能を持った友人ジョッシュに相談し、写真から子どもの居場所を特定してもらい、奪還を目指すことに・・・・・・

<感想>
 2014年の復刊フェアで購入した作品。なんと珍しい、スパイものではない冒険もの。私立探偵が友人と妻の助けを借りて、誘拐された子どもを捜し、奪還するというもの。

 本書で一番のポイントは、誘拐された子どもが映った数枚の写真から、その情景と影の位置を読み取って、子どもが監禁されている場所を特定するところであろう。その影の位置によるものがタイトルの“日時計”となっているわけである。

 その後は、ドタバタしながらなんとか子どもの奪還を図る主人公三人組の様子が描かれる。なんとなく素人っぽくて微妙にも感じられるのだが、ひょっとするとその素人らしさがうけた作品という可能性もある。ただ、犯人側の行動までも素人っぽすぎるような・・・・・・

 個人が活躍する冒険譚として取り上げられた作品なのかなと思われる。発表されたのが60年前ということもあり、今読んでも正当な評価はしづらいが、変わり種のこういう作品もあったという事で。


怪奇な屋敷   Murder Mansion (Herman Landon)

1928年 出版
2014年08月 論創社 論創海外ミステリ129

<内容>
 10年ぶりに故郷に戻ってきたドナルド・チャドマー。彼は10年近くの間、刑務所に収監されており、ようやく出ることができたのだ。ドナルドの家は資産家であり、その資産は全てドナルドのものになる予定。ただ、彼の屋敷は“怪奇な屋敷”と呼ばれており、過去の亡霊が巣くうと噂されていた。故郷に戻ってきたばかりのドナルドは、早々に奇妙な陰謀に巻き込まれ、さらにはドナルドの家である怪奇な屋敷で起きた“密室殺人事件”に関わることとなり・・・・・・

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<感想>
 最初、読み始めときはモダンホラーのような印象を受けたのだが、途中で密室殺人事件が起きた時には、一気にディクスン・カーの作品のような雰囲気に変わっていった。しかし、その雰囲気は持続しなく、後半へと進むと、どこかちぐはぐな印象を受け続けることとなる。

 この作品、実は本格推理小説としてよい味を出しており、かなり光るところがある小説といってよい。ただ、その見せ方がかんばしくなく、とにかく惜しいという言葉を連呼しなくなる作品でもあるのだ。ここに描かれている要素をうまく組み合わせ、エピソードの並びを代えて提示すれば名作になったのではないかと思えるほど。

 今回は、ここで惜しいと思われたことの一覧を書き出したいと思う。
 ・探偵役は最初に出てきた探偵のままで良かったと思われる。何故、途中で切り替わる?
 ・真相が明かされる直前に語られる屋敷のエピソードは、物語の序盤で提示されるべき。
 ・真相のひとつに替え玉のようなものが語られるものの、全くといってよいほど物語に活かされていない。
 ・最後の最後で宝探しネタが出てくるものの、これも序盤に持ってくるべき。
 ・伏線がいまいち徹底していない・・・・・・というか、いい加減。

 ざっと思いついたくらいで、このくらい。とにかく突っ込みどころ満載の作品。是非ともこれは、手に取っていただいて、もっとこうすればよいのでないかという意見を挙げてもらいたいところ。歴史的な古典本格推理小説の一冊として取り上げられなかったことに納得してしまう残念な作品。


灰色の魔法   Gray Magic (Herman Landon)

1925年 出版
2015年08月 論創社 論創海外ミステリ154

<内容>
 怪盗グレイ・ファントムことアリソン・ウィンダムが、ふと目を覚ますと、そこは見知らぬ場所であった。傷ついた体のまま、彼は幽閉されており、そこには召使いと名乗るものがいるのみ。その召使いは、ウィンダムのことをアラン・ホイトという囚人であり、脱走してきたのだと言うのである。いったい、この召使いと名乗る者は何者なのか? 何故、幽閉されているのか? ウィンダムは状況を打開すべく、脱走を図ろうとするのであったが・・・・・・

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<感想>
 本書は怪盗グレイ・ファントムが活躍するシリーズ作品のなかのひとつという位置づけ。論創社は探偵によるミステリのみではなく、こういった怪盗が活躍する作品の紹介も多いような。今までも、マッカレー「仮面の佳人」、ウォーレス「淑女怪盗ジェーンの冒険」、ハンシュー「四十面相クリークの事件簿」などなど。怪盗が活躍する冒険ものということで、通常のミステリとは違った趣向を味わえる。

 そういうわけで、本書はシリーズ作品のひとつということもあり、グレイ・ファントムありきで描いているので、このグレイ・ファントム自身については、あまり詳しく描かれていない。それなのに、当の主人公が記憶があいまいな状態で幽閉されているところから始まっているので、あまり取っ付きやすい作品とはいいがたい。とはいえ、当然のことながら、読んでいるうちに大体の背景はわかってくることとなる。

 それで肝心の内容であるが、前半と後半の話のつながりがちぐはぐで、いまいちであったという気がしてならなかった。最初は幽閉されたところで始まり、奇妙な現象などにも遭遇するのだが、中盤にかけては宿敵マーカス・ルードとの闘いへと移ってゆく。ただ、この前半の幽閉の部分に関してはマーカス・ルードは関与していなく、そこが一番微妙なところだと感じられた。

 なんとなく、一連の事件というよりは、いくつかの短編のネタをつなげた内容のように思えてしまった。また、シリーズの途中の作品ゆえに、あまりグレイ・ファントム自身についての印象も希薄なままで終わってしまったというような・・・・・・


騙し絵   Trompe-L'ceil (Marcel F. Lanteaume)

1946年 出版
2009年10月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 アリーヌ・プヤンジュが祖父から送られた大粒のダイヤモンド。彼女の結婚披露パーティーの際に、厳重な警備の元で展示されることとなった。ダイヤを覆うケースには鍵がかけられ、そのケースの周りには6人の警備員が配置されていた。ところがこれだけ厳重な警備にもかかわらず、ダイヤは盗まれてしまったのだ! いったい誰が、どうやって? アマチュア探偵ボブ・スローマンが解く事件の真相とは!?

<感想>
 これは面白い。まさか、こんなことをやってのけるなんて。

 本書のメインはもちろんダイヤモンドの盗難方法について。どのような方法で盗んだのかと色々と考えたものの、前代未聞の方法が企てられている。ここまでやってのければ、天晴れだ!

 また、この作品に関しては、ダイヤモンドの盗難のみの作品だと思っていたのだが、最後の探偵による真相解明の様子をみて、ずいぶんときちんと探偵小説していることに驚かされた。思いの他、きちんとできているミステリ作品として完成されている。

 これはなかなかの発掘本といえるであろう。読み逃すには惜しい作品。ただ、10月に出版された作品ということで、ランキングなどにはかすらないような気がする。埋もれてしまうには、惜しいなぁと感じてしまう逸品。




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