サ行−シ  作家作品別 内容・感想

ドアをあける女   The Beckoning Door (Mabel Seeley)

1950年 出版
2005年07月 論創社 論創海外ミステリ24

<内容>
 病院で働くキャシーの元に従姉妹で資産家のシルヴィアが訪ねてきた。それまでは、お互いが行き来する事もなかったのに、何故か突然シルヴィアは訪ねてきた。その訪問の理由もわからぬまま帰っていったシルヴィアであったが、日が経ってからキャシーはそのシルヴィアから呼び出される。彼女に家へと訪れたキャシーが見たものは、シルヴィアの死体であった。いったい彼女は何故殺されたのか? そしてキャシーに何を遺したかったのか? さらに犯人の魔の手はキャシーへと伸びてくることに・・・・・・

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<感想>
 うーん、これも論創海外ミステリならではの普通の平凡なミステリ。

 女性が主人公のサスペンス・ミステリという内容なのだが、いかんせん雰囲気が暗すぎる。とにかく全編、最初から最後まで雰囲気が暗い。まぁ、サスペンス小説であるので、このような雰囲気で書くことは間違ってはいないと思われる。ただ、その暗い影のなかに主人公の女性の雰囲気までもが呑み込まれてしまって、印象に残りづらくなってしまうというのは欠点になるのではないだろうか。

 たぶん本書はどちらかといえば、女性が読むミステリなのだろうと思われる。そう考えると読む人によって好き嫌いが出てくると思われるので一概に悪い作品であるとはいいきれない。ただ、この本を女性が手に取る機会は少ないのでは・・・・・・というのが一番の問題点であるのかもしれない。


プリンス・ザレスキーの事件簿   The Casebook of Prince Zaleski (M. P. Shiel)   5.5点

1981年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
プリンス・ザレスキー
 「オーヴンの一族」
 「エドマンズベリー僧院の宝石」
 「S・S」
 「プリンス・ザレスキー再び」

 「推理の一問題」 M・P・シール & ジョン・ゴーズワース

カミングズ・キング・モンク
 「モンク、女たちを騒がす」
 「モンク、『精神の偉大さ』を定義す」
 「モンク、木霊を呼び醒す」

<感想>
 いわゆる“シャーロック・ホームズのライヴァルたち”と銘打たれて日本で訳された書籍のひとつ。M・P・シールという作家により1895年に生み出された探偵、プリンス・ザレスキーが紹介されている。ただ、プリンス・ザレスキーが登場する作品が四編しかないらしく、そこでノン・シリーズ作品一編と別のシリーズ探偵、キング・モンクが登場する三編を併録している。

 この作品集を読んでもあまり探偵小説という感触を得られなかった。大雑把なイメージであるが、当時はやったシャーロック・ホームズものにあやかって、色々な作品を書く作家が探偵小説っぽいものを書いてみたというくらいの印象。キャラクター造形についても、プリンス・ザレスキーに関しては、安楽椅子探偵なのか、行動派なのか、そこが作品によって異なるのも微妙と思われた。

 この作品集のなかでプリンス・ザレスキーとキング・モンクという二人の探偵が扱われているが、キング・モンクの設定をプリンス・ザレスキーが隠遁する前の姿、というような感じで描いていればもっと面白そうな感触が得られたのではないかと思われた。ただ、著者の作品はこれだけではないようなので、この二人の探偵らしき人物が一つの作品集に収められるということ自体、著者は考えもしなかったかもしれないので、それはそれでということで。

 と、そんなこんなで、探偵小説としてはほとんど印象に残らなかった。なんとなくイメージとしてはホームズよりも、オーギュスト・デュパンを思い起こすような感じではあったかなと。


ねじの回転   The Turn of the Screw and other ghost stories (Henry James)   

1898年 出版
2005年04月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「ねじの回転」

 「古衣装の物語」
 「幽霊貸家」
 「オーエン・・ウィングレイヴ」
 「本当の正しい事」

<感想>
 2018年の復刊フェアで購入した作品。「ねじの回転」というタイトルが有名であったような気がして、一度は読んでみたいと思い、購入した次第。

 その「ねじの回転」なのだが、ジャンルとしてはホラー作品なのであるが、これが難解ともいえる内容。あとがきを読んでみると、この作品は実際に難解なことで有名らしい。何が難解なのかと言えば、物事の事象をはっきりと書いていないのである。館に出没する幽霊の真意、兄は何故学校を放校されたのか、兄妹と前の家庭教師との間に何があったのか等々、肝心な部分がぼかされている。

 そういった、どこかもどかしさを感じてしまう作品なのであるが、肝心な部分をぼかすことにより、この作品に対してどのように感じ取るのかは、読者各々にゆだねているとも考えられる。はっきりと結論を出さずに、どのようにでもとらえられるように、あえてそのような書き方をしたという作品なのかもしれない。ただ、ミステリ作品を主として読み続けている私としては、結論がでないままであると、なんとももやもやしたままで、どうも心地悪い。


「ねじの回転」は200ページくらいの作品であり、その他に4編の短編が掲載されている。個人的には、これらの短編のほうがわかり易くて好みであった。
「古衣装の物語」は、二人の姉妹の怨念を感じられるような作品になっており、後味の悪さがある意味心地よい。
「幽霊貸家」は、ホラーというか、ミステリっぽいような展開がなされていて、何気に面白い。
「オーエン・・ウィングレイヴ」は、「ねじの回転」と同様に、はっきりしない心地悪さを感じてしまう。
「本当の正しい事」は、伝記を書かれる者の鬱陶しさみたいなものが感じられて、ホラーのわりには、ちょっとしたユーモア小説のように捉えられて面白かった。


「ねじの回転」 幼い兄妹の家庭教師をすることとなった女は、徐々に館に隠されし秘密と兄妹の真実に触れ・・・・・・
「古衣装の物語」 妹は幸せな結婚をしたものの、子供を産む際に身を持ち崩し死することに。遺言で姉をけん制してか、衣装を大事にしてくれと・・・・・・
「幽霊貸家」 幽霊が出るという噂の家に、毎月のように訪問してくる老人の秘密とは!?
「オーエン・・ウィングレイヴ」 軍人の家に生まれた男は周囲の期待に添わず軍務につかないと言い出し・・・・・・
「本当の正しい事」 亡くなった夫の夫人は、夫の伝記を書いてもらおうと若い作家に頼む。すると、そのときから夫の亡霊らしきものが・・・・・・


傷ついた女神   Venere privata (Giorgio Scerbanenco)

1966年 出版
2014年09月 論創社 論創海外ミステリ131

<内容>
 医師のドゥーカ・ランベルティは患者を安楽死させたことにより、実刑を受け、三年後釈放された。そのドゥーカに、技師で資産家のピエトロ・アウセリがひとつの依頼をもちかけてくる。ピエトロの息子、ダヴィデがアル中となっており、それを立ち直らせるため、しばらくの間面倒を見てほしいというのである。ダヴィデに同情したドゥーカは、その依頼を受けることに。ダヴィデと過ごしながら、彼が何故アル中となったのか、ドゥーカは原因を聞き出そうとする。すると、過去に起きた一つの事件が明るみとなることとなり・・・・・・

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<感想>
 イタリアで“国産ノワールの父”といわれる作家、ジョルジョ・シェルバネンコ。彼の生い立ちについては、本書のなかに「私、ウラジミール・シェルバネンコ」という短編が併録されている。この作家の作品は本書でも登場するドゥーカ・ランベルティが活躍するシリーズ作品が有名で、4作品出ているそう。そのうちの2作目「裏切り者」がフランス推理小説大賞を受賞しており、日本でも邦訳されたり、映画化されたりしている。ただ、このドゥーカ・ランベルティの他のシリーズ作品は訳されておらず、久々に日の目を見たこととなる。

 本書では、安楽死により実刑を受け、出所してきた元医師ドゥーカ・ランベルティがアル中の青年の更生に関わる依頼を受け、その青年とのリハビリ生活が始まることとなる。最初はロード・ノベルズ的な内容なのかと思ったのだが、アル中青年ダヴィデが経験した事象により、とある犯罪が明らかとなる。そして、ドゥーカは、何故かその犯罪の撲滅に執念を燃やし始めるのである。

 最初はアル中青年の更生の為の犯罪撲滅か、と思っていたのだが、徐々に主人公自身がとりつかれたかのように事件に関わることとなる。ひとりの女性を事件の渦中に巻き込んでまで、なぜそこまで犯罪を撲滅しようという変化に至ったのかは読み取れなかった。単に、著者自身が当時のイタリアにあふれる犯罪の状況を嘆いての作品という事なのか。もしくは、戦時中の様子が描かれた著者の自伝ともいえる「私、ウラジミール・シェルバネンコ」という短編のなかに、そうしたヒント(著者の感情)が込められているのかもしれない。元医師ドゥーカ・ランベルティやダヴィデ青年の更生と成長の物語というよりも、ひとりの男に込められた怒りの物語という印象。


虐殺の少年たち   I ragazzi del massacro (Giorgio Scerbanenco)

1968年 出版
2015年11月 論創社 論創海外ミステリ159

<内容>
 不良少年たちに学問を教えることを目的とした夜間定時制学校にて、女教師が暴行の末惨殺されるという事件が起きた。事件を担当することとなった警官のドゥーカは、その教室にいた少年たちに事情聴取を行う。するとドゥーカは事件の裏に、何か隠れているものがあるのではないかと感じ始め・・・・・・

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<感想>
 論創海外ミステリでは、「傷ついた女神」に続き、2冊目の紹介となるイタリア作家ジョルジョ・シェルバネンコの作品。「傷ついた女神」にも登場したドゥーカという人物が主人公であり、そのときは医者であったのだが、今作では警官に転職しての登場となっている。「傷ついた女神」と今作の間に、過去に邦訳された有名作「裏切り者」という作品があるので、転職についての詳細はそちらで書かれているのかもしれない。本書では、既にベテラン刑事のようなたたずまいで活躍している。

 今作での事件は非常にショッキングなもので、不良少年たちを集めて教育している夜間学校の教室にて、女教師が暴行された末に死亡したというもの。その教室にいた生徒たちからドゥーカは事情徴収を行うものの、少年たちは口を閉ざし真相を明かそうとはしない。不良少年たちの行き過ぎた暴走行為かと思われつつも、ドゥーカのみは、事件の裏に何かが潜んでいると感じとり、単独で調査していく。

 雰囲気としてはシムノンのメグレ警部に通じるものを感じ取れた。もやもやとした事件を、悩みながらも淡々と捜査していくという様相がなんともメグレっぽい。最後の最後にようやく事件の裏側の真相が見えてくることになるのだが、普通に警察組織として捜査していれば最初から容易にわかることなのではないかと思わずにはいられなかった。まぁ、欧州における刑事小説としての雰囲気は十分味わえたかなと。


ボートの三人男   もちろん犬も   Three Men in a Boat to say Nothing of the Dog (Jerome K. Jerome)

1889年 出版
2018年04月 光文社 光文社古典新訳文庫

<内容>
 病気療養のための気晴らしに、僕は友人のハリスとジョージ、そして一匹の犬を連れてテムズ河をボートで遡る旅に出かけることにした。

<感想>
 さまざまな書籍の中で取り上げられていたりと、有名らしい作品であり、書店でも何度か見かけたことがある。そんなわけで光文社古典新訳文庫で発売されたのを機に購入してみた。少しの間積読になっていたのだが、今年になって読んだピーター・ラヴゼイの作品で、次に読む予定のクリップ&サッカレイ・シリーズの「絞首台までご一緒に」が、この「ボートの三人男」がモチーフとなっている作品と言うことを知り、そろそろ読んでみようと思った次第である。

 作品の内容は一言でいえば、ユーモア小説。三人の男が犬と共に、ボートの旅に出かけるというもの。ただ、旅を行うにあたって、計画性はないどころか、ボートの操作さえもおぼつかない状態のなか、頭の中は能天気に、体は酷使しつつ、ゆるゆるとテムズ川を遡るというもの。今でいうロード・ノベルズというような感触の本。旅の中でいろいろな出来事があり、さらにはさまざまなエピソードが語られつつ、その珍道中を楽しむという本。

 読んでみて、まぁまぁ面白かったという感触であった。まぁまぁ、というのは時代性も異なるのでしょうがないところではある。また、ボートに関する用語でピンと来ないものもあったので、わかりづらいという部分もあった。それでもおおむね楽しむことができたのでこの古典名作を読めて良かった。


リュジュ・アンフェルマンとラ・クロデュック   Luj Inferman' et La Cloducque (Pierre Siniac)

1971年 出版
2010年03月 論創社 論創海外ミステリ90

<内容>
 パリ付近を徘徊するルンペンのリュジュ・アンフェルマン。ある日彼は、木の上で野生の小鳥を食べる人物と出くわすことに。その性別不明の巨大な人物はラ・クロデュックと名乗る。彼(彼女?)は修道院に閉じ込められた自分の娘を助け出そうとしているらしいのだ。リュジュはクロデュックからその救出を手伝ってほしいと頼まれることに。しかし、リュジュはクロデュックと共に行動するのがいやで、彼(彼女?)から逃げ出そうとするのだが・・・・・・

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<感想>
 論創海外ミステリもここ最近、まともなラインナップになってきたなと思っていたのだが、久々にパンチの効いた作品が出てきた。それがこの「リュジュ・アンフェルマンとラ・クロデュック」。当然のことながら良い意味で言っているわけではないのだが、とにかくそのハチャメチャぶりがすさまじい作品。

 本書はジャンルとしてはロード・ノベルズと言ってよいのだろうか。しかしロード・ノベルズというほど、何らかの意味合いがあるわけでもなし、良い話というわけでもない。この作品は一見、クライムノベルズとかノワールとか表現してもよさそうな内容なのだが、全編にわたる能天気さがそういった暗い印象を感じさせないものとなっている。しかし、主人公を取り巻く状況や当の主人公自身までもがろくでもない人間性で成り立っており、能天気な雰囲気にも関わらず、妙な陰惨さがその陰に隠れているのである。

 本の帯には“奇天烈放浪記”などと書かれているが、まさにその名にふさわしい内容。パリを徘徊する奇妙な男の人生がダーク・ファンタジーのように描かれている。しかも、これが7作にわたるシリーズものの第1作だというのだから恐ろしい。


自分を殺した男   The Man Who Killed Himself (Julian Symons)

1967年 出版
2006年07月 論創社 論創海外ミステリ53

<内容>
 周囲の人々は何故アーサー・ブラウンジョンが、我の強い妻に対して我慢していられるのか不思議であった。しかしブラウンジョンはそんな生活に満足しながら、自ら起こした小さな会社を切り盛りする生活を続けていた。
 そんなある日、アーサーは自分とはまったく関係のないはずの結婚相談所で働くイースンビーと、そこに相談に訪れたパトリシアとが出会ったことにより、妻を殺さなければならなくなるはめになり・・・・・・

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<感想>
 最初読み始めたときは、冴えない中年男が主人公の、よくありそうな交換殺人ものかなと思ったのだが、その思いは裏切られることに。のっけから、思ってもみなかった展開へと進むことになり、俄然内容に興味を惹かれることとなった。

 とはいえ、全体的に特に奇抜なミステリというわけでもなく、どこかで似たような作品があったかのように思えるような内容ではある。しかし、それでも十分に内容に引き込まれ、意味深な“自分を殺した男”というタイトルの皮肉に気づかされることとなる。

 結末に関しても、ある程度は予想の範囲ではあるものの、うまくスパイスが効かされており作品全体に対しての皮肉さをさらにあおるような終わり方をしている。

 簡潔ながら、冴えない中年男のだめっぷりを見事に描いたサスペンス・ミステリといえよう。


非実体主義殺人事件   The Immaterial Murder Case (Julian Symons)

1945年 出版
2009年05月 論創社 論創海外ミステリ85

<内容>
 芸術家や評論家達が数多く集まった展示場で事件は起きた。展示場でのサプライズ企画として、依頼された者が皆の前で展示物を破壊したところ、その美術品のなかから死体が現れた。会場に入ることができたのは関係者のみ。エレベーター係りの目を盗んで、展示場へ侵入し、犯行を行った者はいったい誰なのか?

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<感想>
 作品を読み終えて、どのような作品であったかと考えてみれば、普通の本格推理小説と言えるような内容。それが、単純であるはずの事件を妙な感じにややこしくしていたという印象が残った。

 なんとなくしっくりこないのは、登場人物の設定がわかりにくいからではないだろうか。非実体主義とは超自然的なことではなく、美術的な観点によるもの。ただし、それについては作中で生かしきれているものとは感じられなかった。そうして、登場人物らは芸術家らしき人たちと評論家らしき人たちばかりなのだが、それらもどこかはっきりしない。さらに言えば、探偵らしき人物までが胡散臭く感じられてしまう。もうちょっと全ての登場人物の立ち位置をはっきりさせてもらいたかったところである。

 また、事件の真相についても、個人的には最終的な結論よりも、その前の仮説のほうがよかったのではないかと感じられた。かえって最終的な真相のほうがあいまいに思えたのだが気のせいだろうか。

 そんなこんなで、全体的にどうもパッとしない印象であった。書き方次第では、もっと理論的な探偵小説となったように思えるのだが。


ドクトル・マブゼ   Dr. Mabuse, der Spieler (Norbert Jacques)   5.5点

1921年 出版
2004年07月 早川書房 ハヤカワミステリ1755

<内容>
 賭博場で奇妙な出来事が起き続けていた。突如、憑かれたように大金をカードゲームに賭ける者たち。ただのイカサマかと思われたが、そこに何らかの陰謀の影が見え隠れしていた。検事ヴェンク何が起きているのかを突き止めるために、賭博場に潜入捜査を開始する。するとそこに“悪”の存在を感じとり・・・・・・

<感想>
 当時ドイツで10万部超えのベストセラーとなった小説であるらしい。映画化もされた作品。

 血気盛んな検事が陰謀の影に潜む悪人をあぶりだし、その悪人と対決するという内容。その悪人の名前がタイトルにある“ドクトル・マブゼ”。アルセーヌ・ルパンとか、怪人20面相といった怪盗・怪人ものの作品といってよいであろう。ただ、個人的にはその怪人の設定がやや物足りなかったという感じ。

 犯罪王と言いつつも、具体的に何をやりたいのかがわかりにくく、また妙に弱みを見せたりというところにも不満を感じてしまった。もう少し犯罪の王らしい設定をしっかりとしてもらいたかったところ。ただし、妖しげで暗い雰囲気は全編にわたって色濃く出ており、それなりに魅力的にとらえられた作品ではあった。


長い日曜日   Un Long Dimanche de Fiancaille (Sebastian Japrisot)

1991年 出版
2005年03月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 第一次世界大戦中、戦場に出たくない兵隊たちが自らの手を銃で打ち抜くという事件が相次いだ。その見せしめのために、5人の兵士が選ばれ、処刑されることとなった。戦線はげしい塹壕へと連れていかれた五人であったが、そこで突如激しい戦闘が起こり、5名の兵士は全て死亡してしまう。その5名のうちのひとりが婚約者であったマチルド・ドネー。彼女は自分の婚約者が死んだことを信じることができず、その戦場で何が起きたかを調べ、彼が生きていることを信じ、行方を突き止めようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 以前、「シンデレラの罠」という作品を読んだ気がするこのセバスチアン・ジャプリゾという作家。これを読むまで、いろいろと誤解していたことがあった。ひとつは、てっきり昔の作家かと思っていたら、この作品が書かれたのは1991年と、意外と最近であるということ(ちなみにジャプリゾ氏は2003年に71歳で亡くなったとのこと)。もうひとつは「シンデレラの罠」がミステリであったと思っていたので(すでに内容については忘れてしまった)、この作品も推理小説風かと思いきや、戦時中から戦後を舞台にしたロマンス作品であったという事。

 そんなわけで、ミステリかと思って読んだのだが、一向にそういう風に話が進むことはなく、結局はひとりの女性が必死に戦場で散ったと思われる恋人の行方を捜すという内容。最初に名前も素性もはっきりとしない5人が処刑されるために、前線に連れていかれて、生死の行方がわからなくなるというところまではミステリ性を感じられないでもなかった。ただ、その後からは地道に関連のありそうな人を訪ね、もしくは手紙で、徐々に過去を掘り起こしていくという場面が続いてゆく。

 内容も地道ながら、三人称で語られる中、ころころと主となる人や語り手となる人が代わるために、やや読みづらかった。悪い話ではないのだが、地道な人探しを続けるのみという内容では、やや冗長ではなかったかと思われた。映像で見れば、また心象は変わるかもしれない作品。小説よりも映画のほうがしっくりとくる内容なのかもしれない。


新車のなかの女   La Dame Dans L'auto Avec des Lunettes et un Fusil (Sebastian Japrisot)

1966年 出版
2015年07月 東京創元社 創元推理文庫(新訳版)

<内容>
 広告代理店につとめるOL、ダニー・ロンゴは上司から、上司の一家を空港まで送ったのち、車を家まで戻してもらいたいと命じられる。不承不承、仕事を請け負ったダニーであったが、上司一家を送ったのち、新車のサンダーバードを乗り回して、バカンスに出かけたいと思い立ち、そのままドライブへ。そうして旅に出たのは良かったが、ガソリンスタンドで突然何者かに襲撃され、左手に怪我を負う。それをスタンドの店員に訴えると、あなたは今朝ここに来た時にすでに左手を怪我していたじゃないかと言われ・・・・・・

<感想>
 以前、どこで見た作品かは忘れたが、飛行機に母と娘が乗り込み、娘が見当たらなくなったので母親が探そうと周囲の人に聞いて回るが、そんな娘は最初から飛行機に乗り込んでいないといわれ途方にくれるというような話があったような気がする。本書を読んだときには、それをふと思い起こした。

 主人公の女性は、上司の高級車を家へと戻そうとするのだが、ふと魔が差して、その高級車でバカンスへ出かけることにしてしまう。すると行く先々で、彼女がすでに一度そこを訪れたことになっており、会う人会う人から、また来たのかというような対応をされることとなるもの。さらには、予想だにしない事件までが起き、主人公は益々困惑していくというもの。

 一見、誰かに罠を仕掛けられたかのように思えるのだが、主人公は誰に言うわけでもなく、唐突にバカンスへの旅を思いついたことにより、それに先回りして何かを起こすという事ができるはずがない。それでは、彼女が行く先々で遭遇する不可解な出来事はいったい何故起こったのであろうか?

 最終的には当然のごとく、そうした事象の全てが明らかになるのだが、きちんと整合性がとれているところはなかなかのもの。決して単なる不思議な話というものではなく、その裏にとある事件が潜んでいたのである。その犯罪に関わった者の独白によって全てが明らかになるというのはやや興ざめかもしれないが、それでもよく出来ている作品だと感じられた。まさしく、眩暈がするようなトワイラトゾーン的なサスペンスミステリとして仕上げられている。


俺はレッド・ダイアモンド   Red Diamond

1983年 出版
1985年03月 早川書房 ハヤカワミステリ文庫

<内容>
 仕事にも家庭にも疲れた中年のタクシー運転手サイモン。彼の唯一の慰みは、パルプ雑誌の蒐集だった。なかでもパルプ・ヒーロー、レッド・ダイアモンドの物語に読みふけるのが無上の喜び・・・・・・が、無理解な妻がそれらをすべて売り払ってしまった時から彼の人生は一変した。世の悪党と戦い、美女を救うべく、タフガイ探偵レッド・ダイアモンドとなって、彼は夜の街に立ったのだ!
 現実と妄想のはざまに生きる新ヒーロー登場!!

<感想>
 たとえ狂っていたとしても、本人が狂ったことに気づいていなければ、本人は幸せなのかもしれない。

 コレクターの哀歌か、それとも中年の挽歌か。

 痛烈なる奇想天外の物語でありながら、それが妄想であると思うと哀しくなってしまう。世のハードボイルドの探偵たちの言葉を胸に一人、町に出て行くダイアモンド。彼は最も孤独で最も幸せな探偵なのかもしれない。さらに、彼にかかわった悪党達は最も不幸なのだろう。

 それでも最後の一言がなければ、この物語は存在しなかっただろうと思う。ラストの展開には主人公とともに救われた気がした。




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