Michael Connelly  作品別 内容・感想1

ナイトホークス

1992年 出版
1992年10月 扶桑社 扶桑社海外文庫(上下)

<内容>
 ブラック・エコー。地下に張りめぐるトンネルの暗闇の中、湿った空虚さの中にこだまする自分の息を兵士達はこう呼んだ・・・・・・パイプの中で死体で発見された、かつての戦友メドーズ。未だヴェトナム戦争の悪夢に悩まされ、眠れぬ夜を過ごす刑事ボッシュにとっては、20年前の悪夢が蘇る。事故死の処理に割り切れなさを感じ捜査を強行したボッシュ。だが、以外にもFBIが介入。メドーズは、未解決の銀行強盗事件の有力容疑者だった。


ブラック・アイス

1993年 出版
1994年05月 扶桑社 扶桑社海外文庫

<内容>
 モーテルで発見された麻薬課刑事ムーアの死体。殺人課のボッシュはなぜか捜査から外され、内務監査課が出勤した。状況は汚職警官の自殺。しかし検屍の結果、自殺は偽装であることが判明。興味を持ったボッシュは密かに事件の裏を探る。新しい麻薬ブラック・アイスをめぐる麻薬組織の対立の構図を知ったボッシュは、鍵を握る麻薬王ソリージョと対決すべくメキシコへ・・・・・・ハリウッド署のはぐれ刑事ボッシュの執念の捜査があばく事件の意外な真相!


ブラック・ハート

1994年 出版
1995年09月 扶桑社 扶桑社海外文庫(上下)

<内容>
 11人もの女性をレイプして殺した挙句、死に顔に化粧を施すことから“ドールメイカー(人形造り師)”事件と呼ばれた殺人事件から4年。犯人逮捕の際、ボッシュは容疑者を発砲、殺害したが、彼の妻が夫は無実だったとボッシュを告訴した。ところが裁判開始ののその日の朝、警察に真犯人を名乗る男のメモが投入される。そして新たにコンクリート詰めにされたブロンド美女の死体が発見された。その手口はドールメイカー事件と全く同じもの。やはり真犯人は別にいたのか?


ラスト・コヨーテ

1995年 出版
1996年06月 扶桑社 扶桑社海外文庫(上下)

<内容>
 ロサンジェルスを襲った大地震は、ボッシュの生活にも多大な影響を与えた。住んでいた家は半壊し、恋人のシルヴィア・ムーアとも自然に別れてしまう。そんななか、ある事件の重要参考人の扱いをめぐるトラブルから、上司のパウンズ警部補につかみかかってしまったボッシュは強制休暇処分を受ける。復職の条件である精神分析医とのカウンセリングを続ける彼は、ずっと心の片隅に残っていた自分の母親マージョリー・ロウ殺害事件の謎に取り組むことに。


トランク・ミュージック

1997年 出版
1998年06月 扶桑社 扶桑社海外文庫(上下)

<内容>
 ハリウッド・ボウルを真下に望む崖上の空き地に停められたロールスロイスのトランクに、男の射殺死体があった。<トランク・ミュージック>と呼ばれる、マフィアの手口だ。男の名はアントニー・N・アリーソ、映画のプロデューサーだ。どうやら、彼は犯罪組織の金を<選択する>仕事に関わっていたらしい。
 ボッシュは被害者が生前最後に訪れたラスヴェガスに飛ぶ。そこで彼が出会ったのは、あの「ナイトホークス」で分かれた運命の女性、エレノア・ウィッシュだった。


わが心臓の痛み   7点

1998年 出版
2000年04月 扶桑社
2002年11月 扶桑社 扶桑社文庫

<内容>
 元FBI捜査官のテリー・マッケイレブ。彼は心筋症のために心臓移植を受けて引退し、港でボートに乗りながら静かに暮らしていた。ある日、彼の元に1人の女性がやってくる。その女性は自分の妹がコンビニ強盗に殺害されたものの、いまだ事件は解決していないという。その強盗を捕まえて欲しいといわれるのだが、マッケイレブは断ろうとする。しかし、その殺された女性の心臓がマッケイレブに移植されたことを知り、彼は事件の解決に乗り出すことに。

<感想>
 本書の大きなポイントとしては捜査する事件が他の事件と如何なるつながりがあるのかという点。捜査するマッケイレブはこのミッシングリンクを解くことに専念し、そこから犯人をしぼりこもうとする。そしてこのミッシングリンクが徐々に明らかになっていくのだが、これがまたすさまじいものである。本書の題名である「わが心臓の痛み」というものにも深い意味がこめられているし、また原題の「Blood Work」という題も本書の内容に適している。

 じりじりと絞り込んでいく調査そして科学捜査。これらにより少しずつ犯人へと近づいていく展開。明らかになる真相。そして全編に張り巡らされた犯人の意図。これは本当に圧巻というほかない。本書をシリーズものではなく、単発として書かれた意図もよくわかる。刑事小説というより、1人の男の捜査小説の真髄とでもいうべきか。


堕天使は地獄へ飛ぶ   6点

1999年 出版
2001年09月 扶桑社 単行本

<内容>
 土曜日の夜、ロサンジェルスのダウンタウンにあるケーブルカー、<エンジェルズ・フライト>の頂上駅で惨殺死体が発見された。被害者の一人は黒人の女性、もうひとりは辣腕で知られる黒人の人権派弁護士ハワード・エライアスだった。市警察にとってエライアスは、長年にわたる宿敵ともいうべき苦手な人物だった。しかも、月曜の朝には市警察を相手とする訴訟が開始されることになっていた。恨みをもつ警官の犯行なのか? 警察が扱いを間違えば、大規模な人種暴動が起こることに・・・・・・

<感想>
 今回はかなり地味な作風である。内偵内偵と事件を探るというよりは、弁護士の調査の足取りを探るといったものになっている。それを足による聞き込みだけではなく、書類などからも探っていかなければならない。そのようなこともあり、結構中盤は地味である。

 さらに付け加えるならば、この作品を読むとまざまざと現代が描かれていることにも注目がいく。インターネットを避けることのできない捜査。事件の真実をさらに異なるレベルのところへと運んでゆく人種問題。いま、このような警察小説を書くのであれば、O.J.を避けることはできないのであろう。それが社会を複雑化させる。これらのキーワードが今作を成り立たせるものとなっている。

 そして、はびこる官僚主義のなかで、悶え苦しむボッシュの姿。捜査において邪魔になるのは味方であるはずの同僚たちであり、またさらに邪魔なのは上司達である。そしてボッシュらが到達した真実でさえ、それらによってゆがめられてしまう。

 そして地味な捜査とはうらはらに、それらを噴出すかのような黙示録たるかのようなエンディング。社会は既に目に見えない地獄の業火で焼き尽くされているかのように・・・・・・


バッドラック・ムーン   6点

2000年 出版
2001年08月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 キャシーは仮釈放中の元窃盗犯。現在は優秀な自動車販売員として働いているが、ある目的のために昔の仲間レオからの仕事を受ける。カモはプロのギャンブラー。計画は順調に進むかのように見えたが、ある出来事から歯車が狂い始めた。そのとき空には「不吉な月」が・・・・・・

<感想>
 さすがにこの著者が書くだけあって、楽々と一定の水準は越えている。内容も、突発的に起きた出来事に思えても、実はあらかじめ伏線を入れていたりとそういったところはさすがである。他の人に同じような作品を書かせても、本書ほどのリーダビリティはないだろうと思わせるほど、著者の手腕は熟練している。とはいうものの本書の内容はおおざっぱな面からみれば、けっこうありきたりともいえる。この著者に期待するのはこういった作品ではないのであるが・・・・・・。まぁこれはハリー・ボッシュのシリーズを贔屓目にみすぎた贅沢な意見なのかもしれないが。


夜より暗き闇   7点

2003年07月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 元FBI心理分析官テリー・マッケイレブは昔の同僚から捜査の依頼を頼まれる。その事件は捜査が難航し手がかりがつかめないものの、連続で事件を起こす要因があるということでマッケイレブに望みをかけたのだという。依頼を引き受けたマッケイレブは被害者との事件に関わっていた可能性のあるハリー・ボッシュ刑事に会いに行く事に。その頃ボッシュは全米が注目する裁判に取り掛かっているところであった。

<感想>
 読み始めてみると、この作品は「わが心臓の痛み」の主人公・マッケイレブが主役をはり、ハリー・ボッシュにとっては外伝的な作品となるのかと思われた。しかし読み続けていくと、決してボッシュにとっての外伝などではなく、あくまでもこれはボッシュシリーズの本編であると気付かされる。

 では、なぜ本書においてテリー・マッケイレブを登場させなければならなかったのかというと、ボッシュの内面を外側から探るという行為が必要だからである。通常のボッシュシリーズでは当然のごとくボッシュが主人公であるために、ボッシュが主観となって話の展開がなされていく。よってボッシュ本人の悩みや苦しみなどは伝わってきても、彼が他の人たちにどう見えているのか、あるいはどう分析されるのかということはわからない。それを本書ではさらに一歩踏み込んで、外側から見たボッシュの犯罪者としての資質というものについて分析がなされていく。よってこの行為を行うのにちょうどよい人物がテリー・マッケイレブとなるわけである。もしくは、この作品のためにテリー・マッケイレブが創造されたのではないかと考えることもできるのである。

 ただし、焦点がボッシュ個人に向けられている分、本編に対する事件自体の印象というのは薄く感じられてしまう。また「わが心臓の痛み」を読んだときの印象と同様なのだが、事件で起こる事象の全てが一つの方向にて帰結されてしまうというのはあまり納得がいかない。本書も結局のところ、事件の全てが過剰にボッシュへと向かいすぎているのではないだろうかと感じられる。もう少し話の流れを並行的に進めてもよいのではないだろうか。

 とはいうものの、これはコナリーの作品として十分水準を越えた上での注文である。本書はミステリーとして十分な内容であるし、またボッシュシリーズを読んできている人にとっては見逃せない一冊である。

 なんといってもラストにて二人の“業”とでもいうべき“闇”が浮き彫りにされるシーンは圧巻につきる。


シティ・オブ・ボーンズ   7点

2002年 出版
2002年12月 早川書房 単行本

<内容>
 ハリウッド署に犬が人骨らしきものを咥えてきたという通報がなされた。現場におもむいたハリー・ボッシュは、それが人骨らしいものと判断し、周囲の発掘作業へと展開させる。その結果いくつかの骨が集まり20年くらい前に埋められた12歳くらいの少年の骨であると鑑定された。しかもその骨には生前に受けた虐待の跡が見られるとの報告もボッシュは受けることに。そして遅々とした事件捜査が続く中、ひとりの現場周辺に住む男が容疑者として挙げられたのだが・・・・・・

<感想>
 2年越しの積読をようやく読了することができた。本書は2002年発売当時に買いはしたものの、ハリー・ボッシュのシリーズとしては前に出ている作品を飛ばして訳されていて、シリーズを順番に読んでいきたいと思ったことから読むのを控えていた作品である。そして去年前作「夜より深き闇」を読んだことによりようやく本書を読むことができるようになったのだが、それから手を付けるまでにずいぶん時間が掛かってしまった。しかしこんなことになるのなら、扶桑社が一括してこのシリーズを順番に出してくれればいいのにと思ったのは私だけではないだろう。

 内容は今までのハリー・ボッシュ・シリーズに比べれば地味かなと感じられた。とはいえ、それなりに落ち着いた熟練さをまとった作品になっており、ハリー・ボッシュらしさは決して消えていない作品となっている。

 本書では20年以上が経過した骨から被害者を特定し、事件を捜査していくというもの。この作品においても、世間に注目される事件においてはその捜査自体の困難さだけでなく、マスコミに対する対応も極めて慎重に行っていかなければならないという事情が描かれたものとなっている。そういった状況で捜査が進められていく中で本書ではボッシュ自身におけるさまざまな“転機”というべきものが訪れるという展開になっている。そのことによってボッシュがどのように行動していくのかが本書の注目すべきところである。

 さらにはそのボッシュ自身の進退問題が本書だけでは決着がついていなく、この先どうするのかという事が非常に気になるところで終わってしまっている。ようやくこの積読を読み終えたのにも関わらず、次の作品を読みたくて仕方がなくなってしまった。

 最後に一つ付け加えれば、やっぱりマイクル・コナリーの“ハリー・ボッシュ”シリーズはいいなぁということ。続編強く望む!


チェイシング・リリー   6点

2002年 出版
2003年09月 早川書房 単行本

<内容>
 ナノテク学者ピアスの新しく引っ越してきた自宅に“リリー”という女を求める男たちからの電話が頻繁にかかってくる。その“リリー”という女はインターネット上で評判の娼婦であり、公開している電話番号がピアスの家のものとなっていたのだった。ピアスはその“リリー”のことが気になり、彼女と連絡をとってみようとするのだが、リリーは行方知れずになっているのだと・・・・・・

<感想>
 何の情報も得ないまま、本書を読んだらコナリーの作品であるとわかる人はいないのではないだろうか。それほど、いままでの作品とは違う印象を受ける本となっている。コナリーといえば、「ハリー・ボッシュシリーズ」以外にも、何作かノン・シリーズを出版しているが、それらと比べても作風の異なる本であるといえる。

 主人公は“ナノ・テクノロジー”の会社を経営する、研究家であり、青年実業家。そういった背景もあってか、本書では説明的な部分が多く見受けられた。そういう印象が強く残り、従来の作風とは異なるものに感じられたのだろう。そして物語は、その研究の狭間に主人公がなんとなくとってみた行動によって、事件に巻き込まれていくというもの。

 結局のところ“巻き込まれ型”の内容のものかと思ったのだが、物語が進行していくと徐々に事件は異なる様相を見せ始める。最初はコナリーの作風とは違うものを感じたのだが、後半においての事件の展開のさせかたや、締め方はいかにもコナリーらしいと感じさせる作品であった。でもせっかくだから、最後までコナリーらしくない本を書いてもらいたかったとも思う。


暗く聖なる夜   8点

2003年 出版
2005年09月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 ハリウッド署を退職し、隠遁生活を送っていたハリー・ボッシュであったが、その平凡な生活にも飽き、昔自分が手がけた未決事件を捜査してみようと思い立つ。その事件というのは、ひとりの女性が殺害されたというもの。ただ、その捜査の途中で本署の強盗殺人課に事件を持ってゆかれてしまい、そのまま未決となっていたのだ。ハリーはその殺害された女性の死体がとっていたポーズが印象に残り続けていたため、今回単独でその調査を行う事を決意した。しかし、事件を調べていくうちに多額の強盗事件と結びつく事になり、さらには捜査から手を引けとFBIによる警告を受けるのであったが・・・・・・

<感想>
 ハリー・ボッシュ・シリーズの新刊であり、シリーズとしても大きな転換を迎えた作品であるのだが、いや、これは本当に良い作品に仕上がっている。今までの従来のシリーズの作風に加えて、円熟味までを増しているというシリーズの中でも傑作に数えられる作品であろう。

 今作でショッキングだったのは、前作の最後にとった行動により、ボッシュが警察を辞めてしまったという事。それにより、ボッシュは組織の人間から一介のフリーの立場になったのだ。一応、私立探偵の免許を取得はしたものの、今回の作品もそうであり、今後の作品もそうではないかと思うのだが、人から依頼されて仕事を引き受けるという事はしないのではないかと思う。作品中でも述べていたが、ボッシュが強く思っているのは“死者の代弁者”という考え方である。それを本書では、ボッシュが刑事時代に未解決となっていた、ひとりの女性の殺害事件に解決をつけるという形で行っている。

 その被害者が死体となって発見されたときに、両手を上に掲げていた祈りのようなポーズがボッシュに強い印象を残し続け、捜査へと駆り立たせることになるのである。

 そして、そこからはさまざまな事件を掘り起こしたり、巻き込まれたりしながら話が進んでいくことになる。そういった中でアメリカの社会情勢が余すことなく取り入れられているのも本書の特徴である。テロに対する対策、病人の介護、警察組織によるリンチ事件などなど。

 このような背景により作品全体に深みが出て、さらには、ひとつの事件を調べることにより明らかになるさまざまな事件と絡み合わせながら、やがて真相が見えてくるという構成になっている。

 何度も言うようであるが、とにかく深みを増した現代ハードボイルドの逸品といってよかろう。本書を読むと最盛期のローレンス・ブロックを思い起こしてしまう。

 また、タイトルとなっている「暗く聖なる夜」という意味がまた心憎いくらいにうまく物語中のエピソードして盛り込まれているのも必見である。


天使と罪の街   6点

2004年 出版
2006年08月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 元ロス市警の刑事ハリー・ボッシュの元にグラシエラ・マッケイレブが訪ねてきた。心臓の病気で亡くなったはずの夫、テリー・マッケイレブの死因について調査してもらいたいというのである。テリーは何者かに殺害された疑いがあるというのだ。以前、テリー・マッケイレブと仕事をしたことのあるボッシュはさまざまな思いから仕事を引き受ける事に。
 そして、その出来事と同時にFBIは以前、連続殺人を犯し、行方不明になっていた“詩人”の足取りをつかみ、左遷されていたFBI捜査官レイチェル・ウォリングを呼び出していた!
 互いの事件にはなんらかのつながりがあるのか・・・・・・

<感想>
 今回のマイクル・コナリーの新刊はなんとも豪華な作品である。今まで彼が書いた作品のオールキャストが登場しているといっても過言ではないだろう。しかも、最近のハリー・ボッシュのシリーズでも重要な位置を占めていたテリー・マッケイレブ(←「わが心臓の痛み」では主人公)を死んだことにしてしまっているのだから、なんとももったいないことを平気でするものだと妙な感心までしてしまった。ボッシュとマッケイレブを組ませれば、いくらでも本を書くネタになったのではないだろうか。

 さらには、本書はテリー・マッケイレブの死の謎を追う、というだけでなく、コナリーの出世作「ザ・ポエット」の続編という位置をしめる作品ともなっている。これだけ、条件がそろえばもう豪華という以外に付け加えることは何もない。

 とはいうものの、物語的にはオールキャストが登場しただけという印象も否めない。ボッシュがマッケイレブが追っていた事件を掘り起こし、捜査をしていくものの、他の要素が多すぎる事により、そちらの描写にページをとられてしまい、肝心な捜査の場面が消化不良に終わってしまっているのは事実である。これだけの要素を含めるには、少々ページ数が足りなかったのではないだろうか。

 そして、肝心の“ポエット”の存在も、何のために今回事件を起こしに出てきたのかも不透明であったように感じられた。今回は主人公が多すぎた事により、ストーリー上の弊害が起きたというしか言いようがない。もっと、ボッシュもしくはFBI捜査官のウォリングらがじっくりと捜査を進めていくところを見たかった。もしくは、ポエットがそれなりの目的を持って、秩序だった犯罪をじわじわと行っていくようなものを期待したかったところである。

 と、ストーリー上は消化不良にも感じられたが、今回の作品もボッシュの今後について大きな分岐点となる作品である事は間違いない。今作では、次回からボッシュが新たな立場で捜査を進めていくことになることが示唆されている。

 最初にマッケイレブの死がもったいないとは書いたものの、彼自身の移植した心臓の問題もあり、またボッシュの新たなる出発が始まるという事を考えたら、シリーズとしては必然なことなのかもしれない。


終決者たち   7点

2005年 出版
2007年09月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 3年間の沈黙を破り、ロス市警へと復帰することとなったハリー・ボッシュ。彼が配属される事になったのは未解決事件処理課。過去の数十年の間に未解決になった事件をひとつひとつ掘り下げていくというもの。ボッシュが再びコンビを組むこととなったキズ・ライダーと共に着手する最初の事件は17年前におきた16歳の少女の殺害事件。再びハリー・ボッシュが刑事となり、難事件に挑む!

<感想>
 この作品の原題は「The Closers」であり、邦訳の出版前の仮タイトルは「クローザーズ」であった。そのタイトルを聞いたときにはピンと来なく、後に「終決者たち」というタイトルに代わったときには、こちらのほうがしっくりくるような気がした。

 そして本書を読んでみると、ボッシュがこの作品にて行う役割は未解決事件を捜査するというもの。ようするに、その後の捜査ということはなく、メジャーリーグの用語でいう“クローザー”(日本ではストッパー)という役割を担うこととなるのである。そのような意味での“クローザー=終決者”だと。この背景を知ると、「クローザーズ」というタイトルのほうがしっくりくるような気がしてきた。ただし、やっぱりその意味を知らなければわかりづらいことは確かだが。

 今作にてようやくボッシュがロス市警に戻り、警官として職務がこなせるようになった。こうして戻ってみると、やはりボッシュは私立探偵であるよりも警官という地位についていたほうがよいと思われてくる。また、私立探偵を行っていたときに自らを“死者の代弁者”と読んだような仕事を市警に戻ってからもまた続けることができるというのは、ボッシュ自身にとっても読者にとっても満足させられる展開である。

 今回ボッシュが挑むこととなる事件は、意外と地味な事件である。ただし、地味であるからこそ事件を掘り起こすのは難しいともいえる。とはいえ、この地味な事件にさまざまな要素を付随させる事により、捜査を複雑化させ、なおかつ読者を退屈させずにぐいぐいと物語を引っ張っていく書き方はさすがといえよう。

 さらには今作でボッシュに馴染みの深い人物をからめさせ、ボッシュとの関係に予想外のてん末を用意しているという展開もシリーズ作品として楽しめるようになっている。

 ということで、既にシリーズ11作目になっているにもかかわらず、新鮮さを保ちながら、本書も読者を楽しませてくれる内容となっている。また、このシリーズも2007年時点で13作目までが書かれいるので、これからしばらくは毎年のようにこのシリーズを楽しむことができ、もはや贅沢というより他にない。


リンカーン弁護士   7点

2005年 出版
2009年06月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 高級車のリンカーンを事務所代わりにしてロサンジェルスを駆け巡る刑事弁護士ミッキー・ハラー。経営はいつも苦しいなりにも、それなりに順調に仕事をこなしていた。そんなとき、金持ちの顧客から大きな事件の依頼が届く。ルイス・ロス・ルーレイという青年が女性に対する暴行の罪で起訴されたのだ。しかし青年は何者かに罠にはめられたのだと無罪を主張する。ミッキー・ハラーは依頼料と今後の地位を確立するために、この訴訟を無罪にもちこもうと調査を開始する。しかし、徐々に思いもかけない出来事が起き・・・・・・

<感想>
 うーん、これも面白い。マイクル・コナリーの作品も、かなりの数読んでいるのだが未だ衰えを知らず、しかもさらに新たなアイディアにより読者を楽しませてくれる。今回は高級車リンカーンを事務所代わりとする弁護士を主人公とした作品。あとがきによると、実際このようなスタイルで弁護士を行っている人がいるそうで、その実在の人物から話を聞いたことにより、アイディアを得た作品とのこと。

 今作はタイトルのとおり、コナリーによる法廷モノの作品となっている。主人公ミッキー・ハラーが依頼人の無罪を勝ち取るために、法廷で検察側と闘う様子がメインとして描かれている。法廷モノの作品は何冊か読んでいるが、そういった作品に負けず劣らず本書も良い作品となっている。また、あまり法廷での闘争について私自身が詳しくないためか、今回のような訴訟の終結の仕方もあるのだなと感心しながら読みふけってしまった。

 また、この作品はただの法廷モノにあらず、サスペンス性の強い作品にもなっている。そのへんを詳しく語ってしまうとネタバレになってしまうので、ここでは記載しないが、法廷の場へとあがる主人公の立場を色々な意味で複雑化させ、さらにどのように物語を終決させようとするのかというところも大きな見所となっている。

 本書を読み始めたときは、今までのコナリー作品とは異なるような内容、違う言葉で言えばコナリーらしくない作品とも思われたのだが、話が進むにつれて主人公の弁護士としての葛藤が描かれてゆくこととなり、徐々にコナリーらしい作品となってゆく。
 今作のテーマのひとつとしては、冒頭に引用されている“無実の人間ほど恐ろしい依頼人はない”という言葉。この言葉が物語中で思いもよらぬ形で主人公を直撃することとなるのである。

 とにかく見所が多い作品なので是非とも一読してもらいたい。法廷モノが苦手だという方でも、これは楽しめるのではないだろうか。


エコー・パーク   7点

2006年 出版
2010年04月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 未解決事件を掘り起こし、再調査をするという仕事を行うハリー・ボッシュ。彼が一番気にしている事件は“マリー・ゲスト事件”。これはかつてボッシュが手がけた事件でもあり、今だにその詳細は不明。一応、ボッシュは怪しいと思われる人物にあたりを付けていたのだが、決定的な証拠を見いだせないまま13年が経っていた。
 ある日、ボッシュのもとに“マリー・ゲスト事件”を一変させる報がもたらされる。なんでも、女性のバラバラ死体を車に乗せていて逮捕された男が複数の殺人事件に対して供述しており、そのひとつに“マリー・ゲスト事件”が挙げられているというのである。ボッシュは事件の進展を期待しつつも、今まで自分が大きなミスをしていたことに葛藤しながら、新たな調査にのぞむ・・・・・・

<感想>
 やはりこのシリーズは良い。本書で扱われる事件自体はそれほど大したものではないと思われる。しかし、その大したものではないはずの事件から、さまざまな展開を用いて、徐々に内容を複雑化させ、そうしてラストの大団円へと持ち込む書き方が実に大したものなのである。

 事件はかつて起きた少女の失踪事件を掘り起こすというもの。それが別件で逮捕された猟奇的な連続殺人犯の口から明らかにされることとなる。そこまでは、なんとなく普通の警察サスペンスとも言えるのだが、そこからの展開がものすごいのである。

 途中からは事件の真相と思われるものが二転三転し、ボッシュがそれに振り回され、さらにはボッシュ自身が周囲を振り回してゆくこととなる。そうしたなかで、ボッシュの事件解決への異常な執念が周囲の者と距離をあけることとなり、彼の孤立した状況が顕著になりつつある。こうしたボッシュの人間性に対する言及については従来のシリーズのなかでも語られているところであるが、今作ではより一層ボッシュの孤独感が伝わってくるものとなっている。

 さらには、近代的な法律の問題や警察機構の問題といったものなどもとらえながら物語が進展していくところを見ると、まさに現代警察小説の最高峰と言いたくなってしまう。

 より、熟練味が増しつつあるマイクル・コナリーの作家としての腕前。これはもはや、マンネリ化のおそれなど一切気にする必要などなさそうである。読者としては、あとはひたすら新刊の翻訳を待ち続けるのみである。


死 角  オーバールック  6点

2006年 出版
2010年12月 講談社 講談社文庫

<内容>
 深夜、ロサンジェルスの展望台で男の射殺体が発見された。ロサンジェルス市警の殺人事件特捜班で働くこととなったボッシュは現場へと急行する。最初は単なる殺人事件と思われたのだが、調査をしてゆくうちに被害者の手によってセシウム放射性物質が盗み出されていたことが判明し、テロ事件の可能性が浮上してくる。事件にFBIが絡んでくることにより、ボッシュは捜査から締め出されそうになるものの、その圧力に抵抗し、彼は単に殺人事件としての捜査を推し進めてゆく。セシウムが危険な行為に使用される前になんとか犯人の行方をつかもうとするボッシュであったが、意外な可能性が浮かび上がることとなり・・・・・・

<感想>
 コナリー作品にしては文庫本一冊と短めの作品になっていることが意外であった。どうやらこの作品は雑誌に掲載されていたようであり、ページ数に制約があるなかで書かれた作品とのこと。そういった理由もあってか、従来のボッシュ・シリーズとは少々異なる様相を示す内容となっている。

 今までのコナリー作品では描かれていない、スピード・サスペンス小説という形態をとった内容になっている。テロリストが放射性物質を使う前に、警察は犯人を捕らえる必要がある。こういった捜査をボッシュがすることとなるのだが、このような内容には決して向いている刑事とはいえないであろう。

 というのも、今までの作品を通して、ボッシュはあまりにも周囲との間にしがらみが多すぎるからである。本来ならばFBIと協調して動かなければならないのだが、ボッシュ本人は一切そのような協調を取る気はなく、FBIに先んじて事件の解決を図ろうとする。そういった背景のなかで、結局は足の引っ張り合いになってしまい、スピードサスペンスらしからぬ展開となってしまうのである。

 とはいえ、そういった従来のサスペンス作品を反するかのように、結末に関してはいつもながらのボッシュ・シリーズらしい展開が待ち受けることとなる。最後の最後でらしさを取り戻すことができたのだが、そこまで来るのに随分とあわただしかったかなと。従来ながらの深みを感じるというところまではいかなかったものの、これはこれで、それなりに楽しめた作品。

 今作でボッシュとコンビを組むこととなるイグナシオという未熟な刑事が出てくるのだが、今後この人物が再登場するのかを個人的に期待している。この刑事が将来ボッシュのような凄腕になっていく様が見られたらと思うのだが、あとがきなどでそういったことはいっさい触れられていないので、結局そんなことはないのであろう。


真鍮の評決   6.5点

2008年 出版
2012年01月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 1年間休職していた弁護士のマイクル・ハラーであったが、突如現場に戻されるはめとなった。というのは、同じく弁護士のジェリー・ビンセントが殺害され、彼は死亡時の業務の代理人としてハラーを指名していたのであった。それにより、マイクル・ハラーは再び弁護士の仕事を大量にこなさねばならなくなった。その仕事の中で特に高額の報酬が期待されるのがハリウッド映画製作会社のオーナーであるウォルター・エリオットの事件。彼の妻と愛人が何者かに射殺され、警察は容疑者として夫であるウォルターを逮捕した。ハラーはウォルターの無罪を勝ち取るために奔走することとなるのだが・・・・・・

<感想>
 リンカーン弁護士が登場する2作品目。さらにはハリー・ボッシュも重要な役割として登場することとなる。

 物語は弁護士マイクル・ハラーが知人である弁護士が死亡したために、彼の仕事を引き受けなければならないという事態に直面する。そしてハラーは引き継いだ仕事のうち、一番重要なものである映画制作会社の社長を弁護する事件を受け持つ。その弁護を引き受け、仕事をしていくなかでハラーはこの容疑者が本当に殺人を犯したのか? それとも実際に潔白なのか? というジレンマに悩むこととなる。さらには、知人の弁護士は誰に殺害されたのか? という謎についても刑事ハリー・ボッシュと共に捜査していくこととなるのである。

 序盤はややスピード感に欠けていたように思える。話がメインのものだけではなく、他の小さな案件を扱ったり、弁護士の内容を説明したりと、色々と話が広がっていくので内容に没頭しづらかった。しかし、後半になるとスピード感が増し、内容にのめり込みやすくなる。基本的には警察が扱う事件というよりは、法廷ものという色合いの方が濃かったように思われる。

 法廷にて扱う事件とは別の、弁護士が死亡した事件の捜査官としてハリー・ボッシュが登場している。本書はマイクル・ハラーの視点による物語となっているので、ハラーから見たボッシュ刑事が描かれている。今まではハリー・ボッシュを通して作品を見てきたから気付かなかったのだが、他の人物から見たボッシュというのは、なんとも不気味な存在である。こんな違法行為を平気で行いながらも犯人に迫ろうとする刑事を近くで見ると、もし犯罪者の立場からすればなんともたまらないことであろう。

 と、悩む弁護士と不気味な刑事がタッグを組む作品となっているのだが、著者はこのコンビがお気に入りとなったようで、現在すでにこのコンビが活躍する作品を3作書いている。どちらがどのくらい活躍するのかは作品によって異なるようであるが、今度はどのように二人が協力していくのか、読むのが楽しみである。本書を読んでいる最中は、この二人が今後もコンビを組むというのは不思議に思えることなのだが、最後まで読むと二人が組むのが必然ということがわかるように描かれている。

 シリーズとしても法廷モノとしても、さまざまな味わいで楽しめる作品として仕上げられている。


スケアクロウ   6.5点

2009年 出版
2013年02月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 LAタイムズ社記者、ジャック・マカヴォイは人員整理のために解雇されることとなった。ただし、仕事の引き継ぎのために2週間の猶予を許された。マカヴォイは、LAタイムズ社の記者として最後に大きな記事をものにしようと、黒人少年が白人女性を殺害した後に車に詰めたという事件の調査を始める。しかし、その調査が思いもよらぬ殺人鬼の存在を浮き彫りにすることとなり、魔の手がマカヴォイに迫ることとなり・・・・・・

<感想>
「ザ・ポエット」で主人公として活躍したジャック・マカヴォイが再度登場。新聞社をリストラされながらも、最後の意地を見せ、大きなスクープをものにしようと奔走する。すると、とんでもない殺人鬼の存在を掘り起こすこととなり、以前力を借りたFBI捜査官レイチェル・ウォリングの手を借りることとなる。

 今作のポイントとなるのは主人公側による新聞業界の現状と、犯罪者側によるネット犯罪の恐ろしさ。“スケアクロウ”(案山子の意味)という面白い用語を使用しているものの、ネットを使用した犯罪というものについては、既に書きつくされているという感じがしてならない。ジェフリー・ディーヴァーの作品にも似たようなものがある。よって、今作ではハリー・ボッシュが出てこないということと、既に書きつくされたネット犯罪が主ということで、序盤はあまり興味が乗らなかった。といいつつも、後半に来たら怒涛の展開が待っていて、一気に読み終えてしまったというのもまた事実。

 スピーディーな展開と、未知の犯罪者の恐ろしさがうまく描かれていて、サスペンス小説としてはなかなかのもの。最後の対決に関してはあっけなかったという気がしなくもなかったが。ただ、ジャックが真相を見出す手がかりが、なかなか気が利いていて良かったと感じられた。

 ボッシュのシリーズではないということで物足りなさを感じてしまったのは事実。シリーズキャラクタのレイチェル・ウォリングが登場しているとはいえ、彼女のスタンスもどこか微妙。と言いつつも、それなりに満足させてくれる面白さを与えてくれるのだから、著者の熟練した手腕が光るといえよう。


ナイン・ドラゴンズ   6.5点

2009年 出版
2014年03月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 かつてボッシュが巻き込まれた、暴動が起きたエリア付近で酒店を営む中国人が銃殺された。ボッシュはこの事件を担当することとなる。中華系の刑事の手を借り、事件を調査していくボッシュ。肝心の自分のパートナーであるイグナシオはかつての事件のトラウマより現場に出ることができずデスクワークにまい進する。そんな相棒に苛立ちながらも、ボッシュは捜査により、事件に中国系犯罪組織・三合会が関与していることを突き止める。容疑者が逃亡する前に捕らえようとしたボッシュの元に、娘の誘拐・監禁を知らせるメールが届くこととなり・・・・・・

<感想>
 中華系の犯罪組織に関わる捜査をしていたハリー・ボッシュであったが、香港に住む娘が誘拐され、捜査を妨害されるという内容。今作は、事件自体よりもボッシュ自身に深いかかわりあいのある事象を経験するという物語になっている。

 酒屋での銃殺事件が起きてから、捜査を開始し、ボッシュの娘が誘拐されることとなるのだが、ここまでの流れの中に、とある違和感が付きまとう。というのは、ボッシュが事件の捜査を行い、容疑者らしきが浮かび上がりつつあったものの、そこから誘拐までの流れが速すぎやしないかと。さらには、如何に殺人事件とはいえ、犯罪組織が大きく関わらなければならないような事件であったのかということ。

 捜査が中途半端な状況のまま、ボッシュは香港へと渡らなければならなくなったため、事件捜査はそのまま滞ってしまう。そうして、最終的に浮かび上がってくる真実には、読者よりも登場人物のボッシュ自身のほうが衝撃を受けることとなる。

 今作は、事件そのものは見るべきところが少なかったかなと。それよりもボッシュ自身とその周辺にみるべきところが色々とあった。ギクシャクしているボッシュとその相棒の関係。ボッシュがどうしても色眼鏡で見ざるを得ない、中華系の刑事。ボッシュとエレノアとマデリンとの親子関係。香港での協力者となるサン・イーとの微妙な関係。こうした人間関係が最終的にどうなるのかが、本編の一番の見どころ。また、今作では関わり合いがやや少なかった者に関しては、今後の作品に出てくるのではとも十分考えられる。何しろ、最初に殺害された酒場の主人が、過去の作品にちょこっと登場していた人物であったのだから。この“ハリー・ボッシュ”シリーズ、次回作がどのような形で幕を開けるのか、益々目を離すことができなくなりそう。


判決破棄   6.5点

2010年 出版
2014年11月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 弁護士のミッキー・ハーラーは、ロサンジェルス郡地区検事長の要請により特別検察官の業務を引き受ける。ハーラーが告発する容疑者は24年前に少女殺害事件に対して起訴された男。しかし、その後の科学技術が進歩したDNA鑑定により、被害者の衣服についていた精液は別人のものだということが明らかになり、有罪判決は破棄され差し戻しされた。その事件対し、検察側は再審を行い、24年前に捕らえられた容疑者の犯行を暴き出そうというのである。ハーラーは、検察官である元妻とハリー・ボッシュ刑事の力を借り、裁判に乗り出すのであったが・・・・・・

<感想>
 未だ活躍し続ける作家マイクル・コナリーであるが、決して古臭さやマンネリなどは感じられない。そもそも、トラウマを抱えた刑事ということで登場したハリー・ボッシュ・シリーズであるが、警察機構から離れたり、復活したり、迷宮入り捜査を主として手がけるようになったりと、さまざまな転換をはかっている。さらには、ミッキー・ハラーという弁護士を登場させ、法廷ものまでもを描くことにより、新しいコナリーの作風を魅せてくれている。

 今作ではミッキー・ハーラーがなんと、検事側に立って相手を起訴するという役割を担う。不慣れな役を務めるために、スタッフに信頼する者を置こうと考え、検察の補佐には元妻であるマーガレット・マクファースン、捜査スタッフとしてハリー・ボッシュを担当させる。本書では、章ごとにハーラーとボッシュの視点を入れ替えながら物語を展開させている。

 起訴されるのは、20年以上前に幼女殺人の罪に問われた男。DNA捜査が発達したことにより、証拠に不備が認められたため、無実の可能性が出てきてしまった。その男を再審により起訴し、事件に決着を付けるというもの。容疑者の犯行を裏付けるべく、ハーラーとボッシュが協力して容疑の決め手を見出そうと奔走する。

 ハリー・ボッシュ単独のシリーズだとあまり感じないのだが、他の主人公と協力して捜査を行うというものでは、ボッシュの我の強さが強調されることになる。単独で自分なりの捜査をしようとするボッシュと、自分のあずかり知らないことを行っているボッシュの態度が気に入らないハーラー。対立まではいかないものの、個性が強いためにそれぞれの我が強調されてしまうというのが、本書の特徴のひとつと言えよう。

 この作品では、主人公のキャラクターの強さのみならず、“法廷色”も色濃く出た作品となっている。アメリカの法廷ものを読むと、よく思うのだが、実際にどのようなことが起きたかというよりも、“検事対弁護士によるゲーム”という趣向の強さを感じずにはいられなくなる。ただ、これは小説ならではというものではなく、実際の法廷のありようなのだろうと思うと、いろいろと考えさせられてしまう。

 最終的に裁判の行方はどうなるかが焦点ではあるが、法廷ものとしてもサスペンスとしても、目を見張るような展開が待ち受けている。本書もコナリーの作品として十分に衝撃的で印象的に描かれている。今後も予断を許さぬシリーズであると益々印象付けられる作品であることは間違いない。


証言拒否   6.5点

2011年 出版
2016年02月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 不景気により顧客の数が減ったことにより、民事訴訟であるローンの差し押さえ関連の顧客を積極的に扱うようになったリンカーン弁護士ミッキー・ハラー。そんなとき、ローン差し押さえの件の顧客であったリサ・トランメルが殺人容疑で逮捕される。さっそくその弁護にかかるハラーであったが、相手となるのは凄腕の検事。ハラーは自分のチームスタッフらと共に裁判の準備をしていくのだが・・・・・・

<感想>
 リンカーン弁護士ミッキー・ハラーが活躍する法廷ミステリ。今作は、完全なる法廷もの。法廷の外へと逸脱する部分は少なく、物語のほとんどが法廷での係争の様子を描いている。

 今回の作品では、なんとミッキー・ハラーが民事訴訟のほうにも乗り出すようになっているのである。なんとなくこれを読むと成功者の秘訣は、一つの形態にこだわらず、あることがうまくいかなければ、別のこともどんどんと取り入れてゆくということを目の当たりにしたような気がする。その民事訴訟の件から、今回の事件へと物語は展開してゆく。

 このシリーズを読んで、だいぶ現代アメリカでの法廷の様子がわかるようになってきた。また、ミッキー・ハラーが弁護するパターンも読み取ることができるようになり、依頼者の無実を晴らすというよりは、その他に容疑者らしきものがいるのでは? ということを強く陪審員にほのめかす弁護法をとっているようである。

 まぁ、弁護の様子に関しては、手に汗握りつつも、今まで通りというか、そこは安定した内容といえる。今回のポイントは、無罪を勝ち取る手段のひとつというか、ちょっとした裏技を描いているようでもある。そして印象的なのは、弁護が終わった後のハラーの心情。今回は、この弁護の件を転換期としてハラーは大きな選択を行うこととなる。今後のシリーズの展開についても注目していきたいところ。


転落の街   7点

2011年 出版
2016年09月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 未解決事件班に所属するハリー・ボッシュ刑事に、久々に事件が割り当てられた。現場に残された犯人のものと思われるDNA鑑定がなされた結果、当時8歳の少年のものであったことが判明したのである。これは、捜査ミスによるものなのか? それとも・・・・・・。詳細を調べようとした矢先、ボッシュに別の事件を捜査するよう命令がくだされる。それは何と、ボッシュと犬猿の仲であり、警察を追われた後議員となり、警察組織を目の敵にしているジョージ・アーヴィングからの依頼であった。彼の息子がホテルの部屋から飛び降りたという事件。状況はどうみても自殺のようであるが、アーヴィングは真相をしりたいとボッシュに強く迫る。二つの事件を請け負ったボッシュは、それぞれの事件における政治的なものに悩まされることとなり・・・・・・

<感想>
 なんとハリー・ボッシュが仇敵であるアーヴィングから捜査の依頼を受けるという内容。そういえば、シリーズの初期にそんな人がいたなぁと思い起こす。しかし、未だにというか、勝手に警察組織に対して恨みを抱きながら、議員として活躍し続けているところは、なんともラスボスっぽくて、今後もシリーズをにぎわせるのだろうなぁと感じさせる。今回は、その事件のみならず、未解決事件班としての事件も受け持ち、二つの案件を並行して捜査していくこととなる。

 今作のキーワードは“ハイジンゴ”。これは、ボッシュ曰く、警察と政治が合わさったものを意味しているようで、事件を解決する際に、単に警察側の観点から解決していけばよいというわけではなく、時には政治との駆け引きを考慮したうえで解決に結び付けなければならないとのこと。ようは、こいつが犯人ということは間違いないから逮捕した、という捜査の仕方は間違いで、裁判の際に弁護側から指摘を受けないように、きちんとした手順を踏まなければならないようである。さらには、そうした事件捜査が政治の駆け引きの材料として使われることもあり、複雑な背景のなかで刑事たちは事件捜査をしてゆかなければならないということが表されている。

 本書については、どこまでリアリティがあるのかはわからないのだが、ある程度史実・現実にのっとったものを書いているとすれば、警察の現在と過去の流れを把握できる内容となっている。それぞれの事件における解決や真相自体もなかなかのものであるのだが、今作においてはその捜査のディテールというものに興味を惹かれるものであった。そこそこのページ数の割には、あっという間に読み終えることができ、なおかつ非常に濃い内容の作品であったと感じさせられた。


ブラックボックス   6.5点

2012年 出版
2017年05月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 1992年、ボッシュは相棒のエドガーと共に事件現場へと出向く。被害者は外国人の若い女性記者で、銃で撃たれて死亡していた。本来ならばそこから捜査が始まるはずであったが、現在ロサンジェルスは大規模な暴動が起きているまっさなかで事件が急増中。結局、ボッシュらはきちんとした捜査ができぬまま、事件は彼らの手を離れることに。そして事件から20年が経ち、未解決事件班に所属するボッシュは再び過去の事件に向き合うこととなり・・・・・・

<感想>
 ボッシュ自身が手掛けるはずであった外国人記者銃殺事件。その未解決事件を20年の時を経て、ようやくボッシュは正式な捜査に乗り出すこととなる。ただ、そうしたなか事件班内での上司との軋轢により、ボッシュは厄介ごとに巻き込まれる羽目となる。

 今作も未解決事件を手掛けることとなったボッシュ。しかもそれは自身が初動捜査を行っていた事件。そんな背景もあり、ボッシュは事件を解決することに強い信念を見せる。今回の事件については、自身の過去の事件という事もあり、見所もありつつも、シリーズ作としては普通であったかなと。ただ、過去から現在に至るまでの事件に関する背景については、うまくできていると感じられた。

 少々うっとおしく感じてしまうのは、上司との軋轢。これもシリーズを通して決して珍しくないものなのだが、その上司が小物過ぎてなんとも。まぁ、ここまで上司とうまくできないというのはボッシュ自身にも問題があるのだろうが、もっと普通に捜査させてやってもよいのではないかと。といいつつも、これも物語上のスパイスの一つであるのだろうが。

 事件に対する細かい捜査と、徐々に浮き彫りになる動機とその背景、そして最後に待ち受ける意外な展開と、よくできた作品であったかと思われる。ただ、シリーズとしては普通の出来で、やや見どころが少なかったようにも感じられた。それはあくまでもボッシュ・シリーズとしての出来であって、普通の警察小説としては十分な出来であったと思う。




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