Stephen Hunter  作品別 内容・感想

魔 弾   6点

1980年 出版
2000年10月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 第二次世界大戦末期、ユダヤ人シュムエルが移送された先は、ドイツ南西部にある収容所だった。ある夜のこと、作業中の囚人たちが漆黒の闇のなかで次々と倒れていった。ただ一人逃げ延びた彼は、仲間が絶対不可能なはずの狙撃の標的にされたことを知る。
 ドイツ軍では敗戦の色が濃くなるなか、ナチス親衛隊は持てる力のすべてを結集して、ある作戦を実行に移そうとしていた。そして、その実行者に選ばれたのが、“狙撃の名手”である武装親衛隊のレップ中佐だった。レップ中佐はその計画を成し遂げるために、弾道学技術者のフォルメルハウゼンに依頼し、暗闇の中でも狙撃を可能にする兵器“吸血鬼(ヴァムピーア)”を開発させる。
 一方、米国陸軍大尉リーツは、銃器の発注書からドイツ軍が要人暗殺を極秘裏に計画中だと気づく。その計画は逃亡してきたユダヤ人シュムエルによって、さらに信憑性が増すことに。リーツはそれを阻止しようと、イギリス軍特殊作戦局のアウスウェイス少佐と部下のロジャー軍曹と共に行動し始める。しかし、誰を、何故、暗殺するのかということがなかなかつきとめられない。
 そんな中、レップは“吸血鬼”を手にし、着々と標的へと近づいていくのであった・・・・・・

<感想>
 連合国側から見た、ドイツのユダヤ人迫害の状況が明らかになる様が描かれている。その無惨さに発見者たちは目を覆い、戦争の無惨さとドイツが行った行為に憤るのであるが、そういった感情から逸脱した人間が一人いる。戦争の善悪とかけ離れたところで、一人、レップ大佐の存在がある。彼には、一般社会的な道徳をもたず、戦争の結果にすらたいした興味がない。彼は、ひたすら狩人である続ける。なんのためとか、誰のためとかではなく、彼が狩人であり、それが人生であるから銃を撃ちつづける。そして銃を撃つための作戦に身を置くことだけを望み、その先にあるものが死であったとしても、それはしょうがないものと受け入れるのである。

 他の感情的な登場人物の中でレップ大佐がひときわ強烈な存在となっている。そのせいか、レップを追い、彼のライバルとなっているはずであるリーツ大尉の存在が、その強烈さによって打ち消されてしまう。レップと対等に戦わせるのであれば、もっと強烈なキャラクターが欲しかったものだ。

 ただ、この作品では描けなかった、強烈な主人公とレップ大佐の狩人としての人生を持つものとして書かれたのが、後の作品のボブ・リー・スワガーになり、「極大射程」や「狩りのとき」へとつながっていくのだろう。


クルドの暗殺者

1982年 出版
1991年04月 新潮社 新潮文庫(上下)

<内容>
 元秘密工作員で今は引退しているポール・チャーディーがCIAから呼び出された。チャーディーは昔、クルド人たちを鍛え、共に戦い、そのときにウル・ベグという男と共に行動してた。そのクルド人のウル・ベグが単身アメリカに潜入したという情報が入ったという。彼は何者かを狙っているようであるのだが・・・・・・。その計画を阻止すべくチャーディーはかつての仕事に復帰する。しかし、チャーディーはかつてそのクルド人達を裏切ったという後悔にさいなまれ続けていた・・・・・・

<感想>
 最初に読み始めたときは、この本は映画「ランボー」のようなアクション小説であるのかと思った。しかし読み進めていくうちに、実は本書はスパイ小説であるという事に気づかされる。

 読み始めたときにはタイトルで表されているウル・ベグというクルド人が主人公かと思われた。ところが最初は脇役と思われたポール・チャーディーのほうが登場する機会が多くなり、徐々にポール・チャーディーの物語へと変り始めて行く。実は、最初はチャーディーの昔の苦悩などが語られる部分があるのだが、それらは本書の内容とは関係ない無駄な描写だと思いながら読んでいた。しかし、それらが予想に反して後々に重要な意味を持つということが明らかになってゆく。読み終えて考えてみれば、全編無駄のない計算されたスパイ小説として完成されていることに驚かされる。

 で、そのことにより逆に疑問に思ったのは「クルド人の立場は?」ということ。最初は重要な事象として扱われたクルド人の問題がスパイ小説に変るにつれて、薄められてしまったように感じられた。なんとなくそれはもったいなと感じられる。ウル・ベグは別の話として、彼を主人公とした違う物語を造ってもらえたらと思わずにはいられない。ただ、その思いがボブ・リー・スワガーに受け継がれたのかなとも考えられなくもない。

 何にしても本書がハンターの隠れた傑作といわれる作品であることに納得のできる内容となっている。あまりこういった小説に興味のない人も本書から“スパイ小説”に取り組んでみるというのはいかがなものか。


さらば、カタロニア戦線

1985年 出版
1986年 早川書房 早川文庫NV(上下)
2000年10月 扶桑社 扶桑社ミステリー(上下)

<内容>
 1936年秋、スペイン。英国の詩人ジュリアン・レインズは共和国軍に身を置き、ファシスト反乱軍と戦っていた。そのレインズが、ケンブリッジ大学時代に洗脳された、ソ連のスパイではないかとの疑惑に、英国情報部MI6はレインズの旧友ロバート・フローリーを派遣する。いやおうなく戦闘の最前線に投げ出されたフローリーの前途に立ちふさがるドイツの義勇兵、ソ連軍情報部の狡猾な罠。そして、戦乱の地に展開する、英ソの暗躍。
 謀略がうごめくなか、戦線は次第にファシスト反乱軍が占領地域を拡大。そして戦線にたつフローリーはジュリアンとともにファシスト反乱軍の軍事拠点である、端の破壊を命ぜられる。この危機的な状況下、フローリーはジュリアンの正体を確かめようと苦闘するのであるが・・・・・・

<感想>
 スパイ戦、謀略、宝探し、ロマンスとさまざまな要素が満載で面白い小説となっている。ただ、背景がつかみにくかったせいか(勉強不足か?)表面的な部分をなぞって読んだような感触が強く、まぁひとつの冒険物というような感じで読み終えた。ちょっと読み込み度が足りなかったか。


真夜中のデッド・リミット   6.5点

1989年 出版
2001年12月 新潮社 新潮文庫(上下)
2020年10月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 アメリカ・メリーランド州の山中に配備された核ミサイル発射基地。その基地が謎の武装集団による襲撃を受けた。基地内は占領されたものの、ミサイルを発射するには合金製の保管庫に収められているキーを使用しなければならない。武装集団らがそのキーを入手する前に基地を奪い返さなければ核ミサイルが発射されてしまうという状況。米国は、その奪還作戦のためにデルタ・フォースの指揮官プラー大佐を任命する。

<感想>
 スティーヴン・ハンターの初期の作品。ハンターの作品のなかで唯一読んでいなかったものなので、こうして新たに出版してもらえたのはうれしいかぎり。しかも読んでみると、これが面白い作品であった。

 大雑把に言えば、占領された核ミサイル施設を取り戻すという内容。謎の集団対、デルタ・フォースを中心とした寄せ集めの軍団。その軍団のなかには一般人から、今は犯罪者で元トンネル工兵、ベトナム人の女、FBIの捜査官などなど色々な人が登場する。さらには、最初は何故登場しているのかわからないロシアのスパイまでもが登場し、数多くの人の視点から語られる群像小説となっている。

 やや登場人物が多すぎる感はあるものの、最後まで読み通すと意外とうまくまとまっていると感心させられる。とにかく力業のなせる物語という感じではあるのだが、ひとつの方向へと向けて物語が展開されてゆく。そうしたなかで、本書は死亡してしまう登場人物の多いところも特徴。特に後半ではそれほどの激戦が繰り広げられることとなる。

 最後はうまくまとまっているものの、死者の数が多いせいか、手放しで良い話という気にはならない物語。それでも、それら人々の血の上に平和がなりなっていると強引に締めることにより、納得させられてしまう力強さは感じられる。荒々しいながら、なかなかよくできている作品だと思わされた。


極大射程   7点

1993年 出版
1999年01月 新潮社 新潮文庫(上下)
2013年07月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 海兵隊退役一等軍曹、ボブ・リー・スワガー。一線から退き、アーカンソー州の片田舎で孤独な隠遁生活を送っていたスワガーの前に、二人の男が訪れる。かつてつちかった射撃の腕を生かし、最新技術で作られた弾丸のテストをしてもらえないかと。その申し出を受けたスワガーは、射撃の試験に参加し、次々と決められた課題をクリアしていく。そうしたなか、スワガーがかつて戦場で対決したことのあるスナイパーが大統領の暗殺を企んでいるとの情報が入り、スワガーはその暗殺を阻止すべく作戦を練っていくのであったが・・・・・・

<感想>
 ボブ・リー・スワガーが初登場の作品を再読。以前は新潮文庫版で読んだので、それももう20年も前のこと。その後、扶桑社文庫版が出たので、こちらを再購入したのだが、購入後から読むまでにずいぶんと時間が経ってしまった。

 その後、ボブ・リーの物語をずっと読み続けていたので、最初に登場したときはこんな感じであったのかと感慨深く読むことができた。敗残兵とまではいかないものの、気難しい孤独な隠遁老人(まだ中年?)という感じ。それを今作の悪役となる者たちが、うまくボブ・リーのプライドに火をつけ、彼を壮大なる罠に仕掛けてゆくのである。

 いや、久しぶりに読んだのだが、この作品、凄まじく面白いなと。重要人物に暗殺に関する壮大に仕掛けられた罠、別の事件を追いながらも孤立していくFBI職員、もうひとりの謎のスナイパー、スワガーと敵対勢力との死闘、そして最終決戦、で終わりかと思ったら、最後にもう一幕待ち受けているという・・・・・・いや、まさにこれぞエンターテイメントの鏡とでもいいたくなるような内容の充実した作品であった。

 ボブ・リーのその後の物語でもFBI捜査官のニック・メンフィスが登場しているのだが、最初の登場はこんな感じであったのだなと再認識。この作品が書かれた感じを見ると、その後、ボブ・リー・スワガーの続編を書き続けることなどは考えていなかったのではという風に思えた。それが2019年までシリーズが続いているのはすごいこと。ただ、シリーズが続けども、このボブ・リー最初の作品を超えるものは、なかなか出てこないなと。


ダーティホワイトボーイズ   7点

1994年 出版
1997年02月 扶桑社 扶桑社文庫

<内容>
 オクラホマ州立マカレスター重犯罪刑務所に収監されていたラマー・パイは、成り行きで黒人受刑者を殺してしまい、報復を恐れ脱獄を図る。いとこで弟分のオーデルと同房のリチャードを連れて、3人で脱獄することに成功したラマー。3人は人里離れた場所で老夫婦が住む家を襲撃し、そこに身をひそめる。すると、そこに警官が訪ねてくることに。オクラホマ州警察のバド・ビューティーは、悩んでいた。それは、後輩のテッドの妻と不倫をしていることであった。そのテッドとコンビを組んで、パトロールしていたバドはラマーと出くわすこととなり・・・・・・

<感想>
 思えば、私がハンターの作品を読み始めたのは、この本がきっかけであったと思われる。年末のランキングに掲載されていたことで手に取った本。そこから長らく、ボブ・リー・スワガーのシリーズを読み進めることとなった。

 本書はある意味、いわくつきの作品。というのは、4部作ともいうべき作品の中で、2冊目であるこの作品が最初に翻訳されてしまったのである。ただこの作品、スワガー・シリーズの外伝的な内容になっていて、前作「極大射程」とは、ほぼ関わりがないので、なかなか関連書籍だと判別することが難しい。そんなわけで、ある種単独といっても良い作品であるのだが、次の作品である「ブラック・ライト」には、ここでの内容が密接に関わってくるので、続けて読んだほうが良い。さらにいえば、「極大射程」と「ブラック・ライト」は純然たるスワガー・シリーズであるので、結局のところ、出版された順番で読んでいくのが一番良いと言うことになる。

 本書については、悪漢小説、クライムノベルと言うにふさわしい内容。一応は、悪対正義という構図にはなっているのだが、正義の側であるバド・ビューティーの立場がやや情けないものとなっているので、断然悪党であるラマー・パイのほうが目立った存在となっている。このラマーと、何故か腐れ縁ともいうべき存在になってしまったバドとの死闘が最初から最後まで繰り広げられることとなる。

 いや、これは久々に読んだのだが、ハンターらしくない作品で面白かった。むしろ、バド・ビューティーにあまりスポットを当てないほうが、より一層ハンターらしくなくて、良かったのでは? と思えてしまう。近年、作品のマンネリ化に悩んでいるようなハンターの作家活動であるが、これを読んだら思い切って悪漢小説をまた書いてみたらいいのになと感じてしまう。これは確かにランキングなどによって注目されるのも納得の作品である。


ブラックライト   6.5点

1996年 出版
1998年05月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 田舎で平穏に暮らす元スナイパーで海兵隊退役一等軍曹のボブ・リー・スワガーのもとにラス・ビューティという青年が訪ねてくる。ラスは、スワガーの父親のアール・リー・スワガーのことを本に書きたいという。ラスの父親は元警官で犯罪者ラマー・パイと死闘を繰り広げたのであったが、事件後に家族の仲が崩壊したという。その元凶になったと思われるラマー・パイの父親がかつてアールと撃ちあいとなり、二人は命を落としているのである。ラスはその事件を詳細に調べたいというのだ。父親の死に対して、きちんと向き合ったことのなかったボブ・リーは、彼の手助けをすることに。すると、アールの死に不審なものが浮かび上がり、そして過去の事件を調べる二人は何者かに命を狙われることとなり・・・・・・

<感想>
 今年「ダーティーホワイトボーイズ」を再読したのだが、その本を読み終えたのち、その内容がこの「ブラックライト」にかかっているということで、こちらも慌てて再読してみた。当時はたぶん、日本で作品が発表された順番通りに読んだと思うので、この後に「極大射程」を読んだと思われる。それを今回の再読では「極大射程」から順番に読んでいるので、その内容に対する感激度合いもまた異なるものとなっている。本シリーズは、必ず時系列順に読むべき作品。

 今作では前作においては、添え物程度にしか書かれていなかった、ボブ・リーの父親、アール・リー・スワガーについて詳しく言及したものとなっている。伝えられている伝承では、ただ単にアールが犯罪者ラマー・パイと撃ち合いになり、両者死亡という結果のみ。その過去をボブ・リーと作家のラスが調べていった結果、隠された事象が明らかになってゆくという物語。

 作品としての出来については、「極大射程」とかと比べれば、ちょっといまいちのような。それは、単にアクションシーンが少ないからという理由でもあるかもしれない。要は、事細かな調査が主になっているせいでもあろう。40年前に起きた隠された事象を掘り起こすということ自体が難しい調査ゆえに、地道に語られるところは仕方のない事かもしれない。

 それでも、最後の最後で明らかになる黒幕の正体についてはうまく書かれているという感じであった。やや地味とは感じられたものの、結局はうまく作り上げられた作品であると感嘆すべきものなのであろう。ハンターの作家活動が一番脂ののっていた時期に書かれた作品と言う感じでもある。


悪徳の都   6点

2001年02月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(上下)

<内容>
 1946年、酒浸りの日々を送っていた元海兵隊先任曹長アール・スワガーは硫黄島の戦功により名誉勲章を授与された。式の後、彼の前に二人の男が現れる。野心満々のガーランド郡検察官フレッド・ベッカーと伝説的な英雄である元FBIエージェントのD・A・パーカーだった。二人はギャングが牛耳る歓楽の街ホットスプリングズの浄化をもくろみ、その為に摘発部隊の編成を計画してた。彼らはその隊員を軍隊並に鍛え上げる役をアールに依頼してきたのだ。彼は承諾する。だが、妻からは子供が出来たことを知らされた。
 ホットスプリングズの陰の帝王オウニー・マドックスはスワガーと・パーカー率いる摘発部隊の急襲を受け大打撃を被る。彼は怒りに燃え凄腕の武装強盗団一味を呼び寄せ復讐戦を挑んだ。両者、知略・謀略の限りを尽くしての銃撃戦が展開される。だが、アールは次第に孤立無援の状態に追い込まれてしまった。一方、永年彼の心の奥底に秘めてあった父チャールズの死の真相が部下の調査から明らかに!!

<感想>
 上巻を読んだとき、次回作はアールの親父の話か? と思ったが、最後まで読むと次回作はフレンチ・ショートか? などと・・・・・・

 上巻の展開は面白かったのだが、下巻になって小さくまとまってしまったな、という感じがした。最後までアールとパーカーの部隊がギャングを上回ってくれたほうが良かったのだが。それにショートについての展開は納得がいかない。ベタベタでもいいから、最後まで成功活劇でよかったと思うのだが。


最も危険な場所   7点

2002年05月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(上下)

<内容>
 1951年、州警察巡査部長アール・スワガーの親友サム・ヴィンセントはある人物の消息調査の仕事を引き受けた。サムが調査に赴いたのはミシシッピ州ティーブズという黒人町。そこにある有色人種用の刑務農場は、一度入ったら生きて帰れないと黒人犯罪者のあいだで噂されている所だった。到着早々、彼は地元保安官に不当逮捕される。だが、後からやって来たアールの助けでサムは脱出に成功した。一方、あとに残ったアールの方が追っ手に捕まり、看守と囚人の双方から壮絶な暴行を受けることになった・・・・・・

<感想>
 前作に続き、今回もまたアール・スワガーの登場。正直言って、このシリーズもボブ・リーからマンネリ化してきたような感が多々あった。上巻を読んでいるときは読みやすいものの、まぁこんなもんだろうと読んでいたのだが・・・・・・下巻になってすこぶる面白い展開へと突入していく。

 まさか、このシリーズで“荒野の七人”をやってくれるとは! 悪辣なる敵を完膚なきまでに叩きのめすためにアール・スワガーが用意したのは老練な6人のガンマンたち。単なるガンマンではなく、くせのある老人達を配置してくるというのがなかなか渋い。従来ハンターの小説というのは孤独で地味な主人公の展開というものが多かったのだが、そのマンネリ化をぶち破って大活劇を見せてくれたのはうれしいことである。

 もし、昔の西部劇映画が好きで本書を読み逃していたならば、必ず読んでもらいたい一冊である。


ハバナの男たち   5点

2003年 出版
2004年07月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 妻子と3人で平和に暮らしていたアール・スワガーであったが、またもや合衆国政府からの特命が下ることに。今回の任務はアメリカが多くの利権を占めているキューバにて、その体勢をくつがえさんとする共産主義の若きリーダーの暗殺である。その若者の名前はフィデル・カストロ。
 また、ソビエトにおいてもアメリカに相反する行動をとろうとしている一派がいた。彼らはカストロを支援すべく、凄腕の工作員スペスネフを派遣する。また、アメリカのギャングたちもキューバの利権を得ようと、一人の厄介者を送り込む。
 それぞれの思惑を抱いた男達がハバナに集まったとき、キューバの情勢は大きく揺れることに!

<感想>
 前作、前々作とアール・スワガーが活躍する良作が続き、今回もやってくれるかと思ったのだが・・・・・・ちょっと期待を外されたかなという風に感じてしまった。

 用意された設定はなかなかのものだと思う。アメリカが利権をむさぼり続けるキューバと若き日のカストロ。そのキューバにてアメリカと旧ソ連のそれぞれの思惑がぶつかり合う。という設定はとても魅力的に感じられた。しかし、それがうまく話としてまとまらなく思えたのは、歴史ミステリー風にするか、それともあくまでもアール・スワガーの話とするのか、どっちつかずになってしまった事にあると思われる。

 上巻では、キューバ情勢や歴史的な情景に沿って物語が進んでいく。この展開は良かったと思う。しかし、ここにアメリカ寄りというわけではない個人主義のアール・スワガーが参入してきたことにより物語に違和感が感じられるようになる。

 そして下巻では、上巻の埋め合わせをするようにアール・スワガーの冒険活劇となるのだが、ただアールが最後に暴れるためだけの舞台作りだったのかと思うとなんとなく興ざめしてしまう。現に後半はカストロもほとんど登場しなくなってしまったし。

 本書のような設定であれば、アールをわざわざ登場させる必要はなかったのではないかと感じられた。しかも本書にはソ連の工作員スペシネフという魅力的な人物が出ているのだから、彼とカストロの話というだけで十分に物語を構築することができたのではないかと思う。“スワガー”によって物語が束縛されてしまうならば、そこから離れてみるのも良いと思うのだが・・・・・・。


四十七人目の男   6点

2007年 出版
2008年06月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 ボブ・リー・スワガーの元にフィリップ・矢野という日本の退役自衛官が訪ねてきた。彼が言うには、矢野の父親が持っていたはずの軍刀をボブ・リーの父親アール・スワガーが所持していたのではないかと言うのである。そして、あれば是非とも譲ってもらいたいと。しかし、スワガー家にそのような刀は残されていなかった。気になったボブ・リーは、矢野の帰国後に刀の所在を調べ始める。すると、父親の上官であった人物の息子が所持しており、快く譲ってもらうことができた。刀を届けようとボブ・リーは日本へと向かうのであったが、そこで事件に巻き込まれることとなり・・・・・・

<感想>
 久々のハンターの作品であるが、どうもここ最近、ハンターの描く作風がおかしくなってきているように感じられる。というのも、当初はボブ・リー・スワガーという名狙撃主を通して、戦争や銃にまつわる独特な作品が描かれていたはずなのだが、近年はハリウッドよりというような映画を意識したというか、大衆受けを狙っているというような内容に変わってきてしまっている。

 その分岐点ともいえるのが、「最も危険な場所」という作品であり、これは「荒野の七人」を意識したような内容。そして、今作では直球の黒澤映画というか“サムライ”小説が描かれている。それはタイトルからも分かるとおりである。

 とはいえ、単なるエンターテイメント作品とわりきれば、それはそれで楽しく読める作品であることは事実。それなりに日本風の時代劇くささというか、お約束どおりに事が進む展開とはいえ、そのお約束振りを楽しめる内容となっている。

 ただし、今まで銃を持って戦っていたはずのスワガーが刀を持って戦い続けるというのには、どうにも違和感を感じてならない。このような作品であるのならば、いっそうのこと主人公を変えてしまっても良かったと思われるのだが、どうだろうか。

 何にせよ、ハンターが新作を書いてくれたということはうれしいかぎり。とはいえ、そろそろスワガー一族から離れた作品を書いてもよいとも感じられるのだが。


黄昏の狙撃手   6点

2008年 出版
2009年10月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 ボブ・リー・スワガーは、娘ニッキが交通事故により重体になったことを知らされる。現地に趣き、事件を調べるスワガーであったが、どうやら単純な交通事故ではなく、意図的に命を狙われたのではと疑い始める。現地の警察から相手にされないスワガーは単独で事件を調査する。すると、とある武装集団の存在が明らかになり始め・・・・・・

<感想>
 そこそこ楽しむ事ができた。最近は、微妙な背景を用いた作品が多かったが、今作でようやく普通のサスペンス・ミステリらしくなったという感じである。自動車レースと武装強盗集団を用いた内容の作品となっている。

 面白く読めるのは確かなのだが、通常のミステリ作品からは脱却していないと感じられた。前作や前前作に比べればよくなったとはいえ、以前のボブ・リー・スワガーが活躍する物語には及ばないと思える。

 今回は、著者のスティーブン・ハンター自身が見たモーター・レースに感銘を受けて描いた作品とのことであるが、そこはボブ・リー・スワガーが生きる場所ではないと感じられた。また、既に老境の粋に達して満身創痍となっているボブ・リーがヒーローとして活躍し続けるのも無理があると思われる。

 以前から書いているのだが、そろそろスワガー一族から脱却した方がよいと思える。今作ではレーサーのことでボブ・リーに助言するマット・マクレディというドライヴァーが登場しているのだが、彼を主人公にしたほうが物語としてしっくりといったのではないだろうか。


蘇えるスナイパー   6点

2009年 出版
2010年12月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 かつての社会活動家とみなされる四人の人物が立て続けに狙撃され、殺害されるという事件が起きた。それは熟練の狙撃手による犯行だと思われ、FBIはすぐに犯人の検討を付けたものの、見つけ出した時には当の男は自身をライフルで撃ち抜き自殺していた。かつて彼はNo.1スナイパーと言われていたものの、記録を塗り替える者が現れたことによりNo.2の座に落ちることとなった。それを苦に思い、4人の人物を殺害し、再びNo.1の座に帰り着いた後、自害したということで事件は落ち着いた。しかし、この事件に不審なものを感じた捜査官のニック・メンフィスはかつての一流スナイパー、ボブ・リー・スワガーに頼み、事件を調べ直すことにした。スワガーが出した答えは、この犯行は自殺したスナイパーがやったものではなく、高性能のスコープを使用した組織的なものであると・・・・・・

<感想>
 久しぶりにスティーブン・ハンターらしい、狙撃手の小説を読むことができた。これは10年前くらいに出た「狩のとき」以来のハンターらしい、待ちに待った作品と言えよう。

 狙撃手にちなんだ事件を60歳を超えた、かつての凄腕のスナイパー、ボブ・リー・スワガーが解決するというもの。年をとり、体のあちこちに傷を負った状態となっているスワガーであるが、若いものに負けじとばかりに今作でも今までの作品を上回るような活躍をしている。そして、ラストでのスナイパーとしての対決はまさに圧巻そのものである。

 ということで、久々のハンターらしい作品を読めて堪能できはしたものの、やや気になる点がいくつか。それはなんといってもスワガーの年齢。さすがに八面六臂の活躍をするというのは無理があるのではないだろうか。今までのシリーズ作品で負った傷があるにもかかわらず、土壇場では怪我など全くしていないような活躍をするというのはどうも違和感がある。

 また、スワガーが敵の一味に捕らえられ拷問をされるという場面も必要であったのかどうか微妙である。拷問に耐えた後に、縦横無尽に活躍するというのはさすがに老齢のスワガーには無理があるのではないだろうか。

 と、そんなわけで良い作品を読めたというものの、そろそろスワガーにはリタイヤしてもらって、新たな主人公を構築した方がよさそうな気がしてならないのだが。それとも今後もスワガーが老体に鞭を打って、さらなる活躍をすることになるのであろうか?


デッド・ゼロ   6点

2010年 出版
2011年12月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 海兵隊一等軍曹レイ・クルーズは、ある密命を帯びてアフガンへと潜入した。彼の使命とは、アフガニスタンの軍閥司令官イブラヒム・ザルジを暗殺することであった。しかし、その途上でクルーズは何者かに襲われる。それはアフガンの兵士ではなく、白人・・・・・・つまり、傭兵とおぼしき者たちであった。
 その後、クルーズは消息を断ち、半年後にアメリカに現れる。彼は何故か、今だにザルジの首を狙っていた。しかし、そのザルジは現在では親米家となっており、逆にクルーズが米軍から追われることとなる。そのクルーズの行方を捜すべく依頼されたのはボブ・リー・スワガーであった。

<感想>
 前々から、そろそろ老齢のボブ・リーには退場してもらい、新たなヒーローを登場させた方がよいのではないかと思っていたのだが、この作品からようやくそのような流れになりそうである。新たなヒーローの名はレイ・クルーズ。

 今作ではボブ・リーは登場するものの、彼のアクション・シーンはいたって少ない。どちらかというと、その洞察力により敵の正体を見抜くという行為に専念していたように思える。その変わりアクション・シーンはレイ・クルーズに・・・・・・というか、今回は謎の傭兵部隊がその役割を一手に担っていたような気がする。実に見事な悪役ぶりであった。

 また、前作から見られるシリーズの特徴として、アメリカの戦争における近代兵器の投入、というものもテーマとなっているようである。今作では遠隔操作兵器が導入されており、これはニュースでも取り上げられていた気がする(ゲーム感覚の批判的な意味合いで)。こういう近代兵器が登場しつつ、現代の戦場の状況を提示し、そこに古くからの精神を持つ兵士たちを投入し、物語を形成している。

 今後もシリーズとして、書き続けられていくようではあるが、できれば次回作あたりはレイ・クルーズのみを主人公として、彼単独の事件を見たいものである。今作がそうであったが、変に主体となる人物の視点が多いと、物語の統一感が欠けるような気がしてならない。できれば主人公と敵という二点の視点くらいでよいのではないだろうか。物語の流れは“デッド・ゼロ(一撃必殺)”というにはほど遠かったような気がする。


ソフト・ターゲット   6点

2011年 出版
2012年12月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 ミネソタ州郊外の巨大ショッピングモール、“アメリカ・ザ・モール”が突如十数名のテロリストによって襲われた。サンタクロースに扮した男が射殺された後、客たちはひとつの場所に追いやられ人質となり、十数名の死傷者が出た。偶然その場に居合わせたレイ・クルーズは、最初の襲撃からは逃れることができ、状況を把握しようと単独で調査を始める。人質をとったテロリストたちは、その後、特に声明を発表することもなく、閉じこもったまま。ショッピングモールを囲む州警察たちもなすすべもない状況。犯人達の目的は何なのか? そしてレイ・クルーズは状況を打開できるのか!?

<感想>
 スティーブン・ハンター版、“ダイ・ハード”といったところか。まさに、ハリウッド映画を思い起こさせるような展開と内容の作品。また、前作に登場したレイ・クルーズが今作では主人公として登場する。いよいよ、ハンター作品も世代交代の時が来たようだ。

 今作は、展開がスピーディーで読みやすい反面、内容が薄っぺらいとも感じられてしまう。わかりやすい内容なので、登場人物を極力絞って展開していけばよいと思われるのだが、無駄に登場人物が多かったという気がしてならない。それらを全て生かしきることができれば本書に対する印象も変わってくるのだが、そういった面では不完全であったと思われる。

 この作品の背景に関してだが、“ダイ・ハード”という表面的な見方だけではなく、現代的な社会問題を組み入れた内容とも捉えられる。それは、こういった無差別テロ事件が数多く起きており、本書で書かれていることに関しても、完全無欠の主人公が不在の状況で、実際に起きてもおかしくない話なのである。そう考えると、決して軽く取り扱ってはならない作品とも感じられてしまう。

 また、一番恐ろしく思われたのが、ここで登場する州警察の管理職たち。どっちとらずの優柔不断でも困るのだが、ここで描かれているように一方に極端でも困ってしまう。しかも、その彼ら、今後巨大な敵となってますますシリーズに影響を及ぼしてきそうな感じである。次回作ではレイ・クルーズがどんな危機に立ち向かうことになるのやら。


第三の銃弾   7点

2013年 出版
2013年12月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 ボブ・リー・スワガーは未亡人から、ジャーナリスト兼作家である夫の死の真相について調べてほしいと依頼される。全く乗り気ではなかったスワガーであったが、その亡くなった男がJFKの暗殺について調べていて、とある証拠をつかんだことから興味を抱く。その証拠は、過去にスワガーがかかわった、ある男の存在を示唆していたのだった。スワガーは、JFK暗殺の真相に挑むこととなり・・・・・・

<感想>
 老境のボブ・リー・スワガーがバッタバッタと悪党どもをなぎ倒していくという描写に違和感があり、シリーズ主人公としてはもはや相応しくないのでは? と思っていたのだが、JFK暗殺という過去の事件を追うという内容であれば、ボブ・リーの登場も否めないか。

 本書ではJFK暗殺の真相にボブ・リー・スワガーが挑むという内容になっている。昨年、JFKが暗殺されてから50年という年月が経ったこともあり、本国ではこういった作品が色々と書かれているよう。著者であるハンターもこれに乗じたのかと思いきや、実は過去からこの内容についてこう構想はあったようである。

 この作品では、JFK暗殺の真相について、銃器の観点から迫るものとなっている。JFKの暗殺について、公式見解や所論など、いろいろなものが出ているようだが、そうしたなかでハンターが疑問に思った三発目の銃弾の爆発について言及している。そして、その三発目の銃弾の真相をハンターなりに推測しているのである。

 ただし、本書ではJFKの真相に迫るといっても、あくまでもフィクションの範疇で物語を構築している。著者の「極大射程」という作品で出てきた登場人物を再登場させることにより、JFKの真相をボブ・リーの系譜に内包しているのである。「極大射程」は当初、新潮文庫から出ていたのだが、昨年扶桑社文庫からも出版された。それがただ単に出版されただけかと思いきや、どうやらこの「第三の銃弾」という物語と密接に関係しているゆえに、出版されたのだと納得させられた。ゆえに、本書は最低限でも「極大射程」から読んでいったほうが、より楽しみが増すことであろう。

 本書は序盤はやや退屈と感じられた。いつもながらのハンターの作品と異なり、冒険ものというよりは、スパイもののような展開がなされており、緻密ではあるがやや退屈といった印象を持った。しかし、下巻へと進むにつれ、以前登場したキャラクターの過去に犯した犯罪が徐々に露わになり、その真相にボブ・リーが徐々に近づいていくという緊迫感が物語を盛り立ててゆくこととなる。正直なところ、この作品がどこまでJFKの真相に近づいたのかということはわからない。ただ、ボブ・リーのシリーズ作品としては、納得のできる良質の内容と言えよう。ここ数年来のハンターの作品のなかでは一番出来がよかったのではないかと思われた。


スナイパーの誇り   6点

2014年 出版
2015年01月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 退屈を持て余すボブ・リー・スワガーのもとに、友人である記者キャシー・ライリーからのメールが届く。彼女は、第二次世界大戦中に活躍したと思われるソ連の女性狙撃者の過去を追っているのだという。興味を持ったスワガーは、さっそくロシアへと旅立つことに。スワガーは、キャシーと共に“白い魔女”と呼ばれた狙撃者の過去をたどり始める。彼女の記録は、ある時を境に途絶えていたのである。いったい、何が起きたというのか? 調査をしているスワガー達に対し、何者かが付け狙いはじめ・・・・・・

<感想>
 そろそろボブ・リーも引退の頃かと思いきや、まだまだこき使われる模様。要は、ボブ・リー・スワガー・シリーズじゃないと売れないのかなと、邪推してみたり。

 今作では、スワガーが記者であるキャシー・ライリーとともに、第二次世界大戦中に活躍したと思われる女狙撃主の過去を掘り下げていくというもの。舞台の一部がウクライナゆえに、近年の情勢により取り上げたのかなと考えた。実際読んでみると、世界情勢よりもローラン・ビネの「HHhH」に触発されたのではないかという内容。もちろんのこと、ここに出てくる話は史実ではなく、フィクションであるのだが、それをノン・フィクション風に描いているように思えなくもなかった。

 スワガー・シリーズにしなければ本が売れないという事もあるのだろうが、別にノン・シリーズとして、女狙撃主の話のみを取り上げて一つの物語にしても良かったのではないかと思われる。それでも十分に小説として濃い内容になったのではなかろうか。ボブ・リーを登場させることにより、物語に取っ付きやすくさせるという意図は間違っていないと思われるが、後半の都合のよいところから武器が表れ、悪人たちをバッタバッタとなぎ倒すという展開はマンネリ化し過ぎのように感じられてしまう。思い切って、シリーズに転換をといいたくなるのだが、たぶん次作もボブ・リーが登場するのであろう。


我が名は切り裂きジャック   6点

2015年 出版
2016年05月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 1988年、ロンドンにおいて娼婦が惨殺されるという事件が起きた。しかも連続で! 新聞記者のジェフはこの事件の記事をものにして自らの名を高めようと、いち早く現場へ乗り込み、取材活動に奔走する。そして事件が続くにしたがって、ジェフが書く記事は益々注目されてゆくことに。いつしか、“切り裂きジャック”の名前で呼ばれることとなった、連続殺人犯。ジェフはその正体を突き止めようと、ロンドン大学教授トマス・デアのプロファイルをもとに、さらに事件を調べてゆくのであったが・・・・・・

<感想>
 スティーヴン・ハンターによる“切り裂きジャック”を扱った小説。何故、この題材を扱ったのかはよくわからないのだが、色々な分野の小説に挑戦してみたいという事なのであろう。この“切り裂きジャック”をネタにした小説というものは数多く書かれているはず。何しろ、日本の作家でさえ、この題材を用いたミステリ小説を書いている人がいるくらい。その大いなるネタともいえるものに挑戦したハンターであったが、読んでみての感想はというと、どこか微妙。

 全体的にきちんと書けていて、どこか欠点があるかといえば、そういうものはない。ただ、このネタの小説としては別に新機軸でもないし、むしろ別のサスペンス小説として書いてもいいくらいという結末。どうもハンターらしさというものが欠けていたという気がしてならない。むしろ、ライフルや銃といった題材を扱う作家であるのだから、ハンターの視点からでしか書けないような作品を描いてもらいたかったところである。語り手であるジェフに関するネタこそが一番の見どころであったような。


Gマン 宿命の銃弾   6点

2017年 出版
2017年04月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 ボブ・リー・スワガーは自分の土地から祖父の遺品と思われるコルト45、紙幣、謎の地図、FBIの前身である司法省捜査局のバッジなどが発見されたことを知らされる。祖父のチャールズ・スワガーに関しては謎が多く、生前にどのようなことを成し遂げたのか、ほとんど知らされていなかった。ボブは、祖父の過去を調べ始めることとなったのであるが・・・・・・

<感想>
 今度の話はボブ・リー・スワガーの祖父、チャールズにスポットが当てられている。ボブ・リーの父、アールについてはだいたい語るべきところは語られたようなので、次は祖父というところか。

 まぁ、話の内容は面白いものの、このようにシリーズを続けてゆくと、アメリカの重要な出来事にはすべてスワガー一族が関わっていますよということになってしまいそう。さすがにやり過ぎというか、著者とすればやれることは何でもやってしまえという勢いなのであろうか?

 個人的にはボニー&クライドとか、ジョン・デリンジャー、ベビーフェイス・ネルソンといった実在の人物について興味を持つことができて、それらのプロフィールをネットで調べて、この作品の流れとすり合わせることを楽しむことができた。過去の人物をこういった形で知ることができたというのが一番の収穫。

 ただ、過去のギャング史について語られたという点のみが大きく、現代の物語であるボブ・リーのほうがあまりにもおざなりになってしまったという感じであった。まぁ、過去のギャング史というか、有名人物らをエンターテイメント的に描いた作品という感じでとらえればよいのであろう。


狙撃手のゲーム   6点

2019年 出版
2019年09月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 ボブ・リー・スワガーの元にひとりの女性が訪ねてくる。ジャネット・マクダウェルと名乗る女は、イラク戦争で死亡した息子を射殺したスナイパーを探し続けているという。彼女は自らの人生を投げうつように単身バグダッドへ乗り込み、そのスナイパーに関して調べ続けたと。ジャネットが追い続けている男は“ジューバ・ザ・スナイパー”と呼ばれる凄腕のスナイパーでアメリカ当局でさえも行方がつかめない男であった。ボブ・リーが調査を引き継いでゆくと、ジューバ・ザ・スナイパーが何らかの射撃計画を練っていることが判明する。ボブ・リーらは、ジューバ・ザ・スナイパーの計画を阻止しようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 ボブ・リー・スワガー、再び、三度・・・・・・度々というか、生きている限りはと、休む暇もなくボブ・リーは相変わらず戦いの場にさらされ続ける。もはやハンターの作品では、このボブ・リーが登場しない限り売れ行きがよくないのでは? と勘繰りたくなるくらい。ちなみにボブ・リー、満身創痍の72歳。

 それでも今作ではボブ・リーのアクションはやや少なめであったかなと。後方で戦略を練っている場面のほうが多かったという感じがした。それゆえか、今作はジェフリー・ディーヴァーの作品のような雰囲気が強かったという印象。

 ボブ・リーと凄腕の狙撃手“ジューバ・ザ・スナイパー”との対決を描いた作品。ジューバ・ザ・スナイパーの行動の先を読み、ボブ・リーらが彼の行き先や計画を予想し、なんとか彼の尻尾を捕まえようとする。しかし、いつもすんでのところで逃げられるという始末。そして、ジューバ・ザ・スナイパーは、何らかの大きな計画を果たそうとしているようだが、それが何かをボブ・リーらは事前予想しなければならないという状況。

 そんな戦いが描かれた今作。銃や狙撃に関する事細かな説明がなされているのは、このシリーズらしさといえよう。それらが核となって、ジューバ・ザ・スナイパーの行動と、それらを先読みしようとするボブ・リーとの戦いが知的に描かれている。ややアクションが少なめな感じはしたが、そうすることによってシリーズらしさを表したともいえよう。マンネリ感はあるものの、近年のハンターの作品のなかではオーソドックスであるがゆえに楽しむことができた。


ベイジルの戦争   5.5点

2021年 出版
2021年08月 扶桑社 扶桑社文庫

<内容>
 英国陸軍特殊作戦執行部所属、ベイジル・セントフローリアン。無類の酒好き、女好きであるが、任務に関しては凄腕のエージェント。そんな彼に与えられた任務は、ナチス支配下に置かれたパリへ潜入し、暗号が秘められた聖職者の写本を複写することであった。ベイジルはフランス本土に潜入し、ナチスの監視の目をかいくぐり・・・・・・

<感想>
 第二次世界大戦下、スパイとして暗躍するベイジル・セントフローリアンの活躍を描いた作品。まさにそのままスパイものの小説。

 読んだ感想は、普通としか・・・・・・。序盤から後半に至るまで、任務を与えられるベイジルの様子と、その任務をこなすベイジルの様子が交互に描かれている。ただ、そこになんらかの効果があったのかどうかは?? そんなもったいぶるほどの任務の内容でもなかったように思われるのだが。

 そんな書き方もあってか、結局何が真の目的であったのか、ややぼかされた感じがあって、なんとも微妙。最終的には、ただ任務をこなせばよいのか、それとも、任務以上のことをしてこそ当たり前とみなされるのか、なんとも・・・・・・


囚われのスナイパー   5.5点

2021年 出版
2022年06月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 前回のミッションで見事暗殺計画を阻止したボブ・リー・スワガー。そんな彼の行動を下院議員のシャーロット・ヴェナブルが自分の政治上の立場のために利用しようとする。ボブ・リーを法廷に引っ張り出し、彼の行動について違法性を指摘しようとするのである。そうした裁判が行われる中、巨大トラックを奪うならず者集団と、そのトラックを奪われたものの命を取り留めた元特殊部隊隊員との暗躍が行われており・・・・・・

<感想>
 お馴染みボブ・リー・スワガー・シリーズであるが・・・・・・今回、このページ数であれば上下巻にする必要はないのでは? と感じたのが一番。上下巻にこだわっているのか、売値にこだわらければならないのかはわからないが、そのへん何とかしてもらいたい。

 そして、今回の作品であるが、中身がバラバラという印象。ボブ・リーが召喚される裁判の様子、ボブ・リーの血筋に関わる過去の出来事、テロリスト一族の様相、そのテロリスト一族に復讐を果たそうとする元特殊部隊隊員。この4つの内容が交互に語られ、物語が展開していくというのが今作の内容。その一つ一つの内容は興味深く書かれているものの、それらが全くといっていいほどかみ合わないところがなんとも。

 法定にて、ボブ・リーの裁判が展開され、どのような結末を迎えるのかと思いきや、必然をよそに突如混乱した展開に。その混乱した展開は、確かに面白いことは面白いのだが、結局何のために? という部分があまりにもおざなりになり過ぎていたように思える。この展開により、ボブ・リーの血筋にまつわる話も、あまり盛り上がらないまま終わってしまったように思える。

 昔のスティーヴン・ハンターであれば、これだけの要素があれば、もっと重厚に、もっとページ数を使って、作品を書けたのではないかと思われる。もしかしたら、今ではページ数に関しては、出版社側から上限を設けられているとかあるのかな? それともただ単に書けなくなってしまったのか。


銃弾の庭   6点

2023年 出版
2023年07月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 第二次世界大戦中、ノルマンディー上陸作戦を決行した連合軍であったが、“銃弾の庭”と呼ばれる地で敵のスナイパーによる攻撃を受け、停滞を余儀なくされていた。そこで太平洋戦線で負傷をして新兵の訓練教官を行っていたアール・スワガーに白羽の矢が立てられた。スワガーに課せられた任務は、敵の正体を暴き、対狙撃作戦を計画すること。スワガーは戦地に赴き、ジム・リーツ中尉と共に情報収集にあたるのであったが・・・・・・

<感想>
 近年、やや当たり外れのあるハンター作品となってしまっているが、今回の作品は当たりであった。面白かった。今作ではボブ・リー・スワガーの父アール・スワガーの登場となる。そんな彼も、既に5度目の登場。もはやシリーズとしての整合性云々は抜きにして、単体の作品として楽しむべきものとなっている。

 今回のミッションは、敵のスナイパー集団の正体を暴き、掃討計画を立てるというもの。ドイツ軍に加わっているスナイパー集団はどのような背景の持ち主なのか? 謎の集団の正体に迫りつつ、いつのまにか宿敵のようになりつつある敵とスワガーとの戦いが見ものとなる。

 普通に単純明快故に面白い。いつもながらのスティーヴン・ハンターによる狙撃手小説を堪能できる作品。全体的に見ればお約束とも捉えられかねないが、もはやそのお約束ぶりが心地よい。




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