Peter Lovesey  作品別 内容・感想

帽子屋の休暇   5点

1973年 出版
1998年10月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 英国の避暑地ブライトン。そこに休暇で来ていた光学器械店を営むモスクロップ。彼は一人の女性のことが気になり、望遠鏡を片手に彼女のことを観察し続ける。その女はゼナ・プロセロといい、夫である医学博士のグレゴリー、そして二人の子供と子守り女たちと共に休暇を過ごしていた。そうした平穏な日々が続く中、水族館で人の腕が発見されるという事件が起こり・・・・・・。クリップ部長刑事とサッカレイ巡査が捜査を開始する。

<感想>
 ピーター・ラヴゼイによるクリップ&サッカレイ・シリーズ。このシリーズは、1880年前後のイギリスを舞台としたミステリとなっている。

 本書については・・・・・・とにかく前半がつまらなかった。何しろ、ひとりの男が休暇を過ごし、そうしたなかで別の家族の様子を単に観察するという描写が延々と続くのである。その様子がおよそ半分続くので、読み続けるのが結構きつかった。

 物語の半ばで、水族館で人の死体の一部が見つかるという事件が起こり、そしてクリップ&サッカレイが登場し、ようやくミステリ作品らしい流れとなってゆく。そして終幕が近づく頃、あぁ、こうした流れの物語を作りたかったのかと気付かされることとなる。

 話が全部終われば、どのような話を構築したかったのかがよくわかり、前半の部分にも意味が付けられることとなる。ただ、結局のところミステリというよりは、とある一家の苦難を描き出した“物語”であったという印象のみが強く残った。


ダイナマイト・パーティへの招待   6点

1974年 出版
2000年11月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 1880年代のロンドンでは、駅や公邸を狙った爆弾テロ事件が頻発していた。そのテロ事件を追うこととなったクリップ部長刑事は、爆弾に関するレクチャーを受けつつ、犯行組織に迫ろうと奔走する。そうしたなか、警察のなかに内通者がいるらしいとの情報がもたらされる。その警官はなんと、クリップの長年の相棒のサッカレイ巡査であった。クリップは真相を調べるべく、犯行組織の内部へと潜入することとなり・・・・・・

<感想>
 長らくの積読本で本棚の肥やしになっていた作品。ピーター・ラヴゼイ描く、“クリップ&サッカレイ”シリーズの一作品。久々に読むのですっかり忘れていたのだが、このシリーズって、舞台が1880年代という結構昔であったのだなと。そこで部長刑事クリップとその相棒であるサッカレイ巡査が活躍する。

 舞台背景は、かつてイギリスがアイルランド独立組織と扮装を繰り広げていたという時代。各地で爆弾テロ事件が起きており、その活動家を一網打尽にするべく、白羽の矢がクリップ刑事に立てられる。爆弾に関する知識を学びながら、事件を追っていくクリップであったが、なんと相棒であるサッカレイ巡査が犯行組織と内通しているという噂を聞きつける。サッカレイの無実を証明しようと事件を追っていくと、なんとクリップは犯行組織のなかへ勢いで飛び込んでしまい、自分の身分を偽ることにより、いつの間にか潜入捜査の様相をていしてゆく。

 と、そんな形で速いテンポで話が進んでゆく。別にコメディ的なものを意識しているわけではないはずでありながら、全体的な軽快な様子が重苦しいものを感じさせない雰囲気をかもし出している。ただ、軽快な雰囲気とは裏腹に徐々にクリップ刑事は窮地に追い込まれていくこととなる。

 破格な展開と勢いで進められてゆく作品。決して史実とは関係ない内容ではありながらも、過去の実際にあった歴史にある程度なぞられているがゆえに、歴史ミステリ的な味わいも楽しめる。見どころ満載の冒険小説に仕立て上げられている作品。


降霊会の怪事件   6点

1975年 出版
2002年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 クリップ部長刑事は絵画や壺などが盗まれるという盗難事件を追うこととなり、怪しげなブランドという人気霊媒師の調査をすることに。そして、そのブランドが行う降霊会に立ち合い、様子をうかがうことになるのだが、降霊会の最中そのブランド自身が命を落とすことに! 不可解な感電死を遂げる羽目となった霊媒師であったが、これは事故なのか、それとも殺人なのか? クリップは相棒のサッカレイと共に、降霊会に参加した者たちについて調べ始め・・・・・・

<感想>
 クリップ&サッカレイ・シリーズの6作品目。積読となってい作品を読了。よって、初読。

 クリップ部長刑事が盗難事件を調べることとなったのだが、捜査の流れによって降霊会についても調査することとなる。そのなかで、霊媒師として人気が高まるブランドという人物に目をつけることになる。すると、そのブランド自身が降霊会の最中に命を落とすという事件が起きる。クリップは、事件の真相を暴き出すために捜査を進めてゆく。

 最初から最後まで降霊会というものについて描いた作品という感じ。ただ、降霊会自体は色々なミステリ作品でも取り上げられているので、特に新鮮という感じはしなかった。ここで語られる降霊会についても目新しいようなものは特になかったように思える。

 話が進むにつれて、内容が降霊会そのものからだんだんとその降霊会に参加していた人々の背景に焦点が移っていくことに。そして、それぞれの人々が抱える問題から降霊会の裏で行われた行為が色々と明らかになり、さらには事件の動機が浮かび上がってくることとなる。

 コメディタッチで楽しく読める作品。ミステリ部分に関しても、それなりによくできている。一つ難を言えば、主たる事件がひとつだけなので、やや退屈に感じられる部分もあったかなというところ。それでも全体的にはうまくできてる作品であると感じられた。


絞首台までご一緒に   6点

1976年 出版
2004年10月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 19世紀末のロンドン。学校の規則に反して、ハリエットを含む3人の女学生は夜中に裸でテムズ河で水浴びをしていた。そのことが学校にばれて、あやうく退学させられそうになるハリエットだが、ひょんなことから警察の捜査の手助けをすることになり、退学の件はいったん保留に。彼女がテムズ河で水浴びをしていた時に、三人の男と一匹の犬を乗せたボートを目撃していた。どうやら彼らは、川で発見された死体に関係があるとみなされ、目撃者のハリエットは、クリップ部長刑事、サッカレイ巡査、ハーディー巡査と共に、彼らを追いかけることとなり・・・・・・

<感想>
 19世紀末に「ボートの三人男」という本がブームを巻き起こし、そのまねをしてテムズ河を渡るまねをした者たちが多数いたようである。そんな状況下での物語が描かれており、19世紀末のイギリスをいかんなく体験できる作品ともいえよう。ちなみにこの時期には切り裂きジャック事件も起こっており、それについても本書の中で多少言及する内容が含まれている。

 この作品を読むために「ボートの三人男」を読んだのだが、これは先に読んでおいて良かったと思えた。別に読んでいなくても大丈夫とは思われるが、読んでおいたほうがより内容にひたることができるであろう。

 この作品は“クリップ&サッカレイ”シリーズの七作目にあたる作品であるが、物語は女学生ハリエットを中心として描かれているので、従来のシリーズとはちょっと異なる味わい。警察もののシリーズではなく、女学生を中心にドタバタ劇が繰り広げられるユーモア小説という感じになっている。ミステリ云々ではなく、あくまでのその当時のイギリスを堪能しつつ、さらには「ボートの三人男」の世界に浸り、冒険譚のような物語を楽しむというような作品。


マダム・タッソーがお待ちかね   6.5点

1978年 出版
1986年07月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 1888年3月、ロンドンの写真館で助手を務める男が毒殺された。容疑者はワインの入っていたデカンターに毒を入れることできた写真館の店主の妻ミリアム。その容疑により彼女は逮捕され、公判にかけられる。その公判の場にてミリアムは、助手の男に恐喝された故に毒を入れて殺害したと罪を告白する。それにより、彼女は絞首刑の判決を受ける。その後、クリップ部長刑事は、自分の管轄ではない上役から写真館での毒殺事件の再調査を命ぜられる。単に事件解決に向けてというわけではなく、政治的なやりとりのなかに巻き込まれることとなったクリップであったが、命令通りに調査を開始することに。一方、絞首刑執行人のジェイムズは着々と刑の準備にかかり始め・・・・・・

<感想>
 ピーター・ラブゼイ描く、クリップ&サッカレイ・シリーズの第8作品を再読。クリップ&サッカレイ・シリーズとはいうものの、今回クリップ部長刑事しか出ていない。久々に読んでみて、意外と面白い作品であることを改めて確認することができた。

 事件は毒殺したことをを公判の場で告白した人妻に関わる事件。絞首刑が決まっている中で、事件の中に不審な点が見受けられたので、再捜査が行われるというもの。クリップ部長刑事は、時間が限定された中で事件の洗い出しを行う。実際の容疑者の人妻はワインのデカンターに毒を入れることができたのか? 仮に無実であるのならば、何故やっていない罪を告白したというのか? そういった点について、真相を見出していくものとなっている。

 捜査により、明らかとなる真相がなかなかのもの。クリップと容疑者との監獄での尋問の場面がとにかく印象深い。練りに練られた犯罪計画と、そこに横たわる心理的な駆け引きに圧倒される。また、もうひとつ作品を彩る要素が絞首刑執行人の存在。この人物が物語に直接関係なさそうながらも、至る所に顔を出しているような感触となっており、印象深い効果を出している。一見、ストーリー的には要らなそうな存在でありつつも、何気に存在感を出しているところが興味深い。


キーストン警官   6点

1983年 出版
1985年05月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 イギリス人俳優(志望)のワーウィック・イーストンは、本人は望まなかったものの、キーストン・コップの一員として雇われる。それはドタバタ喜劇のなかの警官集団のひとりという役割にすぎない。しかもイーストンは、その名前から“キーストン”というあだ名で呼ばれてしまう始末。映画の撮影現場では、のっけからローラーコースターのアクションシーンの事故で俳優の一人が死亡する。その後、キーストンが後釜として、撮影は続けられる。そうしたなか、新進女優のアンバー・ハニービーとキーストンは仲良くなるのだが、彼女の母親が殺害され、何故かキーストンまでもが何者かに襲われる。映画の撮影現場に秘められた謎とは・・・・・・

<感想>
 積読の一冊。ラヴゼイ作品のなかでも現在入手しにくい作品。

 ある種、映画撮影というものを通しての青春ミステリといってよいのかもしれない。アメリカに渡ってきたが、ろくな役をもらえないまま、与えられた役をこなし続ける若手俳優。野心はあるが、演技はひどい新進女優。その女優が秘める何かを巡って、ひそかに争奪戦が繰り広げられ、そこに主人公が巻き込まれてゆく。

 全体的にアクション性の高いサスペンスミステリとして出来上がっている。後半は、さらにスピーディーな展開で事件が繰り広げられる。

 青春ミステリとは言ったものの、そこは30年前の海外の作品。誰しもが興味を持てる内容であるかは微妙。どちらかといえば、過去の無声映画に興味がある人のほうが楽しめる内容であるかもしれない。ちなみに主人公のモデルは当時チャップリンと並び、もてはやされた俳優バスター・キートンとのこと。


煙草屋の密室   7点

1958年 出版
1990年02月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 「肉屋」
 「ヴァンダル族」
 「あなたの殺人犯」
 「ゴーマン二等兵の運」
 「秘密の恋人」
 「パパには話したの?」
 「浴槽」
 「アラベラの回答」
 「わが名はスミス」
 「厄介な隣人」
 「ベリー・ダンス」
 「香味をちょっぴり」
 「処女と猛牛」
 「見つめている男」
 「女と家」
 「煙草屋の密室」

<感想>
 さすがストーリーテーラーと言いたくなるような内容の短編が揃っている。読んでいる最中、どんな結末かと予想しながら読んでみるものの、その予想を裏切るような作品ばかりであった。

 特に「あなたの殺人犯」は意外な結末。途中までは普通のサスペンス小説の流れであるのだが、最後に届けられたあるものにより、なんとも皮肉な結末を迎えることとなる。このラストは特に印象的であった。

 ただ、さすがに最後のほうになると展開に慣れてきたのか、「見つめている者」「女と家」あたりは結末が予想できるようになっていた。まぁ、これらは内容のわかりやすい部類の作品であったのかもしれないが。

 その他、悲惨な結末のものもあれば、微笑ましい内容のものもありと、色々な内容の作品を読むことができる。「アラベラの回答」のように、読者相談の回答のみで物語を構成したりと、バラエティ豊かな短編集となっている。


「肉屋」 長年肉屋で勤め上げた男が出勤せず、経営者が遺体となって冷凍庫から発見され・・・・・・
「ヴァンダル族」 亡くなった芸術家の妹の作品を姉が鑑定人に披露し・・・・・・
「あなたの殺人犯」 懇意にしている婦人の助言で、殺人犯の立像をオークションにかけたところ、多額の金を手にすることができた男。男はその金で婦人を豪勢なデートに誘うのであったが・・・・・・
「ゴーマン二等兵の運」 たびたび脱走を図っては失敗していたゴーマン二等兵は、空襲が起きた際に、死亡した他の兵士に成り代わり・・・・・・
「秘密の恋人」 離婚歴がある病院の受付で働くパムに新しい恋人ができた。ある日、その恋人が別の女と付き合っていることを知り・・・・・・
「パパには話したの?」 幼いジョナサンは、母が父からもらったラヴレターの束を見つけ、郵便屋さんごっこがしたくなり、その手紙を近所の家に配り歩き・・・・・・
「浴槽」 新婚の妻が風呂場で手にした犯罪書のページをめくると、自分と似たような境遇の女の話を見つけ・・・・・・
「アラベラの回答」 読者相談の回答にて。結婚そして結婚生活等悩みをかかえたアラベルへの回答の全て(1878/1〜1885/5)。
「わが名はスミス」 飛行機に乗った際に隣の男から、自分の家系について調査しようと思っているのだが、スミスという名前ゆえに探すのが大変だという話をされ・・・・・・
「厄介な隣人」 隣に越してきた夫婦に対し、過剰に反応する夫の姿に妻は・・・・・・
「ベリー・ダンス」 匿名の何者かにベリーダンスを披露するために、車で見知らぬ屋敷に連れ込まれることとなるのだが・・・・・・
「香味をちょっぴり」 自分の作品を酷評した批評家に対して、パーティーでとある行動をとることに・・・・・・
「処女と猛牛」 田舎町で司祭の娘とパブの親父の伜がカップルとなり、結婚間近と思われた矢先、殺人事件が起き・・・・・・
「見つめている男」 新婚の女が撮った写真に写っていた見ず知らずの男。その男が彼女の元に実際に現れ、まるで彼女を見張っているかのようで・・・・・・
「女と家」 夫婦は理想の家を手に入れたものの、前の持ち主が何故か彼らの周りをうろついており・・・・・・
「煙草屋の密室」 煙草屋の2階を借りているものについて、刑事が様子をうかがいに来て・・・・・・


苦い林檎酒   6点

1986年 出版
1987年09月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 大学講師セオドア・シンクレアに突如謎の女が付きまとい始める。ついには、彼の家に侵入した女・アリスは、セオドアに過去の事件について話をしてもらいたいと迫る。それは、戦時中セオドアが疎開していた時に、その疎開先で起きた殺人事件に関するものであった。アリスは、その事件で加害者とされ刑を受けた男の娘だというのだ。裁かれた事件において、本当に犯人はその男であったのか? セオドアとアリスは過去の事件を洗い出し始め・・・・・・

<感想>
 戦時中、主人公が疎開先の田舎で経験する出来事。淡い恋心や大人との友情。それが一転して、レイプ事件の目撃と証人としての出廷。そして戦争の終わりと共に疎開先での暮らしは終わる。そんな幼少期(20年前)に目撃した過去の事件を掘り起こし、そうこうするうちに、今度は自身が容疑者扱いされ・・・・・・という結構なサスペンス小説。

 事件を掘り起こそうとするアリスの登場自体が微妙というか、ほぼ犯罪に近いような気がするが、主人公がそのアリスに絡めとられて、いいように利用されているのだからなんとも言えず。そんな感じのアリスと主人公に感情移入できず、序盤はいまいちな感覚で読んでいたものの、主人公が容疑者扱いされて一気にスピーディーな展開となってからは、俄然面白くなっていった。読み終えてみれば、うまく作り上げられている物語であったなと感嘆させられる。さすがラヴゼイは、ストーリーを創るのがうまい。


つなわたり   5.5点

1989年 出版
1990年04月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 戦後、ローズ・ベルはかつてWAAF(空軍婦人補助部隊)で働いていた時の同僚のアントニアと出会う。ローズは空軍中佐と結婚したものの、戦後公務員となった夫は自堕落な生活を送り始め、結婚生活に悩んでいた。アントニアは資産家で年上の夫と結婚したものの、今では愛人に夢中になり、その愛人との生活を夢見ていた。互いに悩める生活を送っていることに気づいたことで、アントニアはローズにとある計画を持ちかけ始め・・・・・・

<感想>
 ピーター・ラヴゼイのノン・シリーズ作品を再読。だいぶ昔に読んだ作品。

 互いの伴侶に不満を持つ二人の女が結託して互いの夫殺しを計画しようと・・・・・・というそんな話。ただ、二人の女の力関係や、その殺人についての入れ込み具合が異なり、決して計画(というか計画自体が一方的であったりする)はうまくいかない。アントニアは、新しい生活を送ることに積極的で、殺人も辞さない構えなのだが、ローズのほうは殺人という行為にはかなり遠慮気味。ただ、そのローズについても、結婚生活に限界が来ているという焦りはあった。そんな二人のモチベーションと考え方の違いにより、事態は思わぬ方向へと進行していくこととなる。

 タイトルにある“つなわたり”という言葉のとおり、練り上げられた計画ではなく、行き当たりばったりという感じ。さらには、その行き当たりばったりの計画がうまくいかなくなると、さらなる行き当たりばったりの計画に飛びついていくという波乱めいた展開が続いてゆく。

 どう考えてもうまくいきなさそうな計画ばかりが実行されるのだが、それを勢いで行ってしまうところが本書の特徴。細かいことは気にせずに、ノンストップ・サスペンスという感じに捉えて読めばちょうどよさそうな作品。


単独捜査   5点

1992年 出版
1999年08月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 強引な捜査が原因で警察を辞職したダイヤモンド。デパートの警備員として雇われたものの、再び失職してしまった。閉店後、日本人の少女が隠れていたのを見落としてくびにされたのだ。少女は自閉症らしく、まったく口をきかなかった。身内が名乗りでない少女に同情したダイヤモンドは親捜しに乗り出すが、やがて少女は謎の女性に誘拐されてしまった。
 自閉症の少女の心を開こうと交流を続けるダイヤモンド。彼はテレビに出演して少女の親探しをする。それを見たイギリスに巡業に来ていた日本の力士「山形」が少女に同情し、スポンサーをかってでる。
 しかし、少女は福祉施設から謎の女性に連れ去られる。ダイヤモンドはすぐさま足取りを追い、空港へ向かったことを知る。すぐさまダイヤモンドは空港に行き、少女達が向かったと思われるアメリカへ発つ。
 現地の空港で彼女達に追いついたが、邪魔が入りあと一歩のところで逃がしてしまう。現地の警察の手を借りて捜査をすると、少女を連れ去った女がホテルで死んでいるのを発見されたとの知らせを受ける。死んだ女の所持品などにより少女の身元を調べて行くと、「マンフレックス製薬」という会社に行き着いた。その会社の社長にダイヤモンドが面会を求めると、何者かに拉致され河に投げ込まれる羽目にあう。
 そしてダイヤモンドは「マンフレックス製薬」の背景と少女の母親である薬学博士との関係を見出し、犯人の目星をつける。日本に逃げる犯人を追い、飛行機でアメリカを発つ。日本で力士の「山形」と合流し犯人を追い詰めて行くダイヤモンド。車対力士の死闘。少女の安否は・・・・・・


殿下とパリの美女   6点

1993年 出版
1995年01月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 パリを訪れた英国皇太子バーティを待ち受けていたのは、長年の知人である一家を襲った殺人事件。アジャンクール伯爵家の娘の婚約者がムーラン・ルージュの劇が行われている最中に何者かに銃殺されたというのである。バーティは旧知の女優サラ・ベルナールとともに、殺人事件の謎を解こうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 この作品はラヴゼイによる殿下シリーズの3作目なのだが、1作目を読んだのはだいぶ前で、2作目に至っては持ってさえおらずと結構適当に読んでしまっている。ラヴゼイの初期の作品については多いのだが、シリーズと知らずに適当な時系列で読んでいたりとかなり適当。いつかきちんと整理して読み直し、感想を書かなければと思っている。

 とはいえ、この作品「殿下とパリの美女」であるが、別段前の作品を読んでいなくても、これ単体でも十分に楽しめたということだけは言っておきたい。

 殿下シリーズとはいえ、その殿下も御年50歳(を超えてしまっているようだ)。そんな殿下が別に関わらなくてもよさそうな事件に周囲の迷惑もかえりみず、嬉々として捜査を繰り広げてゆく。殿下が捜査を行ってゆく動機に関してはあいまいで、基本的に殿下がただただ事件捜査が好きなのだということのみが伝わってくるものとなっている。

 ただ、事件といっても基本的には一件の銃殺事件のみであり、それに対して殿下が右往左往しているのみなので単調とも言えなくもない。また、最終的に明らかになる真犯人は意外性があると言えなくもないのだが、どちらかといえば脱力してしまうような感じのほうが強かった。

 まぁ、あくまでもイギリス皇太子が事件の捜査を行うさまをユーモアたっぷりに描いた作品という位置づけでよいのであろう。個人的な印象としてはディクスン・カーの歴史ものの作品に通ずるように感じ取れた。


バースへの帰還   6点

1995年 出版
1996年07月 早川書房 単行本
2000年05月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 深夜、元警視ダイヤモンドはかつての職場の警察署に呼び出された。四年前、ダイヤモンドが女性ジャーナリスト殺人事件で逮捕した男マウントジョイが脱獄し、副本部長の娘を誘拐したうえ、交渉相手にダイヤモンドを指名してきたという。マウントジョイとの会見に赴いた彼は、そこで四年前の事件の再捜査を要求される。やがて埋もれていた事実が次々と・・・・・・

<感想>
 警官として優秀? というよりひたすら執念深く、喰らい付いたら離さない。周りの迷惑をかえりみず、セクハラ、Y談なんのその。気に入らない上司にはたてつき、うざったい同僚は皮肉で撃退。妻の心配をしながらも、残業パワーでひたすら部下を振り回す。いっしょに働きたくない男No.1、仕事大好きおやじ、ここに帰還。

 てな具合な、警察小説ではよくみかけるような中年刑事タイプの男が主人公で、舞台の発端は実にサスペンスフル。途中の捜査は地味であるのだが、そこはさすがラヴセイ、手を変え品を変えで読者を飽きさせず、ラストまでもっていってしまう。

 しかし内容よりもどうしてもダイヤモンド警部のアクの強さに目を奪われてしまう。自分では優秀な警官と思っているようだが(検挙率は実際高かったようだが)どうしても素直に優秀な警官だといいがたい。でも、無能というわけでも凡人でもないのもよく分かるのである。その辺のさじ加減が著者の秀でた部分なのかもしれない。ダイヤモンドのあつかましさに眉をひそめつつも、ページをめくる手は休まらないのだから。


猟犬クラブ   7点

1996年 出版
1997年07月 早川書房 単行本
2001年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ラジオから警察に対しての謎の予告放送があり、そしてその予告どおりに博物館から高価な切手が盗まれるという事件が起きた。その後、その切手は“猟犬クラブ”というミステリ愛好家たちが集まるクラブにて会員の1人の本の中から出てくることになる。驚いた会員はすぐに警察に出頭し、事情を話すことに。警察は現場検証ということで当の会員の家へと向かうと、鍵のかかったボート小屋の中に先ほど別れたばかりの“猟犬クラブ”のメンバーの1人が死体となって転がっていたのであった!!

<感想>
 ピーター・ダイヤモンド・シリーズがこのようなコテコテの本格推理小説の形で披露されるとは思いもよらなかった。しかも、“密室殺人事件”に正面から取り組んでいるのだから、さらに驚きである。

 本書では、“ミステリ愛好家”というものにスポットがあてられている。“猟犬クラブ”というミステリ愛好家たちの集まりが犯罪に巻き込まれながら、その面々の様相があれやこれやと描かれている。この辺はなんとも、ミステリ愛好家たちに対する皮肉というようにもとれなくもない。

 しかしその反面、ミステリにおけるさまざまな薀蓄などが紹介されており、ラブゼイ自身もひょっとするとかなりのミステリ愛好家なのではないかと思わされる面も多々ある。これらの知識を本書のために調べたのか、それとも元々知っていた知識なのか、その辺は興味深いところである。

 また、本書で用いられている“密室”という謎もなかなか凝ったものとなっている。よく考えればパズル的に解くことができるようになっているので、まだ読んでいない人は挑戦してみると面白いかもしれない(私はもちろん解けなかったが)。

 そして、ピーター・ダイヤモンド・シリーズとしては4作目となり、キャラクターものとしてもなかなか楽しめる内容になっている。本書は本格ミステリ風味になっているので前3作とはまた違った趣であるが、謎に嬉々として取り組むダイヤモンド警部の姿を楽しむことができる。さらには、そのダイヤモンドを食うかのように活躍する人物もいるので是非とも読んで確認してもらいたい。

 とにもかくにも、本書はダイヤモンド警部シリーズの中でも1、2を争う作品と言えるであろう。


暗い迷宮   6点

1997年 出版
1998年12月 早川書房 単行本
2003年07月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 女が目を覚ますと、そこは病室であった。しかし、女は自分の事や名前さえも思い出すことができなかった。医師の話によると、彼女は病院の駐車場に放置されていたのだという。女は社会福祉事務所の力を借りて生活しながら自分の事を思い出そうとする。やがて、何者かが彼女を狙っている事に気づくのだが・・・・・・
 ピーター・ダイヤモンド警視は暇をもてあましていた。最近、大きな事件もなく手持ち無沙汰のあまり、あきらかに自殺と思われる事故の調査に乗り出すことに。一人は農場でライフルを使って自殺した老人、もう一人は屋根から落ちた女の事故。調べていくうちにダイヤモンドはそれぞれの自殺に矛盾した点を見つけ・・・・・

<感想>
 展開としては別々の2つの物語が進行して行き、それが互いにどのようにかかわってくるかというもの。1つは記憶喪失の女のパート。もう1つはダイヤモンド警視が捜査する自殺事件。

 謎を解く過程で終始ダイヤモンドがつまづいていたというように見受けられたのだが、最後の最後にはダイヤモンドの独壇場といわんばかりに事件を解決し、物語を締めている。結局最終的にはダイヤモンド警視大活躍というような作品となっている。

 と、なかなか面白く読めはしたのだが、中盤は少々退屈に感じられたという欠点も見受けられた。2つの話がつながっていくという展開は理解できたものの、そのつながりがなかなか見えず、本当に最後の最後にならなければそのつながりが明かされない。それが劇的な謎となっているのかというとそうでもなく、こじんまりとしたものに収まってしまったというように感じられた。

 また、話全体で“記憶喪失の女”という役割をうまく活かしきれていなかったようにも思えた。さらには犯人においてもあまりにも小物という感じでしかなかったところもマイナス点。

 プロットはよくできていたと思われるのだが、それぞれを結びつける必然性や犯人像の練り方が弱かったと感じられた。

 シリーズものとしては、キャラクターとして記憶喪失になった女を助けるホームレスの女性エイダがいい味を出していた。今後の再登場にも期待。また、本書の最後でダイヤモンドがあるものを失うことになるのだが、それもシリーズものらしい展開として楽しめる。


地下墓地   6点

1999年 出版
1999年12月 早川書房 単行本
2004年12月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ローマ浴場の地下室から人間の手の骨が発見された。この骨は20年くらい前のものであるという。ちょうどその時、アメリカ人の教授が観光で訪れており、フランケンシュタインの著者メアリ・シェリーについて調べていた彼は、骨が発見されたところに昔メアリ・シェリーが住んでいたことを突きとめる。マスコミはこれらを聞きつけ、事件は大げさに触れ回られることとなる。そんなとき、アメリカ人教授の妻が突如失踪したことから事件は急展開することに! 失踪事件から明らかになってゆく、過去と現在の殺人事件にダイヤモンド警視が奮闘する。

<感想>
 序盤は地下から発見された骨とメアリ・シェリー生前に住んでいた場所と重なることから、フランケンシュタインの怪物を連想させるような、先の読めぬ怪奇的な展開へと発展してゆく。

 しかし、中盤になってからは、怪奇性、幻想性といったものが薄れ、きわめて現実的な警察の捜査が進められてゆく。もっと、奇抜な設定を保ったまま話を続けてもよかったのではないかと思えたのだが、さすがに史実を覆すような試みにまでは足を踏み入れなかったようである。

 最終的には、序盤から張り巡らされた伏線全てを収束させるという完成度の高い謎解きを見せられるものの、どこか小さくまとまってしまったなという気にもさせられる。とはいえ、ストーリーテラーと呼ぶにふさわしい水準の高い作品に仕上げられていることは確かである。シリーズものとしてピーター・ダイヤモンド警視の奮闘を含めて、読み応えのある一冊であった。


死神の戯れ   6点

2000年 出版
2002年01月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 牧師オーティス・ジョイは主教グラストンベリーから献金横領の指摘を受ける。ジョイは牧師を辞職するようさとされるが、その場でグラストンベリーを殺害してしまう。さらにジョイはグラストンベリーの死を自殺に見せかけるように工作する。
 そしてその後、ジョイにとって不利益な行動を取る者達が次々と謎の死を遂げ、徐々に村の者達は牧師を怪しみ始めるのだが・・・・・・

<感想>
「偽のデュー警部」を読んだとき、ラヴゼイという作家はストーリーテーラであると感じたのだが、時を置いて本書を読了した後も同様の感想を抱いた。

 一つ一つの事象においては、それほど突飛な設定をしているわけではないのだが、話の転がし方が実にうまい。地味ともいえる設定をうまい角度で転がして行き、読者の興味を離さないように物語を進行させていく手腕は見事なものである。

 本書の主人公は題にも表されているとおり、まさしく“死神”という存在である。しかし、その主人公自身も運命に翻弄され、まことに皮肉な展開から徐々に人々から追われる羽目に陥ってゆく。結局のところ自分自身で運命を定めることもできず、その流れに身をまかせるしかないようでは、所詮“神”とは言いがたく、せいぜい“殺人鬼”といったところである。主人公が自分自身の運命を勝ち取れるのかどうかは、読んで見定めてもらいたい。彼は“死神”へと昇華することができるのか? それともただ奈落の底に落ちるしかないのか・・・・・・

(こんな感想の書き方をすると主人公に感情移入しているように思われるかもしれないが、そういうわけではないということをここに付け加えておく)


最後の声   7点

2002年 出版
2004年01月 早川書房 単行本
2007年01月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 公園で射殺死体が発見されたとこと聞き、ピーター・ダイヤモンド警視は現場へと駆けつけた。ダイヤモンドが被害者を見てみると、なんと殺害されていたのは妻のステファニーであったのだ! 人畜無害といってもいいようなステファニーが何故、銃で撃ち殺されなければならなかったのか。警察の捜査は難航し、その捜査の規模も縮小されると思われたなか、新たな容疑者として名前があげられたのはダイヤモンド警視自身であった。ダイヤモンドは真犯人を自分の手で挙げようと、単独で捜査に繰り出すことに。

<感想>
 本書はシリーズを通して読んできた読者にしてみればショッキングな内容となっている。何しろ、主人公のダイヤモンド警視の妻が殺害されてしまうからである。それも、あっという間にあっけなく・・・・・・。

 という始まりではあるものの、ダイヤモンド警視が嘆き悲しむ様子よりは、捜査にがむしゃらに着手していく様子が描かれており、いつものシリーズらしい作品であることも間違いない。

 また、本書では一見、何の関わりのない者の手により殺害されたように思えるステファニーであるが、そこにいたるプロセスがきちんとできており、ミステリ作品として濃い内容となっている。途中で、話に何の関係のなさそうなテロリストの挿話が入っており、これが本題にどう関わってくるのか不思議に思えたが、その別の事件をうまく間接的な呼び水として効果的に本筋に結びつけている。そして、最後に真相が明らかになるにつれて、実は話の始めからきちんと伏線の張ってあるミステリ作品であったということに気づかされる。

 本書はシリーズとしては異色作品ながらも、内容の濃い読み応えのあるミステリ作品として仕上げられている。ただ、次の作品以降で、妻のいなくなったダイヤモンドがどのように立ち直っていくかが心配なところである。


漂う殺人鬼   7点

2003年 出版
2005年01月 早川書房 単行本
2008年09月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 浜辺に日光浴に来ていた女が大勢の海水浴客のなかで、いつの間にか首を絞められ殺されていた。身元を証明するものは何も身に着けておらず、被害者が何者かさえわからない状況。リージス警察署の女主任警部ヘン・アリンは、失踪者リストから被害者の身元を突き止め、バース警察署のピーター・ダイヤモンドへ捜査を依頼する。さっそくダイヤモンドが自ら捜査に乗り出すこととなったのだが、浜辺での殺人事件から予想だにしない連続予告殺人事件があぶりだされることに・・・・・・

<感想>
 今作もラヴゼイらしい、ストリーテーラーの名に恥じない作品に仕上げられている。文庫で600ページという長さにもかかわらず、それでもまだ書き足りないのではと思わせるほど、さまざまな要素が詰め込まれた濃い作品であった。

 浜辺で発見された身元不明の死体から始まり、有名人を狙った連続殺人事件にまで話を発展させ、中だるみの暇のない展開は見事なところ。さらには、プロファイラーの手記をからめることによって、中途の内容をうまくつないでいるのも本書の大きなポイントといえよう。

 また、今作ではダイヤモンド警部に対抗させるような形で、別の管轄のヘン・アリン警部という女傑を登場させている。この人物がダイヤモンドとうまく協力し合いながらも、時にはライバル心を持ちつつ、相手に出し抜かれないように、うまく距離をとりながら捜査を進めてゆくのである。最初にこのヘン・アリンが登場したときは、この作品はダイヤモンド警部が登場しない作品かと疑ったくらい、キャラクターが立った人物である。

 スピーディーな進行から後半の大団円まで、圧倒的に物語が流れつつも、個人的には最後に明かされる真犯人については少々不満が残るところ。とはいえ、基本的に実にうまくできた作品であると言うことは間違いない。

 今作では、前作で妻を亡くしたダイヤモンドが妻の死をふっきれずにいながらも捜査に没頭してゆく様子が描かれているところもシリーズとして注目すべき点であろう。このシリーズは非常に安定感があり、今後もまだまだ読み続けてゆきたいと思っている。




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