<内容>
過疎化地帯の農村から警察に通報があった。隣の家のものが死んでいると。駆けつけた警察官が見たものは無残な光景であった。被害者は老夫婦で夫は必要以上に傷つけられ死亡、妻のほうはロープで縛られ、最後に「外国の」という言葉を残した後に死亡した。犯人はいったい何故に残虐な殺し方をしたのか?
刑事クルト・ヴァランダーが活躍するスウェーデンの警察小説第1弾。
<感想>
本書はガチガチの警察小説であり、さらにはスウェーデンの社会情勢の一端を垣間見えることのできる社会派小説でもある。この本ではスウェーデン国内での外国人問題を主題として物語が描かれている。どうやらスウェーデンという国は移民を全て受け入れるという政策をとっている(現在はどうかわからない)ようで、その事が国内にさまざまな問題を引き起こしているようである。本書では一つの事件を通して、外国人が犯罪を起こせばどのように社会が揺れ動くのかと言うことを描いており、それはまるでアメリカにおける黒人問題を感じさせるようなものとなっている。
という堅めの内容の本であるが、そこに色を添えているのが本書の主人公、刑事クルト・ヴァランダーである。この刑事は他の警察小説で見られるような、中年の猛烈型ではあるのだが、ちょっと他の主人公達とは異なる一面をもっている。そのひとつは、周囲の同僚などに対して細かい気配りをしているというところ。よって、本人はバリバリ働いてはいるものの、決してそれを必要以上に周りに強制するようなことはしない。そうした気配りやちょっとした気の弱さが垣間見えるところなどが本書の“色”であると感じられる。
この作品の評価はどうかといえば、ラストの尻つぼみ具合が非常に気になった。中盤までの展開はかなり良いと思われたのだが、最後がやけに単調で散文的であり、途中までの勢いはどこへ行ってしまったんだろうと言いたくなる。また、ミステリーとして最終的な結末もあいまいで、その辺は結局のところ本書は社会派小説というほうに比重が傾いてしまったのかなとも感じられた。
中盤までのテンションで最後まで続けてもらいたかったというところ。とはいえ、既に日本では3冊目まで訳されているのでそちらも読んでみようとは思っている。
<内容>
スウェーデンの海岸にゴムボートが流れ着いた。ボートにはスーツを着た二人の男の死体が乗せられていた。死体の身元はないものの、どうやら外国のボートのようで、別の国から漂着したものと思われるのだが・・・・・・。
そのボートが漂着する前、警察に死体を乗せたボートが海岸に着くという匿名の電話があった。事件を捜索することになったクルト・ヴァランダーはボートの国籍を調べつつ、匿名の電話と事件の関連性を調べてゆく。
すると、ボートに乗っていた者たちはラトヴィアの者らしいとの連絡が外務省から入り、ラトヴィアから刑事が派遣されてくる事になった。刑事の名はカルリス・リエパ中佐。ヴァランダーと共に事件の解明を行う事になったのだが・・・・・・
<感想>
なじみのない国、ラトヴィアという国の現状が描かれた小説。ここに1990年代のラトヴィアの現実の一端が記されている。
フィリップ・カーという作家の“ベルリン三部作”というベルリンの壁崩壊後を描いたミステリーを読んだ事があるのだが、それを思わせるような内容であった。
前作に続いて刑事クルト・ヴァランダーが事件の先陣を切って担当する。今回もまたスウェーデンの国状が描かれてゆくとかと思っていたら、舞台が移り変わりラトヴィアという国内が描かれてゆく。そういった中でシリーズものとして見るべきところは、ヴァランダーが亡くなった刑事リードベリを何度も思い返すところ。今まではそのリードヴェリを頼りに事件捜査を行ってきたのだが、彼が居なくなった事により刑事として働いている事にさえ不安を覚えるヴァランダー。本書の中では警官として働く事について疑問を感じていたのだが、事件が終わったときにヴァランダーの中で少し変化が起きたのではないかと思う。今回の事件は一人の警官がどうこうできるような問題ではなかったのだが、そこに何とか自分のやり方を貫き続けた事により、自分の生き方というものを見出す事ができたのではないだろうか。その辺は、今後シリーズにどのような影響が出てくるのかが楽しみなところである。
さて、本書の一番のポイントであるラトヴィア国内であるが、社会主義国というよりは独裁主義社会というものが感じられた。ただ、その社会情勢が大局から語られているわけではなく、あくまでも一人の他国から来た警官の視点で語られているため、その全貌がどのようになっているかという事までは理解できるものではなかった。感じられたのはあくまでもヴァランダーの感情から湧き上がる、不安や恐怖というものである。見知らぬ国の見知らぬ町で姿の見えない警官に追われたとき、ヴァランダーが思い浮かべた言葉“リガの犬たち”という表現はまさしく強い不安を表す言葉であろう。これこそが外国人がラトヴィアに対して感じる事ができる直の言葉なのかもしれない。
というわけで、なかなか面白く読めたものの、いくつか納得がいかなかったのがラトヴィア人であるリエパ中佐の妻たちがヴァランダーに結局何を期待していたのかということ。さらには、その一部の市民グループでしかないような者達が、ヴァランダーを密告させたりできるような組織力を何故持っているかということ。
あくまでもざっくばらんに情勢を描いて、おおまかな部分で国の情勢を感じ取ってもらいたいという事が著者の意図であったのかもしれないが、もう少し説得力のあるように書いてもらいたかったところである。
しかし、今後このシリーズがどのように書かれていくのかなんて全く予想が付かない。
<内容>
ヴァランダー警部の元に、ひとりの女性が失踪したという事件が伝えられた。その話を聞いてみると、失踪した女性には子どもがいて、その日は普通に働いており、なんら失踪するような兆候はみられなかったとのこと。ヴァランダーはこの女性がなんらかの事件に巻き込まれたのではと判断し、すぐに捜査を開始する。女性が最後に行ったのではないかと思われる場所をたどってみたところ、すぐ近くの家屋で爆発騒ぎが起こり、その家屋からは黒人の指が発見される。さらに失踪した女性は・・・・・・
知らず知らずのうちにヴァランダーは南アフリカをとりまく陰謀の渦中へと入り込んでいく事に!!
<感想>
読者側は事件の背景を知らされながら読み進めていくことになるのでわかるのだが、現場を担当している警官にとってみれば、スウェーデンで起きた失踪事件がまさか南アフリカの国家を揺るがす陰謀に関わっているとは思いもしないことであろう。隣国やヨーロッパで起きた犯罪に関連するというのであればまだしも、何しろ両極端に離れた南アフリカである。この事件の背景を予想しろというほうが警察にとっては酷なことであろう。
ただ、この小説で起こる事件は大げさにしても、現在さまざまなテロ活動が行われている中で、拠点となるのが全く関係のない第3国であるというのは珍しくないという状況になりつつあるそうだ。そう考えると、このように国際的な犯罪がどこで起きても不思議なことではないということになる。特に、入国しやすい国のひとつとして、この舞台となっているスウェーデンが挙げられているのだが、こういった国は他にも色々あるのだろうと思われる。そういうなかで主人公のヴァランダー自身が警察が関わる事件、捜査していく事件も様変わりしつつあるという事を痛切に感じている。
この本は1993年に書かれているのだが、そのとき読んでもぴんとこなかったかもしれないが、現在であればこの本を読むことによって世界というものが狭くなりつつあることを実感することができる。
というように、このシリーズも第1作目を読んだ限りでは、普通のスウェーデンの警察機構を描いたものと思っていたのだが、前作から段々と国際的な事件を描いたものと様変わりしてきたように感じられる。今後も世界の中のスウェーデンという視点から描かれ続けてゆくのであろうか。益々目の離せないシリーズになってきたと言えるであろう。
<内容>
前回の事件により心に傷を負ったヴァランダー警部は1年間休職をしていた。なんとか警察の仕事を続けようと思ってはいたのだが、それをあきらめて辞職する事を決意する。そんなときに、旧知の弁護士ステン・トーステンソンが彼の元を訪ねてきた。なんでも共同で弁護士事務所をやっているステンの父親が交通事故で死んだというのだ。しかし、ステンは父親が殺されたのではないかと疑っていて、ヴァランダーにそれを調べてもらいたいという。ヴァランダーは辞職しようとしていることを打ち明け、ステンには引き取ってもらう事に・・・・・・。そしてヴァランダーが辞職願いを署へ出しに行こうとした矢先、ステン・トーステンソンが何者かに殺害された事を知る! ヴァランダーはその知らせにより、自身でトーステンソン親子の事件の捜査をすることを決意する。
<感想>
最初は警察を辞めるか辞めないかでゆらゆらと悩んでいたヴァランダーであったが、そこに決定的ともいえる転機が訪れ仕事を続けてゆくことになる。仕事を続けてゆくと決心してからのヴァランダーは今までの作品での様子と変わりなく、仕事に没頭していく様を見ていると、シリーズを続けて読んでいる読者としては安心させられることであろう。
今回の作品では警察の捜査が早い段階で犯人と思われるものにたどり着き、その人物が犯罪に関わっているという証拠を何とか見つけ出そうとする捜査の様子が描かれた内容となっている。その捜査は地道ではあるのだが、この地道な捜査が本書に大きな印象を与えており、しかも地味であるにも関わらず不思議な力強さのようなものが感じられるのである。故に、地道な作品ではあっても決して飽きることなく読み続けることができるという濃厚な警察小説として仕上げられている作品である。
また、ある程度作品に色を付けるために、今作から登場した新人女性刑事アン=ブリット・フーグルンドの存在がきわだっていた。新人にも関わらず、安定した能力を持ち合わせ、ヴァランダーの新しいパートナーとして大きな力を発揮してゆく。しかし、そこには女性ゆえの周囲からの冷ややかな視線も投げかけられ、フーグルンドの前途はこの先も困難なものとなっていくことであろう。とはいえ、シリーズとしてはこれから彼女がどのようにそれぞれの作品に関わっていくことになるのかは興味深いところである。
と、いいところずくめと言っても良い作品ではあったのだが、ラストの展開だけは残念に感じられた。せっかく地道な捜査でじわじわと犯人の背中に手が届きそう・・・・・・という展開できたのにも関わらず、最後にはなし崩し的な展開で事件に終止符が打たれてしまったのは残念なところ。ラストはアクションシーン満載で楽しませられたということは間違いないのだが、本書の展開には合わなかったのではないかと感じられた。とはいえ、良い警察小説を読んだという気にさせられたのは事実である。
<内容>
クルト・ヴァランダー警部は、とある農家の畑に不審な少女がいると通報を受け、現地へ急行する。そこでヴァランダーが目にしたものは、自らにガソリンをかけ、焼身自殺する少女の姿であった! 結局は身元不明の処女ただの自殺として片付けられるものの、その事件によって動揺するヴァランダー。そんなヴァランダーが息つく暇もなく新たな事件が発生する。元法務大臣が惨殺死体で発見されたというのだ。しかも何者かに頭の皮をはがれた状態で。さらにこの事件は連続殺人事件へと発展して行き・・・・・・・
<感想>
今作でも色濃い警察の捜査を見せてくれる作品となっており、もはや最近出版されている警察もののなかではトップを走るシリーズだといっても過言ではあるまい。今回は、サイコキラーを巡る殺人事件が描かれており、その犯人を捕らえようと、イースター警察署の面々や心理学者、さらには他の管轄の警察官達が協力しての捜査が行われている。その捜査が、他の管轄同士で足を引っ張ったりせずに、機能的な捜査が行われているところは実に興味深く読むことができる。
そして、本書の肝心要の事件と、タイトルにある“目くらましの道”について述べたいのだが、ここはネタをばらしながら書かざるを得ないので、ここからは文字を反転して書いてゆこうと思う。
↓↓↓↓↓↓<ネタバレ>↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
本書を読んでいくと、だいたい半分くらい読んだところで、読者には誰が犯人なのかがわかるように書かれている。とはいえ、警察官にとっては裏で行われている出来事が見えるはずもなく、主人公達は犯人像が見えないまま話が進んでゆく。
ここからの部分は読んでいる側にとっては実にもどかしく感じられる。読者にとっては犯人がわかっているにもかかわらず、ヴァランダーをはじめとする警察官達は見当違いとは言わないまでも、犯人にかすりもせずに事件を追って行っている様に感じられるのだ。そして結局、最後には読者の予想通りの犯人がそのまま捕まえられることとなる。
このような構成と展開がなされており、本書対してこれは凡作だなと感じられたのだが、最後のほうを読むにあたって少し考え方を変えることになった。この作品のタイトルは“目くらましの道”となっているのだが、これはどのような意味を持っているのか。捜査が行われている途中は、真実の道筋に対して、そこからそれてしまう捜査のことを“目くらましの道”という表現をしているのかと思われた。しかし、事件が解決するに至り、実はヴァランダーや他の捜査班の面々は、物語の中盤で犯人に出会ったときに、事件の真相を心の中で見抜いていたのではないかと思われる。なのに彼らは、その事実に直面したくないという思いが強く、自ら“目くらましの道”を作り、その虚構の道を選んで捜査を続けて行ったのではないだろうか。他の者が事件の犯人であればよいという思いを胸に。
このように考える事によって、本書がただの凡作ではなく、深い意味のあった作品だったのではと考え方を変えることとなった。そんなわけで、本書はミステリとしてはあまり強みのない作品なのかもしれないが、社会派小説としての深みを持った作品として完成されている。
<内容>
イースター警察署の刑事クルト・ヴァランダーは父親とローマ旅行へ行き、リフレッシュして職場へと戻ってきた。そんな彼を待っていたのは一人の老人の失踪事件。行方不明となった者の家の付近を調べると、堀のなかで串刺しの状態という惨殺体となって発見される。事件を捜査しているうちに、この件とは別に花屋の店主が旅行へ行ったきり帰ってこないという報告がなされる。この二つの事件は何か関係があるのか!? スウェーデン国内ではこうした陰惨な事件が多発し続けることにより、一般市民が自警団を組織しようとする動きが出始める。混乱する社会情勢の中、ヴァランダーら捜査官たちは事件を解決することができるのか?
<感想>
ものすごく地道な警察小説である。人により好き嫌いが分かれるかもしれないが、個人的には好みの小説。その地道さがクロフツのフレンチ警部をほうふつさせる。クロフツものと異なるのは、個人捜査ではなく組織捜査に力が入れられているということ。
今作では次から次へと過剰に陰惨な殺人事件が起き、警察はそれらが同じ人物(もしくはグループ)によって行われていることを推測する。しかし、被害者の過去を調べても共通するような事項はなく、誰が何のために事件を起こしたのかということが見えてこずに捜査は難航する。
このような状況において警察がどのように犯人へと迫って行くかといえば、ひとつひとつの事象を細かく調べ、そこから挙げられる人物一人一人を洗いだし、そこからまた派生する人物から話を聞いてゆくということを繰り返すのである。そうして関係なさそうなことを消去しつつ、重要そうな手がかりをつかみ一歩一歩着実に真犯人の元へと近づいていく。それぞれの警官達が疲れを隠しながらも、地道な捜査を繰り返してゆく姿は、まさに警察小説の白眉といえよう。
本書はもちろんのことシリーズものの一冊でもあるので、シリーズとしての新たな展開も待ち受けている。今作の中で起こる重要な事項もあれば、今後につながりそうな展開もある。主人公クルト・ヴァランダーのいつもどおりの嘆きっぷりと言い、シリーズものとしても見どころは満載。
また、スウェーデンを覆う、社会情勢の不安定さも見事に描かれている。社会派小説としてのそれぞれの要素は最近、スウェーデン作家の作品が多く紹介されているので目新しいものではないものの、お馴染みになっているがゆえにすんなりと物語にのめり込むことができるであろう。今年、決して読み逃すことのできない海外ミステリ作品の一つと言えよう。
<内容>
休暇をとりつつも体調不良を気にするクルト・ヴァランダー。彼が務める警察署にひとりの女性が行方不明になった娘を探してくれと執拗に訴え出ていた。その件を調べてみると、3人の若者が共に旅に出たきり行方不明になっていて、無事を知らせる絵葉書が届いたものの、母親は娘の筆跡とは違うというのである。確かに不審なものを感じたヴァランダーは事件を詳しく調べてみようと思い立つ。すでに署内のスヴェードベリ刑事がこの件について単独で調べているということがわかった。しかし、そのスヴェードベリが無断で欠席しているのを知りヴァランダーは・・・・・・
<感想>
元々地味な警察小説という印象のシリーズであったはずなのだが、今作ではショッキングな出来事が早い展開で起こり、地味な印象をぬぐうスピード感のあるサスペンス小説となっている。読んでいる最中、次の展開が気になって気になってしょうがなく、どんどんとページをめくって行くこととなった。
今回は、連続殺人鬼を捕らえるというのが大きな目標となる。しかし、その殺人犯の目的があまりにも不透明であり、どのように捜査を進めていけばよいのかがわからず刑事たちは途方にくれる。被害者たちの共通点がはっきりとわからず、特に人に恨まれるような疑いもない。さらには、彼らを狙う犯人があまりにも希薄な人物であり、捜査のとっかかりがつかめないまま時間だけが過ぎてゆく。
今回の捜査のポイントとなるのは、主人公クルト・ヴァランダーの手がかりを得る鋭さ。今までシリーズ通して、ヴァランダーってこんなに感の良い刑事だったっけとふと考えてしまうほど今作では冴えていたと思われる。むしろ、他の警官達はなんら手掛かりとなるような考えを持たず、ヴァランダーの手腕のみで事件を解決したという風にさえとることができる。
そんなヴァランダーであるが、かっこいい一面とは裏腹に相変わらず刑事という立場に悩み、さらには糖尿病を患い、病気にも悩むようになる。病気に悩み、しかもそれをみんなに知られるのがいやで病名を隠しながら事件を捜査してゆく(他の刑事たちはだいたいヴァランダーの病気のことに気がついているようなのだが)。
と、良い面悪い面を含みつつも、今作は特にヴァランダーの独り舞台という気がした。ちょっと他の刑事たちを差し置いて活躍しすぎている気がしてならないのだが、今回の作品がやたらと面白かったのは確かである。この作品を読むと、クルト・ヴァランダー・シリーズが地道な警察小説だとは言えなくなってしまいそうな気がする。
<内容>
19歳と14歳の少女がタクシー運転手を殺害し、現金を奪うという事件が起きた。イースター警察署のクルト・ヴァランダー刑事は、彼女たちが単に遊ぶ金欲しさで事件を起こしたのか、それとも何か別の目的があったのか、迷いを感じていた。そんなおり、ATMの前で不審死を遂げた男性の死因は自然死ではないのでは、という疑問がもたらされた。もし、自然死でなければ、いったい何があったというのか? 署員たちが捜査を進めているとき、19歳の少女が警察署から脱走するという事件が起きる。やがて、少女達の事件とATMの前で死んでいた男との間に関連性が見つかることとなり・・・・・・
<感想>
今作は煮え切らない事件、煮え切らない捜査という感じが全編に至って付きまとう。それもそのはず、読んでいる読者は全貌を理解できるのだが、捜査する署員にとっては、何が起きつつあるのかわからないという事態。実際、一地方警察署が請け負うには、大きすぎる事件であり、地域の中のみでは想像もつかないような計画が推し進められている。それを地方警察という狭い視野しか持たざるを得ないヴァランダー刑事たちが、悩みながらも捜査を進めていく様子が描かれている。
本書は実際のところ、“煮え切らない”“もどかしい”というような感情がテーマになっているように思える。想像もつかない事件、そしてコンピュータなどが使われる近代犯罪に対して、古い考えの持ち主であるヴァランダーは、自分が捜査するべき事件なのか? そして太刀打ちできる事件なのか? と大いに悩むこととなる。さらには、若い刑事の言動によって、その悩みはさらに大きくなることになる。
ここで扱われる事件に関しては、今現在であれば、決して目新しいものではないと思われる。また、これが書かれた1998年にしても、すでにコンピュータによる犯罪や、電気にたよる近代的な生活に対して警鐘を鳴らす作品は存在したことであろう。ただ、現代にいたって、こうした問題点が解消されたのかというと、全くそのようなことはなく、さらに電気エネルギーに依存する生活へと推移しているように感じられる。
この作品を描いたヘニング・マンケルからすれば、現代の社会に対してはどのように感じていることなのだろうか。できれば、マンケルの描く“今”の作品を読んでみたいところである。
<内容>
「ナイフの一突き」
「裂け目」
「海辺の男」
「写真家の死」
「ピラミッド」
<感想>
クルト・ヴァランダーの活躍を描く短編集。クルト・ヴァランダーの作品としては先に邦訳された「霜の降りる前に」という作品の前に書かれていたので、何故先に訳されなかったのかと疑問に思った。すると、この短編集、実はクルト・ヴァランダー・シリーズが始まる前の出来事を描いたものとなっていた。それゆえに、時系列と関係ないという事で前後したようである。
ただ、この作品集、短編くらいの短い作品もあれば、中編もしくは長編と言ってよいほど長いものもある。それゆえに読み応えは抜群。この1冊でクルト・ヴァランダーを堪能しきること間違いないといってもよいくらいの作品集になっている。
全体的には、さほど警察小説として優れているとか、見どころがあるとかいうものはなかったように思える。それでも、クルト・ヴァランダーが刑事になる前から、最初の作品に至るまでどのような過程を踏んでいったのか、そしてスウェーデンという国がどのように変化していったのかが、しっかりと表されていると感じられた。そしてクルトの家族にまつわる生活の変化もまざまざと描かれている。
個人的には、もう少しリードベリの活躍をもっと見たかったので、シリーズを通して読んできた読者としては残念。あと、てっきりクルト・ヴァランダー・シリーズって、これでもう全て邦訳されたと思いきや、まだあと2冊残っているとのこと。これはうれしい知らせである。あともう少しだけ、このシリーズを味わうことができるようである。
「ナイフの一突き」 クルト・ヴァランダー最初の事件。クルトの隣室の男が銃により死亡していたのを発見し・・・・・・
「裂け目」 クリスマスの夕方、食料品店で起きた事件にクルトが巻き込まれる。
「海辺の男」 タクシーに乗っていた客がそのまま死亡した事件。海辺にて何者かに襲われたようであるが・・・・・・
「写真家の死」 町の写真屋の店主が殺された事件。果たして犯人は何を狙ったのか?
「ピラミッド」 墜落した小型飛行機、殺された二人の老婆、そして麻薬密輸犯、三つの事件が示す真相は!?
<内容>
ボロース警察署の警官であるステファン・リンドマンは自分が舌がんにかかっていることを医師から告げられる。手術により直るといわれたが、リンドマンは自分の生死について悩みだすことに。そんな折、新聞を見るとヘルベルト・モリーンが惨殺されたという記事がのっていた。モリーンは引退した警官であり、短い間であったがリンドマンのパートナーであり、指導を受けた人物であった。リンドマンはこの病休の機会を利用して、モリーンに何があったのかを調べ始める。すると、意外な過去が浮き彫りになることとなり・・・・・・
<感想>
マンケルの最新作ということで、てっきりクルト・ヴァランダーものであると思ったのだが、今作はノン・シリーズで2000年に出版された作品とのこと。2000年に出版された作品のわりには、昨年読んだ1995年に出版された「目くらましの道」を思わせるような記述があったような気がするのだが、気のせいであったのだろうか?
それは別として、読んでみると主人公が変わったというだけで、いままで紹介されてきた本と同じような重厚な警察小説になっているので、期待して読んでもらいたい一冊である。
マンケルはスウェーデン社会を通してヨーロッパ世界やその他各国の状況を伝えるのが実にうまい作家であると感じていたのだが、今回もまた同様のことが感じられる内容となっている。本書の主題としては“ナチズムの隠れた台頭”というもの。スウェーデンの警察小説にナチズムというのも、なんとなくそぐわないような気がするのだが(登場人物らにしても、その状況に途方にくれているよう)、実際にはそうした主義というものが隠れつつ、いたるところに広がる可能性があるということを示唆する内容となっている。
純粋にナチズムというものが問題というよりは、人種差別主義や格差問題などといった事象が今後さまざまな形で噴出してゆく可能性というものを表していると感じられた。
本書はそうした秘められた主義の問題を警察小説を用いた中で描いているのだが、肝心の警察側は思わぬ事態の中でずっと後手後手に回り続けていたという印象しか残らなかった。主人公のステファン・リンドマンはなんとか事件にケリをつけようとし、それなりに事件解決の一端には活躍することとなる。しかし、これも終始犯罪者側によって踊らされていたようにも思えないこともない。また、結果としてステファン自身は、この事件を通して、自分自身の過去にも躍らされることとなる。
本書はあくまでもフィクションであり、どこまでが本当なのかということはわからないのだが、事実としてありそうな話であるから充分恐ろしい内容といえよう。こういった政治的宗教的な関わりがありそうなものは、目に見えているものよりも、目に見えないところで密かに長く細くつながりつづけているもののほうが、今後人々に大きな脅威をもたらす可能性があるということを示唆しているように感じられる小説であった。
<内容>
リンダ・ヴァランダーは警察官となることを決意し、警察学校を卒業したのち、父クルト・ヴァランダーが務めるイースター署で働くこととなった。しかし、警察の予算の都合からすぐに働くことはできず、しばらくの間自宅待機を命じられる。そこでリンダは久々に帰ってきた地元でかつての友人たちと交友を深めることに。そうしたなか、突然友人のアンナが失踪してしまう。リンダは単独で彼女の行方を探そうとするのだが、その事件を発端として次々と事件が起こることとなり・・・・・・
<感想>
クルト・ヴァランダー・シリーズ・・・・・・ではなく、その娘が活躍するシリーズ。ただし、クルトも現役であり、作品に出ずっぱりなので、今までのシリーズの延長として十分読める。
今までクルトと疎遠であったリンダが一念発起し、警官になることを決意。しかも配属先は、父親が務めるイースター署。すぐさま警官として・・・・・・というわけにはいかず、なんと警察の予算の関係で自宅待機。その間にリンダは、突如失踪した友人の行方を捜すこととなる。
前述にリンダ・ヴァランダーの“活躍”と書いたのだが、実際には“失敗”に近いようにも思える。そのへんは、新米警察官(というより、正式に警察官になっていない状況)であり致し方がないところ。しかし、父親や周辺で働く人物らの背中を見て、これから育ってゆくということが十分に感じられる内容となっている。
本書で起こる事件は、ちょっとした失踪事件から始まるものの、やがては地域全体を巻き込む大きな事件へと発展していくことに。これを読むと、現在起きているテロのみならず、色々な形でテロじみた事件が十分起こりうるという事を痛感させられる。よくよく考えれば、日本でも地下鉄サリンのような事件が起きており、ひとりの狂信的な指導者が存在するだけで、こういったことは現実にあり得るのだろう。
クルト・ヴァランダー・シリーズの未訳作品はあと2作残されているそう。昨年著者が亡くなったことにより、今後続刊が書かれないのが残念なところ。リンダ・ヴァランダーの以後の成長ぶりが見られないことも残念であるが、本書のエピローグにてそのへんは充分補完しているとも感じられなくはない。
<内容>
フレドリック・ヴェリーンは医者を辞め、今は小島で犬と猫と共に孤独に暮らしていた。そんな彼の元に、ひとりの女がやってくる。彼女は37年前に捨てた恋人で会った。フレドリックは連絡も取らず、ただ彼女の元を去って行ったのだ。彼女はかつてフレドリックが森の中にある美しい湖へ連れていくという約束を果たしてもらおうとやってきたと告げ・・・・・・
<感想>
ヘニング・マンケル氏の文庫化された作品。この著者の作品と言えば、クルト・ヴァランダー刑事のシリーズであるが、本書はノン・シリーズ作品であり、しかもミステリではない。そんなわけで、誰にでもお薦めというものではないが、何げにミステリアスな展開がなされているので、飽きの来ない作品になっている。
老人が人生を回顧するといったような内容の作品。元々は医者であったが、とある医療ミスをきっかけに医者を辞め、現在は小島でひとりで暮らす男。そんな彼の前に、37年前に別れた女がやってきて、彼女と共に旅に出るという内容。ただし、旅に出続けるという話ではなく、旅先で色々あり、いったんは家に戻り、その後自宅を中心にまた色々な出来事がありと、主人公もこの年になって波乱万丈の日日を過ごすこととなる。
主人公視点ゆえに、あまりそうは感じられなかったのだが、他の登場人物による評からは、実はこの人、嘘つきで探り屋でどうしようもない人間ということらしい。そんな最低な評価を下される男であるが、孤独な生活を覚悟していたはずが、さまざまな出来事に当てられることにより、徐々に人のぬくもりが恋しくなったかのような行動に出始めてゆくようになる。
孤独な老人の再生の物語というような感じの作品。ただ、再生と言っても、わずからながら希望の光が灯り始めるといった感じのみであり、なかなか人生がうまくいくとまではいかないよう。現実の厳しさに改めて翻弄されることになりつつも、新たな人生を歩み始めようという気概が見え始めるさまが描かれつつあるといったところ。
実はこの作品、続編がすでに書かれており、そちらも来年に邦訳される予定だとのこと。ミステリではないので、さほど興味のある内容ではないのだが(それでも意外と小説として面白かった)続編も文庫化されれば読んでみようと思っている。
<内容>
スウェーデンの小さな村で人が死んでいるのが発見された。警察が詳しく調べてみると、その村のほとんどの人が殺害されているという異常事態が起きていた。それまで大きな事件など経験したことのない地方警察はとてつもない事件に巻き込まれることとなる。
ヘルシングボリにて裁判官をしているビルギッタ・ロスリンは事件をニュースで知ることに。事件をよく調べてみると、亡くなった母親がその村の出身であったことに気づく。休暇を利用して、ビルギッタはその村へと行くことに。そして、いろいろな経緯をへて日記帳を入手することに。そこに書かれていることから、ビルギッタは警察が考えた容疑者とは別の真実をあぶりだすこととなり・・・・・・
<感想>
ヘニング・マンケルのノン・シリーズ作品。スウェーデン、中国、アフリカと世界を舞台にしての国際的な内容の小説となっている。
のっけから寒村で大量殺人が発見されるところから始まる。この導入は圧巻。これはすごいミステリ作品になるかと思いきや、そこからは期待した展開とはちょっと違った。犯人探しに焦点があてられるというよりは、事件を通して国際的な視点で世界を俯瞰するというような感じ。
スウェーデン・パートの主人公は老女裁判官ビルギッタ。ただ、この人が事件を捜査するというものではなく、積極的に事件に関わっていくというだけ。裁判官という職のわりには、警察に対しては何らコネがないようで、真相らしきものを見つけても、何故か誰も頼る人がいないという状況。そんな危うい立場にも関わらず、何故か中国にまで足を延ばして、ひたすら怖い思いをすることとなる。
中国パートに関しては、中国人にとって過酷な過去と、中国の現状が語られる。裕福になったのか、なっていないのかわからない状況の中国。その勢力をアフリカにまで伸ばそうとしつつも、その行為はまさに“歴史は繰り返される”というようなもの。
この作品を通して、いろいろな立場から見た各国の状況(特に中国)というものを感じ取ることができた。この作品の主人公のように、外国に住みながらも、かつての中国の思想や運動に憧れた者がいたのだということを知ることができる(もちろん少数派なのだろうけれど)。こういうのを見ると、現在イスラム国における問題というものも、昔から似たようなことを繰り返してきたのだろうかと考えさせられる。そんな感じで、ミステリよりも世界的な社会情勢について考えさせられる作品。
最後の最後になって、ようやく話が盛り上がってくるのだが、やや描き足りないというか、解決しきれていない問題もあったように思える。結局のところ、ミステリとしては未消化であったかなと。
<内容>
イースター警察署に勤める刑事ヴァランダー。転機として郊外に家を買い、心身ともにリフレッシュしようとしたものの、酔っぱらって拳銃をレストランに置き忘れるという大失態を犯してしまう。そうしたなか、ヴァランダーと同じく警察官となった娘のリンダの夫の父親ホーカンが失踪するという事件が起きる。失踪する前、ホーカンはヴァランダーに謎めいたことを示していたが、それが今回の失踪に関連しているというのか? ホーカンはかつて海軍司令官であり、冷戦のおりにとある事件に関わっていた。ヴァランダーはイースター署での職務をこなしつつ、ホーカンの失踪事件の調査を続け・・・・・・
<感想>
刑事クルト・ヴァランダー・シリーズ最終巻。これがほんとにほんとの最終巻。まさに、その刑事生活の終焉にふさわしいような内容。
ただこの作品、シリーズ最終巻という点ではよい作品と思えるのだが、単体の警察小説という点で見るとちょっと物足りない。クルトが追う事件は、同じく刑事となった娘の義理の父親が失踪するというもの。元海軍司令官であった彼の行方を探そうと、クルトは彼の過去を紐解きながら、徐々に真相へと近づいてゆく。
というものであるのだが、刑事事件というよりはスパイもののような感触であり、なかなか一介の警察官が負うには大きすぎる話のような。それでもなんだかんだで最終的には真相へと肉薄することとなるのだが、ちょっとその真相が個人的にはやや肩すかし気味のように捉えられた。
という事件そのものは別として、クルト・ヴァランダーが捜査する様子や、その途中途中で過去を振り返り、現状に直面する姿には何とも言えないものを感じてしまう。タイトルの“苦悩する男”とは、本来は失踪した男のことを示しているのだが、これがクルト・ヴァランダー自身にも当てはまっているように感じられてしまう。
この最後の作品では、クルトの元妻が登場し、さらには別れたはずのバイパまでもが登場する。そしてクルト自身が病や老いに悩みながらも刑事としての職務のみならず、刑事という人生を送り続けようする姿に心打たれる。そのクルトの姿がなさけなく思われるところも多々あるのだが、それゆえにひとりの“人間”というものを強く感じられるものとなっている。シリーズを振り返ってみると、スウェーデンの社会的な流れや警察捜査というものを通しつつ、ひとりの人間の人生を描きあらわした小説であったと感じられた。
<内容>
「手」
新居を探していたヴァランダー刑事は同僚のマーティンソンから良い物件があると紹介される。彼の親戚の家のようで、今は誰も住んでいないのだと。その家を調べにいったヴァランダーであったが、なんと家の裏手で埋まっている人間の手の骨を見つけてしまう。数十年前に起きた事件を引き当てたヴァランダーは白骨の主を探し出そうと奔走しはじめ・・・・・・
「ヴァランダーの世界」
著者によるヴァランダー・シリーズが書かれた経緯。シリーズ作品のあらすじ。登場人物紹介。
<感想>
クルト・ヴァランダー・シリーズの本当に最終となる作品。この作品は、もともとはオランダでプレゼント用のおまけ本として書かれた作品とのこと。後に正式に作品化されたそうである。
「手」という作品は、中編くらいの分量で、さらっとヴァランダー・シリーズを読むのにはもってこいの作品。しっかりと娘のリンダが登場していたり、同僚とのやりとりがあったり、鑑識課のニーベリとのやりとりが書かれていたりするので、シリーズ作品として十分楽しめる。また、過去の犯罪を掘り起こすために、白骨死体の身元を突き止めるという内容もなかなかのもの。短いながらも、それなりに読み応えのある作品であった。
「ヴァランダーの世界」については、シリーズの“おまけ”というか、シリーズ百科事典という感じのものである。読むべきところは、このシリーズが書かれた経緯を著者が語っているところくらいか。あとは、索引というような内容。