Bill Pronzini  名無しのオプシリーズ 作品別 内容・感想

誘 拐   6点

1971年 出版
1979年 新潮社 新潮文庫

<内容>
 主人公の私立探偵は、孤独な中年独身男。パルプ・マガジンの収集が唯一の趣味で、禁煙過多による性悪な咳の発作に苦しめられている。男の子を誘拐された父親の依頼で、班員に身代金を届に行くが、事件は意外な発展を遂げ、謎は謎を呼び・・・・・・

<感想>
 身体的特徴がほとんど書かれず、さらには名前さえもがない私立探偵が活躍する作品の第1弾。

 この私立探偵は名前は明かされないのだが、彼の心情の変化についてはページの多くが割かれている。煙草による肺がんの恐怖、恋人と仕事との間での葛藤、パルプ・マガジンへの愛情。そういったものを抱えていきながら、彼は探偵業をこなしていく。

 本書で起こる事件は“誘拐”である。その身代金の引渡し役を頼まれて探偵は事件の中へと身をおいていく。そしてその“誘拐劇”もなかなかこったものとなっている。誘拐の仕方や身代金の引渡しなどには独自性はないものの、次の展開がどうなるかという点では読者が予想だにしないような方向に話が進められていく。そうして探偵はとあるヒントによって事件の全貌をつかむことになる。

 本書の事件全体を見渡してみると、その事件の登場人物らの紹介や感情表現よりは、主人公の探偵の心情について描かれるのがほとんどであるという気がする。当然、事件は事件で大切な要素なのだが、“誘拐事件を解く”というよりも、“主人公である探偵によって解かれる誘拐事件”という気がしてならない。ようするに、探偵の存在が先であり、この悩める探偵が如何にしてこの事件を解いていくのかということに重点が置かれているように感じるのである。よって、他の登場人物たちは、この探偵の添え物にすぎないように感じられるのだ。

 結局のところシリーズものの一作として書かれたものであるというべき本であろう。また本書のなかでも主人公が恋人から、パルプ・マガジンに出てくる探偵の虚像を追っているにすぎないというようなことが言われるのだが、それが本書の全てを表しているようでもある。

 とはいうものの、本書が面白くないというわけではなく、なかなか深みのあるハードボイルドものに仕上がっていることに間違いはない。一風変わった、実生活に渋く悩む私立探偵小説という設定のこのシリーズ。ぜひともこれを機に全作読みたいものである。


失 踪   6点

1973年 出版
1978年08月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 探偵の前に現れた依頼人は婚約者の男の行方を捜してもらいたいという。その婚約者は軍隊から除隊手続きをとった後、彼女と結婚するはずだったのだが行方知れずになってしまったのだという。探偵はその婚約者の男の似顔絵を頼りに、ほとんど当てのないまま捜査に乗り出す。そしてその婚約者の友人らに調査を始めた矢先、唯一の手がかりともいえる似顔絵が盗まれてしまう・・・・・・

<感想>
 今回扱われる事件は平凡な失踪事件。婚約者が失踪したと女性が訴えてくるものの、どこまで真実味があるのか疑わしい。しかし調査を進めていくうちに、証言される失踪人の人柄と探偵が婚約者から借りた“似顔絵”が盗まれるにあたって、事件性が浮き彫りにされる。

 地道な捜査を続けながらも、小さな取っ掛かりに喰らい付き、手間をかけながら徐々に真実へと近づいていく過程はなかなかのもの。そして探偵が調べた調査の内容と失踪人の人間性から事件の経過を推理していく内容もあざやかといえよう。ただし、全体的にどうしても地味な印象を受けてしまう事件であるのも確か。

 とはいうものの、真相が明らかになったときの悲劇性というものはインパクトが強かった。そしてさらには、その悲劇が探偵自身にまで降りかかってくるに及んでは何とも言えない後味が残る。


殺 意   6点

1973年 出版
1980年02月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 探偵の元に女性の依頼人が現われる。依頼人がいうには、結婚して数ヶ月になるのだが、夫の様子がおかしいのだと・・・・・・。週末になると一人でどこかに出かけて帰ってこないというのである。探偵は夫が週末に何をしているのか、さっそく尾行して調査を進めることに。しかしその調査の途中、男はモーテルにて死体となって発見される。そのそばに、一冊のペーパーバックを残して・・・・・・

<感想>
 この名無しの探偵の趣味としてパルプ・マガジンの収集というものがあるのだが、今回はその設定が生かされた作品となっている。

 序盤はただの浮気調査を行うという地道な展開で始まるのだが、事件後にはペーパーバックに隠された秘密を紐解いていくという展開になり、それからは打って変わったようにサスペンス風に進んでいく。特に物語の後半に関しては、私立探偵ものというよりは、ウェストレイクが描くようなサスペンスフルな展開になっている。

 この前に発表されている2作品とはまた違った作風を見せ付けた作品であるといえよう。ミステリーとしての謎解きだけではなく、冒険活劇としての謎解きも楽しめるというお得な一冊である。


暴 発   6点

1977年 出版
1987年10月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 喘息を抱えている<私>は病院で検査を受け、陽性か陰性かの結果を待っているところであった。そんな中、昔の知り合いのハリーから仕事の依頼が来たので、日々の陰鬱さを忘れるために依頼を引き受ける事にした。その依頼とは、キャンプ場を経営しているハリーがそのキャンプ場で事件が起こりそうなので助けに来て欲しいというもの。現在キャンプ場では何組かの客が泊まっているのだが、そのうちの嫉妬深い夫と浮気性の妻がカップルが原因となり一触即発の状態だと言う。<私>はキャンプ場に泊り込み、なんとか厄介ごとの原因を取り除こうとするのだが、そんななか、キャンプ場付近で絨毯の販売業者の死体を発見する事に・・・・・・

<感想>
 相変わらず陰鬱とした雰囲気の中、物語が進められる。普段の陰鬱ぶりに輪をかけて、今回は病院の検査の結果待ちという件も含めているので、探偵の<私>はさらに鬱屈した状態で事件に挑む。

 ただし、事件といっても何かが起こったわけではなく、何かが起こりそうという漠然としたもの。故に、序盤はあまり物語上の起伏もほとんどなく、淡々と話が進められてゆく。そして、キャンプ場のトラブルとは関係ないところで事件が起こるのだが、結局はそれが今回のキャンプ場のトラブルとかかわりを持ちながら、事件や物語が進行していくように描かれている。

 そして、事件の解決にいたるのだが、それについても特筆すべき点もなく、あっさりとしたもので終わってしまう・・・・・・と思いきや実は最後の最後でどんでん返しが待っている。それにより、実は事件が発作的な状況のなかで行われたものではなく、とある人物のコントロールのもとで行われていたことが明らかにされる。ただし、その黒幕の人物が描いていたものとは予想外の動きがいくつかなされていたため、事件は当初思い描いていたものよりも複雑なものになっていったのである。

 本書で圧巻だったのは、<私>が事件を解決する際に、状況証拠ではなく、犯人を心理的に追い詰めていったところ。この作品は読んでいる途中ではあまり面白みのない作品と思えたのだが、最後まで読み通したときに、初めてその味わい深さを感じる事ができた。


死 角   7点

1980年 出版
1981年09月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 とある女性が銃殺死体となって発見された。その娘は“私”の名刺を持っていたようなのだが、“私”は娘と面識はなかった。“私”が直接事件に関わりない事がわかり、警察も納得してくれたものの、事件のその後の行方が気になって仕方なかった。
 そんなとき、別の依頼が舞い込んできた。なんでも、自動車事故を起こした依頼人の女性の弟が被害者の親族から命を狙われているというのである。そこで女性の弟の身辺警護をすることになったのだが、思わぬ事件が起こることとなり・・・・・・しかも、そこから偶然にも“私”の名刺を持っていた娘の殺人事件とのつながりが見え始め・・・・・・

<感想>
 このシリーズは今までの作品では、どちらかといえば地道な内容のものと認識していたのだが、今作は打って変わってスピーディーでサスペンス色の強い、ハードボイルド作品となっている。また、今までは自身の事を悩んでばかりいた探偵が、普通の探偵らしく活躍をし始めたところもまた、シリーズとしての転換期をはかったのではないかと感じられるところである。

 今作はプロットがややこしくなっている。探偵の名刺を持ったまま拳銃によって殺害された娘が発見されるところから始まり、悩める男の身辺警護を行い、別の銃殺事件へと発展し、そこからかつて自殺した娘の話や、行方不明になっている男の存在が明らかになって行く。

 事件はそれぞれにつながりがあり、どのような形で派生し、実際に何が原因でこれらのことが起きたのか、推測するだけでもややこしい複雑なからみを見せてゆく。しかし、やがて“死角”というタイトルの通りに探偵が関わった事件の全てが整理されつつ、解決されてゆくこととなる。

 本書のストーリーでは全てがひとつにまとまるというような爽快さはないものの、複雑なプロットをうまく整理し、それぞれの事件に探偵が微妙にかかわりながらも謎を解きほぐしていく様相はうまくできていると言えよう。今までのシリーズ作品では鬱々としながら事件を解決してきた探偵が、普通の探偵のように行動的に事件を解決してゆく様は、このシリーズにして新鮮と感じられた。一連のシリーズの中では現在本書がベストと思えた作品である。


脅 迫   6点

1981年 出版
1983年01月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 探偵のもとに昔パルプマガジンで有名をはせた作家ラッセル・ダンサーが訪ねて来る。ダンサーは何者かに脅迫されているので調べてもらいたいというのだ。脅迫状には過去の盗作のことを訴えると書かれているのだが、当のダンサーは全く心当たりがない。しかもその脅迫状は彼を合わせて5人の作家の元に送られてきているという。現在パルプ・マガジンの大会がここサン・フランシスコで行われており、関係者は全て大会に来ているので、探偵はそこで調査を始めることとなった。すると事件はやがて密室殺人事件へと発展することとなり・・・・・・

<感想>
 まさかこのハードボイルド・シリーズで密室殺人を見ることができるとは・・・・・・しかも二つも!

 パルプマガジンの大会で事件が起こる設定というのは、この探偵のためにあるような事件。その大会が行われているホテルの室内、扉に鍵がかかった状況で銃殺事件が起き、部屋の中にいたのは被害者ともうひとりの男(それが事件の依頼者)。当然、密室により部屋の中にいたものが事件を起こしたと疑われるのだが、探偵は別の可能性を考える。そうして捜査をしているなか、今度は第1の事件とは別場所の小屋の中で第二の密室殺人事件に遭遇する。

 結論から言えば、“密室”に関しては特に目新しいわけではないものの、さまざまなミステリ作品を意識してのこだわりようは感じられた。著者がミステリ関係の作品に対して幅広く読んでおり、それぞれに対する造詣の深さを感じさせられる内容。

 密室の謎あり、アクションあり、パルプマガジンの大会ありと、豪華な内容。さらにはシリーズでの展開として、探偵が古びた事務所から心機一転、新しい事務所へと引っ越しするというイベントもある。しかし、あれほど期待していた新事務所がお気に召さないようで、次回作ではどうなっているかはわからない。さらには、探偵に新しい恋人ができ、古くからの友人である刑事が離婚したりと、今後の展開も気になるところ。

 ハードボイルドという背景ではあるものの、そこで起こる事件などについては、特に制約を設けていないようで、どんな事件が待ち受けることとなるかは今後もわからないシリーズ。他の作品もどのような様相を見せてくれるのか楽しみである。探偵の今後の人生も含めて続編も読み逃せない作品である。

(ちなみに現在、古本屋でもめったに置いていない作品なので入手するのは難しいであろう。かく言う私もシリーズ全ては手元にそろっていない状況である)


迷 路   6点

1982年 出版
1987年11月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 オフィスを新しくした探偵“私”のもとに依頼が次々とやってくる。宝石の警備、浮気相手を特定するための尾行、とある女性の居どころの確認。しかし、そうした依頼をこなすことで、探偵に次々とトラブルがふりかかり、探偵免許を取り上げられそうになる羽目に。さらには恋人との仲もうまくいかず、探偵はこれらの困難をどう乗り越えるのか?

<感想>
 この作品以前に邦題で「死角」という作品があるのだが、その原題が「Labyrinth」。その後にでた原題「Scattershot」の邦題がこの「迷路」。単に翻訳の順番の問題だとはいえ、何かややこしい。

 本書はまさにアンチ・ハードボイルド的な作品。もともと、この“名無しのオプ”シリーズはネオ・ハードボイルドとして名を馳せ、従来のハードボイルドとは異なる作風であるということは有名なのだが、この作品はさらに先鋭的な内容。

 順調にシリーズを通して年をとっている探偵(53歳)が自分のことで悩んでいるのはいつもどおりなのだが、今回は事件の依頼までもが彼を悩ますこととなる。事件そのものは探偵の活躍により、それぞれあっさりと解決している。しかし、依頼人からの無理難題やあからさまな罠、さらには悪意により、免許停止という事態にまで発展することとなる。

 探偵の周りにいる人々は、トラブルから身を遠ざけろというのだが、探偵という稼業がトラブルを避けていては仕事にならない。その仕事に励めば励むほどのっぴきならない事態に落ち込むという、なんとも蟻地獄的な内容。

 今回の作品ではとにかく主人公の探偵がこれでもかといわんばかりに、悪いことにさいなまれる。結末まで読むと、次回は探偵の状況がどんなところから始まるのだろうと、興味の尽きないものとなっている。いやはや、何ともハードボイルドらしからぬ展開が目白押しである。


標 的   6点

1982年 出版
1988年08月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 30年来連れ添った妻と別れたエバハート警部補と探偵許可証を取り上げられ、恋人ともうまくいかない名無しのオプ。友人である二人がエバハートの家で酒を飲みながら過ごしていると、謎の訪問者が現れる。その中国系の男はエバハートと名無しのオプを銃で撃って逃走。エバハートは重傷を負い昏睡状態、名無しのオプは命に別条はないが、しばらくの間、左腕の不自由を強いられることに。理不尽な行為に怒りを覚えた名無しのオプは犯人をつきとめようと単独で捜査を開始する。匿名の電話により、彼らを襲ったのは中国人のマオ・イーというあだ名の殺し屋であると知る。では、その男を誰がやとったのか? エバハートの家から見つけられた株券によりコンピューター会社の役員である3人が容疑者としてあがるのだが・・・・・・

<感想>
 名無しのオプが活躍するシリーズ作品であるが、きちんと前作の内容も踏襲しており、まるで連作のようにつながった話となっている。基本的にどの作品も一話完結ではあるのだが、今作は特に前作で起きた事象をきちんと引き継いでいる。こういった趣向はハードボイルド小説としては珍しいのではないだろうか。

 前作でさんざんな目にあった主人公が、そのやり場のない怒りを事件捜査へと向けていく内容。友人の警部補と自分の命が狙われ、裏に潜むのは誰か? 何が目的なのか? ということを名無しのオプが突き止めてゆく。

 変化球気味の内容が多い、このシリーズにしては直球のハードボイルド作品と言えよう。アジア人がはびこるチャイナタウンの捜査と、業績を伸ばしつつあるコンピューター企業といった両極端な場所を巡り、くせのある事件関係者たちから少しずつ情報を得ていくこととなる。依頼料がもらえないことには問題があるが、別に探偵許可証などなくても探偵という行為は可能であると身をもって名無しのオプが示している。

 ここでの事件を無事に解決しても、本人の行く末が絶望的であるということにはたいして変わりはない。しかし、それでも名無しのオプが探偵という家業から足を洗うことは決してないであろう。


追 跡   6点

1983年 出版
1988年10月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 ようやく私立探偵のライセンスが返却され、仕事を行うことができるようになった名無しのオプ。新たな出発となる最初の依頼は、ひとりの女性から失踪した父親の行方を捜してもらいたいというもの。なんでも遺産相続により、ある程度のお金が入ることとなったので、公平に分けたいとのこと。そして、新聞記事に浮浪者となった父親の写真が写されているのを発見し、それを元に父親を探してもらいたいというのである。依頼を受けたオプは、さっそく手がかりから失踪した男を探そうとするのであったが・・・・・・

<感想>
「迷路」「標的」、そしてこの「追跡」と見事なくらいに話が続いている。それぞれの事件の内容は別物なのだが、主人公の背景にまつわる出来事はそのまま引き継がれている。こういったハードボイル作品は過去のものとしては珍しいように思えるので、新鮮に読むことができる。

 今作では、警察に取り上げられた私立探偵ライセンスが無事に戻ってきて、再び職にありつくことができた主人公。ただ、今回の事件を追う際に、派手な形で事件を解決してしまって警察から目をつけられないように、あたりさわりなく事件を解決しようとするスタンスがなんとも言えない。

 今回の仕事はハードボイルドではよくある失踪人探し。その失踪人探しは、順調にいくものの、そこから別の事件があらわになるという展開。中盤くらいで、今回の事件は一応の解決をみたかのように思えたのだが、そこからさらに意外な事件が起き、主人公のオプは事件の“真相”ならぬ“深層”へと踏み込んでゆくこととなる。

 単純そうな事件をうまく派生して、さらに事件全体を大きな構造へと構築していっている。変に複雑にせず、登場人物も絞ったままで、うまい具合に展開されていったという印象。ページ数が300ページ未満と薄いので、あっさり目な感じもするのだが、その分シンプルかつ大胆にうまく描かれた作品と言ってもよいであろう。


復 讐   6点

1984年 出版
1985年06月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 私立探偵の仕事を順調にこなしつつある名無しのオプであったが、ここにきて友人である元警官のエバハートと共同で探偵事務所を経営する話が具体化してきた。新たな仕事場も決まりつつあるなかで、オプがひとりで行う最後の仕事が舞い込んできた。それは、夫を持つ日系人の女性が、見知らぬものから贈り物が届くようになったというもの。不吉なので、送り主を調べてもらいたいという。その女性に関係があると思われる者を調べていくと、オプはひとりのヤクザの死体を発見することとなる。さらに、何故かヤクザと思われるものから後を付けられるようになるオプ。事件の行く末はいったい!?

<感想>
 日本の読者用に書き下ろされた長編という異色作。ゆえに、依頼者や事件に関わる人々が日系人となっている。ただし、舞台はいつも通りのサンフランシスコでシリーズキャラクターも踏襲している。

 見ず知らずの者から贈り物が送られてきて気味が悪いという女性の依頼をオプが受ける。事件の調査を重ねていくうちに日系ヤクザの抗争に巻き込まれていくこととなる。そうしたいざこざを乗り越えつつ、依頼を受けた事件の背後が次第に見えてくるという流れ。

 日本の編集者とのやり取りが重ねられたなかで書かれた小説ゆえに、日本人の名前や背景などがきちんと書かれている。また、戦時中の日系人収容所についても言及された内容となっており、色々と読みどころがある内容が盛り込まれている。

 事件の内容については、普通の流れといったところか。最終的にはタイトルの通り“復讐”というものが徐々に見出されるように描かれている。また、シリーズの流れとして、気が進まないながらもオプが友人との共同経営を行うという方向にどんどん進んでいくこととなる。次作では、それが具体化して、さらなる悩みがオプに降りかかることとなるのであろう。


亡 霊   6点

1984年 出版
1989年02月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 恋人のケリーとバカンスに出ようかと思った矢先、実入りの良い依頼がもたらされる。保険会社からの依頼で、土地の開発業者が焼死した事件を調べてもらいたいというのだ。被害者は強引な土地開発を進めようとしたことにより、村の人々から嫌われており、動機は十分。2人の共同経営者も容疑者となる。現地へ旅立つこととなったオプであったが、バカンスの代わりと恋人のケリーを連れて、捜査へと乗り出す。しかし、調査を始めるとすぐに第二の事件が起き、さらにはオプ自身も危険な目に会うこととなり・・・・・・

<感想>
 小さな村を狙う開発業者が焼死した事件の真相を確かめるべく名無しのオプが現地調査に向かう。ただし、仲が微妙になりつつある恋人を連れてという、何故か負荷をかけながらの捜査となる。

 外から来たものに対して敵意を抱く閉鎖された村の様子と、死亡した開発業者の共同経営者らの様子を調べていくうちに、新たな殺人事件が起こることに。徐々に事件の深みにはまっていくオプは自らが命を狙われる羽目までに陥ってしまう。そうこうしながらも、なんとな真相を暴こうと奔走しているうちに、なんとか大団円へと・・・・・・と思いきや、ラストは意外な解決の仕方が待ち受けている。結果として、これが恋人との関係が良好なほうへつながるかどうかは次巻へと持ち越し。とにかくオプにとっては、散々な回となった作品であった。


ダブル   6点

1984年 出版
1989年03月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 サンディエゴにて全米の探偵たちが集まる集会が開かれた。そこに出席した“名無し”の探偵。さらには、その“名無し”の探偵を父親のように慕う女探偵シャロン・マコーンも参加していた。シャロンはホテルで警備員を務める友人と再会したものの、翌日その友人がホテルの上階から転落死を遂げる。また、“名無し”の探偵は近くのモーテルで妙に気になる子供とその母親と出会ったのであるが、翌日には二人の姿は消え、さらにはモーテルではそんな二人は最初から宿泊していないと言われることに! シャロンと“名無し”の探偵はそれぞれ事件を調査していくのであったが・・・・・・

<感想>
 夫婦であるビル・プロンジーニとマーシャ・マラー共著の作品。プロンジーニのシリーズキャラクター“名無しの探偵”とマラーのシリーズキャラクター“シャロン・マコーン”が共演する作品となっている。シャロン・マコーンは女私立探偵であり、何冊か邦訳もされているのであるが、日本ではあまり有名ではないというイメージ。かくいう私も、マーシャ・マラーの作品自体、読んだことがないような。

 この作品は共著という事なのであるが、名無しの探偵のパートとシャロンのパートが交互に書かれている。ゆえに、夫婦で互いに交代交代で書きながら仕上げたのではないかと思われる。これはこれでなかなか大変な作業だったのではないかと思わされる。夫婦ゆえにできる作業ともいえよう。作品の感じとしては、名無しの探偵よりもシャロン・マコーンの方の比重が大きかったように思えた。名無しの探偵も彼自身の捜査を行うものの、どこかシャロンの保護者的な役割を感じさせられるものとなっている。

 結構複雑な事件を扱っているのだが、全体的にそれぞれがかみ合うようなかみ合わないような微妙な事件であったように思える。最初から細かいディテールを決めて書き上げたというよりは、書きながら事件緒つじつまを合わせていったのかなと感じられた。主人公以外の登場人物の数が多く、誰が重要で、誰が重要でないのかが、後半にならないとわからないので、全体像の把握が難しかったという感じ。また、共作とはいえ、それぞれがシリーズ作品としての展開も見せており、それぞれのシリーズを読んでいる人にとっては読み逃さない方がよい内容となっている。共著作品として見どころのある作品であった。


骨   6点

1985年 出版
1989年10月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 名無しのオプは、マイケル・キスカドンから自分の父親について調べてもらいたいと依頼される。なんでもマイケルの両親は彼が幼いころ離婚し、父親についてなにもしらないまま母親に育てられたのだという。大人になってから父親の存在を知り、しかも銃によって自殺を遂げたと聞き、実際に何が起こったかのかを知りたいというのである。オプにとっては気の乗らない事件であったが、その自殺を遂げた男がパルプ・マガジン作家のハーモン・クレインということを知り、パルプ・マガジン収集が趣味であるオプは引き受けることとなった。35年前に起きた事件の詳細を調べ始めたオプであったが・・・・・・

<感想>
 今作では、病気を患った男からの父親の死の真相について調べてもらいたいという依頼を主人公は受けることとなる。主人公である“名無しのオプ”がこの事件を引き受けた一番の理由は、調査の対象となる男がパルプ・マガジン作家であったということ。

 今作は、実にシリーズものらしい作品であったといえよう。主人公の大きな背景のひとつである“パルプ・マガジン”が取りざたされ、過去の作品に登場したことのあるものが再登場し、相棒との仲がぎくしゃくするなど、様々なシリーズ的趣向が凝らされている。特に共同経営者となったエバハートとの関係がどのようになるのかは、シリーズを通して読んできたものにとっては注目の的。

 また物語の展開についても、いつもどおり心憎いものが感じられる。序盤は、単に過去の事件を掘り起こすということで単調な流れであるのだが、中盤以降は急展開により読者を惹きつけ、あっという間に後半からエンディングへと流れ込むこととなる。事件の真相もなかなか考えられたものであるが、物語の展開の仕方や読者のひきつけ方がうまい作家だと感心させられる。こうしたところが、シリーズが長続きした要因なのであろう。


奈 落   6点

1986年 出版
1990年01月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 名無しのオプは車の回収の依頼のため張り込みを続けているとき、銃声を耳にする。急いで現場へ行くと、そこには銃で撃たれた男がいて、“奈落・・・・・・転落・・・・・・”というようなことを口にした後死亡した。その後、オプは事件の被害者であるレナード・パーセルと同棲していた男トム・ウォッシュバーンから事件の依頼を受ける。なんでもレナードの兄が、少し前に崖から転落し、死亡していたというのである。ひょっとすると、それが今回の事件に関係しているのではないかと・・・・・・。名無しのオプは事件の捜査を開始する。

<感想>
 名無しのオプが事件の発見者ということもあり、それが縁で受けることとなった事件。被害者はホモであって男と同棲しており、そのパートナーから依頼を受ける。被害者の兄ケネスも少し前に死亡しており、事故死ということになっているのだが、これも殺人ではないかと疑いながら捜査を進めてゆく。ケネスが死亡したときに無くなったとされるタバコ入れの行方、ケネスの性的に奔放な妻、ケネスと前妻との間にできた麻薬付けとなっている娘、胡散臭い故買屋たち等々を巡りながら、オプは事件の調査をしていく。

 いつの間にか事件が、最初に銃殺された男の捜査から、その兄の事件の捜査のほうがメインとなっていったような。まぁ、当然のことながら両方の事件に因果関係があるので、それら含めて全体の捜査ということになるのであろう。関係者の全てが怪しいという中、オプは自分の身を削りながら捜査を進めてゆくこととなる。

 意外な真相というほどではないのだが、登場人物たちをつなぐ関係性というものがキーワードとなっていたようである。また事件の依頼者がホモであるのだが(サンフランシスコでは珍しくないらしい)、それもちょっとした隠れ蓑になっていたようだと真相が明らかになってから気づかされる。

 事件自体は普通のもので、平凡といえるかもしれない(といっても、殺人事件であるが)。途中の聞き込みの部分は若干退屈に思えるが、中盤以降ではしっかりと見せ場をつくり、読者を飽きさせない展開としているところはさすが。またシリーズとしてもオプの恋人であるケリーの元夫が気持ちの悪い宗教家となって舞い戻ってきており、その動向が今後注目されるところ。


報 復   6.5点

1988年 出版
1990年08月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 名無しの探偵は、何者かに拉致され、人気のいない雪山の山荘に鎖でつながれ放置されることとなる。13週間の食料と頼りない暖房が残されたのみの過酷な生活を強いられることとなった探偵。いったい誰が何のためにこのようなことをしたのだろうか? 探偵は脱出を図ろうとするものの・・・・・・

<感想>
 そもそもビル・プロンジーニの“名無しの探偵”シリーズを何で読もうと思ったかというと、この「報復」が紹介されていたのを読んで興味を持ったのである。それならばせっかくだから時系列順に読んでいこうと思い(肝心の「報復」が入手できなかったということもあるのだが)、そこからずいぶんの時を経てようやく入手して読むことができた。シリーズのほとんどが絶版となっていて、入手するのが大変であったが、古本屋を色々と回ってそろえたのは思い出でもある(この「報復」のみネットで購入)。

 それで読んでみた感想はというと、シリーズを通して読んできてよかったかなと。この作品だけ読むと、単なるサスペンス小説、もしくはホラー系の小説という印象で終わっていたかもしれない。ただ、シリーズを通して見てみると、シリーズきっての異色作であり、問題作でもあると強く感じられる。

 内容は主人公である探偵が何者かわからないものの手によって人気のない山荘に閉じ込められてしまうというもの。そこで絶望的な生活の状況が淡々と語られてゆく作品。前半はなんとなくスティーヴン・キングを思い起こさせるような感じであった。その後、どうなるかを書いてしまうとネタバレになってしまうので、ここには書き表さないが、後半はサスペンスフルな展開がなされていた。

 ただこれを読んで、今までのシリーズ作品とは打って変わったものであるということは確かであったのだが、ラストは思ったほど問題作というほどでもなかったかなと。個人的に、もっと破天荒な展開がなされるのではないかと勝手に思い込んでいたので、あれ? という風には感じられた。

 ここで一番気になるのは、次の作品がどのように展開されているか。気になるところではあるのだが、実は次巻が訳されていない。このシリーズに関しては、その後数冊間が抜けて、講談社文庫により2冊訳されている。この「報復」の次の作品こそが一番読みたいところではあるのだが、もう翻訳を期待するのは無理であろうか・・・・・・


凶 悪   6.5点

1995年 出版
2000年06月 講談社 講談社文庫

<内容>
 ようやくケリーと結婚式をあげることができた“名無しのオプ”。そんなハネムーン気分も束の間、彼のもとに新たなる依頼が。それは、メラニー・アン・オルドリッチという女性からの、自分の本当の親を捜してもらいたいというもの。今まで育ててくれた母親が死の間際に、そのことをメラニーに告げ、彼女は初めて自分が養子であったことを知ったのだという。養子に関する情報は秘匿されており、調査しづらいのであるが依頼を引き受けた“名無しのオプ”。その調査を進めてゆくと、やがて思いもよらなかった犯罪を明るみに出すこととなり・・・・・・

<感想>
 ビル・プロンジーニによる“名無しのオプ”シリーズであるが、「報復」という作品までは、ほぼ時系列順に翻訳されてきた。新潮文庫から、途中徳間文庫に代わるということはあったが、とりあえず「報復」まで漏れはなかった。しかし、そこから翻訳が途切れてしまい、以後の作品は紹介されていない。そうしたなか講談社文庫からシリーズ作品が訳されることとなったのだが・・・・・・「報復」から6作後となるこの「凶悪」が紹介されることに。このシリーズ、時系列順に話が進んでいるものが色々とあるので、できれば途中あけずに訳してもらいたかったところだが、そもそも、もうこのシリーズを完訳してくれるということ自体が無理になっているのかも。

 そんな“名無しのオプ”シリーズであるが、なんとこの作品の冒頭でかねてから恋人関係にあったケリーと結婚式を挙げる場面から始まっている。“名無しのオプ”新たな船出という感じ。今作では新たにコンピュータを取り入れるために、それを扱う助手を雇ったりと、シリーズとしてもちょっとしたポイントとなる巻でありそう。

 今回の事件は、養子縁組の調査依頼。自分が養子であることを知った女性から、自分のルーツを調べてもらいたいという依頼がなされる。それを調べていくオプであるが、関係者たちは誰もが固く口を閉ざす。嫌な予感がしたオプの予想通りの暗い真実が明らかになってしまう。

 本来ならそれで終わりと思えるところだが、そこから思いもよらぬ大きな事件の存在が明るみに出ることとなる。まさに、藪をつついて蛇を出すを地で行くような内容。そして物語の後半では、その藪から飛び出してきた蛇に、にオプ自身も巻き込まれ、熾烈な闘争を繰り広げることとなる。

 1995年の作品ゆえに、さほど古い作品でもないということもあってか、近代的なサイコパスが登場する犯罪小説のような趣。前半は普通のシリーズらしいノリで進められていたが、後半はもう目を奪われるような怒涛の展開で一気読みさせられた。思いもよらぬ凄まじい内容の作品であった。


幻 影   5.5点

1997年 出版
2003年08月 講談社 講談社文庫

<内容>
 かつてパートナーを組んでいたものの、喧嘩別れをし、現在は単独で私立探偵をしていたエバハードが死亡した。どうやら銃によって自殺したらしいのだが、どこか不審なものが感じられた。気は乗らないながらも、なぜか名無しのオプは、エバハートの死の真相を確かめずにはいられないのである。そうしたなか、別れた妻の行方を求める男からの依頼があり・・・・・・

<感想>
 シリーズで長らく登場していたエバハートがとうとうこの巻で亡くなってしまう。本書では、名無しのオプがエバハートの死と、もうひとつ別の失踪事件を扱うこととなる。

 本書は、いままでのシリーズ作品と同様に、複数の事件を追っていくという構成となっている。ただ、今回作品を読んでいて、ひとつひとつの細かいエピソードによって物語がつながれているような感触を感じた。ゆえに、ひとつの流れの物語を読んでいるというよりも、ぶつ切りの連作短編のような物語を読んでいるように思えた。

 中味としては、エバハートの暗い晩年(というほど年はとっていないのだが)を追っているような感じであり、重苦しい内容。もうひとつの失踪事件に関しても、重々しい内容から、なんとも後味の悪い始末が付けられている。そんなわけで、全体的に重苦しい雰囲気で、爽快感を感じられるようなものではない(これは、これでシリーズらしいのかもしれない)。

 残念なことであるが、このシリーズ、以後の作品が訳されていない。また、「報復」以降の作品については訳が飛ばされているものがあり、未訳作品が多数。是非とも翻訳を待ち望みたいところだが、このシリーズ自体が近代的なミステリとは、もはや合わないものとなってしまっているのかもしれない。よって、これ以上は訳されないような気がしなくもない。日本では、ここでシリーズが終わりという感じになってしまっているので、なんとも残念なことである。


名無しの探偵事件ファイル   6点

1984年01月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 「顔のない声」
 「盗まれた部屋」
 「ラギダス・ガルチの亡霊」
 「オウローヴィル貨物駅」

<感想>
 プロンジーニの短編集。なんとこの作品、日本の雑誌掲載(「小説新潮」)の為に1編1編が書下ろしされた作品とのこと。というわけで、なかなか貴重な短編集。

 それぞれの作品が、中身がきっちりと詰められていて、読みどころのある作品に仕上げられている。最初の「顔のない声」は、いたずら電話の主を突き止めるという依頼を受けた“名無しのオプ”が事件を調べていくというもの。それがいつしか殺人事件へと発展することに。展開が面白く、最後の最後まできっちりと仕立て上げられた作品。サスペンスというか、サイコ的な雰囲気も感じ取れる作品。

「盗まれた部屋」は、古本屋で起こる盗難事件を追う内容。いったいどのようにして、本屋から本が持ち出されるのか? 厳重な警戒のなか度々本が盗まれるのだが、その真犯人と方法は? これは、本格ミステリ風で楽しめる内容。真相についても、何気に感心させられてしまう。

 残りの「ラギタス・ガルチの亡霊」と「オウローヴィル貨物駅」は、どこかで読んだ内容のような。と思ったら、どうやらプロンジーニ、後にこれらの短編を膨らませて長編に書き直した模様。それぞれ「亡霊」と「追跡」という作品となっており、私は既読であった。そんなわけで、どこかで読んだ気がしたわけだと。

 ゆえに、最後の2編に関しては、あまりお得感がなかったかなと。ただ、これをリアルタイムで読んでいた人にとっては、かなり楽しめたのではなかろうか。この“名無しのオプ”シリーズ、短編はほとんど書かれていないようだが、何気に短編という形式も相性がよさそうな気がするのだが。




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