Ian Rankin  作品別 内容・感想

紐と十字架   6点

1987年 出版
2005年04月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 リーバス刑事が勤める所轄内にて、連続少女絞殺事件が起こる。それと同時にリーバスの元に届く不可解な郵便物。届けられたのは「結び目のついた紐」と「マッチ棒で作られた十字架」。これらが意味するものはいったい・・・・・・そして連続少女殺害事件の行方は!?
 リーバス刑事シリーズ、第1作品ついに登場。

<感想>
 イアン・ランキンのリーバス警部シリーズで日本に最初に紹介されたのはシリーズ第8作にあたる「黒と青」。その作品はかなり分厚い作品であり、その後に訳されたそれ以降の作品もどれも大作ばかりで少々とっつきにくいと感じられたものである。そしてようやくリーバスものの第1作がここに紹介されることになったのだが、文庫にて300ページという、とっつき易さを見て嬉しくなってしまった。このリーバス・シリーズの作品を気軽に手に取ることができるというのには、なんとなく贅沢さすら感じられてしまう。

 そしてその期待すべき第1作の内容であるが、本書を読んだ限りではリーバスがあまり仕事熱心な刑事のようには見えないのである。確かに優秀な刑事であるというような事は書かれているが、この作品の中では起きた事件に対して、さほど重要でもないポストに付かされて少々腐り気味なリーバスの姿をうかがうことができるだけ。さらには、そのリーバス自身は事件のことよりも、仕事が終わった後に如何にして女性を誘うかという事しか考えていないように思われる。

 この第一作品を最初に手に取っていたら、それ以後の作品はひょっとしたら読まなかったかもしれない。そういうことを考えれば日本で本書が後から訳されたという事は案外ラッキーなことだったのではないかと考えてしまう。

 また、本書ではリーバスが何故陸軍を辞めたかというくだりと、弟や父との確執についても書かれていて、リーバス・シリーズの中での一作品として重要な位置を占めている。

 この作品単体で見れば、平凡な一冊でしかないかもしれない。ひっとしたらランキンの作品を読むのは本書が初めてという人もいるかもしれなないが、そういう人は本書だけで止めてしまわないで、他の作品も是非とも手にとってもらいたいものである。


影と陰   6点

1990年 出版
2006年04月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 不法占拠された住宅で死体が発見された。その青年は麻薬の打ちすぎで死んだように見えるのだが、現場の状況が異様であった。死体の周りには二本のロウソクが立てられ、壁には五芒星が描かれていた。さらに検視の結果から青年は何者かに殺されたのではないかという疑いがもたれるように・・・・・・。リーバス警部は単独で捜査に乗り出すのであったが・・・・・・

<感想>
 前作では刑事だったリーバスが昇進し、警部となっての事件を描いた作品。といっても、既に後に書かれた作品を読んでいるので、このえらそうなリーバスの態度こそが普通のものと感じられる。

 今回の事件はホームレスが巣くう空家に捨てられた一人の死体を巡る事件について。その死体の周囲には宗教的なものを表す印などが書かれていたりと、怪しげな要素が多々あったのだが、これらはさほど事件自体とは深いつながりがなかったように収束してしまった気がする。最初はその怪しい宗教じみた行為に関わる事件として語られてゆくのかと思ったのだがそうではなく、事件は思いもよらぬ権力的な方向へと向かってゆくことになる。

 正直なところ事件自体に関しては物足りないと感じられる。しかし、今回はリーバスの周囲に魅力的な人物が集まることによって、それを補っているかのように思えた。リーバスの強引さに振り回されるホームズ刑事、今回の事件の発見者で何故かリーバスを頼りにするトレイシー、以前のリーバスの恋人で警部のジル・テンプラー、同僚のトニー・マコル等々。

 といった具合に、ひとつの警察小説としてなかなか面白く描けていると思う。また事件自体も物足りないとは言ったものの、最後のリーバスが仕組んだ大活劇はなかなかの見所であった。

 独善的な警官を描きながらも、どこか憎めなく、中年の悲哀ささえも感じさせる警察小説。やはりこれは今後も追っていかないわけにはいかないだろう。


血の流れるままに   6.5点

1995年 出版
1999年04月 早川書房 ハヤカワミステリ1675

<内容>
 リーバス警部は、市長の娘を誘拐したと思われる二人組の男を車で追っていた。追い詰められた二人は車を降りたのちに、川に身を投げ、自殺を遂げてしまった。そして、その後また別の奇妙な自殺事件が起きる。それは、刑務所から出たばかりの男が、一見何の関係もないと思われる区議会議員の前でショットガンで自殺を遂げたものであった。リーバスはこの二つの事件の原因について調べ始める。すると、とある汚職事件の存在が徐々に明るみに出始める。すると、リーバスは警察の上層部から捜査を止められることとなり、休職させられる羽目に陥る。しかし、リーバスは単独で捜査を続け、事件の裏を調べ続けるのであったが・・・・・・

<感想>
 感想を書いていなかった作品を再読。本書はイアン・ランキンが日本で有名になった「黒と青」の前に書かれた作品。ただし、日本では「黒と青」の後に紹介されることとなった作品である。

 出だしこそは派手なカーチェイスで始まるものの、その後はリーバス警部シリーズらしくない展開を見せる。なんと、汚職についての地道な捜査をリーバスが展開していくというもの。二件の自殺事件の捜査を行っていくうちに、大企業の買収やペーパーカンパニーの存在が浮き彫りになってきて、そこに省庁の幹部や議会議員の存在が明るみに出始める。すると、リーバスの捜査が上層部から命じられることにより打ち切りにされてしまう。納得のいかないリーバスは単独で捜査を続け、事件の裏に潜むものを全て明らかにしようとする。

 単なる殺人事件、刑事事件の捜査ではなく、証拠の判別がしっかりとつかないような企業汚職を調べてゆくというもの。しかも警察の上層部や、省庁の議員が関与していたりするので、それをどういう方向にもっていけば解決できるのかさえ五里霧中という状況。

 そんな感じで、最終的に解決に持ち込めるのかさえ難しそうな案件であったが、なんとかリーバスなりのやり方で解決に持ち込んでいる。完全なる真相究明とか、完全にしっくりする解決とはいかないものの、そこは案件のあまりの大きさゆえに仕方のない事であろう。それでもこうした警察の捜査一課が手掛けるようなものではない事件をよく取り上げたなと感嘆。全体的に地味な内容にはなってしまってはいるが、それでもうまく一つの作品として仕上げたところは見事としか言いようがない。


黒と青   6.5点

1997年 出版
1998年07月 早川書房 ハヤカワ・ミステリ1665

<内容>
 ジョン・リーバスは慣れ親しんだセント・レナーズ署から一時的にクレイグミラー署に転勤させられていた。そこでリーバスが請け負うこととなった事件は、油田関係者の死亡事件。その死の様相はギャングによる粛清が行われたものと予想された。事件の捜査を続けようとするリーバスであったが、昔に相棒と関わった事件の再捜査が行われることとなり、監査を受ける羽目となる。また、スコットランドでは、1960年代に起きた“バイブル・ジョン”事件を彷彿させるような事件が起き、その新たな犯罪者は“ジョニー・バイブル”と呼ばれ始める。リーバスはその事件の事も気にかけつつ・・・・・・

<感想>
 感想を書いていなかったので久々に再読。思い起こせば、この作品が最初に邦訳されたランキンの本であり、ランキングに掲載されて話題になった作品。私自身も年末ランキングに掲載されていたのを見て、購入して読んだ次第。

 当時、読んだ感想としては・・・・・・はっきりいって、ピンとこなかった。というのも再読してみて納得するのだが、リーバス警部シリーズの途中の作品であり、この作品から読むというのは少々難易度が高いようである。今では、リーバスシリーズを邦訳されたものは全て読んでいるので、すんなりと入れたのだが、登場人物が多かったり、いつもの警察署ではなくリーバスが別の署へ飛ばされていたりと、物語の背景もややこしい。

 また、本書の内容をややこしくしているもう一つの背景がある。それは一見この作品、過去の連続殺人犯を模倣した事件を追うという内容のように見えるのだが、実は主題がそこではないということ。基本路線は石油開発関係者が死亡した事件を追い、その周辺として別の事象が並走しているという感じなのである。過去から現在の連続殺人の件が、メインなのかサブなのか、扱いがわかりづらいところがあり、そこが内容をごちゃごちゃさせている所以であると思われる。

 と、そんな感じの作品であるのだが、リーバス・シリーズを読み続け、再読となった今回であれば、だいぶ内容に踏み込むことができ、しっかりと読み通すことができた。ただ、正直なところこの作品面白かったのかな? という疑問符はつく。やはり、内容がややこしく、ごちゃごちゃしているところが気になった。過去から現在にわたる連続殺人の件だけでも1冊の本として十分な内容であるので、それだけでも良かったくらい。

 ただ、そう考えるとこの作品が評価された理由は何なのかというと、リーバスという主人公が強烈な存在感を放っていたからなのではなかろうか。単独行動を好み、捜査のためなら多少法を逸脱してもかまわないというオールドタイプの不器用な警官が読者の心を惹きつけたのであろう。リーバスという人物を堪能するという点では、確かにそれをいかんなく発揮した作品である。


首吊りの庭   7点

1998年 出版
1999年12月 早川書房 ハヤカワ・ミステリ1685

<内容>
 エジンバラ市内は不穏な空気に包まれていた。街を牛耳っていたギャングのボスが刑務所に拘留されている間に、新興勢力のギャングが覇権を手に入れようと進出し始めたのである。特捜班がギャングの監視を続ける中、リーバスはその捜査に強引に加わっていく。
 また、リーバスはそれとは別に上司から押し付けられた奇妙な事件をかかえていた。それは第二次世界大戦時のナチスドイツの将校を告発するというものであった。リーバスは連日、その将校ではないかと疑いのある老人の元へと押しかけ、その正体を見極めようとする。
 そんな中、リーバスの娘のサミーがひき逃げに遭うという事件が起こる。これはリーバスが手がけている事件に何か関係が・・・・・・

<感想>
 いや、これは面白かった。そのあまりの出来のよさにびっくりしてしまった。イアン・ランキンの本は本書を読む前に「黒と青」と「血の流れるままに」をすでに読んでいたのだが、そのときには強烈の印象というのは特になかった。それが本書を読んで、こんなに面白いシリーズだったのかとびっくりしてしまった。前作を読んだときには読み込み方が足りなかったのかもしれない。

 本書ではリーバス警部が関わることになる多くの事件が発生する。ギャングの抗争。その境遇から逃れようとする外国人売春婦との出会い。第二次大戦中に村人を虐殺した将校の身元確認の捜査。新興勢力のギャングと日本のヤクザの暗躍。リーバスの娘が被害者となるひき逃げ事故。リーバスと刑務所の中のギャングのボスとの取引。等々、事件が立て続けに起こり、しかもそれらがめまぐるしく展開していく。それらが完全にひとつに結びつくというわけではないものの、少なくとも一つの方向に向かって収束して行き、それぞれの事件に対して決着がつけられる。また本書ではリーバスに関わる、大きな事件も起き、決して見逃せない展開となっている。そしてラストにおいてのギャングの抗争の事件に対しての終結の仕方の見事さと、もう一つの事件に対するリーバスなりの終結の仕方はとても印象的である。

 私にとってうれしいことは、現時点でこのシリーズの新作が4作手元にあるということ。これはこの先の展開がとても気になり早く読みたくなってしまう。ただ、このシリーズの作品はページ数が分厚いので簡単に読むというわけにはいかないので、ゆっくりじっくり読んで行こうと思っている。さて、今年中に何冊くらい読めるだろうか。


死せる魂   6点

1999年 出版
2000年09月 早川書房 ハヤカワ・ミステリ1693

<内容>
 リーバス警部の同僚の刑事の一人が突然自殺した。なぜ自殺したのか理由がわからなく、リーバスは裏があるのではないかと事件を捜査し始める。すると、刑期を終え、出所した性犯罪者の名前があがってくるのだったが・・・・・・
 また、リーバスらの管区内にアメリカで連続殺人を犯し刑期を終えた男が来ることなり、その男の動向を警戒するために厳重な警戒態勢がひかれることに。さらにリーバスは昔の幼馴染の女性から息子が行方不明になったと知らされ、その行方を追うのであるが・・・・・・

<感想>
 ひとつひとつの仕事でさえも困難なのに、よくもまぁ自分からあちらこちらの事件に首を突っ込みたがるなと、変な感心をしてしまうのは相変わらずである。そしてあちこちで揉め事を起こすものだから周囲の人間はリーバスに振り回されるばかりなのも相変わらず。このシリーズはリーバスのパワフル振りに多くの同僚や市民たちまでもが振り回される模様を描く作品なのであろう。

 しかし、ただ周りを振りますだけではなく、リーバス自らも痛手を負い続けるというのが本シリーズの大きな特長であろうか。前作では娘が交通事故にあったかと思えば、今回はリーバス自身がいわれのない恨み(自行自得なものも多々あるが)を一身に受けながらも孤軍奮闘、捜査を続けてゆくというもの。毎回毎回の災難振りを見ていると、よく刑事を続けることができるなと感心せざるを得ない。しかし、その自分自身を傷つけつつも、捜査にのめり込んでいく姿勢がリーバスの魅力であり、多くの読者を惹きつける点なのだろうと感じられる。

 本書もまた今までのシリーズどおりに、読み手を満足させるような内容のものとなっている。平行して複数の事件が進行していくと同時に、リーバス自身がさまざまな問題を抱えながら、新たに抱え込みながら事件をひとつひとつ解決していく。アメリカから来た連続殺人犯の話は単なるサイコキラーっぽくて好きになれないのだが、刑事の自殺にまつわる話や、行方不明になった青年を探す話は結末がそれぞれ印象的。

 なんといっても本書では、タイトルが示すとおり一つまた一つとリーバスの肩に死者の魂が積み重なっていくような物語りの流れ方が圧巻である。


蹲る骨   6点

2000年 出版
2001年04月 早川書房 ハヤカワミステリ1700

<内容>
 スコットランドで300年ぶりに再開される自治行政の中心地となるクイーンズベリ・ハウスにジョン・リーバス警部を含む保安委員会の面々が見学に来ていた。そして、そのとき偶然にも工事現場から白骨が発見される。遠い昔の事件が掘り起こされることになると思いきや、その後日、同じ現場で著名な議会の立候補者が殺害されるという事件が起こった。警察の事件から干されていたリーバスは早速、委員会の威光を利用して二つの事件に取り掛かる。リーバスは同僚にして将来の上司になる可能性のあるデレク・リンフォードと衝突し、レイプ事件と大金を抱えたホームレスの自殺事件を扱うシボーン・クラークに助言を与える。そしてなかなか進まない事件捜査の中、かつてリーバスが逮捕した暗黒街の大物カファティが出所したことを知り・・・・・・

<感想>
 これまた長らく積読であり、しかもまだまだ積読が山積みとなっているリーバス警部シリーズ。このシリーズは結構面白いのに、何ゆえ積読になってしまうかといえば、その分厚さのせい。今回もまたとにかく分厚い。ハヤカワミステリはノベルズサイズではあるのだが、それが2段組で500ページであるから読み終えるのがなかなかきつい。正直読んでいるときも、余計な描写が多く挿入されているように思われ、ここまで分厚くしなくてもよいのになぁと感じられた。

 しかし、読んでいるうちにこの本を一冊の単品と考えずにリーバス警部の警察人生について一辺一辺事細かに書かれているものと考えると、意外と余計な描写のようにも思えなくなるから不思議である。特に今回はシリーズにわたって登場している暗黒街の大ボス・カファティという人物に大きな動きがあったため、単品としてよりもシリーズものとしての見方が強くなったのかもしれない。

 本書では相変わらず上層部に嫌われながらも、偶然に出くわした事件を上司を丸め込んでうまく自分のものにして捜査を進めていくリーバスの様子が描かれている。今回の作品では工事現場から見つかった何年か前の白骨死体、何者かに殺害された議会の立候補者、大金を持っているにもかかわらずホームレスをしていた男の自殺、レイプ犯などとさまざまな事件が物語中に語られる。それらの事件が時には密接に、もしくは表面上のみ間接的にそれぞれの事件とつながっていくように描かれている。

 まぁ、少々余計に思えるところがあったり、事件解決後も煮え切らないところがあったりとするのだが、構成がよく練られているという点は確かである。

 上記でも述べたのだが、本書を単体の作品と見ると結構余分に思えるところがあるかもしれない。しかし、シリーズものとして考えると、シボーン・クラークという女性刑事の成長が描かれたり、後を引く事になりそうなリーバスとデレクとの対立、さらには今後ますます暗躍しそうなカファティの存在等、これからの展開において非常な重要な伏線が描かれていると考えられる。故に、本書の冗長に思えるところもシリーズ全体の伏線として好意的に受け止めて、必然的なページ数で書いている作品だと受け止めるべきであろう。

 いや、本当に面白いシリーズなのであるが、ただこれだけ長いとよっぽど余裕のあるときくらいしか手にとる気にならないというのが玉に瑕で・・・・・・


滝   6点

2001年 出版
2002年03月 早川書房 ハヤカワミステリ1714

<内容>
 銀行家の娘のフィリップが突如失踪し、警察は捜査を開始することに。容疑者として恋人であったデイヴィッド・コステロが疑われるものの、これといった決め手はなく捜査は難航する。生死のはっきりしないフリップを捜し続ける警察であったが、ある日、警察にクイズマスターと名乗る者からフィリップに関する情報がよせられる。シボーン・クラークはクイズマスターの正体をあばき、事件の解決をはかろうとするのだが・・・・・・。一方、リーバスはクイズマスターからの情報によって発見された棺を調べることによって、過去に類似した犯罪が行われていた事を突き止める。リーバスはこの棺から事件の解決をはかろうとするのだが・・・・・・

<感想>
 今回の事件はやけに漠然としたものが扱われていると感じられた。特に前作では暗黒街の大物が出所し、それがリーバスにからみ始めるというところで終っており、その後の展開が気になっていたのだが、本書では全く登場してこなかったので肩透かしをくらった気分。

 特に今作で起こる事件は、生存が確認されない失踪事件、クイズマスターを名乗る者によるメールでの挑戦、棺に関連する過去の事件と、そのどれもこれもが事件といっていいものなのか最初はわからない状況で始められているため、なかなか話の流れに乗っていくのが難しかった。

 しかし、後半になり事件性がはっきりし、さまざまな動きが見られてからは物語に乗ることができ、読むスピードも格段にUPしていった。そして、最後に明らかになる犯人と真相によって、それまでの展開の流れがぴったりと収まるべき所に収まるようになり、うまくできている内容であると感心させられた。途中は少々間延びしていたと思われるものの、終わりよければ全てよしと感じられるようなミステリであったのではないだろうか。

 とはいえ、読んでいるときには、これだけの事件を描くにしてはページ数が厚すぎたのではないかと感じられたのも事実。しかし、よく考えてみると本書は事件そのものだけを描いた作品というよりは、登場しているさまざまな警察官達にスポットを当て、それぞれが活躍する様子や挫折する様子などがうまく描かれた作品ととることもできる。

 いつもながら酒を飲み、音楽を聞き、同僚をからかいながら捜査を続ける主人公のリーバス。そのリーバスの弟子と同僚からからかわれるシボーン・クラーク。広報の仕事を与えられるものの、うまくこなすことができずに屈辱を味わうエレン・ワイリー。女性ながらも主任警視と皆を導く事になるジル・テンプラーなどなど。他にも魅力的な多数の警察官にスポットが当てられ、警察署内の様子が生き生きと描かれた作品となっている。

 というわけで、長いページにもかかわらず、シリーズものとしてはこれからのさらなる活躍が期待される人物が多々出てきているということで、今後の飛躍が本書によってさらに期待されることになったといってよいであろう。本書を読めば、続きの積読になっている作品もどんどん読んでいかなければと思わずにはいられなくなってくる。


甦る男   6点

2001年 出版
2003年04月 早川書房 ハヤカワミステリ1728

<内容>
 美術商殺害事件の捜査をしていた際、リーバスは上司であるジル・テンプラーと意見が合わず、会議の際に癇癪を起こしテンプラーにマグカップを投げつけてしまう。その行為により、リーバスは捜査から外されて警察官再教育施設へと放り込まれてしまうことになる。その施設でリーバスは他の5人の刑事と共に、過去に未解決となった事件の捜査を行うこととなった。実はリーバスはこの再教育施設に入ったのは、ある思惑があったからであり・・・・・・。また、リーバスがいなくなった美術商殺害事件のほうではシボーン・クラークらが必死に捜査を進めていた。

<感想>
 うーん、事件の様相がちょっと複雑すぎる。最初に美術商殺害事件がとりあげられ、その後にリーバスらが取り組む過去の未決事件が挙がってきて、実はその事件には昔リーバスが関わった事があり、さらには美術商殺害事件に関わりがありそうな暗黒街の大物カファティの存在が浮き彫りになりと、とにかく事件状況が非常にわかりにくい。

 しかも、それらの事件同士に関わりがありながらも、どこからどこまでが偶然か、または人為的なものなのかひとつひとつが非常にわかりにくい。このへんに関しては、もっとあっさり目にしてもらってもよかったのではないかと思う。このように複雑な事件となってしまったためか、結局のところ作品の主題というものがわかりにくかった。

 シリーズものとしては今回はリーバス最大のピンチともいえる事件となっている。過去には暗黒街の大物カファティと関わりがあったため、目を付けられたこともあるリーバスであったが、今回もまたそれがきっかけで窮地に追い込まれる羽目になる。さらには、それだけではなく再教育施設で過ごす一癖も二癖もある他の警官たちとやっかいな関係を気づくことになってしまう。

 また、シリーズとして、本書は主人公がリーバスだけではなく、シボーン・クラークにもかなりの比重が置かれていることも特徴である。下手するとリーバスがいなくても、シボーン・クラーク・シリーズとして成立しそうなくらい活躍している。ただこれがリーバス・ファンにとっては少々リーバスの活躍がそがれたようにも思えたため、もう少しリーバスのみで話を進めてもらいたかったところである。

 というのもシボーン・クラークが女性警官であるために、数々のセクシャルな揉め事にとらわれるために、それが警察小説としては余計なことと思えてしまうからである。

 ということでさまざまな窮地に追い込まれながらも(シリーズ主人公としての窮地?)なんとか脱することには成功するリーバス警部(当然のことながら続編がまだあるのだからあたりまえなのだが)。しかし、今回の事件によって起きたさまざまな出来事は今後のリーバスの警官としての人生に大きな影を投げかけることになるのではないだろうか。


貧者の晩餐会   5.5点

2002年 出版
2004年03月 早川書房 ハヤカワミステリ1748

<内容>
 <序 文>
 「一人遊び  −リーバス警部の物語−」
 「誰かが エディーに会いにきた」
 「深い穴」
 「自然淘汰」
 「音楽との対決  −リーバス警部の物語−」
 「会計の原則」
 「唯一ほんもののコメディアン」
 「動いているハーバート」
 「グリマー」
 「恋と博打」
 「不快なビデオ」
 「聴取者参加番組  −リーバス警部の物語−」
 「キャッスル・デンジャラス  −リーバス警部の物語−」
 「広い視点」
 「新しい快楽」
 「イン・ザ・フレイム  −リーバス警部の物語−」
 「自 白」
 「吊るされた男」
 「機会の窓辺  −リーバス警部の物語−」
 「大蛇の背中」
 「サンタクロースなんていない  −リーバス警部のクリスマスの物語−」

<感想>
 イアン・ランキンによる短編集。ランキンといえば“リーバス警部シリーズ”という印象しかないが、本国では短編もそれなりに評価されている様子。本書は、シリーズもの、ノンシリーズものを含めた、さまざまなジャンルの作品集となっている。

 リーバス警部の短編については少々食い足りないというのが正直なところ。というのも、もともとリーバス・シリーズの長編というのが、いくつかの要素を合わせることにより長編を形作るというものが多いので、そこからネタをひとつだけ取り出してしまえば食い足りないと感じるのも当然であろう。できれば、これらのネタを合わせて一つの長編にしてもらえたらと思ってしまう。

 ノンシリーズ短編については良いものもあれば、それほどでもないと思えるもの、種々さまざま。このへんは色々なジャンルの作品があるので、人によって楽しむポイントは異なるのであろう。

 個人的には犯罪小説として描かれている「深い穴」や「不快なビデオ」「広い視点」などが面白かった。他にもとあるコメディアンの人生をサスペンスフルに描いた「唯一ほんもののコメディアン」も楽しんで読む事ができた。

 これらそれぞれの短編に特に共通項といったものはないのだが、どこか影というか暗さがまとわりついている作品ばかりというのがランキン作品の特色なのであろう。


血に問えば   6点

2003年 出版
2004年10月 早川書房 単行本

<内容>
 元特殊部隊の軍人、リー・ハードマンはハイスクールに押し入り、2人の学生を射殺、1人の学生にけがを負わせた後、自らを銃で撃ち死亡した。この事件はリーバスには関係ないながらも、以前特殊部隊に関わった経験をかわれて、捜査に加わることになった。捜査を続ける一方、同僚のシボーン・クラークに付きまとっていた男が死亡するという事件の容疑がリーバスにかけられており、やがてリーバスは窮地に追い込まれるはめに・・・・・・

<感想>
 いつものシリーズの展開であるならば、複数の事件が入り乱れということになるのだが、今回は元軍人の男が学校に押し入ったという事件に関してのみ。その他は、前作から続くリーバスとシボーンとにかかわる事件のその後の展開が並列に進行してゆく。

 今作は、メインの事件がひとつだけなので内容としてはわかりやすかった。ただ、その事件自体が犯人探しではなく、動機探しであるために、展開としてはやや退屈。ただし、ラストに近づくにつれ、事件の全体像が大きく変わるという様相を見せ、驚きの結末が待ち構えることとなる。

 今回は物語の流れとして、特に前半から中盤にかけてはリーバスとシボーンの人生と生活について描かれた作品という感が強かった。特にリーバスは事件を通し、刑事という職業を続けつつ、身の回りの親しい人間が少しずつ亡くなって行くことに対して、孤独をかみしめながら生きてゆくことを強いられてゆく。そうした感情がにじみ出た作品といえるであろう。

 前作を読んだ時には、リーバスは刑事として窮地に追い込まれつつあるなと思っていたのだが、今作でそれらの事象についてはほとんど解消できたようである。というよりも、あまりにもうまくまとまり過ぎているようにさえ思えてしまう。それでも、この刑事の性格からいって、次の作品ではさらなる厄介事を抱え込んでゆくのだろうと予想せずにはいられなくなるのだが。


獣と肉   6点

2004年 出版
2005年11月 早川書房 単行本

<内容>
 難民らしき男が刺殺死体で発見される。身元は不明。リーバスは警察にかかってきた電話を手がかりに被害者の身元と犯人の手がかりを調べていく。そうするうちに難民を巡るイギリスの国の事情に直面してゆくことに。
 一方、シボーン・クラークの元に老夫婦が訪ねて来る。彼らの娘が強姦にあった後、自殺したという事件があり、シボーンはその事件にかかわっていたのである。彼らが言うには、自殺した娘の妹で唯一残された娘が行方不明になったというのである。しかも強姦犯が刑務所から出所してきたとの噂を聞き・・・・・・

<感想>
 なんと今作では、リーバスが今までいた部署が解体されてしまい、リーバスを含めた彼の仲間たちは皆、他の署へ異動とのこと。リーバスはシボーン・クラークと共にゲイフィールド・スクエア署に配属されたものの、定年を進めるかのように、彼の机さえ用意されていない始末。

 突然波乱の展開から幕開けとなったものの、その後の展開は従来のリーバス・シリーズと全く変わりがない。机がないからといってリーバスが刑事としての仕事をあきらめるわけがなく、勝手に事件に顔を出し、どんどんと自己流の捜査を進めていくこととなる。

 今回というか、最近のリーバス・シリーズを読んでいて思うことは、すっかりリーバス&シボーン・シリーズとなってしまったなということ。孤高の刑事の捜査というイメージのシリーズであったものが、いつのまにかシボーン・クラークという女性警官の存在が大きくなりつつあり、まるでリーバスの女刑事版が徐々にできあがりつつあるように感じられる。

 今作は“難民”というイギリスにおける社会的な難題を取り扱った内容。事件を通して、イギリスへとたどり着いた難民たちがどのような扱いを受けているかが浮き彫りにされる。そして、その難民を食い物にするビジネスがはびこっているということが明るみに出てくるという展開。

 その他にも事件が並行して起こるのだが、それぞれが関係ありそうでなさそうな、すれすれの内容。関係あるならあるではっきりしてくれればいいものの、あくまでもなんとなくという感じで事件が進んで行き、行き着いた先では結局それほど関連していかなったように思える。どうも読了後、すっきりとした腑に落ちたという感覚がなく、もうちょっと作中での事件全体をはっきりとさせてもらいたかったところ。

 今作は登場人物が多くなりすぎた以前の警察署の面々をリセットしたという感じがする。とはいえ、今回は今回でまたさまざまな登場人物が出てくるので、単なる著者の気分によるところなのかもしれない。とはいえ、なりを潜めていた暗黒街のボス、カファティが登場し、これからもリーバスとひと悶着ありそうな気配。このシリーズも残念ながらあと2作品となってしまったが、じっくり堪能しつつ読んでゆきたい。


死者の名を読み上げよ   5点

2006年 出版
2010年03月 早川書房 ハヤカワミステリ1834

<内容>
 イギリスにて世界の首脳が出席するG8が開催されようとしており、エジンバラ市街は騒然としていた。そんな中、レイプ犯で服役していた者を狙う連続殺人事件が発生しており、リーバスはその事件の捜査をしていた。さらには、G8の開幕中に会議場のひとつで政府の高官が転落死するという事件までが起きていた。これらの事件を解決しようとするリーバスであったが、G8の開催により強化された警備のなかで捜査は一行にはかどらない。さらにはギャングのボスであるカファティが執拗に横槍を入れてくる。リーバスとシボーンは組織から孤立したまま捜査を推し進めるのであったが・・・・・・

<感想>
 なんかしっくりと来なかったなというのが読んでいる最中の印象。事件が複雑というよりは、無駄に登場人物を多くし過ぎているように思え、そのせいで物語全体が煩雑に見えてしまう。事件の全てが解決に至ると、今まで起きていたことがうまくひとつにまとめられていて感心するのだが、話の途中では煩雑さばかりが印象に残り、全体的にうまく書かれていたとは決して感じなかった。

 事件の背景として2005年にイギリスで行われたG8の様子を事実として書きこみながら物語が進んでいくのだが、結構前のことであり、日本ではなじみのない事件とも言えるので、あまり感銘を受けなかった。そこに興味を持てるか持てないかでも、作品の印象が変わってくるかもしれない。

 シリーズとしては次の巻が最後になるのだが、ますます進むリーバスの孤立化とクラーク・シボーン刑事のリーバス化が目立つ内容となっている。ギャングのボスであるカファティとの因縁以外では特に最終巻に引きずる事象はないのだが、ラストでどのような幕引きが待ち構えているのか? もったいないけれどもそろそろ最終巻に手を付けるころであろう。


最後の音楽   5.5点

2007年 出版
2010年11月 早川書房 ハヤカワミステリ1841

<内容>
 ジョン・リーバスが退職するまで、あと10日。そうしたなか、ロシアから逃れてきた亡命詩人が殺害されるという事件が起きた。彼は何故、殺害されなければならなかったのか。リーバスはコンビを組むのも最後となる、シボーン・クラーク部長刑事と共に聞き込み捜査を続けてゆく。浮かび上がってきた、ロシアの実業家や政治家たち。さらには、リーバスの宿敵であるカファティの存在も見え隠れすることに。しかし、いつもながらの強引な捜査を続けるリーバスに対し、ある処分がくだされることとなり・・・・・・

<感想>
 リーバス警部最後の作品。といいつつ、実は続刊が出ることが決定(というか、これを読んでいる時点で既に出ている)。本書を長らく積読にしていたものの、このままでは続刊に対応できないので、ようやく重い腰をあげ、読むこととした。

 本書は、リーバス警部の引退までの10日間を描いたもの。ただし、単なる10日間ではなく、事件が起きて普通に捜査しているので、普段の作品となんら変わりはない。ただ、そこには長らく警察官を続けてきたリーバスの感傷と、今後リーバス抜きで捜査をしていかなければならないシボーン・クラークの不安と開放感が入り混じった感傷が垣間見える。

 扱う事件は、ロシアからの亡命詩人が殺害されたという事件。他にも事件が起きるものの、基本的な路線はこれのみ。そこに、リーバスの仇敵である暗黒街のボス・カファティが関わってくるという内容。とはいえ、ひとつの殺人事件のみで、このページ数は冗長すぎると感じられる。しかも、被害者の周辺事情をさんざんに広げつつも、最終的にはこじんまりとしたレベルの収束の仕方をするので、そこもどうかと感じてしまう。

 とはいえ、リーバスの最後の物語としては、かなり感慨深く読むことができた。特に最後のワンシーンは、シリーズもののラストとしては相応しくないようにも思えるが、このシリーズのラストシーンとしては見事なものと捉えることができる。まさしく、リーバスの情念のこもった一作品といえよう。


監視対象   警部補マルコム・フォックス   6点

2009年 出版
2014年05月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 警官を監視する職業倫理班に所属するマルコム・フォックス警部補。ひとつの大きなヤマが終わったと思いきや、すぐに別の案件を手掛けることに。今回手掛けるのは、将来を有望視されているジェイミー・ブレック巡査部長が児童ポルノサイトに関与しているという容疑。事件の捜査に乗り出したマルコムであったが、そんな折、彼の妹と付き合っている男が死体で発見されるという知らせが! その男は妹に暴力をふるい、マルコムは快くは思っていなかった。自分の妹が容疑者になる可能性があると感じる中、その事件を捜査するのはなんとジェイミー・ブレックであった!!

<感想>
 リーバス警部で有名なイアン・ランキンの新シリーズ。こちらは警官の不正を暴く、職業倫理班に所属する警部補マルコム・フォックスの活躍を描いた作品。

 ランキンのリーバス警部はずっと読み続けていたのだが、後半になってから面白くなくなり、期待も尻つぼみ。そんな状況であったので、この新シリーズはどうかなと思いつつ読んでみたのだが、思ったよりも面白く読めたと思う。

 主人公のマルコムが監視すべき対象が、殺害された自分の妹の恋人を捜査する側となり、互いの思惑に気づかぬまま急接近することとなる緊迫した状況により物語は始まってゆく。そうして、監視対象の行動、妹の恋人の殺害犯の捜査、警察内部からマルコムに忍び寄りつつある影、さまざまな困難にからめとられ不自由な状況になりながらもマルコムは現状を打開しようと捜査を続けてゆく。

 まぁ、全体を通してみれば普通に警察小説として楽しめる作品だったという印象。ただ、欠点もいくつか見受けられる。ひとつは、分量が長すぎること。ここまでページ数を分厚くする必要があるのだろうかというのが一番の感想。そしてもうひとつは、今回の主人公が職業倫理班の刑事という役柄なのだが、ただ単に優秀な刑事だとしか見受けられなかった。特に職業倫理班というカラーが見られなければ普通の警察小説に過ぎないような気がする。

 とはいえ、それなりには楽しめたので、続編が出れば読もうとは思っている。ただ、リーバスシリーズが後半になりあまり面白くなかったので、「最後の音楽」をまだ読んでなかったのだが、これは早急に読まなくては。というのも、今後のマルコム・フォックスのシリーズで、リーバス警部が登場しているようなのである。むしろ、リーバスと絡めるために職業倫理班という存在を出したのではないかとも考えたくなってしまう。そんなわけで、今後もまだまだイアン・ランキンの作品に付き合ってゆかなければなるまい。


偽りの果実   警部補マルコム・フォックス   6点

2011年 出版
2015年05月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 マルコム・フォックスは同僚のトニー・ケイとジョー・ネイスミスを引き連れ、不正が起きたと訴えられているカーコーディー署へ行き、事情聴取を行うこととなった。そこに勤めるポール・カーターという警官が勤務中に不正を犯していたというのである。拘留中であったカーターが保釈されることとなったのだが、すると彼を訴えていたひとりのカーターの叔父が殺害されるという事件が起こる。犯人はカーターなのか? フォックスが捜査を進めていくと、カーターの叔父、アラン・カーターが個人的に調べていた件があり、それは25年前に起きた民族運動に関することであり・・・・・・

<感想>
 マルコム・フォックスが警察の内定調査を進めていると、そこから25年前の民族運動中に起きた事件が浮き彫りになる。その25年前の事件の真相が明るみに出そうになったことにより、事件に蓋をしておきたいと考えた者が暗躍を始める。現在に進行しつつある事件と、過去の事件を調査しながらフォックスは真相に迫ってゆく。

 という過去の事件が徐々に明るみになり、現在要職についている者たちの裏の顔が暴かれていくという展開はなかなか読み応えがある。しっかりと面白い小説に仕上がっているものの、とある不満が持ち上がる。それはマルコム・フォックス・シリーズ前作にも言えるのだが、内部監査を行う警察官が捜査する事象ではないという事。これらを捜査するのであれば、普通の警察官で十分ではないかと。

 内部監査を行う警官が主人公であれば、実際調べている事件から、その警察署が抱える秘密が明らかになるというようなものを描かなければならないのではなかろうか。結局のところ、マルコム・フォックスの立ち位置というものが、読者にってあやふやな感じで終わるだけとなってしまう。もっとこのシリーズに見合う事件を描いてもらいたいところである。


他人の墓の中に立ち   6点

2012年 出版
2015年04月 早川書房 ハヤカワミステリ1894

<内容>
 警察を退職後、ジョン・リーバスは犯罪事件再調査班の一員として署に残るも、たいした仕事もせずに日々を過ごすのみ。そうしたなか、一人の女性から10年以上前に失踪した娘の行方を未だ探し続けているという話を聴くことに。興味を覚えたリーバスは、事件を調査してみると、同じ時期に似たような場所で立て続けに失踪事件が起きていることを突き止める。その調査が警察署を動かし、リーバスも事件捜査に乗り出そうとしようとするものの、捜査権限のないリーバスは、ところどころで足止めをくうことに。さらには、裏社会のボスであるカファティとの関わり合いから、職業倫理班に所属するマルコム・フォックスに目を付けられ・・・・・・

<感想>
 ジョン・リーバスの最新作! というか、まさかの復活作品。リーバス警部ではなく、リーバス元警部となっているところがやや寂しいが、この復活作でも相変わらずの刑事魂を見せつけてくれている。

 犯罪事件再調査班の一員として働ているという事なので、そこでバリバリやっているのかと思いきや、どうやらその班自体が閑職ともいえる部署。しかもいつ潰れてもおかしくない様相。そうしたなかで、リーバスは未解決の失踪事件を手掛けることとなり、かつての部下であったクラーク・シボーンの元へ行き、手助けと称しつつ、独断専行でどんどんと捜査を進めていく。

 リーバス側の視点から見ると、秩序や階級にのっとることにより遅々として進まない捜査などよりも、足で稼いだ捜査こそ的確に犯人へと辿りつけると考えられる。しかし、組織の側から見れば、全体的には秩序だった捜査のほうが効果をあげることができ、個人プレーによる捜査は危険が生ずるものと考えられる。この極端な大局的な構図こそが本書の一番の焦点と思われる。

 さらに付け加えれば、最終的にリーバスが容疑者に対してとる行動というのが違法すれすれのもの。まかり間違えば、それこそ冤罪を生み出す事例ともとられかねないものである。それ故に、たとえリーバスが手柄を挙げたとしても、もろ手を挙げて称賛されることはほとんどなさそうと感じられてしまう。しかも、もしも手柄を上げればマスコミなどにより報道されることにより、上層部としてはさらに面白くないという状況となるのであろう。

 ただ、本書のラストであるが、どうもどっちつかずというか、きっちりとした解決が得られていないような終わり方をしている。これが単品の作品であれば、このような終わり方をしてもよいと思えるのだが、シリーズとしてはどうなのであろうかと疑問を抱いた。その結果いかんは今後の作品の動向を見て判断してくれということなのであろうか。


寝た犬を起こすな   6点

2013年 出版
2017年05月 早川書房 ハヤカワミステリ1919

<内容>
 リーバスは女子学生が運転する車が起こした衝突事故を調べることとなる。現場を調べてみると、リーバスは運転していたのは女子学生ではなく、別の人物だったのではないかと疑いを抱く。しかし、その捜査が思わぬ事件を招く羽目となることに・・・・・・。一方、内部監査室のマルコム・フォックスは、かつて若き日のリーバスが勤務していた署で起きた事件の内部調査を命じられることに。その古い事件に関わる刑事たちは、通称“裏バイブルの聖人たち”という呼び名を使っており、その中にリーバスも加わっていたらしい。フォックスは捜査にリーバスを引き込み、過去の事件を調査してゆくのであったが・・・・・・

<感想>
 引退しつつも再雇用などの手段を利用して警察官としての仕事にしがみつくようなリーバス警部。今回もかつての部下で現在は上司となったシボーン・クラークや、敵とも言える内部観察室のマルコム・フォックスと協調して事件捜査に乗り出すことに。

 これを読んで思ったのは、ちょうど“フロスト警部”シリーズを読んだ直後ゆえに、もう少し話をリアルにしたようなフロストがリーバスのようであると感じられてしまった。もちろん大雑把な話であり、内容に関しては全く異なるのだが。

 このシリーズ面白いと思いはするのだが、段々とシリーズが続くにつれて肝心の事件自体がたわいもないものばかり扱っているように思われる。今回も自動車事故の真相というものであり、掘り下げることによって大きなものが出てくるかと思いきや、あえて盛り上げずに収束してしまったかのような感じ。フォックスが扱う“裏バイブルの聖人たち”に関する事件も、盛り上がっていたのは最初だけのような感触であった。

 唯一リーバスらしい事件の幕引きを感じさせるのは、エンディングでのとある出来事。裏組織の力を借りて、非合法的に強引に解決に持ち込むというところが一番このシリーズらしいような。




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