Don Winslow  作品別 内容・感想

ストリート・キッズ   7点

1991年 出版
1993年11月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ニール・ケアリは、(今となっては父親代わりのようになった男)ジョー・グレアムに見出され、“朋友会”のために働く雇われ探偵となっていた。ニールはその“朋友会”に援助してもらいながら仕事をし、現在は大学に通わせてもらっている。そんな“朋友会”から与えられた緊急の仕事は次期大統領とも言われる上院議員の娘を探し出すこと。問題児で、薬浸りとなっているその娘はイギリスにいるらしい。その娘を選挙が始まる直前に連れ帰ってもらいたいという仕事を引き受けることになったニールであったが・・・・・・

<感想>
 初読以来の再読。シリーズを通して読んでいるのと、ウィンズロウの作品自体はずっと読み続けているせいか、それほど久しぶりという感じではないのだが、それでもこんな話であったかと再認識することはできた。

 デビュー作にて、一気にドン・ウィンズロウという作家の存在を知らしめた作品となったこの「ストリート・キッズ」。魅力はなんといってもニール・ケアリという主人公の人物造形と、その成長物語によるところであろう。とにかく、このニール・ケアリという人物の魅力あふれた作品と言うところが一番の焦点であろう。

 物語はニールが依頼されて、上院議員の娘を探し出すというもの。その仕事自体は、ある意味ごく普通とも捉えられるのだが、その仕事を成そうとするニールの四苦八苦ぶりに魅入られることとなる。ニールは一応それなりに、仕事のできる男ではあるが、だからといって決して完ぺきではない。ここで行われる上院議員の娘を奪還して、逃がそうとする計画も終始うまくいくというものではない。しかし、その失敗も含めて、どこか魅力的に捉えられてしまうのである。

 ニール・ケアリの苦心と苦悩が終始描かれている作品ではあるが、最終的にはなんとかうまく落ち着くことに。これ以後も、ニール・ケアリを主人公とした作品での活躍が・・・・・・と言いたいところなのだが、以後のシリーズ作品の出来があまりよくなかったのが、なんとももったいなかったところである。


ウォータースライドをのぼれ   5点

1994年 出版
2005年07月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 片田舎にて恋人のカレンと幸せな日々を送っていたニール・ケアリーの前に現われたのはジョー・グレアムであった。もちろん彼は仕事を依頼するためにニールの元にやってきたのだ。グレアムが連れてきたのはポリー・バジェットというスタイル抜群ながら、ちょっとお頭の弱そうな、いかにもという女性。実はそのポリーは今、全米で注目されている女性であった。なんと、そのポリーは人気TV番組のホスト、キャンディ・ランディスにレイプされたと訴えている真っ最中であったのだ!

<感想>
 久々のニール・ケアリーのシリーズを読んで思った事は、このシリーズって多視点型で書かれる小説だったっけ? という事。せっかくニールが出てきているのに、多くの登場人物の視点から語られているゆえにニールが活躍する場面は少ししかない。それも活躍と言うには程遠く、結局のところ別にこれならニールのシリーズでなくてもよいだろうとさえ思えるもの。それならば、かえって落ちぶれた探偵ウォルター・ウィザースを主人公とする小説にしてしまったほうがよかったかもしれない。読み始めたときはニールが悪戦苦闘し、ポリーをいっぱしのレディへと変えさせて、大団円へとなだれ込むと言うストーリーを予想していたのだが・・・・・・


砂漠で溺れるわけにはいかない   6点

1996年 出版
2006年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 結婚を間近に控えたニールであったが、義父のグレアムから臨時の任務が告げられることに。ラスヴェガスへ行って、86歳の老人を連れて帰ってきてくれというもの。簡単に済む仕事と言われ、ニールがラスヴェガスへと行ってみたものの、当の老人は帰りたがらず、ニールの手をすり抜けるように逃げ回る始末。ニールは、老人を捕まえて、なんとか家まで連れ帰ろうと奮闘する。実はこの依頼、裏には火災保険を巡る事件が関わっており・・・・・・

<感想>
 ようやくニール・ケアリシリーズの最終巻をおがむことができた。1作目の「ストリート・キッズ」が訳されたのが1993年のことで5冊目の本書が訳されるまでに13年がかかっている。

 このシリーズについて考えてしまうのは、とにかく訳するべき時期を逃したなということ。1作目が大きなブレイクを果たし、続けて2作目3作目がすぐに訳されれば、その勢いで売り上げはそこそこ伸びたのではないかと思われる。にも関わらず、2作目が出たのは3年以上も後。この辺は訳者の都合などもあるようで、あとがきにて書かれているのでそちらを読んでもらいたいのだが、たとえどういう理由があるにせよ、もう少しなんとかならなかったのかと思わずにはいられない。

 確かに、一作目に比べればその後の作品は一級品のミステリーと言いがたいということも事実ではあるが(それが直接訳が遅れた理由なのかはわからないが)、それでも私自身続編を心待ちにしていたので、もっと早い間隔で連続して読みたかったと思わずにはいられない。

 それで、今回の作品であるが、まぁ見た目からもわかるようにページも薄く、かなりあっさりとした感じで終わってしまうという内容であった。ニールがかかわる事件は86歳の老人をラスヴェガスから連れ帰るというもの。もちろん簡単に連れ帰れるはずもなく、ニールはさんざん手を焼くことになる。

 そしてなぜ、老人が帰りたがらない理由というのが中盤で語られるのだが、ここが法律事務所同志の手記のやりとりになっているので、薄いページ数に輪をかけて、さらにあっさりと話が進められていくことになる。最終的にはドタバタ劇で大団円なのか、へたれなのか、微妙な終わり方となっている(たぶんハッピーエンドということでいいのだろう)。

 それで話はどうだったのかといえば、ニールがこの事件に対してどのような活躍をしたのかが一番微妙なところ。かえって、話をややこしくしただけで、きちんとしたプロを雇えばもっときちんと話が進められたのではないかと思われる。

 結局、この事件によって一番収穫があったのは被害者ではなく、ニール自信であったのではないだろうか。ニール自身が結婚し、将来子どもを持つという事に漠然とした不安を持ち、婚約者とギスギスした関係になりながらも、この事件を通す事によって、いくぶんニールも成長し、少しは自分自身の将来に向き合えるようになったのではないかと思われる。

 と、まぁ、そんなところで、最終的にはニール君が幸せになってくれるのであれば、シリーズを通して読み続けてきた読者としては満足なのである。


歓喜の島   5.5点

1997年 出版
1999年09月 角川書店 角川文庫

<内容>
 CIAの工作員ウォルター・ウィザーズは工作員を辞め、欧州から彼が望むマンハッタンへと帰ってきて、そこで民間の調査員の仕事をしていた。恋人でジャズシンガーのアンと夜な夜な街へ繰り出すという充実した生活を送っていた。そんなあるとき、著名な上院議員の警護をすることとなり、やがてウォルターはその上院議員の秘密に触れ、騒動の渦中へと放り込まれることとなり・・・・・・

<感想>
 感想を書いていなかった作品の再読。ウィンズロウの作品のなかでは、主人公の造形と共に全く印象に残っていなかった作品。再読してみても、全体的にどこか漠然とした感じ。

 中味はスパイ小説となっている。ただ、スパイ小説と言っても、最初からなんらかの目的が設定されているわけではなく、単に主人公がマンハッタンで小粋に暮らしている様を描いているようにしか捉えられない。そんな感じで、以後に事件が色々と起きても、どこか漠然とした感じで、そしてどこに向かうのかがよくわからないものとなっているがゆえに、ふわふわした感覚でしか読み進めていくことができなかった。

 一応、最後の最後になると物語全体の目的というかテーマみたいなものが浮かび上がるようにはなっている。ただ、それでも全体的に見て、色々な組織のパワーバランスがよくわからず、思い切った行動にでるかと思えば、もたもたしていたりと、そのへんに一貫性がなかったようにも感じられた。そんなわけで再読してみたものの、結局今回もあまり印象に残らずに終わってしまったといういう感じ。


ボビーZの気怠く優雅な人生   6.5点

1997年 出版
1999年05月 角川書店 角川文庫

<内容>
 海兵隊上がりで泥棒でありティム・カーニーは、終身刑をくらう間際まで行きつつ、しかも刑務所内では命を狙わる羽目に陥る。そんな彼に警察が取引を持ち掛ける。ティムは伝説と言われる麻薬密売人ボビーZに顔がそっくりであり、ボビーZの振りをしてもらいたいと言うのだ。警察はボビーZを捕らえ、犯罪組織と取引をしようとしていたのだが、肝心のボビーZが死亡してしまったのだと。その取引を引き受けざるを得なかったティムは、計画どおり、ボビーZのふりをして取引の場へと向かったのであったが・・・・・・

<感想>
 ドン・ウィンズロウの初期の作品を再読。ほとんど内容を覚えていなかったのだが、再読してみて意外と面白くてびっくり。こんなに面白い作品であったのかと改めに認識することとなった。

 今思えば(2019年4月)、既にこの作品にその後のウィンズロウ作品のさまざまな要素が詰め込まれていることがわかる。麻薬取引、麻薬王、元軍人設定、サーファー設定(この作品のなかでは設定のみ)、などなど。今になって読むと、その後のウィンズロウ作品がここから全て派生していったのではないかと思えるほど。

 ドジな犯罪者であるティム・カーニーが警察からとんでもない取引を持ち掛けられる。それは伝説と言われる麻薬密売人とティムが顔が似ていることから、彼に成り代わり、犯罪組織との取引の現場に出向いてもらいたいというもの。警察からの取引と言いつつ、選択肢のないティムはその持ちかけを承諾し、取引現場へと乗り込むことに。しかし、警察の思惑をよそに取引は失敗し、いつしかティムは何故か子供を抱えたまま、犯罪組織や警察の追っ手から逃げる逃亡生活を強いられることとなる。

 ユーモアを交えつつ、スピーディーな展開で物語が繰り広げられ、読み進めてゆくのが非常に楽しい作品。ラストはうまく行き過ぎと思えつつも、これぞエンターテイメントという感じ。ドン・ウィンズロウと言えば「ストリート・キッズ」が有名であるが、初期作品としてはこの作品も著者の代表作に挙げておきたいところ。


カリフォルニアの炎

1999年 出版
2001年09月 角川書店 角川文庫

<内容>
 カリフォルニア火災生命の火災査定人ジャック・ウェイドは炎の言葉を知っている。寸暇を惜しんでは波の上にいる筋金入りのサーファーが、ひとたび焼け跡を歩けば失火元と原因をピタリと当てる。彼は今、太平洋を見下ろす豪邸の火災現場で確信している。これは単なる保険金詐欺ではない、殺人だと・・・・・・

<感想>
「ストリート・キッズ」のリール・ケアリが成長して、大人となったかのような主人公ジャック・ウェイド。物語全体に濃厚な大人の香りがただよい、円熟した味わいの作品として仕上がっている。

 主人公の火災査定人という職業が良い。“炎の言葉を知る男”という名を持ち、火事場で火災の原因から家事の燃え移りのルート、そこにおける不自然な点などはないかということをこと細かに調べていく。これだけでも一冊かけそうな設定である。というか、本当はできれば、それだけで一冊書いてもらいたかったというのが感想。ジャック・ウェイドの存在だけで十分なのにも関わらず、いろんなところにスポットが散らばってしまったのは惜しい限りだ。できれば、この火災査定人としてのみの物語を楽しみたかったところだ。

 内容は面白いにもかかわらず、悪く言えばハリウッド的とでもいうべきか。もちろん著者にそんな意図があったかどうかはわからないが、変にひねらずにもっとストレートに描いてくれればよかったのにと思う。それでもドン・ウィンズロウの新たなる世界を満喫することができたのは確かである。


犬の力   7点

2005年 出版
2009年08月 角川書店 角川文庫(上下)

<内容>
 メキシコの麻薬撲滅を生業とするDEAの捜査官アート・ケラー。アートはメキシコでミゲル・アンヘル・バレーラとの出会いにより、捜査官としての地位を駆け上がっていくこととなる。しかし、そのミゲルとバレーラ兄弟との出会いが彼のその後の運命を大きく変えることに。
 美貌の高級娼婦ノーラ、マフィアの殺し屋カラン、司教ファン・パラーダ、さまざまな人々を巻き込み30年におよぶ壮絶な麻薬戦争が幕を開ける。

<感想>
 私的な意見かもしれないが、ドン・ウィンズロウというとどうしても「ストリート・キッド」という作品のイメージが強く、その呪縛から逃れる事ができない。ウィンズロウは既にニール・ケアリ・シリーズ以後も何作か発表し、日本でも翻訳されている。にもかかわらず、いまだ“ウィンズロウ=ストリート・キッド”というイメージが頭の中に強く残っていた。

 しかし、この作品にてそうした呪縛からもようやく逃れる事ができたように思える。「犬の力」、なんとも不可解なタイトルだ。実際にこのタイトルは、これといった意味があるわけではなく、どうやら聖書の引用のようで作中で何度か出てくるものの、それが特に大きな意味をなしているというわけではない。とは言いつつも、何故かこの言葉が不可解であるがゆえに、本書の象徴的なイメージとして頭に残ってしまうのである。

 この作品は麻薬カルテルの撲滅を願うがゆえに偏執的になってゆく捜査官と、麻薬カルテルを発展させようとする一族との対決を描いた作品。彼ら以外にも主要な人物は出てきており、本来ならば多視点になると作品の内容がぼやけてしまうことが多いのだが、本書はそういった事を感じさせず、最初から最後まで一本のライン上でぶれることなく物語が展開してゆく。

 特に印象深いのはヘルズ・キッチン出身の殺し屋となる青年カラン。彼は役割上、物語に直接関係しないような気もするのだが、登場する場面ごとに物語のなかで強い印象を残してゆく。

 また、本書で興味深い点は、さまざまな現実に起こった事象も取り入れていること。作中では30年くらいの時が経過しているので、その間に起きた現実のことをふまえながら物語が展開していくこととなる。麻薬カルテルに関連してゆく者達の、まさに一代記が描かれた作品といってよいであろう。

 本書は上下巻となっており、かなりページ数の多い作品となっている。しかし、上巻の100ページを超えたあたりからは、なかだれすることもなく一気に下巻まで読み通す事ができる。リーダビリティあふれる作品なので、分厚からといってしり込みせずに是非とも手にとってもらいたい作品である。


フランキー・マシーンの冬   7点

2006年 出版
2010年09月 角川書店 角川文庫(上下)

<内容>
 地元の人々から信頼される釣り餌屋のフランク。彼は商売に励みながら、別れた妻の元へと通い、実の娘の様子をうかがい、現在付き合っている女と夜を過ごすという忙しい日々を過ごしていた。その平穏を台無しにするかのように、とある客がフランクの元へと訪ねて来る。客はギャングのボスの息子であり、縄張り争いの件でフランクの力を貸してもらいたいと言うのだ。実はフランクは元は凄腕の殺しやで“フランキー・マシーン”と恐れられる人物であった。ギャングのボスとの義理もあり、会談の場へとおもむくフランクであったが、そこで彼自身が命を狙われることとなり・・・・・・

<感想>
 昨年の話題作「犬の力」に続いての作品であり、こちらも内容はギャング小説となっている。「犬の力」のほうは多視点の群像小説であったが、こちらのほうは主にフランク・マシアーノという人物のみにスポットが当てられており、より物語に取っ付きやすい内容となっている。別に二つの小説に関連性はないので、こちらの小説を読んでから「犬の力」を読むというのも有りであろう。

 この作品は昔凄腕の殺しやで、現在は62歳の老人となり悠々自適に暮らしていた人物が昔に関わった件で命を狙われることになるという内容。ある意味、ありがちなギャング・サスペンスと言えなくもない。ただ、ありがちとは言え、主人公のフランク・マシアーノという人物が非常に魅力的に描かれており、彼を取り巻く登場人物たちもそれぞれが物語をひきたてている。内容についてもきちんと描かれたものとなっており、ありきたりのギャング小説と言えなくもないものの、心惹かれる小説として完成されていることは間違いない。

 ウィンズロウもここに至るまでさまざまな作品を描いているが、どの作品でも集団の中にあっての個人というテーマで描いているのではないだろうか。「ストリート・キッズ」のシリーズからして、基本的に一匹狼の人物を描いているように感じるのだが、実は主人公達の誰もが何らかの集団に属している。集団に属している身でありながらの葛藤を抱えつつ、個人プレーをとらざるを得ないというパターンがそれぞれの作品で表現されているように思えるのである。

 この作品でのフランクもギャングという組織から決して逃れることのできない身でありながらも、なんとか死中に活を見出そうと奔走してゆくこととなる。何のために自分の命が狙われているのか。そして、自分の命と自分が大切に思っている者達の命を守るためにどのような行動をとるのがベストなのかを考えつつ、自分の過去へと迫って行くこととなる。そうして結末でフランクがどのような行動をとることになるのか・・・・・・気になる人は是非とも自分の目で驚愕の結末を味わってもらいたい。


夜明けのパトロール   6.5点

2008年 出版
2011年07月 角川書店 角川文庫

<内容>
 カリフォルニア州サンディエゴのパシフィックビーチ。サーファーで元警官の私立探偵ブーンは、毎朝波乗り仲間の5人と共に波を待つという“ドーン・パトロール”を行っていた。そして20年ぶりの大波が到来すると噂される中、ブーンの元に美人弁護士補が現れる。彼女が言うには、法廷で証言をすることになっているストリッパーの行方を捜索してもらいたいと。ブーンは渋々ながらもその依頼を受けるのであったが、捜査をしているうちに地元を牛耳るマフィアから命を狙われることとなり・・・・・・

<感想>
 タイトルとなっている「The Dawn Patrol」というのは、“朝焼けサーフィン”を指している。主人公のドーンを含めた6人が波乗り仲間となり、毎朝“ドーン・パトロール”を行っている。この作品はシリーズ化しているようなのだが、本書では主人公のブーンを中心に、それぞれの人生の転機が訪れることとなる。物語のラストでは以降に“ドーン・パトロール”が行われるかどうかの瀬戸際に立たされているように思えたのだが、その詳細は次作へ引き継ぐようである。

 序盤は少々読みづらかった。というのも、物語が進められるよりもビーチの歴史や登場人物それぞれの過去といったフラッシュバックが繰り返される場面が多かったからである。そのため、話がなかなか進められず、登場人物も多く、わかりにくく感じられた。ただし、シリーズの1作と見れば、登場人物らの説明は当然のことであり、いたしかたないことと思われる。

 ある程度紹介が終わった後、中盤以降は展開が早く一気に読み終えることができた。物語の中心は法廷で証言することとなっているストリッパーの行方を探し出すこと。ただし、そのストリッパーと間違えられて別の者が殺害されたり、マフィアが介入してきたり、警察が横槍をいれてきたりと、捜査は簡単には進められない。さらには、事件の核となるものは単純なはずであったのだが、ブーンは何か不可解なものを感じ取り、これら事件の背後に隠されたものを探っていくこととなる。

 読み終えてみると、読み始めた時と比べてかなり複雑で重い内容であると感じられた。シリーズ化するゆえに、主要人物らはそのまま残るのかと思っていたのだが、それについても思いもよらない展開が待っていたりする。

 この作品自体もなかなか面白かったのだが、今後の続きが気になってしょうがないシリーズと言えよう。何作まで続くのかもわからないが、早く続きが読みたくてしょうがない。首を長くして次回作を待つこととしよう。


紳士の黙約   7点

2009年 出版
2012年09月 角川書店 角川文庫

<内容>
 サンディエゴにて、仲間たちとサーフィンをしつつ、探偵を生業としているブーン・ダニエルズ。いつもながら、探偵の仕事は全くない状態であったが、近隣に住む資産家のサーファー仲間から浮気の調査を持ちかけられる。気のりはしないものの、知り合いということもあり、報酬も良いということもあって、引き受けたブーン。そこにさらなる気乗りしないような仕事が持ちかけられることに。地元で有名なサーファーであり、ブーンも尊敬していたK2ことケニー・クーヒオが若者たちとの小競り合いにより、殴り殺されるという事件が起きたのである。ブーンの恋人で弁護士であるペトラ・ホールから、加害者の調査を頼まれることとなる。その依頼を引き受けるということは、地元の人々どころか、ドーン・パトロールの仲間たちでさえ敵にまわすこととなるのである。結局は、仕事を引き受けることとなるブーンであったが・・・・・・

<感想>
「夜明けのパトロール」の続編となる作品。前作を読み終えた時には、続きが読みたいと思いつつも、きちんと続編に持ち越せるのだろうかと、期待と不安があったのだが、見事にその不安部分を吹き飛ばしてくれた。前作を上回るほど面白く、これを読むとますますシリーズとして期待が高まってゆく。

 今作では、地域と密着する地元サーファーやその周辺の人々が、観光や後から住みついた者たちとのトラブルを背景として描いた内容となっている。そうした背景のなか、地元の英雄がチンピラまがいの少年たちに殴り殺されるという事件が起こる。本来、地元側につくべき主人公ブーン・ダニエルであるが、彼は仕事の依頼により、加害者の弁護側にまわるという苦悩が描かれている。

 本人も納得しないまま、加害者の側にまわって調査を進めていくこととなるブーンであるが、きちんと進められていなかった捜査や目撃証言の矛盾などに気が付き、本当は現場で何が起こっていたのかを付き進めることとなる。その調査こそがメインかと思いきや、思いもかけぬところからとんでもない事件に巻き込まれることとなり、ブーンはますます大勢の人々から反感を買うこととなって行く。

 地元民としての生き方、サーファーとしての生き方、探偵としての生き方、さらには友情と恋人との愛情。そうしたものの、葛藤のなかでブーンは悩んでいくこととなる。今作では探偵としての生き方、元警官ゆえの真実への探求、そういったことに目覚めていったようにも思える。ただ、それだけでは普通の私立探偵と変わらず、最終的には地元サーファーとしての予想だにしなかった行動をとることによって大団円を迎えることとなる。

 今後もますますこうした矛盾した立場のなかで板挟みになっていくことが多くなっていくのであろう。そうしたなかで、ブーンがどのような選択をして、どのような道を突き進むことになるのかが見ものと言えよう。


野蛮なやつら   5.5点

2010年 出版
2012年02月 角川書店 角川文庫

<内容>
 カリフォルニアのラグーン・ビーチにて、マリファナの栽培と売買で成功を収めるベンとチョンとオフィーリアの3人組。順調にいっていたビジネスであったが、麻薬カルテルが彼らを傘下に収めようと働きをかけてくる。好戦的なチョンに対して、平和主義のベンはビジネスから引き上げることを決意する。しかし、納得のいかない麻薬カルテルのボスは、オフィーリアを拉致し、彼らを支配下に置こうとする。これに対してベンとチョンはオフィーリアを取り戻すための計画を練る。

<感想>
 最近書かれているウィンズロウの作風とはちょっと異なるもの・・・・・・という気はするのだが、作風を変えることによって、普通のありがちなアメリカ文学系の作品というように思えた。ようするに、“若者”“ドラッグ”“乱痴気騒ぎ”というような。

 もちろんのこと単なる乱痴気騒ぎで終わるようなことはなく、ある種計画的な行動がなされているのだが、後半へは“騒動”で終わってしまったという感じ。

 麻薬カルテルに関する小説としてはウィンズロウ自身が「犬の力」という壮大なドラマを描いているので、どうしてもそれと比べて劣っているように思えてしまう。どうもこれがウィンズロウらしい作品なのか、ウィンズロウらしからぬ作品なのか微妙。ひょっとすると「犬の力」のほうがウィンズロウらしからぬということだったのか?


サトリ   6点

2011年 出版
2011年03月 早川書房 単行本(上下)

<内容>
 1951年、日本の巣鴨拘置所に服役していたニコライ・ヘルはCIA局員ハヴァフォードから取引を持ちかけられる。釈放と引き換えに、ある人物を暗殺してもらいたいと。依頼を引き受けたニコライは、成形手術をし、ミッションを達成するための準備としてフランス人を装う訓練を受ける。ソランジュという女性からニコラスは訓練を受け、そして二人は恋に落ちる。そうした時間もつかのま、ニコライは暗殺を実行するために、単身北京へと向かうのだが・・・・・・

<感想>
 トレヴェニアンの死後、ドン・ウィンズロウが「シブミ」を継ぐことになろうとは。「シブミ」という作品はニコライ・ヘルという東洋人の心を持つ西洋人がたぐいまれなる体術により、敵と戦って行くというストーリー。東洋の造形の深さとニコライ・ヘルという人物造形に魅せられ、強く印象を残した作品となった。しかし、その作品にひとつ不満があった。それは、ニコライの青年期の過程がきちんと描かれていなかったこと。もっとも読みたい部分が軽く飛ばされてしまい、もっとこの物語を読ませてもらいたいという思いが芽生えることとなった。それを補完してくれるのがこの「サトリ」である。

 雰囲気は十分、東洋の心を残したニコライ・ヘルによる“シブミ”と“サトリ”の極致が描かれた作品と言ってよいであろう。物語の作り方もうまいし、スパイ小説としても最後の最後まで予断を許さない展開となっている。まさに至高のひと時を過ごすことができたといえよう。

 と言いつつも、あまり褒めすぎてもどうかと思えるのだが、何しろ基本的にはトレヴェニアンが残した人物造形があまりにも大きいので。また、本書で気になったのは、あまりにもぶつ切りの多視点小説となっているところ。ある意味読みやすいとも言えるのだが、無駄な空白ページがやけに目についたのも事実である。ここまで多視点にする必要はなかったのではないかとも感じられた。

 基本的には十分満足できた作品。それでもやはりオリジナルである「シブミ」を越えるのは難しいのかなと。あと、ニコライ・ヘルの冒険は、このエピソードはほんの一端に過ぎず、まだまだ書き綴ることができるようである。この続きはウィンズロウか、もしくは別の作家によって書かれるという可能性があるようだ。今後もまたニコライ・ヘルに会うことができるかもしれない。


キング・オブ・クール   6点

2012年 出版
2013年08月 角川書店 角川文庫

<内容>
 軍人であるチョンは大麻の種子を持ち込み、友人のベンとともに大量の大麻を製造し、大がかりな商売を行うことに成功する。しかし、他の商売敵の手により目の敵にされる羽目となる。チョンは力ずくで彼らを排除し、元の状態に戻そうとする。そんなチョンが軍役により、再び戦場へと戻ることとなり、残された平和主義者であるベンが窮地に追い込まれることとなり・・・・・・

<感想>
「野蛮なやつら」の前日譚を描いた作品。「野蛮なやつら」は、ドラック小説というか、やや粗目な内容であるので、好みの作品とは言い難かった。それを引き継ぐこの「キング・オブ・クール」であるが、読んでいるうちにその内容に徐々に引き込まれていくこととなった。

 この種の作品であれば、同じくドン・ウィンズロウ描く「犬の力」という最高傑作があるので、それには及ばないものの、本書がその「犬の力」と肩を並べようかというような一大サーガとなっていることに非常に驚かされた。

 主人公は「野蛮なやつら」に引き続き、平和主義者のベン、軍人のチョン、彼らの友人“O”(オー)といった面々。彼らが登場する話とは別に30年以上前に起こった話が並行して語られる。そちらも麻薬を生業とする者たちを主とした物語。この話が何故、この作品で語られているのかが最初はわからなかったのだが、徐々にベンやチョンとの話と結びついていくことに気づかされることとなる。

 元々この作品のような展開を考えて「野蛮なやつら」が作られたわけではないようなのだが、それにしてはうまく帳尻というか、話を合わせてきたなと、その力技に感心させられてしまう。作中にて、何気にボビーZやフランキー・マシーンといった、ウィンズロウの他の作品の登場人物までもが出てくるところも楽しめる。ウィンズロウの作家としての力量と円熟さに思わず感じ入ってしまう一冊。


報 復   6.5点

2014年 出版
2015年12月 角川書店 角川文庫

<内容>
 元デルタフォースの隊員で数々の戦場を駆け巡ったデイヴィッド・コリンズ。今は空港の保安監督官として働くものの、未だに過去の戦場でのトラウマに悩まされていた。しかし、妻と子供の存在に慰められ、なんとか身を立て直し、普通に生活を送る日々を続けられていた。そんな矢先、妻と子供が乗った飛行機がテロリストにより爆破されてしまう。絶望に陥るデイヴに対し、政府はテロリストの存在をひた隠し、事故は飛行機の整備不良であると発表する。悲観にくれるデイヴは自分の手でテロリストに対して報復をしようと、昔の上官であり、今は傭兵部隊を率いているマイク・ドノヴァンに連絡をとり・・・・・・

<感想>
 ウィンズロウの新刊は、テロに対する復讐を描いた作品。これは読み方によっては社会派小説ともとることができる。しかし、本書を読む基本的なスタンスとしては、あくまでもエンターテイメント小説として読むべきものではないかと思われる。“テロ”というものについてとか、復讐についての是非などを問いただすと、袋小路に迷い込む恐れがあるので、単なる勧善懲悪の小説として読んだほうが気楽に楽しむことができるであろう。

 どんな内容かといえば、ウィンズロウ版“七人のサムライ”。ずばりこれ一言。復讐を目的とした男と、彼にやとわれた傭兵たちによって、ターゲットとなる人物を殺害するというもの。それらが近代的な武器と方法で行使されてゆくこととなる。

 分厚い小説であったが、思いのほかスラスラと読むことができた。一気読み必至といってもよいくらい。雇われる兵士が10人と数が多いのだが、読んでいくうちにそれぞれが存在感を出すようになってくる。できれば、もう一度最初から読み直して、それぞれのキャラクターについて確認し直したいくらいである。


失 踪   6点

2014年 出版
2015年12月 角川書店 角川文庫

<内容>
 ネブラスカ州にて、一人の少女が行方不明となった。刑事フランク・デッカーをはじめ、警察の必死の捜査にも関わらず、少女の行方はわからないまま月日が経った。デッカーは事件に対し責任を感じ、また家庭がうまくいっていないというせいもあり、警察を辞職し、単独で少女の行方を捜し始める。そうしてある日、ようやく手がかりがみつかり・・・・・・

<感想>
 昨年末に「報復」と共に出版されたウィンズロウの新作。「報復」とは内容は全く異なるものの、主人公の矜持という点では、兄弟作のような感触を受けた。

 ひとりの刑事が解決できなかった少女失踪事件に責任を感じ、刑事を辞職して単独で捜査を行うという内容。何もそれだけの理由で刑事を辞職しなくてもと思うのだが、私生活における夫婦の間にも違和感を覚える日々が続き、そのことも単独捜査を行うことに拍車をかけることとなる。

 あとは孤独な捜査が続き、手がかりを見つけ、なかば盲目的に少女の行方に迫ってゆくというもの。後半では強引な捜査に危うさを感じさせつつも、劇的な展開の連続で読んでいるものを惹き込んでゆく。

 中盤までは地道な捜査が行われながらも、後半はハリウッド的なご都合主義のノリで驀進していくという感じ。そこがいいか悪いかは人によって感じかたは異なるかもしれないが、エンターテイメント小説としては十分完成されていたなと。「報復」といい、この作品といい、単独作品ではもったいなく、シリーズとして読みたいくらい。


ザ・カルテル   6.5点

2015年 出版
2016年04月 角川書店 角川文庫(上下)

<内容>
 30年におよぶ戦いの果てに、麻薬捜査官のアート・ケラーは、麻薬王アダン・バレーラを投獄することに成功した。その後、ケラーは修道院にて身をひそめ生活する。しかし、アダン・バレーラが脱獄を果たし、世に出てきたことを知り、ケラーは再び捜査官の職に戻り、メキシコで犯罪者たちとの抗争を繰り広げはじめ・・・・・・

<感想>
 ウィンズロウの「犬の力」の続編。ストーリー的にも、「犬の力」が終わった後から、たいした時代を経ずにすぐのことを描いているので、本当の意味での続編。ただ、前作が出てから7年の月日が経っているので、正直前作の詳細は憶えていなかった。ただ、それでも本書を読むのに支障はなかったので、この作品から読んでも問題はないかもしれない。もし前作を読んでいないのであれば、前作から読むことをお勧めしたい。とはいえ、今作が膨大ともいえるページ数なので、前作から読み続けると、とんでもない分量となるのだが。

 前作「犬の力」は、ウィンズロウの代表作と言いたくなるような作品であり、名作と言っても過言ではないと思われる大作。今作は、前作に比べるとそこまで名作という感じはしなかった。あまりにも長大ということもあるのだが、それだけではなく、物語というよりも戦争ルポというようなジャーナリズム的な感触が強いと感じられたからである。

 最初はアート・ケラーとアダン・バレーラの二人の物語から始まってゆくのだが、次第にその他大勢の人が物語に関わりはじめ、群像小説となってゆく。そのなかで、現地の新聞記者パブロの視点のパートが挿入されることとなる。個人的には、このパートはさほど必要ではないのでは? と思えたのだが、最後まで読んでゆくと、実はこのパートこそが著者にとっては最も重要な視点であったのではないかと感じられた。

 本書は物語云々よりも実際の麻薬戦争において、どのようなことが起き、どれくらいの人々が死に、過酷な状況がどれくらいの年月の間続いたのか、そういったことをあらわにしたかったのではないかと思われた。そういった過酷な戦争の様子が数値だけでも圧倒されるものであり、さらには作中の人物がその過酷な日々を経験していく様子によりいっそう、当時の様子がどのようなものであったのかを目の当たりにさせられる。そして、このような状況が終わるのではなく、これからも何度も同じ歴史が繰り返されてゆくのであろうという事実に胸をつまらせてしまう。


ダ・フォース   6点

2017年 出版
2018年03月 ハーパーコリンズ・ジャパン ハーパーBOOKS(上下)

<内容>
 マンハッタン・ノース特捜部、通称“ダ・フォース”。デニー・マローン率いるニューヨーク市警の中でも最もタフで優秀な警官たち。ニューヨークの街を取り仕切る中で、彼らこそが街の中心であったはずなのだが・・・・・・とある事件を境にデニー・マローンは内部監査室から標的とされ、彼は重大な選択をせねばならない羽目に陥り・・・・・・

<感想>
 ウィンズロウによるノワール小説。ダ・フォースと恐れられ、敬われる警察チームの成功ではなく、凋落が描かれた物語。

 なんとなく作風は異なれどエルロイ風の話だなと。エルロイ的な物語をウィンズロウが描いたというような内容の作品。ただ、本書はエルロイ作品のように多視点で描かれず、基本的にはデニー・マローンという主人公一人の目線から描かれているので、物語を把握しやすく、読みやすい小説となっている。

 まぁ、やるせないというか、何とも言えない感じの作品である。主人公は自分なりの正義を確信して行動を起こしていたのだが、いつの間にか取り返しのつかない状況に追い込まれてしまっている。ただ、このような仕事についているうえでは、遅かれ早かれ結局はどうであれ同じ道を歩んでしまうのではないかと想像させられる。そうすると、職務にまい進し、業績を上げること自体が間違いではないかとの疑問もわいてくる。

 なんともパラドックス的というか、組織もしくは社会的なシステムが崩壊しているとしか言いようがない。とにもかくにも、アメリカの警察組織において成功してゆくには、業績のみならず、政治的にもしっかりと外堀を埋めて、足元を確保せねばならないということか。ただ、そうしても決してうまくいくとは限らないようであるが・・・・・・


ザ・ボーダー   6.5点

2019年 出版
2019年07月 ハーパーコリンズ・ジャパン ハーパーBOOKS(上下)

<内容>
 アート・ケラーとアダン・バレーラの対決から1年。麻薬王バレーラが王の地位を去り、麻薬戦争は終結すると思いきや、新たな世代闘争を巻き起こし、戦乱と麻薬の流入は勢いを増すばかり。アート・エラーは再び、麻薬捜査の職に就き、麻薬の撲滅に奔走し始めるのであったが・・・・・・

<感想>
 長かった、本当に長い、いや、長すぎる作品。読むのに2か月かかった。「犬の力」「ザ・カルテル」もそれぞれ長かったのだが、それらをはるかにしのぐ長さ。

 本書は「ザ・カルテル」に続く、完全なる続編。「ザ・カルテル」以後の出来事が書かれたものとなっており、以前の作品に登場したものの、その後の様子が描かれている。

 本書の内容については、かなり微妙と感じずにはいられなかった。というのも、アダン・バレーラ亡き後、その覇権をめぐって、さまざまな者たちが行動を起こすものの、どれも小物ばかり。その小物たちが勝手に動き、ただ単に国が乱れていく様が描かれているという感じ。

 また、本書はその他、色々なテーマが乱立しすぎているとも思われた。麻薬に関する問題はもとより、移民問題、さらには新しい大統領の登場による社会の乱れ。そういった前作とはからまないような事象までが出てくるゆえに、これだけ長い作品であるにも関わらず、全然描き切れていないとまで感じられてしまう始末。ただ、こういった様々な問題提起がなされているところを見ると、ドン・ウィンズロウは、今の社会を過ごしていく中で、色々と感じるところがあり、そうした社会問題をこのシリーズの中で描いてみようと思ったのではないかと考えてしまう。

 と、全編読んでいて微妙と感じられるところが多かったのだが、ただそういった思いは最後のアート・ケラーの独白により、すべて吹っ飛んでしまう。ケラーなりの麻薬戦争に対する感じ方、そしてアメリカ合衆国に対する憂い。本書は、そして本シリーズはウィンズロウがアート・ケラーの言葉を借りて、アメリカ国民へ投げかけるメッセージのように強く印象に残されることとなった。

 本書自体が長いページ数の作品であり、しかもシリーズの最初から読むべき作品でもあるゆえに、決して万人に薦められる作品ではないのだが、それでも決して読んで損はさせない作品であることは強く言っておきたい。エンターテインメント系の作品であるにも関わらず、アメリカとメキシコにおける“現在”がまざまざと描かれた社会派小説でもある。


壊れた世界の者たちよ   6点

2020年 出版
2020年07月 ハーパーコリンズ・ジャパン ハーパーBOOKS

<内容>
 「壊れた世界の者たちよ」
 「犯罪心得一の一」
 「サンディエゴ動物園」
 「サンセット」
 「パラダイス」
 「ラスト・ライド」

<感想>
 ドン・ウィンズロウの新作はなんと短編集。色々な作品が読めるといいつつも、結構シリーズ作品の登場人物が出てきており、あまり新鮮味はなかったような。また、シリーズ作品よりも、ノン・シリーズ作品のほうが面白く読めたという感じであった。

 最初の「壊れた世界の者たちよ」は、長編「ダ・フォース」を短編化したような雰囲気の作品。刑事である弟を殺された同じく刑事の兄は、麻薬組織に対して復讐を誓い、それを実行するという内容。アクション・サスペンス風でありつつも、終始ノワール小説のような雰囲気がまとわりつく作品。

「犯罪心得一の一」は、宝石強奪犯を主軸に描いた作品。犯罪者の優雅な生活というような感触であるが、その犯罪者がこの地域で最後の仕事をなそうとするとき、自身の心得に従わないゆえに罠に陥るというもの。その結末は!? という感じで楽しめる作品。ラストについても、一筋縄でいかない展開が見所。

「サンディエゴ動物園」は、ひとりの警官の成長を描いた作品。刑事として活躍したい警官が動物園で銃を持ったチンパンジーを捕えようとした際にさらしものになってしまうという羽目に陥る。上司からの評価はさんさんたるもので、それを打開しようと単身で事件の解決に乗り出す。この作品集の中では、唯一と言っていいほど気楽に楽しめる作品。

「サンセット」は、シリーズキャラクターのブーン・ダニエルズとニール・ケアリが登場する。ただ、扱う事件が借金の回収ということで、やや微妙。さらに言えば、ブーン主体の話であるせいか、ニールがただただ情けなかったような。ニール・ケアリって、こんな感じの人だっけ? という感触のみで終わってしまった。

「パラダイス」のほうも、同じくシリーズキャラクターが満載の作品。そのなかで「ボビーZの気怠く優雅な人生」の後日譚を読むことができたので、それだけでも読む価値はあった。シリーズキャラクターものとしては「サンセット」より、こちらの「パラダイス」のほうが面白く読めた。

「ラスト・ライド」は、非常に印象深い内容の作品。メキシコから押し寄せる難民についての話を描いた作品。ひとりの男が移民としてやってきた少女を親と再会させようと、規律に反した行動をとるという内容。とにかく終わり方に何とも言えないものがある。全体的な考えが正しいのか、それとも個人の考えを尊重すべきなのか、悩ましい話ともいえよう。


業火の市   7点

2021年 出版
2022年05月 ハーパーコリンズ・ジャパン ハーパーBOOKS

<内容>
 1986年、ロードアイランド州プロヴィデンス。この都市を根城とするアイルランド系マフィアの一員であるダニー・ライアン。プロヴィデンスの裏社会ではアイルランド系マフィアとイタリア系マフィアが共存してきたが、ひとりの女を巡る争いにより、その均衡が崩れ始める。その火種はやがて大きなものとなっていき・・・・・・

<感想>
 マフィアの抗争を描いた小説として、内容としては普通というか特に予想を上回るようなものでもなく、ありきたりと言ってもよいであろう。ただ、それにもかかわらず作品として十分面白く、読むものを惹きつける魔力を持った小説となっている。

 同じ都市で共存していたアイルランド系マフィアとイタリア系マフィアの争いを描いた作品。主人公はアイルランド系マフィアのなかで、やや微妙な立場に立たされているダニー・ライアン。そんな彼が、家族、友情、親子、さまざまな絆のなかで葛藤しつつも、破滅へと向かう抗争の渦中へと身を挺していくこととなる。

 ここでは、争いの火種となるのは、美女の存在と、やっかいもののボスの息子。はたまた、イタリア系マフィアの跡を継いだ男についても、人の上に立つにしては微妙と思われる節が色々とあったりする。結局のところ、何がどのように転んだにしても、どこかで争いの火種が発生するのは避けられないものなのであろう。よって、組織の縮小というものは必然であり、また時代に移り変わりによって自動的に淘汰されるものなのであろうと考えずにはいられなくなる。

 そんな栄枯盛衰のうちの衰退の部分のみが描かれている作品ではあるのだが、それでも魅力的に描かれていると感じられた。そこに生きる葛藤を抱えた人々の様子がまざまざと描かれている。最後のほうは、組織同士の抗争というよりも、個人個人がそれぞれなんとか生き延びようとする裏切りと騙しあいという状況になってゆく。そして最後に生き残るのは、というか最後まで生き延びるのは誰か、というところも大きな注目点の一つであろう。しかし、これがまだ三部作の第一部だとは信じられないような幕引きであるのだが・・・・・・


陽炎の市   6点

2023年 出版
2023年06月 ハーパーコリンズ・ジャパン ハーパーBOOKS

<内容>
 1988年12月、抗争に敗れたアイルランド系マフィアのダニー・ライアンを頭目とする一団は東海岸から脱出し、西へと逃亡する。ダニーは幼い息子を連れた逃亡生活となり、結局のところ反目していた資産家の母親マデリーンを頼り、彼女の元で暮らすことに。一方、抗争に勝ったはずのイタリア系マフィアの頭目、ピーター・モレッティであったが、その抗争によって力を失い、求心力を亡くしていた。それでもモレッティは、ダニーが奪っていった麻薬を手に入れようと、執拗に彼の行方を捜し続ける。一方、FBIも一部のものが執拗にダニーの行方を追いかけていた。ダニーはそうした状況を打開するために、とある危険な仕事を請け負う羽目となり・・・・・・

<感想>
「業火の市」に続く3部作の2作品目。しっかりと、1年おきにでているところが凄い。

 前作でマフィアの抗争に敗れ、幼い子供を連れ、逃亡生活を送ることとなったダニー・ライアン。ただ、このダニー、実は普通の一般のひとであり、たまたまマフィアのボスの娘と結婚し、さらには抗争によってマフィアのファミリーたちが次々と殺されていったために、図らずも組織を背負うことになってしまった。その境遇には同情を禁じ得ない。

 そうして七転八倒ありつつも、なんとか逃亡生活に区切りをつけることができるようになる。すると、そこからハリウッド映画に関連する厄介ごとが持ち上がってゆく。最初は、この映画にまつわる部分は本編と関係なさそうで余分に思えたのだが、実はこの件がダニー・ライアンのその後の生き方に深くかかわることとなる。

 最初はダニーに対し、同情的な感情を抱いていたものの、最後のほうになると、さすがにそういった感情も薄れてしまったかなと。「業火の市」でダニーが軽蔑していた人物と、まさか同じような人生を辿ることになろうとは、ダニー本人も思ってはいなかったことであろう。人間というものは、それほど弱いものなのか。もしくは、恋愛というものはそれほどまでに人生を狂わせてしまうものなのか。




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