ア行−イ  作家作品別 内容・感想

わたしを離さないで  Never Let Me Go (Kazuo Ishiguro)

2005年 出版
2006年04月 早川書房 単行本

<内容>
 介護人であるキャシーは、幼少時代の頃を思い出していた。彼女は“ヘールシャム”で生まれ育ち、数多くの友人達とそこで過ごしていた。その友人達がいなくなりつつある現在、キャシーはその頃の生活がいかに幸せであったのかと思い起こし・・・・・・

<感想>
 一昨年、日本で訳され話題になった作品。現在は既に文庫化されてしまっているが、ようやくこの年末になってから着手し、読み終える事ができた。

 本書を読み始めてすぐに、“?”と思ったのは“ヘールシャム”という単語について。これが実在のものなのかどうかは分からないが、この“ヘールシャム”という存在が本書では重要な位置を占め、徐々にその全容が明らかにされてゆく。

 ここで登場する主人公達は、ある意味、非常に残酷な運命を強いられることとなる。大人になって、彼らはようやくそれを目の当たりにすることとなるが、幼少時代はそういった運命とは関係なく、普通の暮らしを送ることとなる。しかし、何かが違うということに気づきながらも、日々の自分達の生活に没頭しながら、時には夢を見ながら、普通に成長していくこととなる。

 そういった光景が、抑制された文章のなかで端正に描かれた作品となっている。“抑制”という言葉は、あとがきから引用したのだが、実に本書をうまく捉えていると感じられた。

 描き方によっては残酷に表すことも可能といえる子供達の運命を、静謐ともいえるような表現で描ききった作品。良書として広くお薦めしたい逸品である。


IQ  IQ (Joe Ide)   6点

2016年 出版
2018年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ロサンゼルスに住む黒人少年アイゼイア。彼は兄と共に暮らしていたが、兄が交通事故により不慮の死を遂げてからはひとりで生活することを強いられることとなる。そんなとき、不良少年ドッドスンと出会い、彼と共に犯罪に手を染めながら生きていくこととなる。
 その後、青年となったアイゼイアは、地域の住人のもめ事を解決していったことにより“IQ”と呼ばれ、探偵を生業としていた。ある日、以前の相棒ドッドスンと共に、大物ラッパーの命を狙うものを探り出すという依頼を受けることとなり・・・・・・

<感想>
 思っていたよりも面白く、楽しめた。最初はありがちな犯罪小説かと思ったのだが、それなりに内容が深く、主人公の探偵っぷりとその相棒のくずっぷり、そして二人のかみ合わないながらのちょっとした友情(というか単なる腐れ縁?)を感じ取ることができる。

 主人公アイゼイアは兄の死後、ひとりで生きていくこととなり、やむを得なく相性の合わなそうなドッドスンと共に生活することとなる。そして、強盗を生業に生きていくこととなるのだが、やがて罪の意識が重荷となり、ドッドスンとたもとを分かれ、探偵として生きていくこととなる。その後、探偵として生き続けるも、またもやドッドスンと共に仕事を請け負う羽目になり・・・・・・

 物語は、アイゼイアが青年となって探偵として生活をしているパートと、過去のアイゼイアとドッドスンが出会ってから共生を始めるパートの二つが交互に展開されてゆく。そして、過去と現在が徐々につながってゆくという風に描かれている。

 この作品のなかで、主人公のアイゼイアはシャーロック・ホームズばりの推理を披露することから周囲から“IQ”と呼ばれている。ただ、そのへんの推理の披露や、“ホームズ”ばりというような部分は少々弱かったような気がする。どうしても今作は、アイゼイアの過去から現在の流れを描く必要があったせいか、探偵としての活躍っぷりが描き足りなかったのはいたしかたないことか。

 この作品はシリーズとして、現在3作目まで描かれているそうで、これは続きを読んでもいいかなと思っている。2作目ではぜひとも“IQ”と呼ばれる探偵としての才能がいかんなく発揮されるような物語が読めることを期待したい。


IQ2  Righteous (Joe Ide)   6点

2017年 出版
2019年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
“IQ”ことアイゼイアは、八年前に轢き逃げにあい死亡した兄の未解決事件に関する手がかりを得ることに。その事件の捜査を進める一方で、かつての兄の恋人であり、現在は弁護士として働くサリタから依頼を受けることに。サリアの義理の妹ジャニーンと恋人のベニーは、借金まみれとなっており、危ないことに手を染め、のっぴきならない状況に追い込まれているのだと。事件を解決するべくアイゼイアは奔走することとなり・・・・・・

<感想>
 暗黒街のホームズ、どこへやら。普通のクライムノベルとなってしまった作品。

 前作のようなキレが主人公から感じられない。それどころか、ところどころから迷いや戸惑いすら感じられてしまう。なんとも主人公が冴えなかったという印象が強かった。

 また、全体的に群像小説というか、さまざまな人の視点により話が進められてゆくので、構成の面でも主人公の存在が薄かったかなと。なんとなくではあるが、主人公が登場していたのって全体の三分の一くらいではないかと思えてしまうくらい。

 とりあえず、兄の事件に関しては一区切りついたような感じではある。今後アイゼイアは今までとは異なる道へと進むことになるのか、それともこのまま裏社会の便利屋として生きるのか。というか、今後続編って出るのかな?


湿 地  Myrin (Arnaldur Indridason)

2000年 出版
2012年06月 東京創元社 単行本

<内容>
 アイスランドのレイキャヴィク。とあるアパートで老人の死体が発見された。何者かによる衝動的な殺人とみなされたが、現場に残された“おれ は あいつ”というメッセージのみが事件の異様さを増していた。レイキャヴィク警察犯罪捜査官のエーレンデュルが、殺害された老人の過去を調べ始めると、男が卑劣な犯罪者であったことが浮き彫りとなる。そこから明らかになる隠された過去。徐々にエーレンデュルは手掛かりを得てゆき、真犯人の正体へと近づき始めるのであったが・・・・・・

<感想>
 昨年、派手ではないものの、それなりに話題となったアイスランド発の警察ミステリ。今年すでに、続編の「緑衣の女」が出版されている。最近はやりの北欧ミステリがまたもや紹介された。そういった作品群の中にあって、地味とも言える本書であるが、地味ゆえに警察ものとしてはしっかりしているという印象。また、ページ数が300ページほどとなっており、読みやすいというのも特徴。実際、著者はこのくらいのページ数で作品を仕上げることを心がけているようである。

 警察官は数名出てきてはいるものの、基本的にはエーレンデュルという50歳の警察官の主観によって話が進められていく。ちなみにこの警官もそうなのだが、北欧ミステリでは、家庭環境に問題のある主人公がやけに多いように思われる。シリーズ作品を書く上では、当然の設定なのかもしれないが、どの警察官も人の事件よりもまず、自分の環境のほうを整えたほうがよいのではないかと言いたくてならない。

 そうした家庭上の問題を抱えた老齢の警官がとある老人の殺害事件について捜査していく。とにかく地道に捜査し、被害者の過去をたどり、彼に恨みを抱くものをあぶりだしてゆく。そうして、意外な事件の背景が徐々に見え始めることとなる。

 この、コツコツと積み上げてゆく事件捜査に味があると感じられた。老齢のベテラン警官ならではの捜査とアイスランドを舞台にした社会派小説が見事にマッチしていると言えよう。強烈な印象を残す作品というわけではないのだが、その地道さが癖になりそうな作品である。また、これくらいのページ数であれば、今後も読み続けてゆくにはちょうど良いと心から歓迎したい(最近、長大な作品ばかりが多くなっているから)。


緑衣の女  (Arnaldur Indridason)

2001年 出版
2013年07月 東京創元社 単行本

<内容>
 住宅建設地にて、人間の骨の一部が発見された。レイキャヴィク警察は、考古学者の力を借り、埋没している人骨を慎重に掘り進めることとした。人骨の掘り出しが行われている間、警察はベテラン捜査官エーレンデュルを中心に、事件の捜査を開始する。調査を進めていくうちに、そこに住んでいたものの家族構成などが徐々に明らかになり始める。そうした捜査が進められている最中、エーレンデュルは妊娠したまま家を飛び出していった娘から助けを求める連絡を受けることとなり・・・・・・

<感想>
「湿地」に続いて、紹介されることとなったアイスランド警察小説。ただ、警察小説というよりは、“ドラマ”といったほうが、ふさわしいような内容。

 身元不明の人骨が発見され、警察はその捜査に乗り出すこととなる。しかし、物語の焦点は警察の捜査にあるわけではなく、過去にどのような出来事が起きていたのかということが強調して語られることとなる(ただし、人骨の正体は最後の最後まで判明しない)。過去に起きたとある一家の中で執拗に続けられる、夫による妻への虐待。体の不自由な姉と二人の弟という幼い3人の姉弟は、その理不尽な日々をおびえながら暮らしていくのみ。そうした不幸な生活が、どのようにして現代になって発見された人骨へとつながるかが少しずつ語られていくというもの。

 また、前作で良い方向に近づいたと思われたエーレンデュルとその娘・エヴァ=リンドとの関係は、いつの間にかさらに悪化しており、エヴァはエーレンデュルのもとを飛び出していた。この親子の関係も、物語の大きな焦点のひとつとなっている。

 というわけで、今作は過去に起きた一家の凄惨な生活ぶりと主人公エーレンデュルの娘との関係が大きく取り上げられる中での事件捜査となる。地道に事件が捜査されてゆくものの、結局は後半に重要証人が現れ、その人物から過去の真相が語られてゆくという風になる。ゆえに、警察が事件を解決したという印象は薄い。

 結局のところ、一家の凄惨な生活ぶりの印象が強すぎて、それしか残らないような内容。また、その結末もあまりにも現実的すぎて、むなしさと空虚さが残るばかり。どうもミステリを読んだというよりは、ひとつのドラマを見せられたという印象。あくまでもアイスランドという国でのシリーズ作品として受け入れられた一冊という感じがする。


美術館の鼠  

2007年 出版
2009年11月 講談社 アジア本格リーグ3

<内容>
 韓国でも有数の美術館、チョンノ美術館の館長の様子が近頃おかしいと噂されていた。盛況であった“ヴェネチア派絵画展”を早々に切り上げてしまい、引退が予定されている洋画家イム・ヨンスクの回顧展とその弟子で新進作家であるジュンギのデビュー展を行うことを決めたのである。そして、イム・ヨンスクの回顧展の初日、館長は自殺をとげるのである。その直前に会っていたジュンギは館長から「美術館の鼠」という題の原稿を渡されていたのであるが・・・・・・。館長の死の真相は? チョンノ美術館に隠された謎とはいったい!?

<感想>
 アジア本格リーグが送る3作品目は韓国のミステリ作品。絵画の世界と美術館を背景に送るサスペンス・ミステリといった内容。ただ、この作品も“アジア本格リーグ”という名前のわりには、微妙な内容と感じられた。

 見るべきところは絵画の世界を描いているというくらいで、その他にはこれといった部分がほとんどない。肝心のミステリとしての内容にいたっては、タイトルが美術館の鼠というもので、このストーリーではあまりにもストレート過ぎるとしか思えない。このくらいの内容の作品であるのならば、さほど珍しいとは思えないのだが・・・・・・せめて、もう少し作品を特徴付けるような何かが欲しかったところである。

 このアジア本格リーグも、まだまだイマイチという内容の作品しか出てきてないように思える。これでは、アジアミステリ発展どころか、かえって見限られてしまうような気がするのだが。




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