ハ行−ハ  作家作品別 内容・感想

サイレント ジョー   Silent Joe (T. Jefferson Parker)

2001年 出版
2002年10月 早川書房 単行本

<内容>
 保安官事務所で働いているジョーは、いつものように養父ウィルを助手席に乗せ、その指示どおりに車を走らせていた。いつもの事であるがジョーには詳細が知らされないままウィルはいろいろな所を訪ね、政界の大物達と取引をしてゆく。しかし今回はいつもと違い、大金を運ぶ事になったり、ひとりの少女を車に乗せたりという事が行われる。そして車が止められウィルが車から降りたとき、彼は撃ち殺されることに!
 赤ん坊のとき顔に硫酸をかけられ施設ですごしていたジョーを引き取って育ててくれたウィルが目の前で殺されたことにショックを受けるジョー。やがて彼はひとり、その日の真相を調べるべく行動し始める。

<感想>
 本書は2003年版の「このミス」ランキングで上位になり、それを見て買い込んだ作品である。そのときから2年積読になっており、ようやく読み終えることができた。
 最近読んだ本ではジョナサン・レサムの「マザーレス・ブルックリン」(1999)に内容がかなり似ていると感じられた。実際、冒頭の謝辞においてレサムへの感謝の言葉が述べられており、二人の間でなんらかのやりとりがあってこの本ができたと思われる。

 で、本書を読んでみたのだが・・・読むのにかなり時間がかかった。序盤に不可解な事件が起き、そして徐々にその真相が明らかにされるというものなので、最初に起こる事件の詳細が把握できなく、そういったところのわかりづらさで序盤でつまづいてしまった。さらに途中においても物語全般が単調な流れとなっていて読み進めてゆくのに苦労させられた。後半に入ると、さまざまな事象が明らかになってゆき物語の全体像が見えてくるようになるので、ようやくここで楽に読み進めることができるようになった。といった具合になかなかの難物の本であった。

 本書では主人公の父親ウィルの政界における裏側の仕事が徐々に明らかにされながら、ウィルに起きた事件の真相へと到達するものとなっている。そしてその事件を通してジョーの成長が語られてゆくという物語である。ただし、“成長”といっても短い日数の中で語られている話なので飛躍的な成長を遂げるというものではない。あくまでもジョーの内面におけるスタンスがこの事件の前に比べて少々変ったというくらいのものである。今まで顔のやけどの跡ゆえに世間から距離を置き、ウィルの庇護の元で暮らしてきたジョー。そんなジョーのひとり立ちしてゆくために世間の方へと少しだけ歩み寄りつつ行動してゆこうとする様相の変化が淡々とした筆致で描かれている。

 長い時間をかけて、じっくりと味わっていただきたい物語。“サイレント・ジョー”というタイトルが実にふさわしい本である。


おそらくは夢を   Perchance to Dream (Robert B. Parker)

1991年 出版
1992年08月 早川書房 単行本(「夢を見るかもしれない」:改題)
2007年01月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 私立探偵フィリップ・マーロウは以前に依頼を引き受けた事のあるスターンウッド家の執事ノリスに呼び出される。以前にマーロウに仕事を依頼したスターンウッド将軍は既に亡くなり、長女のヴィヴィアンは問題を抱える妹のカーメンをサナトリウムに入院させていた。しかし、現在でも執事を続けるノリスがいうには、そのサナトリウムからカーメンがいなくなったというのだ。マーロウは再びスターンウッド家の問題にかかわる事に・・・・・・
 ロバート・B・パーカーが挑戦する「大いなる眠り」の続編。

<感想>
 チャンドラーの遺稿「プードル・スプリング物語」を完成させたパーカーの手によるチャンドラーの処女作「大いなる眠り」の続編がこの「おそらくは夢を」である。これは買わずにはいられないだろう・・・・・・と大きな事をいいながら実は15年前に単行本で出ていたということを全く知らなかった・・・・・・

 ただ、私事では去年に「大いなる眠り」を再読していたので、読むタイミングとしてはちょうど良く、タイムリーに楽しむことができた。

 本書を読みながら考えていたことは、パーカーが続編を書くにしても何ゆえ「大いなる眠り」の続編なのだろうということ。チャンドラーの作品と言えば「長いお別れ」を筆頭に他にも名作はいろいろある。

 この理由を予想してみると、「大いなる眠り」というのはフィリップ・マーロウが登場する作品にとしては他のものに比べて退廃的な感じや淫猥な色が濃かったというように思える。特にそういう雰囲気を取り入れたかったのではないだろうか。また「大いなる眠り」にはスターンウッド家の2人の娘という扱いやすそうで、話を広げやすそうなキャラクターの立った登場人物が出ている。これらを活かす事によって、パーカーの頭に描くフィリップ・マーロウ像を一番うまく動かす事ができると考えたのであろう。

 そして肝心な内容はというと、そこはちょっとと思えるふしも多々あった。「大いなる眠り」の登場人物が多々登場する導入はよいと思えるのだが、後半の展開はハードボイルドを逸脱したような内容のように思えた。特に終盤はサスペンス・スリラーという雰囲気のアクションものになってしまっている。この辺は読む人によってはちょっと違うんじゃないかなとも感じられるところではないだろうか。

 ただ、今はもう書かれないフィリップ・マーロウが活躍する姿が描かれている作品がここに在るのだからファンにとっては一読の価値があるだろう。自分が描くフィリップ・マーロウとどこが違うかなどということを確かめながら読んでみても面白いかもしれない。


エンジェルメイカー   Angelmaker (Nick Harkaway)   5.5点

2012年 出版
2015年06月 早川書房 ハヤカワミステリ1896

<内容>
 ジョー・スポークは大物ギャングの息子として生まれたが、彼は時計を専門とする機械職人として人生を全うしていた。ところがある日、謎の機械を修理したことにより、謎の機関から狙われることとなる。彼が修理したのは第二次世界大戦直後に開発された最終兵器への鍵であったのだ。その兵器は、ジョーの祖父らの人生に関わるものでもあり、否が応でもジョーは騒動の渦中に巻き込まれてゆくこととなり・・・・・・

<感想>
 あまりにも分厚かったから積読にしてしまっていた作品。年末年始を利用して、ようやく読み終えることができた。ちなみにこの本、ハヤカワミステリ史上一番長い作品とのこと。

 正直言って、あまり面白くなかったかな。多分この本、要約すればもの凄く面白くなると思われるのだが、無駄な部分が多すぎる。特に序盤にそれが多くみられるような感じがして、この本を手に取った人の中にも最初のほうで読むのをあきらめた人が多かったのではなかろうかと推測してしまう。

 途中で寄り道というか、挿話や過去の話が度々繰り広げられるのだが、それらの挿話がことごとくつまらない。そんな感じで延々と続くので、読み続けるのも大変であった。ただ、中盤以降からはある程度、そういった挿話も少なくなり、本筋を一直線に進んでいくようになるので、ある程度読み進めることができれば、最後まできっちりと読み通すことができるようになるであろう。

 大雑把な内容は、亡父がギャングであったという機械職人の青年が、その父親が関連した謎の機械を巡る陰謀に巻き込まれるという話。過去に起きた攻防を示しつつ、多数の人々を巻き込んで騒動を起こしつつ、最終的に事態の解決を図ってゆくという感じのもの。

 この作品に限らず、何故か近年の海外ミステリ作品は長大なものが多い。それが内容が伴っていればよいのだが、そうでないものが多すぎて、気軽に手に取ることができなくなっている。そんな海外ミステリを敬遠したくなる代表作と言いたくなるような作品が本書。それにしても、編集の段階でもっと要約するなり、なんとかならなかったものかね。


キングの死   The King of Lies (John Hart)

2006年 出版
2006年12月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 弁護士ジャクソン・ピケンズの元に、父親の死体が発見されたという知らせがもたらされた。地元の有名な弁護士である父親の行方がわからなくなってから1年半近くが経っていた。そんな父親が射殺体として発見されたのだ。警察の捜査が行われる中、ピケンズは妹のジーンが父を殺害したのではないかと疑いを抱き、自身がその容疑をかぶろうと考えるのであったが・・・・・・

<感想>
 ジョン・ハートの処女作。すでにハートの作品は3作読んでいるのだが、ようやく最初の作品を読むことができた。この作品が訳された後、次の「川は静かに流れ」が訳されるまで3年かかっているので、この作品自体はあまり売れなかったのだろう。

 ハートの作品を既に読んでいると、この作品は著者らしい作品であると納得することができる。この作品でも家族の絆が中心となり物語が描かれている。独善的で家族を支配する父親の死、父親の庇護のもとで生き続けてきた主人公の息子、父親に反発して家を飛び出して身元不明の女と暮らす妹、その家族の犠牲になった母親。こういった家族関係のなかで、息子は父親の死の真相に迫ることとなる。

 主人公はすでに中年の域に達しており、成長小説と言ってしまうと少し変ではある。しかし、いままでさんざん圧力をかけられていた父の元から離れ、自身の自由と生き方を改めて考えていくという意味では成長小説と言っても言い過ぎではないだろう。ただ、この主人公を取り巻く状況が特殊と言えば特殊なので、共感を得る内容ではない。その点が人気の出なかった点なのかもしれない。

 まぁ、よく描けてはいるものの内容は普通という気がしなくもない。ミステリというよりも文学的な観点で見た方が、得るところがあるのだろうか。まぁ、「川は静かに流れ」以降のハートのファンであれば、読んでおいて損はないかもしれない。


川は静かに流れ   Down River (John Hart)

2007年 出版
2009年02月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 とある事件がもとで父親から勘当され、故郷を追われたアダムは、かつての友人からの差し迫る電話により、故郷へと戻る決意をする。しかし、そこで彼を待っていたのは町の人々からの相変わらずの不信感と、新たに巻き起こった殺人事件。しかも、それらの事件に出くわすこととなったアダムは警察から疑われる事に。事件の謎を解き、家族を守ろうとひとり奔走するアダムであったが・・・・・・

<感想>
 2009年話題になった本の一冊ということにより、年をまたぐ前にさっそく読んでみた。これはなかなかうまくできたサスペンス小説。家族の絆を描いた物語でもあり、イメージとしてはロス・マクドナルド的といったところか。

 本書はよく出来た作品と思える反面、特に独創的な部分というものはなく、なんとなくありがちな作品ともとらえられる。にもかかわらず、これだけ賞賛されると言うことは描写が優れているということなのだろうか。

 本書にのめりこめるかどうかは、主人公であるアダムに共感できるかにかかっているのではなかろうか。彼は少々破天荒な人物と言える。そういう風になってしまったのは、母親の死のショックによるものというトラウマ的な部分が強いのだが、多少それを引きずりすぎているようにも感じられる。

 また、彼自身が反社会的であると言ったら言い過ぎかもしれないが、一部の人にしか心を開く事ができず、そのため周囲の人々に不信感を与えてしまう。さらには、彼が故郷に帰ってきたとたんに次から次へと事件が起こってしまうという何ともタイミングの悪い人物でもある。

 とはいえ、アダムはアダムなりに不器用ながらも家族たちに正面から挑みつつ、拒絶されつつという展開を繰り返し、何とか彼の家が抱えている問題と、渦中に置かれている事件を解決しようとする。ただ、その家族自体も個々に秘密を抱えており、当のアダムに心を開きにくいという側面があるがゆえに、さらに泥沼へとはまってゆくことになる。

 そういったなか、アダムや彼の父親と農場を支え続ける農場の作業監督ドルフという人物が渋い存在感を出している。タイトルの「川は静かに流れ」という言葉はそのものずばり、アダムの故郷にある川のことをさしているのだろうが、なんとなく唯一後ろめたいところがなく、正直に生き続けているドルフのことを表しているようにも思えるのである。

 といった感じで、読み応えのある作品であることは確か。近代小説であるにも関わらずどこか懐かしさが漂う作品となっているところも特徴の一つと言えよう。


ラスト・チャイルド   The Last Child (John Hart)

2009年 出版
2010年04月 早川書房 ハヤカワミステリ1836(文庫と同時刊行)
2010年04月 早川書房 ハヤカワ文庫(上下)

<内容>
 13歳のジョニー・メリモンには双子の妹がいた。彼女は一年前、何者かにさらわれて行方不明となっていた。その後、家庭は崩壊し、父親は失踪し、母親はドラックとアルコールに依存するようになっていた。しかし、ジョニーは妹が無事に生きていることを信じて疑わなかった。警察の制止もきかず、ひとり付近の怪しい家を探り、妹の行方を捜していた。もし、妹が戻ってくれば、全てが元に戻ることを願うかのように・・・・・・

<感想>
 雰囲気的にモダンホラーというか、キング風の作品と感じられた。とはいっても、超自然的なものが介在するような内容ではなく、恐怖や目的に具体性が与えられている。

 主人公は双子の妹を失った少年と、その事件にとらわれ続ける刑事。少年はただひとり、崩壊した家庭を元に戻したいと願いながら妹の行方を捜し続ける。刑事は自分の家庭が崩壊することも顧みず、周囲からうとまれつつもひたすら捜査を続けてゆく。

 二人の執念が実を結び始めたのか、過去の事件を掘り起こすかのような新たな事件が連続で起こり続けることに。とはいえ、双子の妹の具体的な手掛かりはつかめず、主人公の少年と刑事にはひたすら逆風が吹き続けることとなる。

 本書はさまざまなテーマが盛り込まれた欲張りな作品と言えよう。家族の絆あり、友情あり、狭い地域の村社会の在り方、宗教的な事象から過去の歴史、さらには極めて現代的な事件などなど。こうしたさまざまな要素を用いつつも、作品の流れを損なわずに物語を作り上げたところは見事といえよう。まさに、現代的な優秀なミステリ作品というべきできばえ。

 多少気になったのは、ここで起こるすべての事件がつながっているというわけではないためか、おざなりに終わってしまったように思える件がいくつかあったところ。もう少し物語全体に関連を付けるか、隅々まで行き届いてくれればと思わなくもなかった。
 とはいえ、気になるのはそのくらいで、十分に読み応えのある作品であった。今年、必見のモダンホラー風ミステリ作品。


アイアン・ハウス   Iron House (John Hart)

2011年 出版
2012年01月 早川書房 ハヤカワミステリ1855(文庫と同時刊行)
2012年01月 早川書房 ハヤカワ文庫(上下)

<内容>
 凄腕の殺し屋であるマイケルは、恋人であるエレナが妊娠したのをきっかけに、組織から抜けることを決意する。唯一、彼の味方であった組織のボス、オットー・ケイトリンは死の間際にあり、マイケルを守れる状態ではなかった。抜けるのは許さないとばかりに執拗に追いかけてくる組織の殺し屋たち。それらを振り切ってエレナと共に逃げようとするマイケルであったが、他にも気がかりなことがあった。それは、昔別れた弟の存在。マイケルと、その弟のジュリアンは、かつてアイアン・ハウスと呼ばれる児童施設にいたのだが、ジュリアンは養子にだされ、マイケルはそこから逃亡していた。そのジュリアンの身にも危険が迫っていることを知り、マイケルはジュリアンが住む、養子先である上院議員の住まいへと行くのだが、そこでさらなる別の事件に悩まされることとなり・・・・・・

<感想>
 今まで読んだジョン・ハートの小説の中では一番面白いと感じられた。読みやすく、展開が速く、リーダビリティ抜群の小説。これは間違いなく、今年の話題作となるであろう。

 序盤から速い展開で物語は進んでいく。殺し屋であるマイケルが組織から抜けようと逃避行を続けて行く。マイケルの師匠的な存在のジミー、そして頼りない組織の後継ぎであるステヴァンは、執拗にマイケルを追い回す。また、彼の生業を今まで知らなかった恋人のエレナも決して今の状況を納得していない。そんな八方ふさがりの状態のまま逃避行を続けつつ、彼らはマイケルの弟のジュリアンの元へとたどり着くことに。

 上院議員の養子となったジュリアンであったが、彼は彼でやっかいな事件に巻き込まれ始めていた。ジュリアンの家の近くで見つかる死体。過去の亡霊。それらジュリアンの近くで起こる事件はいったい誰の仕業なのか?? さらなる厄介事がふりかかりつつも、マイケルはなんとかそれらを解決し、自分とジュリアンとエレナにとって、最良の状況を見つけ出そうと奔走する。

 正直なところ、マイケル自身の事件とジュリアンの周辺で起こる事件は全く別物のように思えるのだが、それをなんとか力技でくっつけて一つの物語として結びつけている。さらには、それらの事件の解決をさらなる力技で解決しており、この辺はむしろ、さすがと思わされてしまうほど。そして、その事件の背後に隠されたものが実は家族の強い絆に他ならないという形へと持って行っているところが凄まじく、物語全体の色さえも変えてしまうのである。

 最初はただのギャング小説のような、悲惨な過去を描いただけのような、ありきたりの小説のようにさえ思えたのだが、読み終えてみると全く違った印象を持つこととなる。うまく、そして実に強烈に“絆”というものを描きだしたなと感心させられた作品。


終わりなき道   Redemption Road (John Hart)

2016年 出版
2016年08月 早川書房 ハヤカワミステリ1910

<内容>
 刑事エリザベスは監禁された少女を助け出したものの、犯人を過剰に銃撃し、殺害したとして批判にさらされていた。そうしたなか、エリザベスの元同僚であるエイドリアン・ウォールが刑務所から釈放されることとなった。彼は、女性を殺害した罪により13年間服役していたのだ。そんな二人は久々に再会することとなるのだが、さらなる試練が彼らに襲い掛かることとなり・・・・・・

<感想>
 全体的にグロテスクであったなと。ミステリというよりも、ここまでくれば、あまりにも不気味なモダンホラーと言ってもよいくらい。“終わりなき道”どころか、もはや“BAD LAND”とでも言った方がふさわしいような内容であった。

 どの登場人物に対しても共感を抱けないというのがなんとも・・・・・・。主人公である女刑事エリザベスは、心配する周囲の声を無視して、ひたすら自分勝手な行動にひた走る(しょうがない状況ではあるとはいえ)。もうひとりの主人公エイドリアンについては、ただただ内に閉じこもるだけ。そして周囲の者たちは、ただひたすら悪いものばかり(いや、本当に)。

 そして、個々の胸糞悪くなるようないくつかのエピソードが語られることとなるものの、そのそれぞれがあくまでも個別のもので、ほとんどメインストーリーにつながるものではないというのはいかがなものか。ただ、こうなってしまうと、メインストーリーは何かということすら微妙な感じになってしまうのであるが。

 どうも、やたら悪人ばかりの小説だったなという印象しか残らなかった。ある種、ハッピーエンドのような結末についても、これでよかったのかどうなのか??


帰らざる故郷   The Unwilling (John Hart)   5.5点

2020年 出版
2021年05月 早川書房 ハヤカワミステリ1967

<内容>
 1972年、ノース・カロライナ。18歳のギビー・フレンチの前に兄のジェイソンが表れる。ジェイソンはヴェトナム戦争中に除隊処分を受け、2年間刑務所に服役していたのであった。そんなジェイソンに対し、父親で殺人課の刑事のウィリアムはギビーと合わせることは避けたかった。ジェイソンの双子の兄のロバートは戦死しており、実質フレンチ家の息子はギビーのみと考えられ、両親から溺愛されていた。そんな状況の中、ギビーはジェイソンと出会い、そしてジェイソンがとある女性を殺害した容疑をかけられるという厄介ごとに巻き込まれる羽目に。それでも兄の無実を信じるギビーは真犯人の正体を突き止めようとするのだが・・・・・・

<感想>
 とにかく変な感じの作品。読み始めは、ヴェトナム戦争帰還者の悲劇と家族との絆を描く物語なのかと思ったものの、途中からは全く異なる方向へ。なんか、いきなり出てきたサイコ野郎だかなんだかわからないような人物との戦いへと話は流れ出す。読んでいるうちに、これって別にベトナム戦争後という設定は別にいらないんじゃないかと感じられた。話の展開からして、その年代を設定した意味が無くなってしまったように思われた。

 また、フレンチ家の人々のみにスポットを当てた作品でよさそうなものを、群像小説のようにしてしまっているところも微妙な点。色々な人々を登場させた割には、それぞれについて描き切れずに尻すぼみという感じ。特にサラという登場人物は序盤では重要な役割を果たしそうな感じがしたものの、後半で空気のような存在に。その代わりにわけのわからないサイコ野郎のような人物が無駄に目立っていたような。

 そんな感じで、全編通して変な話としか表現のしようがない。勝手に帰ってきたわりには、突然俺にはかかわるなと言い出すジェイソン。そして、そのジェイソンが何故か突然、超人的な活躍をし始める。はたまた、重要そうな役割をするはずの父親は、登場数こそ多いものの、ただの役立たず。そして謎の男Xは、よくわからないまま・・・・・・。変に思えたところを挙げればきりがない。感動させたい話を書きたかったのか? それともサスペンスアクションを書きたかったのか? どのように表現したかったのか話なのか、それが一番の謎。


復讐はお好き?   Skinny Dip (Carl Hiaasen)

2004年 出版
2007年06月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 結婚記念旅行の船旅の途上、妻のジョーイは夫のチャズにより豪華客船の甲板から海へと放り出される。ジョーイは元捜査官で今は独りで島で暮らすミックにより救出され、九死に一生を得る。ジョーイは何故、夫から命を狙われることとなったのか? 真相を確かめようと、ジョーイはミックの力を借りて夫への復讐を果たそうとするのだが・・・・・・

<感想>
 上記のようにあらすじを書いてみたのだが、それだけ見るとなんとなく陰惨な話のように思えるのだが実際のところはサスペンス・コメディというような楽しめる内容の作品である。本書は昨年話題になった作品なのであるが、実際に読んでみると注目されるに値する面白い小説であることがよくわかる。

 話の内容は、夫に殺されかけた妻が復讐を果たそうというもの。大筋はこれだけで単純な内容なのであるが、そこに魅力的でキャラクターの立った人物達を配置することによって物語の密度を高めている。

 主人公のジョーイは美人ながらも無鉄砲な行動派の女性。夫のチャズは性的なことしか考えていない実力のない化学者。それらをとりまくように、元捜査官のミック、一見常識人のように見えながら住まいでは大蛇を飼い周りの住人から非難を受けているロールヴァーグ刑事、チャズの愛人で同じく性的なことしか考えていないリッカ、チャズの雇い主で農園主であるハマーナット、そしてハマーナットの命令によりチャズを護衛する尻に銃弾がつまったままの大男トゥール。

 と、こんなにも個性的な人物達が配置されている。これだけ登場人物が多く多視点ともなると、通常は話がわかりにくくなったりするものなのだが、話の内容を損なうどころか、さらに話を面白くする調味料として機能しているのだからたいしたものである。この辺は著者の技量ということなのであろう。

 また、本書が環境破壊をテーマにしており、それを背景に置いていることが、単なるお気楽な物語のみにせず、深みを出す一因になっているともいえよう。

 そんなわけで、本書は面白く、楽しんで読めること請け合いの作品である。まだ読んでいない人はお見逃しなく。事実私は、これを読んだことによりハイアセンの既刊を集めてしまおうかどうかと考えている最中である。


迷惑なんだけど?   Nature Girl (Carl Hiaasen)

2006年 出版
2009年07月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 息子との夕食の最中を迷惑なセールスの電話により台無しにされたハニー・サンタナは怒り狂う。そのセールスの男の性根を叩きなおしてやらねばと。息子がとめるのも聞かず、ハニーは電話セールスの男ボイドを呼び寄せる。ボイドはその電話の一件により仕事を首になっており、その誘いに最近うまくいってない不倫相手と共に意気揚々と乗り出してゆく。しかし、そこにはトラブルを抱えて町から遠ざかっているネイティブインディアンや、不倫の現場を押さえようとする私立探偵や、ハニーの後を付け狙うストーカーらが集結することとなり、事態は大変なことに・・・・・・

<感想>
 なんだろう、この登場人物たちのバイタリティは。個々に起きている問題や事情については、さほどたいしたものではないはずなのに、なんでそこまでむきになって行動するのだろうと、不思議なくらいバイタリティにあふれている。

 本書では多くの登場人物がでてくるものの、個々の魅力というよりも、それぞれのあふれ出さんばかりの精気により、登場する誰もが主人公に思えてしまう。これは群像小説としてはよく出来ていると言わざるを得まい。また、コメディ作品でもあるので、さらにリーダビリティが強く、読み出したら止まらなくなること必至である。

 この作品では、“人間というものは何があろうとも、そう簡単には変わらない”ということをテーマとして掲げているように思える。登場人物らは、色々な事態が起きて痛い目にあったり、後悔したり、なかには死んでしまう者までもいる。にもかかわらず、今回の事件の経験を踏まえても、物語のラストでは今後もまた変わりなく生きていきそうな気配しかしないのである。しかも死んだものまですら性癖は変わらないように思えてしまうところがこわい。そういった懲りない面々達の生き様を描いたのがこの作品の主題と言えよう。

 前作「復讐はお好き?」で日本でもブレイクしたハイアセンであるが、今作も負けず劣らず面白い作品になっている(というか、似たような作風ともいえる)ので、前作を読んで面白いと思えた人は、この作品も買いであろう。まさにアメリカが描かれていると言いたくなるようなバイタリティとユーモアにあふれたこの作品、是非ともご堪能あれ。


ロックンロール・ウィドー   Basket Case (Carl Hiaasen)

2002年 出版
2004年12月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 敏腕記者でありながら、社内でトラブルを起こし、死亡記事担当に左遷されたジャック・ダガー。そんな彼の元に、かつてのロックスター、ジミー・ストマの死亡が伝えられる。死亡記事を起こすため、彼について調べようと妻であるクリオの元を訪れるのだが、ジャックは彼女に不審なものを感じ取る。ジミー・ストマは殺されたのではないか? ジャックは単独で事件を調査するのであるが・・・・・・

<感想>
「復讐はお好き?」「迷惑なんだけど?」を先に読み、それらが面白かったので、ハイアセンの過去の作品も遡って読んでみようと思ったのだが、この作品はあまり楽しめなかった。

 全体的に冗長という一言。新聞記者がロックスターの死の真相を調べていくという内容なのだが、事故なのか、殺人なのかという不確定な状況での調査が長く、序盤から中盤にかけてメリハリがない。後半に入って、ある程度展開がスピーディーになるものの、終幕もやや冗長。全体的にもっと短めにしてもらえれば良かったのではないだろうか。

 ロック・ミュージックへのこだわりや、新聞記者の仕事に対する見解など、丁寧に書かれているところは多いのだが、うまくストーリーに乗り切れていなかったように思われる。色々と面白そうな要素は感じられただけに、残念な作品。文春文庫にてハイアセンの作品が刊行されたのは、これが初であったようだが、もっと良い作品があったのではないだろうか。


これ誘拐だよね?   Star Island (Carl Hiaasen)

2010年 出版
2014年01月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 アイドル歌手で有名人のチェリー・パイ。その生活は乱れたもので、マネージャーを務める母親の悩みは尽きない。チェリーの言動を隠すために女優の卵であるアン・デルシアを雇い、今までなんとか急務をしのいできた。そんなチェリーを執拗に付け狙うパパラッチのバン・アボット、チェリーのボディーガードを務めることとなった左腕の義手に草刈機を搭載する男ケモ、さらにはフロリダの湿地帯から何故か出てきた怪老人スキンク。さまざまな思惑を巡り、誘拐されたり、解放されたりと繰り返しつつ、行き着く先は・・・・・・

<感想>
 特に一貫性のある話ではないのだが、基本的にはひとりのハリウッドスターを巡ってのドタバタ劇が繰り広げられるという話。ハリウッドの裏の姿が描かれているのだが、こんな乱れたものなのか! と不可解に思いつつも、なんとなく信憑性がありそうで怖い。また、パパラッチの素顔にせまる作品ともいえよう。

 物語は話が進みつつ、徐々に方向を転換していくというもの。基本的にはアイドル歌手チェリー・パイの汚名を隠すためにありとあらゆる手段をとっていくうちに、どんどんと混迷を極めていくという内容。当のチェリー・パイという人物がどうしようもないセレブ気取りのドラッグ漬けの女の子であり、同情の余地がないのだが、その開けっぴろげの性格ゆえに物語に暗さというものはひとかけらもなくユーモラスに綴られてゆく。

 そのほか登場する人々も味があり、チェリー・パイを売り込み名声と金銭を得ようと必死になる両親とプロデューサー。チェリーを付け狙う、これまた同情の余地のない元記者であるパパラッチ。さらには、今までのハイアセンの作品に登場したことのある義手に草刈機を仕込む悪党キモと、さらなる怪人物である元州知事のスキンク。

 最終的にどのようになるかという事よりも、それぞれの登場人物がどう動くのかということの方が興味深い。最終的にサプライズとか、そういったことはなく、落ち着くべきところに落ち着くというような結末であるが、そこに至るまでの過程を楽しむことができる作品。ハリウッドの内情を描くキャラクター小説といったところか。


幸運は誰に?   Lucky You (Carl Hiaasen)

1997年 出版
2005年12月 扶桑社 扶桑社文庫(上下巻)

<内容>
 宝くじにて、キャリーオーバーでたまりにたまった賞金2800万ドルにとうとう当たりが出た! しかも2本。1本は動物病院の看護婦で黒人女性のジョレイン・ラックス。もう1本は人種差別主義をかかげるボードとチャブの二人組。ボードとチャブはせっかく宝くじに当たったのに、その賞金を分け合うということに納得がいかず、もう1本の当たりくじを強奪しようと考える。そして彼らはジョレインの身元を特定し、彼女を脅して宝くじの強奪に成功する。どうしてもその宝くじが必要なジョレインは、たまたま彼女に取材にきた新聞記者トム・クロームと協力し、宝くじを取り戻そうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 少し前の積読・・・・・・というか、もう10年前の作品か。御存じカール・ハイアセン描く、ドタバタ群像コメディ。

 群像小説として非常に面白い。何も難しいことを考えずにサクサクと読めるところが非常によい。大筋は、奪われた宝くじを取り戻すというものなのだが、そこに直接ストーリーには関係ない、各登場人物の人生に関わる者たちが登場し、場を盛り上げてゆく。本来であれば、そうした逸話は余計な話という風にとられがちであるのだが、本作品は全体的にさまざまな余計な話が集まって、ひとつにまとまっているというイメージが強いので、それぞれの逸話のどれもが余計に感じられないという変わった味わいになっている。

 宝くじを奪って逃げるボードとチャブは同情の余地のない間抜けな悪役っぷりが光る。かたや宝くじを追うジョレインとトムは真面目にエッチに行動していく。そのトムに対して、離婚調停中の妻や不倫相手とその夫が無駄に大きな騒動を繰り広げる。さらにジョレインが住む街では、涙を流すマリア像等、インチキな聖なるものを観光の目玉とし、街の収入を上げているのだが、そこにジョレインが預けていったカメが活躍することとなる。他にも多々逸話が挿入されてゆくのだが、そのどれもがバカバカしく微笑ましい。

 全体的に特に意外な展開が待ち受けているというようなことはないにも関わらず、どこか惹き込まれてしまう。上下巻という分厚さも気にすることなく一気に読める内容であった。個人的にはハイアセンの作品のなかで一番はまったかもしれない。


第八の探偵   Eight Detectives (Alex Pavesi)   6点

2020年 出版
2021年04月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 小島にて隠遁する小説家グラント・マカリスター。彼が書いた「ホワイトの殺人事件集」という作品を復刊したいと、編集者のジュリア・ハートがグラントに持ち掛ける。そこでジュリアは、7つの短編集の内容を精査しつつ、グラントの近況について聞き出しながら、彼の秘密について迫ろうとし・・・・・・

<感想>
 著者のアレックス・パヴェージ氏はイギリスの作家で本書により作家デビューを果たした。本書は小説家と編集者の掛け合いを軸として、そこに小説家が描いた短編集の7編が作中作として紹介され、それらについて小説家と編集者が意見を交わすというもの。

 趣向は面白いと思えたものの、結局のところ全体の結びつきが足りなたったという感じ。この内容の作品で重要なのが、それぞれの短編集の内容とそして短編集相互、さらには軸となる小説家と編集者のパートのそれぞれがどれだけ結びつくかにあると思われる。それがなければ、ただの短編作品の羅列となってしまうので、物語全体が意味をなさないこととなってしまう。

 全体的に読みやすい作品ではあり、実はそれぞれの短編作品も楽しめる。ただ、不満であったのは、全てがミステリ仕立ての短編作品となってはいるものの、結局それぞれの結末の方向いかんで内容が決まってしまっているように思えること。ようするに、どう転んでもよい内容の作品ばかりであったということ。しかもそれが、この作品の最終章の趣向により、結局は・・・・・・ということで中味がどう転がってもよい作品ということが露呈されてしまうところはいかがなものかと思えてならなかった。

 そして、これらの全ての作品と全体を結び付けるというところは、なんとも難しく、もしこの趣向が完璧なものとなればとんでもない作品ができあがることであろう。ただ、この作品においてはあまりうまく作り上げられていなかったなという感じ。結局最後の展開も、計算されつくされたものではなく、ただ舵を切った方向に話が流れていったというような感じにしかならなかった。


死神を葬れ   Beat the Reaper (Josh Bazell)

2009年 出版
2009年08月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 ニューヨークの総合病院に勤める研修医、ピーター・ブラウン。病院での仕事に忙殺する日々が続く中、とある患者に出会うことに。その患者はピーター・ブラウンの過去を知っている男だった。実はピーターは以前、マフィアのヒットマンをしていて、今でもマフィアからつけ狙われていたのであった!!

<感想>
 昨年(2009年)話題になった作品。読んでみると一見、普通の今風のアメリカの小説とも思えるのだが、読者の心を捕えて離さない妙な魔力みたいなものを持っている小説でもある。

 本書の特徴のひとつとして、社会派小説でもあるということ。さほど堅苦しいものではなく、軽い口調で医療現場における問題点や社会的な問題について、主人公の口を借りて風刺している。

 内容はマフィアの構成員であった過去を持つ研修医の物語を現在と過去の両方から並行して語られてゆくというもの。現在のパートに関しては、ほぼ一日のみと非常にスピーディーな展開となっている。また、何故マフィアの構成員が研修医となったのかという、そこまでの主人公の人生の過去についても興味深いものになっている。

 全体的にものすごいインパクトがあるというわけでもないのだが、小難しいことをさらっと語ってしまう作調と物語のスピード感は大きな特徴といえよう。今後、さらにストーリーに磨きをかけることができれば、さらなるブレイクを果たすこととなるであろう。


解錠師   The Lock Artist (Steve Hamilton)

2009年 出版
2011年12月 早川書房 ハヤカワミステリ1854

<内容>
 17歳のマイクはプロの解錠師であった。彼は8歳のときに言葉を失い、話すことができなくなったが、その後のとある出会いにより解錠師としての技術を身に付ける。今ではポケットベルで連絡がくると現場で他のチームと合流し、マイクは金庫を開き、わけ前の報酬をもらうという仕事を続けていた。そんなマイクにはとある望みがあり、彼はあるものを取り戻そうと熱望していたのだが・・・・・・

<感想>
 幼少時のトラウマにより、話すことのできない少年が鍵開けのスキルを身につけ、犯罪の世界へと深入りしていくこととなる。これだけの背景があれば、物語としての成功は間違いなし! 実際にうまくできた少年の成長物語として完成されている作品。

 読んでいて、やや青臭いかなとも思いはしたが、そこは主人公が少年ゆえにごく当たり前のこと。話すことができないというハンデを抱えつつも、画家としての能力を高めつつある少年は普通に中学時代を過ごす。それがとあるトラブルに巻き込まれることから、徐々に犯罪の世界へと引き込まれてゆくこととなる。

 少年が中学生にいたるまでに過ごしてきた時間は決して幸福なものとはいえないのだが、その後の犯罪の世界へと深入りするにつれて、過去の平凡な日々がいかに幸福なものであったかを知ることになる。といいつつも、犯罪の世界へ入ることによって、解錠師としてのスキルを上げ、いままで見ることのできなかった世界を目の当たりにしつつ、何が幸福で何が不幸であるのかがわかりにくいというのも少年にしてみれば皮肉なことなのかもしれない。

 本書で微妙と思ったのが、現在と過去の出来事が平行して物語が語られるのだが、これが並走しすぎているように感じられた。徐々に少年の過去が明らかになっていくものの、最後の最後まで、現在に至る過程が秘められたままとなっている。ここは、もう少し早めに全体像を明らかにし、そして現在の終焉へと走り込んでいくというほうが流れとしては良かったのではなかろうか。

 犯罪という冷たい世界が描かれつつも、主として語られるべきことはあくまでも少年の成長と葛藤であるので、中高生向きの物語といってもよいかもしれない。とはいえ、ポケミスという特殊な媒体であるがため、一般にはあまり触れられにくいだろうというところが残念である。


五輪の薔薇   The QuincunX (Charles Palliser)

1989年 出版
1998年03月 早川書房 単行本(上下)

<内容>
 イギリスの田園地帯に建つ屋敷にて、ジョン少年は母親と少数の使用人と共に暮らしていた。彼は何故か、その屋敷で半幽閉的とも言える生活を強いられていた。ある日、屋敷から少し離れたところを散歩していたときに、ジョンは自分の家で見ることのできる紋章と同じものが描かれた四輪馬車を目にする。その出来事をきっかけに、彼の生活は徐々に変わり始めることとなり・・・・・・

<感想>
 ようやく20年以上の積読本を読み切ることができた。これを読み始めたのが昨年の9月からであったので、積読していた期間のみならず、読了するまでにも半年近くという長い時間がかかってしまった。色々な意味でここまでの道のりが長かったと感じられた作品。

 現在文庫にもなっているのだが、私が当時購入したのはハードカバー。上下巻でそれぞれ600ページ以上、しかも2段組みというボリューム。ただし、文体が読みにくいということは決してない。むしろ読みやすいのではとも思えるほど。しかし、その内容がとてつもない代物なのである。

 おおざっぱに作品のあらすじを述べると、法律によって莫大な遺産を相続された少年が、その遺産を狙う彼の親戚たちによって、どんどんと追い詰められていくというもの。ただし、単に少年を亡き者にすればよいというわけでなく、生きたまま相続権を取り上げなければならなかったりと、人によって財産の入手の仕方が異なってくるというややこしい状況。

 そうした背景のなかで、少年は彼の親戚筋のものから、追いやられ追い詰められ、徐々に貧しい生活を強いられることとなる。それどころか、死と隣り合わせの厳しい世界にまで落ちて行ってしまう。

 あらすじとしては、さほど複雑なものでないはずなのだが、そこに絡む利権に関しては、これはもう複雑怪奇でわけがわからない。読んでいて、少年から相続の権利を取り上げようとする者たちは、皆それなりの権力を有しているので、それならば簡単に相続権くらいは手に入るのではないかと思えてならなかった。

 さらには、登場する人物たちが単にちょっとだけ出てきて退場したかと思いきや、同じ人物がまた何度も出てきていたり、しかもその人物がとった行動が後に重要な手掛かりとなっていたり(読んでいる分にはそれほど重大な行動とは思えないのだが)と、登場人物の相関についても複雑なものとなっている。

 この本を読んでいる時に、一番読みづらいと感じられたのは、物語上の起伏がほとんどないということ。最初は少年が親戚達から追い詰められていった後、彼が復讐というような行動をとるか、もしくはなんらかの力によって自分の正統な権利を主張するか、ということが行われると思ったのだが、読んでも読んでも全くそういった気配がない。物語全編にわたって、ただただ少年が虐げられていくという様子が延々と描かれていくのである。ドラマチックな部分がないこともないのだが、それでも決して盛り上がるというほどでもない。特に主人公がとある人物とロマンスを繰り広げていくことになるのだろうと予想された事象でさえ、こともなげにつぶしてしまうところも見ると、著者自身に物語を全く盛り上げる気がなかったのだろうと思わずにはいられなかった。

 では、この作品は駄作なのかというと、決してそんなことはない。むしろ、よくぞそこまで綿密な物語を構成できたものだと感心してしまうものとなっている。もし、この物語の全貌を把握することができたならば、この作品に対する評価はものすごいものとなることであろう。ただし、実際に全貌を把握しようと思えば、3回や4回の読書くらいではとうてい覚束ないのではないかと思われる。個人的にも、もっとこの作品の内容を理解したいと思うのだが、それに取り組むにはちょっと躊躇してしまう分量である。これはもう、老後の楽しみにでもとっておくしかないか。


ポピーのためにできること   The Appeal (Janice Hallett)   6.5点

2021年 出版
2022年05月 集英社 集英社文庫

<内容>
 フェミとシャーロットは弁護士のロデリック・タナーから、なんらかの事件の証拠品となるメール、テキスト・メッセージからなる資料を渡される。その内容からどんな結果が得られるか考えてもらいたいというのだ。二人がそれらの証拠を読み進めていくと、それは難病を患った幼児のために、募金活動を行うこととなった経緯とその集金の様子が表されていた。そこには、いくつかの詐欺行為らしき様子が見られ、さらにはその募金活動が進んで行った末に殺人事件までが起きてしまうこととなり・・・・・・

<感想>
 年末のランキングを見て、気になって購入した作品。噂にたがわず面白かった。

 本書のページのほとんどが、なんらかの事件の証拠となるメールやテキスト・メッセージで構成されており、そこから事の裏を見出すという趣向がなされている。と、説明されると、あまり面白くなさそうに聞こえてしまうかもしれないが、この証拠を追っていく作業が意外と面白い。

 メール等を見ることによって、難病の子供を救うための募金活動がなされている裏で、何者かが詐欺行為を行っているのではないかという疑いが持たれる。ただ、誰も彼も怪しげな者ばかりであり、何が真実で、何が虚偽なのか判別がつかないという状態。さらに、それらの行為の裏に隠されているものも見出してゆくこととなる。

 このメールのやりとりのなかで、看護師のイザベル・ベックという人物が異彩を放っている。メールの文章のなかでは、もの凄く活発で明るい人のようであるのだが、実際には皆から疎まれる根暗で何を考えているかわからない人物。一見、この人物の発言はどうでもよさそうな気もするのだが、空気を読まずにあれこれと発言することにより、実はそこに真実が隠されているのではないかと思うと、何気に注視せずにはいられなくなるという困ったもの。一番事件の影響から遠そうなこの人物の言動が、この作品の進行に色を添えるものとなっていたように思われる。

 と、なかなか面白い作品ではあったものの、事件の提示は良かったと思えるのだが、後半の真相究明に関してはやや尻つぼみ気味であったような。最後までメールやライン文章で通さずに、結末では普通の文章で表してメリハリを付けた方が、もっと内容が伝わりやすかったのではないかと思われる。それでも、変わった構成・・・・・・というか、今風の構成の小説というところで、見所の多い作品ではなかったかと。


本の町の殺人   Burder is Binding (Lorna Barrett)

2008年 出版
2013年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 古書と専門書の書店が軒を連ね、それを目当てに観光客が押し寄せる、本の町ストーナム。トリシア・マイルズは、そこに念願のミステリ専門の書店を開くという夢がかない、日々の仕事に満足していた。そんな矢先、隣の料理書専門店の店主が殺害されるという事件が起きる。何故か地元の女性保安官はトリシアを目の敵にし、彼女を容疑者とする。警察が頼りにならないと知ったトリシアはなんとか自分の手で事件を解決しようとするのであるが・・・・・・

<感想>
 出だしは不愉快さというか、鬱屈した感触が強かったのだが、徐々に愉快さがうわまわることとなる。本の町を舞台にしたユーモアミステリ作品。

 なんといっても主人公のトリシアを中心とした登場人物が魅力的。仲が良いのか悪いのかさっぱりわからない姉のアンジェリカ。トリシアの書店の従業員ギニーと常連客のミスター・エヴァリット。本の町を企画し成功を収めた不動産業者ボブ・ケリー。女性保安官のウェンディ・アダムズなどなど。シリーズ作品のようなので、今後もこれらの人々がさまざまな活躍をしてくれることとなるのであろう。

 序盤だけではなく、全体的に不愉快に思える展開もあるのだが、もっと愉快に描いてもよいのではないかと感じられる。ただ、ミステリに関わらず、小説とかドラマとか、このぐらいの刺激がなくてはならないものなのかもしれない。

 ミステリ作品としては弱めで、姉妹の冒険ものという感触のほうが強かったくらい。また、本の町を舞台にしている割には、肝心の本に関する蘊蓄はほとんどなかったなと。これ一冊であれば、かなり未消化気味というところなのだが、シリーズ作品としてならば、第一作としてはそれなりに描けているかもしれない。ライトな作品であるが、楽しげではあるので次巻も刊行されれば購入してみようかな。


サイン会の死   本の町の殺人2   Bookmarked for Death (Lorna Barrett)

2009年 出版
2013年12月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ミステリ専門の書店を経営するトリシア・マイルズは、地元出身のベストセラー作家ゾウイ・カーターを招き、サイン会を行った。するとそのサイン会の最中、ゾウイは席をたったまま戻ってこず、探しにいったトリシアは、トイレで死体となった彼女を発見する。殺人事件が起きたせいで、一時的に店を開くことができなくなったトリシア。彼女に恨みをもつ保安官ウェンディ・アダムズの手により、店を再開できる見込みが全く立たなく、トリシアは自らの手で犯人の正体を暴こうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 昨年出版されたばかりの「本の町の殺人」に続く第2弾。4か月余りで2作目が訳されて刊行されるということで、かなりのハイペース。前作を読んで、ミステリ的にはライトなものであるが、雰囲気が楽し気であったので、今作も購入してみた。

 今回もまた、主人公トリシアが殺人事件に巻き込まれ、七転八倒しながら、事件の解決を試みる。殺害されたのは、地元のベストセラー作家。しかし、彼女の死後、トリシアが色々と調べてみると、次から次へと胡散臭げな話が出てくる出てくる。彼女を殺害して、誰が得をするというのか? トリシアはベストセラー作家の秘められた過去を追うこととなる。

 ミステリの内容自体は普通なのだが、とにかく雰囲気が楽しい。シリーズ2作目にして、主人公とトリシアと破天荒な姉のアンジェリカ、トリシアの店で働く店員たち、さらには主人公を取り巻く大勢の人々がどんどんと自身を主張し始め、シリーズらしさが印象付けられてゆく。ミステリ的な内容としては、それほどでもないので、次回作はもういいかなと思っていたのだが、最後まで読み通すと、また次も読みたいなと思わされてしまう。なかなか魅力的な作品と言えよう。




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