カ行−カ  作家作品別 内容・感想

変わらざるもの  The One from The Other (Philip Kerr)

2006年 出版
2011年09月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 1949年ミュンヘン。戦争は終わったものの、まだまだ戦時中の状況をひきずりつづけるドイツ国内、ベルンハルト・グンターは義父から引き継いだホテルを経営していた。しかし、そこを訪れてきたとあるアメリカ人の行動と、自分がホテル経営に向いていないということもあり、グンターは再び私立探偵業を再開し始める。そして彼の元を訪れた依頼人。その女性は、戦後行方不明になった夫を捜してほしいというのだ。彼女が言うには、別の人と結婚したいため、手続きをしっかりとしておきたいとのこと。グンターは仕事を引き受け、さまざまな伝手を使い、男の行方を調べようとしたのだが・・・・・・

<感想>
 フィリップ・カーという作家のことを知っている人がどれくらいいるだろう。だいぶ前に新潮文庫から「偽りの街」というデビュー作が紹介され、私立探偵グンターが活躍する3作品がベルリン3部作ということで話題となった。ただし、話題といってもマニアックな部類のものであり、日本国内ではベストセラーというほどでもない。その後、ノン・シリーズを書き続け、日本でも何冊かが訳されたのだが、さほど話題にはならず、このまま埋もれていくのかと思っていた。

 そこで登場したのが、グンター・シリーズの最新巻、ベルリン三部作に続く「変わらざるもの」である。これは、ドイツの終戦後の国内の状況を描いたハードボイルド作品となっている。

 読み始めた時は、さほど期待していなかったものの、読んでみると、これがなかなかの力作であり、しかも怪作であった。昨年に出た本なのだが、これは昨年の間にきちんと読んでおきたかった作品である。そうすれば、自分のベスト10に入れていたことであろう。

 実は、読んでいる最中はそれほど良い作品とは思えなかった。物語というよりは、戦時中に行われた虐殺に対する粛清が描かれたドイツの戦後を描いているという内容で、歴史の一端をそのまま読まされている感じがした。グンターが依頼される事件も、それぞれが別物であり、まるで連作短編を読んでいるかのよう・・・・・・と思っていたら、物語の後半になり、その思いは一変することとなる。

 話の前半から中盤にかけて描かれていたことが実は全てがつながっていて、大きな陰謀が張り巡らされていたことが徐々に明らかになっていくのである。その陰謀に対して、グンターがとる行動も意表をついたものとなっている。

 このグンターの新シリーズであるが、本国ではすでに本書の後に4作品書かれており、まだまだ続くこととなっている。しかし、この「変わらざるもの」を読み終えた後では、この後に話がどのように惹き続けられるのかが、全く予想することができない。これは、今後新作を楽しみに待ち続けたいと思っている。とはいうものの、この作品って日本国内では全くと言っていいほど話題になっていないような気がするのだが・・・・・・続編はちゃんと出してくれるのだろうか。


静かなる炎  A Quiet Flame (Philip Kerr)

2008年 出版
2014年01月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 1950年、ベルンハルト・グンターはドイツを脱出し、元ナチスの戦犯たちを多く受け入れているアルゼンチンのブエノスアイレスへと向かう。アドルフ・アイヒマンと同じ船に乗り込むこととなり、長い船旅を終え、ブエノスアイレスについたグンター。元々捜査官として名をはせていたグンターは、ブエノスアイレスにて、彼を知っていた地元警察を率いる大佐から事件捜査を頼まれる。なんでも少女が惨殺されるという事件が続き、その犯人は戦犯として逃げてきたドイツ人の中にいるのではないかと考えられているという。グンターは1930年代に、同様の事件を捜査していながらも、ナチスの台頭により事件捜査から外されていた。ひょっとすると、当時の犯人がブエノスアイレスで事件を起こしているのでは? 過去の事件を思い返しつつ、グンターは犯人をあぶりだそうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 新グンター・シリーズ第2弾! 前作では、劇的というか意外な終わり方をしていたので、今後どのようにシリーズが続いていくのかと思っていたのだが、どうやらグンターは第2次世界大戦後の世界を駆け巡ることとなるようである。ただ、駆け巡るというよりは、逃亡し続けるというようなニュアンスも含まれるよう。

 物語そのものにも注目すべき点は色々とあるのだが、いやでも目を惹かれるのは歴史的な部分について。グンターがアルゼンチンに逃亡したという事について意外と思いきや、当時アルゼンチンの独裁政治がナチス贔屓であり、多くの戦犯者たちを受け入れていたという事を知る。そういえば、ナチスの戦犯が南米でとらえられたというニュースをいくつか耳にしたことがあったような気がする。

 そうした政治背景の中、アルゼンチンで暮らすこととなるグンターであるが、そこで幸か不幸か事件捜査を命ぜられることとなる。しかもその事件というのが、過去にグンターがドイツで担当したものに関わりがありそうなもの。

 そういうわけで、現在である1950年と、過去の1930年代ドイツでグンターが事件を捜査していた時とを交互に物語が展開されていくこととなる。個人的には、過去のパートが長すぎるように感じられた。文庫本で670ページという長さなのであるが、もっと話を削れたのではないかなと。現在である1950年の物語だけでも十分おなか一杯の内容。

 話は、グンターが事件の解決を試みようとするだけではなく、その捜査を通してグンターがアルゼンチンの政治的謀略のなかに徐々に踏み込んでいくこととなる。そうして、歴史の闇の一部が暴き出されることとなる。

 現在、このシリーズはさらに4作品が書かれているとのこと。そうするとグンターが世界中を駆け巡ることとなるのか、それとも南米を中心に活躍するのか、今後の展開から目を離せない。最終的にはドイツへと帰ることになるだろうと思えるのだが、それがどのような形となるかは想像すらつかない。


死者は語らずとも  If The Dead Rise Not (Philip Kerr)

2009年 出版
2016年09月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 2年後にベルリン・オリンピックを迎える1934年のドイツ。警官を辞職し、ホテルの警備員の仕事をこなすベルンハルト・グンター。国内でユダヤ人排斥が進む中、アメリカからユダヤ人の女性作家ノリーンが訪れ、ドイツの現状を取材したいという。彼女は、ドイツにおけるユダヤ人の扱いを明るみにし、アメリカのベルリン・オリンピック不参加を呼びかけようとしていたのだ。グンターは彼女の依頼でユダヤ人ボクサーにまつわる事件の捜査を行うこととなったのだが・・・・・・
 それから20年後の1954年、グンターはキューバの地でノリーンと再会し・・・・・・

<感想>
 本シリーズの主人公であるグンターが登場した第一作「偽りの街」の前の出来事を描き、さらに後半では時代が飛んで、それから20年後の前作「静かなる炎」の後の出来事についても描いた内容となっている。本書はグンターが登場する6作目であり、新シリーズとしては3作目。最初に書かれた3作がベルリンオリンピック後という時代背景となっているのだが、本書においてその前の時代にグンターにとって大きな事件が起きたということを描いてしまっては、整合性がなくなってしまうと思うのだが・・・・・・。ただ、新シリーズになってからは、作者はあまり整合性とかそういうものは気にせずに、あくまでも新たな作品という感覚で、細かいところにこだわらずに書いているのかもしれない。

 そんなわけで、個人的にはグンターシリーズとするよりは、別のノン・シリーズで描いたほうがよいと思える内容。前半は1934年のベルリンでの出来事を描き、後半では1954年のハバナを舞台にしたその後の顛末を描いている。今回の作品に関しては、あまり大きな事件というようなものを取り上げたものではなく、単にグンターが過去から現代へとわたる時間を経過させた物語を描きたかっただけという感じ。ゆえに、1934年の事件に関しても、ただ単にそこにグンターと後から関係する登場人物を出したかっただけというような内容。

 そうして長々と過去の出来事が語られた後に、現代編(といっても1954年)となるわけなのだが、こういう前置きで話を書き上げれば、どのような着地点に到達するのかは、あまりにもわかりやすすぎるような。結局そうなるだろうな、というところに落ち着いて話が終わってしまった。

 一応、社会的な意義として、ベルリン・オリンピックにおける利権だとか、ユダヤ人問題だとか、はたまたキューバの革命前の様子を書き表したかったのだと思えるが、それぞれがあまり印象に残らなかった。やはりなんといっても、捜査するべき事件が小ぶりだったことにより、全体的にいまいちと感じられてしまったのかもしれない。グンター・シリーズのなかではワーストであったかなと。


メソッド 15/33  Method 15/33 (Shannon Kirk)   4.5点

2015年 出版
2016年11月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 妊娠中の女子高生である私は、何者かにさらわれ監禁された。どうやらさらった者は人身売買の組織のようで、おなかの赤ん坊を狙っているようである。頭脳明晰で、感情を自身でコントロールできる私は、手元にある限られた道具を使い、監禁場所から脱出して、誘拐者たちに復讐を遂げることを誓い、行動を開始する!!

<感想>
 限られた道具を使って誘拐された女が脱出と復讐を図る! というような内容に惹かれ購入したものの、見事に外してしまったという感じ。元々海外ミステリ作品は外しやすいのであるが、久々に微妙な作品に当たったなと。

 前半は退屈であったものの、それは後半へと至る準備であり、後半になれば怒涛の復讐劇が始まるのだろうなと思いながら読んでいたのだが・・・・・・全くの期待外れ。計画的な復讐がなされるはずが、計画通りなのは監禁場所から脱出した時だけ。あとは予想外の出来事によって戸惑いながら、行き当たりばったりの行動をとるのみの主人公。これは全然予想したものとは違っていた。

 また、本書では監禁された主人公のパートに並行して、警官による捜査のパートが展開されていくのであるが、これについても効果が薄い。物語の後半は一気にスピーディーな展開に持ち込むことができそうであったのに、そこでもさらに過去を回想し始めたりと、だらだらとした展開が続くばかり。これは内容云々というよりは、そもそも物語の構成の段階で失敗しているような。


六人目の少女  Il Suggeritore (Donato Carrisi)

2009年 出版
2013年01月 早川書房 ハヤカワミステリ

<内容>
 森の中から6本の左腕が発見された。その腕は、連続して誘拐された5人の少女たちのものと判明する。すると、腕の数が一本多いこととなる。それではもう一人の少女の身元はいったい? 失踪人探索のエキスパートであるミーラ・ヴァスケスは現地に呼ばれ、この事件の調査の手助けをすることとなる。高名な犯罪学者ゴラン・ガヴィラが指揮する犯罪チームをあざ笑うかのように、次々と予想だにせぬところから湧き出てくる少女たちの死体。いったい犯人は何の目的でこのような大事件を起こしたのか? ミーラとゴランは協力して、徐々に犯人を追いつめていくのであったが・・・・・・

<感想>
 イタリアの作家によるデビュー作。これまたもの凄い新進の作家が出てきたものだ。今度はイタリアのミステリが流行りになったりするのであろうか。

 本書は、もう詰め込み過ぎという一言。これでもかというほどのサイコサスペンスの要素が詰め込まれている。とにかく多すぎると思われたのが、サイコな殺人鬼たち。巷には、これほどまでに危険な犯罪者があふれているのかと恐ろしくなるほど。しかし、この本を読んでいてどうしても感じてしまうのは、これを1冊のみの本で出版するのはもったいないということ。通常の作家であれば、3冊か4冊くらい、ここにある要素を利用して描けるのでないだろうか。

 発見される6本の少女たちの左腕。亡くなったと思われる5人の少女と、ただ一人生存の可能性のある1人の少女を捜そうとする捜査チーム。その捜査チームに加わることとなる失踪人探索の専門家であるミーラ・ヴァスケス。そのミーラを最初から敵視する捜査チームの唯一の女性サラ。そうした反目を無視するかのように、少女たちの死体が次々と発見されることとなる。しかも、この事件と直接関係のない別の猟奇殺人鬼の存在までもが露わにされる。そしてやがて犯人の魔の手は、捜査員たちにまで伸びてくることとなり・・・・・・

 とにかく、予想だにせぬ展開の連続。さらには、思いもよらぬ伏線が張られ、最初から最後まで考え抜かれた物語であることに驚愕することとなる。惜しいと感じられたのは、最終的に明らかになる真犯人像。物語の展開としては面白かったものの、どこかその結びつきの一つ一つが弱いと感じられる部分もあり、もう少し濃いめの首尾一貫性が見られれば良かったと思われた。とはいえ、これで最後まできっちりと決まっていたとすると、とんでもない完成度の作品となっていたであろう。著者の力量といい、登場する多数の殺人鬼の描写といい、色々な意味で恐ろしい作品。

 この著者はすでに他の作品を2冊書き上げているということなので、やがてはそれらも翻訳されるかもしれない。ただ、続編だとは書かれていなかったので、ノン・シリーズを中心に描いていく作家となるのであろうか。今後が非常に期待できそうな作家である。


ノンストップ!  Relentless (Simon Kernick)

2006年 出版
2010年06月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 トムのもとに昔の親友で現在弁護士をしているジャックから電話がかかってきた。ジャックは何者かに襲われているらしく助けを求めていた。そして最後にトムの家の住所を口にして、悲鳴をあげて、電話が切られた。トムは何者かが家に襲撃してくるのではないかとおびえ、子供たちを義母のもとに預け、大学で働く妻の元へと急ぐ。しかし、大学に妻の姿はなく、かわりにマスクをかぶった男にナイフで襲いかかられ・・・・・・

<感想>
 昨年話題になった作品であるが、タイトル「ノンストップ!」の言葉通り、ノンストップで繰り広げられるサスペンス・ミステリ。読む者を決して飽きさせない怒涛の展開でラストまで一気に駆け抜けてゆく。

 昔の友人が主人公の住所を告げたために、謎の集団から襲われる。妻を捜しに行くと、襲撃され、警察につかまり殺人犯と疑われる。その後、別の事件の謎が進行しつつも、主人公は何が起きているのかわからないままに、ただ単に襲撃者から逃げ回り、妻の行方を捜そうとする。

 途中、色々な人物と出会い、情報を入手するも、どこまでが真実でどこまでが嘘かわからず、誰を信じていいのかわからない。全体的に何が起きているのかわからないまま主人公は事件に翻弄され続ける。ただし、日数にしてたったの二日間。その二日を一気に駆け抜ける。

 これはかなり楽しめた。展開してゆく物語の先が気になり、一気に読みとおすことができた。キャラクターも主人公のトムだけでなく、殺し屋のレンチ、警官のボルトなどキャラクターがしっかりとしていた。続編という形はないにしても、警官のボルトをはじめ、他の作品に登場してきてもよいのではないかと思った人物もいる。サスペンス・ミステリとしては傑作といってよいであろう。


ハイスピード!  Severed (Simon Kernick)

2007 年 出版
2014年05月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 元兵士で現在は自動車ディーラーを営んでいるタイラー。ある朝、目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋のなか。しかもベッドには恋人の首無し死体が! さらに部屋のなかのDVDには、タイラー自身が恋人を殺害したかのような映像が映されていた。タイラーは連絡をしてきた見知らぬ者からの指令を受けることとなる。指定された住所へと行き、そこでブリーフケースを受け取って来いと。タイラーは指示に従いつつも、誰が自分をはめようとしているのかを突き止め、反撃を試みようとするのであるが・・・・・・

<感想>
「ノンストップ!」に続いて訳された(とはいっても3年ぶり)、サイモン・カーニックの作品。前作「ノンストップ!」同様、この「ハイスピード!」もタイトルの通り、内容に惹き込まれ、一気に読まされる作品となっている。

 内容は、殺人の罪をきせられ、何者かによって利用されることとなった主人公が警察やその他大勢の目をかいくぐり、真相を突き止めようとするもの。主人公は、車のディーラーであるが、元は兵士。その過去のスキルや人脈に助けられつつも、その過去の何らかの出来事が自分を追い詰めつつあるのではないかと疑いながら行動を起こしてゆく。

 展開としては面白く読むことができるのだが、終わってみれば、特にこれといった捻りというほどのものは感じられなかった。何となく、事が起こっている最中が一番面白いというような作品。終わって息を整えて落ち着いてしまうと、「あれ、そんなものか?」という薄い印象。事件の核にもなっている、主人公の希薄な心持ちというものが、物語全体の印象の薄さにつながってしまっているように感じられてならない。手に汗握るスピード感を堪能しつつも、意外と薄味という突き抜けすぎた作品!?




作品一覧に戻る

著者一覧に戻る

Top へ戻る