<内容>
サン=ルイ島の教会で日曜のミサが始まろうとしていたのだが、肝心の司祭がまだ現われない。すると、様子を見に行った者が司祭が死んでいると・・・・・。人望のある司祭が何故殺害されたのか? 容疑は、司祭が保護し、一緒に暮らしていた若き女性ヴァイオリニストに向けられる事に。この事件に乗り出すことになったパリ警視庁の警視メルシエ。しかし、この捜査の途中に以前メルシエが捕まえた凶悪犯が脱獄したとの知らせが!!
<感想>
メグレ警部の再来と言われている通り・・・・・・というか、どう見てもメグレ警部のパスティーシュ作品という気がしてしまう。著者もそれを狙ってのことか、舞台が現代であるにもかかわらず、あえて現代的な描写は避けて、昔なつかしのパリ(つまりメグレ警部が活躍していた)というイメージを前面に推し進めているように感じられた。たまに“携帯電話”、“GPS”、“テロ”などという言葉が出てきたときに、そういえば舞台は現代だったと気づかされる。
そのような背景の中で二つの事件が同時進行される。ひとつは司祭殺害事件。もうひとつは凶悪犯の脱獄事件。その二つの事件を同時に解決しようと奔走するメルシエの様子がうまく描かれている。事件のそれぞれの展開はなかなかスリリングなものを見せてくれるのだが、それよりも本書の目玉は“メルシエ”自身にあるだろう。
優秀な警視であるメルシエと彼を引き立てるかのように描かれている、あまり優秀でない上司や同僚たち。そして、メルシエがどのように考え、どのように行動し、どのような指示を出すか、興味深く読むことのできる内容となっている。
ただ、そんな具合に結局のところメグレ警部の焼き増しでしかないとも言える。そのへんは、オリジナリティに欠けすぎるというきらいはあるものの、往年のメグレ・ファンであればまた色々な意味で楽しめるのではないだろうか。
<内容>
山間の大学町周辺で次々に発見される惨殺死体。拷問され、両眼をえぐられ、あるいは両手を切断され・・・・・・。別の町でその頃、謎の墓荒らしがあった。前後して小学校に入った賊は何を盗み出したのか? まるで無関係に見える二つの町の事件を担当するのが、司法警察の花形と、自動車泥棒で学費を稼ぎ警察学校を出た裏街道に精通する若き警部。なぜ大学関係者が不可解な殺人事件に巻き込まれたのか? 埋葬されていた少年はなぜ死んでからも何者かに追われているのか? 「我らは緋色の川を制す」というメッセージの意味は? 二人の捜査がすべての謎をひとつに結び合わせる。
<感想>
ものすごくスピィーディー、あまりにもスリリングな展開。読み始めたらページをめくる手を止めることができない。本当に!
ところどころに見所をちりばめ進められるストーリー、その巧みな展開に思わず引き込まれてしまう。しかも二人の別の性格も出自も異なる刑事を使ってそれぞれ別々に捜査が進められるという構成が面白かった。いつこの二人が出会い事件がどのように結びついていくのだろうか、ということを考えるとますますページをめくる手が早くなっていく。人物造形もさることながら、やはり読み手を惹きつける不可解で怪奇な事件の提示の仕方がこの小説の一番の成功のポイントであろう。これはまさにこれから目の離せない作家のひとりである。
<内容>
青年ルイは、鳥類研究家ベームの助手として行方不明になったコウノトリの謎を追う仕事を請け負った。仕事が開始される日にベームの元を訪ねたルイが見たものは死体と化したベームの姿であった。検死解剖の結果、ベームには心臓移植が施された形跡があるという。依頼主はいなくなったもののルイはコウノトリの謎とベームの死の謎を解かんと一人、旅立つことを決意する。
<感想>
話題作「クリムゾン・リバー」を書いたグランジェの処女作品。タイトルを見たときは「クリムゾン・リバー」を書いた著者も処女作は牧歌的な本を書いたのかと思ったのだが、・・・・・・“牧歌的”だなんてとんでもなかった!
のっけから、いきなり死体が発見され、主人公のいくところいくところ猟奇的な殺人の痕跡が発見される。しかも主人公は何者かに命を狙われるようになり、反撃を繰り返しながらすべての謎の真相へとひた走ることになる。いやー、死体に拳銃に猟奇と、さすがに「クリムゾン・リバー」を書いた著者は最初からこういう路線だったのかと納得してしまう。
そしてただ単に猟奇的な描写やアクションシーンが描かれているだけではなく、一級品の謎解きまで用意してくれている。コウノトリの調査の依頼人の死の理由、コウノトリの消失の謎、猟奇的殺人事件の理由、そして・・・・・・と見るべき点は満載である。ここで詳しく触れてしまうと興味をそがれてしまう部分もあるので、あまり詳しい内容は調べずに読んでもらったほうがよいであろう。
この小説の後半では、“コウノトリ”が果たす役割というものが薄れてしまうように見えるの。しかし深読みすれば、これは一種の皮肉というようにもとらえることができるように思える。本来幸せをもたらすはずの鳥が届けたものは死と苦痛というものであるのだから。
<内容>
パリに住むアンナは不可解な記憶障害に苦しんでいた。夫が高級官僚で、設備の整った病院で見てもらうことができるものの、何故かその診療に対して不信感を抱いてしまうのである。そんな中、彼女自身の存在を揺るがすような驚くべき事実が・・・・・・
警部のポール・ネルトーはトルコ人女性が狙われた残虐非道な連続殺人事件の犯人を追っていた。しかし、閉鎖的なトルコ人社会に近づくことができず、引退したシフェール元警部に捜査協力を仰ぐことに。ただ、そのシフェールというのがやり手ではあるのだが、様々な悪い噂のある警官であり・・・・・・
<感想>
二つの話が別々に語られ、それが段々と共通性を持ち、ひとつの事件へと展開していくという構成で描かれている。このように言ってしまえば、最近よくある小説としか感じられないかもしれないが、これがとにかくよく出来ているのである。
二つの視点にて話が語られてゆくものの、その二つの話の中で、ころころと主人公が入れ代わる。結局、誰が最終的に主人公たる役割を続けてゆく事になるのか、それすらもわからないまま話が進められてゆく。
そして、さらには徐々に二つの話が結びつくといっても、話が近づきながらも、またさらに謎が深まって行き、最後にいたるまではなかなかきちんと話がまとまらないように書かれている。この途中途中で、謎が解けそうになった途端、闇の中へと突き落とされ、さらに新たな謎を追求していくという繰り返しがとにかくうまくできている。こういった展開により、読んでいるほうはもう最後までノンストップで読まざるを得なくなるのである。
そんなこんなで、グランジェの作品を読むのも3冊目なのだが、この作品も実に楽しんで読むことができた。これまでのグランジェ作品では今のところハズレがなかったように思われる。これは今後の作品も期待して待っていてよい作家であろう。
<内容>
精神科医のマティアス・フレールは、記憶を無くしたという大男の患者の面倒を見ることとなる。しかもその患者は、猟奇的な殺人事件の目撃者とされ、その件でマティアスは女警部アナイス・シャトレの訪問を受ける。その事件とは、本人の頭の代わりに牛の頭が置かれていたという奇怪な状況で発見されたもの。話を聞いたマティアスはその後、奇妙な体験を強いられることとなる。そして行く先々で、猟奇的な殺人事件に遭遇し・・・・・・
<感想>
久々に邦訳されることとなったグランジェの作品。今回大作が訳されたものの・・・・・・長い、とにかく長い。単行本で700ページ、しかも上下2段組、さらには文字が小さめ。そんなわけで一気に読めず、読むのにだいぶ時間がかかった。
内容は、面白くないこともないのだが、それでもこんなにページ数を長くする必要があるかなぁ、と。精神科医マティアスのパートと、女警部アナイスの二人のパートから構成されている作品であるのだが、このアナイスのパートっているのかな・・・・・・と。この女警部、あまり優秀には見えず、行動力と勢いだけで捜査しているような人物。確かに精神科医のみのパートだけでは話が成り立たないというのはわかるが、このアナイスのキャラクター設定をもう少しなんとかしてもらいたかった。
物語は第1章が終わるところから加速し始める。ただ、第2章、第3章になると、同じことが繰り返されているようにしか思えなくなる。それでも最終章に入り、真相の一端が見え始めると、それまでの精神科医の長い旅が実際のところ必要不可欠だったのではと思い始めてくるようになる。そこまで長い旅であったにもかかわらず、最後の最後はあっけなかったという感じ。
なんとも不思議な作品であるが、それなりの痕跡を残すこととなるミステリ作品であるかと思える。長過ぎる作品ゆえに、気軽にはお薦めできないのだが、読む根気があるという人は、なるべく内容を知らないままの状態で読んでいった方がより楽しめると思われる。
<内容>
パリの路地裏で口が耳まで切り裂かれたストリッパーの死体が発見される。パリ警視庁警視コルソが腕利きの捜査官らと共に事件に乗り出すことに。すると捜査を始めてまもなく同じ犯人によるものと思われる第2の犠牲者が発見される。コルソはソビエスキという前科のある画家が怪しいと考え、重要容疑者として彼を追い詰めようとするのであったが・・・・・・
<感想>
読んでいる最中の本書に対する印象は最悪であったが、ラスト直前になってから話が一変し、最後まで読み終えると、それなりに満足のいくサスペンス小説を読んだという感じにさせられた。
それにしても、読んでいる途中は、かなり“なんだ、これ?”という印象。視点は主人公である警視コルソのみのものとなっているので、内容は理解しやすい。ただ、このコルソ警視、優秀といううたい文句の割には、全くパッとしないどころか、間抜けな刑事というイメージしか思い浮かばない。しかも事件捜査だけでなく、個人的な家庭の事情に関することでページ数が費やされているので、作品を読んでいてもあちらこちらで躓き、スムーズに読み進めることができない。
そんな感じで全編進み、“優秀な捜査官 vs 老獪な犯罪者”という構図ならまだしも、“間抜けな捜査官 vs とまどう犯罪者”という感じで話が進められ、読んでいても全く盛り上がらない。これがハヤカワミステリの上下2段組で760ページの大作であるのだから読んでいるほうはたまらない。
ただ、そうした印象も残り100ページくらいになってから、がらりと話が変わり始める。というか、終幕直前になってから、ようやく本格的な捜査がなされたというような・・・・・・。我慢してそこまで読み進めれば、ようやく価値ある作品を読んでいるという気にさせられることに。最後の最後でこの作品がどのようなものであったかを理解させられることとなる。
と、そんなこんなで読むのに苦労した作品。もうちょっと短めの作品であれば、ここまで読むのに苦労しなかったと思えるのだが。本書は、ジャン=クリストフ・グランジェの最新作とのことであるが、昨年出版された「通過者」に続き、今後も未訳作品の刊行等が続くことになるのだろうか。あと、余談ではあるが、本の装丁は赤い色が映えていて素晴らしいと感じられた。
<内容>
かつての事件で九死に一生を得たペール・ニエマンス。その後、警察学校の教官を踏まえ、やがてまた捜査畑へと戻ってゆくことに。彼に与えられた役目はフランス全土で起こる猟奇殺人事件に対する派遣部隊。人員はニエマンスひとり。彼は警察学校での教え子であるイヴァーナをパートナーとし、各地で起きる捜査に乗り出すこととなる。今回ニエマンスらが捜査するのは、ドイツの貴族が殺害されたという事件。どうやら狩猟が深く関係し、さらには一族に代々継がれる秘密が関連しているのではないかと!? そうした捜査の途中、ニエマンスとイヴァーナは、謎の黒いライダーとナチス時代に暗躍した戦闘犬に襲われることとなり・・・・・・
<感想>
年代的には最近書かれた作品であるのだが、グランジェの処女作品であり、日本でも紹介されている「クリムゾン・リバー」の続編にあたるのがこの作品。どうやら「クリムゾン・リバー」のドラマ化により続編の企画が持ち上がったようである。
と、そのグランジェの作品なのだが、最近読んだ「死者の国」でも感じたのだが、どこかシリアスな部分が押し殺され、ややユーモア調の作風となっているところが気になってしまう。ドラマ化とかそういった部分が意識されているかどうかはわからないのだが、猟奇殺人事件を追いかける作品としては、ちょっと微妙な作風ではないかと感じられてしまう。
また、今作は「クリムゾン・リバー」の続編ということなのであるが、本書の内容からしたら、別に続編ではなく新規のキャラクターで良さそうなもの。そんなわけで別に前作を読んでいなくても普通に読むことができる作品。今回もまたというか、グランジェ作品ではいつもながらの猟奇殺人が扱われるものとなっており、それと同時にドイツ貴族の一族の闇に迫るという内容になっている。
全体的にまぁまぁといった中味であったかなと。やや未消化気味に終わっているところがあったり、特にどんでん返し的なものなく普通に締められたなという感じのサスペンス・ミステリとなっている。なんとなくサクション・サスペンス的なところで最後まで乗り切ろうとしていたような感じにも思われた。
どうやらグランジェはあまりシリーズものは書いていないようなのだが、この作品はシリーズ化するのであろうか? それにしては主人公のニエマンスとイヴァーナが強い刑事というよりは、ちょっと情けないコンビというような気がしてしまうのが何とも言えないところ。それともこんな人物造詣こそが今風なのだろうか??
<内容>
クリスマス間近のパリ。アルメニア使途教会でオルガン奏者の男が両耳から血を流した死体となって発見される。現場近くにいた元殺人課主任警部のリオネル・カスダンは事件に興味を持ち、過去の人脈を生かして、独自の捜査を展開してゆく。捜査の途中、カスダンは、彼と同じように勝手に独自の捜査を行っている青少年保護課のセドリック・ヴォロキン警部の存在に気付く。セドリックは優秀な刑事でありながら、ヘロイン中毒になり、現在その依存症で苦しんでいた。そんな二人がいつの間にかコンビを組み、捜査を進めていくなか、事件の裏に潜む大きな組織の存在に気付き始め・・・・・・
<感想>
忘れたころに未訳作品が訳されるジャン=クリストフ・グランジェ。よく今まで紹介されなかったなと思えるほど面白い作品であった。まず、キャラクターが良い。色々なトラウマを抱えつつも、警察人生を全うに勤め、現在は退職した元刑事のカスダン。そして、青少年の尋問に定評があり、洞察力が鋭いものの、薬物中毒に苦しむ若き刑事セドリック。この作品だけしか登場させないのはもったいないほどのキャラクターであった。
物語の展開も面白かった。最初は普通の犯罪捜査のような感じで始まってゆく。教会の関係者が不可解な方法で殺害され、さらには連続殺人へと発展してゆく。その背景を調べてゆくと、一国のみならず、国家間を巡る秘密組織の存在が明るみに出てくるようになり、その組織にカスダンとセドリックが二人っきりで立ち向かってゆく。
後半の展開は、ミステリというよりも、ファンタジーめいた感じにさえなってしまうだが、それでもエンターテイメント小説として十分に楽しめた。また、後半に明らかになってくる秘密組織の存在が、必ずしも荒唐無稽なものではなく、ある程度史実も交えているというところは、恐ろしくも興味深い。
段々と話が進むにつれ、展開が大雑把になっていったような気もするが、それでも十分に楽しめた。普通の警察小説から始まって行って、最後には壮大な冒険小説へとたどり着いたという感触の作品であった。
<内容>
イギリスの北に位置するシェトランド島。その島にある小さな町で、女学生がマフラーで首を絞められ殺害されるという事件が起きた。その殺害現場の付近には、マグナス・テイトという老人が住んでおり、その老人は以前に起きた少女失踪事件の際の容疑者と目されていた人物であった。しかも、その女学生は生前にマグナスの家に出入りしていたという。この事件の真相はいったい・・・・・・
<感想>
現在の事件と過去の事件が交わるようなミステリのようで、そうではなかったように思えたし、パニック・サスペンスのようかと思えば、そういうわけでもなかったし、警察小説のようで、そういうわけでもない。なんとも中途半端な印象ばかりが残る小説であった。
事件が起きた後に、数多くの村の人々にスポットが当てられるものの、それがあまり効果を挙げていないように思われた。閉塞された島のなかの村での人々の感情というものを表現したかったのかもしれないが、特に印象に残るようなものは感じられなかった。かえって、多視点にしてしまったことにより、登場人物それぞれの印象が薄れてしまったように思われた。
事件が起きた後、主要人物となるはずの警察官は出てくるものの、捜査は遅々として全く進まない。後半になってようやくなし崩し的に話が進んでいったというように思えた。また、最終的に明らかにされる真犯人については確かに驚かされはするものの、何が決め手になったのかがよくわからない。
そういうわけで、どうにも印象に欠ける作品であった。もっと主要となる人物にスポットを当てて、行動させてくれれば物語にも引き込まれたと思われるのだが。
<内容>
イギリスの中等学校の英語教師が殺害されるという事件が起きた。その女教師は不倫の噂もあったようだが、それは事件と関連していたのか? 殺された女教師の同僚であるクレアは、自分がその事件に巻き込まれるのではないかと恐れていたが、やがて彼女の日記帳に何者かが文章を書き入れた形跡が!? そして、事件は次第にクレアを狙うかのように!!
<感想>
年末のミステリ・ランキングに掲載されているのを見て購入した作品。読み始めは重厚なミステリという感じであったが、話が進むにつれてサスペンスフルな展開になってゆき、分厚いページのわりには、さくさくと読み進めることができる読みやすい作品であった。
ホランドという怪奇作家が書いた“見知らぬ人”という短編を軸として物語が進められる。この“見知らぬ人”の全文が作品の巻末に掲載されているので、それを先に読んでから本編を読んでいってもよいかもしれない。このホランドという作家なのだが、なんと“見知らぬ人”という短編も合わせて全て創作とのこと。てっきり実在した作家なのかと思い込んでいたので、あとがきを読んでびっくり。
そんな怪奇短編作品にまつわる事件が起きてゆくゴシック調のような重厚な出だしから始まる物語。この作調のまま行くのかと思いきや、途中からは普通のサスペンスミステリのように展開していくこととなる。それにより、格段と読みやすくはなるのだが、出だしのような重めの作調のまま話が進んでいっても、それはそれで良いような気がしたのだが。
作品の語り手が三人によって分担されているところもポイント。英語教師のクレア、女刑事のハービンダー、クレアの娘で15歳のジョージア。この三人による代わる代わるの視点により物語が展開されていくこととなる。特にクレアの娘にスポットが当てられることになるとは思いもよらなかったので、そこもまたちょっとしたサプライズ的な趣向であったと思われる。
全体的に色々な工夫がなされながら物語が展開されてゆき、最後の最後まで読者を飽きさせない作品であった。話の途中では、人間関係のドロドロとした作品という感じがしたものの、最終的にはきれいな形で締められているゆえに、読み口も悪くない作品という印象を持つことができた。
<内容>
高齢者向け住宅に住む90歳のペギー・スミスが死亡した。自然死と思われたが、介護士のナタルカが“殺人コンサルタント”と書かれたメモを見たことから、何らかの陰謀によって死亡したのではないかと考え始める。ナタルカは、カフェのオーナーのベネディクトと、同じく高齢者住宅に住むエドウィンと共に真相を突き止めようと生前のペギーについて調べ始める。また、刑事のハービンダー・カーもナタルカの熱意に押され、事件を深堀することに。そんなおり、ペギー・スミスが生前、関与があったと思われる推理作家のひとりが死亡するという事件が起き・・・・・・
<感想>
昨年「見知らぬ人」で名をはせたエリー・グリフィス。昨年に続いて、今年も新たな作品が翻訳された。「見知らぬ人」に引き続き、ハービンダー・カーという刑事が登場している。とはいえ、さほど続編というものを意識せずに読むことができるので、別にどちらから読んでも問題はないように思える。
今作に関しては、前作と比べれば凡庸というか、普通にミステリ作品として、いまいちであったなという感じ。というのも、多くの登場人物が出てくる割りには、それぞれがしっかりと紹介しきれていなかったように思えたり、面白そうな要素を持ち合わせている作品のわりには、それらがしっかりと書き切れていなかったりと、どれもこれも足りないという印象。
今作の主人公とも言える、事件を捜査する3人組についての描写や言及が多すぎて(その三人に関しても書き切れているとは思えなかったが)、その他がおざなりになってしまったという印象が強かった。全体的には興味深く思えるような要素が色々とあったようにも思えたのだが、それらに関しても、あまり興味を引くようにに描かれていなかったところも作品にそれほど惹かれなかった理由であったと思われる。
と、そんな感じで、もうエリー・グリフィスの作品は、来年以降翻訳されても読まないかもしれない。
<内容>
ガスは新聞記者として名声を得ることを夢見ながら故郷を出ていったものの、とある事件により新聞社を追われるはめとなり、故郷へと戻り、現在は地方新聞記者として働いていた。ガスは10代のころ、地元チームのアイスホッケーのキーパーとして活躍しており、それから10数年以上経った今でも昔の仲間たちとチームを組んでアイスホッケーをやっていた。そんなおり、湖に打ち上げられたスノーモビルが発見される。それは、ガスたちのアイスホッケーのコーチが乗っていたものであり、10年前に湖に沈んで死亡したとされていた。スノーモビルが発見され、ガスはそれを記事にしようと調べていくと、過去のさまざまな出来事が掘り返される。ガスが今まで知り得なかった故郷の真実とはいったい!?
<感想>
分厚く長い小説であったものの、読みごたえはあった。新聞記者である主人公の過去の挫折とアイスホッケーへの思い。昔のホッケーチームの仲間との友情。そんな彼の思いが培われた土地で起きていた知られざる事実。主人公のガスが、自分が生活し続けながらも、知り得なかった故郷の真実を、まるで何かに憑かれたかのように調べ続けていくところが印象的。決して目の当たりにしたくなかった事実を突き付けられつつも、それを乗り越え成長していく中年の再生の物語である。
ただ、良くできているという反面、全体的に地味であったかなと。真相が隠され続けるわりには、さほど意外性もなく、ミステリとしては結構普通。アイスホッケー・チームの思いが語られつつも、チームとしての印象が薄く、個人同士の関わり合いにすぎないというのも、少々物足りなさを感じてしまった。
本書はジャーナリストであった著者が書きあげたデビュー作とのこと。すでにこの続編ができあがっているというので、そちらが刊行されたら是非とも読んでみたい。もう少しページ数が少なければ読みやすいのだが、たぶん次作もボリューム満点のことであろう。
<内容>
CIAが管轄する精神病院。そこには、かつてスパイとして働きながらも、任務により強烈なトラウマをかかえることになった者達が収容されていた。そんなある日、臨時で来ていた精神科医が殺害されるという事件が起こった。このままでは、収容されている彼ら5人の仕業だと思われてしまう。彼らは収容所からの脱走を図り、真犯人の正体を暴こうとする。ただし、彼らには薬が切れるまでというタイムリミットがあり・・・・・・
<感想>
一時期話題になった作品であったが、ようやく読む事ができた。読んでみて感じたのは、思っていたよりも真っ当なスパイ小説であったということ。その内容から、もっとぶっ飛んだバカミス的なスパイ小説だと思っていたのだが、意外と落ち着いた作品だったという印象。
主人公達5人の元スパイは誰もが強烈なトラウマを抱えており、病院で薬を飲みながら静かに暮らす生活を強いられている。物語が進むにつれて、彼らの背景は徐々に明らかになって行く。そんな中、精神科医が殺害されると言う事件が起こり、彼らはかつてのスパイの能力を思い返しつつ、行動を起こしていくという話。
こうした少し変わった設定により、くだけた内容になっており、それにより読みやすい小説として仕上げられている。主人公達スパイの人間性が“狂人”ということが前提になっているせいか、そのハチャメチャぶりが物語から堅苦しさを取り去り、作品に対する取っ付きやすさを増す効果を挙げている。
そうした人物造形や設定はよいと思われるのだが、彼らが解決するべき事件やそのてん末については、ちょっとイマイチだったように思えた。結末から考えれば、彼らの行動についても、結局それほど大きなことはしていなかったようにも思われる(起こした騒動は大きかったかもしれないが)。
そんなわけで全体としては、まぁまぁという印象の内容であったが、読みやすいスパイ小説としては注目すべき作品であると思われる。分厚いページ数にもかかわらず、さくさくと読み進める事ができる作品。
<内容>
ダニエル・フレッチャーは幼い頃から原因不明の頭痛に悩まされていた。しかし、医者はその頭痛を病気とみなしてくれなく、彼は精神病患者として扱われてしまうことに。彼は精神病患者というレッテルから逃れるために、行く先々で別の身分の人間となり社会から身を隠そうとするのだが・・・・・・
<感想>
ミステリ作品かと思い購入したものの、どちらかといえば文学よりの小説。ミステリ的な要素も多くちりばめられているのだが、基本的に主人公の内部で自己完結してしまっているような物語なので、サスペンス小説ともいいがたい。
主人公は原因不明の頭痛を抑えるために、薬物を多量摂取し、たびたび病院に運ばれる。その病院に薬物摂取の常習犯として収監されないように、その都度身分を変え、というような生活を繰り返してゆく。
この主人公は普通の人では持ち得ない能力や才能があるにも関わらず、残念ながらその能力をよい方面に生かそうとせずに、身分を変えるという一点のみにその能力を使おうとするややゆがんだ人物。ちょっと人生が変われば、ものすごい活躍できる世界があったと思えるのだが、何故か彼は犯罪者めいた行動をとることしか考えない。
彼は“持ちすぎたが故に不幸におちいる”という変わった人生を歩むこととなる。“持ちすぎた”というのは能力だけではなく、身体的な面もあるのだが、彼がもっと頭が悪く、普通の能力しか持っていなけば、ごく普通の人生をおくることのみで終始したかと思われる。しかし、余計な能力を持っているからこそ、余計な人生へとはみ出してしまうのである。
この主人公の人生というものは、無条件に同情するというものでもないのだが、なんとなく憐れみを誘われる人生であることも確かなのである。
個人的には、この能力から派生して、もっと大きな目的や犯罪というものを成し遂げるという作品であれば楽しめたのだが、この著者はミステリを意識して作品を書いたというわけではないのだろう。よって、ミステリ作品ではないとすれば、海外の小説にありがちなドラッグまみれの青春小説と言えないこともない。もしくは青春小説にちょっと犯罪者めいた部分を取り入れた一風変わった作品というほうがふさわしいのかもしれない。
<内容>
1943年、大統領就任目前のルーズヴェルトが暗殺された! この事件によりポピュリストとして有名なヒューイ・ロングが大統領の座につくことに。その結果、アメリカは専制国家と化し、ヨーロッパを支配しつつあるナチスドイツと手を組むことに。そうした自由が失われる世となったなか、ポーツマス市警で働くサム・ミラー警部補。彼の元に、身元不明の死体が発見されたという報がもたらされる。初めて殺人事件を取り扱うこととなるミラーは、張り切って事件に挑むこととなる。しかし、上司からはいさめられ、社会情勢や家庭環境でさえ、捜査活動をはばもうとする。そうしたなか、FBIやゲシュタポまでが現れ、ミラーの行動を抑制する。それでもミラーはひとつの事件を解決しようと奔走するが、迫りくる大きな社会の渦のなかへと巻き込まれることとなり・・・・・・
<感想>
史実ではルーズヴェルトは暗殺されていなく、ここで大統領に就任しているヒューイ・ロングのほうこそが別の事件により暗殺されている。というわけで、本書は歴史改変小説である。ポピュリストといわれる勢力が実権を握り、まるで旧ソ連やナチスドイツのような社会にアメリカが変成しつつある様相。そうした世界のなかでひとりの警察官にスポットが当てられている。
本書を読む前はそのタイトルから、もっと大きな国対国を描くようなスパイ小説のような内容かと思い込んでいた。しかし、実際にはアメリカの片田舎での警官の悩みを描いた小説となっている。ただ、片田舎での話とはいえ、そこで国を揺るがすような大きな事件やイヴェントが起こり、物語を大きく動かしていくこととなる。
この作品を読んでいて感じたのは、著者は歴史改変小説を描くというよりも、ひとりの警官もしくはひとりの人間の矜持を描く小説を書きたかったのではないかということ。この創造された普通の人々が生きにくい世界の中で、主人公は様々な選択を強いられることとなる。ひとりの人間として矜持を持つ、といったいところだが、必ずしも自分の心に沿った選択を選ぶことができるとは言えない状況。ときには、人を裏切ったり、人を助けたりもしながらも、大勢としては社会の流れに飲み込まれながら生きてゆくこととなる。そんななかで、主人公は唯一警察官としての自分というアイデンティティに頼りつつ、なんとかその矜持のみは筋を通して生き抜こうとするのである。
現実とは異なる歴史的事象や、主人公の生き方のみならず、最後に明らかになる思わぬ仕掛けがなされていたりと読みどころは満載。主人公が圧政に遭うという、嫌な内容ゆえに決して読みやすいとはいえないのだが、後半は駆け抜けるように一気に読み通すことができた。2年前に出版されて注目された小説であるが、読み逃すのはもったいない作品と言えよう。ちなみに、著者のアラン・グレンという人物はこの作品が処女作のようだが、実は他の名義で多数作品を書いているベテラン作家だと噂されている。アラン・グレン名義でも次の作品を書こうともしているようなので、いろいろな意味で注目できる作家である。