ナ行  作家作品別 内容・感想

装飾庭園殺人事件   The Knot Garden (Geoff Nicholson)   

1989年 出版
2011年10月 扶桑社 扶桑社文庫

<内容>
 ロンドンのホテルにて、テレビでも活躍する著名な造園家が亡くなった。死因は睡眠薬自殺と見られたのだが、彼の妻は夫は何者かに殺害されたと思いこむ。彼女はその美貌と多額の資金を用いて、さまざまな人々に事件の調査を依頼する。夫の死の真相を調べてもらいたいと。かくして、その真相とはいったい・・・・・・

<感想>
 思っていたのと違う! というのが読んでいる最中の感想。確かに裏表紙に掲載されているあらすじに“メタ・ミステリー”という言葉が入っていたので、一筋縄ではいかない小説なのだろうとは思っていたのだが。

 著名な造園家が死亡し、その真相を未亡人が調べていくと、普通のミステリらしく始まってはいくものの、徐々に変な方向へ。最初は、ホテルの警備員が調査を依頼され、この男が主となって物語が進められていくのかと思われた。しかし、未亡人は次から次へと事件に関連しそうな者からそうではない者までと、さまざまな人物に調査を依頼していくこととなる。

 だんだん途中から、未亡人の目的がわからなくなり、そもそも何を調査したいのかさえ分からなくなってくる。もともとの事件自体も自殺としか思えないものであったし。話が進むにつれて多くの登場人物による多視点による構成となり、どんどん読みづらくなってくる。そう思っているうちに、最後に登場人物一同が集められて物語の真相が語られることとなる。

 この最後の真相がなんとも・・・・・・ただ、それでなんとなく納得させられてしまった自分は騙されているのだろうか? 何か騙されたというか、煙にまかれたというか、ただただ操られていたというか、何とも言えない気分になってしまった。決して素晴らしい作品とは言えないものの、単に駄作と切り捨てることもできない何とも奇妙な味わいのミステリ作品であった。


シャドー81   Shadow 81 (Lucien Nahum)   6点

1975年 出版
1977年04月 新潮社 新潮文庫
2008年09月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ロサンゼルスからハワイに向かう747ジャンボ旅客機が出立した直後、機長はシャドー81と名乗る者からの無線連絡を受け取る。シャドー81は戦闘機に乗り、ジャンボのすぐ後ろに付けていて、いつでも撃ち落とすことができる・・・・・・つまり旅客機をハイジャックしたというのだ。シャドー81は旅客機の乗る人々の命を身代金として、巨額の金塊を要求する。謎の犯人による大胆不敵な計画の真相とは!?

<感想>
 出版された当時は話題となった有名作であり、噂には聞いていた作品。それが昨年復刊されたので、初めて読むことができた。確かに噂にたがわぬ内容となっているのだが、その時代に読むべき作品であったなとも感じられた。

 まず最初に感じたのは、ディテールが細かすぎるということ。本書はまず戦闘機を盗むところから始まり、用意周到ともいえる計画であるのだが、その描写が細かすぎて若干冗長ともとれてしまう。そこはあっさり目でもよかったのではないだろうか。

 とはいえ、話が旅客機の乗客を人質にしたハイジャック事件が始まってからは物語りは一気に加速してゆく・・・・・・

 はずなのだが、30年前と今とでは情勢が異なるためか、読んでいてなんとなくリアリティに欠けているなという気がしてならなかった。というのも30年前はこのような犯罪自体がなされることが考えられなかったかもしれないが、現代においては911事件後、決して夢物語ではなくなっているのだ。

 よって、事件自体は起こりえるものと考えられるのだが、その状況における人々の行動や犯人の要求などについては疑問に思えることが多かった。例えば、時間制限があるなかでの犯人の要求があまりにも迅速に行われる過ぎるところや、犯人も含めた登場人物たちのどこかのほほんとしたような描写など。まぁ、こういったところがその書かれた時代をうかがわせるポイントであるともいえるのかもしれないのだが。

 そんなわけで、本書が出た当時に読んでいれば、かなり感銘を受けた作品であったのではないかと思われる。現代において読んでみると、ちょっと的外れのような気がしなくもないのだが、まぁかつての冒険小説における歴史的な名著という位置づけで読んでみて損はないであろう。

 余談だが、復刊されたハヤカワ文庫の装丁はすばらしい。


その雪と血を   Blood on Snow (Jo Nesbo)   6点

2015年 出版
2016年10月 早川書房 ハヤカワミステリ1912

<内容>
 殺し屋オーラヴ・ヨハンセンはボスに命じられて殺人を請け負うことに。今回、命じられた仕事とは、ボスの妻を殺すこと。オーラヴが仕事を遂行するために、ボスの妻を見張り始めるのだが、やがて考えを変えることとなり・・・・・・

<感想>
 昨年出版された作品であるのだが、なにやら話題になっていたようなので、読んでみることに。最近のポケミスのなかでは破格というほどページ数が薄く、読みやすそうというところも購入した大きな理由の一つ。

 内容はノワールといったところ。殺し屋の物語。オーラヴ・ヨハンセンという殺し屋の一人称で語られる物語であるのだが、正直なところ初っ端で彼が殺し屋をしている理由について、「おれにはできないことが四つある」と語りだしたことにはうんざりさせられた。そんなことグチグチ言われてもと。

 ただ、話が進むにつれ、意外な展開などを見せ、それなりの飽きさせずに読者を惹きつける物語となっていることに気づく。読み通してみると、それなりに読み応えのある作品であったと。何やら妄想癖が強い主人公であったという感じであるが、その妄想が物語上大きな役割を占めていることに感嘆させられる。例えどのような人間であれ、個人的に妄想に浸ることは自由ではないかと。そんな感想を抱かされる作品であった。


ジョン・ランプリエールの辞書   Lempriere's Dictionary (Lawrence Norfolk)   

1991年 出版
2000年03月 東京創元社 単行本

<内容>
 18世紀、イギリスとフランスの間に位置する島、ジャージー島。島に住む青年ジョン・ランプリエールは子爵家の娘・ジュリエットと出会い、恋に落ちる。しかし、その出会いはとある陰謀によって起きたもので、それに巻き込まれるようにランプリエールの父親が命をおとす。
 ジョンは遺産相続手続きのためにロンドンへと向かうことに。そこで起こる不可解な数々の事件。ジョンをつけ狙う謎の地下組織、インド人の殺しや、そしてジョンが思いをよせるジュリエットの行方。ジョンは友人たちに薦められ、神経症の治療として固有名詞辞典の執筆を開始したのだが・・・・・・

<感想>
 10年来の積読のひとつ。昔一度読み始めたことがあったのだが、途中で登場人物の名前がわけがわからなくなり断念。今回はそれに対抗するように、メモをとりながら読み始めることにした。

 ということで、前回途中まで読んだ時と比べれば、だいぶ人物関係についても整理することができた。しかし、中盤以降から結局話がややこしくなり、登場人物の数も増えすぎて、わけがわからない状態に。とはいえ、最後まで読みとおしたので、なんとか大筋はつかむことができた。

 この作品は現実に存在する“ランプリエールの辞書”というものからインスピレーションが湧いた著者の手によって書かれた本。その本の成り立ちと、歴史上に起きた史実を絡めることにより、この壮大な物語を完成させたのである。

 とはいえ、物語としてきちんと成り立っているのかについては微妙と思える。特に本書のメインとなり得る主人公ランプリエールと彼をめぐる地下組織との駆け引きについてが最終的にも全く意味合いがわからなかった。かなり大きな力を持っているはずの地下組織が、ランプリエールに対して、何をしたかったのか、または、なぜ何もさせることができなかったのかがよくわからなかった。

 物語の後半では、その地下組織との対立がメインというよりも突如、歴史上実際に起きたらしいユグノー弾圧という事件の波に押し寄せられ、あっという間にわけがわからなくなってしまう。さらには、ランプリエールという主人公についても、何がしたかったのかがよくわからなく、ただ単に街をさまよい歩いていたというだけにしか感じられなかったのも微妙なところ。

 そもそもこの作品自体が“ランプリエールの辞書”というものを元に物語を創り上げたかったというところからきているので、緻密な物語を組むというよりは、創り上げたということ自体に価値があるような作品なのかもしれない。

 と言いつつも、最終的に物語全てを把握したとは言い切れない状態なので、もう何度か読みなおせばさらに理解できるところが増えていくのかもしれない。せっかくであるから、10年後くらいにもう一度読み直してみるのも悪くないかも。


深い疵   Tiefe Wunden (Nele Neuhaus)   5.5点

2009年 出版
2012年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 2007年春、ドイツにてひとりの老人が殺害された。ユダヤ人であった老人は、戦時中ユダヤ人迫害のなかを生き延び、アメリカへとわたり、大統領の顧問を務めた人物であった。殺害現場に残された謎の数字“16145”。さらに被害者の遺体を調べてみると、ナチスの親衛隊である証の刺青が見つけられたのだ! 同様の数字を残す殺人事件が第2、第3と続くのであったが、謎は深まるばかり。ホーフハイム警察のオリヴァーとピアらが必死の捜査を進めるなか、思いもかけぬ事実が判明することとなり・・・・・・

<感想>
 ドイツで人気の警察シリーズということで、日本でも紹介されることとなった作品。ただし、シリーズものとしては、3冊目にあたるとのこと。訳者としては、ノイハウスという作家の真価がわかる、この作品から読み始めてもらいたいからということのよう。

 それで読んでみた感想なのだが、読む前の印象と比べると、軽めの作風であったなと。内容は、きっちりと重々しいものであるのだが、多視点による群像小説となっていることと、主人公となる警察官たちの語り口が軽めなことにより、作風が軽いと感じられてしまった。個人的には、もっと重々しい語り口でよいのではないかと思えたのだが、このような作風だからこそ、とっつきやすく人気が出たのだと言えるのかもしれない。

 内容は、未だ残る戦争の残滓を描いたもの。時代が2000年になっているにも関わらず、戦争の傷跡を感じさせる内容と、戦後の混乱期から生じた身元の不確かさというものには、強く社会性が感じられた。また、これが未だドイツにまとわりつく問題であるのだなということも印象付けられた。

 本書で気になったのは、主人公に関して。オリヴァーという警官とピアという女性警官の二人が主となって、物語が展開されているのだが、このオリヴァーという警官がややヒステリックなところには微妙さを感じられた。ヒステリックなオリヴァーとそれをたしなめるピアという役割なのかもしれないが、この人物造形が物語全体に落ち着きのなさを植えつけているように思えてしまうのである。

 個人的には微妙だなと感じられた警察小説。第2弾がそろそろ出るようなので、とりあえずそれを読んでから今後も読み続けるかどうかを決めることとしたい。


白雪姫には死んでもらう   Schneewittchen Muss Sterben (Nele Neuhaus)   6.5点

2010年 出版
2013年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 トビアス・ザルトリウスは殺人罪により10年服役し、出所して自分の故郷へと帰ってきた。そこで待っていたのは、離婚した父親と荒れ果てた家。トビアスは、身に覚えのない罪により殺人犯に仕立て上げられた。彼は、10年前に何が起きたのか探り出そうとする。そんなとき、空軍基地跡地から人骨が発見される。トビアスが帰ってきたことをかわりきり、10年前の事件が再び動き出す。ホーウハイム警察署の刑事オリヴァーとピアが捜査に乗り出すものの、オリヴァーは妻の不倫、ピアは自分が住んでいる家の改築計画が進まず、気もそぞろに事件と向かい合うこととなり・・・・・・

<感想>
 最近流行りとなっている、外国産の警察小説。こちらはドイツ発のものであり「深い疵」に続いてのネレ・ノイハウスの作品。

 物語は、11年前に二人の少女を殺害した罪に問われ服役することになった男が出所して村に戻ってくるところから始まる。二人の少女の死体は未だ見つかっておらず、さらには逮捕された男は自分はやっていないと無罪を主張し続けていた。男が村に帰ってきたことにより、事件が再び動き出すこととなる。

 内容は抜群に面白かったと声を大にして言いたい。11年前の事件が徐々に明らかになりつつも、それを隠ぺいしようとする多数の人々。そして村から敵視され続ける出所がえりの男とその父親。そうして昔の事件を掘り起こそうとすればするほど、悲劇は拡散してゆくこととなる。

 この作品、内容からすれば文句なしといいたくなるほど、よくできていたと思われる。ただ、非常に気になる部分があり、それは捜査する側の警察の体制について。最近よく出ている海外の警察ものであるが、そのどれもがまるで競っているかのごとく個人的な問題を抱えた警官ばかりが出てくる。それを見ていると、事件を捜査するよりも、とりあえず自分のことをなんとかしろと言いたくなってしょうがない。この作品も例にもれずそんな感じであるのだが、“冤罪”を扱っているにもかかわらず、警察官が気もそぞろに捜査をしてよいのかと思えてならなかった。まるで、自分のことで頭がいっぱいだったので、捜査に手抜かりがありましたと言わんばかり。その辺が気になったのと、それらの警察官の個人事情が物語の進行の邪魔をしていたように感じられたというのがマイナス点。まぁ、まだ2冊目ということでシリーズ自体に思い入れがないというのも、ひとつの理由ではあると思えるのだが・・・・・・


堕落刑事   Sirens (Joseph Knox)   7点

2017年 出版
2019年09月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 押収品のドラッグをくすねて停職となったエイダン・ウェイツ刑事は麻薬組織への潜入捜査を命じられる。さらには、その麻薬組織へ逃げ込んだとされる、国会議員の娘の調査まで行うこととなる。自身に選択の余地のないウェイツは、潜入する闇の世界に蝕まれつつ調査を続けてゆく。そうしたなか、殺人事件が起きてしまい、ウェイツはさらに身の置き場のない事態へと追い込まれてゆく羽目に。誰にも頼ることのできないなか、ウェイツはただひたすら事件を解決し、消えた娘の行方を探そうと・・・・・・

<感想>
 昨年(2021年)の年末ランキングでジョセフ・ノックスの「スリープウォーカー」という作品が掲載されており、興味を持つ。ただ、この作品がシリーズ3作目ということであったので、それならば1作目から読んでしまおうと思い、昨年末に1作目から最新の3作目まで購入してきた。その1作目で著者のデビュー作となるのがこの「堕落刑事」である。

 捜査でへまをして夜勤勤務にまわされたエイダン・ウェイツ刑事には、もう昇進の道は残されていなかった。そして、さらなるへまをしたことにより、今度は辞職に追いやられる羽目となる。そんなとき、辞職する代わりに麻薬取引の場への潜入捜査を命じられることとなる。さらには、その麻薬の巣窟とも言われる場所に家出した国会議員の娘が出入りしていることにより、彼女の様子を見張るという件まで押し付けられる。

 絶望的というか、のっぴきならない状況というか、本当にどうにもならない状況下で、ウェイツ刑事もよくぞ捜査を続けようという意思が湧いてくるものだ感心する。それは、殺人事件が起きてしまったことによる後悔や、失踪者を見つけなければならないという人としての本能なのか、そういったものがウェイツ刑事を突き動かしていたのだろう。ただ、どのように行動したとしても、警察組織からは見放されというか、犠牲にされて切り離されてしまう状況下で、どのようにしたらゴールにたどり着くことができるのかというとにかく難しい状況。

 過去に起きた女の失踪事件、麻薬組織に警察の情報を流している者の洗い出し、国会議員の娘に関する事件の行方、現在において行方不明となった娘の行方等々。こういった謎や事件を追うこととなるのだが、最後の最後には全部の事象をうまい具合に解決している。なかなか簡単に終わらせることのできなさそうな事件を、よくぞうまく解決に持ち込めたなと感嘆させられる。そして、エイダン・ウェイツの刑事としての地位についても同様のこと。普通の警察小説とはだいぶ異なるものではあるが、良い作品を読んだという感触を味わえ満足であった。続編を読むのも楽しみになってきた。


笑う死体   The Smiling Man (Joseph Knox)   6.5点

2018年 出版
2020年09月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 夜間勤務を常勤とするマンチェスター市警のエイダン・ウェイツは通報を受け、現在は営業していないホテルへと向かった。そこで待ち受けていたホテルの売却交渉を行っているという女性。なんでも、中にいる警備員と連絡が取れなくなったという。ウェイツと上司のサトクリフ(サティ)が中に入っていくと、発見したのは何者かに襲われて倒れている警備員、そして逃げ出した不審人物、さらには満面の笑みを浮かべた死体。事件に魅入られたかのように、ウェイツは事件の捜査を進めていくのだが・・・・・・

<感想>
 2年前に邦訳された作品。昨年、年末のランキングでこのシリーズの3作品目の「スリープウォーカー」が注目され、そこでシリーズの1作目から読み始めた次第。本書はシリーズ2作品目となる。

 前作で“堕落した刑事”という烙印を押されながらも、なんとか刑事という仕事を続けることができたエイダン・ウェイツ。しかしその勤務状況は、出世から外された深夜勤務の常勤であり、さらには他の者たちが組みたがらないサティという一癖も二癖もある上司と組まされる始末。そうしたなか、なんとか刑事としての仕事を続けていこうとするウェイツの必至とも言える仕事ぶりを垣間見えることができる。

 今作では主としての事件は休業中のホテルで起きた謎の殺人事件。また、女子大生が盛り場で男と起こした揉め事の仲裁までかって出ることとなる。さらには、ウェイツ自身にとっては重要なごととなる過去に起きた大きな出来事と向き合うこととなる。

 ホテルで起きた殺人事件のみならば、普通に警察小説といえるのだろうが、この作品ではウェイツ自身の事件に結構な比重がかかっているような気がするので、結局のところ“ウェイツ自身の過去との向き合い方”というものがメインのように見えてしまう。

 ホテルにまつわる事件については、結構複雑な様相を見せ、それはそれでなかなか濃い目の内容となっている。この事件だけでも、十分に読者を満足させる内容になっていると思われる。そこにさらに濃い目の、女子大生ストーカー未遂事件と、ウェイツ自身の過去からの決別といったものまでが含められているので、かなりお腹いっぱいな分量の作品となっている。

 このエイダン・ウェイツという男、前作で堕落刑事の烙印を押されてしまったのには同情の余地もあるのだが、今作で明らかになるような過去と向き合うにはいったんそういった“堕落刑事”という過程を踏むことも必然であったのかなと思えてしまう。刑事小説というよりは、色々な過程を踏まえて、エイダン・ウェイツ自身が己の過去と向き合うということが主題の小説のような気がしてきた。


スリープウォーカー   The Sleep Walker (Joseph Knox)   7点

2019年 出版
2021年09月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 10年前に一家惨殺事件が発生し、その犯人とされるマーティン・ウィックに死が近づいてきていた。その一家のなかで唯一行方がわからない者がおり、ウィックが何か知らないかと調べようとするも、彼は何も語らない。エイダン・ウェイツと、彼とコンビを組むサティの二人は病院に収容されているウィックの警護を行っていた。そんなとき、何者かが病院を襲撃し、ウィックは死亡し、サティは重傷を負うことになる。事件発生の前にエイダンは病院内でジャンキーの女を目撃しており、その女が犯人と目され、エイダンは女の行方を追うことに。しかし、事件を追っていくうちに、エイダン自身が徐々に罠に囚われていき、窮地に追い込まれていく羽目となり・・・・・・

<感想>
 昨年のランキングをきっかけにこの“エイダン・ウェイツ”シリーズを読み始め、1年でなんとか3冊目までこぎつけることができた。それぞれがかなり濃い目の作品で、結構なページ数であるのだが、実は何気に読みやすい。今作も600ページを超える厚さを感じさせないくらい、サクサクと読み進めることができた。

 とにかく内容てんこ盛り。過去に起きた殺人事件と現在を結ぶ殺人事件の謎をそれぞれ解き明かすだけでなく、ウェイツ自身が苦境に追いやられ、そこからどう脱却するかということも図らなければならない状況。しかも自身の命だけではなく、幼いころに離れ離れになった妹の存在にまで魔の手が伸びてゆく。

 過去と現在を結ぶ一家惨殺事件については、これがかなり濃い目のミステリ的な展開がなされており、これだけでも読み応え十分。それぞれ事件に関わっていたものを中心に聞き込みを行い、過去と現在の事件の真相に迫ることとなる。殺人鬼として収監されたマーティン・ウィックは真犯人なのか? もし違うのであれば誰が事件を起こしたのか? 事件当時、水面下で起きていたことを調べていくうちにやがて真相へとたどり着くことに。現在の事件においては、一同を集めての真相究明場面が繰り広げられ、それはまるで本格ミステリのよう。

 エイダン自身の問題については、もうとにかくノワール風のただ落ちていくのを待つのみ、としかいいようがない。エイダン自身も、どのように解決するかよりも、どのようにして逃げ延びるかのみを考えていたように思われる。そうしたなか、最後には希望と絶望が同時に押し寄せるような展開が待ち受けることとなる。

 一応このシリーズ、3部作ということで完結を考えていたシリーズのようであるが、今後どうなるのだろうか? これで終わりでも十分であるし、もしくは再開の余地が全く残されていないとも言えなくもない。その辺については、著者の気持ち次第で、ということになりそうだ。


トゥルー・クライム・ストーリー   True Crime Story (Joseph Knox)   7点

2021年 出版
2023年09月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 作家のジョセフ・ノックスは、同業者のイヴリン・ミッチェルから相談を受ける。女学生失踪事件に関するノン・フィクション小説を書いているのだが、感想を聞かせてくれと。起きた事件は、ゾーイという女学生が突如失踪し、その後6年が経った今でも行方がわからないというもの。当時大学の寮に住んでいたゾーイの周辺の関係者から話を聞き、事件当時、そして事件後どのようなことが起きていたのかを、インタビュー形式でまとめた構成となっている。イヴリンは事件の真相をつかんだとのことであったが、このノン・フィクションを出版する前に死亡してしまい・・・・・・

<感想>
「堕落刑事」三部作で名をはせたジョセフ・ノックスの新作。今回は、ドキュメンタリー形式の作品でありつつも、そこにメタフィクション的な要素を加味した挑戦的な作品となっている。

 大まかには、女子学生の失踪事件を描いたもの。それを、関係者たちによるインタビュー形式で描いている。断片的にインタビューを並べていき、どのような事件が起きて、関係者たちはどのような行動をとり、どのように感じていたのかを表すように描いている。

 このドキュメンタリーの部分が進んでゆくにつれて、登場人物らほぼ全員の証言があやふやとなってくる。それぞれが意図的に真意を隠していたり、もしくは嘘をついていたりということが明らかになり、誰もが信用できぬ存在となってくる。そうしたなかで、結局のところ真相は如何様に? という形で終幕を迎えるのだが・・・・・・

 そして本書にはもうひとつ、大きな構成上の仕掛けがなされている。それはイヴリンという作家がインタビューを行い、記事をまとめたものに対して、最終的に著者のジョセフ・ノックスが本として出版できるようにまとめたという体裁をとっているのである。そのノックスとイヴリンのメールでのやり取りも取り上げられつつ、さらには物語中にノックス自身が関わっていたかのような記事までもが付け加えられているのである。そうすることによって、段々と著者のジョセフ・ノックスによる描写ですら信用できないものと感じられてゆくのである。

 最終的に事件に対し、物語中でけりが付けられているのだが、誰もがその結末に対し疑問を持つことになるであろう。そして真の真相はといえば、答えは闇の中という感じで終わってしまうのである。

 一応は、誰もがこの事件の真相についてある程度の予測はすると思われるのだが、果たしてこの作品、詳細に内容を突き詰めていけば、真相に到達することができるように描いているのであろうか? それとも、大まかなぼかし方をして、真相をほのめかすという程度で終わってしまっているものなのであろうか? これが真に真相を突き詰めていくことができるように創られているのであれば、もの凄い作品だということになるのであろうが・・・・・・




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