サ行−シ  作家作品別 内容・感想

犯 罪   Verbrechen (Ferdinand von SCHIRACH)

2009年 出版
2011年06月 東京創元社 単行本
2015年04月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「フェーナー氏」
 「タナタ氏の茶碗」
 「チェロ」
 「ハリネズミ」
 「幸 運」
 「サマータイム」
 「正当防衛」
 「緑」
 「棘」
 「愛情」
 「エチオピアの男」

<感想>
 刑事事件担当弁護士が経験する数々の事件を描いた作品集。最初の「フェーナー氏」という作品では、妻の言動に対して長らく我慢をしていた男が、ついに爆発する様子が描かれている。この作品を読むと、日常的に起きそうな普通の事件が色々と描かれているのかと思ったのだが、他はそうでもない。何しろ、日本とは違い、政治的背景や民族事情なども異なるので、物騒な背景や事件が描かれたものもある。ただ、それはあくまでもドイツでは日常的と言えるのかもしれない。

「タナタ氏の茶碗」のように、日常的には見えないようなマフィアの脅威を描いたものもあり、また「正当防衛」のように闇に潜む“始末屋”の存在を示唆したような内容のものもある。「ハリネズミ」という作品も犯罪一家の様子が描かれているものの、こちらはややユーモラスに描かれていたりする。

「チェロ」と「幸運」は、設定も環境も異なる若い姉弟と若いカップルの話がそれぞれ描かれているのだが、運命に翻弄されていく様に心が痛む。

「緑」、「棘」、「愛情」は変質的ともいえる事件を描いているものの、弁護士が淡々とその当事者を扱っているところが印象的であった。まるで、そうした事件などは全然珍しくなく、よくある症例にすぎないというような。

「サマータイム」は、ちょっとした犯罪ミステリが描かれているような内容。法廷ミステリともとらえることができる。最後に疑問が提示されるものの、内容が明らかにされていないゆえに、思わずあちこちのサイトを見てまわってしまった。

 最後の「エチオピアの男」は、うまく物語をしめる感動物語。銀行強盗犯が田舎の町を救い、そしてその男の人生自体も救われるというもの。

 どれも短い作品ながらも、それぞれが味わい深い内容となっている。まるで著者が本当にこのような事件を扱っているように描かれているものの、一応はフィクションとのこと。主人公ともいえる名もない弁護士については、印象が薄いものの、目を疑うような不可解な事件であっても淡々と事件に関わっていく様子にどこか惹かれてしまう。


罪 悪   Schuld (Ferdinand von Schirach)

2010年 出版
2012年03月 東京創元社 単行本
2016年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「ふるさと祭り」
 「遺伝子」
 「イルミナティ」
 「子どもたち」
 「解剖学」
 「間 男」
 「アタッシェケース」
 「欲 求」
 「雪」
 「鍵」
 「寂しさ」
 「司法当局」
 「清 算」
 「家 族」
 「秘 密」

<感想>
「犯罪」に続いてのシーラッハによる第二短編集。特に統一性があるというわけではないのだが、短編の多くがタイトルである“罪悪”に関連付けられているように思え、全体でひとつの作品というようにも感じ取れてしまう。

 最初の「ふるさと祭り」から後味の悪さ最高潮となる。アルコールのせいか、祭りによる開放感からくるものか、とにかく被害者にとってはあまりにも運の悪い場面に遭遇したとしか言えない事件。

 次にくる「遺伝子」は一見、更生の物語であるように思えながらも、犯した罪は終生その人によって消し去ることができないということを表しているようでもある。

 他には、良い話か単なる冗談かわからなくなるような「解剖学」、子供ならではのいたずらが一人の男の人生を変えてしまう「子どもたち」、謎のまま話が終わってしまう「アタッシェケース」、必要以上に異父兄弟と遺伝にこだわる者の行く末を描く「家族」、等々少ないページ数ながらも印象に残る話が多く見受けられる。

 本書のなかで一番の変わり種は「鍵」。間抜けな犯罪者の話を描いた作品なのかと思いきや、思いもよらぬ展開とどんでん返しが巻き起こる。これを長編化したらシーラッハの作品とは思えないようなエンターテイメント作品に仕上がるであろう。

 そして最後の「秘密」により、思いもよらぬオチがつけられ、しっかりと物語に幕が引かれたかのように感じさせるところは見事。


コリーニ事件   Der Fall Collini (Ferdinand von Schirach)   6.5点

2011年 出版
2013年04月 東京創元社 単行本
2017年12月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 新米弁護士のカスパー・ライネンは、とある刑事事件の弁護士として選出された。その事件とは、定年退職したイタリア人コリーニが実業家の男を射殺したというもの。コリーニは事件後、逃走せずにすぐに逮捕され、容疑を認めている。ただ、動機については、弁護士であるライネンにも決して明かそうとしなかった。事件を調べていくうちに、ライネンは被害者がかつての親友の祖父であることを知り・・・・・・

<感想>
 面白い、特に後半の裁判の場面になってからは一気読み。少ないページにも関わらず、重厚な小説を読んだ気にさせられる作品。

 物語の流れは非常にわかりやすい。事件を起こした男を新米弁護士が弁護するというもの。ただし、容疑者が事件を起こしたことは間違いないものの、何故事件を起こしたかがわからないというところがポイント。

 ただ、ヨーロッパ関連の小説に多く見受けられるように、この作品も例の件について言及した内容であるという事は半ば予想通り。まぁ、それは現実的なものであり、戦後数十年経っても実際に出てくる問題なのだという事なのだろう。若干、その”例の件”にうんざりさせられたものの、読み進めてみると、本書はさらに一歩進んだ内容となっている。まだまだ、戦後の闇の深さは隠れたままになっているものが多いという事を痛感させられる。

 ただ最後まで読み通してみると、本書は実は被疑者の動機そのものが一番の焦点というわけではないように思えた。この作品は新米弁護士にスポットを当てつつ、法”というもの自体について言及した小説であるということに気付かされる。さまざまな事象を通しつつ、“法とは”そして”法の重みとは”ということを著者は読者に伝えたかったのであろう。


禁 忌   TABU (Ferdinand von Schirach)   6点

2013年 出版
2015年01月 東京創元社 単行本
2019年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 写真家として成功を収めたゼバスティアン・フォン・エッシュブルクが誘拐殺人の容疑で逮捕された。ただし、殺人事件が起きた形跡はあるものの、死体はいまだ見つかっておらず、そのまま裁判が始まることに。ゼバスティアンから弁護を依頼されたコンラート・ビーグラーは、どのように依頼者を守るのか・・・・・・

<感想>
 さらっと読み終わり、結局愉快犯みたいな犯行だったのか・・・・・・と納得して読み終えた後にあとがきを読むと・・・・・・えっ、これってそんな深い内容であったのと焦ってしまった。

 何気に、“罪とは”とか“殺人とは”とか、深いものを掘り下げようとしたものであったような。そう考えると、前半で語られる写真家の人生の道程がより意味を帯びてくる。その写真家が人生において何を感じ、何を証明しようとしたのか。写真家から問われた問題を紐解くように弁護士ビーグラーによる法廷弁護が行われる。そしてその結末とは・・・・・・

 というような内容で、何を表したかったのかは読み手にまかせるという感じである。個人的には作品を売るためのパフォーマンスと感じてしまったのが、そんな浅はかなものではなかったか。


ユダヤ警官同盟   The Yiddish Policemen's Union (Michael Chabon)

2007年 出版
2009年05月 新潮社 新潮文庫(上下)

<内容>
 アメリカのアラスカ州に近接するパラノフ島に位置するユダヤ人自治区“シトカ特別区”。そこは第二次世界大戦後、アメリカがユダヤ人亡命者を受け入れることによって造られた特別区である。
 ホテルに寝泊りしている警察官ランツマンは支配人からホテルのなかで殺人事件があったことを告げられる。ホテルの一室で銃により殺害されていたのは、単なる麻薬中毒者。しかし調べていくにつれて、被害者がかつてチェスの天才とされ、神童扱いされていた人物であったことがわかる。ランツマンは複雑な社会情勢のなか、単独で事件を追ってゆくこととなるのだが・・・・・・

<感想>
 昨年の「チャイルド44」に続いて、今年も新潮文庫が目玉となる作品を出してきたのかと思い購入。そして読んでみたのだが、どうもそういった雰囲気とは違う、あまりにも異色な一冊であった。

 この作品は歴史改変ものというジャンルの作品。上記の内容に記したように、架空のユダヤ人世界“シトカ特別区”というところで起こる事件を描いた作品である(実は私は全く何も考えず、そういった現実もあるのかと、途中まで普通のミステリ作品だと思い込んで読んでいた)。こうした特殊な設定の社会のなかでハードボイルド調に事件を追って行くという作品。

 ただ、本書がミステリ作品として面白いかと言えば、決してそのようには感じられなかった。主人公が事件を追って行くものの、横道にそれることが多く、主人公自身の過去の話や架空社会についての描写ばかりば目立っていたように思える。ゆえに、本書はミステリ作品が好きな人よりは、こうした特殊な設定のSF作品が好きだという人に向いているものと思われる。また、ユダヤ人社会や、それらに関する背景についても知ったうえでないと真の意味で本書を楽しむ事はできないのかもしれない。

 というわけで、期待とは異なる作品であった。物語の設定や背景はかなり独創的で特殊なものとなっているので、奇書として今後も名を残す作品となるのかもしれない。ただし、読み手を選ぶ作品ということで。


シャーロック・ホームズ最後の解決   The Final Solution (Michael Chabon)

2004年 出版
2010年02月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 祖国ドイツを離れ、ひとりイギリスの片田舎へ逃れてきた少年。彼は言葉を失いながらも、友人のオウムと共に日々を過ごしていた。そんなある日、殺人事件が起き、オウムが失踪するという事件が起きた。オウムを失った少年を気の毒に思った老人は、オウムの行方を探し始める。その老人はかつて、警察の手助けをして数々の事件を解決したことがある有名な人物らしいのだが・・・・・・

<感想>
「ユダヤ警官同盟」を受けて、勢いで購入してみたマイケル・シェイボンの作品。ページの薄さから試しに読んでみてもいいかと思い購入。

 購入したもう一つの理由はタイトルそのものにある。まぁ、邦題のタイトルを見ればそのままなのだが、作中ではそれらしい描写は書かれているものの、実はその人物について断言はしていない。さらに原題は“The Final Solution”というもの。とはいえ、日本で売るのであれば、やはりこの邦題じゃなければ誰も手に取らないだろうなぁ。

 しかし、実際に読んでみると、あまりそれらしい内容ではなかった。聖典を感じさせるようなストーリー仕立てでもなかったし、ミステリ作品としてもパッとしなかった。結局、著者自身が書きたいものがミステリというものから離れていたように思える。


深海のYrr   Der Schwarm (Frank Schatzing)

2004年 出版
2008年04月 早川書房 ハヤカワ文庫(上中下)

<内容>
 ノルウェーの海で無数の異様な生物が発見された。海洋生物学者のヨハンソンはその生物がゴカイらしきものと判断するも、何故メタン層を掘り続けているのか、その理由がわからなかった。今まではこのような生物は存在しなかったはずなのに・・・・・・
 一方、カナダの西海岸でホエールウォッチングの案内をしていた生物学者のアクワナは、彼の目の前でクジラやイルカが人を襲うという悪夢のような現象に遭遇することとなる。
 地球の至ところで起こる怪異現象。それらはやがて大規模に発展してゆき、人類の命を脅かし始める。この問題に対処するべく各地の学者を集めて緊急プロジェクトが組まれたのだが、彼らの出した答えとは・・・・・・

<感想>
 2008年に本屋をにぎわせた「深海のYrr」、2年以上経った今でも本屋でちらほらと見かけることがある。映画化のプロジェクトが進行しているはずなので、それが上映される頃にはもうひと賑わいすることであろう。

 私自身もようやく手に取り読むこととなったのだが、その感想はというと物語としては微妙だったかなと。書こうとしていること、伝えようとしていることは理解できるのだが、いかんせん物語として面白くないというのが一番の欠点であろう。

 特に序盤は学術小説というか、説明事項が多すぎるように思えた。物語として気を引かれた部分は、アクワナとグレイウォルフの邂逅と“Yrr”の正体について仮定するところの2か所くらいか。ラストの展開はともかくとして、それ以外があまりにも退屈過ぎた。物語の都合上しょうがないとはいえ、話の規模を世界中に広げ過ぎている。元々世界規模の話を書いているのでしょうがないにしても、人物のスポットとしては、もっと小さなところのみにこだわってもらいたかった。もしくはアクワナを主人公として彼のみにスポットを当てて書いていってもよかったのではないかと思われる。

 物語部分はさっ引いて考えると、海洋科学小説、もしくは海洋SF小説としてはなかなかの出来ではないだろうか。特に“Yrr”の正体や、その“Yrr”に対する対処法などと目を引く描写も多々あった。あとはできることならば、もう少し薄いページ数で書き上げてもらえれば良かったということぐらいか。

 それでも、いくら今はやりのエコというか、自然科学的な内容になっているとはいえ、こういったSFに近いような作品がベストセラーとなり、多くの人が読んでいるということには驚かされる。海外ではともかく、日本で本当に流行ったのだろうかとちょっと疑ってしまう。この作品が国内でも流行るのであれば、もう少しSF作品にスポットが当てられてもよいと思えるのだが。


自由研究には向かない殺人   A Good Girl's Guide to Murder (Holly Jackson)   7点

2019年 出版
2021年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 女子高生のピップは、学校の課題の自由研究として実際に町で起きた事件のことについて調べ始める。その事件とは5年前に、17歳の少女が行方不明となり、その後容疑者と目された交際相手の少年が自殺したというもの。警察はその少年が少女を殺害し、そのことが警察にばれそうになったため、自殺を図ったと考え捜査は終結する。ただし、少女の行方は未だわからないという状況。ピップはその容疑者となった少年のことを知っており、彼が犯罪を犯すはずがないと信じ、今回の自由研究を行うことによって、彼の無罪を晴らそうと考えていた。そうして、事件当時の関係者たちから事情を聴き、事件の背景や失踪した少女のことについて調べていくピップであったが、調査を辞めるようにという脅迫状が届くこととなり・・・・・・

<感想>
 今年、面白い海外ミステリ作品がすくないなと思っていた時、本屋にこの本が積まれているのを見て、これはひょっとして今年の目玉作品なのではと思い購入。実際に読んでみると、これがなかなか面白かった。本当に今年の目玉となる海外ミステリだと断言してもかまわない作品である。

 内容はイギリスの女子高生が5年前に起きた事件を自身で捜査していくというもの。作中の時代は2017年となっており、まさに今の時代に描かれたミステリとして楽しむことができる。また、普通の警察小説と異なり、調査を進めていくのが女子高生ゆえに、相手側が決して協力的とは言えず、ぶっきらぼうな答えが返ってくることもある。そのへんのやりとりが、妙にリアリティがあり、普通の海外ミステリ作品よりも、よりノン・フィクションに近い形で読み進めることができるようになっている。

 作品自体はちょっと長めではあるが、内容が面白いので、あっという間に読み通すことができる。女子高生による単独調査によって、どういう形で、どこまで事件を掘り起こすことができるのか? そして事件の真相はいったいどのようなものであったのか? そういったことに惹きつけられることとなる。そして、ラストの場面はいかにも欧米的な物語の締め方であるなと、良い意味で絶賛しておきたい。


優等生は探偵に向かない   Good Girl Bad Blood (Holly Jackson)   7点

2020年 出版
2022年07月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 高校生のピップは過去に起きた失踪事件及び冤罪事件を見事に解決に導いた。しかし、事件捜査を行ったことで、家族や自分自身を危険にさらしたことにより、二度と探偵活動はしないと決めたものの・・・・・・すぐさま友人から失踪した兄を探してもらいたいと依頼されることに。その失踪した男は24歳であるので、警察は積極的には捜査する気はない模様。家族の話からは、何やらのっぴきならない状況に追い込まれているはずと言われ、ピップは躊躇しながらも、自分が解決しなければという使命感により事件の捜査をする事に。関係者から話を聞いていくうちに、過去に起きたとてつもない事件を掘り出すこととなり・・・・・・

<感想>
 昨年、「自由研究には向かない殺人」が邦訳され、人気を博したホリー・ジャクソン氏。その2作目となる作品はというと・・・・・・これがかなり面白かった。2作目で失速する作家も多いので、心配したのだが、今作も十分面白かった。

 ここで、この作品を読む人に注意点。前作「自由研究には向かない殺人」を未読の人は是非ともそちらから。今回の作品は、前作の後日譚から始まり、そのまま前の事件直後の話として続けられていくこととなる。ゆえに、前作の結末が序盤に要約されて語られてしまっているので、完全なるネタバレとなっている。そんなわけで、前作未読の方は2冊買って、連続読みでどうぞ。

 事件を解決に導いたものの、それにより身の危険にさらされたピップは、親からも強く止められ、もう探偵活動はしないことを決意する。と思っていた矢先に、友人の兄が失踪したことを知らされ、その行方を捜すことを頼まれてしまう。大人の失踪事件ゆえに、警察は全く動こうとせず、しかし家族は何らかの事件に巻き込まれた疑いがあるので早急に対処する必要アリと考え、結局は探偵活動を行わざる事態に陥ってしまうピップであった。

 今回は特に、個人で探偵をやることの厳しさや、つらさが全面的に押し出された内容となっている。探偵活動をやりたくないと思っていても、目の前に人の生死が関わる事件を持ち出されれば、それを受けざるを得ないという葛藤がなんともいえないものとなっている。数々の困難に直面するピップではあるが、それでも全面的に彼女の味方になってくれる人々もいるので、その点は彼女の救いになっていると言えよう。

 あと、この作品の興味深い点は、現代版の少年少女探偵団のような活躍が見られること。そこには、SNSやポッドキャストといったアイテムが存在しており、それらを有効に活用することによる捜査というものが、今風の小説として非常に興味深いものとなっている。

 失踪事件の顛末は? その生死はいかに? そして何故このような事件が起きたのか? その答えは、驚くべき事件の背景と、残酷とも言える結末を含めて、ラストに読者を待ち受けることとなっている。


卒業生には向かない真実   As Good As Dead (Holly Jackson)   7.5点

2021年 出版
2023年07月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 いくつかの事件を解決してきたピップは、大学入学を直前に控えていたものの、気分は最悪であった。レイプ犯として訴えていたマックスが無罪放免された挙句、名誉棄損で逆にピップを訴えてくる。さらには、ピップの周りを何者かがストーカーのように徘徊し始めるという問題も抱えることとなる。ストーカーの件を警察に訴えても相手にされず、ピップは自身の手で解決するしかないと心に決め・・・・・・

<感想>
 この作品は「自由研究には向かない殺人」と「優等生は探偵に向かない」に続く、3部作の完結編となっている。完全に内容が繋がっているので、シリーズ未読の方は最初から読み進めていってもらいたい。そうしなければ、この作品の良さはわからないものとなっている。どれも分厚い作品ではあるものの、読みやすいので、ページ数の多さを気にせずに読み進めることができるシリーズとなっている。

 そして、最終巻となるこの作品であるが・・・・・・まさかこんな展開が待ち受けていると誰が想像したであろうか。前作を読み終えた後には、とにかく主人公のピップには幸せになってもらいたいという思いのみであったが、なかなかそうはさせてくれない様子。良かれと思って行った探偵活動の末には、悩みとしこりばかりが残ることとなってしまう。

 想像通りに、今作でも事件に巻き込まれ、事件を解決せざるを得ない状況に追いやられる。しかも今回は、誰かのためにというわけではなく、自分のために事件を解決しなければという状況。そのため行動を起こしていくことになるのだが、中盤に物語が大きく動くこととなる。

 この作品の中盤くらいを読んでいるときに、あれ? こんなに展開が速いのか!! と疑問に思うことに。これで、その後どんな風に続いてゆくことになるのだろうかと思っていたら、物語の半分が終わったころには、唖然とするような状況が待ち受けることとなる。

 本書については、未読の方はとにかくサイトやブログの感想などを読んだりする前に、先入観の無い状態で読んでもらいたい。その一言につきる。すると、三部作通しての本書におけるその到達点について、色々な思いが膨れ上がることとなるであろう。何を書いてもネタバレになりそうなので、ここには書けないのだが、とにかく色々な思いが膨れ上がるどころか、爆発してしまうような作品であった。それでも、3作通して読むことができて良かったと思っている。


受験生は謎解きに向かない   Kill Joy (Holly Jackson)   6点

2021年 出版
2024年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 高校生のピップは友人宅で行われる架空の殺人事件の犯人当てゲームに招待され、参加することとなった。ゲームマスターが一人と集められた六人。舞台は1924年、孤島に建つ大富豪の館。そこで開始早々館の富豪が殺害されるという事件が起きる。刻々と状況が変化し、少しずつヒントが参加者に与えられる中、最終的にピップが到達した真相とは!?

<感想>
 女子大学生探偵ピップが活躍する三部作が終わったと思いきや、ピップ再登場! であるのだが、第一作目の「自由研究には向かない殺人」の前日譚となっている作品。薄めのページ数の作品なので、あっさり目の内容なのかと思いきや、思いのほか濃い目のミステリが展開されている作品となっている。

 ピップとその友人の高校生、合わせて6人が集められて展開される犯人当てゲーム。一つの家を使って、本当の館のように物語を展開させ、配られた冊子とゲームマスターの合図によって進行がなされてゆく。ポイントとなるのは、各役割を与えられたそれぞれの者達も、自分が犯人なのかどうかは明かされておらず、最後の最後でようやく誰が犯人で、誰が無実なのかということが他にはわからないように知らされるようになっているところ。その後、各人で推理を展開させ、真犯人を当てるという趣向。

 ゲームとして進行している割には、本格的で面白く、読んでいて楽しめるものとなっていた。真犯人の存在が読者にも明かされていないので、真犯人を当てるというところも一つの楽しみになっている。最後の結末には、ちょっとした波乱もあり、これは見ごたえたっぷりの犯人当てゲーム及びミステリ小説となっていると感じられた。

 読み終えてみて、細かいところでは整合性が合っていないというか、あえてそこまで合わせていないような曖昧さも持ち合わせているゆえに、完成度については微妙とも感じられた。ただ、その完成度の曖昧さも逆手にとってというところを利用しているようで、ある意味納得の作品とも言えよう。なんだかんだ言って、十分に楽しませてくれた作品。


蝶の夢   乱神館記 

2006年 出版(原題「蝶夢」)
2009年11月 講談社 アジア本格リーグ4

<内容>
 中国、唐代は天宝年間(742−756)、長安の町の西に建つ乱神館の女あるじ離春はとてつもない法力を持つと噂されていた。その噂を聞きつけた者は、乱神館へとおもむき、さまざまな問題を持ち寄るのだという。
 ある日、ひとりの少年が乱神館を訪れる。彼は母親の霊魂に会いたいというのである。その少年の母親は、五日前に井戸端で変死したという。乱神館のあるじ離春は少年の屋敷へと出向き、そこで起きた事件の謎を調べてゆくことに・・・・・・

<感想>
 なかなか面白かった。ストーリーも良いと思える。今まで読んだアジア本格リーグの作品のなかでは一番良かったのではないだろうか。

 ただ、冗長と感じられたのが残念なところ。最初の出だしは良かったのだが、その出だしで提示された事件のみで話を引っ張ることとなるため、中盤はダレが生じてしまった。

 全体的に当然のことながら文化の違いというものを感じた。これは国の違いというものだけでなく、中国の話でも時代がかなり昔の設定であるので、中国の人が読んでもピンと来ない部分はあるのではないだろうか。また、途中途中の事件の調査や登場人物同士の話を行う際に、教訓めいた話がやたらと長く、こういう設定の小説ではしょうがないとしても、もっとすっきりとさせてもらいたかったところ。

 事件として提示される謎と、それに対する真相・解釈はうまくできていたと思われる。十分に良いミステリ作品と感じさせる内容。ただし、一般的に受け入れてもらうには、ページ数を3/4くらいに縮めたほうがよいのではないかなと思わずにはいられなかった。


死亡通知書 暗黒者   7点

2014年 出版
2020年08月 早川書房 ハヤカワミステリ1958

<内容>
 ひとりのベテラン刑事が殺害されるという事件が起きる。やがて、その殺害された刑事は18年前に起きた事件の真相を追っていたことが発覚する。そして、その18年前に起きた事件が再び甦り“エウメニデス”という処刑者による殺人予告が行われ、警察はそれに対処することとなる。“エウメニデス”からの予告を受けた18年前の事件に関わりのある刑事・羅(ルオ)、公安局刑事大隊長の鄭(ジョン)とその部下の尹(イン)、特殊警察部隊隊長の熊(シオン)、コンピュータの専門家である曾(ゾン)、女性犯罪心理学者の慕(ムー)の6人がチームとして選ばれ、事件に対処することとなる。殺人予告が行われた人物を守りつつ、“エウメニデス”の正体を暴こうとする6人であったが・・・・・・

<感想>
 2014年に書かれた中国の警察ミステリ。あまり期待せずに購入して読んだのだが・・・・・・これが凄く面白かった。読みやすい作品でもあるので、これは是非ともお薦めしたい。

 過去に大きな事件を起こした犯罪者が18年ぶりに甦るというもの。18年前に警察学校に所属しつつ、その事件に直接かかわりあうこととなり、その後刑事になった羅を含み、甦った犯罪者“エウメニデス”対策チームが組まれることとなる。このそれぞれ個性のある刑事たちがチームを組み、事件に相対していくという構図が非常に興味を引くものであり面白かった。

 その後の展開も、エウメニデスにひたすら翻弄される対策チーム。そのエウメニデスは何者なのか、そして過去に起きた事件の真相を探ろうとする羅刑事。そうしたやり取りが行われつつ、後半の大団円へとなだれ込んでゆくゆく。

 とにかく手に汗握る展開が矢継ぎ早に行われ、さらには誰が味方で、誰が裏切り者なのかもわからないような状況という緊張感。そして、どこから現れるのか想像もつかないエウメニデスという謎の犯罪者。過去の事件を紐解いた時、それにより現れる真相は!? という感じで進められる物語に魅入られるばかり。

 読み終えてわかったのだが、なんとこの作品、3部作の最初の作品であるとのこと。ただ、この1冊のみでも最後にはある程度の終幕という形で物語が締められているため満足のできる内容となっている。さらには、これを読み通せば2作目、3作目と最後まで読み通したいという気持ちにならざるを得ないであろう。すでに本国では全部出版されているので、あとは翻訳を待つばかり。これは「13・67」以来のアジアン・ミステリに衝撃を受けた作品である。


邪悪催眠師   6点

2013年 出版
2022年08月 ハーパーコリンズ・ジャパン ハーパーBOOKS

<内容>
 中国龍州市で、ひとりの男が突然ゾンビのように人を襲うという怪事件が起きた。さらには、ハトの飼育を趣味とする男が、まるで自分がハトになったかのようにビルから飛び降りるという事件までも。その事件後に、催眠師と名乗る者からの犯行声明がなされることに。刑事の羅飛は、数日後に開かれる催眠師の集会になんらかの関係があると考え、その集会の主催者である凌に協力を仰ぎ、捜査を進めてゆくのだが・・・・・・

<感想>
「死亡通知書」が日本で翻訳されて以来の周浩暉氏の作品。この作品も含めて、既に数冊書かれているらしいが、なかなか翻訳されなかったのは不思議なところ。ひょっとすると「死亡通知書」だけが、良すぎる作品で、それ以外は・・・・・・ということもありえるのか?

 本書は羅飛刑事が催眠師らとの闘いを描く3部作の第1作とのこと。3部作と言いつつも、基本的にはこの1作で完結しているので、今のところシリーズを意識する必要はないようにも思える。そして、その肝心の中身というと・・・・・・うーん、微妙のような、普通のような。

 本書に対して微妙と思えてしまうのが、“催眠術”というものが万能すぎるように感じられるところ。もはや催眠術というよりは、何かの超能力のようにさえ感じられてしまう。それ故に、主人公の刑事もなすすべがなく、単に状況に流されていくというような展開がずっと続いていたように思える。ただ、最後の最後では、羅飛刑事による逆転劇が待ち受けることとなるので、一応見所はしっかりとある。

 なんともそんな感じで、陰謀劇というよりも、万能な催眠術ありきというような印象が強いイメージの作品。ちょっと刑事ものの領域からはみ出してしまっているように思えてならなかった。


蜘蛛の微笑   Mygale (Thierry Jonquet)

1984年 出版
2004年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 外科医リシャールは自宅に一人の女を監禁している。リシャールはその女を夜毎、他の男に抱かせたりと必要以上に辱めようとする。いったい過去にこの二人に何があったというのか・・・・・・

<感想>
 去年、ひそかにブームになった本であるがこれが読んでみるとなかなかのもの。薄いページにも関わらず、濃厚な異色ミステリを堪能できる内容となっている。

 外科医と監禁された女性のと不可解な関係、逃亡する銀行強盗、何者かに襲われ監禁される青年と、3つの話が並行に進み、やがてそれらが交錯していくという物語。途中である程度話の概要はつかめてくるのだが、ラストへいたるカタストロフィは予想できない展開となっている。この薄い本の中に、よくもこの愛憎劇を濃縮したなと感心させられた。

 去年のうちに読んでいれば、自分の海外ミステリ・ベスト10の中に入れていただろう、という程のできである。この本は一切、予備知識なく読んだほうが面白く読むことができるだろう。




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