サ行−ソ  作家作品別 内容・感想

イデアの洞窟   

2000年 出版
2004年07月 文藝春秋 単行本

<内容>
 古代ギリシャ、アテネで起きたひとつの事件。トラマチウスという青年が単独で狩りを行っていた最中に、野犬に食い殺されたという。しかし、その事件に不信なものを感じたトラマチウスの母親は<謎の解読者>ヘラクレスに事件を探って欲しいと願いでる。同じく事件に不信なものを感じていたトラマチウスの師で哲学教師のディアゴラスと共に、ヘラクレスは謎の解明に乗り出すのであったが・・・・・・

 という内容の「イデアの洞窟」の翻訳を依頼されたわたし。徐々に翻訳を進めていくものの、しだいに自分自身が作品の中へと入り込んでいくような感覚にしばしば陥る事に。さらには身の回りに奇怪なことが起こり始め・・・・・・

<感想>
 これまたとんでもない奇書が現われたものだ。雰囲気としては大昔に書かれた作品のような香りがするが、これが2000年に書かれたというのだからなんともいえない。海外にもこのような作品を書く人がいるんだなと。ちなみにこれを書いた人はキューバ生まれで、スペイン在住の元精神科医だとのこと。

 本書は、古代ギリシャで起きた殺人事件の謎を<謎の解読者>ヘラクレスという人物が探るというもの。実は、本筋であるこのパート自体はさほどたいしたものではない。それよりも、奇妙なくらい惹き付けられるのは注釈で語られる翻訳者の物語のほうなのである。

 序盤は訳者が作品を翻訳しながら“直感的比喩”という表現により本書の読み方を示唆してくれている。この読み方についての部分も個人的には大変興味深かった。各章に、著者なりのイメージを持って書かれているものを、比喩表現から読み取りながらそのイメージをつかみつつ読んでいくという手法。本を読むときに漠然と読み通している私にとってはこのような示唆は新鮮なものであった。

 しかし、この“直感的比喩”により本書の内容を読み取っていくという手法も、訳者自身(あくまで作品上の架空の訳者)の思い入れが強くなりすぎることからだんだん怪しくなってくる。そして、ついには物語り自体に訳者が関わりを持っているかのように話が進んでいくのである。

 間単に言ってしまえばメタ小説ということなのだろうが、訳者が「イデアの洞窟」という作品を訳しながらも、その内容に取り付かれ、恐怖を味わいながらもさらに翻訳を続けていかなければならないという鬼気迫った状況がなんともいえぬ雰囲気を出している。また最終的には、ちょっと複雑ながらも、この本が二重三重の入れ子のような構造になっていることに気づかされる。

 あまり内容自体がどうこうという作品ではないのだが、その奇妙な仕掛けと異様な雰囲気は十二分に楽しめるものとなっている。奇怪な本が好きだというような人には是非ともお薦めの本。


シャーロック・ホームズ七つの挑戦   Sette sfide per Sherlock Holmes (Enrico Solito)

2009年09月 国書刊行会 単行本

<内容>
 「十三番目の扉の冒険」
 「予定された犠牲者の事件」
 「『パラドール議院』事件」
 「正しかった診断」
 「シャーロック・ホームズと十二夜」
 「チェス・プレイヤーの謎」
 「ピルトダウン人」

<感想>
 イタリアのシャーロキアンによる作品集。この作家はホームズもののアンソロジーをいくつか出しているようだが、それらの中から厳選してつくられたのがこの作品で、日本独自編纂の作品集となる。

 全体的に見ると、ミステリ集というよりは、“冒険”というイメージのほうが強く感じられた。そのように感じられるのも国同士の陰謀を扱ったスパイものの作品が多かったからだろうか。このへんは、編者があえてそういうものを選んだのかもしれない。

 とはいえ、ホームズものの作品集として十分に堪能できることは間違いない。この著者はホームズの冒険と歴史上に起きた史実とを組み合わせて作品を作るのが得意なようである。

 最初の「十三番目の扉の冒険」からして驚かされた。なんとなくホームズらしからぬ行動が見られたりするのだが、最後まで読めば何を書きたかったのかがよくわかる。物語の冒頭でホームズのようにやたらと注意力と推理力が鋭い女性が現れるものの、その後特になんら重要な役割をすることがないままとなる。何ゆえこのような人物を登場させたのかわからなかったのだが、最後の最後で驚愕の事実が待ち受けているという作品。

「予定された犠牲者の事件」では、何ゆえマーク・トウェインが自分の作品のなかでホームズを悪し様書いているのかを究明するかのような内容。
「『パラドール議院』事件」は正典のとある作品の焼き増しのような内容のもの。
「正しかった診断」では平和な一家に起きた事件をホームズが穏便な解決をはかるというもの。
「シャーロック・ホームズと十二夜」では危うくホームズが敵の計略にはまりそうになるという事件。また、ちょっとしたロマンスの予感を感じさせるものとなってはいるが、あくまでもホームズらしい対応にて終わる。
「チェス・プレイヤーの謎」ではホームズの活躍によって、嫌疑をかけられたものの潔白が明かされ、とあるスパイ活動の内容が暴かれる。 「ピルトダウン人」はイギリスにまつわる(日本ではなじみのない)史実をミステリとうまくかけて究明するというもの。作中にコナン・ドイルが登場している。

 ホームズもののアンソロジーというと、正典に忠実であるがため、その正典を越えるものや逸脱するものが少なく、なんとなく地味な印象がある。しかし、この作品集では飛び抜けたと言えるようなものがいくつかあり、大変に楽しめる内容となっている。こういったアンソロジーの中でもかなり貴重な作品集と言えるのではないだろうか。




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