タ行  作家作品別 内容・感想

イヴリン嬢は七回殺される   The Seven Deaths of Evelyn Hardcastle (Stuart Turton)   7点

2018年 出版
2019年08月 文藝春秋 単行本

<内容>
 男は自分の名前も、ここがどこかさえもわからないまま目を覚ます。彼はブラックヒース館に招待された客のひとりで医者であるということがわかった。しかし、それは仮の姿であり、男はこの館で起こる事件を解決しなければならないというゲームに組み込まれていたのである。8日間(実際には同じ1日を8回)を過ごす中で、次々と人格を変えながら、事件の証拠をつかみ、イヴリン嬢が殺害されるのを男は防せがなければならない。しかも、そこにはゲーム上のライヴァルもいるという。そして、怒涛の8日間を過ごしたのち、男が見出した真相とは!?

<感想>
 今年(2019年)のランキングをにぎわせた作品。タイムループと人格転移を繰り返しながら真相に迫っていくという設定が注目されていた。また、著者のスチュアート・タートンは、これが処女作。

 ランキングに掲載された海外ミステリのなかの未読作品で、唯一興味をひかれたのはこの作品。ゆえに、購入して年内に読んでしまおうと取り組んでみたのだが、これが思いのほか面白かった。これは読み逃さなくて良かったと心から思えるものである。

 ただし、読み始めの印象はあまりよくない。というのも、主人公自身が自分が誰なのか、何のためにここにいるのか、など全てが抜け落ちた状態から始まっているのである。しかもそのわりには、時間制限があるようで時間はどんどんと過ぎて行き、主人公の理解が進まない中で話が展開されて行ってしまう。それに読者がついていくのも、なかなか困難であった。

 さらには、主人公が人格転移により、次々と館の住人に乗り移るのであるが、その登場人物たちがなぜか嫌な奴というか、犯罪者まがいの者たちばかり。そんな感じで、二重苦、三重苦というような状況のなかで主人公は、ブラックヒース館で起こる事件の真相を見出さなければならない。

 と、最初こそ、わけがわからないという感じであるのだが、読んでいくうちに徐々に全体像が見えてくるようになる。そうして、主人公自身も己がすべきこと、解き明かさなければならないことを理解していき、目的達成のための行動をとり始めることとなる。序盤を過ぎれば、読んでいるほうも物語に徐々に引き込まれることとなり、ページをめくる手が止まらなくなってくる。

 そして、本書の何が素晴らしいかといえば、終章のひとつ前に、事件は解決したような形となるのだが、主人公がそれを良しとせず、もう一段階先へ進もうとするのである。いわゆる、どんでん返しのようなものであるが、これが蛇足にならなければよいが・・・・・・と思いながら読んでいくと、最終的に導かれる真相が実に見事であると感じられるものであった。細かい、物語上の伏線とか、整合性云々ではなしに、見事に着地点が決まったミステリとして完成されていると感じ入ってしまった。読み始めの感情とは裏腹に、よくぞここまでというような力業による作品を仕立て上げてくれたと感嘆させられる。


名探偵と海の悪魔   The Devil and the Dark Water (Stuart Turton)   6点

2020年 出版
2022年02月 文藝春秋 単行本

<内容>
 17世紀、バダヴィアからオランダへと向かう帆船ザーンダム号が出発しようとするとき、包帯を巻いた男が「この船は呪われている」と宣言した直後、突如炎に包まれて死亡した。そんな出来事を目の当たりにした囚われた探偵・サミー・ビッブスと彼の助手を務める大男・アレント。船の主人とも言えるバダヴィア総督は、そんな騒ぎを無視して、船の出発を進めてゆく。しかし、出航した船に数々の凶兆が起きることに。どうやら、“トム翁”と呼ばれる伝説の悪魔が出没し、船内と乗員に混乱をもたらしているようなのである。その悪魔は実在するのか? アレントはサミーの力を借りて、怪異に立ち向かおうとするのであったが・・・・・・

<感想>
「イヴリン譲は七回殺される」が面白かったので、この作品も購入して読んでみた。ただ、こちらに関しては冒険小説としては面白いが、ミステリという感じにはとらえられなかった。ゆえに、この邦題はおかしいのではないかと感じてしまう。私は前作同様、本書もミステリ基調の作品というスタンスで読んでいたがゆえに、微妙と感じてしまったところが多々あった。

 この作品、確かにミステリっぽく書かれているところもあるのだが、全体的なスタンスがあまりはっきりしていない。というのは、超自然的なものを扱うのか、それとも全て常識的なものとして解釈できるのかが最後の最後までわからないという形式で描かれている。また、謎っぽく書かれているものに関しても、あまりにも漠然とした謎であり(「伝説の悪魔トム翁を追う」?)、はっきりと何を追っているのかよくわからないまま話が進行していた。

 さらには、探偵役のものが色々なことを聞きだそうとしても、誰もかれもが全く協力的ではないがゆえに、聞きたいことも聞き出せず、全く話が進まないという状況。この辺は、変に船員同士の関係とか船内の地位などに関して、リアリティ強く書きすぎていることで、物語の進行を邪魔しているように思われてしまった。そんな感じで、なんやかんやと読んでいてもストレスがたまる事象ばかりが続き、何も謎が解明されないまま話が進行し続けるという状況。

 では、この作品が面白くないのかというと、そういうわけでもなく、長い船旅の末、最終的に見出される真相はなかなかよくできていた。結局のところ、実は一つの船のなかで、とある陰謀が進行していて、その謎の全てが最後の最後になってようやく明らかになるという書き方がされている。最後まで読み通すのは大変であったが、最後まで読み切れば、作品に満足させられることは間違いない。とはいえ、その陰謀を大海原に浮かぶ船の上という不確定要素が多いなかで行うにはリスクが高かったのではないかと、どうしても思ってしまうのであるが。


失われし書庫   The Bookman's Promise (John Dunning)

2004年 出版
2004年12月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 古本屋のクリフは前の仕事で稼いだ金を使って、リチャード・バートンの本を3万ドル近くの金で手に入れた。するとある日、クリフの本屋に一人の老婆が訪れる。彼女はクリフが手に入れた本の正当な所有者であるというのだ。詳しく話を聞いてみると、どうやら老婆の言うことは本当のようであり、クリフのその背景を詳しく調べてみようとする。すると、クリフの周囲で殺人事件が起き、徐々にその本を巡る陰謀の中に巻き込まれてゆくことに・・・・・・

<感想>
「幻の特装本」以来なので、クリフシリーズを読むのは久々となる。正直言って、前作までの話は全くといっていいほど憶えていなかったのだが、それとは関係なく本書は本書で独立して楽しむことができた。また、今回の作品ではダニングがちょっとばかり趣向を変えてクリフシリーズの中で歴史ミステリにも挑んでいる。

 それで本書の感想はどうかと言えば、全体的にはなかなか良かったのではないかと思える。ただ、その内容の中の個々については中途半端に感じられた部分が多々あった。

 ひとつは歴史ミステリに挑んでいるということであるが、この部分にはさほど謎というほどのものは感じられなかった。ミステリというほどのものでもなく、ただ単に別の物語を聞かせられたという感じである。また、今回はクリフがハードボイルド張りの活躍を見せ、ディック・フランシスの小説張りに悪漢と闘うのだが、その結末は、あれだけ引っ張っておいてそれだけ? と、拍子抜けしてしまったという部分もある。

 と、そういった空かされたような箇所もあったのだが、本書のクライマックスでの締めはきちんとこなしてくれた。この締めがあったからこそ、本書は全体的に良い作品であると評価を上げることができたと思う。

 次回作はもう少し早めに出してくれて、かつ、もう少し古本業界のことを多めに書いてくれたらなぁと思うのは欲張りすぎであろうか?


災いの古書   The Sign of the Book (John Dunning)

2005年 出版
2007年07月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 古本屋を営むクリフは恋人で弁護士のエリンから、とある射殺事件の調査を頼まれる。ただ、その事件の関係者のうち、被害者はエリンの昔の恋人であり、容疑者とされているのが、エリンの昔の親友であった。複雑な背景がからむなかで、クリフが調査を始めていくと、被害者が大量のサイン本をコレクションしていたということがあきらかになり・・・・・・

<感想>
 古本屋クリフのシリーズも、この作品で四作目。相変わらず軽妙で(物語の内容自体は重い話だが)、すんなりと読めるサスペンス・ミステリとなっている。そこそこ厚いページ数にも関わらず、一気読みできる内容に仕上げられているのはさすがといえよう。

 ただし、内容を細かく見ていくとあまり完成度の高い作品とはいえない。ミステリ的な要素としては、良いとこ取り、という気がするようなもので、それぞれが主題となるようなものが多々集められている。

 女性弁護士の昔の恋人が被害者で親友が容疑者、その容疑者の女性は話すことができない少年を養子に迎えている、被害者は数多くのサイン入りの蔵書を集めていた、牧師というあだ名の怪しい古売屋の存在、などなど。

 このように、どれかひとつだけとっても小説の主題になりそうな要素が贅沢に集められている。しかし残念なのは、それぞれに密接した関係というものがあまりないということ。また、これだけ色々な要素を集めてしまったために、焦点がぼやけてしまい、どの要素に対しても中途半端で終わってしまっているということ。

 本書は、設定をうまく用いれば法廷ミステリになりえたような作品である。というか、途中まではそういう話運びでいくのだろうと思っていた。にも関わらず、途中からは普通のサスペンス調の展開になってしまうというように、何かどうにも中途半端としかいいようがない。

 小説を書く技量自体は充分に感じられるのだから、あとはもっと構成をうまく創作してくれればなぁと、ただただ残念に感じられた。


愛書家の死   The Bookwoman's Last Fling (John Dunning)

2006年 出版
2010年08月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ガイガーという馬主が死に、20年前に死んだ彼の妻が数多くの蔵書が残していた。古書店主のクリフはその鑑定をガイガーの生前、彼の右腕として働いていたウィリスから依頼された。また、その蔵書のうちの数多くが何者かによって盗まれているようで、それも取り戻してもらいたいという。しかし、ウィリスの高飛車な物言いにクリフは反発し、仕事を引き受けることに躊躇する。ただ、ガイガーの4人の子供のひとり、娘のシャロンとは気が合い、彼女から依頼を受けるという形でクリフはこの仕事の調査に乗り出してゆく。事件を調べていくうちに、過去にガイガーの妻が死んだ件についてクリフは人為的なものではないかと疑いを持つ。すると、クリフが調べていた男が殺害されるという事件が起き・・・・・・

<感想>
 古書店主クリフのシリーズ5冊目となるのだが、主要人物が馬の調教師で競馬の世界が背景として描かれているため、ディック・フランシスの作品を読んだような気がした。当然のことながら“本”も作中で扱われているものの、どこか添え物のような気がしてならなかった。

 文庫で600ページという厚さの作品なのであるが、主人公が競馬の世界に飛び込み捜査している場面はどうも冗長と感じられた。しかもその捜査の場面がほとんどなのであるが、肝心の捜査が空振りばかりで核心に迫っているようには全く思えない。最終的には序盤と後半がうまくまとめられ、意外と驚かされる結末がまっている。結末は決して悪くはないと思うので、それならばもっと中盤をまとめて物語をコンパクトにしてもらいたかったと思わずにはいられない。

 というわけで、この古書店シリーズも興味深いところはあるものの、ミステリ小説としてはいつもいまいちと感じられてならない。もう購入しなくてもいいかなと思いつつも、作品が刊行される間隔があくと、前の作品の印象を忘れてつい購入してしまうのである。シリーズもので、ある程度の間隔をあけて刊行するということは実は大切なことなのだというのをふと感じてしまった。


二つの時計の謎   The Time for Dead (Jattawaalak)

2007年 出版
2009年09月 講談社 アジア本格リーグ2

<内容>
 バンコク警察のサマイ警部は有力者であるモンコン男爵から半ば脅されるように、彼の息子が起こした事件について調べて欲しいと頼まれる。男爵の息子は理髪店で時計を盗もうとしたところ店主に発見され、時計で店主を殴り倒した後、逃走したらしいのである。しかし男爵は息子の無罪を主張する。また、同時刻には男爵の息子の共同経営者が死亡しており、また娼婦が運河で溺死死体で発見されたりと、それらの事件にも何らかの関連性があると考えられる。サマイ警部は相棒のラオーと事件の捜査に奔走する。

<感想>
 アジア本格リーグの2作目ということなのだが、どうしてこのような内容の作品がとりあげられているのかが疑問。本書は警察小説であり、本格ミステリ作品とは言いがたい。しかも内容についてもよく出来ているとは決して言うことはできない。どうしてこの作品が選ばれたのかというところが一番の謎である。

 本書については、言いたい事がたくさんありすぎて、どれから言えばよいのかわからなくなってしまう。まず主人公についてだが、サマイ警部とラオー主任という二人が出てくるのだが、この二人の役割分担が全くわからない。最初はサマイ警部がワトソン役でラオーが事件の謎を解く優秀な刑事なのかと思ったのだが、作品を読んでいくとそうとも言えない描写が数多くあり、途中ではこの二人の区別さえつきにくくなっている。もう少しはっきりと人物描写と役割分担をしてもらいたかったところ。

 また、事件についても無駄にわかりにくい部分が多かったように思えるのだが、そもそもモンコン男爵が何故サマイ警部に事件のもみ消しを頼みに来たのだがよくわからない。それを頼むのには、この主人公は最も適さない人物であると思えるのだが。さらには、男爵が事件の依頼に来たことにより、他の事件との関連が全て明るみになったようにさえ感じられてしまうのである。

 といった点を大きなポイントとして、他にもさまざまなところに疑問がわくような内容。この作品を筆頭に上げられてしまうと、タイのミステリ作品は期待がもてないのではないのだろうかと考えてしまう人も多いであろう。その評価を回復するようなタイ発のミステリ作品が出てくることを望むのみである。


シスターズ・ブラザーズ   The Sisters Brothers (Patrick deWitt)

2011年 出版
2013年05月 東京創元社 単行本

<内容>
 ゴールドラッシュに沸く1851年、アメリカ西海岸にて。兄のチャーリー・シスターズと弟のイーライ・シスターズは、兄弟の殺し屋であり、シスターズ・ブラザーズと恐れられていた。狡猾なチャーリーと、切れると恐ろしいイーライ。二人は雇い主の提督に命じられ、サンフランシスコへ、とある山師を消しに行くこととなる。二人が行く先々でトラブルが起こり、その都度シスターズ・ブラザーズが暴れまわり・・・・・・

<感想>
 もうちょっとぶっ飛んだ内容かと期待していたのだが、思いのほか落ち着いていた感じ。なんとなく、普通のロード・ノベルというような。

 殺し屋シスターズ・ブラザーズの旅路を描いた作品。弟イーライの視点により物語は進められてゆく。狡猾でキレやすい兄のチャーリーと、普段は温厚だがキレると恐ろしい弟のイーライという設定。ただ、この弟視点のせいか、イーライが非常に落ち着いた人間に思えてしまい、ぶっとんだイメージがほとんどなかった。

 そのような設定の中、凄腕の殺し屋というわりには、矛盾した行動というか、ややマヌケな行動を繰り返しつつ、殺人依頼を命じられている山師の元へとたどり着く。そして、山師との一見に関しては、ゴールドラッシュという背景を生かした展開が待ち受けている。終盤になって山師の人生が冗長気味に語られるという展開は、どうにも無駄のように思えてならなかったのだが、結局最後の最後までダメな展開で話がつき進められてゆく。

 展開がどうにも微妙すぎると思えるのだが、こういったロード・ノベルが今の流行りなのかもしれない。地道に語られる悪党兄弟のダメな旅路、という感じ。


ウッドストック行最終バス   Last Bus to Woodstock (Colin Dexter)   6.5点

1975年 出版
1988年11月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 酒場の駐車場で惨殺された女の死体が発見される。その女は生前、もうひとりの女と共に行動をしていたらしいが、酒場までの足取りが不明なままであった。謎のもうひとりの女の正体は? そして殺人犯はいったい誰なのか? 事件を担当するモース主任警部は、捜査に奔走するものの、なかなか手掛かりが得られず・・・・・・

<感想>
 久々に読んでみたコリン・デクスターの作品。モース主任警部が活躍する第1作品。面白いような、面白くないような・・・・・・というようなテイストがむしろ癖になるのか?

 このモース警部の人物造形って、どうなのだろうと思ってしまう。なんとなく取っつきにくい、やたら弱音を吐くと思えば、部下にはやたら厳しい。こういったところを人間味があると感じるべきなのか、単なる変人と捉えるべきなのか、どんなものなのか。それとも、欧米ではこのような生活に人物もしくは、人物描写はスタンダードなものとして受け入れられるものなのかと考えてしまう。

 内容は、殺害された女がどのような道筋を辿って、犯行現場までいったのかを探るというもの。さらには、被害者と共にいたはずのもう一人の女を特定するというのも重要事項。モースは、被害者の足取りを追いながら、数々の怪しい人物らの証言を通して、真実の道筋を探り出してゆくこととなる。

 後半ではなんとなく結末が見えてしまうものの、それでもサスペンス小説として、よくできているなと思えるものであった。また、ただ単に意外性があるというだけではなく、実は被害者と真犯人のたどった道筋がうまく作りこまれており、事細かな部分もしっかりと作り上げられた作品であると感嘆させられる。

 モース警部の捜査に関して、中途ではなんとなく、回り道をし過ぎていると感じられたものの、結末までたどり着けば、ベストな捜査であったと思わずにはいられなくなってしまう。なんだかんだ言って、モースの人となりに惑わされたというか、騙されてしまったのかなと。


キドリントンから消えた娘   Last Seen Wearing (Colin Dexter)   6点

1976年 出版
1977年12月 早川書房 ハヤカワミステリ
1989年12月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 モース警部は上司から2年3か月前に失踪したバレリー・テイラーの捜査を命じられる。今になって本人から両親へ手紙が届いたのだという。当時事件を担当していた警官は死亡しており、モースがこの事件を担当することとなった。モースの勘ではバレリーは既に死んでいるのではないかと思いつつ、ルイス部長刑事と共に捜査を進めてゆくのだが・・・・・・

<感想>
 今年「ウッドストック行最終バス」を再読したので、続けてモース警部シリーズ2作目となるこの作品も読んでみた。前作に続きモース節をこれでもかというくらい堪能できる作品。

 このモース警部の独特とも言える捜査、どうなんだろうと思わずにはいられない。特に決定的というような証拠もなく、大雑把な予想で大枠を決めてしまう。それに基づいて、推理というか推測をあーだ、こーだと組み立てて、なんとなく考えた結論のまま、予想した犯人の元へ突撃してゆく。それが失敗に終わったら、また同じことを繰り返すという、行き当たりばったりのような捜査法。正直言って、ミステリ小説というよりも、警察小説としてどうなのかと思えるのだが、これがこのシリーズの持ち味なのであろうか。ひょっとすると、この独特な捜査法が持ち味となり、ファンとなったものの心を捕まえて離さないのかもしれない。

 前作の方が、警察小説としての出来は良かったのではないかと。また、前作の方がモース警部の面目躍如というような内容ではなかったのかと。今作は、最初から最後までやられてばかり。小説のページが終わりかけになっても、まだ犯人が特定されていないので、読み手側としてはこれ本当に終わるのかと心配になってしまうほど。そうした挙句、結局モース警部がやられっぱなしで終わってしまうとは。こんななさけない警察小説であっても、それはそれでモース警部の人間味を表すものなのか!?


ニコラス・クインの静かな世界   The Silent World of Nicholas Quinn (Colin Dexter)   6点

1977年 出版
1979年01月 早川書房 ハヤカワミステリ1321
1990年12月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 海外学力検定試験委員会の委員の一人が辞めたために、新たな一人を選出することとなった。そうして、ニコラス・クインが、聴力に難があることにより反対意見もあったものの、新たな委員として選出された。委員を務めることになったクインであったが、その3か月後、自宅にて死体となって発見されることとなる。死因は毒によるもので、何者かによって殺害されたと考えられた。モース主任警部は、殺人事件の捜査を開始するのであったが・・・・・・

<感想>
 コリン・デクスターのモース警部シリーズの3冊目。家に本が置いてあったので、昔に読んだはずなのだが・・・・・・全然覚えていない。覚えているのは印象深いタイトルのみ。

 検定試験委員会において新しい検定員となったニコラス・クイン。その特徴としては耳が聞こえづらい。そんな彼が数か月委員の仕事を務めていた時に、自宅で毒殺死体となって発見されることとなる。プライベートでは、さほど人と関わり合いがないので、検定試験委員会がらみで殺害されたのだと予想される。それでは、いつ、どこで、何者によって殺害されたのか? モース主任警部による捜査が行われる。

 いつもながらのモース警部による捜査ということになるのだが、何故か関係者たちがそれぞれ虚実入り混じった証言をするので、なかなか捜査が立ち行かない。“いつ”がポイントになりそうなのだが、嘘の証言により、アリバイをきちんと把握することができず、モースの苦悩はつのるばかり。

 と、そんな感じで、いつもの捜査が行われる。このシリーズの特徴としては、モースによる事件に対する多重推理がなされること。あれを推理して、うまくいかなければ、違ったパターンで、という感じで推理を進めていく。ただ、今作においてはそういった推理が繰り返されず、そのまま犯人逮捕へと突入していく。

 そして、今回はということなのだが、とりあえず容疑者を逮捕してからの多重推理となっている。この容疑者を逮捕して、うまくいかなければ、次の容疑者を逮捕というように、ちょっと倫理観に欠けるのではというような捜査方法。なんか、一歩間違えれば冤罪になってしまうのではないかという行為。一応、最後にはうまくまとまった感が出ていたような終わり方をしているものの、読んでいる側の後味としてはあまりよくなかったような。


復讐法廷   Outrage (Henry Denker)

1982年 出版
1984年10月 文藝春秋 文春文庫
2009年09月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 倉庫会社の事務員である黒人のデニス・リオーダンは拳銃を買い、ひとりの男を射殺した。撃たれた男はクリータス・ジョンソン。デニスの娘はジョンソンに強姦された後、殺害されたのであった。罪を犯したのはジョンソンであるということがわかっているにもかかわらず、法律の抜け穴を通り、ジョンソンは無罪となっていたのであった。デニス・リオーダンは復讐を果たした後、警察へ自首をした。彼の弁護を引き受けることとなったのは、新米弁護士であるベン・ゴードン。有罪判決が下ることが確実の裁判にどのように挑むのか!?

<感想>
 1984年の週刊文春ミステリーベスト10において1位をとった作品。当時は文春文庫から出ていたが、2009年にハヤカワ文庫として復刊がなされた。復刊を機に読んでみたのだが、さすがに面白かった。法廷ミステリとして、上質に仕上げられている作品。

 実際に罪を犯しているにもかかわらず、法の抜け穴をくぐり無罪になった男。その男に復讐を誓い、実際に復讐を遂げた黒人男性。その男性に対する裁判の模様を描いたのがこの作品。容疑者は、自首をし、実際に計画的に罪を犯しているのは事実であるので、有罪判決は確実である。しかし、殺害された人物が正しく法により罰せられていれば、このような事件が起きなかったということもまた事実。こうした矛盾めいた事実をどのような形で裁いていくのかが焦点となる。

 この物語でスポットが強く当てられているのは、弁護士と陪審員(日本では現在の裁判員にあたる)。確実の罪にもかかわらず、容疑者への同情からなんとか罪を軽くできないかという弁護士の苦悩。そして、根本的な罪はどこに存在するのかということに悩まされる陪審員たち。そうした感情をからめつつ物語と裁判が徐々に進行していく。そして驚きの展開と結末が読者を待ち受けることとなる。

 この作品の原題はなんと“Outrage”。意味は“非道”とか“蹂躙”という意味のようである。ちょうど今年日本で放映された映画と同じタイトルであるが、意味合いが全く逆であるというところが興味深い。


謝罪代行社   SORRY (Zoran Drvenkar)

2009年 出版
2011年08月 早川書房 ハヤカワミステリ1850
2011年08月 早川書房 ハヤカワ文庫(上下):ポケミスと文庫版同時発売

<内容>
 新聞社から解雇を言い渡されたクリス、バイトで食いつなぐクリスの弟ヴォルフ、職業紹介所で就職先を探すもののなかなか決まらず焦るタマラ、フリーのメディア製作を行っているものの思いどおりにならないフラウケ。今の生活に不満を持っていた昔からの知り合い4人が偶然出くわしたとき、クリスの発案で“謝罪代行社”を始めることを決意する。それは依頼人に代わって謝罪を行うという内容。それが思いもよらず多くの依頼を受けることとなり、4人の生活は潤い始める。そんなあるとき、マイバッハと名乗る依頼人から仕事を持ちかけられ、クリスが現場へと言ってみるとそこで死体を発見することに! さらにマイバッハは彼ら4人を脅して死体の始末までもを求め始め・・・・・・

<感想>
 昨年出版されたジョン・ハートの「ラスト・チャイルド」と同様、ポケミスと文庫の同時発売となった本書。そんなわけで、これは2011年の話題作となるのかなと期待して読んだのだが、それほどインパクトの強い作品ではなかったかなと。

 第一に依頼人の代わりに謝罪をするという「謝罪代行社」というものがタイトルになり、これがメインテーマとなるかと思いきや、そうでもない。もうすこし謝罪代行業の有様について描いてくれてもよかったのではないだろうか。さらにいえば、中盤以降ほとんどこの“謝罪代行”というものが意味をなさないのも疑問。

 作品の展開としては、どこへ行きつくのか想像できない波乱が待ち受けている。ただ、それにしても最初にあれだけ長々と語られた主人公であったはずの謝罪代行社4人の人生にほとんどかかわりがない形で事件が起きてしまうのはどうかと思える。中盤以降は謝罪代行社とは全く関係のない犯罪組織のようなものの話がメインとなり、そちらの人間の人生がメインとなってしまい、謝罪代行社の面々は単に慌てふためくだけ。

 要約すれば、若者4人が会社を起こしたら、サイコな面々にまとわりつかれたという内容。それが延々と暗い雰囲気のなかで語られてゆく。ドイツの小説というものについては、そんなに何冊も読んでいないと思うのだが、こうした暗い雰囲気なのは国の風潮なのであろうか?
 変わった雰囲気、予想だにしない展開、暗い怨念に満ちたサイコサスペンスが堪能できるのだが、部分部分に腑に落ちないと感じてしまう作品。


テン・カウント   Rope Burns :Stories from the Corner

2000年 出版
2004年02月 早川書房 単行本

<内容>
 この作品の著者F・X・トゥール(本名ジェリー・ボイド)はボクシング業界にてトレーナーあるいはカットマンとして知られた人物。2000年、70歳のときに本書で作家デビューをし、2002年心臓の手術を受けた後死亡。享年72歳。
 ボクシングに人生の全てを賭けた男が、ボクシングの世界の全てを描いた作品集!!

<感想>
 ボクシングをセコンドからの視点で書かれた短編小説集。 本書ではボクサーでなくとも、ボクサーと同様、もしくはそれ以上にボクシングに夢を見ている者たちの様子がまざまざと描かれている。

 ここでのセコンドに立つ者達とは、マネージャー、トレーナー、カットマン(ボクサーの止血をする者)らのこと。ボクサーがリング上で駆け引きをするのは当然のことだろうが、セコンドに立つ者達も同様に駆け引きを行っている様子が描かれている。その彼らにとっての駆け引きはリング上でボクサーが戦っている間に行われるよりも、その前段で行われることのほうが多い。それは対戦相手側だけとの駆け引きに限らず、場合によっては自分がセコンドに付くボクサーとの駆け引きが行われる場合もある。

 本書で一番傑作だった作品は「ミリオン・ダラー・ベイビィ」。トレーナーと女性ボクサーが2人3脚で栄光へと駆け上っていく様子がまざまざと描かれている。これ一本の内容で長編を書いてもらっても良かったのではないかと感じられた。

 他にもボクシングの裏側へと踏み込む内容の作品が満載。著者のボクシングへの愛が感じられる作品集である。

 ただ、ラストの中編「ロープ・バーン」はこの作品集の中では異色でボクシング小説というよりは、ギャング小説に近いような気もする。本書の内容にはそぐわない気もするのだが、ひょっとしたらこの作品はボクシングの世界では実力だけで必ずしもうまくいかないという警句の全てが込められているとも感じられる。無念という気持ちも含めた全てが著者のボクシング人生ということであったのかも知れない。


あなたに不利な証拠として   
   Anything You Say Can and Will Be Used Against You (Laurie Lynn Drummond)

2004年 出版
2006年02月 早川書房 ハヤカワミステリ1783

<内容>
 事件現場を奔走する女性警官の内情と現実を描いた短編作品集。

 キャサリン
  「完全」
  「味、感触、視覚、音、匂い」
  「キャサリンへの挽歌」
 リズ
  「告白」
  「場所」
 モナ
  「制圧」
  「銃の掃除」
 キャシー
  「傷痕」
 サラ
  「生きている死者」
  「わたしがいた場所」

<感想>
 この著者にとって初めての作品集であり、これは12年間書き溜めてきたものとのこと。現在、第2作となる長編を執筆中だとか。

 パッと読んだ感想としては、フィクションというよりは、ノンフィクション作品を読んだという気にさせられた。それほどリアリティと迫力に満ちた作品となっている。また、話の全てを女性警察官というものに絞ったのも良い効果をあげていると思われる。

 一見、いろいろな女性警官にインタビューを行って話を聞いたもののようにも見えるのだが、実際には著者自身が元女性制服警官であり、5年間勤務した事を生かして書き上げた作品だとのこと。

 本書は、ひとつひとつの短編としては作品として短く、物語という面で見るとどれも弱いように思える。しかし、リアリティのある物語を積み重ねていく事により、最後の「生きている死者」「わたしがいた場所」の2編に大きな意味をもたせている。

 最後の2編は本書の中では長めの作品となっており、ひとりの女性警官がある事件をきっかけに警官をやめ、そこから逃避し、さらに忌まわしい記憶から癒されていく様子が描かれている。

 という形でそれぞれの女性警官の“死”と“銃”について描かれたアメリカならではの作品集。この著者に長編を書かせたらどのように化けるのか、今から楽しみでならない。


飛蝗の農場   The Locust Farm (Jeremy Dronfield)

1998年 出版
2002年03月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ヨークシャーの荒野で農場を営むキャロルのところに、謎めいた男が転がり込んできた。嵐の夜、雨宿りの場所を請う男を警戒して断る一幕を経て、不幸な経緯から、キャロルはショットガンで男に怪我を負わせる。看護の心得のある彼女は応急処置をほどこし、回復までの宿を提供することにしたが、意識を取り戻した男は、過去の記憶がないという。何もかもが見かけどおりでないかもしれない。そんな奇妙な不安のもとに始まる共同生活・・・・・・背後で繰り広げられる異様な逃避行はいったい!
 幻惑的な冒頭から忘れがたい結末まで、圧倒的な筆力で紡がれる悪夢と戦慄の物語。

<感想>
 女が人里はなれて一人住む農場に曰くありげな男がやってきて、奇妙な共同生活が始まる。始まりはありきたりかのようなサスペンス調で幕が開ける。しかし、だんだんと作中で現在と交互に男の逃避行の様子が語られていき、物語は複雑な様をていしていく。男の逃避行の原因が伏せられながらやがて話は徐々に現代へと交錯していき、さらに物語りは複雑な様相を見せる。

 サスペンス小説のなかに、別の流れの秘められた逃避行を挿入することによって、ゴシックスリラーともいうような厚みをもった小説となっている。そして物語には直接は関連してこないものの、“飛蝗の農場”というものが怪奇的な隠し味として、さらに物語りの効果をあげている。そして結末にいたっては予想外のさらなる仕掛けが・・・・・・

 なんとも不思議な“怪作”である。“飛蝗の農場”というよりも、“その男”が通るところ、すべて狂気の色で塗りつぶされていくかのような、まさに飛蝗の通った跡を思わせるような小説をぜひとも堪能いただきたい。


サルバドールの復活   Resurrecting Salvador (Jeremy Dronfield)

1999年 出版
2005年10月 東京創元社 創元推理文庫(上下)

<内容>
 リディアの葬儀に出席したかつての学友3人。ベス、オードリー、レイチェル、リディアの4人は大学時代のルームメイトであった。リディアは貴族であり、ギタリストでもあるサルバドールと大恋愛の末、結婚したのだが、やがてサルバドールが死に、リディアも後を追うように・・・・・・。葬儀が終わった後、ベスとオードリーは何故かサルバドールの母親から、その住まいである城へとまぬかれる。そこで彼女達は思いもよらぬ出来事に・・・・・・
 過去と現代が錯綜するサスペンス・ミステリー。

<感想>
“過去と現代が錯綜するサスペンス・ミステリー”と内容に書いてみたものの、はたして本書は“ミステリー”と言える作品なのであろうか。物語が始まってから、現代と過去がバラバラに語られてゆく。特に法則性というほどのものもなく、ミステリーとして強調されている部分も特にないので、ただの恋愛小説のような感じで話が進められてゆく。そして、話の中の色々なところで、ちょっと驚かされるような展開も挿入されている部分はある。ただ、そういったパートもあくまでもバラバラであり、一つの物語として統一性がとられているようには思えなかった。

 結局のところ退屈な小説を読まされたという感じ。もう少し、“これ”というような主題を抑えて書いてもらいたかったところである。何か普通の海外小説を読んだという感じしか残らなかった。書き様によって、もうちょっとで名作になったのではと思えなくもないのだが。




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