<内容>
森江春策弁護士事務所で秘書を務めている新島はるかは、突然、幼なじみと出会うことに。その幼なじみから新島はるかは、彼女が数理情報工学の権威であった久珠場博士からなんらかの遺産を遺されたのだということを聞く。しかし、その遺言状の開示の日に出向く事ができなくなった幼なじみから頼まれ、はるかが身代わりとなって出向くことに。ちょっとした縁によって、幼なじみの手助けをするつもりのはずであったはるかは、久珠場を襲う、連続殺人事件に巻き込まれることに・・・・・・
<感想>
複雑で込み入っている事件であるにもかかわらず、やけにあっさりと事件が解決してしまうという変わった作品。“変わっている”といってもわかりづらいと思うのだが、これが著者が意図して行っているのだから“変わっている”のだと言えるのである。
基本的には、遺産相続を原因とする連続殺人事件ということなのだが、登場人物の多さ、各人のアリバイ等々と事件について書かれているところを読んでいる限りでは、かなり難度の高いトリックが行われていると考えさせられてしまう。しかし、解決はそれを嘲笑うかのごとく、あっさりと解かれてしまうのである。
確かに、真相を聞けば大いに納得はいくものの、それはそれでちょっと違うというふうに言いたくなるような気も・・・・・・
また、“千一夜の館”と呼ばれる館についても、小技でしかなかったかなというところ。もっとこれを事件自体とくっつけて、あわせ技のトリックでも創れば面白かったと思えるのだが・・・・・・と、そんな感じで今一歩という感じばかりが残る作品であった。
<内容>
「探偵と怪人のいるホテル」
「仮面と幻夢の躍る街角」
「少年と怪魔の駆ける遊園」
「異類五種」
「疫病草紙」
「黒死病館の蛍」
「F男爵とE博士のための晩餐会」
「天幕と銀幕の見える場所」
「屋根裏の乱歩者」
「伽羅荘事件」
「探偵と怪人のいたホテル」
<感想>
タイトルからして芦部氏お得意の“探偵と怪人”を扱った昔の乱歩を思わせるような内容のものがそろっている作品集かと思えば、そのような内容のものは最初の三作品くらい。というのも、この作品集は芦部氏が色々なところで書いた作品で、まだ単行本に掲載されていなかった短編を集めたものだからである。
特に貴重ともいえるのが芦部氏がデビュー前に「幻想文学」で佳作入賞したという「異類五種」という作品。「幻想文学」に寄稿しただけあって、ミステリ的な内容ではないのだが、その後にこれが「紅楼夢の殺人」という形で昇華したとも考えられる。
続く「疫病草紙」もかなり若い頃に書かれた王朝物の作品となっている。
他に印象的であったのは「F男爵とE博士のための晩餐会」。これは“F男爵”と“E男爵”の正体が奇抜で面白いだけではなく、歴史の流れまでをたどっているところがうまくできていると感じさせられた。
また、最後のエッセイとも言える「探偵と怪人のいたホテル」については、つい最近、山口雅也氏の「ステーションの奥の奥」という作品を読み、東京駅についての内容を読むことができたので、感慨深く読みふけることができた。これは乱歩ファンの人にも味わってもらいたい作品といえよう。
ということで、普通のミステリファンにとっては物足りないと感じる作品集であると思われるのだが、芦部氏のファンであればこれは決して読み逃せない一冊といえよう。“冒険”や“幻想”といった様々な不思議な雰囲気を堪能する事ができる作品集。
<内容>
「けいせい伝奇城」
「五瓶力謎緘」
「花都写楽貌」
「戯場国邪神封陣」
<感想>
芦辺氏が長年の歳月をかけて完成させた歌舞伎作家・並木五瓶の物語。もちろん芦部氏が書いているのだから、そのひとつひとつのエピソードにさまざまなアイディアやミステリーが盛り込まれたものとなっている。
ただ、感想としては長年かけて作られたためか、一冊の本としての統一性に欠けていたという気がする。また、ミステリ小説としても濃度は薄く、どちらかといえば並木五瓶という人と、当時の歌舞伎の世界を紹介した作品という趣が強いと感じられた。江戸時代において歌舞伎が全盛を極めたときの世界観を味わいたいという人にお薦め。
「けいせい伝奇城」
大阪のあちらこちらで外国人の姿が見受けられ、妙な噂が立ち始めるという物語。この噂話と、背後にひそむ現実の事件を利用して歌舞伎作家たちがある試みを仕掛けるという物語。本書のなかでは一番ミステリ性が高かったと思われる一編。
「五瓶力謎緘」
五瓶がひとりの女性から自分が心中をするための物語を書き下ろしてもらいたいと頼まれる話。本書の中では一番長い話となっているのだが、実に話が収まりにくいという印象を受けた。というのも、細かいエピソードがたくさん詰め込まれており、しょっちゅう話が飛び、本筋がわかりにくくなっているというのが問題であったと思う。もう少しすっきりした内容にしてくれれば良かったのにと思われた。
「花都写楽貌」
大阪から江戸にやってきた五瓶が浮世絵に魅せられ、写楽の謎へとせまる話。“写楽”という謎の浮世絵師についてはいろいろな作品で問われているようであるが、ここで語られているものも、そのひとつの回答といってよいものではないだろうか。ただ、ミステリーとしての内容が盛り込まれておらず、この作品に関しては、もう少しさまざまな要素が盛り込まれていても良かったのではないかと感じられた。
「戯場国邪神封陣」
本書の中で問題と思えるのはこの一作。なんと江戸の歌舞伎話にクトゥルー神話を取り入れた内容となっている。それを取り入れること自体は別に問題はないと思えるのだが、他の三作の作風に対して、こういった作品が一編入っているというのはなんとも浮いた感じに思えてしょうがない。クトゥルー神話を取り入れるのであれば、それだけを扱った作品として別に書いてもらいたかったところ。たぶん、これ単品で見るのであれば、そう悪い話ではないと思えるのだが。
<内容>
「審 理」
容疑者は被害者の血にまみれながら現場から逃走していた。
明らかに犯人と思われる証拠が山積みのなか森江春策による弁護により事件は覆る事に!
「評 議」
被害者の部屋はビデオカメラで監視されていた。部屋から出て行くところが映し出されていたのは容疑者のみ。
森江春策は事件の真相を決定付ける証人を呼ぶはずであったが、その人物は現れず・・・・・・
「自 白」
被害者が殺害された現場を多くの人物が訪れていたのだが、決定的な時間がはっきりしない。
複数の証人の証言から正確な犯行時刻を割り出すことができるのか!?
<感想>
法廷ミステリとしては、面白く読める作品。ただ、私自身が“裁判員制度”というものを念頭において読んだためか、ちょっと焦点がぼやけてしまった。この本のタイトル自体が「裁判員法廷」とはなっているものの、かえって“裁判員制度”を意識させるようなものにしないようが良かったように感じられる。
この作品では三つの事件を取り扱い、それらの被害者の弁護を森江春策が受け持ち、審議を逆転させるという内容になっている。ただ、その内容のどれもが現実の裁判を意識して考えるべきものになっているかというと疑問が残るのである。
というのも、どの作品も容疑者の犯行を否定することを証明するのではなく、真犯人の存在を示唆することにより弁護側が裁判を勝ち取ろうとしているように思えたからである。確かにミステリ作品としては“真犯人”という存在は不可欠であるものの、法廷モノという面からみれば、容疑者の無罪を勝ち取ることのみが主とならなければいけないはずである。そういった面から、本書は“裁判員制度”に対しての小説という面からははかけ離れている気がした。
ということで、本書を読む際にはあまり“裁判員制度”というもの自体は気にせず、普通に法廷ミステリ作品を読むというスタンスであれば、充分楽しむことができる作品となっている。あまり肩肘張らずに、気軽に構えて読んだほうが、よりいっそう楽しむことができるのではないだろうか。
<内容>
高校生の暮林少年は何事も理論的に考えなければ済まないというやっかいな性格をしていた。そんな暮林少年があることがきっかけでクラスメイトの美少女・行宮美羽子のことを意識することに。
その後、暮林少年はいくつかの事件に巻き込まれてしまう。抜け道のない通り道での不可解な事件。コインロッカー爆発事件。洋館での怪事件等々。彼が遭遇したそれらの事件には必ず行宮美羽子が関わっていた。暮林少年が論理的に事件を解こうとすると、必ず厭な結末が導き出されてしまうのだが・・・・・・
<感想>
ボーイ・ミーツ・ガールものと、探偵対怪人という内容を組み合わせたような作品。さすが芦部氏は少年者を書かせたらうまい、という部分と、あまり少年者としてしっくりこなかった、という両方を兼ねそろえる内容と感じられた。
主人公である暮林少年の論理的な思考っぷりはなかなかのもの。座標軸によって事件を解決しようとする試みは、なかなか面白い。ただ、そういった論理的思考が後半へ行くにつれて、尻つぼみになっていってしまったように思える。
本書で一番しっくりこなかった部分は悪役たる“怪人像”について。どうもこれについてはイメージしにくく、やはり普通の高校に通う女子高生には怪人役は荷が重かったのではと感じてしまう。また、他にも登場人物は色々と出てくるのだが、それらの人物像もどこか中途半端なままで終わってしまったような気がした。
本書の主人公の造形はうまくできていたと思えたので、できればこの少年にふさわしい、もっと普通の事件を解決してもらいたかったところである。
<内容>
弁護士の森江春策は事務所を大阪から東京へと移すことに。助手の新島ともかとゴールデンレトリバーの金獅子を連れて引越しをした。そんな折、ともかのもとに雪華荘ホテルというリゾート施設からの招待状が来る。興味を持ち、現地へと行ってみたともかを待っていたのは、雪の中の豪華な施設と、彼女と同様に招待状を持った女性客達。やがて彼女達7名は雪の中のホテルに取り残され、奇怪な事件に遭遇することとなり・・・・・・
<感想>
うーん、タイトルと内容からして“閉ざされた雪の山荘もの”かと思って読んでみたのだが、何か趣向が違う。舞台設定としてはガチガチの本格ミステリと、言えなくもないのだが、そこから事件へのアプローチが何か変。
感想としてはもっと普通に本格ミステリらしい路線で書いてくれればなぁ、というところ。クローズド・サークルものとしての緊迫感もないし、事件性も希薄であるし、読んでいて、どれもこれもが中途半端と感じられてしまった。
しかし、その割には最後の最後まで読み終えると、これがまた本格ミステリらしいトリックをしっかりと持ってきているのだから、首をかしげずにはいられない。もっと普通に書いてくれればいいのだがなぁ。
何も、全部が全部の作品に森江春策を登場させなくてもよいのではないかと思えてくる。ノン・シリーズものとしてきっちりと本格ミステリ路線で描いてもらいたかった内容であった。
<内容>
女学生・平田鶴子と新聞記者・宇留木昌介が昭和10年代の大阪を舞台に活躍する探偵譚。
「名探偵エノケン氏」
「路地裏のフルコース」
「78回転の密室」
「テレヴィジョンは見た」
「消えた円団治」
「ヒーロー虚空に死す」
「少女探偵は帝都を駆ける」
<感想>
読んでみたところ、なんかずいぶん昔にアンソロジーで読んだ作品が入っているなと思ったのだが、なんとここに掲載されている短編は1997年から書き溜めていたものとのこと。まさに10年がかりのシリーズものということになる。
全体的に趣向としては面白いのだが、中身は相変わらずの芦部氏らしい作品であり、どことなくきっちりとした本格ミステリとしては感じられない。ネタとしては、きっちりと本格ミステリしているのであるが、それよりも昭和初期の大阪を紹介するという趣のほうが強く感じられてしまうのである。
面白いと思えたのは、以前アンソロジーに掲載されていた「78回転の密室」。トリックもさることながら、この作品が発表されたのと同じ頃、なんと似たような内容のものを他の作家も書いていたとのこと。もしかして、あれかな、などと想像を巡らしたりするのもまた一興。
また、「テレヴィジョンは見た」というのも現代的な知識を逆手にとってのトリックが面白かった。これは意外と現代だからこそ思いつきにくいトリックであるといえるかもしれない。
全体的に面白く出来ているものの、なんとなくミステリ小説というよりは、ドタバタ劇重視の冒険小説の趣が強いと思えてしまう。何にしても、色々な趣向を楽しむことができる本であることは間違いない。
<内容>
かつての大富豪が残した琵琶湖畔にそびえたつ建築物、その名も“綺想宮”。そこに集められたさまざまな肩書きを持つ者たち。その中には刑事弁護士である森江春策も含まれていた。そしてあたりまえのように始まる陰惨な殺人事件。森江春策は死体の状態と、この館に集められたさまざまなものから数々の蘊蓄と見立て殺人についてを語り始める。この奇怪な館の正体とはいったい!?
<感想>
内容云々よりも、この森江春策のシリーズでいつも違和感が出てしまうのは時代設定。芦辺氏自身がさまざまな時代設定で作品を書いているということと、また主人公が森江春策と固定されていても幼少時代から大人となった現代までさまざまな時代のなかで描かれているということもあり、それぞれの作品がどの時代のなかで描かれているのかというイメージが非常につかみにくい。今作も森江春策が出てくるゆえに、現代における話だとわかっているにもかかわらず、年代設定がふわふわしているような落ち着かない印象を受けるのだ。
さらにはこういう雰囲気の作品を描くのであれば、終始シリアスな感じで描いた方がよかったのではないだろうか。あえて陰惨さを抑えるために、シリアス調を抑え、読みやすさを優先させているようにも思えるのだが、それもなにか違うと感じてしまう。これであればむしろ「黒死館」のように思いっきり読みにくくてもいいのではないかと思えてしまう。
と、自分が感じた違和感ばかりを書かせてもらったのだが、本書は普通のミステリとは少々異なる、アンチミステリ的な内容の作品となっている。というのも、前半部ではほとんど謎というものが提示されない。何故、殺害されたのか、どのように殺害されたのか、怪しい人物は誰なのか、こういったことにほとんど言及されず、状況のみが語られている。当然のことながら、そういったことには理由があり最終的にすべての真相が解決されることとなる。
最後まで読んだ時には、もう少し謎や伏線といったものを前半部に盛り込んだ方がよいのではとも感じられた。とはいえ、この作風からいえばこうした展開でもいいのかなとも思えなくもない。とりあえずは、どういったことを描きたかったのかということはきちんと作中から伝わるものとなっている。まぁ、思っていたよりも社会派風というか、社会風刺的な作品であったのかなというところが意外なところ。
<内容>
「黄金夢幻城」
「中途採用捜査官:忙しすぎた死者」
「ドアの向こうに殺人が」
「北元太秘記」
「燦めく物語の街で」(ショートショート集)
「黄金夢幻城殺人事件」
「『黄金夢幻城殺人事件』殺人事件」
<感想>
この本を作る発端となったのは、芦辺氏が劇団のために書き下ろした原案があり、それを文章化したかったというもの。それが「黄金夢幻城殺人事件」。それに組み合わせるような感じで、今までの未収録短編をくっつけて、それとなく一冊の流れとなる作品を作り上げたという感じ。基本的には色々な作品をあつめたノンジャンル短編集といったところ。
何と言っても芦辺氏の作品であるので、ミステリ的なものを期待したいところなのだが、ミステリとしての要素はかなり薄い。
サラリーマンの死亡事件を元サラリーマンの捜査官が捜査するというちょっとした社会派ミステリである「忙しすぎた死者」。
レストランで起きた事件を高校生4人組が謎を解くという「ドアの向こうに殺人が」。
この2編くらいがミステリとして成り立っているのだが、どちらもややページ不足という気がした。特に「ドアの向こうに殺人が」はもう少しじっくりと読みたかった内容である。
一連の「黄金夢幻城殺人事件」については、“少年探偵対怪盗”というこの著者らしさが現れている内容のものと森江春策シリーズを掛け合わせた作品。芦辺氏作品に何冊も触れている方であれば読まずとも雰囲気は想像できるに違いない。
まぁ、芦辺氏のファンであれば買いだとは思うのだが、それ以外の人向けの作品ではないように思える。一冊で芦辺氏作品のボーナストラックという感じがした。とはいえ、これ以上この作品にどうこう言ってしまうと作中の“殺人喜劇王”からお仕置きを受けてしまうかもしれないのでこのくらいに。
<内容>
弁護士・森江春策は、昔事件で関わり合うこととなった鞠岡未来生から助けを求められ、欧州の小国ヴェルデンツ大公国へと向かうこととなった。実は森江は昔、日本に留学していたヴェルデンツ大公国の皇太子(現大公)を助けたことがあったのだ。ちなみにそのときに譲り受けたのがゴールデンレトリバー金獅子である。そんなこともあってか、森江はヴェルデンツにて大歓迎を受けることとなるのだが、そこで大公家を巡る騒動と事件に巻き込まれることとなる。しかもその事件には鞠岡未来生までもが関わることとなり・・・・・・。森江春策は特別捜査官として大公女ヴィルヘルミーネとともに事件の捜査を開始することとなる。
<感想>
良くも悪くも、いつもながらの芦辺氏の作品であるなと。要するに普通に本格ミステリをやっているのだが、盛り上がるべきところで盛り上がらないと。全編にわたるユーモア調の部分が読みやすさを促進しているものの、そのユーモア調が事件の盛り上がりの邪魔をしている。
個人的にはいまいちの作品であったかなと。ミステリとしては、そこそこの内容なのだが、タイトルにある大公女の存在自体が全くと言っていいほど生かされてなかった。また、最後に明らかにされる真相については唐突過ぎて、本題と関係ない方向へ向かってしまったようにしか感じられなかった。
物見の塔(腕木通信付)で発見された二つの死体に関わる事件については、うまくできていたと思えるのだが・・・・・・解決編があまりにも淡白すぎ。また、古城での首切り密室殺人のほうは、トリックというよりも物語上の事件という内容。まぁ、あれこれ事件が起きるものの、どうも物語上というか、焦点は別のところというか、何か煮え切らないものが残った内容。まぁ、こうしたことは芦辺作品、特に森江春策シリーズではいつもながらのことなのかもしれない。
<内容>
蒸気機関を主流とした平和な世界。女学生のエマ・ハートは空中船の船長である父親が帰ってきたことを知り、港へと急ぐ。船は宇宙で、カプセルに入れられたひとりの少年を保護していた。そしてエマはその少年、ユージンと出会うことに。二人は名探偵ムーリエの弟子として働くこととなったのだが、何故か数々の不可能犯罪に遭遇することとなり・・・・・・
<感想>
蒸気機関の発達により発展した架空世界を舞台に繰り広げる少年少女冒険ファンタジー小説・・・・・・かと思いきや、実は結構きちんとミステリをしていたりする内容。
舞台設定はともかくとして、やけに少年少女向けのような作調。それはそれで別に構わないのだけれども、東京創元社でやるような作風ではないよな、と余計なことを考えてしまう。宇宙で保護された謎の少年と、元気いっぱいの少女が名探偵に弟子入りし、数々の不思議な事件に遭遇する。
それぞれの事件が不可能犯罪のようなもので、それを名探偵ムーリエが解き明かしていく。ただ、この解決具合も何かをぼかしているように思え、どうも何かがひっかかる。そのなかで一つ気になったのは、探偵ムーリエの造形。ちょっとこの人物に対して、不必要に胡散臭く書きすぎなのではないかと思わずにはいられなかった。
そうしてそのまま冒険調に話が進んでいくかと思いきや、最後の最後で思いもよらない真相が告げられることとなる。これは、ひとつひとつのトリックがどうのこうのというよりも、全体的な仕掛けが実にうまくはまった作品と言ってよいであろう。この真相により、単なる冒険ファンタジー小説であったものが、SF本格ミステリ小説へと昇華している。これはなかなかあなどれない作品であった。
<内容>
「帝都脳病院入院案内」
「這い寄る影」
「こちらX探偵局/怪人幽鬼博士の巻」
「青髯城殺人事件 映画化関係報」
「時の劇場・前後篇」
「奇譚を売る店」
<感想>
“また買ってしまった”という一文から全ての作品が始まる。最初は全ての作品の主人公が同一人物なのかと思っていたのだが、どうやら違うよう。ただし、それについても特に区別する必要もなく、淡々と読み進めていけばよい内容。
どの作品もミステリというわけでもホラーというわけでもなく、幻想的でノスタルジーを感じられるようなものとなっている。最初の作品は、「帝都脳病院入院案内」という書籍を手に入れた者が、本に基づいてその病院をジオラマ化し、やがてそのジオラマと病院の過去の背景に取り付かれてゆくというもの。
他もそれぞれの短編のタイトルとなる作品に取り付かれ、購入者は異様な経験をすることとなる。ただ、それらの体験が悪い感触で終わるものばかりであるにもかかわらず、どこかうらやましいと感じられてしまうのだ。意外と読書家にとっては、こういう古本屋で巡り合った一冊により、なんらかの出会いや奇譚を経験するというものは憧れであるのかもしれない。
最後の「奇譚を売る店」により全体をまとめてしまっているのだが、そこはあえてまとめる必要はなかったように感じられる。むしろ、結末を付けずに永遠と“奇譚”の迷宮を彷徨う方が登場人物にとっても、読む側にとっても幸せであったのではなかろうか。
<内容>
検事の菊園綾子と弁護士の森江春策は、両者の恩人である名検事・名城政人が殺人容疑で逮捕されたことを受け、協力して真相を探るべく行動を開始した。証拠品を最新の放射光研究施設で分析をしてもらうなか、二人は事件の関係者たちが集まったホテル“悠聖館”にて調査に乗り出そうとする。すると、調査の矢先に館のなかで殺人事件が起こる。関係者を集めて、菊園が犯人を特定しようとしたとき、奇怪な現象が起こることとなり・・・・・・
<感想>
放射光研究施設やシュレーディンガーの猫の話が出てきたりと、どんな展開が待ち受けているのかと思いきや、まさかのSF的な物語へと進んでいく。しかも、SFとは無縁そうな森江春策のシリーズであるにも関わらず。
最初はベテラン検事の汚名を晴らすための活動であったはずが、いつの間にやら“館”における殺人事件に巻き込まれている森江春策と今作の語り手である菊園綾子。その菊園が犯人を指摘しようとする度にパラレルワールドへ移行してしまうという趣向。しかも、菊園の推理は間違っていたといわんばかりの別世界。そこで菊園は別の解釈を用いて犯人当てをしようとする。
なんとなく「毒入りチョコレート事件」を思い起こすような趣向であるが、推理が間違っていると次の推理が語られる前に別世界へ飛ばされてしまうというのが何とも言えない。しかもその別世界、前の世界とは登場人物の名前や容姿がやや異なるという奇妙な状況。そのパラレルワールドを利用して、本来の犯人当てとは別の思わぬ趣向を盛り込んでいるところが本作の目玉なのであろうか。この“趣向”については、霞流一氏を彷彿させるような変化球気味のトリックが待ち受けているというもの。
そして、肝心の真相については、若干脱力気味ながらも・・・・・・まぁ、それなりによくできている・・・・・・のかな。このネタ一発だけであれば、微妙かもしれないが、話全体を総合すれば、なかなか面白いミステリ作品として仕上げられている。タイトル通りまさに“異次元”のミステリ。
<内容>
「曽祖叔母オパールの物語」
「ザルツブルクの自動風琴」
「城塞の亡霊」
「三重十字の旗のもとに」
「西太后のためのオペラ」
「悲喜劇ならばディオラマ座」
<感想>
芦辺氏が以前に出版した「奇譚を売る店」に続く系譜の作品。この作品では楽譜をテーマにして、さまざまな綺譚が語られてゆくという内容。
最初の「曽祖叔母オパールの物語」が衝撃的な結末をつけており、初っ端から驚かされてしまうことに。孤独に生きてきた女性の過去が音楽と共に甦る。
一番強烈とも言える作品は「城塞の亡霊」。かつて戦場で聞いた音楽を探るうちに、その秘密にふれることになるという綺譚が描かれている。これぞまさに怪奇と幻想と言いたくなる内容。
といった具合に、さまざまな綺譚に触れることのできる作品。楽譜を探すことを生業とする男と共に、世界中を飛び回り、色々な物語を堪能できる。ミステリ小説集ではないものの、綺譚や幻想小説が好きな人にはお勧めできる作品集。
<内容>
「帝都探偵大戦 黎明篇」
「帝都探偵大戦 戦前篇」
「帝都探偵大戦 戦後篇」
「黒い密室−続・薔薇荘殺人事件
<感想>
パスティーシュ・・・・・・というか、単に昔の探偵の紹介になっているだけのような。「黎明篇」では、いわゆる捕物帳で活躍する探偵というか岡っ引きを中心に、色々な話の主人公が現れるのだが、それがもう怒濤のように現れるだけ。一応は、物語の体裁を繕って締めているものの、岡っ引きの羅列というような感じで終わってしまっている。
「戦前篇」のほうは、それなりに物語としての体裁がとられていた。ただ気になったのは、あまりにもマイナーな探偵ばかりで、全然パスティーシュという感じがしない。小栗虫太郎の法水麟太郎と海野十三の帆村荘六くらいしかピンと来なかった。また、内容については推理小説というよりはスパイものといったものとなっている。まぁ、それはそれで昔の探偵小説らしくはあるのだが。
「戦後篇」もまた、探偵の羅列で終わってしまっている。というか、こちらについては、マイナー過ぎるところの探偵の羅列となっていて、読んでいてもあまり面白くなかった。戦後であれば、もう少し取り上げるべき探偵がいそうな気もするのだが、そんなものなのか。むしろ、他で取り上げられないような探偵を挙げることこそが著者の目的であったのか。
本書のなかでは文庫版に収録された「黒い密室」が一番読み応えがあった。こちらは鮎川哲也氏のパスティーシュたる作品。雪に囲まれたベンチの上で発見された死体について言及する内容。そのトリックというか、状況が構成される様子がよくできていた。登場人物についても、ちょっとしたお遊びが加えられていて、面白かった。
<内容>
ベテランの舞台俳優である“私”は、馴染みのプロヂューサーから、自らの企画・演出による一人芝居をやってみないかと持ち掛けられる。“私”はその題材として、昔出会って、今も印象に残る“おじさん”の存在を思い出す。彼が何者であったのか、それを調べるために“おじさん”のかつての家を訪れると、彼が所有していたと思われるトランクを手に入れ・・・・・・
<感想>
なんとも展開がちぐはぐであったように感じられてしまった。最初は舞台俳優が自分で企画・演出をやってみないかと持ち掛けられ、自分の過去のなかで一番印象に残る“おじさん”の思い出を辿るというところは面白いと思われた。ただ、そこから“おじさん”の痕跡を辿ってゆくと、まるで国際スパイのような活躍が描かれており、このへんがちぐはぐに思えてならなかった。その展開が、小劇場の芝居に見合うようなものであるのかと。
その後、語られてゆく“おじさん”の真相については、何故か小さくまとめられることに。このへんも途中の国際スパイのような像とは、かけ離れていたように感じられた。個人的には、芝居として書き起こす者であれば、もっとこじんまりとした日常的に近いところにある過去の事象であればよいと思えたので、そのへんの感覚のずれにより付いていけなかったという感じ。
一応は舞台劇として成功したと締めくくっているものの、海外での活躍みたいなものがどのように舞台上で表現できたのかがピンと来なかった。ただ、私自身は劇場における芝居というものを見たことがないので、私の想像力にはまらなかったというだけで、別に突飛な展開や表現ではなかったのかもしれない。読む人によっては、うまくできている作品と納得できるのかもしれない。
<内容>
森江春策は、国劇協会調査研究センターの秋水里矢から、なんとも漠然とした依頼を受けることに。それは、鶴屋南北の自筆台帳を元にした歌舞伎を行おうとする小佐川歌名十郎と交渉してもらいたいというもの。リハーサル現場へ馳せ参じた森江春策であったが、そこで彼は崩れたセットの下敷きになるという死亡事故を目の当たりにすることに。ただ、それは事故なのか? それとも殺人なのか?? やがて鶴屋南北の出し物を巡る連続殺人事件に森江春策は巻き込まれることとなり・・・・・・
<感想>
内容がごちゃごちゃし過ぎてなんとも・・・・・・という感じ。焦点がいろいろとばらけていて、さらには特定の知識がなければよりわかりづらいと・・・・・・
現在進行形で起こる連続殺人事件があり、その背景として過去の劇作家・鶴屋南北による作品が描かれた経緯、さらにはその作品そのものとなる「忠臣蔵」の異様な設定と、着目すべき点が色々とあり過ぎたような。しかも、「忠臣蔵」そのもののみであれば、まだ内容としてついていけるものの、それが書かれることとなった経緯などについては、もはや何が何だかという感じになってしまった。
さらにいえば、現代パートも主題ではないような感覚があり、取って付けたような殺人事件という感じに思えてしまった。さらには事件に対する動機が微妙であったようにも感じてならなかった。
というわけで、個人的にはあまり楽しめなかった作品。鶴屋南北というものにこだわって書くのであれば、別に現代パートなしで歴史ミステリ的な感じで描いたほうが良かったのではなかろうか。