原りょう  作品別 内容・感想

そして夜は甦る   7.5点

1988年04月 早川書房 単行本
1995年04月 早川書房 ハヤカワ文庫
2018年04月 早川書房 ハヤカワミステリ

<内容>
 渡辺探偵事務所に所属する唯一の探偵・沢崎。彼のもとにひとりの男が訪ねて来て、ルポライターの佐伯の行方を知らないかと、聞いてくる。沢崎は全く心当たりがなかったが、韮塚と名乗る弁護士からも佐伯の件で話をしたいという電話を受けることに。そしていつしか、失踪したというルポライター佐伯の行方を捜すこととなる沢崎。事件を調べていくうちに、過去に起きた東京都知事狙撃事件にまつわる陰謀に沢崎は巻き込まれてゆくことに・・・・・・

<感想>
 久々に再読したのだが、これ、改めて読むと凄い作品であると感嘆させられる。もはや単なるハードボイルド小説の域を超えているなと。

 それで何が凄いのかと言えば、展開が凄い。読んでいる側が、全くと言っていいほど飽きたり、退屈になるという暇もなく、短い章ごとに新たな展開が待ち構えているのである。探偵の元にルポライターの行方を捜す謎の男が来る、同じ男について聞いてくる弁護士からの電話、資産家との会談、死体発見、記憶喪失の男、浮かび上がってゆく過去の事件と、とにかく意外な展開がどんどんと続くのである。その展開についてもここに書いたのはほんの一部で、章が変われば何が待ち受けているのかわからないと言ってもいいほど、その流れに読んでいる側は圧倒されてしまう。

 その怒涛のペースが前半から後半まで変わらず続くのであるが、それに伴い登場人物も多くなるので、後半は落ち着いて読まなければ複雑な内容について行きづらくなる。ただ、落ち着いて読めば、その複雑な物語は決して破たんしていないことがわかり、終幕に待ち受けるどんでん返しにさらなる圧倒的な印象を受けることとなるであろう。

 このシリーズ、ハードボイルド小説であるゆえに、一見キャラクター小説のような印象も受けてしまうのだが、その根幹はプロットにあるのではと改めて思い知らされた。もちろんのこと強烈に印象を残すキャラクターも数多く登場しているので、色々な面からも楽しめる作品である。原りょうが書いた作品数は少ないものの、伝説の作家と語り継がれるのも納得の一冊。


私が殺した少女   6.5点

1990年10月 早川書房 単行本
1996年04月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 一本の電話により依頼された渡辺探偵事務所の沢崎が、依頼先の邸宅へ向かうと、そこで待ち受けていたのは刑事たちであった。沢崎は知らぬうちに誘拐事件の現金引き渡し役に選ばれており、それを知らぬ刑事たちは沢崎を誘拐犯の一味であると思い込んでいたのだ。はっきりと誤解が解けぬまま、沢崎は身代金の受け渡しをすることとなり、六千万円の現金を持って犯人が指示した場所へブルーバードで向かってゆくのであったが・・・・・・

<感想>
 久々に再読。というかハードカバーで読んで以来の2度目の読書となるゆえに、これまたずいぶんと間を開けての読書となった。もはや、この作品の内容が誘拐ものであるということですら忘れていた。

 本書は渡辺探偵事務所の沢崎が誘拐事件に巻き込まれるという事件を描いている。それはまさに巻き込まれる以外の何物でもなく、勝手に現金の受け渡し人に指名され、警察に睨まれながら現金を持って右往左往させられる羽目となる。そうした結果、誘拐事件の顛末は・・・・・・

 そしてその後、沢崎は誘拐事件の真相を突き止めようと単独での捜査を開始することとなる。事件の関係者と思われる者たちから証言を聞きつつ、拙い細い糸を手繰り寄せながら、徐々に事件の真相に迫っていくことになり・・・・・・

 というような内容であるが、この作品に関しては私立探偵が扱う事件でありつつも、警察捜査に近いような内容とも感じられた。警察が扱うような地道な捜査を私立探偵が行っていくというようなもの。

 そして見出される真相については驚くべきものであるのだが・・・・・・初読の時はかなり衝撃を受けたはずだと思うのだが、今となっては意外と普通にとらえられてしまった。というのは、ミステリを読みなれていると、これと同じような事件の様相のものがしばし見られ、しかも最近読んだ本のなかに同様の動機の作品があったというのも衝撃が薄れてしまった理由のひとつ。

 そんな感じで、個人的には初読時と比べるとインパクトが落ちてしまったと感じられたが、ひとつのハードボイルド作品としては十分読み応えのある内容の作品である。また、本書は前作に比べるとシリーズ作品という側面も存分に感じられるものとなっており、かつてのパートナー渡辺の存在や、暴力団幹部の橋爪なども本事件とは関係ないながら出ており、以後の作品の展開を匂わせるようなものとなっている。リアルタイムでは3作目の長編が出るまでに6年かかったのだが、今回はこの作品の熱気が冷めやらぬうちに次の「さらば長き眠り」を再読したいと思っている。


天使たちの探偵   8点

1990年04月 早川書房 単行本
1997年03月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 「少年の見た男」
 「子供を失った男」
 「二四〇号室の男」
 「イニシアル“M”の男」
 「歩道橋の男」
 「選ばれる男」

<感想>
 久々の再読であるのだが、いや、これはレベルの高いハードボイルド作品集であるなと、改めて再認識。ハードボイルド系の短編集では、個人的には最高峰といってもよいくらいではないかと感嘆してしまった。それくらいよくできた作品集。

 どの作品も、意外な展開が組み込まれ、予想できないような流れが待ち受けるものとなっている。「少年の見た男」の銀行強盗が発生する展開や、「二四〇号室の男」の浮気調査から依頼人死亡へと至る流れ、そして「歩道橋の男」の突飛な出だしなど。そういった思いもよらない流れから一気に最後まで読ませる構成はなかなかのもの。これは、一度手に取れば、一気に全て読まずにはいられなくなる作品集といっても過言ではなかろう。

 それと個人的な話であるが、原氏の初期の作品をしばらく読んでいなかったためか、つい最近「私が殺した少女」を読み返すまで、ここに掲載されている「イニシアル“M”の男」と「私が殺した少女」との内容を混同していた。「イニシアル〜」よりも、「私が殺した少女」のほうが、この短編作品のタイトルにふさわしいような気がするのだが、そう思うのは私だけであろうか?


「少年の見た男」 小学生がたまたま聞きつけた殺人計画。沢崎はその女の人が殺されないように見張ってもらいたいと頼まれる。依頼を受けざるを得ない羽目になった沢崎は・・・・・・
「子供を失った男」 娘を交通事故で亡くした韓国人指揮者。その男が、昔の女に宛てた手紙を買い取れと脅迫されていて、その受け渡し現場に同行してもらいたいのだと・・・・・・
「二四〇号室の男」 父親の依頼により娘の素行を調査したところ、娘は当の父親の後をつけていて浮気現場を目撃していた。後に、その父親が殺害されるという事件が起き・・・・・・
「イニシアル“M”の男」 沢崎は間違い電話を受ける羽目になり、しかもその女はこれから死ぬと。後日、有名少女歌手が飛び降り自殺したとの報が・・・・・・
「歩道橋の男」 女探偵が沢崎の前に現れ、さっき訪ねてきた老婦人の依頼について説明したいという。その婦人は孫を探しているものの、実はその孫が犯罪者となっていて・・・・・・
「選ばれる男」 失踪した少年の行方を捜す依頼。少年のことは少年補導員の男性がよく知っているようで、沢崎が訪ねると、その男は現在選挙を行っている最中で・・・・・・


さらば長き眠り   7.5点

1995年01月 早川書房 単行本
2000年12月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 1年以上、事務所を空けていた沢崎は久々に探偵事務所に戻ってきた。そこで待っていたのは、不在の隙にビルに住み着いた浮浪者であり、その男が言うには、依頼者が来て連絡先を置いていったと。すったもんだの末、ようやく事件を依頼しようとしてきたらしい男を突き止める沢崎。その男は11年前、将来を嘱望された高校球児であったが、八百長の疑いをかけられ、全てを失っていた。その時に、姉が自殺して亡くなっていたものの、姉の死に疑いを抱き、真相を突き止めてもらいたいと・・・・・・。その後、事件を正式に依頼しようとした男は何者かに襲われ、病院送りとなる。事態が動いたことにより、何者かが事件の関係者を始末しようとしたのであろうか? 沢崎は実際に何が起きていたのかを突き止めようと、過去に起きた事件の背景を調べ始める。

<感想>
 原氏の作品を「そして夜は甦る」から長編2作、短編集1作と連続して読み、それに続いて本書「さらば長き眠り」を読むことができた(それでも3年くらいかかったけど)。初読時は、本書が出るまでに間が空いていたので、続けてというわけにはいかなった。ただ、この作品は全3作に対し、集大成的な意味合いもあるものとなっているので、今回このように連続して読むことができて良かった。

 本書で扱われる事件は、過去に起きた高校野球における八百長事件。ただし、その八百長事件そのものというよりは、その事件によって人生が変わってしまった人々に焦点が当てられるようなものとなっている。これだけ語ると、一見単純な事件そうであるのだが、それがあえて複雑怪奇とも言えるような展開で描かれるものとなっている。この辺の書き方は、原氏による力量であり、書き方の妙とも言えよう。

 この事件捜査自体が、あっけなく片付いてしまう事象があったり、さらに派生する展開があったり、思いもよらぬ事件を掘り起こしたりと、最終的にどこへ行きつくのかわからないような感じで進んでゆくこととなる。そして、結末については思わぬ展開からの怒濤のフィナーレへなだれ込むように描かれている。よくぞ、ひとつの八百長事件、もしくは自殺事件から、ここまで物語を広げることができたなと、ただただ感嘆させられるのみ。

 そして、最初に書いた通り、この作品はこれまでの沢崎シリーズの集大成的なものともなっている。それゆえに、全3作で登場してきた人物が何人か登場しており、中には今回の事件とは全く関係な形で登場していたりもする。そのへんはまさにシリーズとしてのサイド・ストーリー的なところ。さらには、このシリーズの大きな背景ともなっている、渡辺探偵事務所の元の経営者である渡辺に関するものについても決着が付けられている。序盤ではほのめかす程度にしか、その渡辺に関することは書かれていないのだが、徐々に言及されていくこととなり、最後の最後には核心を突く発言が成されることとなる。

 と、そんな感じで、単品作品としても、シリーズ作品としても読みごたえのある作品。長めの作品ではあるものの、その長さを感じさせないくらい内容が濃く、楽しめる作品である。


愚か者死すべし   6点

2004年11月 早川書房 単行本

<内容>
 探偵沢崎は銀行銃撃事件に出頭した男・伊吹哲哉の娘から、父の無実をはらしてほしいと依頼を受ける。とりあえず、沢崎が警察へと出向いてみるとその伊吹が護送されるところであり、伊吹が銃撃されようとする場面に出くわしてしまう。沢崎は銃撃犯の車へ自分の車を衝突させることにより伊吹の命を救うことに。しかし、それた銃弾が伊吹を護送していた警官にあたり、その警官は殉職してしまう。そうした事から沢崎は事件に巻き込まれ、沢崎自身も事件の渦中に飛び込んでいく。そしてさらにその事件はさる権力者の老人の誘拐事件へとつながって行き複雑な様相を見せ始める。

<感想>
 今年のうちに読むことができるなど誰が想像できたであろうか。私立探偵・沢崎が帰ってきた。いやもう帰ってきただけで満足である。

 前作、「さらば長き眠り」はシリーズの一まとめの作品という事で、何か本来の沢崎シリーズとは様相が違っていたような感じがした。しかし、ようやく新シリーズと銘打っての新刊が登場し、ここで一つの落ち着きを取り戻したという気がする。

 今回の事件はなかなか複雑な様相を見せている。容疑者銃撃事件から始まり、誘拐事件、身代金事件、はたまた沢崎自身が狙われたりと読んでいる途中ではどこがポイントとなっているかがわかりづらいものがあった。それが後半になってようやく複雑に思えた事件も、実は二つの流れの事件が別々にあり、それがどのように絡み合っていたのかという構図が見えてくるようになっている。

 今作では事件の取っ掛かりが微妙に思えたような気もするが、それは読んでいるうちに徐々に気にならなくなってきた。要するに沢崎という探偵は依頼された事件よりも、とにかく自分が気になった事件を選んで行動するのだなという事が改めて確認できる内容となっている。とはいえ、もう少しお金はもらっておいてもいいのでは、と思ったりもする。

 いや、久しぶりに沢崎シリーズを読めて満足であった。やはりこの作品は独特の語り口(独特といってもチャンドラー調なのだけれども)と雰囲気を楽しむ小説なのであろう。でもこのくらいの内容であるならば、2年に1作ぐらいのペースで読みたいなと思わずにはいられない。

 なんでも次回作はもっと早いペースで出すそうなのでこれからは期待してもいいかもしれない。あぁ、なんかこれを読んだらもう一回最初から沢崎シリーズを読み直したくなってしまった。


ミステリオーソ   

1995年06月 早川書房 単行本(「ミステリオーソ」)
2005年04月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
「ミステリオーソ」を元に、その後発表されたエッセイ・短編・対談を追加し、再編集して「ミステリオーソ」と「ハードボイルド」の2冊の文庫に分冊したもの。「ミステリオーソ」は1995年以降に書かれたエッセイ・対談・短編を加えて再編集した増補版。

 「飛ばない紙ヒコーキ」
 「見た 聴いた 読んだ」
 「視 点」
 「トレンチ・コートの男たち」
 「ジャズについての六つの断章」
 「ジャズを愉しむ」
 「同級生おじさん対談(中村哲)」


ハードボイルド   

1995年06月 早川書房 単行本(「ミステリオーソ」)
2005年04月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
「ミステリオーソ」を元に、その後発表されたエッセイ・短編・対談を追加し、再編集して「ミステリオーソ」と「ハードボイルド」の2冊の文庫に分冊したもの。「ハードボイルド」は小説に関するエッセイと文庫未収録短編等を収めたもの。

<エッセイ>
 「作家たちについて」
 「レイモンド・チャンドラー頌」
 「小説を書くということ」
<ハードボイルド対談(船戸与一)>
<小説意外の沢崎シリーズ>
<文庫・単行本未収録短篇>

<感想>
 原氏が語る「作家たちについて」のエッセイを読んでいると、かつて読んだことのある作家たちの本を再読したくなった。特にチャンドラー、マクドナルド、ハメットといったハードボイルド作家。これらの作家たちの主要な本は読んでいるのだが、このHPを立ち上げる前に読んでいるので、感想とかは書いていない。それらをまとめる上でも、またいつか再読したいと思っている。特にチャンドラーの作品あたりはぜひともまとめ上げたいところ。

 他にもトニイ・ヒラーマンやロス・トーマスの作品などは再収集したい気持ちが湧き上がってきた。まぁ、集めたとしても読むのはだいぶ後になるのであろうが。

 また、この作品の目玉はなんといっても沢崎の短編集にあると言ってよいだろう。この文庫を買った多くの人もこれが目当てというひとは結構いたのではないだろうか。

 まぁ、短編といいつつもショートストーリーというほどのものでしかないのだが、「愚か者死すべし」を読んで、次の作品を待つ間の場つなぎくらいにはなるものだと言ってもよいだろう。一応、沢崎の物語の空白を埋めるという役割をしている重要な作品もあるのでファンは必見。

 でもこれを読んだ事により、原氏のまとまった作品集や長編が読みたいという気持ちが沸々と湧き上がってくるのもまた事実である。


それまでの明日   6点

2018年03月 早川書房 単行本

<内容>
 沢崎のもとに紳士としか形容することのできない男が訪ねてきた。男は望月皓一と名乗り、消費者金融の支店長と努めているという。彼の依頼は赤坂の料亭の女将の身辺調査であった。依頼を引き受けた沢崎であったが、調査の結果を報告しようとしても望月と連絡がとれず、望月の務める消費者金融を訪ねてみることに。するとその消費者金融で、強盗事件に遭遇することとなる。そこで沢崎は海津一樹という青年に出会うこととなり・・・・・・

<感想>
 久々というか、前作から間が空きすぎ。その間、主人公の探偵・沢崎も年をとっているようで、時代に取り残された最後の私立探偵といわんばかりの活躍を見せてくれる。

 のっけから色々な展開がなされ、読者の気持ちを十分に惹きつけるものとなっている。紳士然とした依頼者、その依頼者を訪ねようと金融会社に訪れた沢崎は強盗事件に巻き込まれる。人質をとっての強盗事件が長引くかと思えば、意外とあっさり解決し、その後依頼者は行方不明(?)。そこで出会った海津という青年と邂逅しつつ、沢崎がさらなる調査を進めてゆくと、新たな死体が・・・・・・

 といった感じで、事件が立て続け手に起こってゆく。目まぐるしい展開に翻弄されつつも、沢崎は独自の調査を進めつつ、さまざまなコネクションを利用しながら着実に事件の真相へと迫ってゆく。

 この事件調査の過程で感じられたのは、意外と沢崎って面倒見がいいのではと。警察とも何気にある程度良好な関係を築いているように思えるし、過去に世話になった人たちとのつながりもしっかりと保っている。孤独な探偵という設定ではあるものの、これだけ面倒見がよければ、もっと彼の周囲に人が集まっていてもよいように思えてしまう。これは、沢崎が年を取って性格がやや丸くなったということを示しているのであろうか。

 事件の解決については、全てがひとつに結び付くというようなものではなく、バラバラのものが混在していたという感じ。まぁ、それでも私立探偵が捜査する事件としては悪くはないものであったように思える。とにかく面白く読めたことは事実であるので、何だかんだといいつつも、読み続けたいシリーズであることには変わりない。




作品一覧に戻る

著者一覧に戻る

Top へ戻る