馳星周  作品別 内容・感想

不夜城   7点

1996年08月 角川書店 単行本
1998年04月 角川書店 角川文庫

<内容>
 新宿で故買屋を営む劉健一は窮地に追い込まれていた。かつてコンビを組んで働いていた呉富春が新宿に戻ってきたと。呉はトラブルを起こし、上海マフィアのボスの元成貴に追われ、新宿から逃亡していたのである。その呉が戻ってきたという噂により、劉健一が彼の居場所を知っているのではないかと元成貴に詰め寄られ、3日間以内に呉を連れて来いと脅される羽目となる。そんなとき、夏美と名乗る女から連絡が来て、買い取ってもらいたいものがあるというのだが・・・・・・

<感想>
 馳星周氏の伝説的なデビュー作を再読してみた。久々に劉健一が主人公のノワール小説を堪能することとなった。

 本書の特徴としては、あまりにも物騒すぎるアジア系の民族が入り乱れる新宿という舞台を創り上げたことであろう。なんとなくイメージとしては、日本というより香港のような雰囲気の世界なのだが、そこで命を懸けた騙しあいが行われてゆくこととなる。

 そこで描かれるキャラクターもそれぞれ栄えていて良い味を出している。自己のアイデンティティに悩みながら生き続ける日本人と台湾人のハーフの劉健一。劉健一の保護者であった、台湾勢力を牛耳る楊偉民。トラブルメーカーであり、今回の事件の元とも言える呉富春。そして、劉健一に接触してくる謎の女、夏美。その他、新宿に生きる様々な人々。

 本質的には、自己の利益や利権を求めて、それぞれが行動してゆくというもの。しかもその行動がそれぞれ血なまぐさいものとなっていて、まさに命を懸けた利権争いが繰り広げられることとなる。その利権争いのためには、義理人情といったものはなく、誰が先に裏切り、誰が先に倒すか、ということのみが求められる世界。そうした世界で主人公も生き残りを懸けて行動していくこととなる。

 何気に、ここで起きる闘争に関しては、息をひそめて黙っていれば、勝手に事は収束してしまうのでないかと思えるようなもの。ただ、それでは利益や利権を得ることができなく、時流から外れてしまうこととなる。それゆえに、命がけで争いのなかに飛び込み、あわよくば、全てをかすめ取ってしまおうという考えの元に行動をとってゆくのであろう。そんな生き方そして死にざまが描かれた作品。



1999年11月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「眩 暈」 (別冊文芸春秋二二九号)
   妻の妹に妄想を抱き、落ちていく男・・・・・・
 「人 形」 (オール読物1999年2月号)
   近所の年上の男に恋心を抱きつづけていた女が、男を追ううちに売春婦となる。そしていろいろな男に抱かれ、幼なじみだった男(恋を抱いている男の息子)に抱かれ、自分の親と彼の親たちの意外な真実を聞かされる。そしてやがて女は恋心を抱くその男と・・・・・・
 「声」 (オール読物1999年5月号)
   夫と子供がいる妻が刺激をもとめるために始めたテレクラによってやくざに利用され落ちていく・・・・・・
 「M」 (オール読物1997年12月号)
   出張SM倶楽部の女におぼれた男はそれから・・・・・・


虚の王

2000年03月 光文社 カッパ・ノベルス

<内容>
 喧嘩、踊り、酒。”金狼”を組み、渋谷で暴れていたころのすべて。そして、ヤクザを刺し、少年院へ。今はチンピラの舎弟、覚醒剤の売人。毎日が澱んでいる。新田隆弘は兄貴分の紫原の命令で、高校生が作った売春の組織を探っていた。組織を仕切っているのは渡辺栄司、学業優秀の優男。だが、仲間、女、誰もが彼を怖れ、平伏している。隆弘の拳よりも、何よりも。何故それほどに怖れるのか?「隆弘も栄司を知ったらわかるよ」苛立つ隆弘の前に栄司が現れたとき、破滅への疾走が始る。

<感想>
 人は誰もが栄司のように生きたいと思う。欲望に正直に。しかし人には感情、傷み、悲しみ、恐怖があり、そして明日のことを考えれば常に常識の中に生きざるを得ない。隆弘はその社会の中であがきつづけるが、結局は上下関係などのしがらみに押さえつけられて生きてゆくことになる。そして欲望のまま赴く栄司に会ったとき、彼は壊れていく。壊されていく。そしてごく平凡な女教師であった潤子もまた同様に。人は本能のままに赴くもの(虚)と関わると、狂気し、落ちていく。

 エルロイのホワイトジャズのような調べと共に虚に関わった者達が落ちて行く様を描いている。ただこの著者の本というのは基本的に皆、破滅へ向かう人々ばかり書いているので目新しさは感じなかった。ただ今までの作品は中国系、東南アジア系、南米系と外国を味あわせるような雰囲気があったが、今回は純日本系である。そのせいか読みやすくは感じた。

 暗黒小説を書くとして公言している馳氏ではあるがどうせなら、隆弘よりも栄司のような人物を主人公にして書いてみたらどうだろうか。たしかに虚そのものよりもそれを取り巻く人間を書いていったほうがより現実的な恐怖が味わえると思うのだが、虚ろそのものを書いたものを読んでみたい。


古惑仔

2000年07月 徳間書店 単行本
2003年02月 徳間書店 トクマ・ノベルス

<内容>
 「鼬」 (問題小説:1997年1月号)
 「古惑仔」 (問題小説:1997年8月号)
 「長い夜」 (問題小説:1999年9月号)
 「聖誕節的童話」 (問題小説:1999年12月号)
 「笑窪」 (「孤狼の絆」角川春樹事務所刊:収録)
 「死神」 (問題小説:2000年5月号)

<感想>
 副題に新宿無国籍タウン・ストーリーズと銘うってある馳氏のノワール短編集。

 馳氏の短編集と聞けばどのような作品が集まっているかは誰もが想像することができるであろう。本書ではその期待をはずすことなく、まさに救いようのない内容の短編が集められている。

 そのなかで特徴を挙げるとするならば、日本に出稼ぎに来た他のアジア人がなんらかの形でかならず作品にかかわってきている。それは主人公であるときもあれば、その主人公に関わる形のときとさまざまである。なにとはなしに、“日本への出稼ぎ=ノワール”という図式を思い描いてしまう。

 これらの短編のなかで特に印象深かったのが「聖誕節的童話」。馳氏によるクリスマス・イヴというものがいかんなく発揮され描かれている。

 また、「鼬」の“貧乏な人大嫌い、日本人はもっと嫌い”というセリフは痛烈である。

 あと、一番救いのない話かと思えるのは「長い夜」あたりであろうか。

 日本に来たアジア人が主のようでありながら日本自体が痛烈に語られているようでもある本書。ノワールと表現されるだけにはもはや留まらない。


雪月夜   6点

2000年05月 双葉社 単行本
2003年05月 双葉社 双葉社文庫

<内容>
 幸司は根室の町でロシア人相手に商売をする電気店を営んでいた。そんなある日、東京へ出てヤクザになったはずの裕司が幸司のもとに現われる。裕司が言うには彼ら二人の共通の知人である敬二がヤクザの金を持ち逃げしたというのだ。その金額は2億円!
 多額の金を巡り、幸司と裕司は旧友からヤクザ、政治家までを巻き込み根室の街の中、狂気の争奪戦を繰り広げる。

<感想>
 馳氏の長編作品を読むのは久しぶりである。相変らず圧倒的な内容で一気に読ませてくれる。ただし正直なところをいえば、相変らず内容に変わりはない。読み始めてしまえば、登場人物らの行く末と言うものはだいたい占うことができる。とはいうものの、今回のメインは大金の争奪戦。誰が勝者と成りうるのかという行方を中心に物語に釘付けにされた。

 また、変な話であるのだが本書を読んでいて微妙に癒された部分もある。もちろん暴力や殺人が満載でそういったものに対しては眉をひそめてしまう。しかし根室にひとり住み、ロシア人相手に商売を行っている幸司の孤独に対しては何かくるものがある。地元を飛び出しながらも、結局は憎むべき地元に戻ってしまい鬱々と暮らす日々。夢に見るのは、ここから出てそして誰も知らないところで匿名の人間として暮らしたいという感情に何か心をうたれてしまった。

 いや、本書はなかなかよかったと思う。ただし、馳氏の長編はたまに読むくらいで丁度いいのかもしれない。


ダーク・ムーン   6.5点

2001年11月 集英社 単行本
2004年10月 集英社 集英社文庫(上下)

<内容>
 カナダ西海岸ヴァンクーヴァー。市警の警官である呉達龍は、ヴァンクーヴァー中華社会の大物のために働いていた。そうしたなか、巷ではヘロインの強奪事件が度々起きていた。普通であれば、裏社会ではすぐに情報が出回るはずなのだが、一向に誰が行っているのかわからない。呉は、その上前をはねることができないかと動き出す。日系カナダ人のハロルド加藤は、会社社長の父親を持ち、キャリア志向の高い警察官。彼は政治家の娘と婚約して、高い地位を目指そうとするが、その婚約者の父親のために選挙の相手である中華系の大物の弱みを探ろうとする。元警官の日本人、富永は、現在香港マフィアの下で仕事をしており、そのマフィアのボスに頼まれてヴァンクーヴァーへボスの娘を連れ戻すためにやってきた。三者の思惑が交錯し、やがてヴァンクーヴァーに血の雨が降り注ぐこととなり・・・・・・

<感想>
 当時、文庫で購入して以来の積読本。購入してから10年近くが経つ。馳氏の作品では初期に書かれた部類に入るもの。

 読み始めて感じたのは、いつもながらのエルロイ節が相変わらず炸裂しているなと。しかもこの作品では、話の構成・展開までがエルロイ調。もはや完全に和製エルロイ作品。和製と言っても、舞台はカナダなのであるが、その地における日系や中華系の抗争を描いた内容となっている。もともと積読となっていたのは、上下巻に分かれているうえ、それぞれが500ページを超え、全部で1000ページを超す大作とあって、やや敬遠気味になり、読むのを先送りしていた。読み終えるまでに2週間くらいかかるかなと思っていたのだが、実際に読んでみると4日間で読み終えてしまった。長大な作品にもかかわらず、圧倒的なスピード感を誇る大作となっている。

 馳氏の作品を読んだことのある人は、だいたいどのような内容かはわかると思うのだが、その期待を全く裏切らず予想通りの作品。ただ、その予想通りの範疇の中で、濃い内容の暗黒小説を見事に描き切っている。自分の欲望のままに行動し、やがて歯止めがかからなくなる中華系の悪徳警官。己の性癖におびえ続けながらも、自分の父親の秘密と事の真相を捜査し続ける日系人の警官。マフィアのボスの娘を連れ戻すという任務を受けながらも、人の弱みを探り出そうという欲望にかられ続ける元警官の日本人。この3人を中心に物語が回り続け、やがて大きなカタストロフィを迎えることとなる。

 どの登場人物も中途半端なところでは満足せず、ひたすら執拗に余計な事に手を出し、どんどんと厄介事による深みにはまっていくこととなる。そんな彼らだからこそ、行き着く先はだいたい想像ができてしまう。しかし、彼らがどのような過程を経て、どこへ堕ちてゆくのかということについては、興味は尽きず、ひたすら本のページをめくり続けることとなる。登場人物らの複雑な相関関係から、舞台裏で起きている麻薬強奪事件、さらには過去に起きた事件の秘密などといった全てをからめて大きな物語を構成している。もはや単なるクライムノベルとは言い表すことのできない、暗黒大河小説とでも言いたくなるような作品。


マンゴー・レイン   6点

2002年09月 角川書店 単行本
2005年03月 角川書店 角川文庫

<内容>
 タイ生まれの日本人、十河将人。将人は一時期日本で暮らしていたこともあったが、今はタイに戻ってきており、風俗に女を斡旋する仕事をしていた。あるとき、将人はタイでの幼馴染、富生から仕事を頼まれる事に。とある中国人の女をシンガポールに連れ出して欲しいというのである。胡散臭い仕事ながら高額の報酬に目がくらみ引き受ける事に。しかし、それが思わぬ厄介ごとを背負い込む羽目になろうとは・・・・・・。将人は中国人の女・メイと二人で、何者かの襲撃から逃げ回ることに。

<感想>
 いつもながらの馳氏の本である。ようするに曰くつきの男女が出てきて、互いに憎み合い、信用せず、ひたすら己の欲望に突き進むというものである。それを本書ではタイという舞台において行っているというものである。

 といっても、そういった内容であろうという事をわかってて読むのが馳氏の本のリピーターである。そのようなものが好きでなければ最初から読まなければいいだけのことなのである。

 二人の男女が色々な筋のものから追われながらも、その場しのぎの手段で逃げ回ってゆくのだが、あぁ、だいたいこういった結末になるのだろうなぁ、などと想像しながら読んでいた。そして実際、結末はその通りになる。

 本書を読んでいて、ひとつ感じたのは“旧日本軍のお宝”というネタ。こういったネタが本などで書かれる際は、だいたいが眉唾ものであるという事は相場が決まっている。このへんについては、もう少し一ひねりできないものかなと思わずにはいられなかった。なんだったら、ものすごい財宝がでてきたっていいじゃないかと思うのだが、なかなかそういったものにはお目にかかれない。かえって、莫大な財宝が発見されるようなネタを書いたほうが注目されるのではと思ってみたりして・・・・・・


長恨歌 不夜城完結編   6点

2004年11月 角川書店 単行本

<内容>
 李基は生粋の中国人であったが違法に入手した国籍により日本人として暮らしていた。基は同胞の中国人の中で日本人国籍を持つものとして重宝されながらも、その正体を麻薬取締官に握られたため情報を流しながら身を潜めて生きていた。
 そんななか基の親分格である韓豪が基の見ている前で何者かに殺される。韓豪が誰に殺されたのかを突き止めろと基は麻取りとやくざからせっつかれる羽目に。のっぴきならない状態になった基は一人の情報屋の名前を聞きつける。基はわらをもつかむ思いでその情報屋を訪ねてみることに・・・・・・その情報屋は劉健一という名前であった。

<感想>
 とうとう“不夜城”もこれで完結を迎えてしまった。十年前にデビュー作でありながら、その年の話題を独占した伝説の本“不夜城”。そして2作目の“鎮魂歌”に続いての最終章。ここで劉健一と楊偉民の争いも終止符が打たれることとなった。

 ただ本書についていえば、“やはりこういう終わり方をするしかないのだろうなぁ”という感想になってしまう。センセーショナルなデビュー作の登場のときと比べれば、馳氏自身が類似した作品を何冊も描いていたり、ノワールといわれる作品群が数多く書かれたりという事でマンネリ気味な内容と感じられてしまうのは致し方ないこと。しかし、そう思われるのもしょうがないなか、本シリーズは幕が引かれなければならない物語である。

 とはいえ、切実に願っていたのは劉健一なり、楊偉民なりが主役としての物語を描いてもらいたかったということ。それが全く今までの話と関係のない主人公を登場させ、劉健一と同じ道をたどらせてしまうというのは芸がないようにも感じられる。特に本書の主人公が女のために身を落としていくというストーリーはあまりにもマンネリ化しすぎではないかと感じられた。

 結局のところ“虚”の高みに上ってしまった人間は主役として描かれるものではないというのが今のところの馳氏の作風という事なのであろう。とりあえず、これで“不夜城”からの一つの呪縛(といっては失礼かもしれない)から解き放たれることになると思うので、新しい作品をどんどん描いていってもらえればと思う。


殉狂者   6.5点

2010年09月 角川書店 単行本(上下:「エウスカディ」)
2014年09月 角川書店 角川文庫(上下:改題「殉狂者」)

<内容>
 1971年、日本赤軍に所属していた吉岡良輝は、世界革命組織と共闘して軍事技術を学び、日本での武装蜂起を目的として、スペインのバスク地方へ来ていた。そこで“ワルテル”と呼ばれることとなった吉岡は、武装組織ETAに加わり、ETAのメンバーと共に革命に参加する。最初は白眼視されていたワルテルであったが、作戦に参加し、ETAと共闘することにより、徐々に信頼を得ていく。そして、ETAのマリアと親しくなり、子供を授かることとなる。その子にアイトールと名付け・・・・・・

 2005年、オリンピックにスペイン代表として柔道競技に出場したことにあるアイトールのもとに一人の新聞記者が訪ねてくる。しかし、その新聞記者の質問は柔道のことではなく、アイトールの父親に関することであった。日本人の父親についてあまり知らないアイトールは、父親がなんらかの事件により殺害されたということのみ聞かされていた。そして徐々に父と母の昔の行動について掘り下げてゆくこととなったアイトールであったが、彼の前に待ち受けていたものは・・・・・・

<感想>
「エウスカディ」というタイトルで出た作品が文庫化されるにあたり「殉狂者」と改題され刊行。「エウスカディ」が出た際には、ランキングでも薄っすらと話題になり、興味を持った作品であった。それが文庫化されたので購入したものの・・・・・・長い作品であったので、なかなか手を付けられず、積読の末ようやく読了。

 中身は、面白いのだけれども長い、とにかく長かった。もう少し短くまとめてくれていたら、もっと幅広く読まれていたのではないかと思われる。そのへんはちょっと惜しいような気もする。

 内容は、1971年と2005年を舞台に、交互に物語が繰り広げられる。1971年は日本人のテロリスト、吉岡良輝がスペインの過激派組織に参加し、そこで活動を行う様子が描かれている。2005年は、その吉岡の息子である元柔道選手のアイトールが主人公となる。そのアイトールは、彼が幼いころに死亡した父親の死の謎について調べてゆくこととなる。そして1971年、実際に何が行われたかが徐々に明らかになり、2005年に全ての真相をアイトールが知ることとなる。

 と、なかなか興味深い内容であるのだが、登場人物らの行動がほとんど同じで、それが繰り返し、繰り返しという展開になっており、読んでいてややイライラさせられた。吉岡のほうは、活動しようと思いきや待ったがかかり、さらには彼らの手をすり抜けていく裏切り者の存在に歯噛みすることを繰り返す。アイトールのほうは、過去の過激派組織の秘密を知ろうとするもの達の手によって翻弄され、ただただ右往左往するばかり。

 と、そんな感じで物語の進行が遅いと感じられ、登場人物らと共に感情的になり、全体的にイライラさせられてしまった。先にも述べた通り、もう少し短くしてくれれば、良かったという思いがやはり強い。終幕はそれなりにインパクトの強いものとなっているので、なおさらそれを感じてしまう。とはいえ、全体的に面白く読めたエンターテイメント小説であることは間違いない。


アンタッチャブル   6点

2015年05月 毎日新聞出版 単行本
2016年10月 毎日新聞出版 μNOVEL
2018年07月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 捜査中にミスをした事により宮澤武は捜査一課から警視庁公安部外事三課へ異動させられることとなった。どうやらその三課というのは閑職らしく、どうでもいいことを任されるような部署。ただ一人の上司である椿警視は、有望キャリアでありながらも精神に支障をきたし、言動がおかしくなり、腫物扱いされるようになった人物であると・・・・・・。しかし、その椿は時折、ただならぬ冴えを見せ、宮澤は椿が本当に頭がおかしくなったのかどうか疑問を抱く。そんな椿に振り回されつつ、宮澤は慣れぬ公安の仕事に奔走することとなる。しかも、椿が何やら大規模なテロ事件らしきものをかぎつけ、宮澤は宮澤でプライベートで大変なものを抱え込むこととなり・・・・・・

<感想>
 久々に読む馳氏の作品(積読が他にもあるけど・・・・・・)。今回これを読んでみようと思ったのが、なんと馳氏によるクライム・コメディ小説だということを知り、これは一度読んでみなければと手に取ってみた次第。最初、その分厚さ(文庫版を購入)に躊躇したのだが、読んでみると、これが軽快に読むことができ、あっという間に読み終えることができた。これは楽しめること請け合いの作品。

 物語は、捜査一課に勤務する宮澤が、なんと公安へ異動させられるという事態から始まる。しかもその異動先が閑職ともいうべきもので、精神がおかしくなったという上司・椿と二人だけの部署。さらにはその上司・椿が昔はエリートの公安刑事であったらしく、さまざまな秘密を抱えており、しかもキャリアで多くのコネを持っているという、まさにアンタッチャブルな人物。組織としても辞めさせたくても辞めさせられないという厄介な人物と宮澤はコンビを組まされ、その椿に翻弄させられることとなる。

 本書は、宮澤がひたすら翻弄させられる姿が見物となっている。正気か狂気か、実際のところわけがわからないものの、優秀な人物という片鱗は見せているゆえに、上司の椿に従わざるを得ない宮澤。しかも宮澤は公安の仕事のやり方などはわからずに、絶えず周囲から嫌味を言われながら、椿の命令に奔走しなければならない。さらには、捜査一課から出される原因となった個人的なトラブルまでもを抱えている。

 そうしたなかで、この作品のポイントとなるのは、椿が警戒しているらしい外国人テロの行方。椿がやたらと色々な人物をマークし、追い続けているものの、背景がいまいちわかっていない宮澤には事の真相が全くわからない状況。そうしたなかで椿が追っている事件は本当に起こる得るものなのか? それとも椿が勝手に想像している虚構なのか? その真相を宮澤と共に追い続けながらスピーディーに結末へとなだれ込んでいくこととなる。

 というような展開で非常に楽しめた作品。宮澤の人生も決して悪いことばかりではなさそうと感じつつも、決してこんな境遇には陥りたくないと思わずにはいられない。


暗 手   6点

2017年04月 角川書店 単行本
2020年04月 角川書店 角川文庫

<内容>
 イタリアでサッカー賭博における八百長を手配する男、通称“暗手”。その暗手が請け負うこととなった仕事は日本人のゴールキーパーに八百長させろというもの。かなりの大金が動くと見えて、雇い主は暗手に対しても見張りをつけるほどの念の入れよう。しかもその見張りを統括する男が名うての殺し屋で、かつて暗手が台湾でかかわったことのあるいわくつきの相手であり・・・・・・

<感想>
 デビューした当時はよく読んでいた馳氏の作品であるが、近年はそんなに積極的には購入していない。今回、なんとなくで購入した文庫化作品であるが、内容を見てびっくり。なんと馳氏の3作目の作品「夜光虫」の続編であったことが判明。その当時、読んだ作品であったのでなんとなく覚えている。まさか、20年近くの時を経て、続編が出されるとは。ちなみにこの作品、別に「夜光虫」を読んでいなくても単独で十分楽しめると思われる。

 内容は、サッカー賭博に関わる話。主人公の“暗手”が賭博の手引きをする仕事をしており、日本人の有望なゴールキーパーを罠にかけることとなる。その罠は順調に事が運んでゆくものの、“暗手”の雇人が大金を手にしようとするあまりに暴走し始め、それがやがて“暗手”がイタリアに来てこれまで築き上げた人生をも狂わすこととなって行く。

 暗めの小説ゆえに、最初はあまり興味が乗らなかったものの、読んでいくにつれて段々と内容に引き込まれ、中盤以降は一気読みという感じであった。全体的に馳氏らしいクライムノベルであり、いかにもノワール小説といったような内容のもの。ただ、個人的には全部が全部を壊してしまうというようなものよりも、単なる詐欺を主体にする内容で終わっても良かったのではないかとも思える。なんでもかんでも基盤を壊し過ぎてしまうというのもどうかと。

 とはいえ、十分に楽しむことができた作品。久々に馳氏ならではの小説を味わえたなと。たまにはこうした作品を読むのも悪くはないなと思えた。




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