東野圭吾  作品別 内容・感想1

放課後   6点

第31回江戸川乱歩賞受賞作
1985年09月 講談社 単行本
1988年07月 講談社 講談社文庫
2003年09月 講談社 講談社文庫(江戸川乱歩賞全集15)

<内容>
 女子高で数学を教えている前島は自分の命が校内の何者かに狙われているのではないかと疑いを持ち始める。駅のホームで体を押されたり、プールで感電しそうになったり、そして今日も頭上から植木鉢が・・・・・・。そんなある日のこと、校内で殺人事件が発生する。生徒指導の教師が女子更衣室の中で殺害されていたのである。しかも、屋内から心張り棒がされた密室の状態で! 犯人はどういう意図でこのようなことをしたのか・・・・・そしてさらに事件は続き・・・・・・

<感想>
 だいぶ前に講談社文庫で読み、「江戸川乱歩賞全集15巻」にて再読。

 読んでいて感じたのは、なんといっても読みやすいということ。もともと「江戸川乱歩賞」を受賞した作品なのであるから一定のレベル以上であるというのはあたりまえのこと。それに「江戸川乱歩賞」の受賞作というのは抜群のリーダビリティーを誇るものが多い。ただ、「江戸川乱歩賞」受賞作に見られる傾向としては、ミステリーの要素を含んでいて、読みやすい文章で書かれていて、何か特殊な背景を題材にしているというものが多い。よって、文章は読みやすくても、その物語の背景がとっつきにくいものであれば、作品によってリーダビリティーは薄れてしまう可能性がある。しかし、この「放課後」という作品は“高校”(厳密にいえば女子高)を舞台としたものなので、誰でも抵抗無く物語の中へと入り込むことができるようになっている。それゆえに、“乱歩賞受賞作”のなかで、読みやすさは随一といってよい作品となっている。

 そして内容も凝った創りとなっている。読み始めたときは、普通のミステリーにすぎないように感じられるがラストにて謎の全てが明らかになったとき、いかに全編を通して練られた作品であるかということに気づかされる。本書では密室トリックも扱われているのだが、そのトリックの使い方もなかなかのもので、物語の背景をもうまくいかしていることには感心させられた。また、本書で注目すべき点はなんといっても“犯人の動機”にあると思う。これは前に読んだときの記憶がしっかりと残っていた。ある意味衝撃的ともいえるかもしれない(よく書いたなとも思えるのだが)。

 ミステリーの入門書として、誰にでも安心して(そうでもないかな?)薦められる本。


卒 業   雪月花殺人ゲーム   6.5点

1986年05月 講談社 単行本
1989年05月 講談社 講談社文庫

<内容>
 大学4年生の剣道部員、加賀恭一郎は共に大学生活を送った6人の仲間と共に卒業を迎えようとしていた。そうしたなか、仲間のひとりの女学生が自殺するという事件が起きる。加賀を含めた仲間たちは、彼女が何故自殺したのか理由がわからないまま途方に暮れていたのだが、警察は他殺の疑いを含めて捜査を進めてゆく。自殺か他殺か煮え切らないなかではあるが、毎年仲間内で恒例行事となっている“雪月花ゲーム”を執り行うこととなる。するとゲーム中にひとりが毒により死亡することとなり・・・・・・

<感想>
 東野氏の2作品目であり、加賀恭一郎が初登場する作品でもある。ただし、ここでは加賀は大学生であり、その後、特にシリーズ化というものを意識したものではなかったのではないかと考えられる。大学生活を描きつつ、そこで起きた殺人事件の謎を紐解くミステリ。

 ポイントは三つ。常時管理人に入口を見張られた女性専用のアパートで、犯人はどのようにして忍び込み殺人を犯したのか? 2つ目は、雪月花ゲームの際に、特定の者に毒を盛る方法。3つ目は事件全般にわたる動機の謎。

 本書の特徴は茶道で用いられる(一般的なものかどうかはわからないが)雪月花ゲームが取り上げられていること。これは一種のくじ引きゲームで、茶を飲むもの、菓子を食べるもの、次の茶を準備するものなどを毎回クジで決めていく。これは飲食が含まれていることより、トランプゲームなどよりもミステリにはもってこいの設定のような気がするが、他のミステリ作品で同じものを取り扱ったものはないような。ゲーム自体が一般には知られていないせいかもしれない。

 全体的に学生としての背景や、そこに関連する事件の動機などがうまく描かれた作品であると思われる。ミステリ云々としてだけではなく、小説としてもよくできていると感じられた。


白馬山荘殺人事件   6点

1986年08月 光文社 カッパ・ノベルス
1990年04月 光文社 光文社文庫
2020年06月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 女子大生のナオコは、友人のマコトと共にペンション“まざあ・ぐうす”を訪れる。ナオコの兄は1年前にそのペンションで毒により自殺を遂げていた。しかし、その死が信じられないナオコは自身で何が起きたかを調べにやってきたのだった。また、そのペンションではナオコに兄の死のそのさらに1年前に死亡事故が起きていた。そして、ペンションを訪れ、密かに事件の調査をするナオコとマコト。どうやらこのペンションには何らかの秘密が隠されており、他の宿泊客たちも何らかの目当てを持っていそうなそぶりを見せる。謎の鍵は、各部屋に飾られたマザーグースの歌。そこに暗号が隠されているのではと調べていると、またもやペンションで死亡事故が起き・・・・・・

<感想>
 新装版が出たので久々に再読。私は光文社文庫版で昔、読んでいた。何気にこれが東野氏の3作品目。大学生のナオコとマコトのコンビが、冬場人里離れた山荘でマザーグースの歌に隠された謎に挑む。

 このナオコとマコトのコンビについては覚えており、登場時のインパクトの強さから再度の登場を期待していたのだが、どうやらこの作品のみの登場であったよう。というわけでノン・シリーズ作品。

 最初は密室での毒殺をあつかったミステリという感触であったが、話が進むにつれて、メインはマザーグースの歌の謎ときとなって行く。歌の謎ときに関しては、一緒に考えるというようなものではなく、どちらかと言えば、単に流れを追っていくのみという感じであったので、やや物足りなかったかなと。ただ、よく考えこまれたものであることは確か。

 そんな感じで、本格ミステリというよりは、緩めなサスペンス・ミステリ的な感触で読めた作品であったが、ラストで明かされる真相や、どんでん返しなどはうまくできていたと感じられた。物語の進行中は軽く読める内容であったが、最後には何気に重い事実が突き付けられるものとなっている。まぁ、それでも気軽に手軽に読めるミステリ作品という位置づけでよいであろう。


学生街の殺人   6.5点

1987年06月 講談社 単行本
1990年07月 講談社 講談社文庫

<内容>
 元の学生街で、現在では裏びれて旧学生街となった場所にあるビリーヤード場でアルバイトをする津村光平。そのビリヤード場によく来ていた松木という男が殺害される事件が起きた。さらに、その後に津村の恋人が松木と似たような手口で殺害されることに。しかも現場のエレベーターはまるで密室のような状況。いったい誰が何の目的で事件を起こしたのか? 津村は恋人が抱え込んでいた秘密と共に事件を独自で調べ始め・・・・・・

<感想>
 東野氏の昔の作品を再読。“学生街の殺人”というタイトルを見ると、学園もののミステリのように思えるのだが、その中身は実は大人向けのミステリ。大学卒業後、定職につかずなんとなくバイトを続ける男が遭遇する事件を描く。その事件の内容は、大人の世界を垣間見るようなものでもある。

 一見軽そうなミステリでありつつも、その内容は重い。企業スパイの話や、恋人の秘められた過去そして悩み、さびれゆく旧学生街に生きる人々の悩みと現実、そういったものを通しつつ最後に暴かれる真相はさらなる重い感情を掘り起こすものとなっている。

 読んでいるときには、色々と別々なエピソードが語られる作品と思えたのだが、それらのいくつかが最後にひとつにまとめあげられるところが見事と思われた。何気ない伏線が心憎い。そして悩みながら、結論もはっきりとは出せないまま、思い枷を付けつつも将来に向けて少しずつ歩みだす青年の姿が見事に書き上げられている。


11文字の殺人   6点

1987年12月 光文社 カッパ・ノベルス
1990年12月 光文社 光文社文庫
2020年07月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 推理作家の“あたし”の元に訃報がもたらされる。恋人であるフリーライターの川津雅之が海で死亡したというのだ。生前、川津は誰かに狙われていると“わたし”に話していた。“わたし”は友人である編集者の萩尾冬子と共に川津の死について調べ始める。すると、以前川津がとある海難事故に関わっていたと言うことがわかり・・・・・・

<感想>
 今年は光文社文庫から出る新装版により東野氏の作品を再読する年となりそうである。そんなわけで、光文社文庫からの新装版としては4冊目となる本書。

 この作品の内容は全く覚えていなかったので、新鮮な形で読むことができた。ただ、中身に関しては覚えていないだけあって、さほど印象に残るようなものではなかったなと。

 その内容がやや複雑であった。過去の事件に関連する者たちが一人、また一人と殺害されていく。という派手な展開が行われるものの、その過去に起きた事件というのがあまり明快なものではなく、そこに捻りを入れているがゆえに、なんとなく作品全体がぼんやりとしてしまったかなという感じ。凝った内容にしようとしたがゆえに、ややわかりにくくなったような作品であった。

 一応、最後の最後でミステリとしての見せ場は披露されているので、内容としてはそんなに悪くはないと思われる。ただ、読了後印象に残りにくい作品であると改めて感じさせられた。


魔 球   7点

1988年07月 講談社 単行本
1991年06月 講談社 講談社文庫

<内容>
 春の選抜高校野球大会の一回戦、開陽高校のエース須田武志は相手チームを無得点に抑えていた。しかし、9回二死満塁という状況。そのとき武志が放った一球は・・・・・・魔球であったのか? 大会後、開陽高校の生徒が殺害されるという事件が起こる。被害者は須田武志とバッテリーを組んでいた野球部キャッチャーの北岡。夜間、犬と散歩をしていたところ、犬と共に殺害されていた。いったい誰が、何のために?
 同じ時期、東西電機のトイレのなかに爆弾が仕掛けられるという事件が起きた。爆弾は、爆発しないように仕掛けられていたのだが、後に犯人からさらなる要求が会社宛てに届き・・・・・・

<感想>
 感想を書いていなかったので再読。書かれたのが30年以上前であるのだが、物語の設定がさらにそれよりも前の昭和39年となっている。それゆえに、所々で時代性を感じさせられる。わずかではあるが、戦争の爪痕さえも描写されている。

 久々に読んでの感想なのだが、何気に東野氏が書くノン・シリーズ作品のなかでの隠れざる名作だと思えた。最初は青春小説っぽい内容なのかと思ったのだが、刑事やその他の人々の行動もクローズアップされ、群像小説として描かれている。そんな長いページ数の作品ではないので、そこで群像小説を描けば、焦点がぶれてしまいそうなものであるが、そんなことはなく物語をきっちりと描き上げているところがすばらしい。

 甲子園に出場したエースと大学進学を目指すその弟、二人を女手一つで育て上げる母親。エースとバッテリーを組むキャッチャー。控え投手とその他のチームメイト。学校の教員である野球部の監督とその恋人である同じく教員の女教師。爆弾魔により被害にあう東西電機の社長。事件を捜査する刑事たち。そしてその他諸々。これだけ多くの登場人物が出ているにもかかわらず、さほど無駄がなく、きちんとそれぞれに物語上の役割が与えられているところはなかなかのものである。

 爆弾魔による謎の犯行と誘拐事件、そして二つの殺人事件。これらがどのように関わってくるのか。そして“魔球”が意味するものとは。こうした謎を背景に濃厚なミステリが展開されている。全体的に、やや暗めの雰囲気であるので、そこにちょっと重苦しさを感じさせられてしまう。ただ、その重苦しさゆえに、事件に関わる人の切迫差が伝わるものとなっている。


ウインクで乾杯

1988年10月 祥伝社 ノン・ノベル(「香子の夢」)
1992年06月 祥伝社 祥伝社文庫(改題:「ウインクで乾杯」)

<内容>
 パーティー・コンパニオンとして働く小田香子は、仕事先のホテルで同僚の牧村絵里と別れた。その後、絵里は何故かホテルに戻ってきており、そこで死体として発見されることとなる。彼女は、鍵とチェーンで閉ざされた部屋のなかで毒入りのビールを飲んで死んでいた。絵里の死に不審なものを感じた香子は密かに事件について情報を集め始める。そんなとき、香子の隣の部屋に事件の捜査に当たっていた芝田刑事が偶然越してきた。二人は協力しつつ、事件の捜査を行うのであったが・・・・・・

<感想>
 東野氏の過去の作品で唯一未読であったのがこの作品。もう、26年前に書かれた作品となるのかと思うと感慨深い。

 内容はいかにも、その当時に描かれたサスペンス小説という感じ。警察の捜査や体制もゆるく、登場人物たちもやや余裕のあるゆったりとした感じ。とはいえ、意外にも密室殺人を扱っていたり、毒殺トリックを思わせるようなものなど、内容は十分に濃いものとなっている。また、捜査の過程においても、玉の輿を狙うコンパニオンの香子と、ただひとり単なる自殺事件ではないと捜査を続ける芝田刑事とが共同して事件を調べていく様相を楽しむことができる。

 当時、ドラマ化までを意識して書かれたとは思えないが、映像化するにはちょうどよい内容・分量の作品とも思える(ひょっとしてすでにドラマ化されているか?)。パンチ力は足りないものの、なかなかの佳作・・・・・・といっても、東野氏の作品は大概がこれ以上の水準に達しているので、著者の作品のなかでは埋もれてしまうのも無理はないか。


浪速少年探偵団   6点

1988年12月 講談社 単行本
1991年12月 講談社 講談社文庫
2011年12月 講談社 講談社文庫(新装版)

<内容>
 「しのぶセンセの推理」
 「しのぶセンセと家なき子」
 「しのぶセンセのお見合い」
 「しのぶセンセのクリスマス」
 「しのぶセンセを仰げば尊し」

<感想>
 久々に新装版で読んでみた。新装版といっても出版されたのは2011年。これ、読んでみると古き良き日本の情景と感じてしまう。いや、おおらかな社会が描かれているなと。誤解なきように言っておくと、この作品もフィクションとして描かれているもので、その当時の実際の風景はここまで自由ではないと思われる。

 本書においては、なんといっても、しのぶセンセの描写がいい。この先生、完全な常識人というわけでもないし、清廉潔白な人物でもない。事件が起きれば野次馬根性を出して覗きに行き、食べ物には目がくらみ、何気に良い男にも弱かったりする。生徒に対しても、まっすぐ筋が通っていそうな感じがするが、ところどころで自分の感情を優先させたりと、結構いい加減なところも見せている。ただ、そんな人間臭さが非常に魅力的なのである。

 ミステリとしては、もの凄いというようなものはなかったものの、きちんとした事件と、きっちりとした解決が見られており、それなりに魅力的にできている。二つの事件をうまく組み合わせというパターンが多く使われていた感じであった。何気にしのぶセンセが名探偵役のようでありつつも、実は事件をきっちりと解決しているのはわき役である漆崎刑事であり、その渋さが光る。

 今の時代にこのような作品をそのままドラマ化すると、コンプライアンスだなんだのと批判の対象になることはわかるのだが、それでもこんな物語こそドラマ化してもらいと思えてならない(たぶん、既にドラマ化されていそうではあるが)。


「しのぶセンセの推理」 しのぶセンセのクラスの生徒の父親が軽トラの中で殺されているのが発見された。父親は無職で家では暴力を・・・・・・
「しのぶセンセと家なき子」 生徒が同年代の男の子にゲームソフトをひったくられるという事件と、家賃を滞納していた男が部屋で死んでいた事件。
「しのぶセンセのお見合い」 しのぶセンセのお見合い相手の上司である会社社長が殺害され、お見合い相手は容疑者となり・・・・・・
「しのぶセンセのクリスマス」 しのぶセンセが買ったクリスマスケーキの中から殺人事件の凶器が入っているのが見つかり・・・・・・
「しのぶセンセを仰げば尊し」 工場で働く女性が殺害された事件と、アパートの上階から主婦が突き落とされるという密室事件。


十字屋敷のピエロ   6点

1989年01月 講談社 講談社ノベルス
1992年02月 講談社 講談社文庫

<内容>
 十字屋敷と呼ばれる屋敷で起きた事件。会社社長であった頼子の屋敷での飛び降り自殺をきっかけに、連続殺人事件が起きることに! 頼子の後を継いで会社社長となった夫の宗彦が屋敷の地下のオーディオルームで殺害されていたのである。しかも、同じ部屋で彼の愛人とみなされる秘書までもが殺害されていたのだった。屋敷から発見される服のボタンとパズルのピースはいったい何を意味するのか? 屋敷に住む人々の一連の動きを、呪われているという不吉な噂のあるピエロの人形が見ており・・・・・・

<感想>
 初期に書かれたの東野氏の作品を再読。久しぶりに読んでみると、本格ミステリっぽい作品をこんな初期のころから書いていたのかと今更ながら驚かされた。

 少々サスペンスっぽいところも交じりつつというような感じでもあり、そのせいか本格ミステリ色はやや薄いかもしれない。まぁ、ただ単にそのような書き方をしなかっただけのことかもしれないが。それでもトリックだとか、論理的な探偵役の推理だとかが、きっちりとなされていた作品と感じられた。

 何気に、最初に描写される女性会社社長の自殺についてが、後々に効いてきているところがポイントであると思われる。そして、単なる置物にすぎないようなピエロもそこできっちりと役割を果たしている。ここに登場する“人形師とピエロ”をシリーズ化させ再登場させても面白そうと思われるが、ピエロに意味を持たせたミステリ作品を書くというのは難しそう。そういる理由かどうかはわからないが、さすがに似たようなものはその後書かれていないようである。


眠りの森   5.5点

1989年05月 講談社 単行本
1992年04月 講談社 講談社文庫

<内容>
 名門と言われる高柳バレエ団で事件が起きた。バレエダンサーでもある職員が、深夜バレエ教室に忍び込んだと思われる男を花瓶で殺害してしまったのである。正当防衛と思われる事件ではあるのだが、被害者が物取りを行うような人物ではなく、またバレエ団職員との関連も見極められなかったため、事態は混迷を極めることに。そうしたなか、バレエ団が公演を行う直前での稽古の最中に殺人事件が起きることとなり・・・・・・。捜査にあたる加賀恭一郎が下した結末は!?

<感想>
 東野氏の初期に書かれた作品を久々に再読。今では有名となった加賀恭一郎が登場する2作目の作品。加賀はこの時初めて刑事として登場する。

 イメージ的には、もっと面白い作品だと思っていたのだが、再読してみるとそうでもなかったかな、という感じ。バレエ団中心に事件が起きるものの、特に動機の面でずっと話が不透明のまま続いてゆくので、あまり話に惹きこまれなかった。ほどほどの容疑者がいなければ、なかなか作品自体に話を惹かれないのかなと、ふと思ってしまった。

 最後の最後にならないと、話がまとまってゆかないことから、物語全体に興味を持つのが難しかった作品であった。あとは、バレエ団の内幕のようなものを書き表した作品としては興味深く読めるところであったと思う。それと、加賀恭一郎が刑事という立場の割には、登場人物の一人に感情移入し過ぎているところも微妙と感じられた点なのかもしれない。


鳥人計画   6.5点

1989年05月 新潮社 単行本
1994年08月 新潮社 新潮文庫
2003年08月 角川書店 角川文庫

<内容>
 スキージャンプ界の新エースとして名をとどろかせていた楡井が毒によって死亡した。自殺する原因はないと思われ、何者かに毒をもられたと考えられる。楡井が常用しているビタミン剤に何者かが毒を混入させたと考えられるのだが、誰がどのタイミングで行ったのかがわからないという状況。そうしたなか、警察に犯人を告白する文章が届けられる。また、警察が捜査を進めていくと、スキージャンプ界で、高価なシミュレーション装置を導入したことにより、台頭してきた別のチームの存在が浮き彫りとなってきた。このチームの存在は、今回の事件となんらかの関係があるのだろうか?

<感想>
 以前は新潮文庫版で読んでいたのだが、今回は角川文庫版で再読。スキージャンプを背景として描かれた作品であるのだが、ここで書かれているのは長野オリンピック前の出来事となっているので、それを考えると、競技スポーツの進歩を通して、ずいぶんと長い時間が経過したんだなと感じてしまう。

 実は、以前読んだときには、東野氏の作品としてはあまり面白くないものと感じてしまったのだが、今になって読むと、思っていたよりも良い作品と感じられた。単にミステリ部分に注目するだけでなく、じっくりとその背景に堪能することができるようになったからなのか、そのへんは自身の変化なのであろうか。

 ミステリ小説として意外なことに、途中で犯人の正体がわかるように描かれている。ただし、その犯人が行なった方法や、動機に関しては最後まで伏せられており、それを警察が捜査していくという内容。そうしたミステリ的な内容とは別に、スキージャンプ界の内幕や技術的な発展の様子も描かれている。しかも、それらスキージャンプ界の背景が事件に直結するように描かれており、作品全体としてうまく書かれたミステリ作品であると感じられた。

 これを読むと、スキージャンプに関して興味がわき、できれば長野オリンピック後の時代や、現代の時代におけるそれぞれの「鳥人計画」を読みたいと思ってしまう。これこそ、長い年月を隔ててシリーズ化したら面白そうな作品であると想像してしまった。


殺人現場は雲の上   6点

1989年08月 実業之日本社 単行本
1992年08月 光文社 光文社文庫
2020年08月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 「ステイの夜は殺人の夜」
 「忘れ物に御注意ください」
 「お見合いシートのシンデレラ」
 「旅は道連れミステリアス」
 「とても大事な落とし物」
 「マボロシの乗客」
 「狙われたエー子」

<感想>
 新装版で再読。中身については全然覚えていなかったのだが、そもそも短編集であったのかと。といっても、シリーズ短編集となっており、スチュワーデス(今は客室乗務員)の才色兼備のエー子とどこか抜けたところのあるポッチャリとしたビー子のコンビが活躍している。

 どれもライトな感じで楽しめるものであり、ミステリ要素としては薄めの作品。それでも要所要所に光るものが見られる部分もある。
「忘れ物に御注意ください」は、ベビーツアーで赤ん坊がひとり取り残されるのだが、赤ん坊の数自体は減っていないという設定が面白い。
「お見合いシートのシンデレラ」は、絶対に何らかの罠が仕掛けられているなと思えるのだが、結末は「そうくるのか・・・・・・」という変化球気味のオチ。
「とても大事な落とし物」は、飛行機のなかでの遺書の持ち主探しという趣向が面白い。

 その他、アリバイトリックとか、予想外の展開が待ち受けているものとか、色々なミステリに彩られた作品集となっている。ライト系だからといってあなどるなかれ。旅のお供にぴったりのミステリ小説。


「ステイの夜は殺人の夜」 スチュワーデスのエー子とビー子はステイ先で乗り合わせていた客のアリバイを証明することとなり・・・・・・
「忘れ物に御注意ください」 航空機によるベビーツアーの際、赤ん坊がひとり置き去りになったが、いなくなった赤ん坊はおらず・・・・・・
「お見合いシートのシンデレラ」 ビー子がなんと、金持ちの男に見初められることとなり・・・・・・
「旅は道連れミステリアス」 福岡にある老舗の主人が東京で女と死亡しているのが発見され、痴情のもつれかと思われたが・・・・・・
「とても大事な落とし物」 飛行機内で遺書が堕ちているのをエー子が発見し、落とし主を見つけようとするのだが・・・・・・
「マボロシの乗客」 航空会社にかかってきた奇妙な脅迫電話、落ちていた血染めのバッグ、果たしてその持ち主は・・・・・・
「狙われたエー子」 エー子が何者かに付け狙われるようになったのは、かつての恋人と再会してからのような気が・・・・・・


ブルータスの心臓   7点

1989年10月 光文社 カッパ・ノベルス
1993年08月 光文社 光文社文庫
2020年09月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 産業機器メーカーであるMM重工に勤めるロボットエンジニアの末永拓也。彼は野心家であり、降ってわいた会社の社長令嬢の星子の婚約者候補として意欲を見せていた。そうしたなか、遊び相手の同じ会社の社員である康子から妊娠を告げられる。拓也は康子が邪魔になり、何らかの手を打たなければならないと思った矢先、同様に康子から脅迫されている者の存在を知ることとなる。彼らは協力して、アリバイを作りながら康子を殺害することを計画し・・・・・・

<感想>
 光文社文庫から東野作品の新装版が連続で出版されている。それらを読んでいて、実はさほど面白い作品がないなと、ちょっと物足りなさを感じていたのだが、この「ブルータスの心臓」はかなり面白い作品であった。

 3人の手による死体によるバトンの受け渡し計画、するとその計画を根底から覆すような出来事、そこから思いもよらぬ連続殺人事件と、読者の予想を裏切るような展開で矢継ぎ早に進行してゆく。一見、犯人役となりうる末永拓也による倒叙小説かと思いきや、なんとその末永が探偵役になるかのように物語が流れてゆく。さらには、会社令嬢の婚約者となりうるか、そして過去に工場で起きたロボット事故、それらを包括しつつ物語はクライマックスへ。

 ロボットが物語の背景として用いられているところは、理系ミステリにも強い東野氏ならでは。しかも書かれたのが1989年ということなので、当時のミステリ作品としては珍しそう。ただ、そのロボット自体がミステリとして取り入れられているところはわずか。基本的にはサスペンス・ミステリというような内容。それでも読み応え十分のサスペンスに仕立て上げられている。


探偵倶楽部   6.5点

1990年05月 祥伝社 ノン・ノベル(「依頼人の娘」)
1996年06月 祥伝社 ノン・ポシェット(改題:「探偵倶楽部」)
2005年10月 角川書店 角川文庫

<内容>
 「偽装の夜」
 「罠の中」
 「依頼人の娘」
 「探偵の使い方」
 「薔薇とナイフ」

<感想>
 かつて祥伝社文庫で読んだものを、久々に角川文庫版で再読。内容は全く覚えていなかったので、新刊を読むような気分。実は、以前読んだときはさほど良い印象を持っていなかったのだが、再読してみると意外と楽しく読めたので驚いた。これは再読の価値があったなと。

 この作品集、何気に出た時代が早かったのではないかと。ジャンルとしてはピカレスク小説に通じるものがある。内容は、起きた事件に対して“探偵倶楽部”という会員制の調査機関が解決を図るというもの。ただ、実はこの作品、“探偵倶楽部”が主役ではなくて、主役たるべきものは犯罪を行うもののほうではないかと思えるのである。倒叙小説とは少し異なるものの、犯罪を行う側のほうにスポットを当てた作品というようにとらえられた。

 そして、それぞれの作品の中味に工夫がこらされ面白い。「偽装の夜」は、自殺を図った社長に対し、周囲の者が偽装工作を行うことになる。その偽装を探偵たちが暴くのかと思いきや、その偽装自体に思いもよらぬ落とし穴があった様子が描かれている。他にも「罠の中」でも完全犯罪の計画と実施が行われつつも、実はそこに思いもよらぬ計画の妨害の様相が隠されていたりする。と、どれもが一筋縄ではいかない内容となっている。

 本書の一番の問題点は、“探偵倶楽部”自体の存在感が全然表せなかったところか。これならばむしろ捜査は普通に警察にまかせて、犯罪者メインで話を創っていったほうが話が引き締まったように思われる。何はともあれ、意外な面白さを改めて感じることができた作品であった。


「偽装の夜」 会社の社長が自殺を図ったとみられる事件。妾の女は、このままでは遺産を手に入れられないことから社長秘書の男と偽装工作を行うことに・・・・・・
「罠の中」 三人の男たちによる偽装殺人計画。その結果、金満家の男が風呂場で死亡しているのが見つかり・・・・・・
「依頼人の娘」 家で母親が死亡していた事件。何故か父と姉はその事件について詳しく語ろうとせず、不審に思った妹が独断で探偵に依頼し・・・・・・
「探偵の使い方」 探偵倶楽部が浮気調査を行ったところ、その依頼人の夫ともうひとりの男が毒殺されるという事件が起き・・・・・・
「薔薇とナイフ」 大学教授の次女が妊娠し、その相手を言わない彼女に対し、教授は探偵倶楽部に依頼をする。その後、何故か教授の長女が殺害されるという事件が・・・・・・


宿 命   7.5点

1990年06月 講談社 講談社ノベルス
1993年07月 講談社 講談社文庫

<内容>
 日本有数の電気機器メーカー、UR産業の社長の息子のもとに嫁いだ美佐子。そのUR産業の社長である瓜生直明が食道癌により亡くなった。美佐子の夫の晃彦は、医科大学に勤めていることにより、社長の座にはつかず、社内の瓜生派とは別派閥の須貝正清が新社長となった。その須貝が死んだ直明の遺品であるボウガンによって殺害されるという事件が起きる。事件の捜査をすることとなった刑事の和倉勇作であったが、かつてクラスメイトでありライバル意識を燃やしていた瓜生晃彦と再会することに。しかも、彼の妻の美佐子は一時期、勇作の彼女でもあったのだ。さらに勇作は、瓜生家に対し、親の代から伝わるとある事件の謎を抱えており・・・・・・

<感想>
 近年、かつて読んだものの感想を書いていなかった東野氏の作品を再読し続けているのだが、結構後回しにしてしまったこの「宿命」が思っていたよりも面白くて驚かされた。昔読んだときには、それほど強い印象がなかったので、改めて読んでみて、今更ながらにその出来の良さに気づかされた。

 そんなにページ数が多い作品ではないのだが(文庫本で370ページ程度)、そこにぎっしりとさまざまな要素が詰め込まれている。表面的には大会社を新たに継いだ社長がボウガンにより殺害されるという事件を解決するもの。その背景には、刑事の勇作と大企業の長男として生まれた晃彦との小学生時代からの確執。そして晃彦の妻が勇作の元恋人という因縁。過去に起きた“レンガ病院”での謎の死。その死について、警官であった勇作の父が密かに調査を進めていた内容。新社長が殺害された動機と、その被害者が生前に探っていた秘密とは。そして、その企業が過去に行っていたとされるとある秘密の存在。

 こういった要素がこれでもかと言わんばかりに、この作品に込められており、非常に濃い内容に仕立て上げられている。起こった殺人事件自体の構図は、ある種単純と言えるかもしれないが、その裏に隠された背景が濃密なものとなっており、最後の最後まで引き込まれる物語となっていた。いや、これは良くできた作品であると感嘆。若いころに読んだときに、何故この濃密さに感銘を受けなかったのかと不思議なくらい。東野氏の隠れざる名作のひとつだと思われる。


犯人のいない殺人の夜   6.5点

1990年07月 光文社 単行本
1994年01月 光文社 光文社文庫
2020年02月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 「小さな故意の物語」
 「闇の中の二人」
 「踊り子」
 「エンドレス・ナイト」
 「白い凶器」
 「さよならコーチ」
 「犯人のいない殺人の夜」

<感想>
 昔に読んだ作品の新装版が出たので、改めて新装版で読み直してみた。東野氏の作品に対して言うのも今更ながらであるが、それぞれが非常にうまく書かれた短編作品となっている。

 なんといっても興味深いのは、それぞれの事件に対しての動機について。特に「エンドレス・ナイト」は、真犯人による告白を聞くと、納得させられてしまうような内容。他の作品もそれぞれ、思いもよらぬような動機が用意されている。

 また、ここで掲載されている作品は、どれもが殺人が絡んでいるゆえに“日常系”のミステリとは言いにくいのであるが、それでもどこか“日常”というものをはらんだ作品と感じられる。ごく普通の日常から、ふと魔がさすことにより、その日常から落ちていくというような感触で描かれているのである。ただ、表題作の「犯人のいない殺人の夜」だけは、他とは異なる用意周到な計画というものが徐々に表れてくるというような形の作品となっている。


「小さな故意の物語」 親友が屋上から落ちて死亡した。彼は自殺したのか、それとも・・・・・・
「闇の中の二人」 父親が再婚し、義母との間に生まれたばかりの弟が殺された。不倫による事件なのか? それとも・・・・・・
「踊り子」 塾帰りに見つけた、女子高の体育館で踊る女の子。毎週水曜日に踊るその娘を見るのを楽しみにしていたが・・・・・・
「エンドレス・ナイト」 大阪で殺された夫、そして大阪を嫌う妻。女が大阪を嫌う理由とは?
「白い凶器」 ある会社の社員が立て続けに死亡するという事件が起きた。それらの事件をつなぐ動機とは!?
「さよならコーチ」 ビデオにより自殺の様子を録画していた社会人アーチェリー部の女子部員。警察は自殺を疑うのだが・・・・・・
「犯人のいない殺人の夜」 とある家族の間で起きた殺人事件。それを隠ぺいしようと家庭教師の男女が手伝うのだが・・・・・・


仮面山荘殺人事件   6.5点

1990年12月 徳間書店 トクマノベルズ
1995年03月 講談社 講談社文庫

<内容>
 婚約者を亡くした樫間高之は、婚約者の父であり資産家の森崎の誘いで別荘で過ごすこととなった。森崎の一族や、知人などを含めた8人が別荘に集まる中、その別荘を銀行強盗を行った犯人たちが急襲する。彼らによって囚われる中、殺人事件が起きることに。しかし、強盗犯らはその殺人を否定する。ならば、元々別荘に集まっていた中の誰かが殺人を犯したというのか? 極限状態の中で、事件と事態の行く末は!?

<感想>
 東野氏の昔の作品を再読。東野氏の作品の中で“閉ざされた館ミステリ”2大作といえば(個人的にだが)、この「仮面山荘殺人事件」と「ある閉ざされた雪の山荘で」。そんなわけで、元々印象に残っている作品であるので、ラストについても大雑把に覚えていたので、あくまでもそれを踏まえたうえでの再読ということになった。

 別荘に集まった資産家家族一同と彼らが招待した知人たち、総勢8名。そんな人々が集まってなごやかに時が進む中、突如二人組の強盗が入ってくるという展開。彼らは館に居たものを人質にとり、館に立てこもる。ただし、仲間と合流したらすぐに出ていくと。そして、館の8人と強盗の2人とで、緊迫したまま時間を過ごす中で、何故か殺人事件が勃発してしまう。

 いや、これは初読だと結構驚かされる内容だと思われる。ただし、インパクトが強い内容なので、一度読むと意外とこれが忘れられない。そんなわけで、内容を理解しつつの再読となってしまったが、それでもあぁ、このときはこういうことだったんだと、違う見方で楽しむことができた。といっても、やはり初読時のほうが楽しめたのは間違いない。


変 身   7点

1991年01月 講談社 単行本
1993年06月 講談社 講談社ノベルス
1994年06月 講談社 講談社文庫

<内容>
 工場で働く成瀬純一は、偶然訪れた不動産屋で拳銃を持った強盗に遭遇する。成瀬は一人の少女をかばったことにより、頭に銃弾を受けて瀕死の状態となる。その成瀬が運ばれた病院では、偶然にも移植手術が可能な適正なドナーが見つかり、前代未聞の脳の移植手術が行われることとなった。その後、成瀬は意識を取り戻し、順調に回復してゆく。しかし、成瀬は徐々に自分の趣向が以前と異なることにより戸惑いを感じ始める。温厚で人見知りであった性格が攻撃的となり、ところどころでトラブルを巻き起こすことに。そして、恋人との仲もうまくいかなくなり、関係はギクシャクし始める。そんな中、成瀬は行われた脳移植手術に対し疑問を抱き始め・・・・・・

<感想>
 東野氏の作品で初めて手に取ったのがこの作品。当時ノベルス版を買って読んだ記憶がある。これを読んでから、その前に出ていた作品を集め、さらには新刊を読み続けて今日に至る。ということは、東野氏の作品を読み続けてから、だいたい30年近くが経つのかとふと思い起こしてしまった。

 この作品も、その当時の東野氏の作風を考えると、結構思い切ったことを行なったミステリであるなと感心させられる。この作品だけでなく、後に書かれた「虹を操る少年」などと言った、普通のミステリとは趣が異なるものに色々と挑戦していたことを今になって理解する。

 本書は、脳移植を施された青年が、その後の感情の変化に戸惑いつつ生活をしていくという話である。“変身”というタイトルは一見、大げさにも見えるのだが、当事者にとっては、今までとは違う人間になってしまう、もしくは違う人間に乗っ取られてしまうのではないかという恐怖の意味を込めて“変身”という言葉が用いられている。

 話の内容からして、脳移植が行われて、その後事実を知らされればそこで話はお終いというように思えるのだが、そこから思いもよらぬ派手な方向のミステリへと展開していくところが凄いと感じられた。読み終えてみると、これはある種のホラー・ミステリだったのではないかと感じてしまうほどの余韻を残す作品であった。


回廊亭殺人事件   6点

1991年07月 光文社 カッパ・ノベルス(「回廊亭の殺人」)
1994年11月 光文社 光文社文庫(改題:「回廊亭殺人事件」)
2020年10月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
“回廊亭”と呼ばれる宿泊施設で火事が起こり、犠牲者が出るという事件が起きた。その事件の生き残りである女は、自分の身元を隠し、老婆に扮して再び“回廊亭”へと乗り込むことに。そこで遺産相続の発表が行われるのに乗じて、女は自分の恋人の敵を取ろうと計画していたのだが、思いもよらぬ殺人事件が起こることとなり・・・・・・

<感想>
 新装版により再読。これまた全く中味を覚えていない作品であったので、新鮮な気持ちで読むことができた。倒叙ミステリのような感覚で読むことができ、かつ、本格ミステリ風の作品でもある。

 一年前に起きた事件の復讐を果たすべく、主人公が老婆に扮して、再び“回廊亭”へ乗り込むという内容。そこで、1年前に現場にいた者たちと顔を合わせ、かつての事件の真相を暴き出そうとするのだが、主人公にとって思いもよらぬ殺人事件が起こることとなる。

 と、こんな形で事件が起きる。過去に起きたことを回想しつつ、現在の事件が進行してゆき、最終的には全ての謎が解けるというもの。意外と本格スピリットにあふれた作品のように思えるのだが、最後まで読むと、結局はサスペンス・ミステリ的に収束してしまったという感じ。最後に意外な展開が待ち受けているものの、ちょっと伏線が足りなく、あまり腑に落ちた感がなかった。ゆえに、ただ単に驚かされただけという感じになってしまった。

 それでも、物語の構図としてはよくできているので、楽しんで読むことができた。何が起きるかわからない、という点においては、存分に楽しめるサスペンス・ミステリである。


天使の耳  6点

1992年01月 実業之日本社 単行本(「交通警察の夜」)
1995年07月 講談社 講談社文庫(改題:「天使の耳」)
2002年01月 実業之日本社 単行本(新版:「交通警察の夜」)

<内容>
 「天使の耳」
 「分離帯」
 「危険な若葉」
 「通りゃんせ」
 「捨てないで」
 「鏡の中で」

<感想>
 昔読んだ本の再読。短めのページ数の短編集ゆえに読みやすい。タイトルは「交通警察の夜」で出版されたり、短編作品のタイトルの「天使の耳」で出版したり。どちらがこの本にふさわしいかというのはちょっと微妙。読んでみると、別に「交通警察の夜」で良さそうな感じがしたものの、3作目あたりからは警察が積極的にかかわらず、被害者や加害者のみが主軸となる作品もあるので、「交通警察の夜」で一括りにしてしまうのも、確かにおかしなような。

 本書はどの作品も交通事故を題材としたものを扱った作品集となっている。そこで起こる悲喜こもごもが描かれており、色々なパターンを楽しめて面白い(面白いというとやや不謹慎か?)。全部の作品がというわけではないのだが、何気に復讐劇となる作品が多かったような気がする。また、東野氏らしいスキーやオリンピックランナーなどを背景とした作品もあり、色々な要素が取り入れられている。

 個人的には、王道のミステリらしい「捨てないで」が面白かったかなと。殺人計画から、思いもよらぬ展開へと流れていくところが見もの。また、「通りゃんせ」のやるせない復讐劇も最後が印象的であった。あとマラソンランナーを巻き込んだ事故を描いた作品「鏡の中で」は、終わり方については、これでいいのか? と感じずにはいられなかった。このへんは、読んだ年代でも感想が変わりそうな感じがする。


「天使の耳」 事故にあって死亡した男の同乗者である妹は盲目であった。しかし彼女は、その耳で聞いた音により当時の状況を再現しようと・・・・・・
「分離帯」 トラックの横転事故を引き起こしたと思われる駐車違反の車を被害者の妻は探し出そうと・・・・・・
「危険な若葉」 あおり運転が引き起こした事故。そこから思いもよらぬ別に事件が浮き彫りに!?
「通りゃんせ」 当て逃げされた男のもとに、加害者とみられる男から連絡があり、謝罪したいと。得をしたと思った被害者であったが・・・・・・
「捨てないで」 妻を殺害しようと、男は愛人と共に計画を練る。愛人を車に潜ませ、アリバイトリックを実行しようとする男であったが・・・・・・
「鏡の中で」 元マラソンランナーが起こした車による事故。警察が調べると、やや不審な点が・・・・・・


ある閉ざされた雪の山荘で   7点

1992年03月 講談社 講談社ノベルス
1996年01月 講談社 講談社文庫

<内容>
 劇団のオーディションに合格した7人メンバーが高原のペンションに集められ、演出家からの手紙による指示により、雪山の山荘を模した殺人劇を行うこととなった。しかし、その劇がどのように進行するのかは誰も知らされていない。そうこうしているうちに、一人目の被害者が出たことが宣言されたものの、その被害者の姿は消えていた。殺人劇のはずが、まさか本当に殺人が行われているのではと疑い始める劇団員。いったい、この山荘のなかで何が行われているというのか!?

<感想>
 東野氏の作品で感想を書いていないものを再読。印象に残っていた作品なので、後回しにしてきたのだが、再読してみると改めてなかなか良い作品だということに気づかされた。

 内容はタイトルの通り、雪山の山荘ミステリかと思いきや、ちょっと変化球気味の設定。劇団員たちが雪山の山荘設定でミステリ劇を演じるというもの。ただし、その劇自体も詳細が決まっているわけでもなく、皆が皆、半信半疑のなか山荘での生活が始められる。すると、現実なのか虚実なのか不明な連続殺人事件に見舞われることとなる。

 最終的に語られる真相についてだが、どんでん返しというわけではないのだが、各登場人物それぞれの見方によって異なる感情で捉えられるという風に描かれている。その辺が、従来のミステリ作品と異なるところでうまくできているなと感心させられる。また、ミステリ的な手法もきっちりととられていて、何気にしっかりした新本格ミステリとして作り上げられているところにも感心できる。読みやすい作品ゆえに、軽く読み流せばライト系のミステリという風に捉えられるかもしれないが、しっかりとかみしめて読むとなかなか深い味わいの作品に仕立て上げられていることがわかる。


美しき凶器   6.5点

1992年10月 光文社 カッパ・ノベルス
1997年03月 光文社 光文社文庫
2020年11月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 かつて世界で活躍した4人のアスリートが、彼らの秘密を握るひとりの男を過って殺害してしまう。その場から逃げた4人であったが、被害者が秘密裏に育て上げていた者がその4人に復讐を果たそうと4人の居場所を探し始める。そして、ひとりまたひとりと殺害されてゆく中、残されたアスリート達も魔の手から逃れようと必至の抵抗を試みる。一方、警察は次々と殺人事件を起こす謎の犯人の行方を追跡しつつ、事件の全貌を解明しようとするのだが・・・・・・

<感想>
 光文社文庫からの新装版コレクションもこれで最後。トリをつとめるのは(といっても出版年順に刊行されているだけだが)、なんとマンハント・サスペンス小説。アスリート世界の裏側を描く中で、復讐者による魔の手がひとりひとりに忍び寄ってくるという内容。

 本書はなんといっても、その復讐者の存在につきるといえよう。コミュニケーションもままならない復讐者が、復讐相手の居所を探しつつ、自らの肉体と機転を頼りに次々と復讐を遂げていく。その復讐者から逃げる男女4人、そしてそれを追う警察。外見が特異なため目立ってしまう復讐者であるが、その身を隠すこともせず、ただ単にスピーディーな動きのみで追跡の手をかわしつつ、目的の相手を追っていく様はまさに圧巻。

 一応、物語上ではちょっとした仕掛けも用意されているのだが、そうしたどんでん返しめいたものも吹き飛ばすほど、復讐者のキャラクターの存在が映えていたと思われる。東野氏の作品のなかでは珍しいタイプの作品。


同級生   6点

1993年02月 祥伝社 単行本
1996年08月 講談社 講談社文庫

<内容>
 修文館高校の三年生で野球部のマネージャーの宮前由希子が交通事故で死亡した。彼女は子どもを身ごもっており、産婦人科からの帰りに何者かに追いかけられて事故にあったという噂が流れる。野球部の主将である西原荘一は、彼女の子供の父親は自分だと周囲に名乗り出る。そして、宮前の死の真相を調べ始める。すると、学校内で教師が死亡する事件が起き、西原が警察から事情聴取をされる羽目となり・・・・・・

<感想>
 東野氏の昔の作品を再読。もはや内容を全く覚えていなかった作品。今更ながら、こんな内容だったのかと。

 読み終えてみれば、青春小説、青春ミステリという感触が強めの作品であったなと。最初は、普通のミステリという感じでもあったのだが、ずっと舞台が学校ということもあり、そして高校生主体に進められるという展開でもあり、どんどんと青春ミステリ濃度が増していくように描かれている。

 読み終わってみれば、外に広がる話というよりは、内包的な形で収まっていくような内容であったなと。また“同級生”というタイトルも、読み終えてみれば、しっくりとくるタイトルであったと気づかされる。読んでいて良かったと思えたのが、主人公である野球部主将の西原の周囲の友人たちが、皆彼に好意的で協力的であるというところ。そんなところが、変にドロドロせずに、青春小説とも言えるずっきりとした読み心地に繋がっているのだろうと思われた。


分 身   6点

1993年09月 集英社 単行本
1996年09月 集英社 集英社文庫

<内容>
 氏家鞠子は幼少期から両親と過ごす中で、母親が時折見せる微妙な態度を不思議に思っていた。そして、鞠子が寄宿学校(中学)から帰省したときに、家で火災が発生し、父親と鞠子は助かったものの母親のみ焼け死ぬという事故が起きる。その後、大学生になった鞠子は自分に関わる出生の秘密と、母親の死について調べ始める。
 小林双葉は、アマチュアバンドのボーカルをつとめていて、そのバンドがオーディションでテレビに出ることとなる。双葉の母親は、何故か彼女がテレビに出ることを頑なに反対する。反対を押し切ってテレビに出たのち、双葉の身に事件が降りかかることに。双葉の家には昔から父親はいなく、母親が女1人で看護婦をしながら育ててきた。そんな双葉の出生には秘密があるのか?

<感想>
 感想を書いていなかったので、懐かしい本を再読。このころ、「変身」とか、この「分身」とか、人間を科学的に捉えたようなテーマの作品が色々と書かれていたような。よくよく考えてみると、東野氏はこういったテーマの作品をずっと書き続けているようにも思われる。

 二十歳くらいの二人の女性が主人公となっている作品。どちらも自身の周辺で事件が起き、さらには自身の出生に秘密が隠されていると感じ、それぞれ単独で調べてゆくこととなる。その別々の二人が自身の出生について調べていると、どこからともなく協力者が現れたり、妨害しようとするような者が現れたりと不穏な雰囲気が漂い、そして実際にそれぞれ深刻な状況へと追いやられることとなる。

 内容については興味深く面白い反面、読んでいる側としては、捜査している主人公と違い全景がわかるゆえに、ややじれったく感じてしまう部分もある。タイトルの「分身」が示す通りの内容であるがゆえに、ページの長さにはややもどかしいものがあった。もっとスリムにしても良かったのではなかろうかと。ただ、そのページの厚さゆえに、それぞれの事象を事細かく丁寧に描いているとも感じられた。その割には、ラストの終幕の部分はあっけなさ過ぎのようにも思えたが。とはいえ、面白い作品であったのは確かである。


しのぶセンセにサヨナラ   6点

1993年12月 講談社 単行本
1996年12月 講談社 講談社文庫
2011年12月 講談社 講談社文庫(新装版)

<内容>
 「しのぶセンセは勉強中」
 「しのぶセンセは暴走族」
 「しのぶセンセの上京」
 「しのぶセンセは入院中」
 「しのぶセンセの引っ越し」
 「しのぶセンセの復活」

<感想>
「浪速少年探偵団」の続編。前作で教師を一時休職し、現在研修中の身であるしのぶ。それでもセンセぶりは健在で、小学校を卒業しながらも、しのぶを慕い、しょっちゅう彼女の家を訪れてくる元の教え子である田中と原田。そして前作のレギュラーキャラクターである新藤刑事と、恋敵であるエリート会社員の本間。レギュラーキャラクターは前作とほぼ変わりないが、関係する学生の人数を絞ったことで、より取っつきやすい作品になったと思われる。さらには、しのぶセンセの破天荒ぶりも変わりなく、その活躍を堪能することができる。

 作品のそれぞれに意外な工夫がなされていて面白く読めるものとなっている。「〜勉強中」は、事件自体よりも、そこに描かれていた会社の背景に興味を引かれた。コンピュータを取り入れ、近代的にした会社で起こる騒動を描いているところは社会派小説っぽかった。

 誘拐事件を描いた「〜の上京」もなかなかのもの。ネタの一部がわかりやすかったのだが、その途上のある部分の真相については驚かされるものとなっていた。「〜入院中」も単純そうな事件の裏に別の事件が隠されていたりと面白い。「〜引っ越し」も、事件の裏に隠された真相というか、動機が意外なもので内容に引き込まれずにはいられなくなる。

 最後に待ち受けている「しのぶセンセの復活」は、教職に復帰したしのぶの教師としての働きっぷりが描かれている。教員として見事に職をこなしていけそうな姿に安心させられるものの、シリーズがこれで終わってしまうことを考えると、どこか寂しいものがある。


「しのぶセンセは勉強中」 草野球で知り合いとなった社長から呼ばれ、彼の会社へ行くと、社員の転落死亡事故に遭遇し・・・・・・
「しのぶセンセは暴走族」 自動車教習所に通うしのぶ。そこで原田の母親と共に教習を受けていたのだが、原田の母親が教官を乗せたまま事故を起こし・・・・・・
「しのぶセンセの上京」 しのぶがかつての教え子を心配し上京すると、そこで誘拐事件に遭遇することとなり・・・・・・
「しのぶセンセは入院中」 しのぶが盲腸により入院すると、同室の老婆の家のタバコやが強盗に襲われるという事件が起きたことを知り・・・・・・
「しのぶセンセの引っ越し」 家に侵入してきた強盗を老婆が殺害してしまったという事件。その裏に隠された真相とは!?
「しのぶセンセの復活」 しのぶが小学校教員に復帰したものの、何やら教室では前の担任を巡ってのいじめが起きているようで・・・・・・




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