東野圭吾  作品別 内容・感想4

マスカレード・ホテル   6点

2011年09月 集英社 単行本

<内容>
 都内で起きた連続殺人事件。捜査陣は現場に残されたメモから次の犯行現場を国内でも有数の超一流ホテルであることを特定する。警察は捜査陣をホテルの内部に潜入させて、犯人の逮捕を試みようとする。野心家で人一倍仕事のできる刑事・新田はフロントマンに化けることとなった。新田に対し、ホテルマンとしての指導を担当するのは優秀なフロントマンとして名高い山岸尚美。二人は互いの主張をぶつけ合いつつも、やがて協力して事件の捜査に乗り出していくこととなり・・・・・・

<感想>
 サスペンス小説として一級品といって良いのではなかろうか。まぁ、東野氏が書く作品であるので、リーダビリティが十分なのはもはや当たり前なのだが。

 警察の捜査と一流ホテルにおけるホテルマンとしての矜持というものをうまく融合させた作品。読む前は、もっと潜入捜査官という色合いが濃いと思っていたのだが、そのへんはややアバウト。多くの警官がホテルの内部に配備されることとなる。

 そのなかでフロントマンとして働きながら捜査することとなるのが、今回の主人公であるやや自信過剰気味の新田刑事。そして警察の捜査に反発しつつも主人公を勇めつつホテルの業務に邁進する熟練の女性フロントマンの山岸。こうした主人公の造形と配置については、なんとなくドラマ化や映画化を意識しているのかと、やや穿った見方をしてしまう。

 ただ、そうした設定で血気盛んな青年刑事の成長をうながしたり、一流ホテルのなかで起こるさまざまな問題と解決法を提示しつつ、物語を進めていくのはさすがと言えよう。真犯人による考え抜かれた犯行方法もなかなかのもの。そしてなんといっても本書における一番の注目点は、主人公である二人が捜査とホテル業務という対称的な立場にたちながらも、互いに相手の立場も視野に入れることにより葛藤する様子。そうして、互いの思惑をうまくまとめつつ、物語は大団円を迎えることとなる。

 まぁ、綺麗にまとめられた良くできた作品としか言いようがない。ただ、シリーズ化は難しいのかな? 新田刑事が別の形で登場する新作はひっとしたら再度目にすることができるかもしれない。


歪笑小説   

2012年01月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「伝説の男」
 「夢の映像化」
 「序ノ口」
 「罪な女」
 「最終候補」
 「小説誌」
 「天 敵」
 「文学賞創設」
 「ミステリ特集」
 「引退発表」
 「戦 略」
 「職業、小説家」
 (巻末広告)

<感想>
「怪笑小説」「毒笑小説」「黒笑小説」に続いて、といっても別に内容はつながっていない。ユーモアと毒のある笑いを楽しめる作品集ということで著者が書き続けているテーマのひとつ。今までは単行本が出てから文庫になっていたが、この作品はいきなり文庫オリジナルとして登場(そのうち単行本化される?)。

 この作品集の形式は単に短編が集められているというものであったが、今作では1冊通して、小説業界の内幕を書くというテーマで書かれている。それぞれの短編にまたがって、同じ人物が多数登場しており、一冊の本として楽しむことができる。

 いや、これは本当に面白かった。しかし、業界の関係者はどこまで笑って済ませていいのかわからないかもしれない。私のような一般読者からすると、どこまでが本当でどこまでが嘘なのかはわからないのだが、それでもなさそうでありそうな感じが実に良かった。

 ただ、これは東野氏くらいのベテラン作家でなければ書けない内容。絶対に普通の新人作家には書けないというか、出版させてもらえなそうな作品。とはいえ、ひどい話ばかりではなく、時には良い話が混じっていたりと、全体的にうまくまとめていると思われる。業界の方であれば(特に集英社?)どの人物が誰のモデルだとか話題になるのではないだろうか。

 それぞれの作品だけではなく、最後の巻末広告まで笑わせてくれるので、漏れのないように読んでもらいたい。必見の価値ある一冊。


ナミヤ雑貨店の奇蹟   6点

2012年03月 角川書店 単行本

<内容>
 かつて「ナミヤ雑貨店」という店があり、その店に悩みを書いた手紙を届けると、店主が返事を書いてくれることで話題となった。その店主が亡くなり数年後、すでに廃墟となったナミヤ雑貨店に三人の泥棒が迷い込む。彼らは強盗に失敗した後、逃走し、ここにたどり着いたのだ。夜が明けるまで隠れていようと、店の中で待機しているとき、突然郵便投入口から手紙が落ちてきた。彼らはその手紙を読んでいるうちに、それが過去から届いたものであることを理解する。そして時間を超えた不思議な手紙のやりとりが始められることとなり・・・・・・

<感想>
 少し前に生協の人が学生からの質問に対して、面白いやりとりをすることで話題となり、書籍にもなった。本書において背景となるのは、その手紙バージョンという感じである。ただし、単なる人生相談のやりとりではなく、時空を超えた手紙のやりとりというのが本書の大きな特徴である。

 しかし、こんなのよく考えたなと感心させられる。実に面白く読むことができた。人間自体は時空を超えるということはないのだが、手紙が時空を超えてやりとりされている。それでもある種のタイムスリップものと思わされてしまうような、SFの雰囲気を感じ取れる内容でもある。

 決して一方通行の話ではなく、話が進められるにしたがって、物語の登場人物の全ての過去と未来がつながって一つの環を作り上げていくのである。タイトルにある“奇蹟”という言葉が単に時空を超えたやり取りにあるのではなく、時空を超えて人々が一つの絆でつながっているということこそが“奇蹟”なのであろう。とにかく、うまく創り上げられているなと感心しきりの作品であった。


虚像の道化師   6点

2012年08月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「幻惑す まどわす」
 「心聴る きこえる」
 「偽装う よそおう」
 「演技る えんじる」

<感想>
 ガリレオシリーズ7作目となる短編集。今回は4編と少なめだと思ったのだが、どうやら10月に8作目となる短編集が続けて出るもよう。2回分に分けたということらしい。

 内容としては前半の2作はシリーズらしい作品であるが、後半の2作はシリーズらしくないという印象。全体的にやや薄味という感じは否めないが、どれもそれなりに楽しむことはできる。

「幻惑す」は、ある種の密室トリックといってもよいであろう。教祖の念力が具現化するという部屋の秘密を湯川が暴く。なんとなく似たような前例がありそうなトリック。

「心聴る」はOLを悩ます幻聴と、その上司の突然死の謎にせまる内容。現実に、なさそうでありそう? ありそうでなさそう? 今後、この話に似たような事件が起きそうで恐ろしい。

「偽装う」は、発見された夫婦の死体の写真を見て、湯川が疑問を抱くという内容。本来、湯川が扱わないような事件であるが、強引な設定で捜査せざるを得ない状況を作っている。ラストでは、素人探偵らしい幕の引き方をしており、ある意味、湯川らしさが出ているといえよう。

「演技る」は、心理トリックを用いた作品。真相が暴かられたとき、うかつにもあっけにとられた。内容云々よりも、ここに登場するとある人物が、今後別のシリーズ作品にも登場してくると面白いかもしれない。


禁断の魔術   6点

2012年10月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「透視す みとおす」
 「曲球る まがる」
 「念波る おくる」
 「猛射つ うつ」

<感想>
「虚像の道化師」に続いてのガリレオシリーズ8作目となる短編集。なんと全編書き下ろし。

 今作はミステリとして薄味とかそういった印象よりも、ミステリというよりも“ちょっといい話”を集めてみましたという感じの作品集になってしまっている。

「透視す」は、手品を通して客引きを試みたホステスの話が描かれている。これが嫌な後味で終わりそうなのを予感させておきながら、最後にちょっといい話となる。この作品の流れを基本とした感じで、他の作品も同様の趣向の内容となっている。

「曲球る」は事件に巻き込まれたプロ野球選手の苦悩。
「念波る」は双子のテレパシーと事件の関連性を描いている。
「猛射つ」は湯川の知り合いである元大学生が起こそうとする復讐劇の顛末を描いたもの。

「念波る」はある程度、事件との関連性がある内容なのだが、他のものは事件そのものよりも、心情的な部分に重点を置いているような内容。最後の「猛射つ」はこれら作品集の中では最長となっているので内容に期待したものの、これも心情的な部分を強調した物語として終わってしまっている。レールガンという存在自体は面白かったが、科学とミステリを融合させた従来のシリーズのような作品を読みたかったと物足りなさが残る。


夢幻花   6.5点

2013年05月 PHP研究所 単行本

<内容>
 かつて水泳のオリンピック強化選手であった大学生の秋山梨乃は、することもなく悶々とした日々を送っていた。そんな折、梨乃は花を育てるのが趣味である祖父の家で、その花を写真にとり、ブログにアップしはじめることに。すると、ある日梨乃が祖父の家を訪れると、死体となった祖父を発見する。生前、祖父が育てていた珍しいという黄色い花の鉢植えが無くなっていたのだが、それは事件に関係あるのか? 窃盗のせんで進めている警察の捜査が進まない中、梨乃は自分の力で事件の謎を解こうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 これはかなり出来の良い作品。東野氏によるノン・シリーズの作品であるが、実にうまくできている。サスペンス・ミステリとして一級品といえよう。

 黄色い花を巡る祖父の死の謎をつきとめようとする秋山梨乃。その秋山梨乃と知り合うことになる原子力工学を学ぶ大学生の蒲生蒼太。主にこの二人を主人公とし話が進められる。さらには、梨乃の祖父の事件を個人的な思いから解決しようと奔走する刑事の早瀬。梨乃の前に姿を現し、なぜか事件を調査しようとする蒼太の兄の蒲生要介。こうした幾人かの人々を交えながら物語が進行していく。

 基本的な謎となるのは、黄色い花を巡る梨乃の祖父の死にあるのだが、ではその事件が他の事象に対してどのように関連していくのかもポイントとなる。特に主人公のひとりである蒼太がこの事件にどのようにリンクしていくのかが興味深かった。プロローグとして、普通の家族に襲いかかる惨殺事件と、蒼太の初恋の話の2つが語られているのだが、それらの過去の話が徐々に現在の物語に追い付いてくることとなるのである。

 多数の事件や事象がしっかりとひとつの話に結び付いていくところはさすがと感じられた。実にうまく物語が作り上げられている。また、物語のみならず本書は二人の若者の再生と成長の話であるところも大きな特徴である。事件を通して彼らは自分たちの現状と未来をどのようにつないでゆくのかが、これまたうまく描かれているのである。

 一見、地味な内容とも感じられるので、それほど話題にはならないかもしれないが、東野作品の中でもこれは大勢の人々、特に若い世代の人に読んでもらいたい作品。物語の主人公たちと同じように、進むべき未来の一端を見出してもらえたらと期待したい。


祈りの幕が下りる時   6.5点

2013年09月 講談社 単行本

<内容>
 東京のアパートにて、滋賀県在住の女性の死体が発見された。そのアパートの借主は行方不明となっており、捜査は難航することになる。被害者は東京に来た際に、幼馴染である舞台演出家の女性と会ったことはわかっているのだが、何故事件に巻き込まれたのかが全くわからないという状況。そんなおり、日本橋署で働く加賀恭一郎が事件に思いがけぬ情報をもたらす。

<感想>
 今年の東野圭吾は「夢幻花」といい、この「祈りの幕が下りる時」といい、作家としてずいぶん油が乗っているなと感じさせられる。どちらも本格ミステリというわけではないのだが、ミステリと重厚な物語がうまくマッチしている。やや、物語としての比重が強いようにも思えるが、その物語の完成度が高いので十分に満足させられてしまう。

 本書は加賀恭一郎シリーズの一作品でもあり、加賀本人の人生に非常に大きな重みを持つ一冊でもある。この作品により、なぜ加賀が「新参者」にて、日本橋署へと配属されることになったのかなど、さまざまな背景が明らかになる。

 内容は滋賀県在住の女性が、なぜか東京のアパートで死亡していたという事件。しかも、そのアパートの住人は身元がよくわからない人物なうえ、行方不明になっていることから、警察の捜査は難航する。そこに加賀恭一郎が登場し、事件にヒントらしきものをもたらすことにより、ひとりの人物の名前が浮き彫りになる。ただ、その人物が犯罪とは全く縁のなさそうな人物であり、事件との関わり合いが全く見つからないという始末。その後、警察と加賀の地道な捜査により、過去に起こった出来事と現在の事件が少しずつ重なり合ってゆく。そうして、意外な真相と加賀の母親の過去が明らかになってゆくのである。

 事件の一部分だけをとると、「容疑者X」を感じさせるところもある。ただ、この物語の核となるのは、とある登場人物がたどってきた人生の重みについて。その人物の過去が明らかになればなるほど、例え罪を犯していたとはいえ、同情を禁じ得ないものとなっていくのである。

 また、「夢幻花」を読んだ時もそうであったのだが、作中に原子力発電所について記述されているのは、最近の東野氏のこだわりとなっているのだろうか。特に原子力発電所に関するものが物語上必要とは感じられないのであるが、現代の物語を語る上では避けるべきではないと考えているのであろうか。今後の作品に関しても、これらの記述がなされてゆくのか注目していきたいところである。


疾風ロンド   6点

2013年11月 実業之日本社 実業之日本社文庫(書下ろし)

<内容>
 研究所から、秘密裏に作られた生物兵器が盗まれた。それを盗んだ元所員は、自分が首になった腹いせに研究所の所長を脅し、3億円を要求する。元所員は、スキー場のコースから外れた雪の中に生物兵器を埋め、目印として探知機を埋め込んだテディベアを木に吊るしておいた。しかし、その脅迫者が交通事故により死亡してしまったことにより、事態は急展開する。生物兵器をなんとか回収しようと、スノーボーダーの息子を連れてスキー場を探そうとする研究員。その事件を聞きつけ、先に生物兵器を奪おうとするもの。さらには、そんなことが起きているとは全く知らないスキー場でレジャーを楽しむ人々と、監視員の面々。生物兵器を先に手にするのはいったい誰!?

<感想>
 未知の生物兵器の奪い合い! と聞くと、緊迫感のある固いストーリーを思い浮かべるかもしれないが、実は肩の力を抜いて読める内容。この物語では悪役となる登場人物が小悪党でどこか間が抜けており、脱力感満載。小悪党同士のせめぎあいに、中学生たちと真面目な監視員が参加しました! という風なストーリー。

 とはいえ、決して脱力感のみで終わるような内容ではなく、400ページ弱の厚さの本に、これでもかと言わんばかりの“軽冒険もの”の要素が詰め込まれている。まぁ、“軽冒険もの”なんていうジャンルがあるかどうかはわからないが、何かそんな感じ。

 上司からの無茶ぶりにより、生物兵器を探すこととなった研究員。その研究員の中学生の息子は理由もわからずゲレンデに連れ出され、そこで恋をする。生物兵器の存在を知り、それをかすめ取ろうとする者。監視員としての仕事にプライドを持つ者。ちょっとした問題を抱えつつも、知らない間に騒動に巻き込まれてゆく中学生たち。そんなこんなの人たちが集まり、知ってから知らずか、争奪戦に参加することとなり、物語は大団円へと向かう。

 最後もそのまま終わらず、ちょっとしたオチというか、多少捻りを付けて着していくさまも見事であると感じられた。“疾風”の名にふさわしい、あっという間にゲレンデを駆け抜ける冒険ミステリ。


虚ろな十字架   6点

2014年05月 光文社 単行本

<内容>
 ペットの葬儀場を経営する中原道正のもとに警察がやってくる。元の妻が何者かに殺害されたと。かつて中原は娘が強盗に殺害され、大きなショックを受けることとなり、その事件がもとで妻と離婚することとなった。娘を殺害した男の裁判を経て、中原は刑務所や死刑の制度に疑問を抱くこととなったが、娘のことは忘れられずも何とか立ち直り、日常の日々を取り戻していた。しかし、また元の妻が亡くなるという事件に遭遇することに。事件を犯した犯人はすぐに捕らえられたのだが、何か釈然としないものを感じた中原は、加害者の背景を調べていき・・・・・・

<感想>
 東野氏の作品で「手紙」「殺人の門」「さまよう刃」など、“罪”について問い正すかのような重い内容が描かれているものがある。本書もそれに近いのだが、思想的には濃くても、陰惨な場面などは少ないので、前述した作品群に比べれば、結構読みやすかった。

 本書は、“死刑”というものについて考えさせられる作品。物語の主人公は、過去に娘を強盗によって殺害された男。その事件により妻と別れることになったのだが、その妻が別の事件によって殺害されることとなる。この作品では、ただ単に加害者の罪に対する言及や被害者の悲壮について語られるというものではなく、事件自体を掘り下げて真相を見出していくというミステリ仕立てにもなっている。

 そうして、最終的に審判が下されることとなるのだが、本書でも触れている通り、“罪”というものについては、決して回答がつけられるものではない。その“罪”自体に対しても、被害者、加害者、第三者と立場が違えば、考えることも全く異なる。本来ならば、だからこそ法があるのだから、それに即せばよいとなるはずなのだが、起こる事件についても全くひとくくりにできるものではないことにより考えは複雑なものとなってしまう。ただ、そこに完璧な“法”を望むのではなく、“罪と罰”というものについて考え続けることこそが人間的なあり方なのだということなのだろうか。色々なことを考えさせられてしまう内容の作品であった。


マスカレード・イブ   6点

2014年08月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「それぞれの仮面」
 「ルーキー登場」
 「仮面と覆面」
 「マスカレード・イブ」

<感想>
「マスカレード・ホテル」を読んだときには、シリーズとして書くことができるのかなと不思議に思えたのだが、今作を見るとホテルと事件と警察を組み合わせることにより、さまざまな書きようがあると認識させられた。本書は「マスカレード・ホテル」以前の話を短編として描いた作品集。全体的に思っていたよりもミステリ色が濃いと感じられ、意外と満喫することができた。

「それぞれの仮面」にて、脇役で登場するモデルとなるのが、あのプロ野球選手ではないかと・・・・・・しかも、またあまりにもタイムリーな話題となっているので笑ってしまった。内容よりもそちらのほう気に・・・・・・ちなみにホテルのフロントマンである山岸尚美が活躍する作品。

「ルーキー登場」は、ランニング中の男が殺害されたという事件。夫婦円満の陰にひそむものを新人刑事の新田浩介が暴き出す。名探偵ばりの直観を働かせ、事件を解決する新田の活躍が痛快。ただ、そのルーキー君も女の恐ろしさには、ただただ尻尾を巻く他ない。

「仮面と覆面」は、事件というよりもホテルでの騒動を描いた内容。覆面作家を巡っての騒動記。フロントマンの山岸尚美の奮闘ぶりがうかがえる。

「マスカレード・イブ」は、ここで新田と山岸が交錯するかと思いきや、意外な形でつながる話。事件は大学構内で起きた教授殺人事件。容疑者と思われる准教授は、不確かながらもアリバイがあり、決定的な証拠もつかめないという状況。新田は、真相を見出そうと奮闘する。ここで新田とコンビを組む新人女性警察官がいい味を出している。ルーキー同士がぶつかり合うというか、かみ合わなさがむしろ楽しめる。また、こういう書き方の作品であれば、新田と山岸の両者が共に活躍する作品を色々と書くことができそうだなと、感じさせられた。


ラプラスの魔女   6点

2015年05月 角川書店 単行本

<内容>
 温泉地で起きた硫化水素による死亡事故。どう考えても偶発的な事故としか考えることはできず、事件性はないものと判断される。しかし、同じような事故が別の温泉地でも起きてしまう。たまたま、両方の現場を調査することとなった地球科学の研究者である青江教授であるが、疑わしく思えるものの、人為的に起こすことは不可能と判断する。ただ、青江はその二つの現場で、謎の女を目撃することとなる。彼女は羽原円華と名乗り、とある人物を捜しているのだという。さらに、青江はこの事件を単独で捜査している刑事と出会い、事件の裏に潜む背景を知ることとなり・・・・・・

<感想>
 東野氏の作品で、科学的なものを描いた作品は良くみられるのだが、超常現象とか超能力を描いた作品というものは、あまり見られなかった気がする。本書は、科学と超常現象が一体になった内容。

 異なる場所の温泉地で起きた二つの事件。キーワードはどちらも硫化水素による死亡事故。ただし、人為的に起こすことは不可能と考えられ、どちらも事故ということで片づけられる。そこに不穏なものを感じた刑事と研究者により徐々に背後に隠れたものが浮き彫りにされてくる。

 単なる超常現象ものとせずに、ブログに秘められたひとりの男の物語を加え、ミステリ性を増しているところはさすがというか、いつもどおりの東野氏らしい安定感。ただ、全体的にうまく出来ていて、端正に感じられるぶん、どこかもう少し破天荒なところが欲しかったかなと。なんとなく、登場人物全員が優等生キャラクターというように感じられてしまい物足りなかった。東野氏の作品ゆえに、もうひと越えと、過剰な要求をしたくなってしまう。


禁断の魔術   6点

2015年06月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 帝都大学に勤める湯川のもとに古芝伸吾が訪ねてきた。伸吾は高校時代、サークル活動を存続させるためにOBに助けを求めていた。その助けに応えたのが湯川であり、その湯川のおかげでサークルのパフォーマンスは成功に終わった。伸吾はこれをきっかけに、帝都大学を目指し、無事合格することができたのだ。しかし、湯川と再会を果たしたのち、伸吾の姉が死亡したと知らされる。両親がなく、姉弟二人で生活してきた伸吾は大学を辞め、工場で働くことに。実は伸吾には、ある目的があり、工場で働くことを決意したのであった。
 北関東のとある町にスーパーテクノポリスという建物が建設されることを巡って、賛成派と反対派がしのぎを削る中、反対派のひとりが殺害されるという事件が起きた。彼は何らかの重大な情報を握っていたようなのだが、それはいったい!? 彼が残したものの中に、壁に穴があく様子が写された動画が残されていたのだが・・・・・・

<感想>
 ガリレオシリーズの短編集「禁断の魔術」の中に収められていた「猛射つ」という作品が長編化されタイトル「禁断の魔術」となり、文庫にて刊行された。文庫という事もあり、購入して読んでみたのだが・・・・・・まぁ、短編そのままであったかなと。比べてはいないので、変更点とかわからないのだが、ほぼ変わらない内容。よって、短編を読んだ人は無理に読まなくてもよさそうなくらい。これまた、映像化のために長編化された作品なのかなと邪推。

 ミステリとしては、そんなに見るべきところはなく、平凡な科学小説といってもよいくらい。ただ、レールガンって、すげーなーと思えたくらいか。全体的に良い方向へと話が持っていかれており、それゆえに安心して読める小説ではある。


人魚の眠る家   

2015年11月 幻冬舎 単行本

<内容>
 IT企業の社長である播磨和昌とその妻・薫。二人の仲はうまくいっておらず、離婚は間近と思われていたそんなとき、小学生を迎えようとする娘の瑞穂が水難事故に遭う。プールでおぼれて意識不明の重体となったのだ。その後、瑞穂は脳死状態とみなされることに。和昌と薫は、臓器移植のドナーという選択肢を迫られるなか、二人はこのまま脳死状態にある娘を育てていくことを決断し・・・・・・

<感想>
 ミステリとかサスペンスとかではなく、“脳死”というものに焦点をあてた人間ドラマ。個人的にはミステリ性が薄いところが残念なのだが、それでも小説としては非常にうまくできている作品である。

 本書では一人の少女の“脳死”を巡り、その家族、さらには周辺の人々を巻き込んでの苦悩・反応・決断などが描かれている。“脳死”というものに対して医療的な判別があるものの、最終的にそれを受け入れるかどうかは家族の判断となる。果たして、完全に死亡したのかどうかがわからない状態で、“脳死”という判定により最愛の家族の命をあきらめられるかどうかは、実際にそのような状況にあってみなければ決してわからないであろう。また、仮に脳死という判定を受け入れず、そのまま生かすという選択についても、周囲の反応といった世間体、さらには金銭面などのさまざまな問題がふりかかることとなる。

 作品のなかでは色々な形でこの問題を考え、さらにはそうしたなかで、どのような決断を強いられるか、そのひとつひとつの分岐における選択を記している。“脳死”云々についての是非の判断は難しくても、家族が良い意味で、その後健やかに暮らすことができる選択をとれるのが一番よいことだろうと思われる。ただ、それでもそこに関わる全ての人が納得してというのは、難しいのだろうなぁという風にも感じられてならない。

 難しい問題をとりあげたなと思いつつも、本書のなかでは話を非常にうまくまとめたなと感心させられてしまう。また、一見物語と関係なさそうなプロローグが、最終的にエピローグへと結びつき、これまたうまい具合に物語を紡ぎあげたと、読了後さらに感心させられた。


危険なビーナス   5.5点

2016年08月 講談社 単行本

<内容>
 動物病院で獣医として働く矢島伯朗のもとに一本の電話がかかってきた。かけてきたのは、伯朗の弟で異父兄弟である矢神明人の妻だという楓という女。彼女と明人は昨年、結婚したというのだ。しかし、その明人が行方不明になっていて、その失踪に矢神家の人たちが関わっているのではないかといい、一緒に明人の行方を捜してもらいたいと依頼される。伯朗は明人の嫁である楓に魅かれ、彼女と共に行動をすることとなるのだが・・・・・・

<感想>
 東野氏の作品ゆえに、読みやすいのは当然のことなのであるが、個人的に内容に惹かれず、だらだらと読んでしまったという感じ。作品のどこに惹かれなかったかというと、主人公が怪しげな女の誘いに、ずるずると乗っかっていく感じが不自然を通り越して不快であったこと。ここまでいくと、もはや大人というよりは、中学生男子みたいな感じであった。

 ただ、当然のことながら、その誘いに乗らなければ物語は動かないし、また、作品名より、その女性の存在がそれほどまでに魅力的であったということなのであろう。そう理解はしていても、なかなか読むスピードは上がっていかなかった。

 弟の失踪の謎、亡くなった画家である父親の生前の秘密、亡くなった母親の死の真相、などなど、それなりに魅力的な謎はきっちりと用意されている。ただ、最終的にはあまりにも内包的というか、こじんまりとしたところにとまとまってしまったなという感じ。また、せっかくの主人公の獣医という設定が、あまり生かしきれていなかったかのような。

 最後まで読んで気づいたことがある。それは、この作品を読むスタンスは、あくまでもライトなコメディ風の作品だと捉えて読むべきものであったという事。決して真面目なサスペンス・ミステリだと捉えて読む作品ではなかったのであろう。そのように捉えて、肩の力を抜いて読めば、よりよく楽しむことができる作品ではないかと感じられた。


恋のゴンドラ   6点

2016年11月 実業之日本社 単行本
2019年10月 実業之日本社 実業之日本社文庫

<内容>
 「ゴンドラ」
 「リフト」
 「プロポーズ大作戦」
 「ゲレコン」
 「スキー一家」
 「プロポーズ大作戦 リベンジ」
 「ニアミス」
 「ゴンドラ リプレイ」

<感想>
 東野氏による連作短編集。最初の作品を読んだ時には、ただの短編集かと思ったのだが、以降の短編にも同じ人物が登場し、連作短編集もしくは一つの長編という感触とも捉えられる作品になっている。

 最初の「ゴンドラ」では、スキー場における“ゴンドラの中”という特殊空間をうまく生かした作品となっている。著者がスノーボードが好きで、その経験が生かされたものと思われる。そのゴンドラの中では、狭い空間であるにも関わらず、多くのものがゴーグルやマスクをしていて、誰が誰だかわからないという特異的な状況となっているのである。そんな空間がうまく生かされていて面白い。

 この作品は、ミステリというような内容ではなく、恋愛コメディのような様相のもの。ただし、さまざまなサプライズが用意され、楽しんで読めること間違いなしの作品となっている。最近の東野氏の作品というと、内容は良いと思われるのだが、読了後にすぐその内容を忘れてしまうようなものが多い。本書はそうした作品群の中にあって、印象に残りやすい作品となっている。文庫版が出たということもあり、結構おすすめの作品。


雪煙チェイス   6点

2016年12月 実業之日本社 実業之日本社文庫

<内容>
 スノーボードが趣味の大学生、脇坂竜実は殺人の容疑をかけられてしまう。以前、老人の犬の散歩のバイトをしていたのだが、その老人が何者かに殺害され、現場の状況から脇坂が怪しいとされたのだ。無実を晴らすべく、脇坂は友人と共にスキー場へと向かう。脇坂は殺人があったと思われるときに、スキー場でスノーボーダーの女性と出会っていたのである。その女性を捜し、無実を晴らしてもらおうとするのであったが、既に刑事が二人を追ってスキー場へと向かっており・・・・・・

<感想>
 東野氏のゲレンデ・サスペンスミステリ・シリーズ作品(こんなシリーズ名はついていないが)。「白銀ジャック」「疾風ロンド」に続いての第3弾ということになるのかな。ただし、登場人物はそれぞれ異なるので、どの作品から読み始めても全く問題はない。

 このシリーズは、サスペンスミステリであっても、コメディタッチの作品ゆえに、安心して読むことができる。東野氏の作品ゆえに読みやすく、スピーディーで気軽に楽しむことができ、旅のお供にもってこいの小説(しかも文庫書下ろし)。

 内容は、ひとりの老人を巡る殺人事件の謎、逃げるスノーボーダー、追いかける刑事、ゲレンデで行われる結婚式の準備、“幻の女”ばりの謎の美人スノーボーダーの正体、等々。群像小説でありつつも、しっかりとまとめられており、わかりやすい内容になっているところはさすが。


素敵な日本人   6.5点

2017年04月 光文社 単行本
2020年04月 光文社 光文社文庫

<内容>
 「正月の決意」
 「十年目のバレンタインデー」
 「今夜は一人で雛祭り」
 「君の瞳に乾杯」
 「レンタルベビー」
 「壊れた時計」
 「サファイアの奇跡」
 「クリスマスミステリ」
 「水晶の数珠」

<感想>
 東野氏の作品の新装版が出続けているのを機に、感想を書いていなかった作品を読み直しているところ。そのなかで短編集を連続して読んでいると、その熟練ぶりを大いに感じることができる。ちなみに本書は新装版ではなく、初の文庫化作品であり、3年前に単行本としてまとめられた短編集。

 最初の「正月の決意」からして、魅せられる。初詣に起きたちょっとしたミステリ模様を見せられるという作品であるのだが、最後にもうひとつ、ちょっとしたオチをつけることによって、作品の意味合いが大きく変わるものとなっている。こういったテクニックは心憎い。

「今夜は一人で雛祭り」は、男親目線で語られる物語であり、そうしたなかで知られざる妻と娘の思いを痛感させられる内容。これはミステリ云々という話ではなく、小説を書く上での熟練の手腕を感じさせるできとなっている。

「十年目のバレンタインデー」は、何気に全編悪意に彩られたミステリ作品。「君の瞳に乾杯」は、単に男女の出会いが描かれる物語と思いきや、最後に一波乱が呼びこまれる。「レンタルベビー」はちょっとしたSF作品でありつつも、最後にまたSFを感じさせるように仕上げられている。「壊れた時計」は“画竜点睛を欠く”というには言い過ぎか。「サファイアの奇跡」は、ネコにまつわる不思議なちょっといい話。「クリスマスミステリ」は、通常のミステリの裏をかいた事件が描かれている。「水晶の数珠」は、何気に最近読んだ同じく東野氏の「クスノキの番人」を思いおこさせる。


「正月の決意」 夫婦が初詣に行った先で下着姿の男が倒れているのを見つけ・・・・・・
「十年目のバレンタインデー」 十年前、突如男の前から理由もわからぬまま消え去った女。その女が作家である男に連絡をしてきて・・・・・・
「今夜は一人で雛祭り」 妻に先立たれた男は、一人娘が突然結婚することとなり、途方に暮れる。そんなとき、家にある雛人形を飾ることにより、妻の別の一面を知ることとなり・・・・・・
「君の瞳に乾杯」 合コンで知り合った女の子とデートするようになったのだが、相手はなかなか自分のことを話そうとせず・・・・・・
「レンタルベビー」 ロボットの赤ん坊をレンタルで借りれる時代。その赤ん坊を借りた女は、子供を育てるという経験を経て・・・・・・
「壊れた時計」 男は金の欲しさから、ある家に忍び込み目当てのものを盗み取ってくることとなったのだが・・・・・・
「サファイアの奇跡」 女の子は神社で仔猫と出会い、心をかわすものの、ある日その猫が突然いなくなり・・・・・・
「クリスマスミステリ」 俳優は付き合っている年上の脚本家をうとましく思うようになり、アリバイトリックを用い、その女を毒により殺害しようとするのだが・・・・・・
「水晶の数珠」 俳優志望の男は父親の先が長くないということを聞き、実家に帰ることにした・・・・・・彼の家には代々親から子に伝わる不思議な数珠があり・・・・・・


マスカレード・ナイト   6.5点

2017年09月 集英社 単行本

<内容>
 新田刑事らの班が急遽呼び出され、他の班と共同で事件にあたることとなった。事件は、練馬独居女性殺人事件。匿名通報ダイヤルからの情報により明らかになった事件。これといった容疑者が見つからないかな、警察宛に密告状が届く。そこには、ホテル・コルテシアで行われるカウントダウン・パーティーに容疑者が現れると書かれていた。新田らは以前、ホテル・コルテシアで潜入捜査をし、事件を解決に導いていた。そしてまた、捜査班らはホテル・コルテシアにて潜入捜査をすることに。ホテルでは現在、コンシェルジュとなった山岸尚美らが待ち受け・・・・・・

<感想>
 なかなか面白かった。ホテルを舞台としたミステリであるために、色々と制約がなされてしまい、面白さも薄れるかと思いきや、思の他うまく書かれていると感心させられてしまう。

 物語は、年末に行われるパーティーに犯人と目される人物が現れるいう告発があったため、ホテルに刑事たちが乗り込み、怪しい客がいないかを監視していくという流れ。それと、ホテルのコンシェルジュとなった山岸尚美が客からさまざまな難題を持ち寄られ、それらを解決していくというパートが並行して進行してゆく。これらの流れから、いくつもの小さなエピソードが積み重ねられ、そして最後のカウントダウンパーティー場での大団円へとなだれ込んでゆく。

 客として登場する人々の様々な思惑が交錯し、予想のつかない物語が構築されている。もっと単純な話で収まるのかと思いきや、客たちの表層に現れている表情と、その裏に隠れている思惑が予想に反するもので、思いもよらぬ意外性が秘められていた。

 文章や構成力に関しては、もはや人気作家でありベテラン作家でもある東野氏であるから、しっかりした作品となることは当然のこと。ただ、そうした期待のなかで、こうしたエンターテイメント系の内容のものをきっちりとミステリとして成立させ、読者を最後まで楽しませるところは、見事であると感じられた。


魔力の胎動   6点

2018年03月 角川書店 単行本

<内容>
 「あの風に向かって翔べ」
 「この手で魔球を」
 「その流れの行方」
 「どの道で迷っていようとも」
 「魔力の胎動」

<感想>
 東野氏の作品である「ラプラスの魔女」が映画化されることを受けてか、その作品の登場人物である羽原円華が活躍する作品群を描いたよう。ちなみに「ラプラスの魔女」は既読であるものの、私のなかではあまり印象に残っている作品ではなく、今作の主人公のひとりともいえる羽原円華についてもほとんど覚えていない。それは、「ラプラスの魔女」自体が個人にスポットを当てる作品というよりも群像小説的な描き方をしていたことによるのであろう。そんなこともあってか、ここであえて羽原円華を強調する作品集を書いたという事なのだろうかと、勝手に想像している。

 本書は、物語の語り手である鍼灸師の工藤ナユタが羽原円華の力を借りて、さまざまな問題を解決していくというもの。それらはあくまでも“問題”であり、事件というようなものではないので、本書はあまりミステリ的なものは感じ取れない。その問題というのは、悩めるベテランスキージャンパーの問題、ナックルボールを捕ることのできないキャッチャーの問題、キャンプ場で亡くなった子を思う親の問題、相棒が亡くなったミュージシャンの問題。

 前作「ラプラスの魔女」に登場していた羽原円華には、どこか超自然的なものが感じられたのだが、本書ではそこまで超自然的ではなく、勘のいい少女的な感じ。そのためか、悩める人々の問題を解決していく様子を見ているとガリレオ・シリーズの羽原円華版、というような印象を受けた。

 また、単に悩み相談をしておしまいというわけではなく、実は本書において一番の悩みを抱えているのは語り手である工藤ナユタであり、彼が抱える問題についても少しずつ羽原円華が割って入っていくように描かれている。この辺は単なる短編集というわけではなく、しっかりと「ラプラスの魔女」に絡めつつ、連作短編的な構成をとっているところはさすがと言えよう。

 ただ、最終話の「魔力の胎動」は、その流れからすると、全く工藤ナユタとは関係ない話が描かれており、ここに掲載する分には蛇足というように思われた。むしろ「魔力の胎動」は、「ラプラスの魔女」の文庫版あたりに同時収録した方がよさそうな気がしたが。


沈黙のパレード   6点

2018年10月 文藝春秋 単行本

<内容>
 かつて起きた誘拐殺人事件。容疑者と見なされる男が捕まったものの、その男が黙秘を貫いたことにより、容疑者は無罪を勝ち取ってしまう。それから約20年の月日が経ち、そのときの容疑者の男がまたもや殺人事件の容疑者をかけられることに。事件は歌手志望の娘で、行方不明となった後、数年経ってからとうとう死体で発見されたというもの。容疑者の男は、またもや無罪を勝ち取ることになるのか? かつての誘拐事件を担当した草薙刑事は、今度こそはと捜査を進めてゆくのであったが、そこで思いもよらぬ出来事が! そんなとき、アメリカ帰りで教授となった湯川が現れ、何故か事件に積極的に関わり始め・・・・・・

<感想>
 ガリレオ・シリーズの新作長編。しばしの間、湯川はアメリカに滞在しており、このほど教授となって日本に戻ってきたとのこと。

 今回の事件というか、相対する者は、黙秘し続けることにより容疑を逃れた男。かつて起こった誘拐殺人事件の容疑者となりながらも黙秘を貫き、証拠不十分で無罪を勝ち取った男。この事件には、新人の刑事であった草薙が捜査に加わっていた。すんでのところでとり逃したかつての男が再び、事件の容疑者となる。それは、歌手志望の娘に対する殺人死体遺棄。その事件捜査に草薙が加わることとなるのだが、下手に捕まえても、また証拠不十分で逃れる可能性があり、捜査は慎重に進められることとなる。

 これに似たような実際に起きた事件があるのだろうか。この作品では、基本的には犯人の自供が重要で、それがないと有罪を勝ち取ることが難しいとしている。では、容疑者は黙秘を貫けば罪から逃れられるのかというと、実際には罪の重さや尋問に耐えられず自供してしまうケースがほとんどのこと。むしろ、黙秘を貫くというケースのほうがまれのようである。

 そして、その黙秘を貫く容疑者を巡り、とある事件が起こることとなる。すると、そこから湯川が登場し(実際には事件が起こる前から出ているが)、事件捜査に積極的に乗り出してくる。

 この作品を読んだときに感じたのは、この手の内容であれば、ガリレオ・シリーズよりも加賀恭一郎シリーズのほうが、適しているのではないかということ。確かに事件において、科学的なトリックが用いられているので、“ガリレオ”らしさというものは存分に出ている。ただ、そうしたなかで展開される人情劇場のような様子はあまりガリレオ・シリーズらしくないと感じられた。

 内容については、さほど派手さはないものの、存分に楽しめる内容であった。後半の怒涛のどんでん返しもなかなかのもの。また、最後に湯川がこの事件に積極的に関わった理由を明らかにする場面も、なかなか心憎いと思われた。


希望の糸   6点

2019年07月 講談社 単行本

<内容>
 喫茶店を営む50代の女性店主が刺殺されたという事件。誰にも恨みを買うことなく、客からの評判も良い店主がなにゆえ殺されなければならなかったのか? 容疑者は10年以上前に別れて疎遠になっていた元亭主、そして最近喫茶店に通っていた妻に先立たれて一人娘と暮らす男。ただし、容疑に上がったとはいえ、彼らに確たる動機は存在しないのである。この事件に潜む秘密とは!? 警視庁捜査一課の松宮刑事が捜査の末たどり着いた真相とは・・・・・・

<感想>
 加賀恭一郎が登場したので、彼が活躍するいつものシリーズ作品かと思いきや、今回のメインは加賀の従兄弟にあたり、同じく警視庁捜査一課に務める松宮脩平。その松宮が担当する事件は喫茶店の女店主が殺害されたという事件。

 事件捜査を松宮が進めてゆくのだが、本作品は松宮のみの視点ではなく、その他多数の視点から構成されている。プロローグは、不妊治療を受けることを決意する夫婦の様子から始まり、一人娘と暮らす50代男性の悩み、そして事件の被害者に関係するもの達の話。さらには、事件とは関係ないが本主人公の松宮の出自に関する話もクローズアップされることとなる。

 そうした色々な話を踏まえつつ事件捜査が進み、徐々に真相が見えてくることとなる。事件に対して“謎”というよりは、幾人かの人々がたどってきた“人生”を眺めてゆく物語という感じであった。とある子供の出自を巡って繰り広げられる人間模様とでも言ったところか。東野氏のいつもながらの作品らしく、しっかりとした人間ドラマが描かれている。


クスノキの番人   7点

2020年03月 実業之日本社 単行本

<内容>
 強盗の罪で起訴されかけた直井玲人は、大企業の顧問であるという柳澤千舟によって助けられる。千舟は玲人の叔母であることを打ち明け、今回玲人を助けたかわりとして、ある仕事をしてもらいたいと持ち掛ける。それは巨大なクスノキの番人という仕事であり・・・・・・

<感想>
 東野氏の作品を読んで、久々に面白かったと思われた作品。東野氏の作品であれば、ほとんどが標準を超えた面白さとなっている。ただ、それにもかかわらず、最近の作品は読んでいるとき面白いと思っていても、読み終えたのちにすぐに内容を忘れてしまうものが多いように感じられる。そうした感覚でこの作品も読んでいたのだが、これは最近の東野氏の作品の中ではかなり良くできている部類ではないかと感じられた。

 最初は、道を踏み外した青年の話と、その青年を助けようとする叔母との出会いから始まる。そして、それぞれの人生が語られることとなるのだが、この辺は正直言ってあまり面白いとは思わず、その先の展開もあまり期待はしていなかった。ただ、展開が進むにつれて、徐々に物語に惹きつけられ、内容を楽しみながら読んでいくことができた。

“クスノキ”という存在がどのようなものであり、それに祈りに来る人たちにどのようにしてメッセージを届けるのか。父親の行動をおかしいと感じ、その父親の後を付け回す娘。その父親自身の目的は? また、いきなり後継ぎとなり、困惑しながらもクスノキに祈ることをしいられる青年。そういったエピソードを通しつつ、主人公の青年が成長を遂げてゆく。さらには、主人公自身と叔母との関係や、叔母の会社に関わる問題にも深く立ち入ってゆくこととなる。

 基本的にミステリというものではなく、物語が語られる小説であるが、意外な展開も待ち受けており、見所は多々ある。そして、青年の成長物語が読めるものとして、非常に面白い。個人的には、主人公の成長速度が速すぎるようにも思えるが、そのへんはお約束ということで。この作品に関しては、最近の東野氏の小説は物足りないという人にとっても、十分満足させられるものではないかと思われる。


ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人   6点

2020年11月 光文社 単行本

<内容>
 神尾真世の元に警察から父親の英一が自宅で殺害されて死亡していると連絡があった。元教師の父親は、かつての教え子によって発見されたという。実家へ向かった真世が再会したのは、しばらく会っていなかった叔父の武史であった。元マジシャンの叔父は洞察力が鋭く、自分の力で兄である英一を殺害した犯人を突き止めようとする。それに付き合うこととなった真世。近日、同窓会が行われることとなっていたのだが、元のクラスメイト達は事件に関係しているのだろうか? また、同級生のなかで出世頭となった漫画家で“幻ラビ”という作品が大当たりした釘宮も来ることとなっており・・・・・・

<感想>
 タイトルからして、ちょっと変わった作風の内容なのかと思ったのだが、読んでみるとガチガチのミステリ作品。父親を殺された娘が元マジシャンである叔父と共に犯人捜査に乗り出すという内容。

 というガチガチのミステリであるのだが、これが読むのに少々時間を要した。何故かというと、中身があまり楽しくないのである。本書を読んで感じたのは、昨年読んだアンソニー・ホロヴィッツの「その裁きは死」と同様なもの。ホロヴィッツの作品にはホーソンという探偵が出てくるのだが、この探偵が全く魅力がない。そして本書も負けず劣らず元マジシャンという肩書を持った探偵役が登場するものの、この人物に全く魅力が感じられないのである。

 この元マジシャンの探偵については嫌味な感情ばかりが先行し、それが長々と講釈をたてるものだから、読む気が失せてしまうのである。そんなこんなで東野氏の作品のわりには読み終えるのにやや時間を要してしまった。また、他の登場人物についても主に主人公の同級生が主体となっているのだが、さびれゆく町に暮らす人々の現実的でちょっと嫌な話というようなものが多く、それもまた読書に身が入らなった要因であったかもしれない。

 それでも最終的な真相はきっちりとしたものになっているので、ミステリとしては評価すべき作品であると思われる。ただ、ここに出てくる探偵、まさかシリーズ化されるのかなと思うと、ちょっと微妙な思いがある。今まで東野氏の作品を読んでいて、あまりシリーズ化してもらいたくないと感じたものは初めてかもしれない。


白鳥とコウモリ   6.5点

2021年04月 幻冬舎 単行本

<内容>
 東京にて、人情派の弁護士・白石健介が何者かに刺し殺された事件。警察が事件を捜査していくうちに、遠く離れた愛知県に住む66歳の倉木達郎という男にたどり着く。そして倉木は30年以上前に犯した事件の真相を暴かれまいと、被害者を殺害したことを自白する。倉木が白石を殺害したということで決着がつきそうな事件。しかし、その事件の被害者と加害者の家族それぞれが起きた事件に対して違和感を持つことに。そこで、彼らはそれぞれ事件の詳細を洗いなおそうと考え・・・・・・

<感想>
 東野氏による社会派小説。ページ数の分厚さからいうわけではないのだが、これがなかなか骨太の力作となっている。

 著者は結構多くの社会派小説、もしくは社会的な問題を取り上げた小説を書いているが、本書はそのなかでも随一の作品になっているといっても過言ではない。事件発生から、その周辺の人々、そして被害者家族、加害者家族の様相についてまざまざと描きあらわしている。

 また、単なる社会派小説というだけでなく、ミステリとしても良くできている作品であった。事件が起きたのち、警察が容疑者をあぶりだし、その容疑者が自白をして事件は解決にたどり着く。しかし、その容疑者の自白のいくつかに矛盾が見られ、容疑者家族のみならず、被害者家族でさえ、事件の解決についてどこかおかしいと感じてしまう。もし、容疑者が事件を犯していないとすれば、誰が犯人であり、何故容疑者は自白をしなければならなかったのか? という点が謎となってゆくこととなる。

 うまく話が展開され、そして徐々に浮かび行く謎と、少しずつ明らかになって行く真相により、惹きつけられる物語となっている。社会派ミステリのような様相ゆえに、ある種の地味なイメージはぬぐえないが、そこに横たわる謎と真相は決して地味なものではない。これは読み逃すには惜しい傑作と言えよう。


透明な螺旋   6点

2021年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 花屋で働く島内園香は、突如片親である母親を亡くしてしまうことに。そんな園香であったが、上辻亮太と出会い、やがて二人は恋人となり同棲し始める。そんなある日、上辻亮太が遺体となって発見され、島内園香は行方をくらましてしまう。草薙刑事が二人の背景を調べ始めると、上辻は園香に暴力をふるっていたことが明らかとなる。嫌気をさした園香が上辻の手から逃れるために犯行を犯したのだろうか? また、園香と共に逃げているらしい絵本作家だという老婦人についても詳しい正体が判明しないままとなっている。彼女の書いた絵本に、参考文献として湯川学の著書が掲載されていたことから、草薙刑事は湯川のもとを訪ね・・・・・・

<感想>
 これを読んで思ったのは、ガリレオシリーズではなくて、加賀恭一郎シリーズで書くべき内容の作品ではないかということ。理系ミステリでなければ、別に無理をして湯川を登場させなくても良さそうな気がしてしまう。ただし、最後に明らかにされる一点において、本書がガリレオシリーズである意味が隠されているのだが。

 殺人事件が起きて、同居者の女性が失踪するというもの。その同居者と共に逃げている人物の正体は? また、失踪した女性の過去にまつわる秘密とは? ということが本書の焦点。こういった謎が、警察の捜査が進むにつれて徐々に明らかになって行く。そのへんは、警察ものとか、謎解きというよりは、物語仕立てという感じの展開。ゆえにミステリとしては地味な作品であったかなと。

 確かに驚かされる場面はあり、ミステリとして意図した部分についても理解はできる。ただ、やはりなんといっても地道というか、基本的にはとある女性の人生を辿る物語という感じが強いので、ミステリとしては物足りなかった。また、ガリレオシリーズとするのであれば、事件自体にもう少し理系ミステリを融合させるような工夫が欲しかったところである。




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