福井晴敏  作品別 内容・感想

川の深さは   6点

2000年08月 講談社 単行本
2003年08月 講談社 講談社文庫

<内容>
 元警察官で現在警備員をしている桃山は職場のビルの地下室で怪我を負った少年と少女に出くわした。何者かから追われている二人を何故か桃山はかくまうことに・・・。その少年少女は予想だにしない大きな組織から追われているらしいということに桃山は薄々気づき始める。しかし、3人は少しずつ打ち解けあうようになり、互いのことを話し始め・・・・・・
 第43回江戸川乱歩賞、最終候補作に残った作品を加筆修正。

<感想>
 本書を読んで感じられたのは「亡国のイージス」を短くまとめた作品のようである、ということ。もし「亡国のイージス」を読もうとしてその厚さに躊躇して手を出すことを控えてしまうのならば、まずは本書を読んでみるといいだろう。話の長さ的にはこのくらいが丁度いいのではないだろうかとも感じられる。

 物語としてはなかなか面白いものの、やや思想的な説明が長いなと感じられた。また、某宗教団体の様相を内容に組み込んだことに関しては、どこまで本書の内容に必要だったのだろうかと考えてしまう。アクションだけを望む人にとっては全体的にやや冗長と採られるかもしれない。逆に、アクションのみで終わる小説では満足できないという人は買いであろう。「川の深さは」という問いかけとその答えが印象的である。


終戦のローレライ   7点

2002年12月 講談社 単行本(上下)
2005年01月 講談社 講談社文庫(分冊1、2)
2005年02月 講談社 講談社文庫(分冊3、4)

<内容>
 世界大戦のさなか、ドイツが降伏し、連合国に対する国は日本のみとなり、一時期快進撃を続けていた日本も孤立し旗色が悪くなる一方であった。そんな中、ドイツから日本へと贈られた潜水艦がようやく日本近郊へたどり着く。その潜水艦は不思議なシステムを搭載しており、開発に関わった者たちから“ローレライ”と呼ばれていた。しかし、もう少しで日本に到着するというところで、戦闘中に潜水艦の核となるシステムを海に置き去りにしてしまうことに・・・・・・。この一連の作戦の指揮をとる浅倉大佐は“ローレライ”を使ってある目的を果たそうと、人員を選抜し奪還作戦を進めてゆくのだが・・・・・・

<感想>
 読み終わっての感想は長かった! という事が一番であった。どうにもこうにも上下巻のみの本にしてはものすごい分量のある本であった。それもそのはず、登場人物ひとりひとりに対してちゃんと設定が作られており、ひとりひとりがそれぞれの自我を持って行動している。とにかく、その書き込み量がすごかった。これはもう、一そろいの本として出すよりは一月に1冊ずつ10冊くらいに分けて書いてもらいたかったという内容であった。

 もしくはひとつの本とするのであれば、余分と思えるところをもっと削ってもよかったのではないだろうか。そこまでは書かなくても、と思われた箇所がかなりあったのも事実である。特に終章なんかはもう少しあっさりと終わっても良かったのではないかと感じられた。

 と、長さに関する話ばかりしてしまったが、いやとにかくよくここまで書いたな、書ききったなと言いたくなる本であった。ここまで書かれてしまえば、ある意味非の打ち所はないというしかないと思われる。

 最後のほうまで明らかにされなかった、“ローレライ”を使って何をするのか? という事がただただ気になり、ほぼそのことのみで最後までひっぱられてきてしまったという感じであった。そうして読んでいた中で気になった事なのであるが、特に前半部において感じたのだが、本書の視点が全体的に“戦後の考え方であるかのように”書かれているということである。そこが本書が今まで読んだ戦中小説と大きく異なる部分だと思われる。

 戦時中のさなかにあるのならば、一兵士がそういう事は考えないんじゃないのかなというような描写がかなりあった気がする。そういった部分がリアリティの欠如につながり、本書がある意味SFめいた作品と言う感触を強めているようにも感じさせられた。

 では、そのような視点で書かれた事が否かといえば、そうとも言えないと思える。あくまでも戦中小説として書けば、それはそれで救いようのなさが前面に出てしまい、エンターテイメント小説からは程遠くなってしまうだろう。それが本書は“戦後の考え方”を主として書いていると感じられるからこそ、希望の持てる小説となり、それがエンターテイメント小説として見事に成功した要因なのではないかと思われる。

 とにかくすごい作品であったという事は事実。ただ、できれば次の作品はもう少し読み易いページ数にしてもらえればと願っている。


6ステイン   6点

2004年11月 講談社 単行本
2007年04月 講談社 講談社文庫

<内容>
 「いまできる最善のこと」
 「畳 算」
 「サクラ」
 「媽 媽」
 「断ち切る」
 「920を待ちながら」

<感想>
「920を待ちながら」あたりは、その世界観を広げることによって「Op.ローズダスト」に広がっていったのではないかと思われる。他の作品も関連性は全くないはずなのだが、どこか「Op.ローズダスト」の前段であるような雰囲気の作品がそろえられている。

 福井氏らしく、福井氏ならではの力のこもった短編集が収められている作品集ではあるのだが、どこか微妙と感じられてしまう。というのも、これらの作品の主題は日常に潜み、銃を隠し持った工作員たちの話ということなのだろうが、その反面サラリーマン小説でもあると思われるのである。その工作員の小説とサラリーマン小説が微妙に合致しないのである。

 日常には実はこんな危険が潜んでいる、もしくは平和な日常の裏側というものを書きたかったのかもしれないが、どうにもファンタジー小説というようにしか思われない。日常に潜む工作員というのは理解できなくもないのだが、それが突如日常生活のなかで銃をバンバン振り回していたら、さすがにおかしいであろうと感じられてしまう。

 そんな感触がどうにもまとわりつき、良い話であるのだろうが、あまり世界観にのめり込むことができなかった。まぁ、そのような世界観に自然に溶け込むことができれば、良質の短編集を読んだという気にさせられるのではないかと思われる。


Op.ローズダスト   

2006年03月 文藝春秋 単行本(上下)

<内容>
 大企業アクト・グループの社員のひとりが会社のパーキングに入ったとき、突如爆発が起こった。一社員をターゲットとした爆破事件であるようなのだが、それともこれは企業を狙った爆弾テロなのか!? 他の国による爆弾テロかと思われた矢先、犯人側からさらなる犯行声明が! 慌てふためく、警察、公安、防衛庁。彼らの敵とはいったい・・・・・・またその目的とは? 今まさに、日本を敵にまわさんとした「オペレーション・ローズダスト」が始まろうとする!!

<感想>
 いや、なんとか出版された今年中に読めてよかった。福井氏の作品は長大なものが多く、どうしても後回しになりがちで、その年に読めたことがなかったのだが、今回は年内に読むことができた。

 今年の最初に西村健氏の「劫火」という作品を読んだのだが、それを思わせるようなものであった。ただし、「劫火」をもっとスケールアップさせたような内容である。

 今作では“古い言葉”“新しい言葉”というセリフが何度も出てくるように、思想的な色合いが強い作品と感じられた。単純な構図で言えば“テロリスト対守る側”というようになるのだと思うが、そのどちらもが行動を起こすのに対し、何故行動するのか? という理由付けを常にしていたように思われる。

 何故、今回テロを起こすことになったのか? 何故、彼らからこの日本を守るのか? 何故、日本はこのようになってしまったのか? 何故、自分は今このような立場にあるのか? 何故、自分はあの時逃げ出したのか? 何故・・・・・・・・・・??? という具合に、ありとあらゆる事に理由付けをしながら話が進められ、その本当の理由は何なのかということを求めながら奔走していく物語のように受け止められた。

 アクションを言葉で表す、という言い方はおかしいかもしれないが、とにかく行動ひとつひとつに理由を見出し、そして自分が過去に行った事、現在行っている事は何なのかという存在理由までもを見出そうとするような作品とも感じられた。

 と、そんなわけで最初から最後まで怒涛ともいえるアクションシーンが挿入されてはいるのだが、この作品の意味を映画で伝えるのは難しいのではないかなと思われる。確かに、アクションシーンだけであれば映画などを見たほうが見栄えがすると思われるのだが、この作品の本当の意味を考えるうえでは是非ともこの長大な小説を読んでもらいたい。


平成関東大震災   

2007年08月 講談社 単行本(ノベルスサイズ)

<内容>
 いつかは来ると考えられる関東大震災が本当に起きたらどうなるか!? リアルなデータと情報を満載した、実用的シミュレーション小説。

<感想>
 本書は実用的な内容の書籍といえよう。実際にもし関東大震災が起きた場合というのを想定して、実は政府を中心にいろいろな決まりごとがなされている。しかし、それらについて一般に広まっているかといえば、そうとは言えないであろう。現に私自身が、ここに書いてある事の多くを知らなかった。ゆえに、こうした決まりごとを多くの人に知らしめる必要があるだろう。そういう意味でもこの本が出版される意義というのがあるのではないだろうか。

 ちょうど、この内容を書いているときにラジオで地震の被害速報を伝える事についての問題点がインターネット上のニュースにて書かれていた。それは高速などを利用している人が、突然、緊急速報の音を聞いたときに、驚いて事故を起こすのではないかということ。この問題も、視聴者の認知度が問題視されているのである。

 こういったこともあわせて、こうしたことをいかに大勢の人に知らせるかということが大きな問題である、ということを気づかせてくれるという点でも本書は良書といえるであろう。実際に本書を読めば、防災に対して関心を持つ人も多くなるのではないかと思われる。

 ちなみに本書は具体的な情報を述べるだけではなく、小説としても成り立つ内容となっている。ただ、読んでいる最中は小説部分はおまけだなと感じていた。といいつつも、最後のほうではその小説自体にちょっとジンときてしまたのも事実である。

 とりあえず手軽に読める本なので、いっぺん手にとってみてはいかがか。


小説・震災後   

2011年11月 小学館 単行本
2012年03月 小学館 小学館文庫

<内容>
 2011年3月11日、東日本大震災発生。その大事件が東京に住む普通のサラリーマン・野田圭介一家のもとにも影を落とし始めた。見通しの立たない震災後の後始末と、原発事故による不安をかかえるなか、中学生である息子がネット上にデマ画像を流すという事件が明るみに出た。普通のサラリーマンである野田は息子や同世代の子供たちにどのような未来を示せばよいのか。野田圭介が出した答えとは!?

<感想>
 災害後にこのような作品が出るのは当然のことなので、普通であれば単に流してしまうところであるが、福井氏は災害以前に書いた「平成関東大震災」という作品を読んでいたので、どのようなことが書かれているのかと興味を持って本書を手に取った。

「平成関東大震災」はもっと災害に対して直接的な内容であったが、この作品では災害現場から少し離れた東京を舞台にしているためか、精神的・感情的な内容と感じられた。ただ、この作品を読んで、震災後にこういった不安を抱えることになった人たちや、心に闇を持たざるを得なかった人たちが、どれだけいたのかということを今更ながらに考えさせられてしまう。未だに反原発のデモ行進などが頻繁に行われているのをニュースで見ると、実はこういった心持の人たちが大勢いるのだろうということに気付かされる。

 本書では大人たちが、先の見えない未来をどのように子供たちの世代にバトンタッチしてゆけばよいのかを悩むものとなっている。戦後に描かれた明るい未来に対し、バブル崩壊以後に描かれるようになった未来は比較しきれないくらい暗いものであり、現実的なものである。そういったなかで、今の現実を受け止め、どこまで前向きに未来を語ることができるかということが、真剣に悩みながら描かれた作品である。きちんと考えれば考えるほど、暗くなりそうで怖いところもあるのだが、現実を受け止めつつも人は未来に向って歩んでいかなけばという思いが真摯に伝わってくる内容。


人類資金 1   

2013年08月 講談社 講談社文庫

<内容>
 詐欺を生業とする真舟雄一。彼は戦後、国家がどこかに隠したと噂される“M資金”の存在を持ち出し、それを実際のものと錯覚させ、騙す相手から多額の資金を引き出すという詐欺を繰り返していた。そうして、今回も同様の手口で詐欺を成功させた後、彼に接触してきた者がいた。Mと名乗るその男は、真舟に「M資金を盗んでもらいたい」というのであったが・・・・・・

<感想>
 久々に福井氏の長編小説が読める! ただし、文庫本書き下ろしによる分冊で!! 読みやすいことは読みやすいのだが、果たして最終的に何巻になることやら。現時点では4巻までは確実に出るようであるが・・・・・・

 なんと今回、福井氏が小説ネタとして取り込んだのは“M資金”。徳川埋蔵金に続いて、有名ともいえる隠し金。実際に在るのか無いのかはおいといて、その「M資金」を盗みだすというのが、今回の作品のキモとなるようである。

 大長編となる小説の一巻ゆえに、今回は導入という色合いが強い。日本が戦後どのような道筋を辿ってきたかが新聞・雑誌記事などを用いて、プロローグとして語られる。そして時は現在へと移り変わり、真舟雄一というひとりの詐欺師にスポットがあてられる。彼は“M資金”詐欺というものを行って、相手から金を引き出してゆく。それゆえに詐欺を行いつつも“M資金”というものを心のどこかで信じている。そんな彼に目を付けた謎の人物“M”によって真舟はM資金を強奪するというミッションに組み入れられることとなる。

 今後の展開は一切読めないのだが、謎の組織と詐欺師チームがしのぎをけずるというような感じになっていくのかなと。題材といい、キャラクターといい、コンゲームとして楽しませてくれそうな作品である。これは今後の展開に期待できそう。

 最初は導入ということで感想を書いてみたが、一冊ずつ感想を書いていくのも大変なので、残りは全て読み終えてからまとめて感想を書きあげたい。


人類資金 7   

2015年07月 講談社 講談社文庫(完結編)

<内容>
 (省 略)

<感想>
「人類資金」の1巻が出たのが2013年8月。1巻分だけ感想を書いて、あとはまとめてと思っていたので、ここで全体の感想を。それにしても、6巻から完結編となる7巻が出るまで1年半近くかかったのはどうかと。それなら、全部書いてから出せばよかったのではないかと思えてならない。

 この作品を読み続けていて感じたのは、ネガティブだなぁと。歴史に対するネガティブな見方ばかり。今こうなったのは、歴史をたどると、こういうところから始まり、こうなったという悔恨がやたらと語られる。歴史的な見地だから、一旦語られれば次の巻では話が進むと思いきや、別の国の悔恨や、視点を変えた悔恨と、延々続く。確かに今の世の中が悪いという風潮はわかるのだが、そんな話ばかり聞かされてもと思わずにはいられなかった。

 6巻と7巻の間が空いてしまったので、細かい内容を忘れがちになってしまったのだが、最終巻を読んで、この作品って発展途上の小国をいかにして救うかという話だったのかと気づかされる。M資金というのがメインであったような気がするが、いつの間にか日本を離れてしまい、別に国がメインの話かと。さすがに、M資金の力をもってしても、今の日本を救う事はできないのかなと、なんとなく思ってしまったり。

 全体的に見て、説明というか歴史的なものを語る部分が多く、今現在の行動という部分が少なかったかなと。ゆえに、M資金を巡る、現在の攻防のみを抽出すると、薄っぺらくなってしまうのではないかと。まぁ、行動ありきというよりも、株式などを操作してという経済的な部分がメインゆえに、アクション的なものを期待してしまうのが、間違っていたのかもしれない。日本や世界がたどってきた経済的な歴史を知る上では、役に立つであろう。




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