稲見一良  作品別 内容・感想

ダブルオー・バック   6点

1988年05月 大陸書房 単行本
1992年01月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 「オープン・シーズン」
 「斧」
 「アーリィタイムス・ドリーム」
 「銃執るものの掟」

<感想>
 一丁の銃にまつわる4編の話。手にした者が見な呪われるという“刀”の話はよく聞くが、これはその“銃”版。

「オープン・シーズン」は、愛人の目を通して、一人の射撃選手の生き様、彼の人生から転落していく様子を描いている。読み終えてみると、悲しくも不器用な男の生き様が印象に残る。

「斧」は少年の成長と父親との絆を描いた作品。少年は山での生き方と父親の生き様を目の当たりにすることとなる。良い話として終わってもと思いきや、そこは“魔銃”の話ゆえ・・・・・・

「アーリィタイムス・ドリーム」は打って変わって明るめの話。借金に悩むバーの経営者が一つの轢き逃げ事件の存在をかぎつけ、一発逆転を狙おうとする。西洋風の人情物語に仕立て上げようとした話という感じ。この作品集のなかでは一番長い作品。バーの店長の妄想部分が少々余計なような。

「銃執るものの掟」では、山で独り猟をして暮らす者が一人の逃亡者に出くわす。猟師はなんとか逃亡犯を出し抜こうとする。猟師対悪人という構図のはずが、この逃亡者に関してはどこか憎み切れないものを感じてしまう。二人の駆け引きの行く末に待ち受けるものに気を惹かれながら読む進めてゆくこととなる。

 全ての作品において男の孤独な生きざまを感じ取ることができる。たとえ探偵でなくても、殺人事件などが起きなくても、ハードボイルドは成立するということを知らしめるような作品集。


ソー・ザップ!   5.5点

1990年01月 大陸書房 単行本
1993年06月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 酒場“バビロン”によく集まるブル、ベアキル、ハヤ、金久木の4人。そんな彼らにレッドと名乗る者が声をかけてくる。レッドは4人に対して命を懸けた真剣勝負を挑んできた。人里離れた山奥で、4人はそれぞれ得意とする獲物を持ち、レッドと勝負を挑むこととなり・・・・・・

<感想>
 今でいうサヴァイヴァルゲーム小説。当時はこうした作風の小説は珍しそうだが、どうであろうか。ひょっとするとこの小説こそ、そういったジャンルの走りとなるのかもしれない。また、日本の小説では珍しく、銃に関する造形が深い作品でもある。

 4人組の名前からして外国人っぽいのだが、皆全員日本人であり、日本が舞台。挑戦を挑むレッドだけが外人となる。ブルは、動物の知識豊富なハンター。ベアキルは元プロレスラーで格闘技の猛者。ハヤテは手裏剣、小太刀の名人。金久木は元機動隊警官であり、射撃の名手。こうした四人にレッドが、それぞれ相手の得意分野での戦いに挑む。

 命のやりとりを通し、それぞれの男たちの教示と生き様を描き上げた作品。


ダック・コール   6.5点

1991年02月 早川書房 単行本
1994年02月 早川書房 ハヤカワ文庫JA

<内容>
 プロローグ
「第一話 望 遠」
「第二話 パッセンジャー」
「第三話 密猟志願」
 モノローグ
「第四話 ホイッパーウィル」
「第五話 波の枕」
「第六話 デコイとブンタ」
 エピローグ

<感想>
 久々に再読してみて・・・・・・短編集だったのかと。てっきり長編かと思っていた。イメージ的には、“銃と鳥”を扱った作品となんとなく認識していたのだが、実際には鳥をモチーフとした色々な話が語られている。

“鳥”にスポットを当てた作品としては「パッセンジャー」がうまくできているか。思いもよらぬ鳥の大群を目撃した男。それは事実だったのか? それとも夢か? という内容であるのだが、とある史実を用いているところが注目点となる作品。

 稲見氏の作品と言えば「密猟志願」と「ホイッパーウィル」の2作品当たりが代表格になるのではなかろうか。「密猟志願」は、ドロップアウトした初老の男と、ひとりでたくましく生きる小学生との邂逅を描いた作品。この物語以後、二人の関係がどうなったのかが気になってしょうがない。「ホイッパーウィル」は、ある種のマンハントものに近い内容。主人公のケンが単なる猟師ではなく、元兵士というところも物語に厚みを持たせている。さらには、追っていく相手が凶悪犯だけではなく、インディアンの酋長を含めているところも心憎い。

 その他も、鳥の有様と人間の想いを絡めて、さまざまな人間模様を描きあらわしている。まさに大人の小説といった内容の作品。


「望 遠」 仕事で一瞬のシャッターチャンスを狙っていた男がとった行動は!?
「パッセンジャー」 皆から見下されていた男が、山で驚くほど大量の鳥の群れに遭遇し・・・・・・
「密猟志願」 仕事をドロップアウトした男がアウトドアライフを始めるもののうまくいかず、ひとりの少年に教えを乞うこととし・・・・・・
「ホイッパーウィル」 州刑務所から脱走した凶悪犯を追うため、ケンは保安官に請われ追跡隊に加わり・・・・・・
「波の枕」 船が難破した後、源三はひとり海を漂い・・・・・・
「デコイとブンタ」 人に捨てられたカモ罠のデコイを少年が拾い・・・・・・


セント・メリーのリボン   6点

1993年06月 新潮社 単行本
1996年02月 新潮社 新潮文庫
2006年03月 光文社 光文社文庫
2018年06月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 「焚 火」
 「花見川の要塞」
 「麦畑のミッション」
 「終着駅」
 「セント・メリーのリボン」

<感想>
 稲見一良氏の作品が久しぶりに復活。ちなみに読みは“いなみ いつら”。中身はなんとなく昭和な男の物語という感じ。ハードボイルドとも捉えることができるのだが、それぞれの設定から言えば、若干変化球気味のハードボイルドと言えるかもしれない。古き良き時代の男たちが活躍する作品集。

「焚火」は、特に細かい設定は抜きに、ひとりの男が逃亡する話。その逃亡の道程でひとりの老人とであう。その老人の存在が圧巻で、主人公を完全に喰ってしまっている。老人のスペックが凄過ぎという感じもするが、その老人もひょっとすると、かつての逃亡者であったと考えると、その行動にうなずけないこともない。

「花見川の要塞」は、著者が花見川近辺に住んでたゆえにできた物語とも言えよう。ファンタジー絵巻ともいえるロマンチック小説。過去と現在が交錯し、機関車が現在に甦る。ひとつの過去の遺物から、そういった物語を想像する力がなければ、こういった夢を見ることはできないのであろう。

「麦畑のミッション」は、航空ロマン小説と言ってもよさそうな内容。これを今の時代に書くと、戦争を美化していると批判されるかもしれないが、それでも読み人によってはロマンを感じずにはいられない物語であろう。結末は結構予想がつきやすいものであるのだが、お約束ゆえのロマンを感じ取ることができる。

「終着駅」は、ポーターという駅で荷物を運ぶことを商売としていた者達の物語。今ではとっくに見ることのできなくなった職業。ホテルなどでは普通に機能しているかもしれなく(単独の職業ではなさそうだが)、また外国ではいまだこういう商売もあると思われる。そのポーターを生業としている者達も、その商売の限界を感じ、将来への不安を感じている時に、とあるカバンを目にすることとなる。ある種の犯罪小説とも言え、けっして褒められる話ではないが、これはこれでロマンといってもよいのではなかろうか。そうした鷹揚さも含めて古き良き時代ということで。

「セント・メリーのリボン」は、本書の核とも言える作品。この作品があるがゆえに新装版として復刊されたのであろう。猟犬探偵の生活を描いた作品。普段、失踪した猟犬の行方を捜すことを生業とする者が盲導犬の行方を捜してほしいという依頼をうける作品。この作品だけではもったいなく、シリーズとして出せばという声もありそうだが、実際に期待に応えたのかどうかはわからないものの後に「猟犬探偵」という作品を出している。これも光文社文庫で出ていたので、復刊を期待してよさそうな気がする。何はともあれ、これを読んで、猟犬を探しながら一人山で暮らす男の生きざまを堪能していただければと。


男は旗   6.5点

1994年12月 新潮社 単行本
1996年12月 新潮社 新潮文庫
2007年03月 光文社 光文社文庫

<内容>
 かつて大海原を快走していたシリウス号は、エンジンを取り外され、海に浮かぶホテルとして再利用されていた。船乗りであった安楽は、今はこのホテルの支配人に収まっている。そのホテルが経営難により買収され、譲り渡さなければならなくなった。さらには、悪党どもが船に宝の地図が隠されているといって、執拗に奪いにやってき始めた。安楽は、この船内ホテルで働くこととなった訳ありの仲間たちと共に一大決心に打って出ることとなり・・・・・・

<感想>
 冒険浪漫という一言。まさに夢が詰まった小説という感じである。令和となった今の世では、こういったものを書く人はいないだろうし、ひょっとしたら書くこと自体が許されないような場面もあると思われる。

 しかし、こんな世の中だからこそ、こういう小説を読みたいし、こういうものを映像でも見たいと思ってしまう。アウトローたちの爽快なやりたい放題の物語というのもいいじゃないかと。

 最後の宝の地図に関する結末がしっかりしていて、それがさらにこの作品の価値を高めていると感じられた。


猟犬探偵   6点

1994年05月 新潮社 単行本
1997年07月 新潮社 新潮文庫
2006年09月 光文社 光文社文庫

<内容>
「トカチン、カラチン」
 父親から虐げられた子供が飼っていたトナカイと共に逃げだしたと・・・・・・
「ギターと猟犬」
 依頼された犬の行方を追っていると、長しの艶歌師が連れていたとの情報が・・・・・・
「サイド・キック」
 馬と犬を連れて逃げた男を追ってもらいたいという依頼。馬は見つけ次第処分するというのだが・・・・・・
「悪役と鳩」
 こわもてのストリートファイターから犬を探してもらいたいという依頼が。調べてみると同じように猟犬がさらわれる事件が多々起きており・・・・・・

<感想>
 失踪した猟犬探しを専門とする<竜門猟犬探偵舎>という事務所を構える竜門卓。相棒は猟犬のジョー。竜門卓は「セント・メリーのリボン」という短編にも登場したことがある人物。

 古き良き時代のハードボイルド作品とも言えるし、もしくは現代的な目線でいえば、ある種のファンタジー的な作品とも捉えられるような。トナカイや馬が普通に出てきて公道を走ったり、やくざ達をいとも簡単に叩きのめしたりというのを見ると、フィクションというよりは、どこかファンタジーめいたものを感じてしまう。ただ、昔読んだときには、そんな風には特に感じなかったので、これは時代性によるものなのかなと考えてしまう。

 猟犬探偵というわりには、動物への愛情よりも、人情の方が強く表されていたような感触。全体的に、やや粗削りな物語という気はするが、勧善懲悪っぽい内容に思わず惹かれてしまうことに。良い話から、悲しい話まで、さまざまな形で物語が紡がれている。


花見川のハック

1994年07月 角川書店 単行本
2002年03月 角川書店 角川文庫

<内容>
 俺はもうまもなく死ぬだろう・・・・・・。ガン宣告を受けてから覚悟の十年、残された日時に刻みつけるように小説を書いた作家・稲見一良。男らしいやさしさを追い求め、花見川の自然を呼吸し、ときに少年の憧憬さえ甦る。本作品集は、腹水がたまり、半身になりながら、虫の息で、原稿用紙に鉛筆をなぜるように書いた遺作の数々である。死を目前にして、透徹したまなざしで、人生を見つめた珠玉の物語。

<感想>
 一人の男の夢を描いた、まさに集大成たる作品集。これらの作品集は以前に書かれた長編や連作短編などをそれぞれ思わせるような題材で描かれている。

「男は旗」を感じさせるような、小さい田舎町でありながらも大きな夢を持つことによって、それがアメリカであるかのように思わせる壮大な冒険を描いたもの。

「ダック・コール」を感じさせるような、銃への思い入れと親子の絆への情念。

 こうした思いがところどころに見ることができ、作家として何を伝えたかったかが、まさに一冊の本として表されている。人によって、最後に残すものは日記であったり、断片的な手記であったり、遺書であったりする。稲見一良は一冊の本としてここに遺し、そして逝ったのであろう。




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