井上真偽  作品別 内容・感想

恋と禁忌の述語論理   6点

第51回メフィスト賞受賞作
2015年01月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 「スターアニスと命題論理」
 「クロスノットと述語論理」
 「トリプレッツと様相論理」
 「恋と禁忌の・・・・・・?」

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<感想>
 ミステリにおける謎を論理学によって解き明かそうという小説・・・・・・なのであろうが、読んでみたところでは、ミステリの事象を論理学に当てはめただけだったような印象。

 それぞれのミステリとしての題材は面白い。カレーに毒を入れたのは故意なのか、事故なのか。レストランの従業員を殺害したものは誰で、その方法は? 館の中で起きた殺人事件の容疑者は双子の姉妹であるのだが、どちらかを特定することができない事件。という3つの謎の挑戦している。

 どれも謎として面白いのであるが、それぞれの事件の描写が薄めで、キャラクターで水増ししているところが気になってしまう。ちょっと不必要な登場人物が多すぎたか。

 それと、それぞれの事件の解決にも疑問が残る。どれも名探偵を登場している割には、事件の解決がおざなり。1つ目の事件は、論理学を用いた割には、関係のないところで解が決まってしまったような気が。2つ目の事件は、探偵が下した推理のほうが説得力があり、あとから出た真相のほうが異論が出てきそうな気がした。ただし、2つ目の事件は論理学に関しては面白かった。3つ目の事件は、単なる一発ネタのトリックのような(ミステリとしては単純明快で楽しめた)。

 また、最終的に全体をまとめるような趣向がこらされているようなのだが、そこでのまとめ方により、かえって話全体がぼやけてしまったように思われた。結局、何が真相で、何が虚構なのかわかりづらくなっただけ。個々の短編や、話全体をミステリとしてきっちりとまとめてもらいたかったところ。


その可能性はすでに考えた   6点

2015年09月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 借金まみれであるが腕利きの探偵・上苙丞(うえおろ じょう)、彼のもとに一人の依頼者が来る。その依頼者の女性は、10代のころに親と共に宗教団体に所属しており、人里離れた村で自給自足の生活を行っていたという。その宗教団体は、集団自決により終焉を迎えることとなったのだが、その時の唯一の生き残りが彼女であった。彼女は部分的な記憶を失っており、その事件が起きた時、ひょっとすると親しかった少年を自らの手で殺害してしまったのではないかと疑いを抱いているのである。この事件の詳細を聴き、探偵・上苙が出した答えは、“奇蹟”であった。探偵曰く、人知の及ぶあらゆる可能性を否定できると! その探偵の出した答えに反論するように、さまざまな人物が事件の謎に挑むのであったが・・・・・・

<感想>
 閉鎖された場所で起こった宗教団体による集団自決事件。そのとき、何が起きたかについて挑む本格ミステリ・・・・・・ではあるのだが、なんとこの作品では、あらゆる解決を否定し、それらを否定し続けることで“奇蹟”であるということを示すことに挑戦するという野心作。

 と言いつつも基本的には、次から次へと出てくる事件に対する解釈を否定し、新たな解を見出していくという趣向にすぎない。今年度新刊でいうと深水氏の「ミステリー・アリーナ」に似ているように思われる。このような趣向の難点は、最終的に導き出される解答が、それまでのものを上回っていなければならないということ。ゆえに、反論すればするほど、敷居が高くなってゆくのである。

 ただ、本書においては、その“反論”すること自体がメインであるように思えなくもない。その辺、趣向としてはずいぶんと異なるが、前作でデビュー作である「恋と禁忌の述語論理」を思い起こさせるものである。理屈をこねればこねるほど、前作に近づいていくようにも感じられた。

 まぁ、趣向としては面白かったのではないかと。若干、キャラクター設定や、物語設定が煩雑で、無駄にややこしいと強く感じてしまったが、興味深く読めたことは確か。また、途中の推理で出てくる、これでもかと言わんばかりの機械的トリックもなかなかのもの。アンチミステリ風の普通のミステリという感じ。


聖女の毒杯   その可能性はすでに考えた   6.5点

2016年07月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 結婚の際に“追い出し土下座”という花嫁の父親が実家を出る娘を土下座で見送り、さらにその父親が花嫁道中でなじられるという変わった風習を持つ地域。用事があってそこに来ていたフーリンは、その結婚式を見物することに。すると宴の最中に3人の者が毒によって死亡するという事件が起きる。盃を親族で回し飲みしていくという儀式があるなか、盃に口を付けた7人のうち、1番目、3番目、7番目に飲んだ者が毒により死亡したのである。果たして誰がどのような方法によって、このような殺人を成しえたというのか? もしくはこれは“奇蹟”によるものなのか・・・・・・

<感想>
“その可能性はすでに考えた”シリーズの2作目。今作の方が前作のような無駄な派手さが少なく、通常のミステリ作品として読めたという感じがする。また、趣向がある程度わかっているということもあり、前作よりは好意的にとらえることができたような。

 飲み継がれる盃から、如何にして飛び石殺人を完成させることができるかという内容。一応、作品の趣向としては、ありとあらゆる推理を否定して“奇蹟”であることを証明するというものであるのだが、普通にどのように不可能殺人がなされたのかという事を考えることができて面白い。

 いつくも披露されるちょっとした推理については、さほど感じ入るものがなかったのだが、それを否定するために用意周到に張られた伏線については感心させられる。普通のミステリとはちょっと異なる角度での凝りようが見物といえよう。さらには、真相の前に披露される一歩手前の推理が否定される部分こそが本書の一番のキモとも感じられたのだが、著者の意図はどうであったのだろう。“奇蹟”を証明しようとする意図についてはどうかと思えるのだが、ミステリ小説としてはそれなりにうまく出来ていたのではなかろうか。


探偵が早すぎる   6点

2017年05月 講談社 講談社タイガ 上巻
2017年07月 講談社 講談社タイガ 下巻

<内容>
 父親から莫大な遺産を相続することとなった女子高生の一華。彼女は、その資産を狙う親戚たちに命を狙われる羽目となる。唯一の味方は家政婦のような役割を担う橋田だけ。その橋田は一華を守るために、自分のつてにより、とある探偵を雇うことに。その探偵は事件が起こる前にトリックを看破するという凄腕であると・・・・・・

<感想>
 状況を把握することにより事件が起こる前に事態を収拾してしまうという探偵が活躍する作品。ただ実際には事件というよりも暗殺を防ぐという事で、ボディーガード的なイメージが強いものとなっている。

 莫大な遺産を相続した女子高生に対し、その遺産を狙うために親戚一同、争うようにしてその女子高生の暗殺を試みる。そしてそれを探偵が防いでいくという流れ。ということで、連作短編を見ているような感触の内容。最初こそは、事前による情報収集により、事件の前兆を予測し、犯人の先を行くという展開に感心させられるものの、それが矢継ぎ早に続くことにより、徐々に関心は薄れてしまう。また、後半に入るほど段々とその暗殺計画もおざなりになっていったような。

 ただ、ミステリというよりも、ちょっとしたキャラクター小説かつ、スパイものにちかい陰謀小説のようなものと捉えれば、それなりに面白い。最後の最後で肝心の探偵がちょっと・・・・・・という場面もあるのだが、まぁライトノベルズ的な作品という事でそういった展開でもよいのであろう。なんか、昔読んだ西尾維新氏の作品を思い起こしたような。


ベーシックインカム   6点

2019年10月 集英社 単行本

<内容>
 「言の葉の子ら」
 「存在しないゼロ」
 「もう一度、君と」
 「目に見えない愛情」
 「ベーシックインカム」

<感想>
 本屋で見かけた本で、“SFミステリ短編集”と帯に書かれていたのを見て、読んでみようと思い購入。井上氏はメフィスト賞作家であり、その他にも「その可能性はすでに考えた」などの著作がある。

 全体的にミステリとしては弱いような気がするが、それぞれの作品で最後にしっかりと落としどころを持ってきている。その結末は予想ができそうなものから、予想だにできないものまでさまざま。ただ、この作品を読んでいると、現実的に起こりうる、すぐそこにある未来を見ているようで、SFというよりも普通小説のような感覚で受け入れることができてしまう。

 いろいろな最先端技術、遺伝子工学、そういったものが遠い未来というようなものではなく、現実の延長線上に繰り広げられており、現実と乖離しない感覚のまま読むことができた。ここに描かれている未来には実際到達していないわけだが、そういった未来が待ち受けているのではないかと容易に想像できてしまうところが興味深い。まさに今の時代に描かれた近未来小説という位置づけのものであろう。その時代時代によって描かれる未来というのは異なってくると思われるので、この時代に書かれたSF作品として貴重な一冊といえるのではなかろうか。

 作品についてあれこれ触れようと思ったものの、触れてしまうとネタバレになりそうなので、非常にわかりにくい感想となってしまった。


「言の葉の子ら」 保育園に来た新人保育士、エレナ先生の奮闘記。
「存在しないゼロ」 豪雪地帯において、雪で取り残されながら生き延びた母と娘、そして死亡した父親、その背景。
「もう一度、君と」 夫婦で怪談のVRを見ていた際に消えた妻。その理由とは?
「目に見えない愛情」 父は失明した娘のために最先端医療を受けさせようと奮闘するのだが・・・・・・
「ベーシックインカム」 訪ねてきた教授は学校で起きた盗難事件について語りだし・・・・・・


ムシカ 鎮虫譜   6点

2020年09月 実業之日本社 単行本

<内容>
 音大に通う仲の良い男女5人組は、夏休みにクルーザーで無人島を訪れる。その無人島には音楽の神が祀られているという噂があり、それぞれ進路に悩む5人は、神頼みをせんとばかりに島の神社を目指す。すると、彼らは虫に襲われ、そして島の巫女に助けられることとなる。5人は島の過去を巡る謎と、“手足笛”の争奪戦に巻き込まれることとなり・・・・・・

<感想>
 井上真偽氏の新作。今回はなんと伝奇ミステリ。本格ミステリのみならず、前作のSF短編集「ベーシックインカム」等、色々なものに挑戦しているようである。

 今作は、音楽の神が祀られているといううわさの無人島に5人の音大生が乗り込み、騒動にまきこまれるといったもの。その音大生たちが、いつしか島を巡る謎と“手足笛”という謎のアイテムを巡る事件の渦中に投げ出される。

 序盤は、多々登場人物が表れてごちゃごちゃしていたという印象。ただ、中盤から後半にかけては話の設定が落ち着いてきて、物語にのめり込むことができるようになってくる。また、最初は5人の音大生がたいした意味もなく次々と命を落とす・・・・・・というような話だったら嫌だなと思っていたのだが、そんなことはなく、勧善懲悪っぽい話の流れとなっているので安心して読める作品となっている。とはいえ、虫虫虫とたくさんの虫たちが出てきているので、そのへんが生理的に受け付けないという人もいるであろう。

 まぁ、全体的には面白く読めた作品であったかなと。“手足笛”の秘密などもしっかりと表されていたし、最後はうまくまとめられていた。エンターテイメント作品としてそれなりに楽しめる小説となっていると思われる。


アリアドネの声   6.5点

2023年06月 幻冬舎 単行本

<内容>
 ドローンのベンチャー企業で働く高木春生。彼は障害支援都市“WANOKUNI”プロジェクトのオープニングセレモニーに参加していた。その都市の防犯システムに彼の会社のドローンが採用されていたのだ。そのセレモニー後に巨大地震が発生する。ほとんどの人が避難を終えたなか、障害者の女性が地下に取り残されてしまう羽目に。そこで高木らは最新ドローンを駆使して、その女性を避難誘導させようとするのだが、女性は“見えない、聞こえない、話せない”というハンデを負っていて・・・・・・

<感想>
 話題性のありそうな作品。ドローンによって障害者を導き、被災地から脱出させるという作戦を描いたもの。しかもその障害者が“見えない、聞こえない、話せない”というヘレン・ケラーのような障害を持っている人物。ドローンが有するカメラのみに頼って、被災している非常時の中で人助けをしていくという緊迫感が伝わってくる内容。

 読んでいて非常に面白かった。ドローン性能の限界によって、何ができて何ができないという限られた条件の下で、しかもハンデのある人物を誘導するという試みがものすごい。実際に、ここまでうまくいくものなのか、それともハプニングがなければこの小説よりもすんなりと助け出すことができるのか、そういった面でも興味深い。

 それと、ちょっとミステリじみた試みも行われているが、それについてはわかりやすかったかな。まぁ、ミステリ作品と言うよりも、普通にエンターテイメント作品として楽しむべき作品。




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