海堂尊  作品別 内容・感想

チーム・バチスタの栄光   7点

第4回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作
2006年01月 宝島社 単行本

<内容>
 心臓に施す特殊な手術“バチスタ手術”。東城大学医学部付属病院ではアメリカからバチスタ手術の専門医・桐生医師を呼び、このバチスタ手術を行うチームを結成した。それはチーム・バチスタと呼ばれ、難しいとされたその手術を30回近くにわたって成功させ続けてきた。しかし、最近チーム・バチスタによる手術が立て続けに失敗しているのである。とはいえ、その原因がどこにあるのかが誰にもわからない。そこで病院長は院内の窓際医師と噂される、不定愁訴外来責任者の田口に内部調査を命じるのであるが・・・・・・

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<感想>
 いや、これは面白い作品であった。第4回にしてようやくメジャー級のエンターテイメント作品が“このミス大賞”から出てきたようである。第3回の「果てしなき渇き」も個人的には良い作品だと思っていたのだが、暗さの漂う作品のせいかあまり評判にはならなかったようである。しかし、この「チーム・バチスタの栄光」であれば広く世間に受け入れられるだろうと思われる。

 ただ、心配なのは“このミス大賞”自体の現在の認知度の問題。第1回に比べれば本屋で並ぶ量も多くなくなり、それだけ人目に付く機会も減っているのではないかと思える。余計なことではあるが、この作品が第1回の受賞作であったら、また“このミス大賞”に対する見る目も変わってきたのではないかと思えるのだが。

 本書の内容であるが、バチスタ手術というものに対して、不審な点がないかどうか調査するというもの。最初この作品を読み始めたときは江戸川乱歩賞で見られるようなお堅い作品なのかと思っていたのだが、そういう感触はすぐに一変する。

 というのは、ここで出てくる“バチスタ手術”、“チーム・バチスタ”とか、主人公が勤めている“不定愁訴外来”といった設定が何故か奇異な設定に思えるのである。たぶん実際似たようなものが存在するのであろうが、この本の中で書かれている分にはなんとなく創り物めいた設定に感じられ、それが逆に物語りに対するとっつきやすさとなっている。

 また、主人公の田口という人物の設定も面白い。この人物は自らが望んでドロップアウトしたような医師であるのだが、普段は病院に対する愚痴を抱えた人の話をひたすら聞くという仕事をしている。その普段の行状によるものなのか、ただ単に暇そうに見えたからなのか、彼がチーム・バチスタへの調査を行っていく事になるのである。

 そして田口によるチーム・バチスタの面々への聞き取り調査が始まってゆくのだが、その様相のひとつひとつが面白く、興味深く読めるようになっている。その会話の中からどこに田口がポイントを見つけ、真相を見出していくのかと、読んでいるほうは自然と内容に惹かれてしまうのである。

 さらに本書の山はこれだけではない。てっきりこの田口が主となって事件を調査してゆくのかと思いきや、話が半分過ぎたところからとんでもないキャラクターが登場してくるのである。それが白鳥という名前とは裏腹にゴキブリのような男なのである。

 とはいえ、ここからチーム・バチスタの真実を明らかにしていく展開は見事なもの。物語はラストへの大団円へと猛烈なスピードで流れ込んでゆく。

 と、本書は良質のミステリーというよりは、極上のエンターテイメントと表現するのがぴったりくる小説となっている。とにかく楽しめる事間違いないので、ぜひとも多くの人に読んでもらいたい作品である。

 また、個人的に気になっているのは本書には名前だけが出てきて登場していない人物がいること。これはシリーズ化もありえるのではないかと思っている。続編が出ればぜひとも読みたいところなのだが実際のところどうなのだろうか?


ナイチンゲールの沈黙   6点

2006年10月 宝島社 単行本

<内容>
 バチスタ・スキャンダルから9ヶ月が経ち、騒動の渦中にあった東城大学医学部付属病院はようやく落ち着きを取り戻してきた。相変わらず、患者たちの愚痴を聞き続ける不定愁訴外来の田口公平であったが、今度は軽い騒動に巻き込まれることに。眼科にて眼球摘出手術を受けなければならない子供達のメンタル・サポートを引き受けてくれと依頼されたのである。いやいやながらも軽い気持ちで引き受けたのだが、それがいつしか殺人事件へと発展する騒動へと広がっていく・・・・・そして田口の前に現われたのはまたしてもあの白鳥であった!!

<感想>
 前作が出たのがまだ今年で、必ずや続編が出るだろうとは思っていたのだが、こんなに早く手に取ることができるとは思ってもいなかった。前作の興奮冷めやらぬ中、早くもあの白鳥と田口のコンビが帰ってきた。

 ただ、前作に比べればややヒート・ダウンしたかなと感じられてしまう。今回は特に登場人物が多くなり、多視点になった分、白鳥と田口が中心となるパートが少なく、それによって物語の濃度が薄まってしまったように思われた。

 また、今回起きた事件もそれほど大きなものではなく、かつさほど不可解な事件というほどでもない。よって、ミステリとしても弱くなってしまい、それによって白鳥が力をふるうというほどの事件ではなかったように思われる。

 では、本書が面白くないのかといえばそんなことはない。この作品(もしくは今後はシリーズといってもよいであろう)はミステリという枠から抜け出したエンターテイメント作品として付き合っていくのが正しい読み方であろうと思う。そう考えれば、本書はさまざまな要素がつまった充分に楽しめる作品と言えるだろう。

 前回から引き続き登場する人物達に加えて、新たに登場する(それぞれ妙なあだ名が付いた)病院の専門医たちと看護婦。さらにはやっかいごとを振りまく年少の患者たち。そして奇妙なとりあわせのコンビの刑事に、瀕死の歌姫とそのマネージャー。これだけ変な人たちがオンパレードで登場して話が面白くならないはずがない。

 前作のできが良すぎたために、本書に対しては辛口になってしまうかもしれないが、そういうことはさておいて、シリーズもの特有の楽しさを享受してもらいたい作品である。続編がでれば必ずや読んで行きたいという思いに変わりはない。


螺鈿迷宮   

2006年11月 角川書店 単行本

<内容>
 留年を繰り返し、医学の道をリタイア寸前の東城大学医学生・天馬大吉。名前とは裏腹の不幸な人生を突っ走りつつ、賭け事にあけくれる毎日。そんなあるとき、幼なじみの葉子から“碧翠院桜宮病院”へボランティアとして潜入してもらいたいとの依頼を持ちかけられる。なんでも、桜宮病院へ入っていったきり行方不明になった男がいるのだという。嫌々ながらも、引き受けざるを得ない状況に追い込まれた天馬は桜宮病院へと乗り込むことに・・・・・・。しかし、ボランティアとして勤め上げようとする以前に、いつしか患者として入院しなければならなくなる羽目に・・・・・・。その入院生活で彼を待ち受けていたのは、殺人看護婦?“姫宮”であった!?

<感想>
 今まで「チーム・バチスタの栄光」「ナイチンゲールの沈黙」と書かれ、本書は海堂氏にとって3作目となる作品。前2冊では舞台は東城大学であったのだが、本書ではそれらの作品の中でしばしば語られることのあった桜宮病院となっている。また、前2作に登場した主人公の一人に白鳥という人物がいるのだが、その白鳥が自分の部下に姫宮という人物がいるということを物語の中で語っていた。今作ではその姫宮がようやく初登場を遂げる事になる。

 と、上記に挙げたこともあって、今作の位置付けは前2作に対して外伝的な位置付けの本かと思っていた。しかし、実際に読んでみると外伝というよりは、もはやこれは前2作の続きと言ってもよいような内容であった。故に、前2作を読んで、そのシリーズを読み続けたいという人はこちらも忘れずに読んでおくことをお薦めする。また、まだそれらのシリーズを読んでいないと言う人も、この作品を読む前に前2作を読んでおいたほうがより楽しめるだろうということを述べておきたい。

 それで今回の内容はというと、もはやミステリではなくなってきているなと。これはもう、一つの病院を巡る物語というふうにしかとることができない。一応それなりに病院を巡る謎というものもあるのだが、それは別に読者が予想するとかそういうものではなく、ただ単に物語が進行しながら徐々に色々な事象が明らかになってゆくという展開になっている。

 では、本書がただ単に病院の物語というだけで面白くなかったのかというとそんなことはなく、なかなか楽しめる作品に仕上げられている。前作「ナイチンゲールの沈黙」は多視点にしたがために話し全体のまとまりが欠けていたように思えたのだが、今作では天馬という主人公を配置したため、話し全体に締りが出ていたと感じられた。故に前作に比べて格段によくなったという風にとらえることができた。

 ただひとつ残念だったのは“白鳥”の登場に関して。「バチスタの栄光」では白鳥の存在が光り、作品を高い評価に押し上げたが、「ナイチンゲール」と本書ではあまりその存在を活かすことができているようには思えなかった。故に、今回は無理に白鳥を登場させる必要がなく、姫宮と天馬とその他の登場人物たちだけで物語を進行させた方がよかったのではないかと思われる。

 まぁ、そんなこんなで色々と感じる事は多々あるのだが、それなりに面白く読める作品であるということは確かである。今後、東城大学への物語へ戻っていくにしても、いくつか伏線といくか後を引くような出来事も含まれているので、海堂氏の作品を読み続けて行きたいという人はこちらにも手を付けておいたほうがよいであろう。


ジェネラル・ルージュの凱旋   

2007年04月 宝島社 単行本

<内容>
 東城大学医学部付属病院、不定愁訴外来科の田口の元に病院内部を告発する怪文書が届けられる。その内容は救命救急センター部長の速水が特定業者と癒着しているというものであった。田口は倫理問題審査会の場にて問題の解決を図ろうとするのだが、さまざまな横槍が入る事によって、事態は徐々に複雑化することになってしまい・・・・・・

<感想>
「バチスタ」の衝撃から始まり、その後の「ナイチンゲール」は「螺鈿迷宮」では若干下降気味の様相が見えてきたため、この著者の作品を読むのもこの作品で終わりかなと思っていたのだが、今作では見事にその思いを払拭してくれた。

 ただし、本書はミステリとして完成された作品というわけではない。よって「バチスタ」のような衝撃が味わえたわけではないのだが、ひとつの物語を見せる小説として十二分に機能していた作品という風に表現しておきたい。

 今作では救命救急センターの速水部長とお馴染み不定愁訴外来の田口講師が主人公。今回際立って見えたのは速水部長の医療現場における超人ぶり。この超人ぷりに関してはあまりにも漫画チックに思えなくもないのだが、個人的にはこういう作風は好きなのである。

 そしてその速水部長の個人的な友人でもある田口講師が彼の不正を暴かなくてはならないというもの。ここで田口らをライバル視している沼田助教授という人物が出てくるのだが、この人物が本書では存分に悪役っぷりを見せてくれる。この沼田という人物が出てくるパートはなんとも胸糞が悪くなってしまう場面が多いものの、それがラストでの爽快感に変わって行くのだから、悪役としては最適な人物といえよう。

 というように、医療現場を背景としていながら、ある意味やっていることは時代劇というように感じられない事もないのだが、こういう勧善懲悪風の作品は個人的には好きなので、かなり楽しむことができた。さらには、医療現場にある問題提起などもさりげなく、わかりやすく描かれており、そういう意味でも優れた小説なのではないかと思われる。

 とにかく、今作はひと言でいえば派手な作品であった。その派手さに惹かれてしまい、一気に読むことができた作品。本書を読んでしまったら、今後もこのシリーズは続けて読んでいかなければと、また考えを改める事となった。

 今回は「バチスタ」で活躍した白鳥が登場してはいるものの、ほとんど重要な役割は担っていなかったと思われる。ただ、今後シリーズが続く上で、あのときの「バチスタ」の興奮を味わえるような作品がまた出てきてくれることを祈るのみである。


ブラックペアン1988   

2007年09月 講談社 単行本

<内容>
 1988年東城大学医学部佐伯外科に研修医として配属された世良。彼はこれから、見習い医師としての仕事の日々を過ごすこととなる。その初日に、東城大学に帝華大学から高階医師が着任してきた。彼は“スナイプ”という道具を使って、外科手術に革命を起こそうとするも、さまざまな障害や妨害に立ち向かうこととなる。世良は新人ながらも、その騒動の真っ只中に引き込まれる羽目になり・・・・・・

<感想>
 処女作「チームバチスタ」以来、だんだんとミステリからは遠ざかりつつある海堂氏の作品。にも関わらず読み続けているのは、小説としての内容が非常に面白いからである。今回も海堂氏ならではの読ませる医療小説にひきつけられてしまった。

 今作はタイトルのとおり1988年の出来事を描いた内容となっているのだが、舞台は今までの作品と同じく東城大学である。よって、「チームバチスタ」などに登場している人物の若かりし頃がうかがえるという楽しみも含めた作品である。一連のシリーズを読んでいる人はさらに楽しめることであろう。

 今回は見習い医師の奮闘や誰もが一流の施術を行う事を可能とするための新技術の開発、そしてタイトルにあるとおりの手術器具“ペアン”というものを巡る病院内のスキャンダルが描かれている。

 さまざまな癖のある外科医や看護婦たちに囲まれて、研修医の世良自身が成長していくだけには収まらず、世良の影響による周囲の人達の変化も含めて見事に描かれている作品。方法や考え方の違いはあれども、それぞれの外科医達が医療というものを真摯にとらえた内容となっている。

 こういう面白い内容の小説を読まされてしまうと、ミステリではなくても次回作を手に取らざるを得なくなってしまうから困ったものである。


夢みる黄金地球儀   6点

2007年10月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 父親と小さな町工場で働く平沼平介のもとに、8年ぶりにレインボーカラーのチューリップハットがトレードマークの通称ガラスのジョーが現れた。ジョーは平介にうまい話があると言って、桜宮氏にある黄金地球儀を強奪する計画を持ちかける。平介はそんな馬鹿なと思いつつも、その黄金地球儀のセキュリティに自分の工場が関わっている事を知り・・・・・・

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<感想>
 それほど斬新なアイディアとかがあるわけでもないのに、ついその世界に惹き込まれてしまうのだから、これは海堂氏の作家としての力量が優れているということなのだろう。

 物語は市が国からの1億円の補助金により作った黄金地球儀を盗み出そうというところから始まる。しかも主人公の工場がセキュリティの一部をまかされており、潜入も強奪も簡単にできそうだということで、話がトントン拍子に進んでゆく。しかし、そこに落とし穴が待ち受けていて、事態は複雑な様相を見せてゆくことになる。

 どうも読んでいくと、強奪小説というよりは、地方公務員の裏事情を描いたような官僚小説のような気がしないでもないのだが、楽しませてくれる作品であることは確か。どこへ転がってゆくのか予想だにしない展開がユーモアたっぷりに二転三転と繰り広げられ、そのまま転がり続ける状態で大団円(?)へとなだれ込む。

 強奪小説としては穴がありすぎという気がするが、それよりも夢がたっぷりと詰まった作品ということこそが本書の一番の魅力なのではなかろうか。面白い小説であることには間違いないので、気軽に手軽に読んでもらいたい一冊である。


イノセント・ゲリラの祝祭   5点

2008年11月 宝島社 単行本

<内容>
 東城大学医学部にて不定愁訴外来の仕事を行っている田口であったが、最近やたらと会議への参加が持ちかけられてくる。本来、田口が出席するようなものではない、厚生労働省主催の会議に出席させられるはめになっているのだが、その裏ではどうやらロジカル・モンスターこと白鳥が暗躍している模様。白鳥は医学における行政における解剖の問題についてメスを入れたがっているようなのだが果たして・・・・・・

<感想>
 今までのシリーズ作品とは、かなり趣の異なった作品となっている。というのも、作中でほぼ物語というようなものは見られなく、厚生労働省が主催する会議においての主張の仕合いというものがベースとなって進められているからである。

 本書はたぶん著者の海堂氏にとっては、一番主張したかったことなのではないかと思われる。その主張をシリーズキャラクターたちの口を借りて述べていると言うのがこの作品。

 ただ、その主張を読者が聞きたがっているかというのは、また別物ではないのだろうか。例え本書が非常に重要なことを述べているのだとしても。

 ということで、シリーズ作品としては今までのなかで一番面白くなかったというのが本音である。海堂氏の作品は、今のところはこのシリーズのみは読み続けようと思っているのだが、こういった内容の作品が続くのであれば、今後購入するかどうかも考え直すかもしれない。まぁ、次回作しだいというところかな。


アリアドネの弾丸   6点

2010年09月 宝島社 単行本

<内容>
 東城大学病院で不定愁訴外来の仕事を日々まったりと行っていた田口であったが、今回は“エーアイセンターのセンター長”に抜擢されてしまう。これにより田口はエーアイを設置させようとする一派と設置させまいとする一派のはざまに立たされることとなる。そんなおり、業者として来ていたひとりの技術者が突然死してしまう。これは特に事件性はないように思われ、自然死ということで決着がつけられ・・・・・・
 そして東城大学病院をどん底に突き落とすような事件が起こる。大学内に設置された新型のAIに座った状態で、ある人物が銃殺されるという事件が起き、しかも容疑者として逮捕されたのは高階病院長であった。なんとか厚生労働省の白鳥の力によって、事件を公開することは差し止めることはできたもののタイムリミットは72時間。その間に、この不可能犯罪の謎を解かなければ東城大学病院はとてつもないスキャンダルに見舞われることとなる。田口と白鳥のコンビはこの難題を解決することができるのか!?

<感想>
 前作「イノセント・ゲリラの祝祭」はミステリというよりも物語全編ほぼ“エーアイ”導入についての議論のみに終始していたので、シリーズとしての先行きが不安に思えた。しかし、今作は病院内で起きた射殺事件が扱われているということで、ミステリ作品としての期待が高まった。

 実際に中身を読んでみるとなかなかの内容であった。物語の前半は相変わらずというか、著者のライフワークともいえる“エーアイ”の問題に取り組むものとなっているのだが、後半はほぼミステリ一色に染め上げられている。ある種の密室で起きた不可能事件を白鳥がどう解決するのかが焦点となる。

 最後まで読んだ感想はというと、久々に理系ミステリと言える作品を読むことができたなといったところ。殺害を起こしたトリックよりも、被害者を殺害する際の不可能条件として科学的なものが多々用いられている。その科学的不可能状況をどう破るのかがポイントのひとつ。さらには、どのような証拠を携えて犯人の解明に当たるのかというのも重要事項である。

 結論から言えば、トリックだとか、犯人の証明方法などについては、さほど新しいものとは感じられなかった。ただし、不可能犯罪の状況についてはMRIマシーンを用いた新種の密室といってもよい状況で、これについてはかなり楽しめた。全体的に言えば、十分に及第点を超えた満足できるミステリ作品であったといってよいであろう。最近、こうした理系ミステリが少なくなってきた気がしてならないので、まさにこの分野を海堂氏に期待をしたいところなのだが、次回作はどうなるのであろうか。


ケルベロスの肖像   

2012年07月 宝島社 単行本

<内容>
 出世したと言えるのか? それとも厄介事を押し付けられただけなのか? 愚痴外来にて日々をまったりと過ごしていた田口医師が、ついに「Aiセンター長」となる。建物も完成し、最新Aiまでもが導入され、いよいよというとき、東城大学宛てに脅迫状が届けられることに! そこには「東城大とケルベロスの塔を破壊する」と!!

<感想>
“バチスタ”シリーズの最終作。また、このシリーズのみならず「螺鈿迷宮」とか「ブラックペアン1988」とか、他の作品やシリーズも含めた海堂作品の集大成といっても過言ではない真の意味でのシリーズ最終作である。

 と言いつつも、この作品の内容だけでいえば、まさに“大山鳴動して鼠一匹”というもの。脅迫状が来て、何かすごいことが起こるぞ! と、言われ続け、実際にすごいことが起こるのだが、そこは作品のメインではないとばかりに、軽くスルー。今回、最終作というだけあって、色々なことが明るみとなったはずなのだが、結局どこが焦点であったのかがよくわからなく、全体的になぁなぁで終わってしまったという感じである。

 一連の作品を読んでいると、著者は作品をとおして、自らが研究し携わっている“Ai”というものを知ってもらいたいのだということがわかる。今作でが、他の部分がぼやけてしまい、むしろ背景となっている“Ai”というもののみが印象に残されたという感じ。「バチスタの栄光」という強烈なスタート地点から始まり、その後、読者の期待とは異なる方向へとひた進んでいた気がしてならないのだが、書き手の思想を伝えるという目的のみは十分に達成できたのではなかろうか。


ゲバラ覚醒   ポーラースター1

2016年06月 文藝春秋 単行本
2019年02月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 アルゼンチンに住む青年エルネスト・ゲバラは医学部で勉強し、ゆくゆくは医師になることを目指していた。そして試験を終えた12月、医師になる前に友人のピュートルと共に南米大陸縦断旅行を試みる。二人は国境を越え、チリやペルーに住む人と触れ合い、南米の現状を目の当たりにすることとなり・・・・・・

<感想>
 チェ・ゲバラという名前は聞いたことがあるものの、キューバ革命に関係したということくらいしか知らない。それが海堂尊氏によりその伝記小説が書かれたということで、これは読んでみなければと思いつつも、文庫化を待ってようやく購入。

 さすが海堂氏による小説ゆえに、読みやすく、しかも物語調で書かれているゆえ面白い。この作品を読んでみてびっくり、なんとゲバラって、アルゼンチン人であったのかと。それが何故キューバで英雄になったのかということであるが、この作品ではそこに至るまでの経緯・・・・・・ではなく、さらなる前段階である青年時の一幕が描かれている。

 ここで書いていることがどこまで史実なのかはわからないが、たぶんゲバラが若き日に色々なところを旅したというのは本当ではないのかと。その旅によって南米の現状を見て、彼自身の心の中に“革命”の種子が埋め込まれたのではないかと予想させられる。ただ、この作品では本当に彼が活躍するであろう時代の前の前段階が描かれているというところ。この後の作品からようやく彼の人生の道筋が本道のほうへと流れてゆくこととなるのであろう。近代歴史小説として、非常に興味深く読める作品。続編もしっかりと読んでいきたい。


ゲバラ漂流   ポーラースター2

2017年10月 文藝春秋 単行本
2019年03月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 母国アルゼンチンで医師免許を取得したエルネスト・ゲバラは中南米へ、新たな旅をする。気ままな一人旅のはずが思わぬ同行者が加わることに。ボリビア、ペルー、パナマ、コスタリカ、グアテマラで革命を目の当たりにしたゲバラが感じたものとは!?

<感想>
 これはつまらないな、期待外れだった。というのも、読みたいのはゲバラが何をしたのか、ということであって、ゲバラが何を見たのか、ということではない。このシリーズ、2巻目までは単行本で出ていたのだが、3巻はいきなり文庫で刊行されている。実際に作品を読んだ印象としては売れなかったのでは? と思えてならない。

 本書を読もうと思ったのは、チェ・ゲバラって名前は聞くけど何をした人なのかよくわからない、という思いがあって。それが海堂氏が書くのであれば、読みやすいエンターテイメント的な作品になっているかと思い購入したわけである。しかし、その中身はエンターテイメント的なものが薄く、ただ単に南米の歴史を紐解くのみで、それをゲバラが見て歩くというのみ。これではつまらないとしか言いようがない。

 1冊目の「ゲバラ覚醒」もこんな感じであったが、まだ最初という事もあって、2冊目3冊目で動きが出てくるのだなと思って読んでいた。しかしそれが2巻目になって、1巻目よりも動きが少なくなり、期待外れの内容であったと。

 ただこの作品、南米の歴史の転換のようなものが事細かく書いてあり、それらに興味のある人が読む分には良いと思える。どちらかといえば、この本によって南米の歴史に興味を持つというものではなく、既に南米の歴史にある程度興味を持った人が読んだほうが楽しめるといいう内容であるのかもしれない。

 と、そんな状況なので、既に購入している3冊目の「フィデル誕生」を読むかどうか迷っているところ。この作品を読んだ限りだと、3冊目を読まずに手放してもいいかなという思いも・・・・・・


コロナ黙示録   2020 災厄の襲来

2020年07月 宝島社 単行本
2022年07月 宝島社 宝島文庫

<内容>
 豪華客船船内で新型コロナウイルスのクラスターが発生したと確認される。政府の対応が後手にまわるなかで、厚労省技官・白鳥の采配により、クルーズ船の感染者を東城大学医学部付属病院で引き受けることとなった。不定愁訴外来の田口が対策本部長に任命され・・・・・・

<感想>
 ミステリ仕立てになっているかと思いきや、普通にコロナ騒動を描いた作品。ある種の社会派小説というような感じか。ただ、その小説としての内容が酷かった。

 コロナの感染が拡大する状況の描写はさすがである。その感染を食い止めることの難しさ、そして現場の大変さがひしひしと伝わるものとなっている。また、初動時にコロナに対して伝染病という認識を持つことがいかに難しい事かも理解できる。

 ただ、問題はその書き方であるのだが、政府がとった初動時の行動は全て悪く、本書の主人公らがとる行動こそが全て正しい、というような描写は極端すぎて如何なるものかと感じられた。実際に最善の策というものがあったにしても、それをできるかどうかはまた別の話。にもかかわらず、実際に行われた行動は全て悪いというような書き方はいかがなものかと。

 そして、何よりも酷いと思えたのが、政治批判。別に政治批判が悪いというわけではないのだが、その書き方が酷いものとなっている。実在の政治家を変名で書いて、茶化し、こき下ろし、馬鹿にする。これでは、政治批判ではなく、何たる幼稚な悪口としか捉えられない。著者が現場で働いている身として、言いたいことは山ほどあったと思えるのだが、こんな書き方では言いたいことは全くといっていいほど伝わらない。そして、この政治の批判的な描写がかなり多めに書かれているので、読んでいてげんなりしてしまった。

 そんな感じで、がっかり度が強いうえに、読むに堪えない小説を読まされたという感じ。文庫で同時発売となっていた「コロナ狂騒録」も買ってあるのだが、本書により、もう読む気は失せてしまった。




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