貴志祐介  作品別 内容・感想

十三番目の人格 -ISOLA-   6点

第三回日本ホラー小説大賞長編賞佳作受賞作
1996年04月 角川書店 角川ホラー文庫
1999年12月 角川書店 単行本

<内容>
 賀茂由香里は、人の強い感情を読みとることができるエンパスだった。その能力を活かして阪神大震災後、ボランティアで被災者の心のケアをしていた彼女は、西宮の病院に長期入院中の森谷千尋という少女に会う。由香里は、千尋の中に複数の人格が同居しているのを目の当たりにする。このあどけない少女が多重人格障害であることに胸を痛めつつ、しだいにうちとけて幾つかの人格と言葉を交わす由香里。だがやがて、十三番目の人格<ISOLA>の出現に、彼女は身も凍る思いがした。

詳 細


黒い家   6.5点

第4回日本ホラー小説大賞受賞作
1997年06月 角川書店 単行本
1998年12月 角川書店 角川文庫

<内容>
 生命保険会社の京都支店に勤務する若槻慎二は、名指しで菰田重徳という顧客から電話で呼び出され、菰田家を訪ねることに。その家はなんとも不気味な家で、しかも異臭につつまれていた。その家で若槻は菰田重徳と共に、菰田の子供が首をつって死んでいるのを発見することに。死亡した子供は保険金の対象となってはいるものの、明らかに不審死であり、すぐには保険金はおりなかった。そうしたなか、菰田重徳は執拗に保険会社の若槻を訪ねて来て、保険金の催促をしてきた。鬱屈な思いに囚われる若槻であったが、それはまだ恐怖の始まりにすぎなかった・・・・・・

<感想>
 発売された当時、単行本を読んで以来の再読となるので、ほぼ20年ぶりということか。詳細は憶えていなかったが、大まかなところはなんとなく記憶していた。

 昔読んだイメージでは、ちょっと読みにくいという印象が残っていたのだが、再読してみると決してそんなことはなく、スラっと読むことができた。中盤くらいのところで、行動ではなく分析によってページを費やしている部分があり、そういった部分が読みにくさに通じたということなのかもしれない。

 物語としては絶妙といえよう。生命保険に関わる仕事という意外と身近な職業。その保険の営業所に来る数々のクレーマーとそれに悩まされる職員。そのクレーマーのなかで、さらに行き過ぎたとあるクレーマーに付きまとわれ、主人公の心は蝕まれてゆく。

 最初はストレスであったものが、いつの間にか現実を通り越し、だんだんと恐怖へと変わってゆくところがホラー作品として秀逸。最後の方の展開はもっとあっさりとスピーディーに終わっても良かったように思われる。とはいえ、最後の最後まで迫りくる恐怖に彩られるという作品の構成は見事ともいえる。

 この作品に登場する黒い家に住む“怪物”については、もっとキャラ立ちして、「リング」の貞子のように有名になってもよいのでは!? と思ったほど。しかし、あくまでも1冊のホラー作品ということを考えると、むしろその人物を強調し過ぎなかったことによって、かえって不気味さが増して良かったのかもしれない。


天使の囀り   7点

1998年06月 角川書店 単行本
2000年12月 角川書店 角川ホラー文庫

<内容>
 終末期医療を行うホスピスに勤務する北島早苗の恋人である高梨からメールが送られてきた。作家である高梨光宏は、アマゾンの調査隊に参加しており、そこでの出来事を早苗に伝えていたのだ。そして調査隊は奇妙な猿と遭遇し、とある出来事を巻き起こすことに。その後、アマゾンから帰ってきて、早苗の元に帰ってきた高梨であったが、以前とは様子がおかしくなっており・・・・・・

<感想>(再読:2023/04)
 久々に再読。単行本で読んだのか、ホラー文庫のほうで読んだのかすら覚えていない。どんな内容なのかすら忘れていたので、新刊のような面持ちで読むことができた。

 読んで思ったのは、ずいぶんと色々と詰め込んでいるなということ。アマゾンの調査隊から、伝染病はたまた線虫の話。人々のコンプレックスに関わる話から、そういった人たちを囲う宗教団体のようなもの。そして、それぞれの事件と、1冊の本のなかにずいぶんと色々な要素を詰め込んでいると感じられた。ただ、色々と詰め込んでいる割には内容を把握しやすく、難しいことを色々と語っている割には、物語にのめり込むことができた。再読してみて改めて面白い作品であったなと。

 ふと思うとこの作品、貴志氏の作品の中では、「黒い家」のように大きく取り上げられるようなことはなかったなと。結構壮大な話ゆえに、映像化しにくいところがあったのかもしれない。ひょっとしたら映像化されているかもしれないが、この作品の内容を映像で表現しきるというのは難しいと思われる。“蜘蛛恐怖症”とか、わかりやすい要素を絞ったほうが理解しやすかったかもしれないが、それすらも本書のなかでは一要素に過ぎないというところは、ある意味欠点か。とはいえ、一冊本としては、かなり完成度が高い作品だと思われる。


<感想>
 前半のありがちな導入も、後半の異常ともいえる恐怖に色あせてしまう。それほど後半の描写は衝撃的である。これはさすがに映画化はされないだろう。

 圧倒的な恐怖をまとう作品であるが、前半から後半へ至る過程があまり繋がっていない。その部分が説明文であったりと、沸きあがってきた恐怖感がそこで、中断されてしまう。ここは徐々に恐怖がせまりくるというよう、不吉な羽根音が徐々に鳴り響くように、うまくつなげて欲しかった。

 また、主人公の設定がいまいちだったと思う。精神科医の早苗が事件を追っていくことになるのだが、途中から、なんのために事件を追っているのかということがあいまいになってしまったような気がする。また、精神科医という設定もどこまで活用できたのだろうか・・・・・・。もう少し、主人公にも栄えてもらいたかった。

 素材は逸品であったので、もっと効果的な盛り付けが欲しかったといったところか。それでも十分に恐いんだけどね。


クリムゾンの迷宮   7点

1994年04月 角川書店 角川ホラー文庫
2003年02月 角川書店 単行本

<内容>
 藤木芳彦は、どことも知れぬ場所(まるで火星のような)で目を覚ます。どうして、こんなところに連れられてくることとなったのか? 傍らに置かれた携帯用のゲーム機がゲームの始まりを告げている。藤木は、この未知の場所で、サバイバルゲームを強いられることとなる。どこの誰とも知らぬ、8人の者たちと共に・・・・・・

<感想>
 過去に読んだ本の再読。20年以上前に読んだ作品となる。貴志氏の作品のなかで、ミステリ以外のエンターテイメント作品としては一番好きな作品であるかもしれない。特にRPGや昔懐かしゲームブックなどが好きであれば、より楽しめる内容。

 実際にはRPGというよりは、ゼロサムゲームとか、むしろサバイバルゲームといったほうがしっくりくるくらいの内容。未開の地で生き残りをかけた駆け引きの様子が描かれている。

 序盤で起こる“サバイバルアイテム”“護身用アイテム”“食料”“情報”の4つの選択が行われ、以降、食糧の確保、未知の動植物、ゲームのルールと目的、他の参加者との闘い、そして“グール”の謎と真相。こういった展開がなされながら、主人公である藤木の文字通りの死闘が繰り返される。

 このような作品であれば、通常全体のルールが最初にわからなければ、面白くないものが多いと思えるのだが、本書はそのルールや目的がわからないわりには、意外と楽しめる。徐々にその全貌が明らかにされるという展開をうまく描いた作品と言えるであろう。そうしたミステリ的な謎ときと、迫りくる恐怖といったホラー的な内容を楽しめる作品となっている。惜しいと思われるのは、最後の幕引きがやや弱いところか。


青の炎   7点

1999年10月 角川書店 単行本

<内容>
 櫛森秀一は母と妹の三人で暮らす高校生。しかし離婚したはずの元の父親が我が物顔で彼らの家の中をのさばり始めたとき、幸福は音をたてて崩れ始める。高校では普通の学生としてすごしながらも秀一は、ひとつの完全殺人計画を立て始める。罪と罰、学校での生活、恋愛、家族の絆、そして心に燃え立つ青い炎。それらが秀一の心を慰め、そして蝕みつづけ、そして・・・・・・


硝子のハンマー   7点

2004年04月 角川書店 単行本

<内容>
 介護会社の社長が社長室で何者かによって殺された。午前中、社員による介護ロボット“ルピナスV”デモがあり、その後昼休みの休憩中の出来事であった。しかし、社長室へ入るには暗証番号が必要なエレベーターを使い、監視カメラが見張る廊下を通り、秘書室の前を通らなければならない。警察の調べによれば不審なものが立ち入った形跡はないという。いったいどのような方法によって、この犯罪はなされたのか? 弁護士の青砥純子が防犯コンサルタント榎本径の協力を得て、密室殺人の謎に迫る。

<感想>
 昔のミステリに比べると近代社会においては“密室”というものが立ち入る余地がなくなりつつあるように思える。それは“密室”自体が無くなったわけではなく、機械的な技術が発達したことによって道具による密室性がたかまり、その裏をかく方法が難しくなりつつあるからであろう。しかし、本書はそうした近代的な技術による“密室”に真っ向から立ち向かったミステリとなっている。

 その近代技術に対すべく、さまざまな密室の破り方が本書では考えられている。そのひとつひとつが注目すべきものになっており、それらの没になったトリックを使えば短編集ができるのではないかというほどのものである。科学技術の裏をかく方法をこれだけ見せつけられると、まだまだ“近代的な密室”というものが多くの可能性を秘めているのではないかと期待してしまう。まぁ、見方を変えれば“密室トリック”というよりは“泥棒テクニック”という気もしなくはないのだが。

 本書は第1部と第2部に分けた構成をとっている。第1部では殺人事件が起き、その事件に対する検討がなされてゆく。そして第2部では、こちらは“密室ミステリ”とはまた異なる展開がなされることとなっている。よって、本格推理小説としては第1部の勢いのまま進めてもらいたかったという気がしないでもない。そういう観点から見れば第2部は「長すぎる解答編」という言い方もできるかと思う。そのへんは読む人によって賛否両論があるかもしれない。ただし、第2部のほうがリーダビリティがあるということも確かなのだが。

 私見からすると本書は“これこそ21世紀の本格ミステリである”という内容であると感じられた。これはこれからの本格ミステリの可能性を期待させるものであり、ミステリ界においても大きな意味を持つ小説であると言っても過言ではないだろう。

 そして何よりも、本格ミステリとして、またエンターテイメントとしても優れているといえる本書は今年の目玉といえる作品であることは間違いない。ぜひともお見逃し無く。


新世界より   

2008年01月 講談社 単行本(上下)

<内容>
 (省 略)

<感想>
 考えてみたものの、<内容>に関しては省略することにした。こんな作品のあらすじ、一言ではとても書き表せない。

 近年「硝子のハンマー」「青の炎」といった作品が書かれていたためか、貴志氏のことをミステリ作家と認識してしまっていたが、よく考えてみればホラー小説大賞にてデビューした作家である。以前描いていた「クリムゾンの迷宮」あたりを思い起こせば、今回のような作品が描かれたということも決して不思議なことではないのであろう。

 本書は遠い未来に住む人類を描いた作品となっている。はるか昔に比べれば人口が大幅に減少しているものの、ひとりひとりが超能力を有しており、村や町そのものが宗教団体のようにもとれるような閉鎖的な社会のなかで人々が生活をしている。しかもやたらと情報統制が厳しくもあり、実社会と比べるとやや退化したような生活をおくっているようにさえ感じられる。そんな村の中で生活を送る渡辺早季という女の子が主人公となり、終始彼女の視点で物語りは語られてゆく。

 さらに、この世界に登場する生物群がこの作品を大きく特徴付けるものとなっている。想像もつかないような奇怪とも取れる生物が多々登場し、奇妙なかたちで主人公らに関わってゆくこととなる。そんな中、物語中において大きな存在となっていくのが“バケネズミ”という生き物。読んでいる最中誰もが感じるのではないかと思うのだが、これらの存在こそが主人公達人類よりも、よほど人間くさいと感じられてしまうのである。

 こういった奇怪な未来図をこと細かく設定し、やがてその想像した世界に隠されているものを伝説や伝承、はたまた都市伝説というような風潮という形態を用いながら、秘密を徐々に紐解いてゆくこととなる。正直なところ、ここまで設定した不可思議な世界を一冊の本のみで終わらせてしまうというもの惜しい気がする。そう感じられるほどに隅々まで考えつくされた世界なのである。

 そうして本書を読んでいるときに常に頭にあったのは、この作品の内容が本当に未来を想像して描いたものなのか、それともこれこそが人類の本当の過去ではないかということである。当然のことながら本書はあくまでも想像上の未来史ということで描いているものなのだが、歴史は繰り返すという言葉どおり、この作品が人類史の前にあってもおかしくないと思えるような様相なのである。特にそう感じられるのは、未来が描かれた作品であるにもかかわらず、そこに生きている人々に先端的なものよりは、どこか懐かしいというような臭いを感じ取ることができるからなのかもしれない。

 まぁ、とにもかくにもよくぞここまでの物語を描いたものだとただただ感心したい。この作品は何度読んでも、その都度新たな発見や、新たな考えが湧き出てきそうなさまざまな可能性を秘めた作品といえるであろう。これこそ21世紀の問題作というべき作品ではないだろうか。


狐火の家   7点

2008年03月 角川書店 単行本

<内容>
 「狐火の家」
 「黒い牙」
 「盤端の迷宮」
 「犬のみぞ知る」

<感想>
“密室”とは、ミステリファンならば誰しもが恋焦がれるテーマのひとつといえるだろう。その実、扱いどころが意外と難しく、事件の中での密室の必要性やトリックなどと、うまく当てはめることができないゆえに凡作となってしまう作品も多々存在する。

 特に現代においては“密室”というものを扱うこと自体が難しいと思えるのだが、そういった背景の中で“近代的な密室”というものを見事に描いている本作品は貴重といえよう。4編のうち、最後の一編はおまけのようなものだが、そのどれもが密室ファンをうならせる出来であるということは間違いない。

 また、本書は「硝子のハンマー」で活躍した女弁護士と防犯ショップの店長が活躍する作品であるので、シリーズものとしても楽しむことができる。

「狐火の家」は日本家屋における密室殺人を描いた作品。しかもただ単に密室ではなく、家の中からかなりの重量がある金塊が無くなっているというところもポイントのひとつである。二転三転する展開、そしてラストで明かされる真相には、なるほどとうなる他はない。

「黒い牙」は数多くの毒蜘蛛が飼育されている部屋の中で起きた密室殺人を描いている。これはホラー作家ならではの力量が炸裂した作品である。また、蜘蛛を中心においた密室トリックは、色々な意味ですさまじいとしかいいようがない。

「盤端の迷宮」はホテルの部屋で将棋のプロが殺害されている事件を扱ったもの。もちろんその部屋は密室である。以前に読んだ柄刀氏の短編にもあったが、本編は犯罪者よりも被害者の知略が生かされた事件となっている。将棋士ならではの読みが密室の秘密をあらわにしている。

「犬のみぞ知る」は密室や複雑なトリックといったミステリ思考を逆手に取った作品となっている。ページ数が短いからといってあなどるなかれ。


悪の教典   7点

2010年07月 文藝春秋 単行本(上下巻)

<内容>
 蓮実聖司は町田の高校にて、英語教員の職についていた。その高校で蓮実は熱心な教師として知られていた。自ら問題児を集めたクラスの担任となり、日々生徒の指導で駆け回り、教師間の問題についても積極的に仲介し、仲を取り持つということを行っていた。誰もが蓮実の評価を高める中、ひとりの女生徒が彼のことを漠然とではあるが、恐怖を感じていた。やがてその恐怖が現実のものとなり・・・・・・

<感想>
 また、すごい話を描くなぁと・・・・・・これは「バトルロワイヤル」を読んだとき以来のインパクトのある小説であった。内容云々は関係なく、とにかくすさまじいの一言。

 序盤は熱心な青年教師の奮闘ぶりが描かれている。自ら積極的に生徒指導をし、クラスでの小さな問題でも決して無視したりせず、きちんと解決を図ろうとする。その熱心さには目を見張るものがあるが、少々やりすぎではないかという想いにかられるのも事実である。

 やがて蓮実聖司という人間の本性が読者に対して明らかにされてゆく。しかし、話の中の生徒達のほとんどはそうした気配に気づくことなく、普通に日々を過ごしてゆく。少数の人間が漠然と、どこかおかしいということに気づくものの、さすがに彼らが想像する以上の狂気にかられた人間の本性にまで気づくことはない。そして、蓮実行き過ぎた行動をとるなかで齟齬が生じてしまい、唐突に大きなカタストロフィが訪れることとなる。

 昔、読んだ貴志氏の作品で「青の炎」というものがあった。これは完全犯罪をなそうと苦悩する少年の様子が描かれた作品。しかし、その苦悩に反して彼の完全犯罪は簡単には成し遂げることができないものとなっている。その自らの作品に反するように次々と完全犯罪を成し遂げてゆくのが本書の主人公である蓮実聖司。この二人の違いは、モラルにあると言ってもよいであろう。方や苦悩しながら犯罪を成し遂げようとし、もう片方は苦悩とは無縁にごくあたりまえのように犯行を繰り返してゆく。このモラルなき行動力が数々の完全犯罪を成立していったということになるのであろう。

 本書でやや惜しいと思われたのは、徐々に明らかになってゆく蓮実聖司の本性について。怪物めいた人間であるということは事実であるものの、思っていたよりも俗物すぎるような気がして、そこはやや本書の趣旨に合わないのではという気がした。もう少し、“怪物”的なものを強調するような動機であったほうがよかったように思われた。

 とはいえ、とにかくインパクトのある作品であることには変わりない。細かな部分など気にならなくなるような内容なので、物語に入り込んで一気読みしてもらいたい作品。事実、私は下巻は1日で読みとおしてしまった。「悪の教典」の名にふさわしい、悪魔的なリーダビリティのある作品と言えよう。


ダークゾーン   6点

2011年02月 祥伝社 単行本

<内容>
 気がつくと塚田裕史は見知らぬ部屋にたたずんでいた。その部屋には自分を合わせて18人の男女がいたのだが、全員が人間らしくない奇妙な姿をしていた。彼らはいつしか、軍艦島をモチーフとした島の上で、将棋やチェスの駒のような役割を持ち、赤の陣営と青の陣営に分かれて戦うこととなっていた。塚田と戦う相手は奥本博樹、かつて将棋の奨励会で共に戦った人物であった。先に4勝したほうが勝ちというデスゲームで塚田はこのゲームのルールを受け入れ、奥本の陣営を倒すことができるのか!?

<感想>
 ここで行われるゲームは将棋やチェスというよりは、かつて“大戦略”というパソコンによるシミュレーションゲームがあったのだが、そのファンタジー版で、名前を忘れてしまったのだが“モンスターなんちゃら”というゲームを元にしているようである。6角形のヘックスマスに自軍の駒を配置し、戦いながら自軍の駒をレベルアップさせてクラスチェンジさせていき、より有利に戦いを進めていくというもの。本書のなかでもそういったルールのゲームが扱われている。

 ただ、そうしたゲームをよりリアルに再現しようとすることは難しいということがよくわかる。基本的にはルールがあるものの、実際に戦っている様子を見ているとルール以外にもさまざまな手が打てそうな気がして、無限にバトルの様子が展開して行きそうに思えるのだ。例えば、駒の強弱に関係なく、実際に存在する瓦礫や物体などで相手にダメージを与えることができるのであれば、トラップにより相手を倒すこともできそうである。また、地形効果により駒の強弱も変わってきそうな気がする。
 そうしたさまざまな可能性を秘めつつも、物語上ではある程度制限された中、また相手の姿がうかがいにくいという状況で死闘が繰り広げられることとなる。

 ただ、本書に関してはそれだけで終わってしまっているような気がした。当然のことながら主人公たちは非現実のなかで戦っていて、ではどうしてこのような状況になっているのかということも焦点となるものの、そちらに関してはさほど納得のいく回答が得られていない。むしろ、現実世界の話の方があまりにも希薄すぎてしまっているように思われた。これであれば現実世界に関係なく、単なるシミュレーション小説にしてしまったほうが面白く感じられたかもしれない。現実と虚構とのつなげ方が不満足というのが正直な感想である。


鍵のかかった部屋   7点

2011年07月 角川書店 単行本

<内容>
 美人弁護士の青砥純子と防犯コンサルタント・榎本径が挑む4つの密室殺人事件。

 「佇む男」
 「鍵のかかった部屋」
 「歪んだ箱」
 「密室劇場」

<感想>
 短編集としては「狐火の家」に続く2作品目であるが、前作に負けず劣らず良い内容となっている。これだけ“密室”にこだわる作品というのも最近ではあまり見られない。ここで登場する“密室”はどれもが“どのように構築したのか?”が問題となる。密室を作った理由はどれもが単に「自殺に見せたかったから」、というシンプルなもの。ということで、“HOW”に固執した密室の出来栄えを堪能することができる作品集となっている。

「佇む男」は葬儀会社の社長が唯一出入り可能なドアと重いテーブルに挟まれた状態で座ったまま死んでいるという、なんとも窮屈な状況。とはいえ、そんな状況ゆえに人の出入りは不可能とみなされる。それがとある目撃者の情報からヒントが得られ、真相へと至ることとなる。なんとも葬儀会社らしいトリックと言える作品。

「鍵のかかった部屋」が今作のベストか。新品の鍵が備え付けられた部屋のなかで、引きこもりの少年の死体が発見されるというもの。しかもドアにはテープで目張りがされていた。ドアに目張りというとカーター・ディクスンの「爬虫類館の殺人」を思い起こすが、この作品では別のトリックを用いている。二重三重にトリックを張り巡らしているところが見事である。

「歪んだ箱」は手抜き工事による欠陥住宅のなかで起きた事件。建物が歪んでいるがゆえに、内側からしか閉めることができない扉が二つ。そのなかで死体が発見される。これはバカミスと言ってよいようなトリック。欠陥住宅という特徴を見事に生かし切ったトリックと言えよう。

「密室劇場」は前作に続き、劇団内での事件を扱ったもの。いわゆるボーナストラックであり、2作目にしてもはや恒例となっているようである。たいした内容ではないのだが、他の3作品が優れているので暖かい目で見守ることができたりする。


極悪鳥になる夢を見る   

2013年09月 青土社 単行本
2017年04月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 作家・貴志祐介が送るエッセイ集。

<感想>
 貴志祐介氏がさまざまな媒体で寄稿したエッセイをまとめたもの。すべてのエッセイをまとめたというものではなく、精選したものらしい。

 内容はなかなか面白い。これは下手な短編集を読むよりも楽しむことができる作品である。作中の登場人物の名前の付け方などといった小説を書く上での裏話などは特に興味深かった。

 貴志氏はホラー小説大賞を受賞してデビューした作家であり、順風満帆の作家人生かと思いきや、かなりの苦労人であったようだ。なんと小説家になろうと突然サラリーマンを辞め、そこから数年かかってようやくデビューできたとのこと。よくぞ、そのような決心ができたなと、驚かされてしまった。

 個人的には、もう少し時系列順にしたほうがとか、貴志氏が書いた作品発表時の出来事をまとめるとか、もう少しまとまりが欲しかったところ。まぁ、特にそういったまとまりというか、縛りがないエッセイというところが魅力的なのかもしれないが。


雀 蜂   5点

2013年10月 角川書店 角川ホラー文庫

<内容>
 小説家の安斎は、自分の雪山の山荘で目覚める。そばにいるはずの恋人の夢子はどこにもいない。不快な音に目をむけると、そこには雀蜂が! 次から次へと雀蜂が襲い掛かってくるなか、安斎は必死の抵抗を繰り広げる。車のキーが隠され、雪山の山荘から出ることができなくなった安斎は、なんとか自宅にあるものを駆使して、雀蜂に対抗しようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 文庫書下ろしの短めの作品。タイトルから想像できるとおり、雀蜂に襲われるという話。ただし、山の中とかではなく、個人所有の山荘のなかで、何者かの計略により雀蜂に襲われるという内容。

 個人的には、ホラーなのかサバイバル小説なのか、どちらかはっきりさせたほうが良かったのではないかと感じられた。読んでみて、どうも中途半端な印象が残ってしまう。むしろ、完全に蜂から逃げ回るという形をとるか、もしくはさまざまなものを駆使して蜂を完全に撃退するかというほうが面白かったのではなかろうか。

 最終的に、ちょこっとミステリ的なものも盛り込んでいたということがわかるが、結局それすらも中途半端なイメージを強めてしまったように思える。ホラー、サバイバル、ミステリ、さすがに全てを盛り込んで、ひとつの完成された作品を作るというのは難しいか。


ミステリークロック   6点

2017年10月 角川書店 単行本

<内容>
 「ゆるやかな自殺」
 「鏡の国の殺人」
 「ミステリークロック」
 「コロッサスの鉤爪」

<感想>
 久々の貴志氏の新作。長編を期待していたところに短編集ということであったので、個人的にちょっとがっかりしていたものの、実際にこの作品を手に取ってみるとびっくり! なかなかのボリューム。これは、短編(というか中編)4作といっても、読み応えがありそうという期待をもたらされた。

 そして読んでみると、「ゆるやかな自殺」が個人的にツボで面白いと感じられ、これは他の3作品も期待大! となったのだが・・・・・・他の3作は微妙であったかなと。何が微妙なといえば、最初の「ゆるやかな自殺」は倒叙小説となっているものの、他の3作は別に倒叙小説ではない。にもかかわらう、他の3作品も犯人があまりにもあからさま。まるで倒叙小説のように、犯人ありきで、“HOW”だけを考えさせるというような内容。しかもその“HOW”についても、「鏡の国の殺人」と「コロッサスの鉤爪」は特殊なものを用いての密室トリックゆえに読者に推理させるようなものではない。そうしたこともあって、全体的に微妙な作品という印象。

 特に「ミステリークロック」については、犯人の行動があまりにもあからさまで、どう考えても怪しすぎる言動としか言いようがない。作中で、殺人が起きた後に、皆で犯人を指摘し合うというようなことをしているのだが、そこでそれまでの怪しい行動が指摘されないところがおかしいと思えるくらい。そんなわけで、読んでいて物凄く興味が冷めてしまった。

 どの作品も密室にこだわっているというところには読み応えが感じられる。また、「コロッサスの鉤爪」あたりは、前代未聞のバカミストリックを楽しむべき作品なのかもしれない。期待が大きかったので、残念と感じられてしまうところが大きかったのだが、通常のミステリとしての水準は十分に達していると思われる。


「ゆるやかな自殺」 密室でヤクザの舎弟が銃で口の中を撃ち死亡していた事件。その真相は?
「鏡の国の殺人」 アトラクションとして作られた迷路の監視カメラを避けて忍び込む方法は?
「ミステリークロック」 限定された時計のある部屋でアリバイトリックはどのようにして構成されたのか?
「コロッサスの鉤爪」 海中でおきた殺人事件。気圧の壁を超える方法とは?


罪人の選択   6点

2020年03月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「夜の記憶」
 「呪 文」
 「罪人の選択」
 「赤い雨」

<感想>
 貴志氏の最新作品集。最新ということで全部が新しい作品かと思いきや、「夜の記憶」は1987年に書かれたものとなっている。その他の作品は2000年以降のものであり、最新の「赤い雨」が2015年〜2017年に書かれたも。それぞれ内容がSFっぽいものが多いということがあり、他の作品集には掲載できなかったというものであろう。そもそも貴志氏にとってノン・シリーズ作品集というもの自体が初めのようである。

「夜の記憶」は、海の中の生物の生息と地球を追われる人類の終末との2つのパートが交互に描かれている。ただ、これらが実は同じ世界を表しているようにも捉えられ、または過去と未来を表しているようにも捉えられる。希望とも絶望とも、終焉とも進化とも色々な在り方を感じ取れる作品。

「呪文」は、とある星の変わった信仰を描いたもの。主人公は、その星の人々を救おうとするのだが、最終的に予想だにしなかった真実にたどり着く。土着的なSFを描いているのだが、それがいつの間にか壮大なSFへと昇華する。まぁ、ここまでいくと、人知を超えた災厄であるとしか言いようがない。

「罪人の選択」は、瓶のなかの液体と缶詰のどちらかを選べという選択を強いられるもの。ただし、どちらかに毒が入れられている。という究極の選択のようなものを行う物語。ただし、それだけではなく、時を経て同じ選択が繰り返されることとなる。“人はなぜあやまちを繰り返すのか?”という文言をうまい具合に表している物語。

「赤い雨」は、人類が“チミドロ”という特殊生物に蹂躙され、少数の者がドームで暮らす生活を強いられるという設定。そのドームで暮らす主人公が、その状況を打開しようとするのだが、ドームに住む者たちには受け入れられず、反対に死を迫られることとなる。他の作品と比べると、普通のSFっぽい物語という感じ。SF的な設定の割には、単にドーム内で起こる裁判の行方のみが主題となってしまっているように思えた。この作品に関しては長さが中途半端で、長編にしたほうが良かったのではと感じられた。


我々は、みな孤独である   5点

2020年09月 角川春樹事務所 単行本

<内容>
 探偵・茶畑徹朗は、資産家であるクライアントから“前世で自分を殺した犯人を捜してほしい”と依頼されることに。途方もない依頼でありつつも、金に困っていた茶畑は依頼を受け、その秘密を探るべく調査を始める。そんな中、金を持ち逃げしたかつての社員が金貸しやヤクザ、はたまたメキシコ系マフィアから追われており、その負債を茶畑が被る羽目となり・・・・・・

<感想>
 期待していた貴志氏の新作であったのだが、これはかなりの期待外れ。この作品を読んでふと思ったのは、人気作家である貴志氏が書いたゆえに本になったと思えるのだが、この内容で新人の作家が出版しようとしてもボツをくらうのではないかということ。

 前世で起きた事件を解決してもらいたいという出だしは奇抜でありつつも、それは面白いと思えた。そこに金貸しやヤクザまがいの幼馴染による脅迫により主人公が圧をかけられる。この辺は、かつての「黒い家」などのようなホラー的なものが感じられ、面白そうな流れであるなと思われた。ただ、そこからの流れは微妙。

 前世の事件、占い師による予言と忠告、ヤクザまがいの幼馴染による理不尽な脅迫、メキシコマフィアによる執拗な追跡と、いくつかの要素が用いられるものの、これらがうまくかみ合わない。もっと言ってしまえば、それぞれの要素同士がチグハグで全くかみ合わないという状況。何故、これらの要素をわざわざ出してきたのかと、前世の事件以外のもののほとんどが邪魔と感じられるものとなっている。

 最後にはSF的なネタを持ってきて、何を書かんとするかという意図はわかったものの、そこまでの流れが微妙過ぎたなと。この本、本屋で山積みになっているのを見かけたが、果たして貴志氏の作品を始めて読む人にとっては、どんな風に思えるやら。


秋雨物語   6点

2022年11月 角川書店 単行本

<内容>
 「餓鬼の田」
 「フーグ」
 「白鳥の歌」
 「こっくりさん」

<感想>
 近年出版された貴志氏の作品で、あまり面白いと思えるものがなかったので、今作に対してもちょっと不安であったのだが、今回はかなり楽しむことができた。一応、4作品の短編において、特に共通して書かれたというものではなさそう(初出の雑誌が異なる)なわりには、何気にテーマが決まっていたようにも感じられる。どこか“地獄”とか“絶望”について描いているかのような作品集。

「餓鬼の田」は、あっさりした作品ながら、深い闇を感じられる内容。普通の独白なのだが、そこに存在する闇の深さに戦慄してしまう。
「フーグ」は、現象として興味深い。この“フーグ”というテーマだけで、一冊長編がかけそうな題材のように思われた。
「白鳥の歌」は、歌を極めようとした二人の歌手の絶望を描いている。こちらはホラーとしてよりも、物語として興味深い内容であった。
「こっくりさん」が、一番エンターテイメント性があって面白かった。闇バージョンのこっくりさんという設定がよくできている。


「餓鬼の田」 何故か異性に好かれない男の悩み。
「フーグ」 フーグ:解離性遁走。男は突如、消え失せ、どこか遠くの地で発見されるということを繰り返し・・・・・・
「白鳥の歌」 歌を極めようとして絶望に陥った二人の歌手。
「こっくりさん」 闇バージョンの“こっくりさん”を行うと、あるものは助けの手段を得られ、あるものは犠牲となり・・・・・・


梅雨物語   6点

2023年07月 角川書店 単行本

<内容>
 「皐月闇」
 「ぼくとう奇譚」
 「くさびら」

<感想>
 昨年出版された「秋雨物語」に続く系譜の作品となっている。続き物というわけではないのだが、“地獄”というものをテーマにしたような様々な作品が収められている。

「皐月闇」は、痴呆症気味の恩師の元に、かつての教え子が訪ねてくる。教え子と共にとある俳句集の内容を紐解いていくうちに、過去の出来事が導き出される。詳細は、ネタバレになってしまうので、あれこれ語ることはできないが、俳句を用いて一つの物語を描いていくという趣向が凄いと感じられた。

「ぼくとう奇譚」は、昭和11年ごろの戦前を背景に描いた物語。時代劇の世界と近代的な世界が混在したかのような世界設定。そこでとある男の罪と、その罪に対する罰が描かれる。この作品は、映像化したら恐怖感が倍増しそうな内容と思われる。

「くさびら」は、キノコの幻覚が見える男の物語。予想外の展開を見せ、また他の作品と比べて地獄の見せ方というものも、ちょっと異なる様相を示している。このような地獄の描き方もあるのかと感心させられる作品。

 全体的にミステリという趣向は薄めでありつつも、意外性を持たせた作品も含まれており、読み応えがあった。「秋雨物語」よりも、こちらのほうが良くできていると感じられた。


兎は薄氷に駆ける   6.5点

2024年03月 毎日新聞出版 単行本

<内容>
 嵐の晩、車庫内に止めてあった車のエンジンの不完全燃焼による一酸化炭素中毒により男性が死亡した。警察は被害者の甥である日高秀之を容疑者として拘束する。警察は日高を自白に追い込み、事件を裁判へと持ち込もうとする。実は、この日高秀之は、15年前に父親が殺人容疑で逮捕され、その後刑が確定し、刑務所内で死亡していた。秀之は父親の無罪を信じ、今回起きた事件を利用して、その事件が冤罪であることを知らしめようと・・・・・・

<感想>
 貴志氏の作品のなかでは、これまた一風変わった作品となっている。内容は全然違うものの、貴志氏の「青い炎」という作品を思い起こさせるような感じでもある。現在起きた殺人事件の真相と、過去に起きた冤罪事件の掘り起こしを描いた作品となっている。

 殺人事件の容疑者として逮捕された日高秀之がとある計画を胸に秘め、それを実行しようと画策する。その事態の傍観者となるのが、この事件を請け負う弁護士の助手として調査等を行うこととなった垂水(たるみ)謙介。その垂水の目で殺人事件の全容、過去に起きた事件、そして現在行われる裁判の模様を追っていく。警察の取り調べを受け、やがて裁判に臨むこととなる日高秀之と事件調査をしながら全容の解明をうかがう垂水謙介との交互の視点で物語が描かれている。

 容疑者となった日高秀之の目的がどこにあるのか、そして現在起きた殺人事件の真相、さらに過去の事件の真相といったところに注目しつつ読み進めてゆくこととなる。特に想像しがたいのが、結局のところ日高秀之が何を目的としているのかというところ。そこが大きな着目点となっており、同じくそれを気にしながら調査を進めてゆく垂水謙介と共に過去から現在へと事件を追っていくことtなる。

 タイトルがうまくできていたなというのが一番。“薄氷に駆ける”というニュアンスが見事だと思われる。目的を達成しようとする計画は必ずしもうまくいくとはいえないものかもしれないが、それゆえの“薄氷”であり、リスクを負った計画であることを理解したうえでの行動ということなのであろう。そのリスクを負ったうえでの計画とみなせば理解できなくはないと思えるも、やや自爆に近いと感じられてしまうところもある。ただ、これくらいのリスクを負わなければ、目的達成は不可能であったのだろうなとも思えてしまう。罪を認定された者がそれを覆すことの難しさというものを感じ取れた作品である。




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