北森鴻  作品別 内容・感想2

螢 坂   6点

2004年09月 講談社 単行本
2007年09月 講談社 講談社文庫

<内容>
 「螢 坂」
 「猫に恩返し」
 「雪待人」
 「双 貌」
 「孤 拳」

<感想>
 ビアバー香菜里屋、3作目。1作目、2作目と再読で立て続けに読んだのだが、3作目は既読だったか未読だったか覚えていない。HPに感想も書いていなかったので、とりあえず初読ということで。

 前2作と比べると雰囲気がやや明るくなったような気がする。相変わらず、それぞれ問題を抱える人の人生に立ち入る内容ではあるのだが、今作はさほど深刻な内容ではなかった気がする。その分北森氏描く、匂いが漂ってきそうな香菜里屋の料理や風景美に堪能することができ、内容は軽めなものの全体的なバランスはとても良かったように思われた。

 今作の5つの短編のなかで、毛色の変わっていた作品「双貌」がなかなか面白かった。作中作が入り乱れるライトなメタ・ミステリ(とは言い過ぎかもしれないが)的な内容。どうしようもなさそうな暗い結末を予想していたのだが、予想に反す結末でホッとさせられた。

「螢坂」
 カメラマンを志した男が昔付き合っていた女性から教えてもらった場所、“螢坂”。その場所にはある秘密が・・・・・・
「猫に恩返し」
 焼き鳥屋で起きた猫にまつわる人情話。その話が雑誌に掲載されたことから騒動が起こる。
「雪待人」
 駅前の再開発計画を拒んだ画材屋が抱える秘密とは?
「双 貌」
 仕事を辞めた男が就職活動に苦しんでいたとき、ひとりの浮浪者と出会う。その出会いにインスピレーションがわき、小説を書こうと試みるのだが・・・・・・
「孤 拳」
 昔、年上の従兄と内緒で飲んだ幻の焼酎“孤拳”。そのとき飲んだ幻の焼酎を捜そうとするのだが、そのような酒はどこにもなく・・・・・・


瑠璃の契り   6点

2005年01月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「倣雛心中」 (オール讀物:2004年3月号)
 「苦い狐」 (オール讀物:2003年7月号)
 「瑠璃の契り」 (オール讀物:2003年11月号 「瑠璃の契」改題)
 「黒髪のクピド」 (オール讀物:2004年8月号・9月号)

<感想>
 今回の作品集では冬狐堂自身に大きな転機が訪れている。さらには、彼女の過去についても多く語られているものとなっている。冬狐堂ファンにとっては見逃せない作品集といえるであろう。さらにはシリーズを通して登場しているカメラマンの横尾硝子の存在も際立っていた。作品全体を通して彼女が影の主役であると言っても決して言いすぎではないと思う。

 本書の中で際立っていたのは「倣雛(ならいびな)心中」。ここでは冬狐堂が眼病を患い、旗師生命の危機にひんするという事件が起きる。それを乗り越えつつ、同業者から試されるかのように依頼された倣雛に秘められた謎を解こうとする。その雛に込められた怨念がまたなんともすさまじい。そして冬狐堂が同業者に突きつける真実と旗師としての仕事はなんとも圧巻である。

「苦い狐」では冬狐堂の過去の一端が明かされる。彼女が学生時代に学友として過ごした今は亡き天才への想いを垣間見ることのできる作品。学生時代に芸術を志していた陶子がその思いを断ち切り、旗師の世界へと入っていった遍歴が語られている。この作品では陶子らの元に送られてきた、亡き友人の画集の復刻版の謎にせまっている。

「瑠璃の契り」では硝子の過去の遍歴が語られ、「黒髪のクピド」では陶子が以前の夫と過ごしていた時期の遍歴が語られている。といってもどちらもあくまでも現代を主軸としての話である。ただ、どちらの作品も旗師のネタとしては地味であったように感じられた。この作品集ではミステリーとしての殺人事件などが起きてもかえって野暮と感じられてしまう。どちらかといえば、「倣雛心中」で見られるような旗師としての駆け引きをもっと見たいところであった。


写楽・考   6.5点

2005年08月 新潮社 新潮エンターテイメント倶楽部SS

<内容>
 「憑代忌」 (小説新潮:平成15年10月号)
 「湖底祀」 (小説新潮:平成16年02月号)
 「棄神祭」 (小説新潮:平成16年04月号 「棄神火」改題)
 「写楽・考」 (小説新潮:平成16年12月号 「黒絵師」改題)

<感想>
 今回の作品群はうまい具合に民俗学とミステリーが融合していたように思えた。ゆえに、このシリーズとしては成功を収めた作品と言えるであろう。

「憑代忌」は身近な大学の中での事例と奇妙な殺人事件を絡めて、同じ観点から謎を解いていく点が良くできていると思われた。

「湖底祀」は“鳥居”にまつまる学問上の謎と、それにまつわるかのような殺人事件が描かれている。ちょっとした考え方の転換によるミステリーが短編らしく、うまくまとめられている。

「棄神祭」はミステリーとしてはネタがわかり易いのだが、そこを民俗学のほうに重点を置いたことにより成功している作品。

「写楽・考」は“冬狐堂”が出てきたりと本書の中では一番長いサービス作品となっている。ただ、ちょっと冗長だったかなとも思われる。“仮想民俗学”という思い切ったテーマを持ってきたようであるが、今後この言葉がキーワードとなりシリーズが進んでいく事になるのだろうか。


暁の密使   

2005年12月 小学館 単行本
2009年09月 小学館 小学館文庫

<内容>
 時は日清戦争後の明治時代、仏教僧の能海寛はチベットの聖地・ラッサを目指していた。表向きは仏教の研究のためであったが、実は能海はとある使命を帯びていた。しかもそこには能海自身ですらもしらない事実が隠されており・・・・・・。日露戦争を目前とした日本を含めた各国の情勢が絡み合うなか、チベットを中心にさまざまな陰謀が交錯する。

<感想>
 本書は、能海寛という実在の人物を元に、北森氏が描いた歴史ミステリ小説。

 舞台は日清戦争後の明治時代、当時チベットを目指した日本人が幾人かいたものの、志半ばで散っていったとのこと。その人物達が何を目指し、どのような道をたどり、どのような末路を送ったのかが冒険小説風に描かれている。一応ジャンルは歴史ミステリとも言えるのだろうが、読んだ感覚としては冒険小説というほうがしっくりとくる。

 これはまた、一冊の本を書くのにずいぶんと苦労しただろう、ということをうかがわせる一冊。これを書くのに何冊の本を熟読したのだろう。

 ただ、その苦労が報われたかどうかは微妙なところ。別に内容がどうこうということはないのだが、取り上げる題材があまりにもマニアックすぎる。一応、歴史上の人物が多々出てきているようなのだが、これらのなかで知っていた人は一人もいなかった。この作品、手にとる人は少なかったんじゃなかろうか。北森氏のファンでも歴史ミステリということで敬遠した人もいるであろう。

 まぁ、別に苦労が報われるというために書いたわけではなかろうし、ライフワークということであるならば著者自身にとっても問題はないのかもしれない。また、今年チベットの問題が浮き彫りにされたが、その理由の一端がこの作品のなかにあるように思え、そういった意味では読んでためになる本であるということは間違いあるまい。

 なんとなく、読書として読むよりは資料として置いておきたい本という感じ。高校生くらいの歴史の論文とかに使えるのではなかろうか。


深淵のガランス   6点

2006年03月 文藝春秋 単行本
2009年03月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「深淵のガランス」
 「血色夢」
 「凍 月」

<感想>
 いつからか“冬狐堂”の作品が見られなくなり、もう書かなくなったのかと思っていたのだが、実はこの作品にそれが引き継がれていたようだ。主人公は絵画修復師の佐月恭壱。彼に対する依頼人のひとりとして“冬狐堂”が登場する。

 よって、新たな“佐月恭壱シリーズ”といいつつも、“冬狐堂”から引き継がれる美術品シリーズということで続編のような作品。かねてから“冬狐堂”シリーズに触れていた人には必読といってもよいであろう(というのも単行本の発売から4年以上も経って今さらか)。

「深淵のガランス」は一枚の絵の修復を依頼され、その絵の下層に別の絵が発見されたことから問題が複雑になって行く。
「血色夢」は壁画の修復を依頼された佐月が襲撃を受け、大けがを負うことになる。作品の半分以上を占める中編作品。
「凍月」は短い作品で佐月恭壱の過去のひと幕を描いたボーナストラック。

 普通の美術品のやり取りを描いただけでは、そこらにある作品と変わらないからと思ってかどうかはわからないが、とにかく一筋縄ではいかない内容となっている。ただ、それがうまく描かれているかというと、やたら複雑に思えるだけのようにも感じてしまう。個人的にはもう少し明快に描いてもらいたかったと思わずにはいられない。こだわればこだわるほど、美術品とそれにまつわる人々深い心情を書き上げてゆくことになる、ということはわかるのだが、やや深すぎたというのが正直なところ。

 とはいえ、それぞれの作品に描かれている美術品に対する知識や絵画修復師としての技術など興味深く読むことができるのは確かである。また、壁画の修復というのも日本では珍しいように思え、こうした作業の様子も読んでいて実に面白かった。続編の「虚栄の肖像」も期待して読むこととしよう。


ぶぶ漬け伝説の謎   6点

2006年04月 光文社 単行本
2009年08月 光文社 光文社文庫

<内容>
 「狐狸夢」
 「ぶぶ漬け伝説の謎」
 「悪縁断ち」
 「冬の刺客」
 「興ざめた馬を見よ」
 「白味噌伝説の謎」

<感想>
 裏京都ミステリー第2弾。元泥棒で今は寺で働いている有馬次郎と、地元弱小新聞記者の折原けい、バカミス作家の水森堅らがさまざまな厄介事に巻き込まれつつも事件を解決してゆくシリーズ短編。

 厄介事に巻き込まれつつというよりも、折原と水森があえて厄介事に飛び込んで行ったり、自ら厄介事を起こしたものを、有馬が渋々解決していくという内容。全体的にコミカルな雰囲気なのだが、真相が明らかになったときには“裏京都”というにふさわしく暗部をかいまみることができるという、いかにも北森氏らしい作品となっている。タイトルの「ぶぶ漬け」というのがコミカルすぎて、そのへんの深さが伝わらないのが残念なところ。

 京都を舞台にしているだけあって、“ぶぶ漬け”“みたらし団子”“白味噌”などといった京都の文化に触れている点は、なかなか見ものである。また浪費家で吝嗇家であったという矛盾した男の死に挑む「悪縁断ち」や、日本画から飛び出したという馬の謎を解く「興ざめた馬を見よ」などミステリとしても濃い内容のものもそろっている。

 ページ数が薄いながらも、軽快かつ濃厚な内容を楽しめるミステリ作品集。文庫で買うならば、ますますお手軽と言えよう。


親不孝通りラプソディー   6点

2006年10月 実業之日本社 単行本
2008年11月 実業之日本社 ジョイ・ノベルス
2012年01月 講談社 講談社文庫

<内容>
 博多の街でも名の通った高校生コンビ、テッキこと鴨志田鉄樹とキュータこと根岸球太。そのコンビのひとりキュータが厄介事を抱えてくる。なんと美人局にあって、多額の借金を抱え込んだというのだ。しかもキュータはその金を得るために銀行強盗に手を出そうとする。さすがにそんなことはできないと断ったテッキ。するとキュータは別の相棒を見つけ、本当に銀行を襲撃し、大金を強奪してしまったのだ。それにより、警察のみならず各方面からマークされることとなるキュータ。テッキはそんな相棒を救うべく・・・・・・

<感想>
「親不孝通りディテクティブ」を読んでから6年くらい経つのだろうか。同様の主人公が出ているということで、続けて読めればと思っていたのだが、文庫版がなかなか出なく、今になってようやく読むことができた。さすがに前作の内容は忘れているのだが、それでも今作は今作で十分に楽しく読むことができた。

 パッとあらすじを読むと、高校生の青春小説かと思えるのだが、実際読んでみるとそんなたやすいものではなく、コン・ゲームと言ってよいほどの壮大なストーリー。やくざと警察が入り乱れ、外国の組織までも乱入し、過去の現金強奪事件から現在の現金強奪事件までへと複数の要素が絡み合うとんでもない内容。手軽に読めそうな本と手に取ると、度肝を抜かれること必至!

 とはいえ、内容は軽快で読みやすいので別に肩肘張って読むようなものでは決してない。ただ、今作はやけに主観が入り乱れ、少々読みづらさを感じてしまった。

 しかしこれ、高校生が主人公の小説じゃないよな、というのが本音。裏切りあり、同盟ありと、コンビを組んだり決裂したりしながら、謎の真相というよりもどうやったら丸く収まるかを考えつつも、誰ひとり思うようにはいかずに、ゴールと思われる地点まで突っ走るという内容。全体的にどうまとめるとか云々よりも、そのそれぞれの過程を楽しむことができる作品。

 この作品のラストで思わせぶりな場面があるのだが、もし北森氏が健在であれば、このシリーズの三作目が予定されていたのではないかと思われる。それを読めないのが非常に残念。


香菜里屋を知っていますか   5点

2007年11月 講談社 単行本
2011年04月 講談社 講談社文庫

<内容>
 「ラストマティーニ」
 「プレジール」
 「背表紙の友」
 「終幕の風景」
 「香菜里屋を知っていますか」

 「双獣記」(ノンシリーズ作品:未完成)

<感想>
“香菜里屋”シリーズ最後の作品集。最後ということもあって、店や工藤自身にまつわる話が多く描かれている。ゆえに、ミステリというよりは店の幕を引くための物語的な意味合いが強い作品。

「ラストマニーニ」「終幕の風景」「香菜里屋を知っていますか」の3編にて、香菜里屋のマスター工藤と、かつて一緒に修行をし、現在はバーのマスターとなっている香月の過去が明かされてゆく。そうして突然「終幕の風景」で工藤が香菜里屋を閉めてしまう。そのいきさつと理由を調査・推理するのが「香菜里屋を〜」。この作品では北森氏のシリーズキャラクターが総登場している。

 ただ、最終的に得られた結末があまり納得のいくものではなかったというか、何かきちんとしていないような部分も感じられ、もやもやした気持ちが残ってしまう。キャラクターを総登場させたことも、“香菜里屋”というシリーズの意味合いが薄れてしまい、たいした意味をなさなかったのではとさえ感じられてしまう。

 一応、この作品が“香菜里屋”の最後とはなっているのだが、ひょっとするとシリーズとは違った形でマスターの工藤のその後を描いた作品が出るのではないかと考えずにはいられなかった。北森氏が亡くなってしまった今では、決してかなわない夢であるのだが、これで終幕を迎えてしまうというのも、なんともやるせない終わり方であった。


なぜ絵版師に頼まなかったのか   6点

2008年05月 光文社 単行本
2010年10月 光文社 光文社文庫

<内容>
 「なぜ絵版師に頼まなかったのか」
 「九枚目は多すぎる」
 「人形はなぜ生かされる」
 「紅葉夢」
 「執事たちの沈黙」

<感想>
「なぜ絵版師に頼まなかったのか」というタイトル名を聞くと、クリスティー作品のパロディということがわかるのだが、内容はハリイ・メケルマンの「九マイルは遠すぎる」のパロディという感じであった。次の短編の「九枚目は多すぎる」はタイトルはまさにその名の通りなのだが、内容はというとホームズ作品のパロディのようと、まるで読者を煙に巻くかのような構成。

 外国人が「なぜ絵版師に頼まなかったのか」という不思議な言葉を残して死亡する事件、求婚広告に隠された謎、本人そっくりの活き人形による不思議な事件、鹿鳴館で起きた不可能殺人、火災現場から発見された遺体の謎を巡る事件。これらの事件をドイツ生まれで現在、東京大学医学部教授であるベルツとその助手となる葛城冬馬が解決してゆく。

 本書は舞台となっている明治初期の諸事情を、ミステリを用いることにより表した作品となっている。よって、事件の解決に関しても、ミステリとして解決するというよりは、歴史の闇をひも解くかのような解き方がなされている。個人的には本書はミステリというよりは、歴史小説という印象の方が強く感じられた。さらには、単なる歴史書ではなく、裏歴史書とでもいうべき時代の暗部が描かれているのもまた特徴といえよう。ある意味、北森氏らしい一作品である。


虚栄の肖像   6点

2008年09月 文藝春秋 単行本
2010年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「虚栄の肖像」
 「葡萄と乳房」
 「秘画師遺聞」

<感想>
「深淵のガランス」に続く、絵画修復師シリーズ第2作品。今作もまた美術の世界について造詣の深い内容となっている。ただ、こうした背景について造詣が深いということはもはや北森氏の作品であればあたりまえのこと。しかし、そうした期待により作品にどんどんとハイレベルなものを求められても、それに応える作品を出してくるところはさすがとしかいいようがない。

 ただ、このシリーズで気になるところは、あまりにも内包的すぎるということ。主人公の佐月恭壱がさまざまな仕事を請け負うものの、結局は彼の周囲にいる人たちの掌の上で踊っているにすぎないような内容のものばかりが見られる。そうした閉鎖的な窮屈感がやや気になった。

 また、今作では「葡萄と乳房」「秘画師遺聞」と続く2作によって、佐月恭壱の過去から現在へと続く恋愛模様が描かれている。とはいえ、その恋愛模様もかなり濃いというか、少々濃すぎるきらいがあるようにさえ思える。やや感覚が大人過ぎてマニアックな方面へと突出しすぎにも感じられるが、このシリーズらしい内容ともとることができる。

 個人的にこの作品の目玉は(私が読んだのは文春文庫版)愛川晶氏によるあとがきにあると思っている。彼の北森氏への想いと、北森氏の取材話の秘話は一見の価値あり。


うさぎ幻化行   6点

2010年02月 東京創元社 単行本
2014年04月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ライターである美月リツ子は、突如訃報を知らされる。義兄が飛行機事故で亡くなったと。彼女の元に残されたひとつのメモと、ハードディスクに保存された24個のナンバリングされたフォルダ。義兄はフリーの音響技師であり、フォルダにはさまざまな音が収められていた。それは義兄が生前に行っていた仕事である「残したい日本の音風景百選」のものと思われたが、どうやら別に記録されたもののよう。何らかの意図があって残されたものではないかと考え、リツ子は義兄の足跡をたどり始める・・・・・・

<感想>
 レベルの高い精神的な恋愛小説と言うか・・・・・・それにしても、この後味の悪さは何なのだろう。

 北森氏の遺作。この後も刊行された単行本はあるのだが、それらは未完成であったり、別の人の手によって補完されたりというもので、全て北森氏の手でというのはこの本が最後。ただ、元々は連載として書かれたものであり、その連載自体は終えることができたのだが、単行本化するにあたって手は加えられていないので、その分ラストの部分が粗削りのように感じられてしまった。

 飛行機事故で義兄を失った美月リツ子が、義兄が残した音風景の録音を元に足跡をたどるというもの。一応、連作短編形式で、ひとつひとつの謎を解きという展開にはなっているものの、何故その足跡をたどらなければならないかという部分が弱く感じられた。義兄に対する気持ちが愛情なのかどうなのかもよくわからなく、また、義兄が残したという音源についても実際のところ本当に謎が隠されているのかどうかもよくわからない。ただ、最後まで読み終えると美月が何故このような行動に出たのかという事が後味は悪くも明らかとなる。

 感心させられたのは、一冊の本を仕上げるにあたって、ずいぶんと色々なネタを盛り込んでいるところ。メインとなる音響に対する知識は当然としても、実際にあったものをモチーフとしているような飛行機事故についてとか、列車に関する知識、その他主人公が行く先々の地域についてなどなど。力作ではあると思われるのだが、感情的な思いを捻り過ぎることによって、より中身がわかりづらくなってしまったような気がしてならなかった。


ちあき電脳探偵社   

2011年02月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 刑事の父親を持つ小学校3年生、井沢コウスケのクラスに転校してきた美少女・鷹坂ちあき。彼女はするどい洞察力で、不思議な事件を次々に解決していく。ちあきとコウスケと3年2組のクラスの皆は、さまざまな事件に遭遇することに!!

 「桜並木とUFO事件」
 「幽霊教室の怪人事件」
 「ちあき誘拐事件」
 「マジカルパーティー」
 「雪だるまは知っている」
 「ちあきフォーエバー」

<感想>
“電脳探偵”という設定がどれだけ生かされているかは微妙・・・・・・とはいえ、ジュブナイル小説ゆえに、あれこれ余計な文句をいってもしょうがあるまい。個人的には、作品の内容よりも、芦部拓氏の解説にある、北森氏が何故この作品を書かなければならなかったかということのほうが興味深かった。

 そんなわけで、北森作品をコンプリートしたいという人のみにお薦めしておく。また、ジュブナイル作品ゆえに子供にはお薦めできるものの、文庫で出ているということで、あまり子供が手に取る機会はないのではと、余計な心配をしてしまったり。




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