<内容>
不思議の国の住人、蜥蜴のビルは見知らぬ世界に入り込んでしまった。その世界でビルは車椅子の美少女“クララ”と“お爺さん”と呼ばれる人物に出会う。彼らから、“クララ”たちが住んでいる世界とは別に、彼らのアヴァタールがいる世界があり、そこで会おうと告げられる。その世界で蜥蜴のビルは、大学院生の井森という人間の男として存在していた。そして井森は“くらら”と再会する。“くらら”は何者かに狙われており、井森は彼女を助けようとするのであったが・・・・・・
<感想>
車いすで登場するクララといえば、絶対アルプスの少女だと思うじゃないか! ハイジはいつ出てくるのかと思いきや、実は背景となる物語はアルプスの少女ではなかった。その辺については、あとがきにて資料が付随されているのであるが、一部ネタバレにもなるようなので、読み終えてから参照してもらいたいとのこと。ただ、個人的にはそちらを読んでおいたほうが、内容に素直に溶け込めるかのような。
本書は二つの世界で起きる事件を解いていくというもの。主たる世界は“ホフマン宇宙”と呼ばれる場所で、そこに住む人々のアヴァタール(別人格)が地球と呼ばれる別の世界に存在する。ホフマン宇宙の人々は夢のなかで、その地球の世界を感じ取り、情報を得ることができるようになっている。
と、複雑な世界背景のなかで起きた殺人事件を、なんとか解き明かしていこうとする趣向のミステリ・・・・・・というか、ここまでくればSFミステリとってもよさそうな内容。ただ、厳密に何が可能で、何が不可能か、ということがわからない故にミステリとしては微妙なような。それでも真相が語られてゆくと、どのようなミステリを構築しようとしたのか、ということは十分伝わってくる。
ミステリ的なフェア・アンフェアというものよりも、背景となるホフマンという作家の世界をどこまで取り入れることができるかが大きな目的となっていたように思える。背景となる物語を知ると、本書が面白い作品というよりも、興味深い作品と感じられるようになる。
<内容>
ウルトラマンがゼットンにやられ、地球から去って行った後も、まだまだ地球は異星人や怪獣の危機にさらされ、人類の力のみで戦うことを強いられることとなった。科学特捜隊はウルトラマンや怪獣たちが残していった残滓を解析し、そこから武器などに技術を応用し、新たな兵器の開発を進めていく。さらには、人間の手で作り出すウルトラマンの実験にも乗り出し・・・・・・
<感想>
ウルトラマンがゼットンに敗れ、帰ってしまった後の地球を描いた作品。著者の小林氏の作品のなかでは「A Ω」に通じるところがある感じになっている。
空想科学小説というか、現実のものと空想的な科学を融合して、創られたSF小説になっている。怪獣を倒すための武器を造ったり、人を巨大化させて人造ウルトラマンを造ったりと。これを読んでいて思ったのは、人造ウルトラマンを造ろうとすると、エヴァンゲリオンみたいな形にならざるを得ないのかなと、ふと感じてしまった。
と、色々な兵器の開発で楽しませてはくれるものの、その情報量の多さに、だんだんとついていけなくなってしまった。ちょっと、アクションSFとハードSFの比率の部分のバランスが悪かったような感じがする。もう少し、兵器やそれにまつわる情報量を少なくして、アクション貴重としたほうが取っつきやすい小説となりえたであろう。そんなわけで、女性隊員が巨大化して新たなウルトラマンにという設定も、活かしきれずに終わってしまったような。
<内容>
「プロローグ」
「保育補助」
「剪 定」
「散歩代行」
「家庭教師」
「パチプロ」
「後 妻」
<感想>
小林氏のいつものホラー系の作品のなかに“探偵”を当て込んだ作品という感じ。この一見やる気のなさそうな新藤礼都という探偵が小林氏の作調に見事にマッチしたものとなっている。
ただ、探偵が活躍する話と言っても、かなり変化球気味。焦点となるのは、探偵がどのように登場するのか、とか、いったい何が事件として語られるべきことなのか、といったことなどが次第に明らかになっていくというもの。特に最初の「保育補助」に関しては、このシリーズ探偵の活躍ぶりに驚かされるというか、あっけにとられることとなる。
そんな具合に、それぞれ独自の作調を楽しむことができる作品集となっているのだが、最後の「後妻」に関しては、探偵の当てはめ方が無理やりすぎではなかったかと。また「散歩代行」に関しては、まさかの真相というか、嫌な予感が的中してしまった・・・・・・
<内容>
全人類がゾンビウイルスに侵され、死ぬと誰もがゾンビ化するという世界。そうしたなか、とあるゾンビウイルス研究社が重大発表をパーティーの席上で行うと宣言する。そしてパーティーの当日、突然部屋に引きこもった研究者。彼を心配した人々が部屋へと行くと、そこは中から閉ざされており、むりやりドアをこじ開けると、なんとゾンビ化した研究者が現れる! 閉ざされた部屋で、彼はどのようにして殺害されたというのか!? 突如現場に現れた探偵と名乗る八つ頭瑠璃。彼女は自分がこの謎を解き明かすと豪語するのであったが・・・・・・
<感想>
もう長らく読んでいないので、詳細は忘れてしまったのだが、山口雅也氏の「生ける屍の死」に通ずるところがあるかもしれない。死亡した人々がゾンビ化するという世界で起きた事件。
物語のポイントは、密室で研究者がどのようにして殺害され、ゾンビ化したかということ。さらには、物語の探偵役である瑠璃の過去。彼女は沙羅という姉がいたようなのであるが、その後二人の関係はどのようになったのかというもの。
ゾンビ化というプロセスの設定があるなかで、語られてゆくこととなる事件。SFミステリといってよい内容であろう。物凄く驚かされるというほどではないが、それなりにうまく出来ていたと思われる。ややグロテスクであるのは小林氏のいつもながらの作風なので気にはならないが、この著者の作品を始めて読むという人は驚くかもしれない。とはいえ、タイトルにゾンビとついたものを読むのだから、それくらいの描写の覚悟は誰でも出来ているか。
研究者が殺害された事件の捜査と並行して瑠璃と沙羅の姉妹の物語が語られてゆくこととなるのだが、やがてその二つの話が収束されていくこととなる。実はこの物語は八つ頭瑠璃自身の事件であったのだということか。ただ、最後に(途中でもだけど)、変なラブコメ調になってしまっているのは、極端すぎるような気もするが。
<内容>
今度はオズの魔法の国に迷い込んだ蜥蜴のビル。ビルは当然のごとくドロシイ、案山子、ブリキの木こり、ライオンの一行と出会う。ビルは元居た不思議の国に帰りたいとドロシイに相談を持ち掛け、一行はオズの国の支配者であるオズマ女王が住むエメラルドの都にある城へと向かう。すると、さっそく城で殺人事件に遭遇することとなり・・・・・・
<感想>
シリーズ3作目となる作品なのであるが、個人的にこのシリーズとは相性が悪い。実のない会話を延々と続けられるのにイライラしてしまう時点で合わないのかもしれない。また、このシリーズ、ある程度元となっている作品に詳しいほうが、より楽しめるという事もあり、読み手が気兼ねなく楽しむにはややハードルの高い作品と言えるのかもしれない。
内容自体は、アバターという設定と、オズの国の魔法使いシリーズに即したものをうまく利用して、それなりに読みどころのあるミステリが作り上げられている。しっかりと読者を騙すためのポイントをついた作品と言えよう。
まぁ、ミステリとしてはそれなりに読みどころがあるのだが、個人的な相性の悪さから次のシリーズ作品が出たとしても敬遠してしまうかもしれない。
<内容>
突如、町を襲った大災害。それにより五歳の息子を持つ若い夫婦の人生が引き裂かれる。この災害時にパラレルワールドが派生し、夫が生き残り妻が死亡する世界と、妻が生き残り夫が死亡する世界に分かれてしまったのだ。ただ、息子はそのどちらにも存在しており、彼のみは両親が共に生きていることを感じ取れるのであった。なんとか、二つに分かれた世界の中で息子を仲介し、生きていこうとする夫婦。そうしたなか、息子と同じ世界観を持つ殺人鬼の存在があらわとなり・・・・・・
<感想>
最初、災害の場面から始まるのだが、その災害の様子がもはやフィクションという感じではなく、近年あちらこちらで起こっている現実の事象であることが恐ろしい。本編の内容とは関係ないかもしれないが、その災害の様子が決して他人ごとではないと感じながら物語を読み進めていた。
そして物語は本題へと入ることとなり、災害により二つのパラレルワールドができることとなる。ただし、それだけにとどまらず災害を生き延びた5歳の子供は両方の世界で生きており、しかもひとりの人間が両方の世界を感じながら生きることとなるという展開。それにより、父親と母親との仲介役となり、二人を精神的に結びつける存在となるのである。
物語はそれだけにとどまらず、その子供と同じ世界観を持って災害から生き延びた男が存在し、やがてその男はヒットマンを生業とすることとなる。そんな男が、同じ世界観を持つ子供の存在を感知し、彼らを付け狙うこととなるという展開。
アイディアがなかなかのもの。読んでいくと、単にパラレルワールドが二つあるといいうだけではなく、そこにさらなるややこしい設定を付け加えている。そうしたなかで、よくぞ物語を成立させたなと感嘆。しかも単なるいい話風に持っていくのではなく、そこに殺人鬼を登場させるあたりが小林氏の作品らしいと感じてしまう。そしてラストのパラレルワールドの幕引きに関しては、子供から大人への成長を感じさせるものとなっている。
<内容>
「ユーチューバー」
「メイド喫茶店員」
「マルチ商法会員」
「ナンパ教室講師」
「鶯 嬢」
「探偵補佐」
<感想>
まさかまさかの続編が出るとは。小林氏の作品のなかでも個人的にお気に入りであった「因業探偵」。その続編がついに登場。
前作に比べれば、シリーズとなったゆえに、意外性は乏しくなってしまったような気はする。それでも独特の感性というか、因業探偵・新堂の妙な事件へのかかわり方には相変わらず目を惹くものがある。
ユーチューバーと称して、フリーの記者について事件現場に赴く「ユーチューバー」。似合いもしないのにメイド喫茶店で働く「メイド喫茶店員」。何故かわかっていてマルチ商法へと飛び込んでいく「マルチ商法会員」。突然、カルチャースクールの講師のような仕事をこなす「ナンパ教室講師」。文字通り政治家の選挙カーに乗り鶯嬢を務める「鶯嬢」。そして最後には探偵補佐の仕事まで・・・・・・
全体的に、事件の真相を暴くというよりは、事件の裏に潜む闇をあらわにするというようなものが多かったような。ゆえに特に何かを解決しようとか、決してそういった内容のものではない。小林氏の作品らしく時には意外に、時にはグロテスクに、さまざまな闇が浮き彫りになってゆくこととなる。
個人的には何故かSFチックな展開を見せる「鶯嬢」や、このシリーズ作品らしい「探偵補佐」あたりが面白く読めた。思わぬところからパンチが飛んでくるような作風が心地よいので、是非とも著者のライフワークとして続けてもらいたいシリーズ。
<内容>
「C市に続く道」
彼らが“C”と呼ぶ“Cthulhu”の復活が近づいていると噂され、日本のとある寂れた漁村に調査チームが派遣される。彼らは“C”の復活の手掛かり、そして対抗策を考えるべく調査を始めてゆくが、さまざまな怪異を目の当たりにすることとなり・・・・・・
「C市」
「C市に続く道」の後日譚。“C”に対抗すべき、漁村を調査したものたちがとる方策とは!?
<感想>
昨年(2020年)亡くなってしまった小林泰三氏。そこで小林氏の作品で未読で入手できるものはすべて読んでしまおうと思い、この作品を購入し読んでみた。この作品に関しては文庫化されるかどうか微妙に感じられたのでハードカバーで出ているうちに購入した。(意外とそのうち角川ホラー文庫か光文社文庫あたりで文庫化される可能性もあるかも)
本書は「C市」という長編作品と、その後日談を描いた短編「C市に続く道」の2編が収められている。実は「C市に続く道」のほうはかつて角川ホラー文庫から出版された「脳髄工場」に収録されていたことをあとがきで知ることに。なんと既読作品であったけど全く覚えていなかった。そんなわけで、改めて新鮮な気持ちで読むことができた。ちなみに本書に掲載された長編「C市」は、先に書かれた「C市に続く道」の前日譚を後から書き上げたもの。
この作品については、いわゆる“クトゥルー”もしくは“クトゥルフ”と呼ばれる作品をモチーフとしたものである。それらの物語で語られる未知なる生命体が復活するという噂が流れ、その復活を妨げるために調査団が現地調査を行うというもの。読んで驚くのが、なんと舞台は日本だと言うこと。ただし、日本を舞台にしていると言いつつもその土地は、日本らしからぬ架空の不思議な世界となっている。
まぁ、そんな設定であるので奇々怪々の物語が語られてゆくことになる。“クトゥルー”関連が好きな人は読んでみると面白いと思われるし、魑魅魍魎が跋扈するような伝奇小説が好きな方にもお薦めできるような作品。とにかく、何故とか、どうしてとか抜きに、わけのわからない超常的な生物が表れ、架空の世界でそれらが暴れまわる。それに対して、強いのか弱いのかわからず、しかも正義なのか悪なのかわからないような調査団が立ち向かっていく。
こういった内容に興味がなくとも最後の「C市に続く道」できちんとオチをつけた物語となっているので、読んでも決して損のない作品ではあると思われる。
<内容>
東洋人のマジシャン・蘭堂幸太郎が所属するサーカス団、インクレディブルサーカス。興業であちこち回るも慢性的な人手不足から、サーカス団はその存続が危ぶまれていた。そんなある日、インクレディブルサーカスは、奇妙な集団からの襲撃を受ける。彼らは吸血鬼の集団であり、人外の力を持って、人間たちを襲う存在。吸血鬼たちが言うには、彼らを狙う吸血鬼ハンターがサーカス団を装い、各地を回っているらしいと・・・・・・
<感想>
小林氏によるノン・シリーズ長編。吸血鬼と人間の闘いを描いたアクション伝奇小説という感じ。小林氏の作品にしてはグロテスクな描写がそこそこ抑えられており、誰でも普通に読める小説。なんとなく少年少女向けのライトノベルというような感覚の作品。
吸血鬼と人間の闘いを描きつつ、ひとつのサーカス団と、そこで働く東洋人のマジシャン・蘭堂幸太郎の苦悩が描かれている。別に蘭堂のみが主人公だというような小説ではないものの、スポットが当てられているのは彼のみ。他のキャラクターももっと紹介してもらいたかったところだが、ページ数の制限もあるのか(「月刊カドカワ」で連載されていた模様)他のメンバーについては書き切れなかったようである。
そんなわけで基本的には、強靭な力を持つ吸血鬼と、無力でありながらもサーカスの技を駆使して闘う人間との戦闘が描かれた作品である。ゆえにアクション小説といっても過言ではないような物語。帯には“惨劇に隠された秘密を見抜けるか”などと書いてあるが、あまり気にせず普通に読めばよさそうな感じの小説。個人的には文庫落ちで読んでおけば十分だったかなと。
<内容>
ただ、失恋旅行で京都を訪れただけのはずであった大学生の滝沢陽翔。それが京都で異様な集団による戦闘を目撃し、しかもその戦闘に巻き込まれる。闘っていた彼らは、青竜、朱雀、白虎、玄武、麒麟という5つの神獣の眷属のひとつであり、しかも滝沢陽翔は、京都から消え失せた朱雀の眷属の血をひくものだと告げられる。いつのまにか陽翔は、京都をのみならず日本を守るための抗争の渦中へ入り込んでゆくこととなり・・・・・・
<感想>
日本を舞台としたファンタジー小説。なかなか壮大なスケールの話であるが、よくぞこの一冊にまとめきったなと感嘆。
水(玄武)、木(青竜)、火(朱雀)、土(麒麟)、金(白虎)という五つの眷属の設定を作り上げ、しかも相互に得手不得手を設け、絶妙なバランスで力が保たれているというもの。ただ、そのバランスが崩れたゆえに、ここで物語として描かれている、京都の崩壊と眷属たちの闘いが繰り広げられることとなる。さらには、そこに海外からの謎の勢力が2つも加わり、さらに複雑化された混戦模様と相成っている。
この作品で不満があげられるとすれば、それぞれの設定とか細かい点についてなのであろうけれども、それは一冊の本にまとめたゆえに仕方のないこと。もっと数冊にわたる壮大なスケールで描いても良かったのではないかと思えるほどの作品。それほどまでに、いろいろとギュッと詰め込まれたファンタジー小説であった。
<内容>
アイドルの握手会で起きた傷害事件により活動休止を余儀なくされた地下アイドルの河野ささら。そんな彼女に、何故か企業から社外取締役になってくれとのオファーが来ることに。報酬が高いことから、マネージャーに強く勧められ、企業の取締役となった河野ささら。そんな彼女を待っていたのは、創業者一族によって理不尽な目標を建てられ、右往左往する社員たちの様子。挙句の果てには粉飾決済の問題までも起きてしまい・・・・・・
<感想>
タイトルからして、もっと緩め目の内容の作品かと思っていたのだが、実はかなり濃厚な企業小説というような内容の作品。愚かな経営者により、翻弄される企業と社員たちの様相が描かれたものとなっている。
何気にこの企業の様相の描写こそがホラーだなと感じてしまう。こんな愚かな経営者によって翻弄される企業など絵空事だろ・・・・・・と思いたいのだが・・・・・・なんか実際にありそうで怖すぎる。粉飾決済の事件も実際にあったものだし、それを考えるとここに書かれているのが決してフィクションで済まされることと思えなくなってしまう。ゆえに、これをノンフィクションと考えると震えが止まらなくなるような内容。企業で働いている人、しかも大きな企業に勤めている人ほど、震えがくる内容といっていいのかもしれない。また、中小企業においても、家族経営の会社に勤めている人であれば、身につまされる内容と言えよう。
と、そんな企業の様相を描いた作品であるのだが、残念なことに“代表取締役アイドル”という存在が活かしきれてなかったように思われる。リアリティにこだわり過ぎて、アイドルの活躍の場がなくなってしまったような感じ。そもそもアイドルを出しているところからしてフィクションであるのだから、そこはもっと作り話として、アイドルが活躍するような爽快な結末にしても良かったのではないかと思われる。
<内容>
「杜子春の失敗」
「蜘蛛の糸の崩壊」
「河童の攪乱」
「白の恐怖」
<感想>
芥川龍之介の作品をほとんど読んでいないので、これを読んでも楽しめるかどうか不安ではあったが、意外と楽しむことができた。むしろ、これを機に芥川作品を読んでみてもいいかもしれないと思ったほど。本書は芥川作品の有名なもの(たぶん)をモチーフとし、物語のその後や描かれていなかった部分を書きつつ、現代世界とリンクさせるという趣向をとっている。
中味はミステリというよりは、なんとなく道徳の本を読んでいるように感じさせるようなもの。悩める女子中学生、サラリーマン男性、子供を宿した女らがふとしたことから物語上の人物とコミュニケーションをはかれるようになり、それと相談するというもの。ただ、そこで相談する相手が必ずしもその相談にふさわしいかどうかは微妙であるのだが、それぞれの悩める者たちが彼らの生き方の指針を聞くことにより、取るべき方向を見定めるといように描かれている。
また、最終的には作品全体でちょっとした仕掛けもなされたり、小林氏のシリーズ・キャラクターが出てきたりと、楽しめる部分も盛り込まれている。なんだかんだで非常に楽しんで読むことができた作品であった。ただ、不必要にグロいシーンは無くても良かったのではないかと。
「杜子春の失敗」 友達に貢ぎ続ける女子中学生は家で不思議な本を見つけ・・・・・・
「蜘蛛の糸の崩壊」 会社の不正に加担するかどうか悩むサラリーマンは鉱石ラジオから話しかけられる声に耳を傾け・・・・・・
「河童の攪乱」 妊娠した女は子供を産むかどうか迷い、異世界の住人に相談することとし・・・・・・
「白の恐怖」 人に万引きの罪を着せようと企んだ女は逆に追い詰められることとなり・・・・・・
<内容>
ネヴァーランドで起きた妖精ティンカー・ベルが殺害された事件。それを解き明かそうと、ウェンディやピーター・パンらが捜査を行おうとするものの、傍若無人な行動を取り続けるピーターに翻弄され、なかなか捜査は進まない。それどころか、皆は犯人はピーターなのではないかと。
一方、現代世界においての同窓会旅行で旅館に泊まっていた一行が、雪により閉じ込められる羽目に。その旅館のなかで殺人事件が起きるものの、どうやら事件はネヴァーランドにおけるアバターが関連しているのだと予想される。では、そのネヴァーランドの登場人物は、この現代世界にいるどの人物に相当するのかと推理が行われ・・・・・・
<感想>
なんか、過剰に殺伐とした話。ピーター・パンの人格形成が酷すぎる・・・・・・と、思ったのだが元々我々が抱いているピーター・パン像と、小説のピーター・パン像はかけ離れているようだ。本書のピーター・パンは、アニメーションやミュージカルで描かれているものではなく、小説「ケンジントン公演のピーター・パン」「ピーター・パンとウェンディ」という作品をモチーフにしているとのこと。それら小説で表記されているのを元にして、残虐性を持ったピーター・パンとして描かれているようである。そんなわけで、小説をモチーフとしたらこの作品のように描かれるようなので(実際、ここまで酷いかどうかはわからないが)、それを受け入れて、読むべき作品ということなのであろう。
とはいえ、ネヴァーランドでの舞台のみならず、現代パートのほうでの登場人物らの行動も決して道徳的とは言えないので、結局のところ著者独特の世界観で描かれているものなのかもしれない。そうしたなかで、ネヴァーランドと現代の世界をつなぎつつ、ネヴァーランドで起きた事件の捜査が両方向で始められてゆく。
事件のポイントとしては、ネヴァーランドの登場人物たちが、現代での登場人物の誰に相当するのかと言うこと。すぐに判明するものもいれば、最後のほうまで明らかにされないものもいる。この両方の世界にまたがるそれぞれの登場人物の判明が事件の謎を解くための大きな鍵となっている。
まさにこのシリーズらしいサプライズ性のある結末が待っており、明かされる事件の真相については良くできている。ただ、やはり残虐性溢れすぎる世界観にどこかついていけないところがあるのも事実。その世界観を受け入れることができれば、ストレスなく物語を堪能することができるであろう。
<内容>
老人ホームのような場所で暮らすサブロウの記憶はおぼろげであった。自分の年が100歳くらいであろういうことはわかっているものの、この施設に入った経緯については何一つ覚えていない。この施設の中では何一つ不自由のない生活を送っていたものの、サブロウは事の真実が知りたいと考え始め、施設からの脱出を試みようとする。そのために何人かの仲間を引き入れ、脱出計画を練り始めるのであったが・・・・・・
<感想>
短めの作品であるのだが、中味はかなり濃い内容。ある種の社会派SFといったようなものとなっている。
消去される記憶という題材は小林氏らしい内容である。似たような題材を扱った作品は、小林氏の作品のなかで色々と書かれている。そうしたなかで今作では、閉ざされた老人ホームのような施設の秘密を調べるという内容になっている。その施設からの脱出に失敗すると、記憶の一部を消されるという設定の中で、主人公たちの工夫の様相が見られるものとなっている。
そして、その施設と、その閉ざされた場所のみならず社会全体も含めた真相がなかなかのものとなっている。ある種の、ありえなさそうで、ありえそうな世界が語られているともいいって良いであろう。ここで書かれていることが全面的に、今後の未来を描いたものになるとは思えないものの、部分部分はありそうな未来となっているように思えて、なかなか恐ろしい予言書を読まされているようにも感じ取れる。単純な小説に留まらない、ある種の黙示録的な作品と言っても過言ではないかもしれない。
<内容>
「玩 具」
「逡巡の二十秒と悔恨の二十年」
「侵略の時」
「イチゴンさん」
「草食の楽園」
「メリイさん」
「流れの果て」
「食用人」
「吹雪の朝」
「サロゲート・マザー」
<感想>
小林泰三氏の単行本未収録作品が集められた作品集。読んでみると、どれもが実に小林氏らしい作品ばかりがちりばめられているという感じがした。
「玩具」は短い話ながらも、オチがうまくできているなと思えた作品。
記憶を題材とした表題作「逡巡の二十秒と悔恨の二十年」も良くできている。記憶を通り越して、時空を超えた精神的な地獄を描いているかのようにさえ思えてしまう。
「侵略の時」は、SF作品となっている。似たような題材の作品は色々とあると思われるのだが、結末については目新しさを感じてしまう。
「イチゴンさん」は、民俗系ホラーという感じがしたが、だんだんとクトゥルフめいた話になっていく。ただ、あからさまに“クトゥルフ”とまでは表現しようとは思わなかったのかな?
「草食の楽園」は、善人だけが住む星ということのようであるのだが、論理的に話をまとめるのが難しく、結局物語として崩壊してしまっているような。テーマが難しすぎるといったところか。
「メリイさん」は、落語のような怪談話。都市伝説系の化け物には、同じく別の化け物をぶつければよいという考えで話が進んでいく。オチは昔ばなし風。
「流れの果て」は、長い旅の話だが、単位を書き表したかっただけ? というような・・・・・・
「食用人」は、小林氏らしいグロテスク作品。タイトルの通り、人肉嗜好と実施する様子がこれでもかというくらいに大胆に描かれている。
「吹雪の朝」は、なんとなくミステリ作品っぽい。
「サロゲート・マザー」は、これまたSF作品であるのだが、趣向が面白い。これも似たような作品はあるかもしれないが、落としどころが斬新で面白い。