黒川博行  作品別 内容・感想2

落 英   6点

2013年03月 幻冬舎 単行本
2015年10月 幻冬舎 幻冬舎文庫(上下)

<内容>
 大阪府警の刑事、桐尾と上坂。二人は薬物対策課に勤めており、今追っているのは覚せい剤の密売元。売人を泳がせ、大元の存在をあぶりだそうとしていた。ある程度、捜査も進み、課全体でガサ入れをかけることとなり、桐尾と上坂も参加する。すると上坂が薬物だけでなく、拳銃を発見することに。その拳銃がなんと、わけありのものであり・・・・・・

<感想>
 黒川氏のノン・シリーズ作品。といいつつも、黒川氏の作品でよく見るパターンである二人組の刑事が主人公であるので、いつもながらのシリーズのように読めてしまう。

 今作は、刑事事件を扱うものではなく、麻薬対策課の刑事が主人公となっており、麻薬捜査の様子が事細かに描かれている。これがどこまでリアリティがあるのかわからないが、麻薬の密売元をたどるために、どれだけ捜査員が苦労して捜査を行うかという様子がまざまざと描かれている。

 と、今作はその麻薬関係の話だけでよいと思えたのだが、後半に入って、物語はやや異なる流れとなる。それは、主人公の刑事がいわくつきの拳銃を見つけたことにより、麻薬関連とは異なる捜査を強いられることになる。そこで登場するのが、満井という悪徳刑事であるのだが、このような人物が出てくること自体が微妙。というのは、これまた黒川氏の作品ではよくみられる人物であるので、この満井という悪徳刑事が登場してしまうと、本当にいつもの黒川氏の作品と変わり映えしなくなってしまうのである。

 そんなわけで、前半部分は興味深く読めたものの、後半に関してはいつもの作品を読んでいるようになってしまい、やや興味が薄れてしまった。いつもながらの黒川氏の作品とそん色はないので、面白くは読めるものの、できれば本書はちょっと違う機軸の作品にしてもらいたかったところ。


破 門   6.5点

2014年01月 角川書店 単行本
2016年11月 角川書店 角川文庫
第151回直木賞受賞作

<内容>
 建設コンサルタントを営む二宮は、腐れ縁のヤクザ・桑原に誘われ、映画に出資することに。しかし、その映画プロデューサーが集めた金を持ち逃げしてしまう。桑原と二宮は、逃げたプロデューサーを追うことに。途中、他のヤクザともめることとなるのだが、桑原が病院送りにしたヤクザが本家筋の構成員だったことから事態はややこしいこととなり・・・・・・

<感想>
 疫病神シリーズ第5弾にして、直木賞受賞作。今回も桑原・二宮のコンビが過剰なくらいに暴れまわる。

 今回の作品は、映画製作をもととした金の話が語られている。特に映画業界の話が語られるわけではないのだが、その映画を製作するにあたって、どのようにして金を集めるのかということが詳しく描かれている(とはいえ、これが唯一の方法というわけではなかろうが)。そうしたなかで、その金を巡ってのトラブルや駆け引きが描かれ、そこで桑原・二宮らは損失の補填及び利益をあげることに奔走することとなる。

 また、さらに今回の事件では、桑原が手を出してはいけない、本家筋のヤクザ相手に立ち回ることとなり、タイトルの通り自分の組事務所からの“破門”されかねないという危機におちいることとなる。とはいえ、そんなことくらいで桑原がおとなしくなるわけでもなく、いつもと変わりのない暴れっぷりが繰り広げられる。

 そこそこページ数の厚い作品であったが、中ダレすることなく読み切ることができた。基本的な設定は、映画プロデューサーが持ち逃げした金を奪い取るということのみであるが、それをうまく幅を持たせて話がつながれていた。というか、映画プロデューサーが、これでもか、これでもかといわんばかりによく逃亡を続けるなと変な感心をさせられた。このシリーズのなかでも本書はうまく話が作られた作品であったというふうに思われる。


後妻業   6.5点

2014年08月 文藝春秋 単行本
2016年06月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 結婚相談所の所長・柏木亨は、69歳の武内小夜子と組んで、資産家の老人から金をだまし取り続けていた。それは巧妙な手口であり、関係者からは“後妻業”などと言われていた。今も小夜子は90歳の男の内縁の妻となり、その資産を根こそぎ奪おうと画策し・・・・・・

<感想>
 怖いなぁという一言。“後妻業”というと今ではワイドショーなどでも取り上げられ、また、これに似たような事件が実際に起きているのだから、まるでドキュメンタリーを読んでいるかのよう。あたかも職種のように“業”と付けているだけあって、その詐欺行為ぶりが用意周到で見事としか言いようがない。この作品では別に刑事事件となるものを起こしているからこそ、警察が動くこととなるのであるが、“後妻業”のみの詐欺であれば、ひょっとすると訴えることさえできないのではないかと。

 ただ、これ、騙されている側の老齢の男からすれば、実はそんなものは関係がない。ひょっとすると騙されていること自体、気が付いているのではないかと思われる。ようは、自分で稼いだ金を自分がどう使おうと勝手だろうという考え方であり、それはそれでごもっともである。とはいえ、残された親族からすると、残された遺産はきちんと分配してもらいたいし、場合によると住んでいる家が無くなってしまうなどといった事情があるので、黙ってみているわけにはいかないのである。

 本書は、単に“後妻業”というものを書き表すだけではなく、きっちりとエンターテイメントとして書き上げているので、物語としても楽しめる。後妻業を行う柏木亨と武内小夜子の行末はどうなることやらと。

 この作品、映画化されたようだが武内小夜子の役を大竹しのぶが演じているようである。大竹しのぶといえば似たような役で貴志祐介氏の「黒い家」にも出ていたような。たまたま偶然かもしれないが、この作品を読んで、いの一番に思い出したのは「黒い家」であった。


勁 草   6点

2015年06月 徳間書店 単行本
2017年12月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 老人を騙して詐欺を働くグループのリーダー“名簿屋”の高城のもとで、橋岡は雇われ仕事をしていた。その仕事の内容は詐欺の標的リストを作り、被害者から金を受け取る“受け子”の手配など。そうして詐欺を働く中で、同じ雇われの立場の矢代がトラブルを起こし、橋岡はそれに巻き込まれる。しかも大阪府警特殊詐欺班の佐竹と湯川のコンビが高城のグループの摘発を狙っているとも知らず・・・・・・

<感想>
 オレオレ詐欺を働く、橋岡・矢代のコンビと、その特殊詐欺グループを追う刑事・佐竹と湯川のパートが交互に展開し物語は進んでゆく。詐欺師のほうは橋岡視点中心で、彼は疫病神のような矢代の行動に翻弄され、常に最悪の選択を迫られることとなる。

 この作品ではオレオレ詐欺(広い意味では特殊詐欺と言うらしい)グループの構造や仕組みについて詳しく語られている。これを詐欺師をやったとしても、結局上ばかりが金をもうけ、下は小金を手にするばかりという社会の縮図に当てはまることがわかる。そうすると、普通に働いていれば捕まらないだけ、詐欺師のほうはリスクを抱えるので割に合わない気がするが。

 黒川氏の作品と言えば“疫病神”シリーズが有名であるが、この作品の内容のほうが疫病神という名にふさわしい気がする。いかに主人公である橋岡が悪人とはいえ、最低限の理性にのっとって仕事をしていたとしても、そのような業界でろくでもない相棒を引いてしまうという可能性は高いのであろう。結局は身から出た錆でしかないということか。


喧 嘩   5.5点

2016年12月 角川書店 単行本
2019年04月 角川書店 角川文庫

<内容>
 二宮はかつての同級生で今は議員秘書をしているという長原から相談事を持ち掛けられる。その議員の事務所に火炎瓶が投げ込まれたというのだ。原因は大阪府議会の議員選挙の票集めを巡り暴力団組織と揉めたことによるもの。その暴力団が小さな組織であったため、なんとかなるかと思った二宮であるが、実はバックに大きな組織がついており、簡単に話をまとめることができなくなる。そこで二宮は腐れ縁の現在は暴力団から破門された桑原に話を持ち掛けるのであったが・・・・・・

<感想>
“喧嘩”と書いて“すてごろ”。

 ようやくたまりにたまっていた黒川氏の積読を読み切ることができた。一時期、黒川氏の作品をあまり読んでいなかったのだが、あるときから黒川氏の作品への興味が再燃し、この疫病神シリーズ等をいくつか買いあさることに。それに加えて、年々新刊も出ているので、どんどんと読んでいない作品がたまっていったのだが、ここへきてようやく黒川氏の積読をクリアすることができた。そんなわけで文庫で購入したこの本も2年近くの時を経てようやく読了。

 相変わらずの疫病神シリーズであるが今までのシリーズと異なるのはヤクザの桑原が破門され、今では元ヤクザに成り下がってしまっているという状況。建設コンサルタントをしている二宮はそんな桑原を疎ましく思っているのだが、結局自分の手に負えないことが出てくると、なんだかんだいって桑原を頼ることとなる。この辺はまさに腐れ縁ということか。

 今回の作品に関してはやや単調であったという感じがした。というのも、選挙にからんだ裏工作があれやこれやと出てくるのだが、桑原がとる行動はとにかく力任せで、なりゆきまかせといういつものもの。今までの作品であれば、もう少し陰謀めいたところや裏工作的なものがあったような気がしたが、今回はその行動からしてやや単調であったかなと。しかも、黒川作品を読み続けていたことで、ややマンネリ化を感じてしまったということもあるのかもしれない。

 と、そんな感じであったが、今回の最後でまた主人公らの状況も変わり、シリーズとして、次回作を読むのが楽しみになってきた。期待しながら新刊が文庫化されるのを待ちたいと思っている。


果 鋭   6.5点

2017年03月 幻冬舎 単行本
2019年10月 幻冬舎 幻冬舎文庫

<内容>
 元刑事の堀内と伊達、伊達は不動産会社の調査員として働き、堀内もそこで伊達と共に働きだしたものの怪我を負い退職。今では杖をつきながらの生活を強いられていた。そんな堀内に伊達がまた仕事を持ち掛けてきた。変わらず不動産会社の調査員として働いている伊達はパチンコ業に関わる恐喝の調停の仕事を堀内に持ち掛けてくる。共に調査することとなった堀内と伊達はパチンコ業界の裏に潜む儲け話を見つけ出し・・・・・・

<感想>
「悪果」「繚乱」に続く堀内と伊達コンビの3作目。この著者は基本的に二人組で掛け合いをしながら物語を回していくというスタイルが好きなのだなと強く感じさせられる作品。確かにその掛け合いゆえに、物語途中も中ダレすることなく、スムーズに最後まで読むことができる作品となっている。

 登場人物の設定としても元刑事で不動産会社の調査員である伊達がひとりで仕事ができそうにも関わらず、わざわざ元のコンビで足を怪我している堀内を引っ張り出す。その伊達の普段の様子を見ていると、気の合った相棒と話をしながら調査を進めていくスタイルが合っているがゆえに気の合った相棒を引っ張り出しているのだなと納得させられる。また、その二人が相手を気遣いつつ、金も折半し、うまくコンビとしての仲を保っていることが感じられ、良いコンビであることがうかがえる(この辺は疫病神シリーズとは異なるところ)。

 その二人がパチンコ業界を相手取り、金もうけを企んでゆく。最初は単に仕事をこなすのみであったのだが、その仕事の中からさらなる儲け話をほじくり返し、大金をせしめることを画策してゆく。この辺の単なる調査の仕事のみに終わらないところが見所と言えよう。元の警官時代を思い出し、懐かしがっているところもあるようだが、このような警察と暴力団との狭間にあるような仕事をしているところこそが二人にはお似合いという気がしてならない。しかも二人ともヤクザに追われつつ、双方怪我を負いつつも、最後まで儲け話からは手を引かないというところがなんとも言えないところ。

 シリーズとしては、まだまだ続きそうな感じがする。著者にしてもノリノリで書いてそうなシリーズではなかろうか。堀内と伊達のどちらかが死なない限りはしぶとく続きそうに思えるので、次回作にも期待したい。


泥 濘   5.5点

2018年06月 文藝春秋 単行本
2021年06月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 建設コンサルタントの二宮のもとに、いつものようにヤクザの桑原がやってくる。桑原が二宮に見せたのは、歯科医院が診療報酬不正受給を起こし、歯科医師らが逮捕された事件記事。その事件には大阪府警OBらが関わっていたとされるが、その大半は不起訴とされた。この件を調べてみようと桑原は別の組事務所を訪ねようとするが、以前いざこざを起こしたことがある故に、二宮に仲介役をさせようというのである。いつのまにか桑原の手先となって、二宮は厄介ごとに渦中に・・・・・・

<感想>
 疫病神シリーズ第7弾。文庫版で読了。

 今作は導入部分がわかりづらかった。府警のOBが絡んだ不正受給があったと言うことであるが、そこから如何にして儲けにつなげてゆくというのか? ただ、その導入の元となる事件背景はわかりづらいものの、桑原がやることは単に恐喝により金をせしめようとする単純なもの。このシリーズ、金を得るのに、もう少し工夫がなされていたような気がするのだが、今回はやけに単純な展開となってしまったような。

 この疫病神シリーズについては、連続で一気に読んだせいもあってか(それでも数年かかったが)展開が似たり寄ったりに思えて、ちょっと飽きが来てしまった。今後読み続けるかどうかは考え中(といって、時間が経てば、それを忘れて買ってしまうのはいつものこと)。


桃 源   6点

2019年11月 集英社 単行本
2022年09月 集英社 集英社文庫

<内容>
 大阪府警泉尾署の捜査二係の刑事、新垣と上坂は沖縄出身者による互助組織“模合”で貯めた金600万を持ち逃げした比嘉の行方を追うこととなった。比嘉は出身地である石垣島へ向かったと考えられ、沖縄を経由して比嘉を追跡してゆくことに。その捜査を続けていくうちに、どうやら比嘉は他にもトレジャーハントへの出資詐欺にもかかわっているようであり・・・・・・

<感想>
 主人公は二人の刑事であり、その二人の掛け合いで話が進んでいくという、いつもながらの黒川氏作品らしい内容。その刑事のひとり上坂が過去のエピソードを語っていた時、なんか聞いた話だなと思っていたら、この上坂「落英」(2013年幻冬舎)の登場人物であった。その過去の事件の後、飛ばされて現在にいたったということらしい。上坂の映画好きのキャラクターというのが、作品を書くうえで使いやすかったのか、著者が気に入ったのか、ノン・シリーズという位置づけながら二度目の登場と相成ったようだ。今後の作品にも登場する可能性がありそうだ。

 内容については、特に語ることはなく、普通に黒川氏らしい警察小説が展開されているという感じである。今回は、沖縄の互助組織というものについて語られたり、またトレジャーハントに絡めた出資金詐欺などが描かれている。黒川氏の作品を読むと、新しい手口の詐欺などが紹介されており、何気に知識として役に立つ。その他としては、新垣・上坂コンビが沖縄旅行を不完全燃焼ながら満喫しているような感じで話が進められて行っている。さすがに観光地巡りはできなかったようであるが、食については、十分満喫していたような。


騙 る   6.5点

2020年12月 文藝春秋 単行本
2023年12月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「マケット」
 「上代裂」
 「ヒタチヤ ロイヤル」
 「乾隆御墨」
 「栖芳写し」
 「鶯文六花形盒子」

<感想>
 黒川氏による美術ミステリ。ミステリというよりは、美術品に関わる詐欺事件を描いた作品集となっている。純然たるシリーズ主人公のようなものはいないが、美術雑誌「アートワース」編集長の佐保が作品のほとんどに登場している(「ヒタチヤ ロイヤル」以外)。

 美術品による詐欺が描かれているものが多いのだが、その美術品詐欺というものが、ちょっと特殊な世界となっている。というのは、普通詐欺というものは、詐欺が発覚した際には、詐欺を行った当事者は消え失せていなければならないという不文律がある。当然、そうしなければ警察に捕まる恐れがあるゆえ。本書では、そういった詐欺も含まれてはいるのだが、基本的には開き直って堂々としている場合が多くみられると感じられた。

 というのは、美術品を売り買いする者が、それに対して、実際よりも高く売ったり、安く買い取ったからといって、必ずしも詐欺という言い方はできないわけである。そこは美術品に関わる駆け引きと捉えることもでき、もしそれで被害に遭ったとしても、知識がなかったからということで泣き寝入りするしかないわけである。それゆえに、美術品に関わる売り買いというものは、単純に詐欺という言葉で表すものではなさそうと感じてしまうのである。

 といった、独特の詐欺・・・・・・ではなく、独特の駆け引きを楽しむことができる作品集。これを読むと、美術品などには安易に関わるべきではないと思わずにはいられなくなる。ただ、「ヒタチヤ ロイヤル」みたいに美術品とまでいかなくとも、ビンテージやブランド品として見る場合には、意外と身近なところに転がっている話となるので、それはそれで気を付けなければと考えさせられてしまう。


「マケット」 叔父の残したブロンズで出来たマケットを処分したいと「アートワース」に持ち掛けられた件。
「上代裂」 佐保が姪からホストに騙され多額の借金を背負わされたと相談を受ける。そこで佐保はホストを罠にかけようと・・・・・・
「ヒタチヤ ロイヤル」 ハワイでビンテージのアロハが発見されたという記事を読み、卸売販売業を営む男は偽造品を仕立てて売りさばこうと考え・・・・・・
「乾隆御墨」 書の蒐集家がオークションで珍しい“墨”を落札したもののの、偽物をつかまされたのではないかと不安を覚え・・・・・・
「栖芳写し」 値打ち物の屏風を持ち主に知られぬように高値で売りさばこうと画策するのであったが・・・・・・
「鶯文六花形盒子」 高価な青銅器コレクションを密かに売却するという話が持ち掛けられ・・・・・・




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