狂骨の夢


 伊佐間はぶらりと釣りの旅に厨子へと出かけた。彼は海沿いの人里離れた場所で墓参りをしている女と出会う。朱美という名前だった。前夫の忌日なのだという。彼女に誘われて、切り通しのある山の高台の家へと行くことに。そこで伊佐間は朱美の数奇な半生を聞くことに。

 朱美は人を殺したことがあるというのだ。

 朱美は信濃の生まれ。家は農家で十三歳のときに奉公に出された。彼女が十七のときに実家が原因不明の家事に遭い、一家全員焼死。その後、奉公先のはからいで十八で亭主をもらう。しかし嫁いですぐに亭主の元に召集令状が来たのだが、夫は彼女と同じ奉公先で働いていた民江と逃げてしまったのだ。朱美は残された“らい病”の義父とともに非国民扱いを受けることに。ところが一週間後に亭主がこっそりと帰ってきて「すまない苦労をかけた。兵役忌避ではない。これ程時間がかかるとは思わなかった」といい、父を頼むという言葉を残して再び出て行ったまま帰ってこなかった。その後すぐに義父が無くなったのだが葬式をしてくれる寺がなく、親切な神主が神社で祈ってくれた。彼女は神社を見て、なぜか家に祭られていた髑髏を思い出したという。さらにはその神主までもが、この家に髑髏は祭っていなかったかと聞いてきた。しかし、家に祭ってあったはずの髑髏は探してみても見つからなかった。そして亭主は義父が死んだ三日後に首無し死体で戻ってきた。股にある疵によって本人だと確認した。結局犯人は行方不明の民江だろうということで落ち着いたようだった。そして朱美は村を離れることになったのだが、そのとき偶然民江と出遭うことに。民江はそのとき、夫の首を風呂敷に包んで持っていたのである。朱美と民江は口論となり、つかみあい、共に川へ転落した。そのとき朱美は民江を殺した。そして、そのとき自分も死んだ・・・・・・



 降旗は教会で、牧師の白丘の助手として働いていた。彼は幼い頃からずっと同じ夢を見続けている。その夢の内容は、中央に積まれた骨の周りで車座になった男女が全裸でまぐわっているというものであった。降旗は精神分析学と出会い、夢になんらかの解釈を用いようとするが、挫折し、精神神経科医の職を捨て、今にいたる。今は降旗は白丘から懺悔を聞く役割を与えられている。その日懺悔をしに来たのは宇多川朱美という女性だった。

「私は人を殺したのでございます」「死人が戻って参ります」

 彼女は、貧しさ故に幼くして奉公にだされ、原因不明の出火により家族を失い、結婚した途端良人に召集令状が届く。そして良人は重病の父親を残したまま、兵役を拒み出奔したという。彼女は実に明晰に、わかり易く自分の事を語る。彼女は良人の事で村から国から責められ入水自殺を図ったと。そのとき今の夫に助けられたという。その後、彼女らは住居を転々とし、三、四年前に今の海のそばの厨子の家に住むことになった。しかし、そこに越してきてからというもの、彼女は海鳴りのせいで夜な夜な骨になっていく夢を見るという。そしてその夢のせいで彼女は他人の記憶が交じるようになったという。

 生国は上総上宮近くの一松という海岸の村で年の離れた兄がいて十歳になる前に売られ、信州塩田平の造り酒屋で奉公をしていたと。ただ、朱美の奉公先とその酒屋は同じ場所だという。しかし彼女は信州の山育ちで奉公に出された歳も違うし、兄弟も異なるという。また彼女は奉公先でうまく仕事をしていたが、その記憶の中では皆にいじめられていたという。さらに記憶の中では誰とも知れぬ男との痴態が・・・・・・。まさかこれは前世でも見ているのかと。

 そして最近になり、彼女の前に首無し死体となったはずの彼女の良人が現れたというのだ! 良人には首がついていた。「よくも八年のうのうと暮らしてたもんだ。亭主を殺しておいて」と言われたという。彼女の良人は情夫によって殺されはず。それとも「私が殺していたのだろうか・・・・・・」。さらに三日後に良人は現れ、彼女は犯されたという。確かに彼女はその男の肌を知っていたのだという。そして彼は「はやく髑髏を返せ」といったという。

 一週間後亭主が外出しているときに、またもや死霊は三度現れたという。今回は戸を開けなかったのだが、外から「民江のことを聞かせてくれ」と。そのとき彼女はある記憶を思い出す。首を持った血だらけの神主を。法衣をまとい、髑髏を抱いた坊さんを。

 間を空けず、四度死霊は現れ、彼女に襲いかかってきたという。そのとき彼女は良人を殺したと。さらに彼女は良人の首を切り落とし、首を海に投げ、体を涸れ井戸に落としたという。しかし、先日さらに良人が彼女に元へと訪れてきたという! 彼女はまたもや良人を殺し、首を切り落としたというのだ。

 降旗は自分なりの精神分析で朱美に、また良人が現れたらためらわず殺しなさいといった。しかし、首は切り落とさずに、なぜ首を落とさねばならないのか理由を考えなさいと忠告する。



 関口は同じ作家であった、久保の葬式に出席していた。久保の葬式は中禅寺が神官として行った。その席で関口は宇多川という作家の大御所に紹介される。宇多川は関口に相談があるというので、別の席を設けて関口と中禅寺敦子と宇多川の三人が集まり、宇多川の話を聞くことになる。

 彼の妻の話だという。彼は妻と歳が離れていて、宇多川は58歳、妻は27くらいだという。彼女の妻は前世の記憶でもあるかのように身に覚えのない記憶がよみがえるのだという。八年ぐらい前、宇多川は川で女が倒れているのを見つけた。女は記憶を失っていたが、持っていた巾着から佐田朱美という名前だとわかった。宇多川が朱美の身元を調べると良人が兵役逃避していたことで有名だったため、すぐに素性が知れた。宇多川は朱美が奉公していた鴨田酒造の主人、鴨田周三に会うことができ、詳しい話を聞くことができた。また、周三の家の奉公人に面をとおしてもらい本人が旧姓、南方朱美だということを確認する。そしてまた朱美も過去の記憶を少しずつ思い出していった。

 しかし、あるとき朱美の身元を探る憲兵が現れた。引っ越しても、引っ越しても憲兵は追ってくるという。そして今の家に辿り着いたとき、海鳴りによって妻がおかしくなり始め、記憶を過剰に取り戻してしまったという。前良人を殺したのは自分だと言い出すのである。しかし、彼女は当時、不在証明によって無実とされていたはずである。

 さらに、朱美は死んだ前良人が彼女に復讐にやってきたというのだ。そして彼女は良人がやってくるたびにこれを殺し、三度も殺したのだという。三度目には「約束をやぶってしまった。首を切ってはならないといってたのに」ともらしたという。庭中は血の海であった。

 宇多川は関口の知人の探偵に依頼したいといい、また関口は知人の精神科医に話してみるということになった。宇多川は妻を隣の家の奥さんに頼んでおいたというが心配になったようでそうそうに帰っていった。



 木場は前回の事件での暴走がたたり、老刑事と組まされて地味な仕事をまわされていた。そんななか、新聞を読むと神奈川で「金色髑髏事件」というのが起きていた。第一報は逗子湾に金色に光る髑髏が浮いていたと。その二日後には、また金色の髑髏が目撃された。さらに同じ場所で三度。ただしこれは金色では普通の髑髏だという。そして四度目には肉片や髪の毛をくっつけて海中を漂っていたらしい。そしてとうとう五度目にそれが捕らえられたのであった。しかも髑髏ではなく生首が!

 しかし、木場は面白そうな事件をよそに、葉山の二子山で起きた集団自殺事件の死体の身元を調べていた。山の中で全員純白の死に装束を着て、円座を組んで男五人、女五人、総勢十名の男女が死んでいたという事件であった。彼らが自刃に使用した短刀の柄に十六弁の菊花紋がついていたという。

 木場と長門はその集団自殺者の一人の身内ではないかという通報により、訪ねていくことに。高野という退職した教師で彼ら夫婦は自殺者の一人を写真から自分の娘と認める。さらに彼らは写真から、別の一人に見覚えがあるという。その男は山田春雄。出家して春真と名乗り、法具の独鈷杵を持っているのを見たという。確かに山田春雄は行方知れずになっていたようだ。

 木場が取り調べの後に榎木津の家に行くと、そこには関口と敦子がいた。そこで木場は宇多川の依頼の話を聞き、金色髑髏事件を連想して、いやな予感に陥る。



 朱美は不安の中、家で一人で過ごす。夫のいない間、隣の(といっても家はすぐ近くでも、きり通しのせいで互いの家を見ることはできず、ぐるっと迂回してこなければならない)一柳夫人が来てくれ、彼女の世話をしてくれた。彼女は最初に先良人を殺し、また蘇ってきた良人を三度も殺してしまった。そしてまた、良人が必ず帰ってくるといって、なかなか帰ってこない夜、扉をたたく音がして「待たせたな朱美、それにしても酷い目に遭った」と首のつながっている死人が・・・・・・「また殺さなくてはなりますまい」



 降旗は朱美が帰って幾日かたってから、白丘の告白を聞くことになる。彼にも骨にまつわる思い出が。白丘が十歳のころ、一人夜道を帰るとき、ある神社にさしかかった。彼はその神社で白い衣装を着た四人の男を目撃したという。彼らは何やらかを探していたようだったが、白丘少年はそのときについ声をあげてしまい。彼らに気づかれたという。そして神官の一人が「童、これを見い」といって箱を開けると、そこには綺麗な布で包まれたたくさんの骨が入っていた。「これは尊い御骨じゃ。今宵目にしたことは口外してはならぬ」といって彼らは去っていった。その後、彼は彼らが何をしていたのかを考え続けたという。白丘の出した結論とは「反魂の術」つまり死者の復活であった。

 そして時代が流れて戦後、彼は一人の行き倒れを発見した。白丘はその顔に見覚えがあったという。あのときの四人のうちの一人だ。そしてその男はあのときの箱を持っていた。あの骨の入った箱に違いない。その男はうわごとのように首は何処、首は何処といってたという。白丘は思った「首さえあれば全部揃うんだ」と。



 伊佐間一成は再び厨子を訪れた。旅館に泊まると、最近この辺では金色どくろの事件の話で持ちきりだという。また、その旅館の隣に妙な寺が一軒あった。旅館のものも、そこには人の出入りがなく宗旨もわからないという。廃寺かと思い伊佐間がためしに入ってみると中には一人住職がいて、慌てて逃げ出してきた。

 伊佐間は翌日、釣りがてらにまた朱美に会うことができないかと考えていると、怪しげな復員服姿の男を見かけることに。伊佐間は朱美の家まで行ってみると、あたりは大騒ぎになっており、警察に連行される朱美の姿を見ることに! 彼女は夫を殺したというのだ。伊佐間近くにはなぜか呆然と驚愕の表情で立ちすくむ先ほどの復員服姿の男がいた。



 関口に宇多川の死が告げられた。木場に詳しく話を聞くと朱美は自白したらしい。警察によって発見されたらしいのだが、通報者はわからないという。京極堂は今、家を離れているが敦子にその家のことと鴨田酒造をよく調べるようにといったという。また神奈川県警の石井警部が訪ねてきて、厨子での髑髏事件について経過を聞くことに。逗子湾に浮かんでいた着物の中に関口の住所が書かれたメモが入っていたという。宇多川の着物であった。木場は石井を丸め込んでさらなる情報を聞き出すことにした。

 木場と長門がその後集団自殺の身元を確認してみると自殺者は全て鴨田酒造の関係者であることがわかった。

 京極堂は

 「これは全部繋がった事件なんだ」

   逗子の聖宝院にて、憑き物落としが始まる



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