松尾由美  作品別 内容・感想

バルーン・タウンの殺人   6点

1994年01月 早川書房 早川文庫
2003年12月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「バルーン・タウンの殺人」 (SFマガジン1992年3月号)
 「バルーン・タウンの密室」 (SFマガジン1993年3月号)
 「亀腹同盟」 (SFマガジン1993年9月号)
 「なぜ助産婦に頼まなかったのか?」 (SFマガジン1993年12月号)

 (創元推理文庫版 追加併録)
 「バルーン・タウンの裏窓」 (小説TRIPPER1997年冬季号)

<感想>
 これは設定が面白い本である。妊婦だけが住む街、バルーン・タウンで起こるさまざまな事件を追うという短編集。

 この本が出版されたのはもう10年も前のことになる。たぶんその時の枠組みでいえば、ミステリーというよりはSFのほうに属してしまったのではないだろうか。今であれば、SF的な設定をもとにしたミステリーというものも当たり前のようになっているが、当時はまだそういったミステリーは受け入れられていなかっただろう。要は先鋭的すぎた作品であるともいえるかもしれない。

 近年、青井夏海氏による「助産婦シリーズ」というミステリーがあるが、いわばその走りといってもいいかもしれない。本書はなかなか読み応えのあるユーモア・ミステリーに仕上がっている。

「バルーン・タウンの殺人」
 まさに設定を生かしたバルーン・タウンならではの事件。裏をかくかのような犯人のトリックが面白い。

「バルーン・タウンの密室」
 ちょっと無理やりな気がしないでもないのだが、この設定ならではのトリックといえよう。

「亀腹同盟」
 有名なホームズの作品のパロディ。それなりに練られている。

「なぜ助産婦に頼まなかったのか?」
 これこそ助産婦ミステリーの魁。とはいうもののミステリーというより謀略ものになっている。

「バルーン・タウンの裏窓」
 後日談、というか“おまけ”という印象が強い。


ピピネラ   

1996年02月 講談社 単行本
2005年01月 講談社 講談社文庫

<内容>
 結婚して専業主婦をする加奈子は、ある日突然、自分の身長が1メートルくらいに縮んでしまうという現象に遭遇する。ただし、その現象は長続きするわけではなく、身長が元に戻ったり、また縮んだりということを繰り返していた。そのような奇妙な状況で夫婦生活を送る中、加奈子の夫が突然姿を消してしまう。会社からその知らせを受けた加奈子は夫の行方を捜すことに。夫の失踪のヒントとなる言葉“ピピネラ”が意味する言葉とはいったい?

<感想>
 夫が失踪して、その行方を妻が捜すという、展開としてはよくある話である。ただ、そこに夫を捜す妻である主人公の加奈子が何故か身長が少し小さくなるという現象を持ってきたことにより独自の雰囲気がただようものとなっている。

 という状況の中、夫捜しの旅が進められるものの、その身長が縮むという件に関してはなんとなく未消化に終わってしまったという感じが否めない。物語の途中で鳥籠とその中に入れる人形という象徴的なものが出ては来るものの話としてまとまっているようには思えなかった。

 終盤で出てくる登場人物のひとりが、起きた現象をフェミニズムに絡めて話をまとめて来た時は、この物語の深さを垣間見えたような気がした。ただ、その発言に対して当の主人公が乗り切れていない事により、わざわざ未消化のままで終わらせているようにさえ感じられてしまう。とはいえ、なんでもかんでも現象に対して説明付けなければならないという事はないだろうし、主人公自身がはっきりと言明する事を否定する気持ちもわかるような気はする。

 まぁ、大人の童話というくらいの位置付けの本である、という事でよいのであろう。


バルーン・タウンの手品師   6点

2000年10月 文藝春秋 単行本
2004年07月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「バルーン・タウンの手品師」 (別冊文藝春秋229号:1999年秋季号)
 「バルーン・タウンの自動人形」 (別冊文藝春秋232号:2000年夏季号)
 「オリエント急行十五時四十分の謎」 (別冊文藝春秋233号:2000年秋季号)
 「埴原博士の異常な愛情」 (書下ろし)

<感想>
 あのバルーン・タウンの街と妊婦探偵・暮林美央が帰ってきた。その帰ってき方はいかにもな展開なのだが、それでも面白いシリーズがまた読めるのだから素直に喜ぶべきであろう。とかいいつつも6年ごしの復活というのもすごいことである。

「バルーン・タウンの手品師」
 これは事件というにはちょっとしたものなのであるがうまく書かれている作品である。事件は一枚の重要なCDがケースを残して中味だけ紛失したというもの。と事件自体は単純なものであるのだが、状況の設定がとてもよくできている。ダストシュートやら怪しげな人々やら、さまざまな推理要素を含めた中で解決はこれしかないという一点をうまくついたものとなっている。しかもそれがバルーン・タウンの特徴を生かしたものなのだから天晴れとしか言いようがない。

「バルーン・タウンの自動人形」
 これは殺人未遂及び現金強奪が描かれた作品。その状況から犯行が可能な人物はひとりだけと思われるのだが、本当にその人物がやったのかどうかというところがポイントとなっている。
 その犯行方法よりも動機についてがうまく描かれており、その説明により全体的に説得力のある作品となっている。

「オリエント急行十五時四十分の謎」
 いかにもなタイトルなのだが、内容はあの有名作品とは何も関係ない。この“オリエント急行”というのはバルーン・タウンの中にあるミニチュア列車(動かない)のことで中は占いハウスになっている。
 内容はこの列車の中に入ったはずの人物が消失してしまうというもの。アイディアやその中で実際に行われている光景を想像すると楽しめるのだが、動機やそこまでしてということを考えると無理があるように思えた作品。

「埴原博士の異常な愛情」
 これは「ハンニバル」を意識したというかパロディ的な作品となっている。ある意味、その裏を狙ってという内容であるのだが、ミステリーというよりはサスペンスというような内容に感じられた。

 と、四作別々の短編にはなっているものの、話の流れは連作になっているので今回の一連の物語の流れというか暮林美央の周囲の状況も一区切り付けられている。とはいってもすでにバルーン・タウン・シリーズの続編が出ているので、また美央はこの街に戻ってくるのかと思うのだが・・・・・・ということは、シリーズが続くたびに子供が増えてゆくということか??


銀杏坂   7点

2001年09月 光文社 単行本
2004年01月 光文社 光文社文庫

<内容>
 とあるアパートにて高価なダイヤが盗まれたという。一見普通の事件に見えるのだが、実はそのアパートは交通事故にあった娘が幽霊となって住み続けているという、いわく付きのアパートであった。世にも不思議な事件の数々を中年の木崎刑事と若手の吉村刑事の二人が担当することに。

 「横縞町綺譚」
 「銀杏坂」
 「雨月夜」
 「高爐峰の雪」
 「山上記」

<感想>
 いや、これはなかなか面白い本であった。松尾氏の本はまだ4冊くらいしか読んでいないので、はっきりと断定できるわけではないのだが、氏の今のところの最高傑作ではないだろうかというくらいよくできた作品である。

 本書は連作短編集となっていて、一話一話ごとにそれぞれの事件を解決していくものとなっている。しかしそれぞれの事件が曲者となっており、起こる事件には必ず超常現象が付いてまわるのである。幽霊、未来予知、ドッペルゲンガー、サイコキネシスといったような現実から逸脱した不思議な力が介在している。とはいってもそれらが直接事件に関係しているとはかぎらない。時にはカモフラージュ的に使われたり、時には事件を複雑にするだけのものであったりと色々と変わった介在のしかたをしているのである。その超常現象がどのように事件にかかわっているかというのを読み解いていくのが本書の面白さとなっている。そしてラストでは連作短編集らしい事件全体の解までが用意されている。

 これぞSF作家が書いたミステリーといえる逸品ではないだろうか。文庫化してようやくその存在に気づいた本なのであるが、今後も埋もれさせてしまうには惜しい一冊である。


バルーン・タウンの手毬唄   6点

2002年09月 文藝春秋 単行本
2005年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 妊婦だけが住む<バルーン・タウン>で活躍する(元)妊婦探偵シリーズ第3弾!
 「バルーン・タウンの手毬唄」
 「幻の妊婦」
 「読書するコップの謎」
 「九か月では遅すぎる」

<感想>
“妊婦の妊婦による妊婦のための犯罪”とでも言えば良いだろうか。よくもまぁ、妊婦が必ず関わってくる内容のミステリーを書き続けられるなとそれだけで感心してしまう。

 「バルーン・タウンの手毬唄」は見立て殺人を扱った内容。話の結末には少々せこいものを感じてしまうのだが、そこへたどり着くまでにさまざまな工夫がなされているところには感心させられる。

 「幻の妊婦」は「幻の女」のパロディ。これはミステリーというよりは一つの物語として描かれている。なんか、途中で犯罪なんでどうでもいいや、という雰囲気が感じられるほどに。

 「読書するコップの謎」は意味深なタイトルであるが、読み終えたときにその意味がわかるようになっている。“読者への挑戦”が挿入されているものの、全体的な印象としては弱いと感じられた。

 「九か月では遅すぎる」は「九マイルは遠すぎる」を狙った作品かと思ったのだが、タイトルはともかく、内容は普通のミステリーであった。とはいえ、最後のほうは強引な気がしないでも・・・・・・

 と、それぞれミステリーとして面白かったり、不満を感じたりもするものの、妊婦を扱ってどのような犯罪劇が繰り広げられるのかとか、主人公の暮林美央がどのような形で捜査に協力させられるのかなど、シリーズものとして十分に楽しめる作品である。


スパイク   6点

2002年11月 光文社 単行本
2004年11月 光文社 光文社文庫

<内容>
 私・江添緑はビーグル犬のスパイクと共に日課の散歩に出かけた。すると全くといってよいほど似たようなビーグル犬を連れた男性、林幹夫と出くわすことに。初対面にもかかわらず意気投合し、私は林幹夫と再会の約束を交わす。しかし、林幹夫からの連絡はこなかった。私がすっぽかされたのかと思ったとき、突然スパイクが人間の言葉を話し出し・・・・・・

<感想>
 男女の出会いを描いた恋愛物語と言っていいのだろうが、これがまたSFミステリーとしての体裁もとられている一風変った作品として仕上げられている。もう少し簡単に言えば、パラレルワールド型恋愛小説といったところか(かえってわかりにくいかな?)。

 ただ、この作品を読んでいて全体的にもどかしさというものが感じられてしまった。それはなぜかといえば、あまりにもSF的な設定がしっかりし過ぎているからだと言えよう。

 本書ではパラレルワールドというものが定義され、その片方のみで物語は語られてゆく。そしてその片側から間接的な介在によって、なんとかもう片方の世界での事象も変えようと主人公らが努力するのだが、それがなんとももどかしい。あまりにもSF的な世界をきっちりと定義したがゆえに、SFにもかかわらず主人公達の行動がやたらと現実的なのはなんともアンバランスとしかいいようがない。

 しかも本書はミステリーというよりは恋愛小説に主が置かれているようなので、アクロバティックな行動などもないがために、その平穏さにもどかしくなってしまう部分もある。恋愛小説を主として読みたい人にはいいかもしれないが、ミステリーを主として置きたい者にとってはいささか不満も出てしまう。では、恋愛小説を読みたい人にとってはどうかといえば、緻密なパラレルワールドの設定が肌に合わないのでは、と余計なことを考えてみたりもする。

 とはいうものの、きちんとした世界の中で物語を創り上げているがゆえに全体的にしっかりとした内容となっているということも付け加えておきたい。そしてミステリーというだけあって、それなりの結末も用意されていたりする。なかなか綺麗にまとめられた作品であった。


安楽椅子探偵アーチー   6点

2003年08月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 小学生の及川衛はゲームを買いに行く途中、骨董屋の店先にて時代物の椅子に注目する。衛が信号待ちをしている途中、その椅子が口を聞いたのではないかとの疑いをもったのだ。気になった衛はゲームを買おうとしたお金でこの椅子を購入してしまう。家の中に運んで一人きりになった途端椅子は衛に話し掛け始めた! その年代物の椅子は熟年した叡智を持っており、いつしか衛の話し相手、相談相手となり、衛が話すさまざまな不思議な事件の謎を解き始める。まるでシャーロック・ホームズのように・・・・・・

<感想>
 いや、これは面白い。何が面白いって椅子の妙にえらぶったかのような態度が面白い。いままで、ホームズを用いた小説というのは数多く書かれていると思う。時にはホームズに似たような人、またはホームズのような動物、等々。しかし椅子のような無生物をホームズっぽく描いた小説というのはこれが初めてではないだろうか。しかも、その古びた椅子の挙動というのがとてもうまく描かれている。衛に対して大人っぽく振舞いながらも、ちょっとしたわがままな挙動をみせたりというような行動がそれとなくホームズっぽくてすごく良い。

 本書は大人だけではなくて子どもにも読んでもらいたい本といえるであろう。若干、この古びた椅子が理屈っぽく(そこがまた偏屈な味わいを出していてよいのだが)少々小難しいことをいうので、低学年向きではないかもしれない。しかし、高学年の小学生や中学生あたりならば面白く読めるのではないだろうか。少年と椅子との邂逅、これはなかなか夢がある物語である。




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